2012年の演奏会などを振り返って

広島は雪の大晦日となりました。今年も数多くの魂を揺さぶる、そして音楽や舞台芸術そのものの可能性を考えさせる素晴らしい演奏会やオペラなどの公演に接することができ、本当に嬉しかったです。さらに、そのお手伝いをさせていただく機会もいただいて、非常に勉強になりました。別の記事にも書きましたように、今年は何かと忙しく、私なりに演奏をどのように受け止めたかを、落ち着いて文章にまとめる時間をなかなか取れませんでしたので、批評と呼べるようなものは、実はほとんど書けなかったのですが、かろうじてFacebookの私のウォールに、比較的──あくまで比較的ですが──まとまったかたちで記すことのできた演奏会などの印象を、必要最小限の修正を加えたうえで以下に再掲しておきます。

それ以外でも、とくに10月27日にサントリーホールで行なわれた読売日本交響楽団の第519回定期演奏会における細川俊夫さんの「ヒロシマ・声なき声」の演奏は、本当に素晴らしいものでした。指揮のシルヴァン・カンブルランの音楽の運びも、響きの設計も完璧だったと思います。舞台上のオーケストラと合唱、そして客席のバンダとが一体になって、聴き手を出来事の渦中に巻き込み、そして海の底に沈んだ死者たちの記憶が甦る瞬間に立ち会わせていたように感じました。出来事のただなかから証言することは不可能だとしばしば言われますが、この現実には不可能なことの音楽における可能性を垣間見せる瞬間が、何度か訪れたように思います。それから、とくに最終楽章でのクライマックスの構築には、心打たれるほかありませんでした。広島の犠牲者や震災の犠牲者のことが、ぐっと込み上げてくる思いでした。藤井美雪さんの独唱も素晴らしかったです。生命への強い意志を感じる歌でした。ひろしまオペラルネッサンス合唱団の集中力も特筆されるべきでしょう。メンバーが若返った読響が共感をもって音楽に取り組んでいたのも印象的でした。この演奏会を、今年のベストに挙げている音楽評論家もいるようです。

それから、11月8日に広島市のアステールプラザ・オーケストラ等練習場で行なわれたHiroshima Happy New Earの第13回目の演奏会では、ジャック弦楽四重奏団の演奏の精密度と音楽性目を見張らされました。ヘルムート・ラッヘンマンの弦楽四重奏曲第2番「精霊の舞い」では、あらゆる特殊奏法の音色や響きの違いが明確に分節されるなかから、無数のモティーフが提示され、それが有機的に発展していくさまに、完全に引き込まれました。そして、その末にやって来るパウゼの強度も凄まじいものがあったと思います。サルヴァトーレ・シャリーノの弦楽四重奏曲第7番に吹き渡る独特の風も、三浦則子さんの作品「みみをすます」で貫かれる、一つの音のなかから無限に開かれていく耳も、細川俊夫さんの「開花」における、土中の蠢きのなかから月下に咲く花も、きわめて精細に、かつ音楽的に表現されていたと思います。何よりも驚かされたのは、この四重奏団の音色に対する非常に繊細な感覚です。緊密なアンサンブルをもって作品に献身する姿勢も素晴らしいと思いました。今後が非常に楽しみな弦楽四重奏団に出会うことができました。

もう一つ特筆しなければならないのは、12月1日と2日に同じアステールプラザの大ホールで行なわれた、ひろしまオペラルネッサンスのモーツァルト『魔笛』の公演のことです。松下京介さんの指揮と岩田達宗さんの演出の下、モーツァルトとシカネーダーが書いたもののありのままの姿(日本語で語られた台詞もシカネーダーの台本に内容的に非常に忠実でした)に真正面から取り組み、そこに込められた、人間がまさに「人間」として人と人のあいだに生きることの苦しみと喜びを、とても温かい音楽として響かせる舞台となりました。『魔笛』のスコアに結晶しているモーツァルトの音楽と同様に、一切の無駄を排した、引き締まった造形美をもった舞台の上に、しばしば平板になりがちな登場人物たちが、奥行きのある、そして血の通った「人間」として、しっかりとした存在感をもって浮き彫りになっていたように思います。そのなかから、簡素でありながら無限の機微を湛えた晩年のモーツァルトの歌が響いてきたのには、感動しないわけにはいきませんでした。課題も含めて今回の公演で得たことを糧に、今舞台に載せられるべき新しいオペラを広島から創っていくのに、これからも微力を尽くしていければとあらためて思いました。

 

■Hiroshima Happy New Ear Opera I 細川俊夫『班女』(2日目)

[2012年1月22日/広島市アステールプラザ中ホール]

1月22日、細川俊夫さんのオペラ『班女』の二日目の公演がアステールプラザ中ホールの能舞台を使って行なわれました。400名を越える来場者があったようで、満席に近い印象だったのが嬉しかったです。20日の初日にも増して素晴らしい舞台となったのも、多くがアフター・トークまで参加されるほど熱心な聴衆あってのことでしょう。

さて、その日の公演の印象を申しますと、初日の緊張からいくぶん解放されて、歌手の声に伸びと表現の幅が付け加わるとともに、オーケストラがよく鳴るようになってきたので、細川さんが書いた音楽の細かなテクスチュアがいっそう明瞭に浮き立つとともに、それが舞台上の登場人物の微妙な表情の変化、またそこに凝縮される激しい情動と緊密に絡み合っていたと思いました。とくに歌とオーケストラの各楽器がよく響き合っていて、声が楽器の響きによって、陰影に富んだ仕方で増幅されていたのが心に残ります。そればかりでなく、自然な意味深さを増した動きから、音楽と言葉の力がまっすぐに伝わってきました。

とくに、世の男の骸のような顔を見透かすまでに研ぎ澄まされた花子の美しさ、そして待ち焦がれるなかで現実の男を超越するまでに深まったその愛の強さには、胸を打たれるほかありませんでした。とくにそれが恐ろしいまでの表現の振幅をもった歌として表われていたのは、忘れることができません。そこに、今年5月に日本初演を迎えるオラトリオ「星のない夜」の天使の叫びを予兆させるものも聴く思いがしたところです。

また、「宝石」のように純化された美を追求する実子が、花子を奪われるかもしれないと感じた瞬間の動揺の深さも、今日の舞台では実に印象深かったです。それと対照的な微笑みの深さが声の深さと結びつく最後の場面の歌唱にも胸を揺さぶる力がありました。そんな実子と吉雄の争いにも奥行きがあったように思います。実子の弱みを握ったかに思った吉雄の声と表情には、ぎらりとした凄みがありました。

このように、『班女』という作品の美質がいかんなく発揮される上演に立ち会えたことを幸福に思っています。そこには、演劇と音楽の協働によるオペラの新たな可能性が示されていたのではないでしょうか。平田オリザさんと細川さん、それに半田美和子さん、藤井美雪さん、小島克正さんという三人の素晴らしい歌手による、初めての日本からのプロダクションによる上演が、これから日本各地で、いや世界各地で実現することを心から願っているところです。

 

■Hiroshima Happy New Ear XI

[2012年5月13日/広島市アステールプラザ・オーケストラ等練習場]

「竪琴の造形、未知の小宇宙」をテーマに行なわれたHiroshima Happy New Earの第11回目の演奏会、何と満員札止めの大盛況でした。満場の聴衆で、ハープの吉野直子さんと笙の宮田まゆみさんという素晴らしい音楽家をお迎えし、充実した内容の演奏に耳を傾けられたこと、本当に嬉しいと思います。この日は最初のドビュッシーの「月の光」の最初の音から、香気が立ち上るのに思わず引き込まれました。聴覚のなかで同時に視覚や嗅覚が喚起される共感覚的な知覚に訴えるドビュッシーの音楽の新しさにも、ハープによる演奏をつうじて眼が開かれた気がします。武満徹の「スタンザII」では、彼ならではの歌のなかから生まれる豊饒な響きが、テープから流れるもう一つの世界の響きと呼応し合いながら解き放たれていくのに身を委せることができましたし、ハインツ・ホリガーの「ヨハネ福音書によるセクエンツァ」では、聖書の言葉から喚起される音が緊密に連なるさまを目の当たりにすることができました。

音楽監督の細川俊夫さんの「うつろひ」では、宮田まゆみさんの笙によってひと筋の歩みが貫かれるなか、それとハープが呼応し合うなかに、日の移ろい、そのなかにある「かぎろひ」、あるいは光の揺らめきなどを豊かに感じとることができたところです。同じ細川さんの「恋歌I」では、ハープの伴奏によって燃えるような恋心がいっそう掻き立てられるなか、歌で表現されえないものまでが歌唱のなかで表現されていたように思われましたが、実際ソプラノの平松英子さんは、母音の発声など、陰影が加わるよう新たに工夫されたとのこと。素晴らしい探求心と思います。細川さんの「ゲジーネ」では、沈黙のなかから発せられる一つの深い音のなかから一つの音楽が歌い出される、細川さんの音楽そのものの凝縮された表現を聴く思いでした。

 

■コンポージアム2012「細川俊夫の音楽」

[2012年5月24日/東京オペラシティコンサートホール・タケミツメモリアル]

5月24日、細川俊夫さんの最近の規模の大きな作品2作の日本初演に笙の曲を組み合わせた、コンポージアム2012の「細川俊夫の音楽」を聴かせていただきました。前半に管弦楽のための「夢を織る」の前に演奏された「光に満ちた息のように」、また後半に「星のない夜」の前に演奏された「さくら」がいずれも、それに続く作品と通底する響きを含んでいるように思われ、良い導入として聴くことができました。とくに響きにそこはかとない翳りがある「さくら」は、ドレスデン空襲と広島への原爆投下の死者たちへの哀悼を用意するかのようにさえ思われました。凛とした存在感を保ちながら静かに立ち上る宮田まゆみさんの笙の音は素晴らしかったです。

前半の「夢を織る」は、ひと筋の息から展開される音楽の可能性を追求する細川さんの作曲理念が、最も豊かに開花した作品の一つとして聴くことができました。生命の豊饒さとその鼓動に包まれることの深い幸福感に満ちた音楽でした。それとはいくぶん対照的に、季節の巡りのなかに人間の手による凄惨な暴力と破壊の記憶を刻み込んだ「星のない夜」は、自然の恐ろしいまでの底知れなさを暗示する「冬に」の楽章から始まります。寒風を表現していた合唱がトラークルの詩句を囁き始めると、眼前に荒野が広がるようでした。東京音楽大学の合唱団は、振幅の大きな表現と緊密なアンサンブルで、作品に相応しい奥行きのある響きを織りなしていたように思います。とくに「夏」の楽章における歌と囁きの対照は見事でした。

「春に」の楽章におけるソプラノとアルトの重唱では、藤村実穂子さんの安定した低声に乗った半田美和子さんの伸びやかな声が、トラークルの詩の夢幻のような色彩感を伝えていました。そして半田さんの声は、この作品で時間が断ち切られる瞬間を現出させる「天使の歌」の楽章で、怒れる天使となって、過去を忘れて過ちを繰り返す人類に対して警告を発することになります。舞台上と客席に配されたトランペットと一体となって屹立する天使の声は、作品が求める強度に見事に応えるもので、胸を衝かれるほかありませんでした。また、広島の子どもの詩を歌う藤村さんの深い声は、言葉を失うまでの悲しみと恐怖を切々と伝えるもので、これも深い感銘を残しました。

