広島交響楽団定期演奏会2003

■広島交響楽団第225回定期演奏会

[2003年1月17日/広島国際会議場フェニックスホール]

自然の過酷なまでの厳しさを、音楽、とりわけ厳しい自然にじかに触れる環境のなかから生まれた音楽は思い起こさせることがある。しかしそれが直接に聴き手に伝わることはない。人間の能力をはるかに超えた自然の威力は、どこまでも人工的な形式を徹底させる作曲、そしてそれを表現しきる演奏によって初めて音楽として表現されるのである。「自然へのオマージュ」と題されたこの日の演奏会は、この逆説と、この逆説を耐え抜くことの困難さをあらためて考えさせるものだった。

自然の残酷さは、災害などによって人間を死に追いやるその力だけに帰せられるものではない。穏やかな風景を見せる自然もある意味で残酷である。その風景のなかで人間がいかに不条理な死を迎えようとも、何ごともなかったかのように同じ生の営みを繰り返すのだから。夏には緑を繁らせ、冬には雪で地面を覆うというように。フレデリック・ディーリアスの音楽がもつ穏やかでありながらどこか沈んだところのある、というか牧歌的情景のただなかに深淵を垣間見せるような響きは、彼が自然のこのような残酷さにも知悉していたことを示しているのかもしれない。最初に演奏されたディーリアスの「楽園への道」は、家どうしの対立と貧しさに絶望して死を選ぶ恋人たちのオペラ「村のロメオとジュリエット」の間奏曲であるが、一見牧歌的なその音楽は、若い男女が小舟で死へと漕ぎ出る静かな小川の情景を描きながら、二人の悲劇にもかかわらず同じ小川の流れが続くことの残酷さを思い起こさせるものであった。演奏には不満が残る。穏やかな響きをつくることにはある程度成功していたものの停滞しがちで、小川が流れていて、そこで恋人たちが絶望して死を選ぶが、にもかかわらず同じ流れがそこにあるということを一本の線として聴かせるにはほど遠いものだった。ある程度整っているとはいえ、ディーリアスの音楽を貫く緊張に、彼の音楽の本質にあるものに触れることのない演奏だったのではないだろうか。

次に演奏された細川俊夫の「記憶の海へ」の標題にある「海」とは、広島が面している瀬戸内海のことではあるけれども、それは現にある海ではなく、人々の記憶のなかにある海であるという。その奥底にある生の胎動を示すかのようなリズムが大太鼓で刻まれるなか、弦楽器が静かにざわめき始める。大気の動きと呼応しながら豊かに生命をはぐくむ波の動きを象徴しているのだろう。それはときに猛々しく人間に襲いかかることもある。舞台の背後にバンダの金管楽器を配する大規模の管弦楽は、そうした海の風景の無限の広がりを思わせるものであった。豊かな海の風景はやがて原爆投下の災厄の光景に転ずる。この部分での細川の管弦楽法は、さまざまな場所からさまざまに異なった苦しみの叫びが聴こえてくるような光景を現出させるものだったが、時折単調に音塊のカオスを突きつけていたきらいもある。災厄の後の続くのは人々の祈りである。梵鐘の音を表わした鐘の音とともに始まる祈りの音楽は、さまざまな楽器に引き継がれ、やがて豊かな海の自然が甦るという希望を暗示するかのような穏やかさと静かさをもった響きへと収束し、沈黙のなかへ消え入ってゆく。その美しさも含め、秋山和慶の指揮は、細川が書いた記憶の世界を大きなスケールで表現することに成功していた。

にもかかわらず音楽にはいくらか疑問が残る。最後の祈りの音楽があまりにも美しいばかりでなく、作品全体が非常に分かりやすい三部構成を取っていることは、音楽を聴衆に近づける反面、さまざまな視点から絶えず織りなおされるべき広島の地をめぐる記憶に、あまりにも早急な解決を与えてしまうことにはならないか。また、広島の海をめぐる記憶の世界の内部に原爆の記憶をこれほど巧みに組み込むことは、高度な科学的知によって造り出され、合理的な仕方で投下された原爆を、自然の災厄に解消してしまうことにもつながりかねない。細川の「ヒロシマ・シンフォニー」は、透明な響きのなかに無限の奥行きをもった風景を現出させる音楽である一方で、そのような問いも抱かせるものでもあった。

