加計の吉水園のことと近況

加計の吉水園の池と紅葉

加計の吉水園の池と紅葉

先日、広島県北部の山県郡安芸太田町の加計という街にある、吉水園という小さな庭園を訪れました。この庭園は、当地で製鉄業──このあたりは伝統的に、たたら製鉄が盛んだったようです──を営んでいた加計隅屋の当主である佐々木八右衛門が、1781年に吉水亭という山荘とともに造営したものとのこと。茶室も備わったこぢんまりとした山荘の縁側から眺める庭園は、小島を持つ小さな池を中心に周囲の山々を借景としていて、落ち着きと広がりがあります。苔むした小島から山並みへ視野を広げていくと──むろん、他の観光客の声や始終流れている説明のナレーションが耳に入らなければ、でしょうが──、心が静まります。ちょうど紅葉が見頃を迎えようとする頃で、紅葉の赤が池の水面に映えるのが美しかったです。

なお、この吉水園の池は、モリアオガエルの生息地としても知られていて、その産卵の時期である6月と、紅葉が見頃となる11月の上旬の週末のみ、山荘を含めて特別公開されています。その時期に広島を訪れる機会のある方で、もう宮島へは何度も行ったという方は、お時間が許せばお出かけになってはいかがでしょう。少々交通の便が良くありませんが、広島市内からそれほど遠くはありませんし、美味しい川魚を食べられるところもあります。時間が合えば、当地で盛んな神楽を観たりもできるでしょう。ちなみに、広島市街から加計へ行く途中には、中国電力の安野発電所があります。戦時中に中国大陸から強制連行された人々が、過酷な労働を強いられて造られた発電所です。これも忘れてはならない広島の歴史です。近々、異郷の地で命を落とした人々の慰霊碑がある場所を訪れたいと考えています。

さて、今年の10月下旬から11月上旬にかけては、例年にも増して慌ただしく過ぎていきました。そのなかで、研究の成果を発表したり、オペラについて書いた文章を発表したりする機会をいただいたことは幸いでした。また、その合間に素晴らしい舞台などに接することもできました。まず、10月19日と20日には、今年のひろしまオペラルネッサンスの公演として、エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリのオペラ『イル・カンピエッロ』が、広島市のアステールプラザの大ホールにて上演されましたが、その公演プログラムに、「小さな広場(カンピエッロ)における言葉と音楽の幸福な結婚──ヴォルフ=フェッラーリの『イル・カンピエッロ』によせて」と題する小文を寄稿させていただきました。

内容は、このオペラの原作を書いたカルロ・ゴルドーニの戯曲が示す、庶民の生きざまを活写する近代性を指摘したうえで、それがまさに故郷のヴェネツィアの「小さな広場(カンピエッロ)」を舞台とする戯曲で生きていること、そしてそうした戯曲の魅力を、さらにはその言葉を、同郷の作曲家ヴォルフ=フェッラーリが、オペラ『イル・カンピエッロ』の明澄な響きのうちに、見事に引き出していることを伝えようとするものです。公演そのものも、作品に相応しい、親密さを感じさせる美しい装置のなかで、歌手のみなさんがそれぞれの持ち味を、役柄の個性の表現に見事に昇華させたもので、素晴らしかった思います。初日と二日目の舞台の雰囲気に、それぞれの持ち味があったのも、今回の公演の特色でしょう。

10月25日には、すでに別の記事に書きましたように、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団による、フランシス・プーランクのオペラ『カルメル派修道女の対話』の演奏会形式の上演を聴くことができました。この作品の受難曲としての側面を、音楽で見事に浮き彫りにした上演でした。その翌々日の10月27日には、上智大学文学部哲学科の創設100周年──母校の上智大学が今年創立100周年を迎えるのですが、哲学科は創立と同時に設けられた学科なのです──を記念する上智大学哲学会の第79回大会で、「翻訳から言葉を見つめ直す──ベンヤミンの言語哲学を手がかりに」と題する研究発表を行ないました。第一次世界大戦のさなかに、今も続く言語の道具化を批判しながら、言語を生そのものと結びつけながら、言葉を応え合う生の息吹として捉え返し、言語の本質にある肯定性と歓待性に迫ろうとするベンヤミンの言語哲学の基本的なアプローチを紹介したうえで、言葉を発すること自体を翻訳と捉える彼の視点を提示し、そこから言語そのものが、さらには文化の形成過程がどのように見つめ直されうるか、という問題に対して、一定の方向性を示唆する内容の発表です。