「浄められた秋」の楽章で、管弦楽と合唱が一体となった豊饒な響きが静寂へ沈みゆく際、それまでの8つの楽章の詩と音楽が反芻されたのは私だけでしょうか。作品を手中に収め、早めのテンポで一つの流れを作った準メルクルの指揮するNHK交響楽団も、その技術を余すところなく発揮して、「星のない夜」という作品が、3度目の演奏にして初めてその全貌を明らかにしたようにさえ思えました。

ドレスデンの空襲が想起される楽章では、自分の翻訳でナレーションが読まれるので少し緊張しましたが、何とか耳で聞いて伝わる印象だったのでほっとしたところです。二人のナレーターも、語りを音楽に見事にシンクロさせていました。ドレスデン空襲の体験者の証言にもとづくナレーションの翻訳とともに、ゲオルク・トラークルとゲルショム・ショーレムの詩による歌詞の翻訳と、ラインハルト・マイヤー=カルクスさんによる作品解説の翻訳とを、今回担当させてもらいましたが、そのようなかたちで、「星のない夜」という、今こそ聴かれるべき重要な作品を日本の聴衆に届けるささやかなお手伝いをさせていただいたことを心から光栄に思います。

 

■Hiroshima Happy New Ear XII

[2012年9月18日/広島市アステールプラザ・オーケストラ等練習場]

Hiroshima Happy New Earの第12回目の演奏会として行なわれたアルディッティ弦楽四重奏団の演奏会は、期待にたがわぬ素晴らしいものでした。クセナキスのテトラスで聴かせた音の凝縮されたエネルギーは、この四重奏団の緊密なアンサンブルでしか出せないものでしょう。アリストテレスに因んで言えばきわめて質料的な音の素材が、おのずから発展し、凄まじい生命力を発揮していました。同時にそれが緻密な論理にもとづいていることを、きわめて解像度の高い響きで聴かせる点も、この四重奏団の凄いところと思います。他方でその合間に聴かせる静けさの深さは恐ろしいほどでした。とくに最初に演奏されたリゲティの弦楽四重奏曲第2番の演奏での静かな響きには、深淵に吸い込まれそうな思いがしたところです。そして、その静けさから湧き上がる音の運動は、リゲティが影響を受けたバルトークの作品(とくに第4番の四重奏曲)以上に、飼い馴らされていない自然の蠢きを感じさせました。

細川俊夫の「沈黙の花」の演奏は、この作品が傑作であることを申し分なく伝える密度の濃い演奏でした。力強く打ち込まれた音が命の花を空間に開きながら、やがて消え去っていくさまが、驚くべき振幅をもって、かつ緻密に表現されていました。垂直的に打ち込まれ、空間に線を描いていく動きがだんだんと静まって消え去っていく、命の儚さを感じさせる曲の推移には、マーラーの交響曲第9番の最終楽章を、ふと思い出したところです。日本初演となった「書」は六つの短い曲から成る作品でしたが、とくに最後の二つの曲における息の長い歌が印象的でした。書においては擦れや滲みをなすような動きが、歌う息遣いと深い感情の共鳴として響いていたように思います。なお、最後の曲は「班女」のなかの花子のアリアを素材にしているとのことです。この四重奏団が、弦楽四重奏の伝統を背景に、弦楽四重奏と新しい音楽の可能性をどのように切り開いていくのか、これからも注視していきたいと思います。

 

■東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第264回定期演奏会

[2012年12月14日/東京オペラシティコンサートホール・タケミツメモリアル]

12月14日、東京オペラシティのコンサートホールで、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会を聴きました。このオーケストラの演奏を聴くのは実に久しぶりで、たしか同じ会場でメシアンのトゥーランガリラ交響曲を聴いて以来だと思います。下野竜也さんの指揮で、ハイドンとモーツァルトの、いずれも第28番の交響曲に、シェーンベルクのピアノ協奏曲とベルクの「ルル」組曲という非常に意欲的なプログラム。ヴィーン生まれの音楽が大きく変貌するさまを体感することができます。

なかでも見事だったのが「ルル」組曲(歌劇「ルル」による5つの交響的小品)で、下野さんは、その膨大な情報量をもったスコアから内容豊かな音楽の連関を、かつ非常に振幅の大きな表現とともに引き出していました。甘美で繊細なモティーフの絡み合いがぎらりとした光を放つ響きまで発展するのには惹きつけられます。第3曲では、半田美和子さんが素晴らしい「ルルの歌」を聴かせくれました。静かな声がオーケストラの響きとよく溶け合うなかから歌が徐々に熱を帯び、ルルが「ありのままの」自分を声として剝き出しにするに至るまでの歌の高まりは圧巻で、心からの感動を覚えたところです。声が澄んでいるだけに、言葉とともに歌が翳を帯びるときには、深淵を目の当たりにする思いがします。第5曲のゲシュヴィッツの歌も魅力的でした。

もう一曲、シェーンベルクのピアノ協奏曲も名演奏で、ピアノ独奏を務めた野田清隆さんも下野さんも、曲を完全に自分のものにしているのがとてもよく伝わってくる説得的な演奏でした。オーケストラの表現意欲に満ちた演奏も特筆されるべきでしょう。モーツァルトとハイドンの演奏も、小気味のよい、かといって軽く流れてしまうことのない、魅力的なものだったと思います。全体に今一歩の正確さとモーツァルトの緩徐楽章にもう少し静かで慈しみに満ちた(ブルーノ・ヴァルターの演奏のような)歌があればという気もしましたが、モーツァルトとハイドンに相応しい様式感と活気に満ちていたのではないでしょうか。できればもう少し多くの方に聴いてもらいたかった演奏です。

 

□付記:半田美和子さんのアルバム『Khôra — Niemandslied』(EXTON)の紹介

尊敬するソプラノ歌手の半田美和子さんが最初のアルバムを作られ、それがこのほどEXTONよりリリースされました。バッハのマタイ受難曲からのアリアから細川俊夫さんのオペラ『班女』からのアリアまで、実に多彩な曲が収められていますが、そのなかで半田さんの清澄な声が無限の色合いを放ちながら、ニュアンスに富んだ、そして静かに心を揺さぶる歌となって響いています。バッハやヘンデルのアリアからは研ぎ澄まされた悲しみが聴こえますし、最後に収められた、細川俊夫さんの編曲による五木の子守歌は、まさにこれを歌っていた若い女性の孤独さや嘆きそのものが静かな歌になっているようで、心からの感動を覚えます。

個人的に素晴らしいと思ったのは、シュテファン・ゲオルゲの詩によるヴェーベルンの五つの歌曲。緊張を湛えた沈黙のなかから静かに声が立ち上り、陰影をもって言葉が響いて、象徴的な詩に込められた微妙な感情の揺れが風景とも共鳴するのが、非常に細やかに表現されています。リゲティのオペラ『ル・グラン・マカーブル』からのアリアでは、人間離れした人物像が崩壊していくなかから、人間存在の根底が鋭く照らし出されるようで、これも本当に凄いです。とにかく最初のリュッケルトの詩によるマーラーの歌曲からして引き込まれてしまいます。そこで「私の歌に生きる」ことの澄みきった境地が確かな意志をもって静かに歌われることは、『班女』の花子のアリアで生きること自体が、狂気をも含んだ深みから肯定されることと対をなして、このアルバムにおいて半田さんの歌が放つ静かな、しかし非常に強い美しさを象徴しているのではないでしょうか。

これほど多彩な曲がどれもこれほど細やかに歌われたアルバムを、私は他に知りません。さらに、リゲティの曲と細川さんの曲がここまでの完成度をもって録音されたことは、画期的なことかと思われます。うたを、うたうことを愛する人すべてに聴いていただきたいアルバムです。ちなみに私は、このアルバムのドイツ語の歌詞の曲の歌詞翻訳を担当させていただきました。素晴らしいアルバムを作るお手伝いをさせていただいて光栄に思います。

それから、アルバムのタイトルのKhôraは、プラトンの『ティマイオス』篇で語られる(デリダなども論じています)、それ自体としては何ものでもない存在の母胎のようなものから採られています。これと関係しますが、サブ・タイトルのNiemandsliedは、パウル・ツェランの詩集『誰でもないものの薔薇 Niemandsrose』の表題から着想を得たものです。半田さんの音楽に対する真摯な姿勢が表われたタイトルでもあります。

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Chronicle 2012

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早いもので2012年が間もなく終わろうとしています。今年はこれまでに経験したことがないくらい忙しく、時が過ぎるのが本当に早かったです。この年齢になると、数年前のような無理は利かないことも分かりました。来年は少し身体を鍛えないといけないかもしれません。

さて、以下に記すようなクロニクルのかたちで、今年一年の公的な活動を振り返ってみますと、とくに音楽に関わる仕事が多くなってきていることが、あらためて実感されます。ドイツ語のテクスト、とくに詩の翻訳というかたちで大きな仕事に取り組む機会をいただいたことは、非常に勉強になりました。詩の翻訳というのは、たしかに散文のテクストの翻訳よりはるかに難しいですが、取り組む過程で学ぶことはとても多いです。機会を与えてくださった関係の方々に、あたらめて心から感謝申し上げたいと思います。それから、細川俊夫さんの『班女』と「星のない夜」、それにモーツァルトの『魔笛』といった、思い入れのある作品に取り組む機会をいただいたのも、とても嬉しいことでした。演劇の舞台の後の対談に参加させていただいたことも、今後に向けた刺激になります。

こうした文化に関係する活動を続けながら、今年の10月までは、これまでに積み重ねてきたヴァルター・ベンヤミンの言語哲学の研究を、一書にまとめることにエネルギーを傾注してきました。何年か前に仕上がっていなければならなかったものですが、おかげさまでこのほどようやくおおよその目処を付けることができました。この論考にいっそうの磨きをかけ、できるだけ早い時期にお届けできたらと考えております。また、これを足がかりに、テオドール・W・アドルノの仕事や、ホロコーストと原子爆弾の傷のなかから生まれた詩などを視野に入れつつ、想起の形象の美学や、他者の声の「谺」を響かせることの美学を展開する可能性を探ることが、来年の課題になろうかと思います。

今年の研究に関わる活動は、ベンヤミンの歴史哲学についてのこれまでの研究を、福島第一原子力発電所の人災に立ち至った「進歩」としての「復興」の歴史の問題や、東アジアに今も続いている暴力の歴史の問題を照らし出し、他者とともにある生を深く肯定するような、新たな歴史の概念を探究するのに生かす可能性を探る仕事が中心になりました。そのためにまとめて発表した原稿を含め、未公刊の講演原稿や散発的に公刊した論文なども、早く一書にまとめたいものです。

このような2012年の経験を踏まえて、歴史哲学と美学の研究を深化させるのが、来たる年の主な課題になるでしょう。刊行が進んでいるベンヤミンの批判版全集にも取り組みたいので、2013年は、書物に向き合う時間をできるだけ取るようにしたいものです。また、新たな翻訳の仕事に取り組みながら、音楽に関わる仕事も続けていければと願っております。来たる年も変わらぬご指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします。2013年がみなさまにとって幸せに満ちた年になりますように。