この日のメイン・プログラムは、シベリウスの交響曲第2番であった。予想外に重い足取りで始まった演奏は、その後も遅めのテンポとコントラバスを強調した重心の低い響きを基調としながら、北欧の作曲家というよりはブルックナーらのシンフォニストの系譜に連なる作曲家の作品としてこの曲を捉えるものだったと言えよう。秋山は、ピラミッド状の響きを構築することで、この曲の世界を大きなスケールで描こうとしていたが、オーケストラもその解釈に現在の力を存分に発揮して応えようとしていたと思われる。熱のこもった響きで一歩一歩クライマックスへ向かうフィナーレはとりわけ印象的であった。また、響きのごつごつした感触は、シベリウスが対峙していた厳しい自然のありようを巧まずして垣間見せていたのかもしれない。

このように、全体としては作品への一つの可能なアプローチを提示する力演ではあったが、いくつか難点も残る。まず、秋山の採った遅めのテンポは、第一楽章の展開部などで対位法的な構造を明らかにする反面、この曲のもつ若々しい感情の起伏を表現しうるような推進力を失う結果になっていた。また、第四楽章の展開部など、一つの旋律をさまざまな楽器で歌いついでゆく際に、一本の線において歌い込んでゆく緊張感が不足していたことも否めない。この緊張感こそが聴き手を引き込むこの曲特有のの魅力のはずなのに。ホルン・セクションの響きの貧しさ、オーボエのフレージングの貧しさも全体を通して気になった点である。第二楽章や第三楽章のレントの部分では、時折思い切ったルバートをかけながら旋律を歌ったなら演奏の魅力がさらに増したかもしれない。

この日のプログラムは、三月に開催される「地方都市オーケストラ・フェスティヴァル」でも演奏されるという。これから歌と響きにいっそう磨きをかけて、さらに求心力に富んで完成度の高い演奏を東京の聴衆に聴かせてほしい。

 

■広島交響楽団第226回定期演奏会

[2003年2月7日/広島国際会議場フェニックスホール]

傑出した芸術作品とは、既成のジャンルの境界を突き抜けてしまうか、あるいはさらに新たなジャンルをつくり出すかするものだ、といったことをある思想家が述べている。今回の演奏会でその作品が取り上げられたヴァーグナーもシューベルトも、それぞれ異なった仕方でジャンルの越境を成し遂げた作曲家であり、この日取り上げた作品は、まさにその越境を印づける作品だったと言えよう。しかしながら、このようにいわば伝統から突出し、それによって伝統を新たに形成しようとする音楽が、そのようなものとして聴き手に届けられるには、演奏者のスコアへの透徹した洞察と、それに見合った演奏技術とをまたなければならない。演奏を聴きながらどうしても思い起こさざるをえなかったのはこの問題である。

指揮者とプレーヤーの双方が互いに相手の手のうちを探るかのようにおずおずと始まった「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲を聴いているあいだ、この先の演奏はいったいどうなってしまうのだろうと心配させられた。プレーヤーの呼吸が浅いせいか音の出方があまりにも直接的だし、楽器間でのフレーズの受け渡しもうまくいっていない。そのため、連綿と続く旋律線が聴き手に陶酔をもたらすうねりと化すどころか、旋律線そのものが見えなくなってしまっているのだ。みずからが理想とする「ゲルマン的」な人間像をその全体性において表現するため、イタリア起源の「オペラ」に代わる「ムジークドラマ(楽劇)」というジャンルを創設し、しかもこの「綜合芸術作品」のための舞台空間まで設計したヴァーグナーは、それにふさわしい音楽自体の形式までもつくり出そうとしていた。その一つが、この「トリスタンとイゾルデ」の音楽に聴かれる、調整の限界を踏み越えてどこまでも連なろうとする「無限旋律」の形式なのだが、それがこの日の演奏では台なしになってしまっている。指揮者のシェーファーは、ほかならぬ「トリスタンとイゾルデ」で最初の成功を収めたという話なのにどういうことなのか。さすがに楽劇の終曲「愛の死」に至って、オーケストラ全体が響き始めたが、煮え切らない感じは拭えない。

次いで演奏された楽劇「タンホイザー」の序曲では、シェーファーは全体にゆったりとしたテンポを採り、オーケストラを重心の低い響きで存分に鳴らしていた。とくにコーダで「巡礼の合唱」のコラールが回帰してくるあたり、恰幅よく仕上がっていたように思う。しかしこのコラールは、曲の冒頭ではもっと素朴な響きで、もっと遠くから聴こえてきてほしかった。また、「ヴェヌスベルク」のモティーフがつくるクライマックスが決まらず、全体の緊迫感が失せてしまったことも否めない。

