Opera Performances in Berlin 2004–2005

■コーミッシェー・オーパー・ベルリン:モーツァルト「後宮からの誘拐」

[2004年10月16日]

コーミッシェ・オーパーへモーツァルトの「後宮からの誘拐」を見に行く。ウェブサイトの情報から、相当にモダンで刺激的な演出であることは予測できたが、カリスト・ビエイトの演出は、予想をはるかに上回る過激さを示していた。舞台上には最初からガラス張りの「売春宿」がいくつも並んでいて、そこに売春婦にふさわしい格好の女性が座り、演奏が始まると、序曲のあいだじゅうビキニ姿の女性が空中ブランコに乗って扇情的な踊りを披露する、というのはほんとうに序の口で、回転舞台の中央にあるベッドにはトップレスの女性が座っていて、オスミンは「売春宿」にご丁寧に備えつけられているバス・ルームで、全裸で歌い出すという始末(タオルで前を隠しているとは言っても……)。どうやら一人買った後のようだ。その後もトップレスの女性は頻繁に登場するし、性行為が実にリアルに描写されもする。後で少し調べてみたところによると、この演出家、あちこちのオペラハウスでスキャンダルを巻き起こしているらしい。実際、この演出はベルリンの聴衆にとってもなかなかに挑発的であったようで、台詞の遣り取りのあいだに野次が飛び、途中で席を立つ人が続出し、演奏が終わった後にはブラヴォーとブーイングが拮抗する、といった客席の様子であった。

プログラムに書いてあったビエイトのコンセプトによると、このオペラの出来事のすべてはバッサ・セリムの娼家で起き、そしてこの娼家は現実の世界全体を、とりわけそこにある男女の関係を映し出している。今日の社会では、男は女性をコントロールできない自分に不安になり、暴力でもって女性を支配しようとする。揚げ句の果てには、男が女を「愛から」殺してしまうことも少なくない。そんな自由のない、恐怖と不安と暴力が支配する、今ここの現実の男女の関係が、バッサ・セリムの娼家のうちに凝縮されたかたちで現出する、というわけである。実際、オスミンは売春婦の一人を、ナイフで刺し殺すことによってわがものにする。もしかすると、こうした血腥い暴力のリアルな描写のほうが、裸の男女を舞台に載せること以上に議論の余地のあるものなのかもしれない。あまりにも頻繁に戦慄的な血を見せつけられることによって、聴衆はかえって、自分自身が生きている男女の関係をふりかえる余力を失ってしまうのではないか。ビエイトのあまりにも徹底的なリアリズムは、その演出が要請するはずの社会批判的な思考の機会を奪ってしまうのではないだろうか。

さて、この演出において「後宮からの誘拐」は、そうした社会的関係からの女性の解放のドラマとなる。最後の場面では、ベルモンテとペドリーロによって、すべての売春婦が、さらにはオスミンとバッサ・セリムも射殺されるが、これはまだ真の解放ではない。究極の解放は、まだこの世界のうちにはありえないのだ。ベルモンテとの関係にも満足できないコンスタンツェは、こしらえものの「愛」を手にした合唱──この世界にあるのは電気の力で光る、ネオンサインの愛だけだ、とでも言いたげである──による「死んだ」バッサ・セリムの讃歌が虚ろに、そしてアイロニカルに響くなか、ピストルで自殺を遂げるのである。

このように、今日の社会において支配的な男女の関係について批判的な反省をうながす女性の解放のドラマとして「後宮からの誘拐」を解釈するのも、たしかに一つの行き方なのかもしれない。だが、そのドラマにはもっと違った描き方があるのではないか。ブレヒトを意識してか、ガラス張りの「売春宿」の上では、重要な台詞の引用がテロップで流れていた。もしブレヒト的な「異化」の効果を生かすのであれば、舞台上の人物の挙措はもう少し形式的なものであったほうがよかったのではないだろうか。