■Chronicle 2012

  • 1月18日:Hiroshima Happy New Ear Operaの第1回公演として行なわれる細川俊夫さんの『班女』の上演に先立ち、作品そのものや今回の上演のコンセプト、さらには現代のオペラの動向などについて理解を深めるために、作曲者の細川俊夫さんと演出の平田オリザさんをゲストにお迎えして、広島市のアステールプラザの多目的スタジオで行なわれたプレ・トークの司会を務めました。
  • 1月20日:Hiroshima Happy New Ear Opera I 細川俊夫『班女』公演のプログラムに、「待つことの深みから──細川俊夫の『班女』に寄せて」と題するプログラム・ノートが掲載されました。夢幻の世界を現出させる能楽の精神を表現する『班女』の音楽が、「狂気」にも至りうる待つことの深みに降り立ち、そこにある生の深奥を響き出させ、歌に昇華させると見る視点から、オペラの元になった三島由紀夫の近代能「班女」、さらにその元になる世阿弥の能、その主人公の「班女」という名の由来、そしてこのオペラの音楽の特徴などを論じる内容のものです。
  • 1月20日、22日:広島市のアステールプラザの中ホール能舞台で開催された、Hiroshima Happy New Ear Opera I 細川俊夫『班女』公演終了後のアフター・トークの司会を務めました。
  • 3月18日:京都ドイツ文化センター・ヴィラ鴨川で開催された「3・11以後を考える日独哲学会議」の「ワークショップII」において、「もう一つの歴史の概念のために」と題する短い研究発表を行ないました。2011年3月11日の東北・東日本の大震災の死者たちが置き去りにされるなか、福島第一原子力発電所の人災に至った「復興」の歴史が繰り返され、「復興」と「進歩」の神話に人々が巻き込まれようとしている状況を問題にしつつ、歴史を見直し、歴史そのものの概念を、一人ひとりが他者、そして死者とともに生きることのうちに取り戻す可能性を探るものです。ヴァルター・ベンヤミンが、無意志的想起の経験から歴史の概念を捉え直そうとしたことを参照しながら、美化された神話としての物語に解消されない、生きることを深く肯定することと結びつくような歴史、さらにはその表現の可能性を探究することを、哲学および美学の課題として提示しました。
  • 3月26日:広島市立大学の広島平和研究所のニューズレター『Hiroshima Research News』の第14巻第3号に「広島から平和を再考するために──記憶の継承から他者とのあいだにある平和へ」と題する論考が掲載されました。ジャック・デリダの『アデュー』の議論を参照しつつ、被爆の記憶を開かれた仕方で継承する可能性とともに、他者ととも生きることの課題として「平和」を再考する方向性を模索する内容のものです。
  • 4月〜8月:広島市立大学国際学部の専門科目「共生の哲学I」、「社会文化思想史I」の講義、全学共通系科目では「世界の文学」の2回の講義、「平和と人権A」の1回の講義を担当しました。国際学部の2年生向けの「発展演習I」、3年生向けの「専門演習I」も担当しました。後者では藤田省三の『精神史的考察』を講読しました。大学院国際学研究科では、「現代思想I」の他、「平和学概論」の1回の講義も担当しました。広島大学では、教養科目の「哲学A」の講義の他、今年度は「戦争と平和に関する総合的考察」の講義も1回担当しました。日本赤十字広島看護大学では、「人間の存在」の講義を担当しました。
  • 4月20日:TOWER RECORDSのフリー・マガジン『intoxicate』のVol. 97に、「息遣いが織りなす季節の巡り、それを断ち切る天使の叫び──ヒロシマとドレスデンを記憶する細川俊夫のオラトリオ『星のない夜』の日本初演によせて」と題する小文が掲載されました。5月24日に日本初演を迎える細川俊夫さんのオラトリオ「星のない夜──四季へのレクイエム」を、その世界初演やドレスデンでの演奏のことも交えつつ紹介する内容のものです。
  • 5月24日:東京オペラシティ・コンサートホール・タケミツメモリアルで開催された、東京オペラシティ財団主催のコンポージアム2012のプログラムに、この日の演奏会「細川俊夫の音楽」で、準メルクル指揮のNHK交響楽団によって日本初演された細川俊夫さんのオラトリオ「星のない夜──四季へのレクイエム」のラインハルト・マイヤー=カルクスさんによる詳細な曲目解説の翻訳、その「ドレスデンの墓標」の楽章のナレーションの翻訳、「冬に」、「春に」、「夏」、「浄められた秋」の各楽章で歌われるゲオルク・トラークルの詩、そして「天使の歌」の楽章で歌われるゲルショム・ショーレムの翻訳が掲載されました。このときの演奏では、ナレーションは私の日本語訳で朗読されました。なお、この日の演奏の録音は、1か月後の6月24日に、NHK-FMの「現代の音楽」で放送されました。
  • 6月23日:広島市立大学の知のトライアスロンの広島市映像文化ライブラリーへの出張講座において、「『純愛』が照らし出す原爆の傷」と題する短い講演を行ない、今井正監督の映画『純愛物語』(1957年)を紹介するとともに、内部被曝の問題に触れたこの映画には、私たちの未来のない未来が映し出されていることを指摘しました。なお、この講演のことは翌日付の中国新聞でも報じられました。
  • 7月3日:広島市東区民文化センターのスタジオで行なわれたディディエ・ガラスの独り芝居『アルルカン再び天狗に出会う』のポスト・パフォーマンス・トークに参加し、劇研の杉山準さん、ディディエ・ガラスさんと対談しました。
  • 7月14日:広島女学院大学で開催された、「詩と声明/死と生命」をテーマとするCultural Typhoon 2012 in Hiroshimaのメイン・パネルの一つ「軍都広島からチョッケツ東アジア」のセッションにて、「広島の静まることなき魂のために」と題する声明を行ないました。実質的な内容は、「軍都」を現在の問題として問いながら、統御されえない生命の息吹としての、さらに言えば鎮まることのない死者の魂とも谺し合う息吹としての詩的なものの余地を、歴史そのものの反転へ向けて切り開こうと試みるものです。
  • 8月5日:妻の主宰するヴァイオリン教室の発表会にて、ローベルト・シューマンの三つのロマンスの第2曲のヴィオラのための編曲を演奏しました。
  • 8月7日:広島市立大学の夏季集中講座Hiroshima and Peaceにて、“Reconsidering the Concept of Peace: From a Philosophical Perspective”と題する講義を英語で行ないました。
  • 9月23日:広島市東区民文化センターのスタジオで行なわれた第七劇場の公演「班女/邯鄲」のポスト・パフォーマンス・トークに参加し、演出の鳴海康平さんと対談しました。
  • 10月〜2013年2月:広島市立大学国際学部の専門科目「共生の哲学II」、「社会文化思想史II」の講義を担当しています。専門科目の「国際研究特講II」では、「東アジアに共生の回路を開くために」という講義を行ないました。全学共通系科目では「哲学B」の講義を担当しています。この他、国際学部の2年生向けの「発展演習II」、3年生向けの「専門演習II」も担当しています。「専門演習II」ではこれまでに、ベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』を講読しました。大学院国際学研究科では、「現代思想II」を担当しています。広島大学では、教養科目の「哲学B」の講義を、広島都市学園大学では「哲学」の講義を担当しています。
  • 10月22日:広島市のアステールプラザのオーケストラ等練習場で開催された、Hiroshima Happy New Earの特別演奏会、細川俊夫さんの「ヒロシマ、声なき声」の第2〜第5楽章のピアノ伴奏による演奏に先立ち、レクイエムの典礼文、パウル・ツェランの詩「帰郷」、そして松尾芭蕉の俳句二首を、日本語訳で朗読しました。また、この演奏会のプレ・トークとアフター・トークの司会も務めました。
  • 10月24日:呉市の呉宮原高等学校にて「平和を哲学する」と題する模擬講義を行ないました
  • 11月8日:広島市のアステールプラザのオーケストラ等練習場にて開催されたHiroshima Happy New Ear XIII ジャック弦楽四重奏団演奏会のアフター・トークの司会を務めました。
  • 12月1日:広島市のアステールプラザ大ホールで開催されたひろしまオペラルネッサンスの公演、モーツァルト『魔笛』のプログラムに、「魂に息を吹き込む魔法の笛」と題するプログラム・ノートが掲載されました。矛盾を抱え込んだ人間像を浮き彫りにするこのオペラの音楽が、モーツァルト晩年の音楽に相応しく、簡素で研ぎ澄まされたかたちで、人間が生きることの現実を、その厳しさを含めて仮借なく浮き彫りにしていることを、オペラが作曲された頃のモーツァルトの境遇や時代の動向などに触れつつ論じる内容のものです。
  • 12月19日:この日にリリースされたソプラノ歌手の半田美和子さんの初めてのアルバム『Khôra — Niemandslied』(EXTON)に収録された、ドイツ語歌詞の歌曲やオペラからのアリアなどの歌詞の翻訳を担当しました。翻訳は、歌詞対訳のかたちでCDのブックレットに掲載されています。ヨハン・ゼバスティアン・バッハ、グスタフ・マーラー、アルバン・ベルク、アントン・ヴェーベルン、ジェルジー・リゲティの曲の歌詞を翻訳しました。

旧Flaschenpostからの移行について

IMGP0079以前にアップル社の.Macというホスティング・サーヴィスを利用して開設しておりました私個人のウェブサイトFlaschenpostが、今年の6月に.MacのiCloudへの移行に伴って閉鎖を余儀なくされて以来、そこに掲載されておりましたエッセイ、演奏会やオペラなどの公演の批評、著述や講演などの公の活動の記録も引き揚げたままになっておりましたが、このほどこちらのWordPressのサーヴィスを利用したウェブログに再度掲載しました。ご関心のある方に拙文をご一読いただければ幸いです。

このサイトへの移行に伴って、以前のFlaschenpostから変更した点を挙げておきます。まず、旧稿を整理し、表記や表現をいくらか改めたところがあります。再掲を見合わせた旧稿もあります。また、演奏会や公演の批評のいくつかは、滞在期間ごとにまとめました。例えば、2006年の秋にベルリンを訪れた際に接した演奏会やオペラ公演の批評を、「Berlin 2006」というタイトルの下にまとめるという具合です。以前から別に設けているMiszellenというウェブログに掲載していた批評も2点、こちらに再掲しています。

それから、新たに書評のカテゴリーを設け、Booklogというウェブ本棚サーヴィスを利用した読書記録として書いている書評のうち、比較的まとまったものもこちらに掲載することにしました。活動記録を兼ねて、近況や著述などのお知らせなども、クロニクルとしてこちらに書いていければと考えております。年ごとに忙しくなり、書く時間をなかなか確保できませんが、活動記録はどうしても必要ですので、簡単な報告も含めて、できるだけまめにアップデートしていければと思います。

この機会に旧稿を整理しましたところ、ちょうど50点になりました。非常に気まぐれな執筆のペースで、批評などの執筆が時間と余力にどれだけ依存しているか、よく分かります。内容や表現の練られていないものも数多くありますが、素描としてご覧いただけると幸いです。何か考えるきっかけが含まれているとすれば、本当に嬉しく思います。

内田光子&ハーゲン弦楽四重奏団演奏会

[2011年10月29日/サントリーホール]

