第11回現代日本オーケストラ名曲の夕べ

[2010年11月2日/広島国際会議場フェニックスホール]

広島国際会議場フェニックスホールで行なわれた第11回現代日本オーケストラ名曲の夕べを聴いた。管弦楽は、広島交響楽団を中心に、全国から集まったオーケストラ・プレイヤーによって編成されたオールジャパン・シンフォニーオーケストラで、指揮は広響の音楽監督である秋山和慶。今回は、三人の広島出身の作曲家による「広島/ヒロシマ」に寄せられた作品を中心に、平和への祈りのこもった作品ばかりが集められた。とくに、糀場富美子の作品と細川俊夫の作品が同じ演奏会で響くことは、これまでめったになかったのではないか。それだけでも歴史的な意味のある演奏会と言えるのではないだろうか。私も、二人の作品を楽しみに私も聴きに出かけた。

最初に演奏されたのは、弦楽合奏のために書かれた糀場富美子の「広島レクイエム」。原子爆弾の閃光をイメージしたというトーン・クラスターの衝撃の余韻のなかから、沈痛なモティーフが低音から静かに、悲しみに身を捩らせる人々の姿が徐々に浮かび上がるかのように響いてくる。それがさまざまな楽器に引き継がれながら絡み合うのだが、そうして形成される音響は、バルトークの弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽の最初の楽章を思わせると同時に、武満徹の弦楽のためのレクイエムの悲しみに通じるものも感じさせるが、つねに包み込むような温かさを帯びている。被爆した死者たちの無念の思いや、生き残った者たちの苦しみを抱き止めようとする響きとでも言えようか。そうした包容性を含みながらも、糀場の音楽そのものはきわめて凝縮されたもので、緊張が途切れることはない。その緊張が、最初のモティーフが急激に密度を増すことで頂点に達するあたり、合奏にそれこそ心臓を鷲摑みにするような凝縮度が欲しかったし、急に音楽が静まる瞬間の音響の変化の機敏さも今ひとつであったが、オーケストラの弦楽器のプレイヤーたちは、全体的には力のこもった演奏で作品に応えていたと思われる。被爆した人々の心身に刻まれた痛みを全身で受け止めようとするかのような祈りに包まれた糀場の音楽を聴くことができた。

続いて演奏されたのは、北爪道夫のチェロ協奏曲。独奏を担当した広響の首席奏者マーティン・スタンツェライトの澄んだ音色が、作品に相応しく思われた。どこかシューマンの協奏曲のように、最初にチェロの独奏で長い「祈りの主題」が提示された後、シューマンの作品とは対照的に、透明感に満ちた、またつねに軽やかな管弦楽の響きが織りなされていく。その広がりに海を感じたのは私だけだろうか。聴きながら、最後まで日光の差す南洋の海の表層を漂う思いがした。たしかに澄んだ広がりをもった、そして旋律の豊かな北爪の音楽は、現代音楽には珍しくと言うべきか、軽みや清涼感を聴かせるものであろう。しかしながら、そのぶん逆に垂直的な力強さや密度には欠ける。それに旋律的なモティーフの結びつきも、内的な必然性を強く感じさせるものではない。下降する三つの音による「祈りの音型」がやや単調に繰り返されるのと相俟って、音楽そのものはだんだんと聴くのが退屈になってくる。後半は、音楽の構成がドビュッシーの「海」の第2楽章「波の戯れ」に酷似しているが、そこにあるような力動性は北爪の作品にはない。そのようななかでも、スタンツェライトの独奏は、旋律的なモティーフを魅力的に歌い切っていた。