休憩を挟んで、シューベルトの「グレート」と呼ばれるハ長調の交響曲が演奏されたが、おそらくシェーファーという指揮者は、ヴァーグナーよりもこちらのほうに向いているのだろう。どこを取っても無理のないテンポで主題を充分に歌わせながらもリズムの躍動も欠くことのない、そしてかなりスケールの大きな演奏に仕上がっていたと思われる。スケルツォの主題のフレージングからは、この指揮者が旋律線に潜在する力学もある程度見通していることもうかがうことができた。

さて、あまりにも早い晩年を迎えていたシューベルトが、ベートーヴェンの後に何が書けるのかという思いを抱きながら、みずからの内的な必然性、歌いきることの必然性にしたがって書いた交響曲は、すでにしてそれまでの「交響曲」というジャンルを踏み越えているばかりか、シューベルトがそれまでの「音楽」の限界をも踏み越えた地点に達していたことを刻印する作品の一つであると考えられる。フィナーレの第二主題が遠くから聴こえてくる場面が代表するように、彼は、静けさのなかで音たちが呼応しあうなかから歌そのものが生成してくる瞬間に聴き手を立ち会わせ、その歌を「対位法」の教義に縛られることなくポリフォニックに展開させているのだ。しかし一方で、この作品を大規模な「交響曲」の傑作として演奏する伝統があるのも事実である。シェーファーはどちらかというと、この伝統に連なろうとしているようである。第一楽章で第二主題に移る際にテンポを落とすあたりや同じ楽章を閉じる際の大きなリタルダンドは、今や懐かしい演奏様式を思い起こさせる。そして曲の最後の音をフォルテのままフェルマータで伸ばしたことは、「交響曲」としての完結性への意識を何よりも象徴していよう。

全体にテンポ設定は、ギュンター・ヴァントのそれによく似ている。とくに、第一楽章のコーダで、楽譜にないマエストーゾへ向けてテンポを落とすタイミングはまったく同じである。彼がベルリン・フィルに客演したのに立ち会い、大いに感化されたのだろう。たしかに晩年のヴァントがしたような、一個の「交響曲」としての音楽を大きなスケールで聴かせるアプローチも魅力的であることは否定しえない。しかしたとえば、これも故人となったが、シャーンドル・ヴェーグの透徹した洞察を思い起こすとき、この「伝統的」なアプローチによって見失われるものも多いのではないか、という疑念も抱かざるをえないのである。

この日の演奏は、すでに述べたように随所に豊かな歌を聴かせてくれた。とりわけアンダンテの第二主題のふっくらとした歌わせ方は耳を惹くものだった。全体の響きもかなり充実していたと思う。欠けていたのは、この曲になくてはならない静謐さである。シューベルトがスコアに書き記した彼方からの音──それはむろん静けさのなかでこそ響くものである──を最後まで聴くことはできなかった。オーケストラが技術的な限界に直面していたこともあっただろうが、何よりも、管楽器群がハーモニーをつくる際に、欠く楽器の音色が溶け合わなかったことに原因があるのではないか。細かな難点をもう一つ挙げるなら、第二楽章では、二つ連なる四分音符の二つ目を弱くするのがいくぶん恣意的にも感じられた。

いくつか問題点があるとはいえ、今回来演したシェーファーというまだ若い指揮者がとりわけシューベルトの演奏で示した行き方は、どちらかというと好感を与えるものである。けっして奇をてらうことなく、演奏の伝統を踏まえながらスコアに正面から向きあおうとする姿勢を、派手さとは無縁なタクトさばきからうかがうことができた。これからの成長を楽しみにすることにしよう。

 

■広島交響楽団第230回定期演奏会

[2003年6月20日:広島厚生年金会館]

音楽を奏でるとは、演奏されるのがとりわけ「古典的」な形式をそなえた作品の場合、作品の形式それ自体に内在する生命を響き出させることであり、また今ここをそのような生命がよみがえる場にすることである。だとすれば、形式のありようを見通しつつも、それでいて因習にけっしてとらわれることのないスコアへのアプローチが要求される。完成されているかに見える形式を具えた作品を前にしても、記号として書かれていないものを、その紙面にないものがスコアに内在すること、つまりそれが生きた作品全体にとって不可欠の要素であることへの確信をもって読み出してこなければならないし、さらにはその確信を現実に響く音にする音楽家としての能力も欠かせないのだ。いや、スコアを読むとは、ほんとうは、これらすべてを実現させて、ともすればそれぞれの作品に対する先入観が束縛しているその音楽の生命を、今ここに解き放つことなのかもしれない。この日久しぶりに目にしたユベール・スダーンの指揮ぶりは、そうしたことをあらためて思い起こさせてくれた。