ベートーヴェンの14曲目の弦楽四重奏曲の最終楽章で刻まれる、精神の反抗そのものであるような付点のリズムが容赦なく刻まれるのを聴きながら、ハーゲン弦楽四重奏団はこれほどまで厳しい音楽を聴かせるようになったのか、と感嘆せざるをえなかった。厳しさが貫かれるなかからこそ、この楽章のもの一つの主題が、迸り出るように歌い出される。その歌は、内側から湧き上がる喜びに満ちていた。これら二つの主題の素晴らしい表現は、いずれも純度の高い音楽を追求してきたハーゲン弦楽四重奏団の音楽の必然的な帰結であり、このクァルテットが積み重ねてきた室内楽の探究の精華ではないだろうか。サントリーホールの開場25周年を記念するスペシャルステージの一環として行なわれた、内田光子&ハーゲン・クァルテットの第2夜(2011年10月29日)を聴いたが、その前半で聴いたベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調の演奏は、このクァルテットの現時点での到達点を示すものだったように思われた。

作曲家の精神によって極限まで純化された音が内発的に音楽を繰り広げていくような自在さが、戯れと呼ぶべき次元にまで高まり、楽音の限界を突き抜けるに至る──あのプレスト!──が、その流れが強烈な力で突然断ち切られ、否定される。自由そのものと言えるような音楽の展開と、その悲劇的な切断との対照。これが、ほの暗くもどこか覚悟したところのある情念によって貫かれた一つの音楽をなしているところが、第13番と並ぶ異形の弦楽四重奏曲である第14番の魅力と言えようが、今夜の演奏では、その魅力が余すところなく表現されていたのではないだろうか。

第1楽章のフーガは、非常に濃密な音楽に仕上げられていて、深い息とともにはき出される長いフレーズが、一分の隙もなく折り重ねられていた。だからこそ、それに続くアレグロの楽章のリズムの愉悦が際立つわけだが、その表現がけっして外面的にならず、密やかさによって貫かれているのが、後期ベートーヴェンに相応しい。細かいリタルダンドやテンポ・ルバートも自然で、音楽自体のダイナミズムにもとづくものであった。本当に密やかに音がさざめき合う箇所の響きなど、この世のものとは思えないほどだったが、そのような響きをこそ、後期のベートーヴェンは、みずからの脳裏に浮かぶ音を厳しく研ぎ澄ませて目指したのではなかったか。その厳しさが音楽に表われたかのような箇所も、上述のように素晴らしかったのだが、それ以上に強い印象を残したのが、アンダンテの自由な変奏の楽章。この夜の白眉だったのではないだろうか。憧れに満ちた歌が、静かに、それでいて感興豊かに変奏されていく。つい同じ強さで弾き流されがちなフレーズにも、微妙な彩りが添えられ、そこにあるダイナミクスの変化は、息のめぐらしそのものである。そして、それを支える伴奏のリズムがつねに生気とウィットに満ちていた──とくに内声の付点のリズム──のがこの作品に相応しい。

休憩を挟んで、内田光子のピアノが加わり、ブラームスのピアノ五重奏曲ヘ短調が演奏された。この曲も、ベートーヴェンの作品同様にメランコリックな情念の漲る作品ではあるが、この日の演奏は、しばしば見られるように、それが若さとともに迸り出るのを強調するのではなく、どちらかと言うとブラームスの音楽そのものの展開に軸足を置いたものではあったが、けっして情熱や力強さに欠けることはなく、スケルツォやフィナーレの追い込みは嵐のように凄まじかった。こうしたとき、五人の奏者の奏でる音楽が一つのエネルギーに凝縮されるのだが、そのような境地に達するまでに、内田光子とハーゲン弦楽四重奏団とのアンサンブルは緊密である。ザルツブルクをはじめとする場所で、何度も共演してきた成果であろう。そして、弦楽四重奏と共演するとき、内田光子は、例えばマルタ・アルゲリッチのように、自分で音楽全体を引っ張ろうとするのではなく、スコアのなかでの役割をしっかりと把握しながら、あくまで五人で一つの音楽を目指そうとする。そのようななかで、随所に内田ならではの音楽の冴えを示すのである。

そのような内田のアプローチが最も生きていたのがアンダンテの楽章だったかもしれない。ブラームスの内気さを表わすかのように、歩き出しては戻ることを繰り返しながら徐々に高まっていくピアノの主題で音楽を導き、弦楽の歌を引き出すのだが、その過程の豊かなこと。また、第二ヴァイオリンとヴィオラによって歌われる主題──その充実したハーモニーも実に印象的だった──にも彩りを添える。そして、最初の主題が弦楽に移ると、それに微妙に変化し続ける陰影を与えるのである。第一楽章では、ダイナミクスの起伏がテンポの変化と結びつくのを、弦楽と一体となって見事に表現していたし、スケルツォでは、暗い情念が深く沈んだところからだんだんと湧き上がってくるのを、内田光子のピアノが見事に表現していた。そのトリオの部分に入る際のピアノによる主題の提示も非常に美しい。

フィナーレは、メランコリックな序奏で始まるのだが、それは前半のベートーヴェンのアダージョの楽章を思い起こさせた。それに続くアレグロの主題の提示は、チェロとピアノが見事に呼応していて、きわめて充実していた。豊かで陰影にも富んだクレメンス・ハーゲンのチェロも素晴らしい。また、その主題がひとしきり高まった後に続く、深沈とした一節では、はっとさせられるほど密度が高い表現が聴かれた。そして、この楽章を特徴づける情熱の高揚にあっても、一つひとつの音の粒立ちがけっして失われることがない。だからこそ魂が内側から熱くなるのだ。内田光子とハーゲン弦楽四重奏団による今夜のブラームスの演奏は、音楽そのものの運動を表現しきることで、そこに込められた情念をも引き出した演奏だったのではないだろうか。

Hiroshima Happy New Ear X

[2011年10月20日/広島市アステールプラザオーケストラ等練習場]

広島の地に、あるいは広島の地から「新しい耳」を開こうとする現代音楽の演奏会「Hiroshima Happy New Ear」。早いもので今回で10回目を迎える。「悠久の時を超えて」と題された今回の演奏会では、笙という楽器の可能性を世界に知らしめた宮田まゆみと、現代リコーダー演奏の第一人者と呼ぶべき鈴木俊哉の二人を迎えて、千年以上にわたって伝承されてきた曲から、ごく最近生まれたばかりの作品まで演奏された。それら演奏された作品のなかで、笙のような楽器を生かしてきた伝統と現代の感性が時を超えて出会うのに立ち会い、笙とリコーダーという生まれた時も場所も大きく隔たった二つの楽器に通底するものにじかに触れることができたように思う。

これら二つの楽器を貫くもの、それは世界を満たし、生命を貫く息である。古代ギリシア以来の伝統によれば、ギリシア語で「プネウマ」と呼ばれる、世界に満ちる気息こそ、ギリシア語の「アニマ」、すなわち「魂」とも訳される生命の原理にほかならない。今回の演奏会は、息をして生きているのになかなか気づくことのない、この気息の無限のダイナミズムを、あるいは無数の気息のせめぎ合いをあらためて見直す機会にもなったのではないだろうか。

最初に演奏されたのは、古典的な雅楽において笙の曲として伝えられてきた「平調調子」。宮田まゆみが奏でる笙の響きが空間を満たしながらくっきりと映える。会場のアステールプラザオーケストラ等練習室は、十分な高さがありながら、さほど広くないので、例えば千席規模の大きな演奏会場で聴くよりも、笙という楽器の音色や、そこにある陰影を捉えやすかったかもしれない。それはヨーロッパのオルガンのように広がりながら空間を満たすのではなく、鳳凰を模した楽器の姿そのままに空間に凛と立つ。しかし、そこには豊かな倍音だけでなく、影のような音も連れ添っていて、そこからたゆたうようなニュアンスの変化が生まれてくるようだ。秋の月のように白く映える響きがすっと退いて、木霊のように遠くから響くのに、一抹の寂しさを感じた。

次に演奏されたのは、ルチアーノ・ベリオがリコーダー独奏のために書いた「ジェスティ」。「ジェスティ」とは身振りであるが、ベリオは、未だ一つの身体に統合されていない、複数の身振りそのものが、偶然の出会いを経て深く結びつくまでを一つの曲に構成しているようである。口から分離した手の動きが表現する、落下を繰り返すような自動運動と、声も混じる変化に富んだ息を吹き込む動きとが、時に遭遇し、また時にすれ違う。そこにある偶然性が、鈴木俊哉の見事な演奏によって、実にスリリングに感じられた。また、聴いていて、口と手の分離とともに、両者の運動そのものが、あたかも人間の意図を離れた自動的なものであるかのように、厳密に構成されているのが伝わってきたのも興味深い。

ベリオに続いて、細川俊夫の「線Ib」が演奏された。この作品は、本来フルート独奏のために書かれたのを、リコーダーのために編曲したものという。無伴奏フルートのための作品というと、ドビュッシーの「シランクス」や武満徹の「Air」のように、作曲家の到達点を示すものが思い出されるが、細川の作品は、むしろその作曲の原点にあるものである。あるいはゲーテの言葉を借りて、「原現象」とでも呼ぶべきなのかもしれない。リコーダーという木で出来た楽器でこの曲を聴くと、その後のいくつかの作品の響きが、とりわけ息を伴った響きが思い出されてくる。「線」以来、細川は宇宙的な時空間へのカリグラフィとして作曲行為を自覚するようになるわけだが、リコーダーでこの曲を聴くと、最初の打ち込みが激しい息とともにもたらされることばかりでなく、書道において擦れや滲みを伴う墨の線が、空間を満たす無数の気息とのせめぎ合いのなかから浮かび上がってくることが、非常によく伝わってくる。リコーダーの狭い管のなかに渦巻く気息のエネルギーが、一本の線に結実していく過程が、劇的ですらあった。

演奏会前半ではもう一曲、川上統の「軍鶏」が演奏された。笙とリコーダーのために書かれたこの若い作曲家の作品は、軍鶏という鳥の猛々しさと滑稽さの両方を描き出そうと、リズミカルな動きどうしの間を巧みに使っていたが、それを聴いていて、二羽の鶏が時にけたたましく存在を誇示し、時に媚態を見せながら戯れ合う、微笑ましい光景が想像された。アニマという生命の気息が軍鶏という生き物、すなわちアニマルの生態に吹き込まれる一曲とでも言えようか。

休憩を挟んで、徳永崇の「模様の入れ方」が演奏された。笙で演奏可能なすべての和音をランダムに配したのを下地として、そこにリコーダーの音を刺繍するように絡めていく、まさに模様を入れる作曲行為を示すとともに、地と図の境界が揺さぶられるような仕方でハイブリッドな音響を現出させる作品と言えようが、とくに笙の響きがすでにハイブリッドな変化を含んでいて、織物の生地の糸の一本の繊維の光彩の変化のほうに注目させられた感じがする。川上の作品を聴いた際にも感じられたことだが、徳永の作品も人の手で作られている、仕組まれているということが、音楽から少し漏れてくる。裏返すなら、ベリオの作品のように、音の運動が自動的に聴こえるほどまで構成され尽くされていないのかもしれない。