さて、このように刺激的な性描写と戦慄的な暴力の描写が支配する舞台と好対照をなしていたのが、キリル・ペトレンコの指揮する音楽であった。彼は、全体としては引き締まったテンポで音楽を運び、ここというところに鋭いアクセントを加えながら、とても細やかに、モーツァルトにふさわしい典雅な音をオーケストラから引き出していた。ビロードのような肌触りをもち、宙にたゆたうかのようなピアニッシモの響きは特筆に値しよう。オーケストラには若いプレーヤーが多く見られたが、これがすぐれたアンサンブルを示していた。ふわりと浮かぶ和音、軽やかな疾走といった、とりわけ中期のモーツァルトになくてはならない要素は、緊密なアンサンブルなしには聴くことはできまい。歌手たちも、どちらかというと小粒ながらも粒がそろっていて、聴き劣りのする歌手は一人も見られなかった。女性の二人など、こんな演技をさせられているなかでよくぞ、と思わせるほど、確かな技巧をもって充実した歌を聴かせてくれた。舞台を正視できなかった聴衆にとって救いがあるとすれば、それはこのような美しいモーツァルトを聴けたことであろうが、この美は、実のところはむしろ、舞台の凄惨さをいっそう際立たせるものであったにちがいない。

 

■ベルリン国立歌劇場:「My Way of Life」

[2004年10月29日]

ウンター・デン・リンデンの国立歌劇場で、武満徹のいくつかの作品を一つの「Musiktheater」に再構成した「My Way of Life」を見る。演出はペーター・ムスバッハで、指揮はケント・ナガノ。この「Musiktheater」、武満の作曲家としての生涯のなかでエポックメイキングな役割を果たす五つの重要な作品(弦楽のためのレクイエム、ノヴェンバー・ステップス、系図、スタンザI、マイ・ウェイ・オブ・ライフ)を、武満の作曲活動に大きな影響をもたらしたシャンソンなどとともにコラージュふうに組み合わせながら、一人の女性がみずからの苦しみに満ちた生涯を回想し、死に至るまでを描く作品に仕上げられていた。その回想のシーンで重要な役割を果たすのが、「系図」である。また、そのストーリーは、武満徹という作曲家の生涯とも重ね合わされてもいる。これは終演後のディスカッションでムスバッハが語っていたことだが、物語の進行とともに舞台には、武満のコスモロジーとでも言うべきものが映し出されるのである。その際に言わばその語り手として引用されるのが、ヴィトゲンシュタインからの引用が聴かれるスタンザIと田村隆一の詩が歌われる「マイ・ウェイ・オブ・ライフ」にほかならない。

途方もなく深い奥行きをもった空間へ引き込むような、重く、深い太鼓の音とともに幕が開いた。やがて、さまざまな太鼓の音が、舞台のほうからばかりでなく、あちらこちらから、さらには背後からも聴こえてくる。そんななか、舞台には三人の人物像が下からせり上がってくる。日本の伝統的な舞台芸術を意識した開幕である。ちなみにこの太鼓の音は、「Munari by munari」という武満の、おそらくはサンプリングにもとづく作品。これが作品の最初と最後、それから一つの場面から別の場面へ、すなわち武満の一つの作品から別の作品へ移行するとき、笑い声や鳥の鳴き声とともに重要な役割を果たすことになる。たしかにそうした音を至るところから聴かせることは、聴衆を一つの世界へ引き込むのには効果的なのかもしれない。しかし、その音はあまりにも大きすぎはしなかったか。それに一つの「Musiktheater」を構築するために、あまりにも多くを電気的な効果に頼っているのではないだろうか。もし武満の舞台空間が一つの世界としてあるとするなら、それはもっと静けさに貫かれたものであったはずである。沈黙と正面から対峙する音を、どんな強度をもって響こうともその核心に静けさがあるような音を、彼は生涯をつうじて追い求めていたのではなかったか。そして、たとえ録音された音が用いられるとしても、それは人工性を感じさせないような仕方で響くべきではないだろうか。武満は、何かそれらしく響く音をこしらえるのではなく、世界の深い沈黙から聞こえてくる音を、みずからの作品のなかで聴き届けようとしていたのだから。

