広島でのロンドン交響楽団演奏会

■チョン・ミョンフン指揮ロンドン交響楽団演奏会

[2006年3月9日/広島郵便貯金ホール]

チョン・ミョンフンが指揮するロンドン交響楽団の演奏会を広島郵便貯金ホールで聴く。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲にマーラーの第5交響曲という実に長大な(実質的な演奏時間だけで2時間におよぶ)プログラムの演奏会だった。

ベートーヴェンの協奏曲で独奏を務めたのは、リトアニア生まれの若いヴァイオリニストであるジュリアン・ラクリン。最初の呼吸からして並々ならぬ気合いを感じさせるが、どうもそれが空回りしてしまっている感もなくはない。気持ちが入っているせいか、右腕の過大な圧力が弦にかかってしまい、音がややつぶれてしまっていた。そのためだろうか、全体的に音程が低く聴こえてしまう。ラクリンのヴァイオリンはまず、ベートーヴェンのこの曲の独奏に求められる、響きの崇高な輝かしさに欠けているのだ。

ラクリンは肝心なところで何箇所か音程を低く外してしまっていたし、右腕に力が入っているせいか、フレーズの途中で音が変にふくらんでしまう箇所も散見された。フレージングを工夫しているところも見られたが、それもたんなる小細工のように聴こえ、そこに独創性と必然性を感じることができない。この曲の崇高な清澄さに達するためには、もう少し音色をコントロールしながら楽譜をしっかり自分のものにする必要があるのではないか。カデンツァは一般的なクライスラーのもので、演奏も平々凡々としたもの。

チョン・ミョンフン指揮のロンドン交響楽団の伴奏も感心できない。静かなところにはそれなりの緊張感があったものの、何でもないところ(冒頭のヴァイオリンの音程)でミスを散発させていては締まりがない。フィナーレのフォルテの響きなど、もっと抑制されてもよかったのではないか。バランスの悪さが気になる。

後半に演奏されたマーラーの第5交響曲では、チョン・ミョンフンが、リズムの引き締まった、それでいてスケールの大きな解釈を聴かせてくれた。とりわけ第2楽章における、激情に荒れ狂う箇所と、深沈とした瞑想的な箇所との振幅の大きさが印象に残る。第4楽章のアダージェットでは、彼らしい清澄で自然なフレージングの歌が、下手に耽美的な解釈よりも深い感銘を残す。第3楽章のスケルツォは、途中に挟まれたワルツ風の一節のリズムをウィンナ・ワルツ風にしたのがやや空回り気味だったものの、躍動的なリズムを基調とした全体の運びが実に自然で、飽きさせない。両端楽章にはもう少し振幅の大きな表現があってもよかったように思われるが、そのあたりにはこれもチョン・ミョンフンらしい抑制が働いたのかもしれない。

このような指揮者の解釈のスケールの大きさにオーケストラが対応できていたかというと、これはかなり覚束なかったと評するほかない。とくに弦楽器の各セクションの響きが、アインザッツや音程が揃っていないせいか、ざらついてしまっている。このことは、マーラーの第5交響曲の演奏に一方で求められる清澄さを表現するうえでは致命的ともなる。アダージェットには、そのせいで台なしになってしまった箇所もいくつかあった。もう一つ弦楽器に関して言えば、楽器が充分に鳴っていないようにも思われる。弦楽セクションの響きが一つにまとまってこちらに迫ってこないのだ。この曲の演奏にもう一方で求められる、うねり狂うような弦楽器の音は一度も聴けなかったし、深沈とすべき箇所も表面的に聴こえてしまう。それから、金管楽器にも少なからず落胆させられた。まず、音色が他の楽器の響きと溶けあわないし、ミスも多かった。マーラーの妻アルマは、フィナーレの最後の金管のコラールを「取って付けたよう」と批判したことがあったが、今回そのコラールは、ほんとうに「取って付けた」ように響いてしまっていた。

そもそもオーケストラの側に、どさ回りのお仕事、と割り切ってしまっている雰囲気がなくはなかったのではないか。それではチョン・ミョンフンのすぐれた解釈と一体になるはずがない。こちらも、イギリスを代表するオーケストラと現代を代表する指揮者の一人の組み合わせに期待しすぎたのかもしれない。さらにスケールを増したチョン・ミョンフンの音楽の現況の一端には触れることができたが、彼とオーケストラの両者がもてる力を出し切った──それなくしてマーラーを演奏することができようか──「今」のマーラーを聴くことは、今回の演奏会ではかなわなかった。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中