次いで日本古謡の「さくら」を細川俊夫が笙独奏のために編曲したかたちで聴いた。陰影に富んだ響きのなかから、よく知られたペンタトニックな旋律が微かに響き出てくるのだが、そのさまは吐く息が歌となる、つまり息の響く音の高さが上下に動く際の緊張を、そこにある無数の振動を表わしているように思われた。息をして生きる人間が気息に満たされた空間のなかで、みずからの思いを乗せた深い息を吐いて歌うという行為そのものの原像を見た思いがする。

その次に演奏されたサルヴァトーレ・シャリーノの「風に乗って運ばれた、対蹠地からの手紙」からは、シチリア出身というこの作曲家がもっている風の運動、とりわけその速度に対する独特の感性を感じることができた。海辺に立つと、さまざまな方向からの、それぞれ異なった速度をもった風の動きを体感することがあるが、そこにあるせめぎ合いや、それに伴う海辺の木々の揺らぎ、海鳥たちの動きの変化を顕微鏡で拡大したかのような動きが、リコーダーの演奏技法を最大限に駆使して表現されているのかもしれない。しかも、瞠目すべきことに、きわめて微視的な構成が、広い空間を吹き抜け、人を圧倒するような風の荒々しさにも結びついている。そのことを見事に表現しきった、鈴木俊哉の超絶技巧にも圧倒させられた。

最後に演奏されたのは、細川俊夫が武満徹の還暦に寄せて書いた「鳥たちへの断章IIIb」。盲学校の子どもたちが手触りと心のなかのイメージを頼りに練り上げた鳥たちの彫塑に触発されて、音に触る行為として作曲そのものを見つめ直しつつ、その鳥たちの自然を、そして自然な生のうちにこそある自由を表現しようと作曲した作品という。自然の母胎を表現したという笙の響きがたゆたうなかから響いてくる低音のリコーダーの音は、おずおずと羽ばたき始める鳥の翼の動きを思わせるが、そこに同時に、例えば森のなかでぞくっとさせられるような生き物の気配のようなものさえ感じられる。やがて、リコーダーによって鳥の自由な動きが、とりわけリコーダーがソプラノに持ち替えられてからは、重力から解き放たれたかのような動きが展開されるのだが、笙の響きも変化を止めることはない。翼の羽ばたきに呼応してゆらめくかのように、彩りを変えていく。こうした笙とリコーダーの音の動きからは、人間によってけっして飼い馴らされることのない自然のダイナミズムと、生命そのものの自由を感じないではいられない。

笙とリコーダー。この二つの楽器が示しているのは、生命のダイナミックな運動が気息によって貫かれているということである。無数の気息が行き交う空間のなかで一つの生命体が息を発するとき、その気息は振動し、響き出ることがある。もしかすると音として聴いているものの根源を、今回の演奏会で垣間見たのかもしれない。

細川俊夫『班女』ルールトリエンナーレ公演

[2011年9月29日/デュイスブルク・ゲブレーゼハレ]

ルール工業地帯の工場跡の建物を会場に、魅力的な演劇やオペラの公演が盛りだくさんのルールトリエンナーレの一環として行なわれる、細川俊夫のオペラ『班女』の公演を見るために、デュッセルドルフから隣町のデュイスブルクへ向かった。デュイスブルク中央駅の地下ホームからトラムに乗り、町外れの停留所で降りて公園のなかをしばらく歩くと、巨大な工場跡が見えてくる。太いパイプや高いクレーン、それに煙突が立ち並び、部分的にライト・アップされていた。そのなかの「送風場」としか訳しようのない建物ゲブレーゼハレを会場に、『班女』の公演は行なわれた。

会場に入ると、客席とほとんど仕切られていない舞台は、煙が立ちこめているようでよく見えない。目を凝らすと、舞台中央を鉄道の線路が貫いていて、それに大きな倒木が倒れ込むかたちになっている。その脇には四つほどの四角い穴が開いていて、なかに水が張られていたり、ビニールが詰められたりしている。奥のほうにも同じような穴がいくつも開けられていて、オーケストラはそのなかにセクションごとに分かれて座っている。メンバーは、それぞれの特徴を隠すためであろうか、顔の上半分を白く塗られている。今回の公演の演出家は、カリスト・ビエイト。毎度物議を醸す演出で評判のスペイン出身の演出家が、このような仕掛けを駆使してどのような舞台を見せてくれるのだろうか。花子を歌ったのは、スウェーデン出身のソプラノ歌手ケルスティン・アヴェノ。ドイツ出身のメッツォ・ソプラノのウルズラ・ヘッセ・フォン・シュタイネンが実子を歌った。吉雄役はヴィーン出身のゲオルク・ニグルだった。

さて、最近の細川の規模の大きな作品でしばしば聴かれるように、息の音が静かに持続するなかに鈴の音が密やかに響き始める。非日常的な独特の空気が醸し出されると同時に、何者かの気配を感じないではいられない。やがて煙った舞台の奥から、線路のレールを伝って花子がふらふらと近づいてくる。いかにも狂女という体の白い衣裳で、よろけながら遠くへ目を凝らし、やがて両手を広げると、衣裳がはだけ、腹部に「愛」の一字が刺青のように書かれているのが見える。その身振りが後で吉雄との再会の場面で繰り返されるとき、観る者はこれが班女の扇を広げる動作であることを知ることになる。ちなみに吉雄のほうは、判読できなかったが、腹部に、それこそ扇のようにいくつもの漢字を書かれていた。

この刺青を扇に見立てた表現は、最初に見たときは、この作品の鍵になるものとしてはあまりにも直接的に感じられ、正直別の表現の仕方があるのではと感じたが、後になると、身体的な表現にこだわるビエイトなりの意図があるように思われてくる。もしかすると刺青は、トラウマのように身体に刻み込まれた恋人の記憶なのかもしれない。それは花子を捨てたかに見える吉雄のほうが深く、幕切れ近くで暴力的に噴出することになる。男性をはっきりと暴力性において際立たせるやり方は、いかにもビエイトらしいが、これによって、それぞれ異なった世界に生きる二人の女性の関係が対照的にくっきりと浮かび上がってくる。

全体的に今回のビエイトの演出は、リブレットと音楽をよく読み込んだうえで、場所の特質を生かす、非常に説得的なものだった。そもそも線路を中心に据えた装置は、花子が井の頭線の駅で吉雄を待ち続けるのと、実子が花子を旅に連れ出そうとすることの両方に対応するし、舞台中程の倒木は敷居に見立てられる。それに、この線路がかつて工場だった空間によくマッチしているのだ。それに、歌手にかなりの無理を強いる──例えば花子がレールの上に立った不安定な状態で歌うことは、狂気の表現としてよく考えられているが、歌手にとっては大変だろう──場面もあるとはいえ、演技と音楽の起伏が非常によく合致しているように思われた。

『班女』における細川の音楽は、夢と現実、狂気と正気のあわいにあるものが凝縮された能の世界に相応しい緊張を一貫させながら、その上に花子の歌を夢幻の世界に浮遊させ、他方で身体の奥底から湧き上がる実子の愛憎の感情を浮き彫りにするものと言えようが、今回上演に接して、花子への愛情と吉雄への嫉妬のあいだで揺れ動く実子の感情の表現がことに印象に残った。井の頭線の駅で吉雄を待ち続ける花子のことを新聞に書かれたときの燃えるような嫉妬──実際舞台上では火が燃やされ、新聞紙の燃えがらが黒い雪として降った──と、その裏返しとしてある花子への妖しいまでの愛情との振幅を、ヘッセ・フォン・シュタイネンの歌唱は、見事に表現していた。とくに、レチタティーヴォのような語りから歌へ移行するときなど、妖艶とも言えるような表情を見せていたし、逆に歌から語りへ移行した瞬間は言葉がよく立っていた。

他方、花子を歌ったアヴェノは、端正な歌唱で別の世界に生きる女を演じきっていた。無駄な表情がそぎ落とされている分、正気の人間の生身の感情との落差が際立つ。この点が、吉雄と再会した場面では非常に効果的だった。お前は吉雄ではなく、毎日駅を行き交う骸骨のような人々──オーケストラはそのような街の群衆に見立てられているのかもしれない──と同じように死んでいるという言葉が、どちらかと言うと淡々と、しかしそうであるがゆえに決定的な宣告として響くのだ。それを聞いた吉雄は、カフカの「判決」の世界を見るかのように、水溜まりに身を投げたのだった。吉雄を演じたニグルも、筋の通った明快な歌唱を聴かせてくれたが、そうであるがゆえに吉雄の暴力性が凝縮されて際立っていた。この点は、ビエイトの意図する吉雄像に合致していたのではないだろうか。

このように、三人の歌手たちはそれぞれの登場人物の特性を見事に浮き彫りにしていたのだが、それ以上に感心させられたのが、ゲリー・ウォーカー指揮するムジークファブリークの演奏だった。舞台の各所に奏者が分散せざるをえない条件下でありながら、緊密なアンサンブルを聴かせ、どの瞬間を取っても間然するところがない。何よりも、各奏者が明確な主張をもってあらゆるパッセージに生気を吹き込んでいるのが好ましく思われた。豊かな空気をはらんだ弦楽器のメロディックなパッセージなど、背筋がぞくっとするほど妖しい美しさを放っていたし、吉雄が登場するときの音楽は凄まじいまでの迫力だった。間奏的なヴィオラのソロは、和楽器演奏で言う障りも取り入れて、細川の音楽に相応しい見事な演奏だったと思う。

『班女』というドラマの解決なき解決──吉雄が去った後、花子と実子はお互いを認めてはいるものの、失った愛を待つ者と、未だ愛されたことのない者との隔たりは埋まることがない──の後、夕闇のなかに花子と実子が静かに歩み去って行く幕切れは、細川の音楽と相俟って、こう言うと失礼かもしれないが、ビエイトの舞台とは思えないほど本当に美しかった。複数の生の静かな、そして確かな肯定がそこにはあった。『班女』という作品のテクスチュアを工場だった空間のなかで見事に生かした演出と、確かに技術に裏打ちされた振幅豊かな音楽の表現が見事に合致した、この場所ならではのきわめて説得的な『班女』の公演だった。

細川俊夫『松風』ベルリン公演

[2011年7月16日/ベルリン国立歌劇場(シラー劇場)]

「松風」は、世阿弥が書いた能の名作の一つとして知られている。春の季節曲である「熊野」と並ぶ秋の季節曲として人気があり、能の愛好家はこの二曲を米の飯のように飽かず見るという。ちなみに「松風」のあらすじは、須磨の浦を満月の夜に訪れた旅の僧の前に、ともに在原行平を愛した松風と村雨の霊が現われ、行平への断ちがたい恋慕を舞い謡った後、村雨の露と松風のなかへ消え去っていくというもの。そのような「松風」をオペラへ翻案したのが、細川俊夫の新作『松風』である。ベルリン国立歌劇場で行なわれたそのベルリン初演の中日に立ち会うことができた。夢幻能において表現されるのは、過去が浸透した時間とひとまず言えようが、そのような時間が、今回の公演では緊張感に満ちた音楽と多彩な身体表現をもって説得的に表現されていた。とりわけ、死者と生者が共存する時間が自然の風景のなかにあることが強調されていたことが、『松風』の世界を豊かにしていたように思われる。なお本作品は、5月初旬にブリュッセルのモネ劇場で世界初演された後、すでにワルシャワとルクセンブルクで上演されている。