さて、最初に舞台に登場したのは、重そうな衣装をまとった女性が二人に、裸にも見える人形のような、とてもひ弱そうな一つの人物像。これを女性の片方が、「Go!」と追い出してしまう。おそらくは、この人形のような人物像は、それを見つめる女性の弱さと苦しみを象徴している。いやこの姿は、もしかすると、みずから望むことなくこの世界に生まれ落ちる人間の傷つきやすさを一身に体現しているのかもしれない。武満は、大江健三郎との対談『オペラをつくる』のなかで、そうした人間の「原現象」とでも言うべき形象を舞台に載せることで、宇宙の永遠の相を映し出すようなオペラを書きたい、と語っていた。ムスバッハの演出において、その形象は、どこまでも弱いがゆえにこそ鳥の鳴き声が代表する自然のあらゆる音と呼応することのできる、そして「日本人」や「東洋人」などのカテゴリーにはけっして収まらない、そんな人間の形象であったと思われる。この点で彼の演出は、武満の構想を受け継ぐものと言えるのかもしれない。

弦楽のためのレクイエムが演奏されるなか、舞台には、金色の、だがしわくちゃの人物像が、あたかもロダンの「考える人」のような姿勢で現われる。主人公の女性の老いと病を象徴する形象なのかもしれない。これが最後の場面では、田村隆一の詩を歌う。この形象を演じていたのは、実はバリトンのローマン・トレケルだったわけである。彼の歌は、けっして重くなりすぎることなく、武満の宇宙観とも重なる一つの時間についての思想──「時間が過ぎ去りゆくものなのではなくて、われわれこそが過ぎ去ってゆくのだ……時間とは、この両眼で見てきたことすべてなのだ」──を、力強く歌っていた。ちなみに、この金色の人物像以外にも、舞台にはさまざまな、何を意味しているのか容易には想像しがたいいくつもの形象が登場していた。とりわけ、どこかあの「Post Pet」のキャラクターを思わせる小熊のようなぬいぐるみのコミカルなしぐさは、聴衆の笑いを誘ってもいた。

ケント・ナガノの指揮は、複雑な演出に対応しなければならないなかであったにもかかわらず、オーケストラから武満らしい澄んだ響きを引き出していた。彼の指揮はとりわけ後期作品に向いているのかもしれない。オーケストラも、とくに「ノヴェンバー・ステップス」では非常に高い演奏能力を示していた。「スタンザI」で、ギターを担当していたのは、武満の作品をすでにいくつも録音している鈴木大介。終演後のディスカッションの折に、彼が「フォリオス」の両端楽章と「樹」を弾くのを聴けたのは、大きな幸運だった。

「I left my heart in San Francisco」が流れるなか、登場人物(?)たちがだんだんと後退し、やがて舞台が暗転し、そして最初と同様に太鼓の音が響くなか幕が下りた。ためらいがちに拍手の始まった暗い客席のなかでわたしは、すぐれた演奏で武満の音楽を聴けたことに感謝の念を抱きながらも、どこか釈然としないものが心のなかに湧くのを抑えきれないでいた。今晩わたしは、武満の世界を開く「一つ」の作品に接したのだろうか、それともその世界のさまざまな側面が、一つの舞台を中心に映し出されるのを見たのだろうか。今わたしは、自分の経験は後者だったのではないか、と考えるほうに傾いている。武満の一つの「オペラ」は、おそらく「夢」であり続けているのだろう。ケント・ナガノとペーター・ムスバッハの「Musiktheater」は、一つの複合的な形象として「Toru Takemitsu」の世界を、普遍的なものとして舞台上に現出させようとする一つの試みとして評価されるべきなのかもしれない。そして、この「Musiktheater」は、彼の世界へ人びとを導く、舞台芸術としてはきわめて洗練された一つの入り口であり続けるにちがいない。

 

■コーミッシェ・オーパー・ベルリン:ショスタコーヴィチ 「ムツェンスク郡のマクベス夫人」

[2004年11月27日]