11月8日には、日生劇場でアリベルト・ライマンのオペラ『リア』の日本初演の公演を観ることができました。とくにオーケストラの響きが充実した舞台でしたが、それに接して考えたことも、別の記事に書き留めておきたいと思います。11月9日の午前中は、鎌倉の神奈川県立近代美術館の別館へ、詩人パウル・ツェランの妻ジゼル・ツェラン=レトランジュの版画を集めた特別展を見に行きました。展覧会には、夫のパウル・ツェランの詩とジゼルの版画による詩画集『息の結晶(Atemkristall)』を含む25点が展示されていました。展示されていた版画では、細長い抽象的なモティーフが特徴的なのですが、それがどことなく剝げ落ちて漂流する言葉の欠片のようで、それが凝集したり、離散したりする多次元的な運動は、夫のツェランの詩とも呼応しているように思われました。その夫の晩年に当たる時期の《コンポジション》という作品は、こじれた関係を結び直そうとする試みがその挫折とともに表わされているようで、痛々しかったです。静謐な画面のなかに最小限のモティーフが、考え抜かれた構成で配置されている点が印象深く、かつそこに夫の詩との親和性を感じます。

同じ日の午後には、新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を、錦糸町のすみだトリフォニーホールで聴きました。ダニエル・ハーディングの指揮で、グスタフ・マーラーの交響曲第7番ホ短調「夜の歌」が演奏されましたが、技術的な完成度は、これまで聴いたこの曲の実演のなかで、今回の演奏が最も高かったです。ハーディングの指揮は、この曲でも推進力に富んでいて、とくに急速なテンポを貫いた第3楽章の「影のような」スケルツォは、スリリングですらありました。両端楽章の力強さも特筆されるべきでしょう。それによって、曲全体の引き締まった造形が際立ちました。個人的には、夜の暗さより昼の輝かしさが勝った印象で、もう少しこの曲の夜の音楽としての側面を掘り下げてほしいとも思われましたが、昨シーズンの交響曲第6番イ短調「悲劇的」の力感に富んだ演奏と併せて、マーラーの3曲のいわゆる「リュッケルト交響曲」におけるハーディングと新日本フィルハーモニーの重要な成果を示す演奏と言えるでしょう。

こうして広島と東京を行き来するあいだも、大学での講義やゼミ、それにさまざまな仕事にも追われています。広島市立大学では、国際学部の専門科目である「共生の哲学」と「社会文化思想史」のほか、全学共通系科目の「哲学B」も担当し、知ること、生きることと死ぬこと、自由であること、言葉を話すことをめぐる、主に近代以後の哲学の足跡を辿っています。学部のゼミでは、米山リサの『広島、記憶のポリティクス』(岩波書店、2005年)を、大学院のゼミでは、竹内好の『日本とアジア』(ちくま学芸文庫、1997年)を講読しています。大学の仕事と言えば、広島平和文化センターが主催する「国際交流・協力の日」の催しの一つとして行なわれる国際学部の公開講座「防災ゲーム クロスロードから多文化共生を考える」のパネル・ディスカッションのなかで、「共に生きる文化へ」という短い発言をさせていただくことにもなっています。

それから、私が代表を務めている広島市立大学の社会連携プロジェクト「広島の映画文化の遺産の継承にもとづく映像文化の創造」との共催で行なわれるヒロシマ平和映画祭2013の準備も本格化してきました。今回は、「異郷の記憶」をテーマに、12月6日から15日にかけて開催されます。白井更生監督の『ヒロシマ1966』や森弘太監督の『河、その裏切りが重く』のような、広島から生まれた貴重な作品を、新たな文脈で見直しながら、現在を照らし出そうとするとともに、まさに「異郷の記憶」を伝える作品の数々を上映し、映像の経験をつうじて、来たるべき平和を築くことへ向けた問いを洗練させていく文化を、少しでも根づかせることができればと考えております。このヒロシマ平和映画祭2013については、準備が進みしだいお知らせしていきたいと思います。より多くの方に関心を持っていただき、会場にお運びいただければと願っております。

アリベルト・ライマンのオペラ『リア』の日本初演に接して

Reimann_Lear_2013

シェイクスピアの『リア王』は、たしかにオペラの作曲にとって魅力的な題材であろう。リアの発狂の場面をはじめ音楽になる場面に富むし、歌になる独白や対話にも事欠かない。それに、最後の破局へ向かうドラマの展開を音楽で表現できたなら、聴き手を圧倒できることは間違いない。しかし、十人を優に超えるキャストを要し、リアの家族とグロスターの家族のドラマが並行するシェイクスピアの戯曲にもとづくオペラを書くことは、他方できわめて困難である。ジュゼッペ・ヴェルディも、『リア王』にもとづくオペラの作曲を長く志しながら、それを結局果たしえなかった。