サンプリングされた波打ち際の水音が静かに響き始めると、ダンサーたちが舞台に現われ、須磨の浦における生の営みを、細かな身振りで表現する。能の舞台においては、作品の情景がワキの様式化された身振りで表現されるのだが、ここでの情景の表現は、能とはまた違った様式の洗練を示すと同時に、きわめて表情豊かである。海鳥が飛び回る中に立つ松の木が海風に揺られるさまをも描こうとするかのようであった。やがて音楽が静かに鳴り始めるが、それは最初からただならぬ緊張感を湛えるとともに、妖しいまでに豊かに響く。能における鼓のように時折打ち込まれる打楽器の音は、波の音のようであり、また自然の風景の底知れぬ深さを垣間見せるかのようでもあった。指揮者のパブロ・ヘラス=カサドが細川の音楽をしっかりと把握していることが、最初の数分ではっきりと感じ取られる。ベルリン国立歌劇場のオーケストラも、彼の指揮に、終始確信に満ちた響きで応えていた。やや惜しまれるのは、スピーカーから響く水音が少し耳についたこと。これは、もう少し小さくても、あるいはなくても良かったかもしれない。深い沈黙から「松風」の風景が、楽器が奏でる音楽とともに立ち上がってくるのを聴きたかった。

しばらくすると、闇のなかから旅の僧侶が静かに現われる。それにダンサーが細かな動きで付きまとうが、そのさまは、僧侶の肌に触れる、湿り気を帯びた潮風を表わしているようにも見えた。僧侶は古い松の木に目を留め、その謂われを漁師に尋ねる。そして、漁師から在原行平への恋慕のうちに死んだ姉妹のことを聞き、念仏を捧げるまでの、低い、抑制された声での対話は、テクストの凝縮度も相まって、舞台を引き締めていた。若手の作家であるハンナ・デュブゲンが「松風」の謡曲を翻案したドイツ語のテクストは、非常に簡潔でありながらきわめて詩的なニュアンスに富んでおり、部分的には韻を踏んでもいる。全体的に能の「松風」の世界のエッセンスをドイツ語による舞台のうちに発現させることを可能にする翻案だったと感じられた。舞台上のコーラスが密やかに鳴らす鈴の音は、舞台上に潮風のそよぐ空間が開かれていることと、そこが祈りの空間でもあることとを、一つながらに示していた。僧を歌ったフローデ・オルセンの声は、引き締まった、威厳のある声で、作品に相応しく感じられる。

僧が須磨の浦に着いたのはすでに夕刻で、漁師と別れた後、時を置かずして日が落ちて、夜の帳が下りるわけだが、それが今回の演出では、一人のダンサーが、無数の黒い糸によって織りなされた網のような壁を少しずつ手前に引いてくることによって表現されていた。深沈とした音楽に乗って、夜闇がだんだんと迫ってくる。そしてその奥からは、謡曲でも歌われるとおり、満月が顔をのぞかせている。こうして夜の風景が、過去が浸透した境界域として、すなわち死者たちの魂が回帰する場として開かれてくるさまは、今回の演出において最も魅力的であった。黒い網のような闇が舞台前景に達してしばらくすると、上方から松風と村雨の魂が下りてくる。その際二人は、現世への妄執によってみずからの魂がいつまでも静まらないことを歌うのだが、その二重唱の美しさは、この作品の白眉とも言えよう。夜の闇が網のようであるのは、彼女たちの魂が現世に絡め取られていることを表わしているのかもしれない。そのような魂の奥底から発せられる悲痛な叫びが、聴く者の肺腑をぐっと掴むような緊張感を湛えながら、それでいて妖艶でもある魅力的な音楽に昇華されていた。プログラムに掲載されていたインタヴューのなかで細川は、松風と村雨を一つの人格の二つの面のように表現したいと語っていたが、松風を歌ったバーバラ・ハニガンと、村雨を歌ったシャルロッテ・ヘレカントの二人は、この言葉に違わない緊密なアンサンブルを最後まで繰り広げていた。一本筋が通っていながらつややかさを失わない二人の声は、非常に作品に相応しいと思われたが、それ以上にサッシャ・ヴァルツの演出によって、かなり激しいダンスが要求されるなかで、高度な音楽性を保ちえていたことに瞠目させられた。

やがて、夢のなかに目覚めた僧と、行平への恋慕に取り憑かれた二人の死者の魂が、対話を繰り広げる。「旅人は袂涼しくなりにけり関吹き越ゆる須磨の浦風」はじめ、行平が須磨に残した歌が引かれながら、行平と二人が過ごした日々が思い出されてくるにつれ、恋慕の情はますます高まる。現世への妄執にますます取り憑かれていくのだ。それはついに行平が残した烏帽子と狩衣をかき抱き、砂浜の松に行平の姿を認める、僧の言う「狂気」にまで高まる。そのことが、行平の歌と共鳴し、また須磨の自然の風景とも共振し合っていることを、細川の音楽は、無駄のない音楽で描き出していたのではないだろうか。僧、松風、村雨の対話が徐々に緊迫の度を増していくあたりは、このオペラの音楽のクライマックスをなしていたように思われる。その後、僧が招じ入れられた塩汲みの小屋──その骨組みだけが舞台に置かれる──の一室で、行平の狩衣を着けたと見られる男性のダンサーを相手に、松風の狂おしい妄執が舞われるのだが、その踊りはやや過度に様式化されていて、細川の音楽の強度と釣り合っていないように感じられた。もっと狂おしい舞があるべきではなかっただろうか。全体的に、女性のダンサーたちの動きは、二人の魂の感情や、その不可視の身体性などを増幅させているようで効果的に思われたが、男性のダンサーの存在は、少し目障りに感じられる場面が多かった。

松風と村雨の忘我の踊りの後、まさに明け方の村雨のように、松葉に見立てた無数の細い棒が舞台上に投げ込まれ、夜明けが近いことを告げる。僧は舞台上に目覚め、地謡のような合唱が、朝日を湛えた村雨の露の残る松のあいだを潮風が吹き抜ける風景を静かに歌うなか、息の音で表現される風の音が徐々に静まっていき、オペラ『松風』は静かな幕切れを迎えた。その終わり方は、どこか細川の前作のオラトリオ「星のない夜」を思わせる。こちらの作品は、けっして美しいだけではない、どこかおぞましくさえある季節の廻りが予感させる、いつまでも続くかのように思われる、忘れっぽい人間の暴力の歴史の連続のなかで起きた、1945年の二つの凄惨な出来事、すなわちドレスデンの空襲と広島への原子爆弾の投下を想起するとともに、これらの犠牲者の魂の救済を祈る場がやはり自然の風景のなかにあることを暗示するものであったとするならば、新しいオペラ『松風』は、祈りの場が自然のなかにあるのはなぜかを示すものと言えよう。須磨の浦のような自然の風景のなかに、その振動に生者の身体が共振するなかに、死者の魂は回帰してくる。そのとき、その魂は現世への断ちがたい思いを抱いているのだ。立ち止まって、風のそよぎに耳を澄ますとき、そうした魂の奥底からの叫びが聞こえるかもしれない。須磨を訪れた僧のように静かに佇むこと、そうして自然と自分の身体が触れ合うばかりか、両者が相互に浸透し合っているのを感じ取るとき、自分のなかに死者の魂がふと姿を現わすのかもしれない。そして、今こそそのような経験をつうじて、死者の声が聴き届けられなければならないのではないだろうか。過去が現在に浸透した時空間を表現し、死者と生者が声を交わし合う場を開いた『松風』は、期せずして2011年3月11日の大震災の後の世界へ送り出されることになった。津波に洗われ、その生々しい傷跡を今も残している東北地方の太平洋岸には、無数の静まることのない魂が漂っているにちがいない。では、その声に耳を澄ます余地を、どのように残していけるのだろうか。原題の日常にない静けさに貫かれたこの作品は、あの3月11日以前に書かれながら、それ以後の世界に生きる者のうちにずしりと残る問いを投げかけているようにも思われる。

ベルリンにおける細川俊夫の「開花の時」

■サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会

[2011年2月12日/フィルハーモニー]

花を見ることは、現に咲いている花の目に見える美しさを愛でることに終わりがちである。つまり、見る者に安らぎをもたらすような花の形態や色彩にのみ心を奪われてしまい、花が一つの生命の活動を表現していることを忘れてしまうのだ。しかし、一つひとつかけがえのない生命の営みを思う視点に立つならば、一輪の花が開くことは、無数の力の場とも言うべき宇宙のなかで行なわれる、緊張に満ちた運動にほかならない。自然界の葛藤のただなかからこそ、一輪の花は立ち現われ、唯一無二の生命をしばし輝かせるのである。

このような一輪の花の開花の運動を、けっして外から分割されえない「時」の持続において響かせようとしたのが、細川俊夫の新作「開花の時(Moment of Blooming)」なのかもしれない。この作品は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、アムステルダム・コンセルトヘボウ、そしてロンドンのバービカン・センターの共同委嘱作品として書かれ、ベルリン・フィルの首席ホルン奏者シュテファン・ドールに捧げられている。2011年2月10日から12日にかけてサイモン・ラトルの指揮により行なわれたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会で、この新しいホルン協奏曲は世界初演の「時」を迎えた。その三日目に立ち会うことができた。

ホルン協奏曲「開花の時」は、独奏ホルンに二管編成のオーケストラ、それに客席上方に配された二本のホルン、それぞれ一本のトランペット、トロンボーンのために書かれている。作曲者自身が初演に寄せたコメントによれば、独奏ホルンは一輪の蓮の花を具現し、金管楽器の響きによってぐるりと囲まれることになるホールは、全体としてその蓮の花が咲く一つの池をなすのだが、実際演奏は、ひっそりとした池のある風景を思い起こさせる密やかな、それでいて瑞々しい静けさとともに始まった。響きと一つになりたくなるような魅惑的なピアニッシモである。そのなかに、日の光を受けて水面が煌めくのを思わせる鈴の音が響き、生命の息吹が通い始める。その息吹を管楽器奏者の息の音が表現しているわけだが、そのなかから独奏ホルンの音がすっと立ち現われてくる。蓮の生命の営みが始まるのだ。

独奏を担当したシュテファン・ドールは、ホルンという楽器の幅広い表現力を存分に生かして、蓮の茎や葉が、そして蕾が水底の土壌から伸びてくる運動を実に雄弁に表現していた。ただし、一つの池のなかでそのようにして生きる蓮は一本ではありえない。一輪の蓮の花が開こうとするとき、もういくつもの蓮が生い育ちつつある。あたかも一つの生命に呼応するかのように。そのありさまを、客席に配された二本のホルンが、独奏のエコーを響かせるように表現するわけだが、それがまさに蓮の命が通い合うかのように、よく溶け合った音色で響いたのには驚かされた。オーケストラのなかの緊密なアンサンブルが、フィルハーモニーの広大な空間で生きている。