コーミッシェ・オーパーへショスタコーヴィチのオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を見に行く。原語のロシア語ではなく、ドイツ語での上演だったが、さほど違和感がない。歌よりもショスタコーヴィチの音楽のほうに耳が惹きつけられていたからかもしれない。それほど、24歳の彼が書いた音楽は雄弁である。因習と組織のなかで腐敗しきった人間に取り囲まれたカテリーナ・イズマイロヴァが、愛し愛される人間らしさを取り戻すために殺人に手を染めるほかない救いのない状況を、痛烈な皮肉をもって仮借なく描き出しながら、そうした描写的なモティーフ自体を、極度の音楽的強度が実現されるまでに展開しきっている。とりわけ、場面転換のあいだにオーケストラだけで演奏されるいくつかの間奏曲は、同時期に書かれた第4交響曲にも匹敵する音楽的内容を、凝縮されたかたちで示すものであろう。それらは、単純なモティーフを、調性的には自由でありながら緊迫感に満ちた対位法で組み合わせながら、やがて聴き手を打ちすえるかのようなトゥッティの瞬間へと導く。そのプロセスに漲る躍動感と速度は、若いショスタコーヴィチならではのものなのかもしれない。

こうした彼の音楽の魅力を、場面を追うごとに調子を上げてきたオーケストラと、それを指揮するワシリー・シナイスキーは、ほぼ余すところなく伝えてくれたと言ってよい。ハンス・ノイエンフェルスの演出は、三人の悪魔のような男を登場させ、カテリーナを執拗に追い回させることで、シェイクスピアの、あるいはそれにもとづくヴェルディの「マクベス」との関連を強く意識させるものであった。カテリーナとイズマイロヴァ家の使用人たちを、そして最後の場面ではシベリアの囚人たちを、ロープでがんじがらめになった衣装で登場させ、これらの人びとが身体的にも精神的にも逃げ場のない状況に追い込まれていることを示していたのが印象的。そうしたなかで無理に縛めを振りほどこうとすれば魔圏に陥るということなのだろうか。

装置はシンプルで好感がもてる。いくぶんコミカルにすぎるところもなくもないが、登場人物の所作をよく音楽のアイロニーと調和させていた。最後にカテリーナは、レスコフの小説では川に溺れて死ぬことになっているが、この演出では、夫の死骸を捨てた、死臭の充満する地下室へ、セルゲイを奪った女ともども引きずり込まれていた。スターリンの圧制が支配するロシアとも重なるこのオペラの世界の救いのなさを際立たせる演出である。むろん、その世界は今ここでもありうるだろう。歌手のなかでは、代役として登場したカテリーナ役のミラーナ・ブターエワがずば抜けた出来だった。あとは水準を満たす程度というところだろうか。最後の場面では、囚人を演ずる合唱が、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」を想起させるような力強さで人間の悲惨を歌いきっていた。

 

■ベルリン国立歌劇場:ヴァーグナー「ヴァルキューレ」

[2004年11月28日/12月12日]

11月28日と12月12日に、ベルリン国立歌劇場へヴァーグナーの「ヴァルキューレ」を見に行く。4時に始まって、終わったのは夜の9時半。長い公演だが、それほど退屈しない。何よりもまず、オーケストラの力演が特筆に値しよう。トゥッティで聴かせる重心の低い響きのマッシヴな迫力は、他のオーケストラでは聴けないものだろうし、また鋭い切れ味やピアノの繊細さも欠けてはいない。バレンボイムのスコアをすみずみまで手中に収めた指揮と一体となった、気合いのこもった演奏だったと言えよう。とりわけ第1幕の幕切れ近くの追い込みには凄まじいまでの推進力があった。また、第3幕の「魔の炎の音楽」でも、オーケストラが、各楽器の音色がよく溶けあった、厚みのある、それでいて柔らかな響きを聴かせてくれた。同じ第3幕の序奏にあたる有名な「ヴァルキューレの騎行」は、遅めのテンポで、ヴァルキューレが縦横無尽に飛び回ると言うよりは、ゲルマンの大女たちがのし歩くという感じ。バレンボイムの趣味だろうか。他では聴けないゲルマン的と言うか、きわめて反時代的な「ヴァルキューレの騎行」と言えよう。

