エヴァ・ホフマン『記憶を和解のために──第二世代に託されたホロコーストの遺産』

自分の親が戦争のなかの言語を絶する出来事を生き延びたとして、その経験の記憶を、子どもである自分はどのように受け継ぐことができるのだろう。また、こうして戦争の記憶を継承することには、どのような意味があるのだろうか。

沖縄、広島、長崎など戦争が深く刻み込まれた場所のみならず、おそらくは世界中で今すぐに向き合わなければならないこれらの問題に、著者のエヴァ・ホフマンは、自分自身の他者とともにある生そのものに関わる問題として取り組んでいる。その過程は、クラクフのポーランド語とイディッシュ語の世界を出て、カナダを経てアメリカ合州国の英語の世界に逢着するまでの半生を綴った前著『アメリカに生きる私』(新宿書房)とは、ほぼ逆の道筋を辿ることになる。そうであるがゆえに、本書における著者の思考は、ジェノサイドが未だ止んでいない世界におけるホロコーストの記憶の継承の意味を問う、すなわち記憶することを現在の問題として問う、真摯な考察になりえていよう。

1945年に、まさに戦争とホロコーストのなかから生まれた著者は、ホロコーストの生き残りである両親が抱き続けた、癒えることのない傷としての記憶を、傷のままに受け取ったことを、同世代の人々の観察にもとづいて、直接の体験者である親の世代に続く「第二世代」におおよそ共通する経験として捉えるところから出発する。死さえも刻み込まれた傷としての記憶を親から直接に受け取ることは、たしかに日常生活を掻き乱し、喪失感を残す。しかし、そのことに打ちひしがれることに終わるのではなく、想像力を駆使して、「何が起こったのか、何が間違っていたのか、さらにそれがどのような傷を魂に与えたのか」を認識してこそ、「第二世代」は「蝶つがい」の役割を果たして、過去の記憶のうちに未来を指し示すことができる。つまり、著者によれば、両親の苦悩の記憶をそのまま心に刻みつけられた「第二世代」は、その個の記憶を、両親の世代には不可能な仕方で解きほぐし、語り伝えることができるのだ。そして、その出発点には「共感」が置かれなければならないという。それは、「語られる物語に余計なものを加えることなくそのまま受け入れる力であり、他者の感じていることを過小にも過大にも評価することなく公平な感覚で捉える能力のことだ」。

おそらくそうした意味での「共感」をつうじて記憶を分有することは、例えば証言を聴くことについても言えるだろう。その際、「歴史にセラピーを行なうことなど論外だ」ということを踏まえなければならないのだ。そのうえで、かつて何が起きたのか、誰がどのように誤ったのかを解きほぐしてこそ、被害者の子どもは、加害者の子どもと対面し、さらには同じ世界でともに生きていける関係を築くことができるのである。著者は、そのことにつきまとう倫理の問題も避けてはいない。もちろん、双方において圧倒的な力をもつ「過去と関係を結ぶ」ことが課題となるわけだが、まずは加害者の子の側が、自分のアイデンティティを構成する過去の検証へ一歩を踏み出さなければならない。そうして、かつて犯された罪の所在を突き止める責任があるのだ。その罪が繰り返されないために。

他方で、被害者の子の側が、親の世代の経験を──著者が批判するイスラエルのヤド・ヴァシェムのように──「世俗的に聖化」することも許されるべきではない。このような「正義の原則」が貫かれるなかでこそ、「第二世代」は、他者とのあいだで、被害者と加害者のあいだで「蝶つがい」となりうるのである。こうして、過去を正しく捉えることにもとづいて、他者と正しい関係を築いていくことが、今なお続く暴力の歴史を食い止める力となりうると著者は考えているようだ。さらに、このことは過去との関係を分節化し、その力を脱することでもあるという。

ただ、著者はそのことをいささか割り切り過ぎている──同様の割り切りは、前著における「英語」に対する態度にも感じられた──ようにも思える。ベンヤミンやデリダが述べていたように、またいみじくも著者が、ポーランドへ旅し、両親がホロコーストをくぐり抜けた場所に立った後、ポーランド人によるユダヤ人の虐殺の犠牲者を追悼する式典に参加した──その経験についての記述は感動的ですらある──のに触れて述べているように、「いくら逃れようともがき続けても、過去の影からは逃れることができなかった」と言わざるをえない瞬間は、いつでも訪れうるのではないだろうか。そのとき、著者が述べていたことが、あらためて後の世代の課題になるはずである。

とはいえ、本書から読み取るべきは、過去の記憶を解きほぐしつつ受け継ぐという課題を今ここで引き受けることの希望であろう。たしかに、本書で用いられる概念の不明確さや、作家や思想家に対する著者の誤解を問題にすることは易しい。しかしその前に、死者を含めた他者とともにある未来へ向けた、直接の体験者でない者の継承の課題と、それに応えることの希望を語る著者の言葉の力強さを受け止めるべきではないだろうか。なお、本書の原題は、エリオットの詩にもとづく、“After Such Knowledge: A Meditation on the Aftermath of the Holocaust”である。「記憶を和解のために」という訳題は、達意の翻訳を送り届けてくれた訳者の深い理解にもとづくものであろうが、管見のかぎり「和解」という言葉はほとんど出てこない。原題をある程度そのまま訳した訳題でもよかったのではないだろうか。

[早川敦子訳、みすず書房、2011年]

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