ふたりのマノン

2003年9月、フランクフルトの歌劇場で、同じアベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』を題材とする二つのオペラの上演に接することができた。一つは「タイスの瞑想曲」で知られるマスネの代表作の一つである『マノン』であり、もう一つはプッチーニの出世作となった『マノン・レスコー』である。十九世紀の終わりにそれほど時をおかずして書かれたこれら二つのオペラにおいて、ドラマはマノンという女性を中心に展開してゆくのだが、その描かれ方は、二つのオペラのあいだで著しく異なっている。あたかもマスネのマノンとプッチーニのマノンという二人のマノンがいるかのように。

マノン、それは近代の商品社会における「最新の」モードで身を包み、みずからその社会における幻像としての魅力を放つことと、ひと目見たときから盲目的に自分に恋い焦がれている一人の騎士への愛に生きることとのあいだに引き裂かれながら没落してゆく一人の女性である。父親の命令で修道院へ送られることになっていた彼女は、若い騎士デ・グリューに見初められ、二人でパリへ駆け落ちする。パリで騎士との仲を引き裂かれて、富裕な官吏の妾となったマノンは、豪奢な生活のなか、その美しさをしばし輝かせるが、最後には騎士とともにアメリカへ追われ、そこで──おそらくは熱病のために──若い命を落とすことになるのである。そのような彼女は、舞台に登場するそもそもの初めからはかなさを刻印されている。若さの儚さ、それと一つである美しさの儚さ。マノンはこの二つを一身に背負って舞台に現われるのだ。

アベ・プレヴォーが生き、またその小説の舞台とした近代社会において、若々しい美への欲望を満たすものは、モードの「新しさ」、すなわち商品の眩惑的な魅力だけである。美への欲望を満たそうとすればするほど、彼女は、今日もファッション雑誌のグラビアやブティックのショーウィンドーなどに見ることのできる商品社会の幻像へと仕立て上げられてゆき、消耗させられてゆくのだ。アメリカの荒野で疲れ果てて死んでゆくという「マノン・レスコーの物語」の結末は、そのことを象徴しているのかもしれない。それをもとにした二つのオペラはいずれも、それでも「新しさ」のうちに美を追い求めざるをえないマノンという女性の弱さを浮かびあがらせている。マスネの『マノン』では、彼女はとても享楽的で、派手な夜会で自分の魅力、最新の幻像としての魅力を振り撒くことを生きがいとする女性として描かれているし、またプッチーニの『マノン・レスコー』の第二幕では、警官に囲まれた家からデ・グリューとすぐに逃げなければならない段になっても、マノンは宝石を手放すことができないのである。

マスネのオペラは、マノンをはかない美を追い求める女性として描くばかりでなく、そのような女性の魅力に打ち勝つことのできない男の弱さもともに描くものと言えよう。パリでマノンと引き離されたデ・グリューは、一度は彼女の思い出を消し去ろうと、キリスト教の教えに生きようとするのだが、彼女が眼の前に現われて許しを請うと、その美しさに、いやその美をわがものにしようとするみずからの欲望に抗しきれず、再び彼女とともに没落への道を歩み始めるのである。そのようなドラマの展開を、マスネは当時のモードに合わせて薄くて甘い音楽で包み、お涙頂戴のメロドラマに仕立て上げている。しかしながら、消費され、やがて忘れ去られても不思議ではないようなマスネの『マノン』の脆さのなかでこそ、近代社会のなかに生まれたマノンという女性のはかなさとその救いのなさが際立ってくるのだ。

彼女が男たちを惹きつけてやまない美しい「マノン」であり続けることができるのは、新しいものを次々と夢見ては少しでも時代おくれになったものを捨て去ってゆく、消費社会の内部でしかない。だが、そこは彼女が内側から消耗させられ、速足で死へと近づかざるをえない場所なのである。マスネのオペラにおいては、そのことが包み隠さず描かれている。そのような「マノン・レスコーの物語」の出口のなさを示すためか、フランクフルトの演出は、オペラを全編にわたってラスベガス風の派手なカジノのなかに置いていた。そこでのいくぶん猥雑ですらある乱痴気騒ぎの虚しさは、商品社会のなかで人々がこぞって追い求める「新しさ」の空虚さを暗示するかのようだった。

マスネのオペラにおいて、マノンの美しさは商品の眩惑的な魅力に解消されてゆき、それとともに彼女は疲れ果ててゆく。そのことは、近代社会においては男たちを惹きつける女性の魅力が、商品の「新しさ」でしかないことも示すものでもある。彼らの肉体的な欲望の対象は、最初から空虚なのである。フランクフルトの演出は、そのことと同時に、この社会において肉体的な欲望を否定することもまた、別の商品の魅力を追い求めることでしかないことも、仮借なく露呈させていた。マノンのことを忘れようとする騎士が向き合っている十字架は、ネオンサインのそれなのである。

マスネの『マノン』が、消費社会としての近代社会における女性とその美しさに刻み込まれた救いのないはかなさを、薄塗りの色彩で際立たせているとすれば、プッチーニの『マノン・レスコー』は、これとは対照的に、近代社会のなかで「まことの」愛に生きることの悲劇を、マスネよりも厚く塗り重ねられた色彩で描こうとしているかのようである。プッチーニの音楽の密度は、マノンとその恋人を、愛に生きる人間の典型として浮き彫りにするものと言えよう。騎士デ・グリューが追放されるマノンとともにアメリカへ向かう船に乗せてほしいと懇願する場面では、その愛への決断を見て取ることができるかもしれない。

しかしながら、商品社会における美の幻想を断ち切って「まこと」の愛に生きようとする人間として二人を描くプッチーニの音楽も、近代社会の産物である「オペラ」の魅力、この商品としての作品の魅力に奉仕している。彼がオペラ『マノン・レスコー』を書いたのは、彼自身がマノンという女性に魅かれていたからだった。プッチーニは、マノンを原作とは異なって彼好みの純粋な女性に仕立てた。それは彼女にプッチーニ一流の甘い旋律を授けることを意味していたわけだが、そのことがまさに、可憐なヒロインの悲劇とそれを演ずるプリマ・ドンナの華麗な歌を求めてオペラ・ハウスに集うブルジョワたちの嗜好にぴたりとはまったのである。プッチーニは自分のマノンを音楽で描くことによって、「売れる」オペラを産み出すことができたのだ。そして彼はその後、次々と自分の恋人たちを舞台に登場させることによって、売れっ子のオペラ作曲家としての道を歩んでゆくのである。

 プレヴォーの『マノン・レスコー』を素材とする二つのオペラ。それらは、ヴァルター・ベンヤミンが「十九世紀の首都」と呼んだパリのブルジョワたちのまどろみ、モードを「新しいものの永遠回帰」として現出させるこのまどろみのただなかから、ひとつの夢として生まれたオペラである。マスネの『マノン』は、一個の商品としてのその脆さにおいて、ブルジョワたちの夢の暗部を、人間を内側から壊してゆく商品社会の非人間性を抉り出している。それは再びベンヤミンの言い方を借りるなら、近代の一つの「原現象」と言えるかもしれない。それに対してプッチーニの『マノン・レスコー』は、近代の──今や古びてしまったと言わざるをえない──「オペラ」の一つの「原現象」と言うべきオペラなのである。

[2003年9月]

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