モーツァルト週間1996より三つの演奏会

■ハーゲン弦楽四重奏団&ジェラール・コセ (Viola)

[1996年1月28日/モーツァルテウム・大ホール]

ハ長調という調性がおおらかさを持ち合わせているのだとするなら、それは同じハ長調が作曲しだいで、のみならず演奏しだいで、どこまでも表情を変えてしまうところにあるのではないか。ハーゲン弦楽四重奏団とヴィオラのジェラール・コセによるモーツァルトのハ長調の弦楽五重奏曲の演奏は、そうした想念を呼び覚ます刺激に富んでいながら、モーツァルトのハ長調であることをかろうじて保っているところで成立しているように聴こえていたのである。スピッカートのさざめくなか、主題がいくぶんの鋭さを帯びて囁くとき、ハ長調の五重奏曲 (KV. 515) の世界は、晴れ渡った空の下よりも精緻なガラス細工を思わせる。ガラス細工が光を受ける角度によって彩りを変えてゆくように、一つひとつのフレーズは、一定の角度を保ちながらも、一度として同じように奏でられることはない。その連続をけっして弛緩させることなく響かせるのは、各奏者の即興性であった。そして、即興の光彩が演奏を形づくるとき、室内楽を聴いていることを実感することができるのである。この暖かさよりは鋭さの支配する五重奏のなかで、第一ヴィオラを受けもつヴェロニカ・ハーゲンの歌は、ひとときの安らぎをもたらしてくれる。ただし、彼女が聴かせてくれたのは、楽器そのものの音色の豊かさではなく、奏でられた歌の広がりであった。アンダンテにおいて研ぎ澄まされた和音が上方へと立ちのぼる響きを残してゆくとき、この五重奏はモーツァルト演奏の一つの境位を示すものとなる。だが、そのような瞬間があるからこそ、ヴァイオリンとチェロが時折見せるアタックの無機質さが気にかかってくるのである。

ブラームスのヘ長調の弦楽五重奏曲第1番において、線の細い響きは、北ドイツの霧のなかの寒さではなく、雪の映えるザルツブルクの冬を表現していたように思われた。しかし、響きの透明さのなかに和声と対位法の豊かさがはっきりと聴き取られるとき、そこにブラームスという場所が立ち現れるのである。第二ヴィオラのコセは、チェロとよく解け合った音色をつくっていたし、第一ヴィオラとも息のあった、優しさと閃きに満ちた伴奏をつけていた。第二楽章中間部のプレストを、この五重奏は一息で駆け抜けていったが、若干の性急さを印象づける結果となった。演奏の性格からして妥当なテンポの選択だったとはいえ、ブラームス演奏における限界を垣間見せた感がある。第三楽章も同様に生気に富んでいたものの落ちつきに欠ける憾みがある。ここでもヴェロニカ・ハーゲンの歌が耳を惹きつけていた。

第二ヴィオラを担当していたコセが第一ヴィオラに代わったモーツァルトの変ホ長調の弦楽五重奏曲において、各奏者の即興性は機知に富んだ表現に結晶していた。それは結果として曲全体にこじんまりとしたまとまりを与えていたものの、それを突き抜けたところにある世界を示すことを阻んでしまったように聴こえた。様式を保ちつつ束縛を感じさせない表現力は特筆に値するものの、この五重奏はついに晩年のモーツァルトが達したところを指し示すことはなかった。

 

■シャーンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・モーツァルテウム

[1996年1月28日/ザルツブルク祝祭大劇場]