蓮の茎と葉が土壌のカオスから──作曲者のコメントに、「泥土の混沌なしに花が天空をさして咲くことはけっしてありえないはずだ」という印象的な言葉があった──もがき出てくるのに、さまざまな生命が呼応し、音楽が高まっていくが、池という生命の営まれる場にあるのは、調和ばかりではない。弦楽器の不吉なコル・レーニョが嵐の訪れを告げ、やがて猛烈な強風が、今にも咲きそうな蓮に吹きつける。そして池を囲む山から吹き下ろすかのような全オーケストラの下降音型に抗して、何とか頭を持ち上げて立とうとする蓮を表現する独奏ホルンとの葛藤が繰り広げられるのだ。

それが頂点に達すると、時の流れが断ち切られたかのように、静寂が訪れる。そして、充実した、垂直的な高さをもった静けさが空間を満たすなか、独奏ホルンが柔らかに響く。そのときあたかも、蓮が茎を天空へ向けてすっくと伸ばしながら、今まさに己の花を咲かせようとする瞬間が、音となって響いているかのようだった。この作品の白眉とも言うべき「開花の時」である。その開花を優しく包むように音楽がしばし高まった後、静かに曲が閉じられると、一輪の花としてみずからを輝かせるに至る生命への共感に、会場全体が包まれたように見えた。

ところで、細川俊夫はそのような蓮の生命の営みに、人間の生の営みを重ね合わせているようでもある。その生命も自己自身を表現する。そして、世阿弥の『風姿花伝』が示すように、その表現はしばしば花になぞらえられるのだ。この花としての表現が、泥土のなかからもがき出ることを、また激しい嵐のなかでも矜恃を保って初めてみずからを輝かせられることを、蓮の花をモティーフとしたこのホルン協奏曲は暗示しているのかもしれない。その矜恃とは、作曲家としての細川にとっては、自然と人間の今は失われた照応関係を、音楽のうちに求めようとする姿勢にほかならない。それを貫き、自然と一つになろうとする人間の祈り──細川によると、蓮の蕾は祈る人間の手に似ている──を音楽にする独自の語法──まさにアドルノの言うミメーシスを表現する音楽独自の語法である──を細川が完全に花開かせつつあることを、新作「開花の時」は示していよう。そのような作品が、ベルリンの聴衆に温かく受け容れられたことを、まずは心から喜びたい。

ちなみに、この優れて自己言及的な作品は、一つの約束が29年遅れで果たされたことを示すものでもある。1982年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団創立百周年を記念する作曲コンクールに、細川は「プレリューディオ」で優勝したが、そのとき優勝者に与えられるはずだった委嘱作品の仕事は、複雑な事情で結局与えられずじまいだったのだ。奇妙なことに、ベルリンのジャーナリズムは、そのことに何ら言及していないようである。

さて、細川俊夫の新作に先立っては、ハイドンの交響曲第99番変ホ長調が演奏された。力強いながらも、柔らかさと軽やかさをけっして失わない冒頭の和音が、演奏の基調を決定していたように思われる。時に大胆なアゴーギグも見せる闊達な演奏のなかに、洗練されたユーモアがきらりと光る。ピリオド楽器演奏に影響されたと思われる、引き締まったリズムの推進力も心地よい。ことに非常に速いテンポによるメヌエットでそれが生きていた。それと対照的に、緩徐楽章では柔らかに包み込むような歌が魅力的であった。両端楽章の高揚も特筆に値する。ラトルが、ベルリン・フィルの合奏能力を生かす仕方でハイドンを自家薬籠中のものにしていることを示す、見事な演奏だった。

休憩を挟んで演奏されたのは、シューベルトの交響曲第8番ハ長調。冒頭のホルンのモティーフからして、繊細なニュアンスを加えながらも、けっして停滞することなく前へ前へ進んでいく。そのアラ・ブレーヴェのテンポが、最初の楽章のコーダで冒頭のモティーフが回帰する際に非常に自然なかたちで生きて、けっして居丈高になることのないアーチ状の曲の構造を完成させたのには、思わず頷かされた。また、楽章の主部では、とくに付点音符のリズムの無数の反復を単調にしないための──とくに弓遣いの──工夫が随所に凝らされていたのも興味深い。素晴らしかったのは、それが細部への拘泥に終わることなく、オーケストラ全体の大きな息遣いと結びついていたことである。マクロな流れとミクロな表現が見事に結びついた第一楽章の演奏だった。

続くアンダンテでも自然な音楽の流れはけっして停滞しない。引き締まったリズムが刻まれるなか、美しい歌が次々と流れていく。木管楽器、とくにオーボエの旋律が美しく歌われたことは嬉しかった。弦楽器の歌も実にふくよかである。それらが折り重なって、緊迫感に満ちたクライマックスが築かれた後、十分な間を置いてチェロの旋律が導かれたのも好ましい。ただ、全体的にもう少し寂寥感があれば、音楽の奥行きが生まれたのではないだろうか。

スケルツォは、ともすればリズムが単調になりがちであるが、ラトルは間の取り方やアクセントの配分を工夫して、湧き立つようなリズムの奔流を明快に表現していた。フィナーレは、音楽する喜びを前面に打ち出した演奏。目を見張るような輝かしい響きが、前へ前へと運ばれ、若いベルリン・フィルの推進力に眼を見張る思いだった。そのようななかでも、歌の流麗さとリズムの明快さが失われないのは、実に見事である。さらに、第二主題の伴奏のリズムがうるさくならないよう、ピアノの箇所を、弦楽器の各セクションの半数の奏者に弾かせる工夫も見られた。生命の力強さに満ちた、それでいてニュアンスの失われることのないコーダの表現も特筆に値しよう。

今回のシューベルトの演奏は、ラトルがベルリン・フィルのメンバーとともにこれから作り上げる音楽の姿を、さらにはその方向性を示すものかもしれない。とくに若い奏者の新鮮なアイディアを取り入れながら、輝かしく、力強いながらも、けっして流麗さと明快さを失うことのない、そして停滞することのない音楽を、音楽する喜びをもって表現すること。それがどのようなベルリン・フィルの歴史を築くのか、どのように聴衆に受け容れられていくのか、あるいは批判に晒されるのか、これからも注視していきたい。

Tremolo Angelos「ホシハ チカニ オドル──Dialogues in the Dark 2011」公演に触れて

[2011年2月21日/カフェ・テアトロ・アビエルト]

身体表現者大槻オサムとヴァイオリニスト谷本仰が結成したパフォーマンス・ユニットとも言うべきTremolo Angelosの公演「ホシハ チカニ オドル──Dialogues in the Dark 2011」に接することができた。人工の太陽とも言うべき核エネルギーが発する放射能によって命を奪われた死者をはじめとする、理不尽に死に追いやられたばかりか、歴史から消し去られ、忘却の淵へと葬り去れた死者たちの声を聴き出し、響き出させ、闇のなかに輝かせるとともに、その星座から、この死者たちを抹殺していくのとは別の物語を紡ぎ出させようという試みという。二人の戦慄する天使たちの戦きのなかから、小田実の言う「難死」を強いられた者たちの声の谺がどのように響いてくるのか、期待を胸に会場へ赴いた。

会場のカフェ・テアトロ・アビエルトの内部は、あちこちに写真が掲げてあったり、ノートパソコンのディスプレイ上でビデオクリップや写真のスライドショーが流れていたりといった具合に、それ自体が一つのインスタレーションのように構成されている。そこに映し出されているのは、チェルノブイリや旧ユーゴスラヴィア、あるいはイラクやガザで、放射能や軍事力によって理不尽な死を強いられた人たちの記憶であったり、沖縄の高江や山口の祝島で、軍隊と資本の暴力に抗して命をつなぐ闘いを続けている人々の記録であったりする。それらのイメージが発する光が闇に包まれて、公演が始まった。

舞台は、「闇」、「身」、「光」の三つの場で構成されており、最初の「闇」は、一部には「日本の原子力開発の歴史の汚点」とも評される東海村の事故が穿つ「歴史」の闇を見据え、そのなかから事故の犠牲となった死者の声を響き出させるもの。家族に語りかける優しい語り口のなかから、この「歴史」の欺瞞とともに、放射能によって生命体、ないしは有機体としての再生力をもった組成がずたずたにされていくことへの恐怖が抉り出されてくる。その犠牲者が幻視する天使のような白い形姿──人工の太陽を直視した際に網膜に焼き付いたのだろうか──のたゆたうような舞いも胸を締めつける。

「身」と題された次の場には、ニガヨモギ、すなわちチェルノブイリの森の精が登場する。「身」という文字は、命を抱く身体、とくに妊娠した女性の身体を象徴しているとのことであるが、この森の精の最初の身振りは、死者たちの命の痕跡をかき集めようとするかのようだ。そのような、これまた一人の天使のような精が、分厚いコンクリートの「石棺」のなかに封じ込められた、チェルノブイリ原子力発電所の事故の犠牲者と対話を繰り広げる。その傍らに、化石化した人の顔のような仮面が置かれているのが印象的。その顔に森の精が親しみを込めて語りかける。すると死者の声が聞こえてくるのだ。死者が目覚め、語り残したことを、顔を通して森に響かせる──「人格」を意味するpersonという英語の語は、仮面劇の仮面を意味するラテン語のpersonaを語源としており、その語はさらに「それを通して (per) 」あるものが「響く (sonare) 」ことを意味する──のである。その死者の言葉の一つに、森と一つになりたいという希望を表明するものがあった。森の精によると、その可能性は、劣化したコンクリートの亀裂としてすでに開かれているという。そのひび割れから骨片の一つでも土に落ち、そこから草が生えるなら、その希望は成就するのである。

事故後のチェルノブイリで植物が自生し、森をなすまでになっていること自体に希望を見る向きがあるようだが、私はそれは違うと思う。そこにあるのは、コンクリートの棺が皮肉な仕方で象徴するように、不朽であろうとする人間の歴史的な営為に、仮借なく腐敗と衰滅をもたらす、自然の生命の営みにほかならない。それが穿つ歴史の亀裂から、核という人工の太陽を生み出し、生命を破壊するのとはまったく別の仕方で、自然と関わり合う可能性の光が漏れ出てくるのである。

最後の「光」の場は、エピローグのような短い場だが、非常に強い印象を残す。「大地がぼくらに閉じていく」と始まるマフムード・ダルウィーシュの詩が、谷本と大槻のあいだで応唱のように朗読されたのには、心を打たれた。「大地がぼくらに閉じていく」というのは、東海村の犠牲者が夢に見た閉じていく闇に通じるだろうし、「ぼくらの血がオリーヴを植えるのだ」という詩句は、チェルノブイリの死者の森になりたいという希望に連なる。これまで舞台に蘇った死者の記憶が今、イスラエルの圧倒的な軍事的暴力によって「難死」を強いられたパレスチナ人の記憶と応え合うのだ。やがて、大槻は一人の天使のような姿になって、化石の仮面を慈しむように白い布で包んだ後、羽ばたくように舞台上方へ、名残り惜しげに去っていく。すると、生者と死者の記憶を映す会場の展示の光が少しずつ点っていった。その様子はまさに、闇のなかに星たちが光るかのようであった。そのあいだに一つの星座を見て取るなら、今も無数の「難死」者を生み出し続けている歴史とは別の物語を、紡ぎ出せるかもしれない。「光」という文字は、松明を掲げる人の姿を表わすそうだが、そのような文字を冠した最後の場面は、もう一つの物語の可能性を観る者に語りかけるものだったのかもしれない。