歌手のなかでは、ジークリンデを歌ったミヒャエラ・シュスターが出色の出来。まっすぐな声で凛然とした存在感を示していた。そんな声が、オーケストラの響きを突き抜けて心に届くような歌唱でもって、ジークリンデのいちずさを演じ切っていた。その双子のきょうだいでありながらやがてその夫となるジークムント役のロバート・ガンビルも、それに劣らない力演。虚飾を排した歌唱で、ジークリンデの愛に応えようとするこれまたいちずな姿を演じていた。この二人の力演があったおかげで、演出家のハリー・クプファーの言葉を借りるなら、「指環」三部作のなかで最も人間的な関係が舞台上に屹立していた。ブリュンヒルデ役のデボラ・ポラスキは期待どおりの素晴らしい歌唱。当代きってのブリュンヒルデ歌いとしての存在感を示していた。どちらかというと12月12日のほうが出来はよかったように思う。ヴォータン役のジョン・トムリンソンの雄弁さも特筆に値する。自分が仕掛けた策のなかにみずから嵌まり込んでゆくなかで、ときに激情を爆発させながら揺れ動く、安まることのないヴォータンの心を見事に声にしていた。「わが槍の切っ先を恐れる者、けっしてこの焔のなかに踏み入ることなし」、という最後の台詞にも重みがあった。その妻フリッカを演じたローズマリー・ラングは、声量の点でこれまでに挙げた歌手たちにいくぶん見劣りするものの、ヴォータンも恐れる頑固な女性を演じて、健在ぶりを示していた。

ハリー・クプファーの演出は、アンゼルム・キーファーの作品を思わせる重さをもった装置で神々の国の崩壊を予感させていた。第2幕で、激情にかられたヴォータンが槍で地面を叩くと、ヴァルハラの城の構造物とおぼしきものが落ちてくる。全体としては、洗練された現代美術と、「指環」の世界を普遍的で現代的なものとしてとらえ返そうとする解釈との見事な調和が示されていたと言えようか。とりわけ情景の無駄のなさは特筆に値する。第1幕と第3幕に、舞台の中心に大きな石のようなもの(これがフンディングの住まいになったり、ブリュンヒルデの寝台になったりする)が置かれる以外は、大道具らしいものはほとんど現われない。それでいて過度に抽象的と感じさせることがないのだ。それ以外には、後景の壁一面にネオンサインのような照明が仕掛けられていて、舞台の情景や登場人物の感情を暗示する仕組みになっていた。ヴォータンの「魔の炎」も、この照明とドライアイスの組み合わせで暗示される。それ以上に印象的だったのが、第3幕の最初のシーン。ヴァルキューレたちが戦死者たちを起き上がらせ、目を開かせると、死者たちがひとりでに歩き出す。英雄としてヴァルハラの城に集められ、祀られるのではなく、分散し、そしていつともなく生者のもとに回帰して、過去をふりかえさせる、そんな死者たちの、亡霊のような記憶が甦らせられるさまを見せつけられているようだった。

プログラムに載っていたクプファーのインタビューによると、彼はヴァーグナーの「指環」全体を、けっしてゲルマン民族の起源の神話ではなく、普遍的な人類の誕生の歴史、とりわけ自然を支配する狡知としての知性をもった人間の誕生の歴史として、描きたいと考えているという。その歴史は彼にとって、けっして進歩のそれではない。ヴォータンとフリッカの葛藤が象徴するさまざまな世界観の相克や、ヴォータンによるジークムントとフンディングの殺害が象徴する不正義と血の犠牲に充ち満ちた歴史なのだ。それを見通した末に、「神々の黄昏」の幕切れにわずかな希望を指し示すこと、これがクプファーのねらいのようである。今回の「ヴァルキューレ」においても、そうした意図が示されていたように思う。世界を救済する英雄となるべきジークフリートを宿したジークリンデを逃がして眠りにつく、第3幕の幕切れのブリュンヒルデの姿は、どうしても「神々の黄昏」の幕切れの、薪が重ねられた上に横たわる彼女の姿に重なって見えてならない。その姿は、この「ヴァルキューレ」のうちにも、あまりにも多くの犠牲を払わなければならない人類の歴史が、すでに縮約されたかたちで描き出されていることを暗示しているかのようだった。今回の「ヴァルキューレ」の舞台は、そのような歴史を記憶する場として、ヴァーグナーの指環を救出しようというクプファーの試みを、凝縮されたかたちで提示するものだったと言えよう。

(2004年11月29日/12月13日/2005年1月6日)

 

■ベルリン・ドイツ・オペラのR・シュトラウス二題

[2005年1月16日:「薔薇の騎士」/17日:「サロメ」]