舞台袖から正面に置かれた椅子にたどり着くまでの距離は、老ヴェーグにとってあまりに長かったのではないか。背を丸め、自らの老いを噛みしめるようにして歩む姿は、2月3日のコンサートでの指揮にドクター・ストップがかかったことを納得させて余りあるものだった。(ちなみに、ヴェーグが指揮する予定だったヴィーン木管ソロイスツの演奏会は、結局指揮者なしでおこなわれたのだけれど、それはそれで素晴らしいものだった。とりわけ「グラン・パルティータ」の天上的な愉悦。)だが、コンサート・マスターの手を借りてようやく椅子に上りおおせて一息つくと目つきが変わった。バトンを持つことなく、また無駄に拍子を取ることも一切なく、的確なタイミングに簡潔な指示だけを出す指揮ぶりは、確かに晩年のそれであるかもしれないが、音楽の力強さと若々しさを垣間みせるものではなかったか。

モーツァルトの序曲とも交響曲とも称されるト長調の作品 (KV. 318) において、カメラータ・アカデミカの弦楽セクションは、沸き立つような明るさをどこまでも清冽な響きで表現していた。弓のよく跳んだ十六分音符の刻みは、この曲のイタリア的な晴朗さを実感させてくれるばかりではない。アレグロのテンポに戻った後の長いクレッシェンドにあっては、ティンパニとトランペットが鳴り渡るクライマックスまで聴き手の期待を一気に運んでしまうのだ。このクレッシェンドの到達点において金管楽器が抑制から解き放たれるのだが、決して他の楽器を覆ってしまうことはない。そして、ティンパニと歯切れのよいバスが、地に足の着いた、それでいて重くなりすぎることのないフォルテを支えているのである。中間のアンダンテでは木管がチャーミングな表情を見せていた。

続いて演奏されたハイドンの「軍隊」交響曲は、序奏の始まりの音からして、パパ・ハイドンの音楽らしい懐の深さをもっていた。そこから時折、ヴェーグの老獪さが顔をのぞかせる。第一楽章の主部に入ると、内声の動きが耳を惹く。音楽に推進力をもたらしながらも、メロディーに対してウィットをもって応える第二ヴァイオリンとヴィオラの活気あふれる律動が、第一ヴァイオリンの主導下においても見事に引き出されているのだ。アレグレットの第二楽章では、まず弦楽器とフルートの流麗さに、クラリネットの木の床で踊るようなリズムが加わった後、行進曲を先導するトランペットのファンファーレがどことなく錆びたスタッカートで奏でられる。それはただならぬ出来事の予兆であった。ヴェーグは軍隊の行進を、シンバルをはじめとする打楽器群によって容赦なく戯画化して見せたのである。それは、五十余年前の苦しみを潜り抜けてきた者だけに可能な戦争への、暴力へのプロテストであったのかもしれない。進軍が去った後、ヴェーグは穏やかに希望を語りかける。世の動きにもまれた者の微笑みがそこにはある。メヌエットは、思わず体が跳ね上がってしまいそうなリズムの切れ味を見せながら、典雅な三拍子を踏み外すことがない。トリオでは、木管のアンサンブルが運ぶ土の香りが、ハイドンとヴェーグが共有するハンガリーの地を思い出させる。フィナーレのタランテラ風の八分の六拍子は、古典的な様式美のなかの随所に、ハイドンの音楽ならではのエスプリを潜ませていた。この演奏は、ハイドンの後期交響曲に、後期ロマン派的なベートーヴェン像へと連なる重厚壮大さを求める向きには幾ばくかの不足を感じさせたかもしれない。しかし、ここにあるのはそうしたアウラの投影を突き破ったところにのみ開かれる、ヴェーグならではのハイドンの世界であり、それはまたベートーヴェンの春の新たな到来を予感させるものなのである。ヴェーグは、してやったりの笑みを聴衆に向けながら、よちよちと舞台袖へ引き上げていった。