全体を通して、大槻の一つひとつの命への暖かい共感に満ちた身体表現が印象的だった。なかでも、包んだり、かき抱いたりする行為に、慈しみと同時に、遭遇した個としての命を、どこまでも引き受けて生きようとする身振りを見て取ったとき、感動を覚えずにはいられなかった。そこに、イトー・ターリが2009年の冬に広島の原爆ドームの前で見せた身体表現に通じるものを感じたのは、おそらく私だけではなかっただろう。さらに、最後に登場する天使の羽には、星たちが抱かれている。ヴァルター・ベンヤミンが語る「歴史の天使」の羽根が進歩の強風に煽られて、未来へと後ずさりさせられるのに対して、ここに降り立った天使は、無数の命をかき抱いて未来を開こうとするのだ。そのような天使を現出させるに至る大槻の身体表現に呼応する谷本のヴァイオリンも、表現の振幅が大きく、舞台上の世界に奥行きをもたらしていた。電気的な効果を駆使して、激しいリズムや放射能の威力を表現する凄まじいノイズを音にするところも印象的だったが、何よりも心を打ったのは、やや抑えた表現で切々と歌われた哀切な歌である。大槻と谷本の二人の戦慄する天使は、それ自体が応唱によって構成された一つの歌のような舞台に結実する身体的表現の振動のなかから、死者たちの声の谺を歴史の闇のなかに響き出させ、星座のように応え合わせる可能性を、力強く示していたように思う。「ホシハ チカニ オドル」の舞台は、ベンヤミンが述べるように、「敵は勝つことを止めていない」、また「死者たちまでもが安全ではない」今ここの状況において、「難死」した死者たちの一人ひとりと応え合うなかから、「難死」の歴史とは別の物語を紡ぎ、もう一つの世界を想像し、創造する糸口が、歴史の闇のなかに萌していることを、暗示していたのではないだろうか。

Hiroshima Happy New Ear VIII

[2010年12月9日/広島市アステールプラザオーケストラ等練習場]

音楽の深み、それは音楽が最初に湧き出てくる場所へ通じていよう。ただし、それはどこか遠くに、生きることから離れた場所にあることはないはずだ。もしかすると、この源泉は案外身近なところ、いや自分自身のうちにあるのかもしれない。世界に触れ、世界と共振する身体。その息遣いから音楽は最初に響いてくるのではないか。そして、そのとき音楽は歌として響き出るのではないだろうか。「音楽の深みへ」というテーマの下、ヴィオラの今井信子とピアノの伊藤恵を迎えて行なわれたHiroshima Happy New Earの第8回演奏会は、シューマン、ブラームス、武満徹、細川俊夫という、時代も様式も異にする作曲家たちの音楽が、同じ深みから、湧き上がる感情ととともに震え、響く身体の息遣いから歌として生まれいるという点で通底していることを、ヴィオラとピアノの親密にして緊密な響き合いのなかに示していたように思う。

最初に演奏されたのは、シューマンの幻想小曲集(作品73)。本来クラリネットのために書かれたパートをヴィオラのそれに編曲したヴァージョンでの演奏だった。今井信子のヴィオラは、シューマンの愁いを帯びた独特の旋律が抑えがたく湧き上がるのを、そのまま解放する──若い演奏者なら、あるいは彼女ももっと若かった頃はそうしていたかもしれない──というよりは、旋律を愛おしむかのように、そしてそのなかに込められた思いを慈しむかのように、大事に歌っていた。かといって音楽がけっして停滞することがなく、自然な息遣いで連綿と旋律が歌い継がれていくのは、今井の音楽の成熟を物語るものだろう。また、「生き生きと、軽やかに」という指示のある中間の楽章でも、音楽が収まるべきところに収まる感じがするのは、シューマンの音楽に通じた伊藤恵のピアノに因るところも大きいのかもしれない。伊藤のピアノで聴くと、シューマンが何気なく書いたに思える二つ、三つの音の連鎖も実に意味深く響く。最終楽章は、心の奥底から燃え立つ「炎をもって」演奏されたが、これはヴィオラで演奏してこそ可能なように思われた。

続いて、武満徹の二つのヴィオラのための作品が演奏された。まず、ヴィオラとピアノのための「鳥が道に降りてきた」。独特の静けさと風景の広がりが、武満の晩年様式とでも言うべきものを感じさせる。武満がこの曲について語っているところによれば、それが開くのは白日の庭の風景。そこに鳥たちが降りてきてさざめく。なかでも印象的なのが、ピアノの奏でる鳥の声であるが、それはメシアンのそれとも、バルトークのそれとも異なっている。日の差し込むなかにささやく武満の鳥の声は、生命のアウラに包まれているかのようだ。伊藤恵のピアノで聴くと、それは本当に神秘的に響いた。それに耳を傾けるかのように、ヴィオラが奏でるもう一羽の鳥は、風景のなかをたゆたうかのように、ゆったりと羽ばたく。その運動がまさに歌として、自然な息遣いで演奏されたのは、武満に相応しいし、その音楽に通暁した今井であればこそ可能なことだったのではないか。伊藤恵とのアンサンブルの親密さもここでは生きていた。

次に演奏されたのは、ヴィオラ協奏曲「ア・ストリング・アラウンド・オータム」。今回は細川俊夫がピアノとヴィオラのために編曲したヴァージョンで演奏された。今井はこの曲に並々ならぬ思い入れがあるようで、しばし虚空を見つめて心を曲に集中させた後、ほぼ暗譜で演奏した。最初に伊藤恵のピアノが、苦悩する魂の深淵を開くかのように低音に力を込め、その重く、深い響きのなかから、すぐに後期の武満のそれと判る旋律線が、静かに浮かび上がる。それに乗ってヴィオラが歌い始めるのだが、その歌はまさに「秋を巡るひとすじの弦」の表題に相応しく、秋の豊穣さと共鳴するかのように豊かだ。しかしその豊かさが、ある種のヴィルトゥオジティを誇る演奏家の音にありがちなように、飽和して押しつけがましくなることがないのは、今井の音楽の懐の深さを示すものだろう。今井のヴィオラの音は、基本的にはとても豊かで、その点が武満のこの作品とよく調和するのだが、同時に自然な息遣いのなかから響いて、楽器の音を楽音の響きで埋めてしまわないので、ふっと何気なく歌い出される武満の歌の本質的なところとも、響き合うように思われる。ひと筋の旋律線が無限の光彩を放つかのようなこの作品が、今井のために書かれたことを、あらためて実感させられた。もしかすると、今回細川俊夫によるピアノ伴奏への編曲版で聴いたからこそ、微細な音色の変化が聴き取られて──オーケストラの豊かな響きが実際に空間を埋めているなかでは、それは少し難しい──、そう思ったのかもしれない。

さて、休憩後に演奏されたのは、まず細川俊夫の「リートII」。もとはフルートとピアノのために書かれた「リート」の編曲版である。彼がシューベルトのリート(歌曲)を思いながら、今音楽において歌がどのように可能か、という根源的な問いに、音楽をもって向き合った作品と言えよう。そのことは細川にとって、歌そのものが湧き上がる源泉に立ち返ることを意味していたようだ。ヴィオラは空間に声を響かせる行為そのものを表現するかのように、すっとひと筋の音を響かせ、ピアノは声が歌となる源となる情動の深みに迫ろうとするかのように、強く深い響きを打ち込んでいく。そして、ヴィオラのパートの流動性とピアノのそれの垂直性とが絡み合うかたちで音楽が展開していくのだが、ここでは伊藤恵のピアノの豊かで深い響きが、音楽の基調を決定していたように思えた。そしてその響きのなかから、身をよじらせるように激しい感情を歌にしようとする今井のヴィオラとの関係は非常に緊密で、そのため作品に相応しい緊張感を最後まで持続していた。

次いで、ヘンデルの歌劇『リナルド』のなかの代表的なアリア「私を泣かせてください」を、細川俊夫がヴィオラ独奏に編曲した一曲が演奏された。ヴィオラ演奏の実に多様な技法を駆使して、アリアの有名な旋律が奏でられるが、それをつうじて歌が息遣いそのものであることを感じ取ることができる。歌を形作るのは音声だけではない。それ自体としては響かない気息のなかから声は響く。そのことを思い起こさせる編曲であった。それよりも印象的だったのが、アリアに先立つレチタティーヴォの部分。ヴィオラは、ヴァイオリンともチェロともちがい、歌うだけでなく、語ることもできるのだ。

最後に演奏されたのは、ブラームスのヴィオラ・ソナタ第2番変ホ長調(作品120の2)だった。ほの暗い情熱を感じさせる第1番と異なって、優美かつ滋味深い旋律に満ちたこの作品は、現在の今井の成熟した音で聴きたい曲である。冒頭の旋律からして、伸びやかでありながら、愛おしむような温かみに満ちている。そして、晩年のブラームスならではのたゆたうような動きも、非常に味わい深い。今回の演奏でとくに印象的だったのは中間の楽章。情熱的な主旋律と、中間部のコントラストをくっきりと際立たせながら、全体の構成感を保っているあたり、ライヴならではの音楽の広がりと、音楽そのものの成熟を同時に感じさせる。とりわけ、最後に主部に戻る直前に現われる、悲哀に満ちたヴィオラの旋律が切々と歌われたのには心を打たれた。変奏曲形式の終楽章では、ヴィオラとピアノの親密なアンサンブルが印象的。柔らかな平静さが支配するなか、温かみに満ちた旋律や、熱を内に秘めた動機が紡ぎ出されてくるあたり、ブラームスが最後にたどり着いた境地も垣間見る思いだ。

曲の終わり近く、コーダへ向けて音楽が高まっていく契機となるピアノの動機が、本当に深いところから、じわっと熱を帯びて響き始めたとき、ブラームスを、しかもシューマンと親交があった頃から音楽の根本は変わらないブラームスを聴いているのだ、という思いを強くした。今回の演奏で、ブラームスのこのソナタがこれほどの奥行きをもって響いたのは、伊藤恵のピアノがあったからこそであろう。豊かで、成熟した慈愛に満ちた名演奏だった。

アンコールに演奏されたのは、細川俊夫がヴィオラとピアノのために編曲したバッハのコラール「人よ、汝の罪の大きさを嘆け」だった。静かに切々と歌われるコラールを、今井が語ったところによれば、哲学者の森有正が生涯愛好していたという。森は、直接的で反射的な体験ではなく、遭遇した物事を深くみずからの内面で捉え返す経験の重要性を繰り返し説いたのだが、そんな森の思想が、この演奏会を聴くことについても当てはまることを暗示するかのような選曲と言えよう。今井信子と伊藤恵の親密にして緊密なアンサンブルは、音楽を、耳と心を響かせ合いながら深く聴くことを迫る。そうして音楽をまさに経験しながら、音楽が最初に歌として湧き出てくる深み、シューマンも、ブラームスも、武満も、細川もそこに立ち返ろうとしていた深みに近づくことへ、この演奏会は全体として聴き手を誘うものであったのではないだろうか。そして、その深みに、歌が息遣いとともに響き始めるところに、最も近いところにある楽器の一つがヴィオラであることを、今回あらためて実感させられた。だからこそ、音楽とは何かという問いに真摯に向き合う現代の作曲家が、ヴィオラのために作品を書くのだろう。