しかし、ヴェルディの死とともに20世紀を迎えた後、『リア王』にもとづくオペラが書かれ始める。そのうち、今も繰り返し上演される重要な作品として、アリベルト・ライマンの『リア』と細川俊夫の『リアの物語』を挙げなければならない。去る11月8日に、日生劇場でそのうちの一つ、ライマンのオペラ『リア』の日本初演の公演を観ることができた。

この作品が要求する大編成のオーケストラは、ピットに入りきらず、金管楽器や打楽器は、舞台の両脇にずらりと並んでいた。そのため、アンサンブルに困難があったのは想像に難くないが、下野竜也の指揮は、オーケストラを見事にまとめ上げて、ライマンの音楽の特徴をなすと思われる、一個の巨大な肉体のように蠕動する響きをしっかりと聴かせていたし、この『リア』の音楽のドラマティックな展開も、力強く引き出していた。とくに最終場面の響きは圧倒的だった。下野竜也の指揮に見事に応えた読売日本交響楽団の演奏の素晴らしさも特筆されるべきだろう。

そのようにオーケストラの響きが充実していることは、ライマンの『リア』という作品においてきわめて重要と思われる。各場面を繋ぐ間奏曲が、ドラマの展開の結節点として、決定的な役割を果たしているのだから。なかでも、リアが狂気に陥る嵐の場面の響きの凄まじさは、客席にいても吹きすさぶ風に身体が煽られるように感じたし、対照的に、エドガーの隠れ家へ場面が転換していくときの、フルートの独奏によって運ばれる音楽の深沈とした響きは、狂気を装うことのうちにしか生きる余地が見いだされない彼の苦境に、聴き手を静かに引き込んでいくものと聴こえた。

このような、オーケストラの響きの充実ぶりに比べると、栗山民也による演出は、少々説得力に欠ける。舞台上にやや傾いた、角に登場人物の運命を暗示するような大きな、尖った杭を吊った舞台を設え、その空間と背後の扉を存分に活用して、全体の凝縮度を高める手法は手堅く感じられたが、間奏曲のあいだ、時間を持て余してしまっている印象も否めない。とくに嵐の場面では、演出が──狂気を表現する一定の意図は感じられるものの──音楽に拮抗していなかった。ゴネリルとリーガンの側を赤で、コーディリアの側を白で象徴させる善悪二元論的な表現も、原作とオペラが行なった人間の深みへの洞察を、逆に曇らせてしまうように思われてならない。それに、照明で十字架のようなものを映し出すのは、この神なき、あるいは神に見捨てられた世界の劇に反することではないだろうか。

演出における最大の問題と思われたのが、歌手の身体的な動きを統御しきれていなかったところ。とくにゴネリルとリーガンの二人のを歌った歌手が示した、いわゆる「オペラティック」な身ぶりは、この二人の悪女の性格のみならず、両者の個性の違いも薄めてしまったように思われてならない。とはいえ、こうした問題は、今回の演出の問題であるにとどまらず、「日本から」のオペラが根本的に抱えてきた問題なのかもしれない。オペラの演出は、歌手に身の丈に合わない演技をさせて、本来見せるべきもの──例えばゴネリルのにやりとした底意地の悪い顔──を、かえって隠してしまっていたのではないだろうか。

日本のオペラ──とくに現代のオペラの──演出は、能をはじめとする日本の舞台芸術の伝統を新しい目で見直しながら、みずからの出発点を今一度確かめる時期を迎えているのかもしれない。日本人の歌手がオペラに取り組む際の基本的な身体表現をどう考えるか、という問題が、今回の公演であらためて浮き彫りになったと思われる。この問題を掘り下げてこそ、日本人のプロダクションによる舞台の美しさと感情表現の豊かさがもたらされるはずである。それから、このライマンのおかげで、リアの役は、もともとディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのために書かれたわけだが、上演を観ていて、彼のような経歴を経て活躍するようになる歌手がもっと増えないと、ドイツ語のオペラを日本人の手で創っていくには、困難が残ることも感じざるをえなかった。

歌手で特筆されるべきは、グロスターとその息子たちの出来。それに比べるとリアとその家族を演じた歌手たちは、少し影が薄かった。グロスター伯を歌った峰茂樹の誠実で力強い歌唱は、全曲を通して印象的だったし、その庶子エドマンドを歌った小原啓楼の強い声は、この自然の掟の下でのし上がろうとするこの男に相応しい。天涯の孤独さを強さに転化させようとする彼の最初の歌は、圧倒的だった。そして、全曲を通して最も素晴らしかったのが、エドガーを歌ったカウンター・テナーの藤木大地。儚さと強さを同時に響かせながら、狂気を演じることの危うさを伝える彼の声は、今回の『リア』の舞台を現代のオペラのそれとして浮かび上がらせる、支点の役割を見事に果たすものだったと思われる。