休憩を挟んで演奏されたのは、モーツァルトのト短調の交響曲 (KV. 550) である。それは夜の帳を引きずるかのようなヴィオラのディヴィジとともに始まる。それに乗ってヴァイオリンが主題を奏でるのだが、スラーよりも点のスタッカートを聴かせるフレージングは、歌の欠如をけっして感じさせることなく、漆黒のなかのかすかな閃きを残してゆくのである。テンポは幾分遅めながら、ゆったりとした歩みではなく、静けさへの沈潜を感じさせる。しかし、主題呈示の後にフォルテになると、一転して、涙を振り切るかのように四分音符が奏き切られるのである。とはいっても、その涙は、感情の熱さをどこにも感じさせない。続く第二主題が表出するのも、身体に直接訴えかける暖かさではなく、身体的接触の彼岸に仄かに見える穏やかな光である。それが徐々に消え入ってゆくと悲しみがクレッシェンドし始める。この悲しみは、展開部のフォルテにあっても激情を走り抜けることはない。調性とともに表情を変える生者の悲しみの歌は、死者のささやきに耳を傾けるだけの落ち着きを取り戻してゆくのである。再現部では、死者から聞いた歌が奏でられる。一層深い悲しみとともに。

第一楽章のアレグロ・モルトが生者の悲しみと死者のささやきの交錯だったとするなら、アンダンテの第二楽章は両者の並行だといってよい。八分音符の歩みに語りかける二つの三十二分音符の連なりは、残響のうちに死者の世界を垣間みせる。第二主題の静止した歌は、悲しみを噛みしめるかのようなフォルテへと連なってゆく。ここにあるのは、ただ哀悼の静謐のみである。メヌエットは垂直に切れ込むリズムに支配されるが、フレーズの末尾の響きが優雅な舞曲への追憶を呼び覚ます。劇的なリズムの交錯も決して単調に流れることはなく、確信に満ちた起筆を思わせる鋭いアウフタクトの打ち込みが、一つの句切りと新たな局面の開始を告げるのである。トリオにおいては、ヴァイオリンの真摯な歌もさることながら、やや強めに奏かれたチェロのモティーフが、木管とホルンの穏やかな和音を引き出していたのが印象的だった。

フィナーレ、アレグロ・アッサイ。アウフタクトの四分音符に悲しみは沈潜する。それは二分音符に登り詰めて、つかの間の昇華を味わうことになる。晩年の悲しみは、けっしてやみくもに走り出したりはしない。躊躇いがちに語り出しながらも、語るべきを語る。ヴェーグの表現は細やかに転調に応えながら、はっきりとした言葉を紡ぎ出していた。展開部に入って、第一主題がトゥッティのユニゾンで、みずからの情動を断ち切るかのように奏されると、そこに深淵が開かれる。そして、この時の進行を停止させる間が、三連音のアウフタクトをもったアコードによって再び句切られると、展開の予感におののく木管の和音が導き出される。再現された第二主題は、悲しみの、あまりにも澄み切った静謐への沈潜であった。

アンコールとして、メヌエットがもう一度演奏された。変わらぬ厳しさと、少しだけ増した穏やかさとともに。ヴェーグが老境においてはじめて達しえたモーツァルト演奏の境位を聴いた。

 

■カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団&アーノルト・シェーンベルク合唱団 /シルヴィア・マクネアー (Sop) /ナタリー・シュトゥッツマン (Ms) /ライナー・トロスト (Ten) /アレステア・マイルス (Bs)

[1996年1月30日/ザルツブルク祝祭大劇場]


 歌を失うことのない厳しい造型が、敬虔に満ちたものであるとき、それはけっして閉じ込めるものではなく、静かな祈りの言葉を解き放つものとなる。ジュスマイアーが新たに作曲したサンクトゥスやホザンナのフーガが、モーツァルトの「レクイエム」のなかでこれはどの荘厳さをもって響いたことは、かつて一度もなかったのではないか。それらのレクイエムに相応しい響きは、ひとつの歌によって紡ぎ出される。ジュリーニは、モーツァルト週間の中核をなすべきこの「レクイエム」の演奏において、旋律の流れに身をまかせるのではなく、途切れることのない一つの歌によって、一つの祈りを形づくることを選んだ。まさにそうすることで、ジュスマイアーの補筆すらも一つの「レクイエム」のうちに救い出そうとしたのである。それゆえ、「ラクリモーザ」にあっても、けっして感傷におぼれることなく、静かな緊張の漲るなか、裁きの日の予感と死者の安息の願いとがはっきりと語られることになる。穏やかな口調ながら、確信に満ちた言葉が、いかなる虚飾も廃した後の静謐さのうちに聴き取られるのである。

