ジャック・ランシエール『無知な教師』

教える者は、ほとんどつねに「わかりやすく」説明することを求められる。複雑な関係を見通しやすく、抽象的な事柄を具体的に説明できること、今やこれが教師の能力そのものであるかのようだ。しかし、そのようななかで、教師の側がしばしば説明のある種の「わかりやすさ」を独り歩きさせ、説明の技法の「改善」に血道を上げるようになる一方で、説明を受ける側も、その「わかりやすさ」を消費することに終始するようにもなりつつある。このことを、『無知な教師』を書くランシエールなら、愚鈍化の円環と呼ぶかもしれない。

彼によれば、「わかりやすい」説明を求める体制のうちにあるのは、知性の不平等を前提する偏見である。「遅れた者」が必ずいるので、そのような者でも理解できるように説明しなければならない、というわけだ。しかも、そのとき説明する側は、説明できる立場に立つために、「遅れた者」を、「無能」な者を作り出し、それを食い物にしているだけではないのか。「無能な者を無能な者として作り上げるのは説明家である」。このような、ランシエールによればソクラテス以来教えることに付きまとってきた「説明体制」を突き破って、平等な知性を平等なままに解放する教育、その可能性をランシエールは、19世紀初頭にルーヴェンでフランス語を解さない学生にフランス文学を教える必要に迫られたフランス人ジョセフ・ジャコトの知的冒険から見通そうとする。

みずからはオランダ語を解さず、それゆえ説明する言葉をもたないジャコトは、学生たちにフェヌロンの『テレマック』の仏蘭対訳本を与え、そこに書かれた一つひとつの言葉に注意深く取り組む機会を作ることによって、フランス語を、さらにはその文体をも学生に伝えることに成功した。その経験からジャコトは、「人は自分の知らないことを教えることができ、一家の父は貧しく無知でも解放されてさえいれば、いかなる説明する教師の手助けもなしに自分の子どもたちに教育を施すことができるのだ」ということを確信し、「普遍的教育」に身を捧げることになる。本書は、この「普遍的教育」の試みを蹉跌に至るまで辿ることをつうじて、知性の力を発揮させることと徹底的な平等の実現が一つになる地点を教育のうちに探ろうとする、ランシエール自身の知的冒険の足跡である。それは、カントが啓蒙の理念として語った、「未成年状態」を脱して自分で自分の知性を働かせることが、どのような事態を意味するのかを徹底的に掘り下げつつ、現在も教育の現場を支配する「説明体制」に潜む「愚鈍化」を鋭く照らし出すものと言えよう。

さて、「平等と知性は、理性と意志がそうであるのとまったく同じように、同義語なのだ」と言えることは、ランシエールによれば、自分自身に誠実であることを貫くなかで、他人の言葉に対して注意深くあろうとする意志をもった知性の運動のうちに確かめられる。「知性とは、観念の結合である以前に注意であり、探究である。そして意志とは、選択の審級である以前に、自らを突き動かす力、それ自身の運動に従って行動する力なのである」。知性をみずから働かせる──いや、おのずから働くと言うべきかもしれない──とは、真摯であり、注意深くあることなのだ。

そのことが平等を証明する場面を「翻訳」のうちに、しかも字句どおり翻訳することのうちに見て取っている点は、きわめて興味深い。ベンヤミンにとって、あるいはデリダにとってそうであるように、ランシエールにとって表現することは、そして理解することは、翻訳することにほかならない。「口に出されたものであれ書かれたものであれ、あらゆる発言は一つの翻訳であり、それが意味を持つのは、翻訳し返すこと、つまり聞こえた音や書き込まれた痕跡の原因でありうるものを考え出すことによってのみなのである」。

真摯に、一つひとつの言葉に注意を注いで翻訳すること、それは「言語は人間を一つにまとめはしない」ことを、むしろ「隔たりあう存在」としての人間は、言葉の語り手としてまさに平等であることを教えるだろう。もしかすると教えるとは、このような翻訳の機会を設けること、そうして人と人を隔たりのなかで結びつける注意深さが発揮されうる場を開くこと以上でも以下でもないのかもしれない。「わかりやすさ」が求められるこの時代においてはあまりにも反時代的であるとはいえ、今こそ他者たちのあいだで生きるために求められる、知性の解放としての教育の書。注意深い日本語訳と真摯な解説も理解を助けてくれる。

[ 梶田裕、堀容子訳、法政大学出版局、2011年 ]

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