この日演奏されたのは、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲に、ハ長調のピアノ協奏曲(K. 467)、休憩をはさんでベートーヴェンの「エロイカ」交響曲と、どれもヨーロッパの音楽史が発展させてきた音楽の形式のもつ可能性を、「古典的」としばしば称される、均整のとれた美に結晶させたものである。これらの作品に対するスダーンのアプローチは、ときに大胆な自由さを示すものでながら、けっしてその骨格を、そこにある様式美を忽せにすることのない節度もかねそなえていた。だからこそ、楽譜に記号として書かれていないものが、作品のテクスチュア自体を活気づけるものとして聴こえてくる。それは、モーツァルトの二つの作品にあっては、典雅な形式のなか、聴き手を微笑ませながらさっと吹き抜ける、一陣の風のようでもあった。

「フィガロ」の序曲でも、ピアノ協奏曲でも、ピリオド楽器の演奏からの影響と思われる、弦楽器のノン・ヴィブラートの響きがとりわけ新鮮な印象を残したが、それは同時に歌の爽やかさと、形式への見通しをもたらすものだったと言えよう。たとえば「フィガロ」の序曲の二つ目の主題。その歌わせ方は、このメロディがもつ軽やかさを存分に生かすものであったが、まさにその軽やかさが同時に聴き手を重力から引き離す力になっていることも感じさせる。その主題に入る直前、ダイナミクスを突然ピアノに落としてクレッシェンドをかけたのも、聴く者の期待感を湧き立たせる効果をもたらしたかもしれない。それはまた「フィガロ」というオペラの幕開けを告げる音楽にふさわしい表現でもあったろう。また、ピアノ協奏曲の第二楽章のよく知られたメロディにしても、手あかにまみれた「ムード」はほぼ完全に払拭されていた。弱音器の付いた弦楽器の一音一音減衰してゆく響きによってそのメロディが歌いつがれてゆくさまは、爽やかな涼しさとともに、細い一本の線によってその長い歌が貫かれていることも感じ取らせずにはおかない。

ピアノ協奏曲における菊池洋子の独奏は、楽節のすみずみまで神経の行き届かせる細やかさを、若々しい活力と、時に聴き手を驚かせるような即興性のうちに示すものであった。カデンツァはおそらくすべて独創によるものであったろう。通常の演奏と異なって、第三楽章の冒頭に短いカデンツァが挿入されたり、普段耳にしない装飾音がちりばめられたりしていたのも、ピリオド楽器を意識したスダーンの解釈にもマッチしていた。全体に若さからくる音楽の推進力が、作品にふさわしい愉悦と結びついていた点は好ましく思われたが、残念ながら、楽想が消化しきれていないという若さが聴こえるところも端々にあった。

ベートーヴェンの交響曲の演奏においては、スダーンのアプローチがもつ自由さは、ベートーヴェンの演奏に欠かせないリズムの活力と結びついていた。そしてリズムが生きてくるところに初めて、作品の構造が浮き彫りになる。この日の演奏は、ベートーヴェンのスコアがもつこの法則をあらためて確認させるものであったのかもしれない。全体にまったく無理のない音楽の運びが印象的だった。呼吸のある音楽の流れが聴き手の心を沸き立たせるようなリズムのなかに感じ取られた。ただし、弦楽器の各声部のバランスを欠いていたのは、スケルツォを除く各楽章においてフーガ的な書法が核心的な役割を果たすだけに、なんとも惜しまれる。作品の意味の重さよりも、構造の明晰さをリズムの躍動のうえに浮かびあがらせる解釈だっただけに、もっと弦楽器のプルトを刈り込んでもよかったのではないか。管楽器の音色も、いつもよりはかなり洗練されていたとはいえ、まだまだ各楽器の音の溶け合い方など充分とは言えない。

むろん、そうした不満があったにしても、この日「エロイカ」を聴いた後にはどこかすがすがしい印象が残った。それとともに、この交響曲の「形」の魅力を再発見させられたようにも思われる。ユベール・スダーンが示したモーツァルトとベートーヴェンの解釈、それは今日モダン楽器で彼らの作品を演奏してゆく一つの可能性を提示するものだったと言えよう。それはまた、スコアを読むとはどういうことなのかをあらためて考えさせるものでもあった。

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