このようなジュリーニの表現は予期されたものではなかった。導入唱における、アダージョのテンポを踏みしめることよりも、ポリフォニックな進行のほうを重視した演奏からしてすでに、最近のジュリーニに投影されたイメージを覆すに十分であっただろう。とはいえ、ひそやかに折り重なってゆく各声部が、厳かな、しかしけっして威圧することのない響きを形づくるとき、そこにジュリーニだけが開くことのできるモーツァルトの晩年の境位が聴き取られる。静かな歌によって織りなされるポリフォニー。

続くキリエのフーガは、威厳を誇示することがない。むしろ闇のなかに蝋燭の穏やかな灯火が、一つ、また一つと点るのを思わせるような音楽の進行が祈りの空間を形成している。そしてまた、他者に対してことさらに自己を主張することのない言葉の一つひとつが、音楽の荘重さのなかに聴かれるのである。

十分な呼吸をおいた始まった「怒りの日」も猛り狂うことなく進む。遅めのテンポのなかで明確に造型を示しながら重くなりすぎることがないのは、ヴィーン・フィルハーモニーの表現力に負うところが大きい。また、合唱の歌詞に応じたデュナーミクの変化と、モーツァルトに相応しいアーティキュレーションは、疾風を言葉へと昇華させていた。「コンフュティタティス」の描く地獄の業火も、弦楽器の張りつめたリズムによって、厳しく彫琢される。表面的な威力に訴えることのない表現の厳しさだけが、真摯な祈りの清澄さを引き出すことができるのだ。ジュリーニはドラスティックな表現の誘惑に屈することはない。

先にも述べたが、「ラクリモーザ」は、涙の日の現前ではなく、その到来の予感を語るものであった。それは驚くほどの簡素さをもって始まり、モーツァルトの手になる八小節を淀むことなく歌い継いでゆく。ジュリーニはそこに過度の感傷をを込めることなく、補筆された部分もひとつの、死後の救済を静かに願う言葉に結晶させるのである。

奉献唱においては、「ホスティアス」の清澄な響きが心を打つ。合唱の透明さもさることながら、モーツァルトの手になる最後の部分まで伴奏音形を歌い上げるオーケストラの好演が光る。「ベネディクトゥス」ではマクネアーの清冽な声と精緻な歌唱が印象的。シュトゥッツマンはまだ本来の実力を示していない。男声の二人は、続唱の「不思議なラッパ」以来、若い演奏家ならではの真摯さで、好感のもてる歌を聴かせている。

「アニュス・デイ」は、この演奏の白眉であったとさえいえる。低音楽器の八分音符のリズムに乗った合唱の四分音符の動き、祈りの呟きは、聴き手を深い闇のなかに導き入れ、その果てに木管のハーモニーが織りなす、慰めに満ちた風景を浮かび上がらせる。ジュリーニは、もてる力以上のものを出してジュスマイアーが書いたテクストを、まぎれもなき「レクイエム」の音楽として聴かせてくれた。

キリエのフーガが「聖人たちとともに」の言葉となって回帰する。それはアダージョに達しても大団円を形づくることはない。やはり穏やかな荘重さをもって祈りの言葉を差し出す。この「レクイエム」は、美しいという言葉がはばかられるような厳しさに貫かれていた。しかし、その表現の厳しさは、モーツァルトの祈りを浮かび上がらせようとする歌にどこまでも満たされていたと思う。

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