1月16日、ベルリン・ドイツ・オペラで、R・シュトラウスの「薔薇の騎士」を見る。ゲッツ・フリードリヒの演出によるプロダクションの再演で、指揮は音楽監督のクリスティアン・ティーレマン。フリードリヒの演出は、華美な大道具を極力排しながら、ヴィーンの宮廷社会の華やかさと形式主義を損なうことのない巧みなもの。全体的にドイツ的な、やや暗くて重苦しい雰囲気が支配しているが、第三幕では、その暗さが謝肉祭の夜を幻想的なものにしていた。パントマイムの踊り子が身につける仮面など、小道具の洗練されたデザインも面白い。

指揮のティーレマンは、オーケストラから求心力のあるよくまとまった響きを引き出していたが、なにぶんにも音楽の運びが、ヴィーン的な洗練からはほど遠いところにある。音楽が自然に流れないため、第一幕では舞台上のさまざまなエピソードが雑多に並列されてしまい、非常に退屈。第二幕での薔薇の騎士の登場の場面などでは、なかなか鮮やかな響きをつくっていたが、その終わりと第三幕で聴かれる有名なワルツは、クライマックスのところでリズムが重くなりすぎて垢抜けないドイツ舞曲のようになってしまっていた。歌手たちは粒ぞろいで安心して聴ける。とりわけオクタヴィアン役のゾフィー・コッホが最後まで力のこもった歌唱を聴かせてくれた。ゾフィー役のクリスティーネ・シェーファーの、細いながら一本筋の通った美声も魅力的。元帥夫人の役は、デボラ・フォイクトが歌ったが、タイトな衣裳を着ると太っているのが目立ってしまい、正直言って何とも見苦しい。声は力強い美しさをそなえており、さしずめ、腰の据わった熟女としての元帥夫人という感じ。この三人による第三幕の三重唱は、この公演の白眉だったと言えよう。オックス男爵役を歌ったクルト・リュドルも、表情豊かな好演を聴かせてくれた。それ以外にも歌手たちにはほとんど穴がない。それゆえ全体的には、きわめて水準の高い公演だったと言えようが、残念ながら今ひとつ深く心に残るものがない。

1月17日、昨晩と同じベルリン・ドイツ・オペラへR・シュトラウスの「サロメ」を見に行く。アヒーム・フライヤーなる演出家によるポップと言うよりもキッチュな演出と衣裳には閉口せざるをえない。監獄のような装置のなかでみな囚人服のような縞の汚らしい服を着て、ナラボートに至ってはバケツをかぶっている。ヘロデ王の酒池肉林の宴が繰り返される宮殿を、牢獄のような現代社会の腐敗したシステムと重ね合わせたい気持ちもわからないではないが、あまりにも平板なうえに雑然とした舞台ではなかったか。ヘロデ王の近親相姦的な欲望とサロメの「首」への欲望が、あまりにも安易にある種のフェティシズムに還元されているような気がする。

救いだったのは、ウルフ・シルマーの指揮のもとでオーケストラが、昨晩の「ばらの騎士」以上のすばらしい演奏を聴かせてくれたことである。表情豊かな弦楽器、音色のよく溶けあった木管のアンサンブル、激しさと柔らかさを兼ね備えた金管、そしてここぞというときの打楽器の鋭い打ち込み。どこを取ってもほぼ完璧な演奏で、シュトラウスの斬新さと爛熟の両面をもった響きを聴かせていた。それにしてもシルマーという指揮者の実力はなかなかのもの。歌手のなかで印象的だったのは、ヨカナーンを歌ったアラン・ティトゥスと、ヘロデ王役で健在ぶりを示していたルネ・コロぐらいだろうか。サロメを歌ったスーザン・アンソニーは、声はよく通っていたものの、表現があまりに直接的で、演出同様品がない。

このようにベルリン・ドイツ・オペラで二つのR・シュトラウスのオペラの公演に接したわけだが、どちらを取っても音楽的には、かなり高い水準を示しながら作品像を一新させるようなインパクトにはほど遠い。どうもこのような公演しか提供できないあたりに、最近のこの劇場の「低迷」ぶりの原因があるような気がしてならない。

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