休憩を挟んで、細川俊夫の「記憶の海へ──ヒロシマ・シンフォニー」が演奏された。最初の瞬間から響きの存在感に打たれざるをえない。大太鼓の重い音が間欠的に刻まれて曲が始まるが、その一音一音が必然性を帯びている。そして広島の人々の思いが六つの川から流れ込んだ海を表現する、弦楽器を中心とした管弦楽の響きの密度は、深い奥行きを感じさせずにはおかない。先の北爪の作品の海が、表層の水面の動きに還元されていたとするならば、細川がこの作品で表現する海は、内海の穏やかさと、朝日や夕日に映える美しさを保ちつつも、それ自体が深淵であり続けている。そのなかで、生命の源泉としての豊饒さと、広島の死者たちが流れ着く場所としてその記憶が澱のように積み重なる場所としての重さとが、相互に浸透しながら、どこまでも深く折り重なっていくように思われるのだ。そして、この海に沈潜するなかから、そこに源泉をもつ生命を破壊する力が、徐々に浮き彫りにされていく。広島の人々の生命を一瞬にして消し去った、あの力である。それが猛々しさを露わにする瞬間を含め、管弦楽には今一歩踏み込んだ表現と、強度に満ちた響きを求めたいところだったが、全体的には細川の作品独特の響きの存在感を、気配のようなものも含めて、ある程度はよく表現していたように思う。しかし、全体的にやや焦点の定まらない印象を受けたのは、指揮の秋山が作品を内的統一においては完全に捉え切れていないからなのかもしれない。それとは対照的に、最新作のオラトリオ「星のない夜」を初演したケント・ナガノは、不十分な点が残るとはいえ、作品を構造的統一性において見事に把握していた。なお、舞台上方に金管楽器のバンダを配して、響きの垂直性を際立たせる手法は、今回演奏された「記憶の海へ」とともに、今触れた「星のない夜」にも生かされている。ともあれ、海の深い静けさのなかから、人間の破壊的な力が姿を現わし、それが自分自身を破壊しながら海の静けさのなかへ再び消え入っていく一つの流れが、強い内的緊張によって貫かれているのを、実際の響きから感じ取ることができたのは喜ぶべきことであろう。

最後に演奏されたのは、佐村河内守が作曲した管弦楽のための「ヒロシマ」。今夜が世界初演とのことである。彼の音楽は、広島に捧げられた交響曲が初演されて以来世評が高いが、正直なところ私はまったく理解できない。たしかに、感覚的にはこれほど豊かな旋律性とリズムの推進力を兼ね備えた、かつ振幅の大きい作品を、一切の聴覚を失ったなかで──佐村河内は、35歳の時に聴覚を失い、またそれ以前からずっと激しい頭痛に悩まされているとのことである──構成しえたことには驚嘆を禁じえないし、そのことに対しては心からの敬意を払うべきだと思う。しかし、調性音楽と無調音楽のあいだを行き来するような音楽を、なぜ今ここで書かなければならないのか、その必然性を音楽のなかから聴き取ることはできなかった。聴きながら、例えばショスタコーヴィチとだいたい同時代の、また彼ほどの構成力をもたない作曲家が、社会主義リアリズムと新古典主義のアマルガムのように、このような交響的作品を、標題音楽として書いたかもしれない、などと妙な想像を繰り広げてしまうくらい、実は退屈させられた。静と動、強と弱の移り変わりも、ラプソディックとさえ言えないほど気まぐれに聞こえる。管弦楽のトウッティとともにテューブラー・ベルが打ち鳴らされるクライマックスには、赤面を禁じえなかった。こうした、恥ずかしいとしか言いようのない音楽を書く以前に、無調以後の音楽のテクスチュアを、そこにある論理を、心の耳で聴くことから始めてほしいと強く思わざるをえない。

このように、佐村河内の音楽には落胆せざるをえなかったとはいえ、糀場と細川の音楽の充実した内容は、聴衆に充分伝わったのではないだろうか。そして、冒頭にも述べたように、両者の作品の邂逅が広島で実現したことは、画期的な出来事とも思われる。これを機会に、二人の作品が定期的に、かつ海外の作曲家が「ヒロシマ」に寄せた作品とともに、繰り返し演奏されることを願っている。

[2014年2月13日の追記:上記の文章で「佐村河内守が作曲した」とされている作品は、周知のように、別人の手によって作曲されたものであることが先頃判明しました。したがって、「佐村河内守の音楽」なるものが存在しないことも明らかになったわけですが、2010年11月の時点では、私はそのことを知る術をまったく持ち合わせておりませんでした。現時点では、第5段落の1行目は、「佐村河内守が作曲したとされる」と、また第6段落の1行目は、「佐村河内の音楽とされているもの」としなければなりませんし、第5段落の聴覚の喪失に関わる記述も削除しなければなりません。以上のことをお断わりしたうえで、上記の文章は、未だ「佐村河内守」という虚構がクラシック音楽の演奏会に入り込んでいた時期の記録として──今となっては非常に気恥ずかしい表現があることも認めつつ──、当面そのままに残しておくことにします。]

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