フランクフルトでの国際ヴァルター・ベンヤミン学会のことなど

フランクフルトのクリスマスの市 ©Frankfurt Tourist+Congress Board

フランクフルトのクリスマスの市
©Frankfurt Tourist+Congress Board

昨日(12月15日)までほんの短い間でしたが、フランクフルトに滞在していました。中心街にはクリスマスの市が立っていて、街がいつもにも増して賑わっていた印象を受けます。それにしても、クリスマスの市というのは、ドイツの人々を妙に惹きつける力があるようで、独特の香料が入ったGlühweinという温かいワインや焼きソーセージなどを売る店の周りなど大変な人だかりでした。本当に身動きができないほどです。そこに集う人々を見ていると、湯気の立つワインのコップを片手に、飲食よりもおしゃべりを楽しんでいる印象があります。そうして顔を合わせて話をすることが大事なのでしょう。ちなみに市では、飲食物以外にも、帽子や手袋、それにかなり手の込んだ工芸品なども売られています。とくに木材を掘ったり曲げたりして作られた、日本の雛飾りのような木の置き物は実に可愛らしいです。てっぺんにはちょうど竹とんぼのような羽根がついていて、聖家族の家を模した最上部が風で回るようになっているものが多く売られていました。その巨大なものが、クリスマスの市のシンボルになっています。

さて、フランクフルトを訪れたのは、12月12日から15日にかけてフランクフルト大学とマンハイム大学、それからルートヴィヒスハーフェンのエルンスト・ブロッホ・センターを会場に開催された、国際ヴァルター・ベンヤミン学会 (Internationaler Walter Benjamin Kongress) に参加するためです。国際ヴァルター・ベンヤミン協会が主催するこの学会は、2006年からおよそ2年ごとに開催されていて、今回が4回目になると思います。私が参加するのは、2006年の最初の学会以来ということになります。今回の学会全体のテーマは「歴史を書く」で、ベンヤミンの遺稿である「歴史の概念について」を再編集した批判版が出版されたのを機に、このテクストで展開される歴史哲学の源泉、射程、アクチュアリティなどを、さまざまな角度から検討することによって、今「歴史を書く」ことの可能性を測ろうとするものと言えるでしょう。広い意味で「歴史を書く」ということを、歴史哲学をはじめとするベンヤミンの思考を生かしてどのように考えられるのか、という問題に取り組むことは、「特定秘密保護法」案──思想と表現の自由を著しく侵害するのみならず、権力への恣意への隷従への道をも開くこの法案には、断固反対し続けたいと思います──が国会を通過し、歴史そのものが危機に瀕しているこの国においても、焦眉の課題と思われます。

とはいえ、日本を含めアジアからの学会への参加者が、私以外にはほとんどいなかったのは、少々寂しく思われました。日本や韓国でベンヤミンの著作が広く読まれていることを顧みると、不思議な気もしなくはありません。たしかに、発表と議論がすべてドイツ語と英語で行なわれる──少しだけフランス語が飛び交うこともありましたが──この学会に出かけていくのは、たしかに勇気の要ることかもしれませんし、私自身のなかにもためらいがなかったわけではありません。それに、原稿も資料もほとんど配られないなかで話を追っていくのは、本当に大変です。それでも、ベンヤミン研究の現況に触れながら刺激を得て、自分自身の研究の位置を確かめるためにも、こうした場に立ち会うことは欠かせないことと考えています。それに、顔を合わせて話をし、意見や情報を交換できる場があるということは、先のクリスマスの市ではありませんが、かけがえのないことのようにも思われます。幸い何人か親切な方が声をかけてくれましたし、関心領域を共有する二人の若い研究者と知り合いになれたのはとくに嬉しかったです。一人はベンヤミンの思考における音響的なイメージ──これは、従来視覚性が重視されてきたベンヤミン研究の新しいテーマとなりつつあります──をテーマにした発表を、もう一人はローゼンツヴァイクとベンヤミンの歴史哲学を突き合わせる発表をしてくれました。

学会は、主催者であり、かつこのテーマの提案者でもあるフランクフルト大学のブルクハルト・リントナーの基調講演で幕を開け、各セクションの問題意識を提示する報告が続き、その後各セクションのセッションが続きました。各セクションの紹介のなかで、ベンヤミン研究の先導者の一人であるアーヴィング・ウォールファースが、歴史主義を批判したベンヤミンの歴史哲学を研究する方法そのものが歴史主義化することに対して警鐘を鳴らしていたのが印象に残ります。批判版が刊行され、文献学的な研究が重視されようとするなかでは、もっともな警告と思います。彼は学会のなかで、ベンヤミンを読み直すことをつうじて、今ここで歴史を書くことを問おうとする姿勢を、一貫して打ち出していたように思います。ブルクハルト・リントナーは、ベンヤミンのそれぞれの著作が彼の生涯のどの局面で書かれたかを重視し、基調講演では『1900年頃のベルリンの幼年時代』の持つ時代に介入する政治的な意義を強調していました。ヨーロッパとアメリカから集まった研究者たちの発表には、ベンヤミンの著作の細部に分け入りつつ、その思想を他の思想家たちのそれと関連づけながら、間テクスト的な文脈を見いだそうとするものが多かったように思います。議論のなかで何度かマルティン・ハイデガーの名前が出てきましたが、発表のなかにベンヤミンとハイデガーの関係に直接に触れたものはありませんでしたので、将来的に両者の思想を対照させる論文を発表してもよいかもしれません。

ちなみにフランクフルトでは、学会に参加したり、友人に会ったりする以外に、フランクフルトの歌劇場でジョルジュ・エネスコのオペラ『エディプス』の公演を観ました。この作品の舞台を接するのは初めてです。ハンス・ノイエンフェルスの演出によるプロダクションで、彼の演出による舞台を観るのは、ベルリンのコーミッシェ・オーパーでのショスタコーヴィチの『ムチェンスク郡のマクベス夫人』以来ということになります。エネスコが作曲したリブレットはフランス語で書かれていますが、今回はそのドイツ語訳による上演で、そのテクストのなかのいくつか鍵となる一節が、アレゴリー的に舞台に投影されていました。ドイツの劇場で見られる、おそらくはポスト・ドラマということも意識した読ませる舞台の演出と思われます。幾何学の証明がぎっしりと書き込まれた壁に囲まれ、その各面に発光する矢印が埋め込まれた舞台が、エディプスが生きる宿命論の世界を印象的に浮かび上がらせていました。

今回の演出では、全体的にこの壁が効果的に使われていて、かつ最後のイオカステの自殺とエディプスの自傷が壁の裏側で起きるために、本来のギリシア悲劇の抑制された、かつ凝縮されたところも伝わってきました。衣装を含めて色調がおおむね落ち着いていて、かつほとんど無駄な動きが見られなかったので、全体的に非常に引き締まった──もちろん、この演出家ならではと思われる、きついユーモアと直截的な表現もありましたが──舞台と感じられました。何よりも素晴らしかったのが、アレクサンダー・リープライヒが指揮するオーケストラで、エネスコの音楽に独特の苦味を含んだ哀調を連綿と奏でながら、クライマックスでは強烈な、それでいて濁ることのない響きを聴かせていました。歌手では、サイモン・ニールのエディプスが素晴らしく、舞台を引き締めていました。歌と語りがほぼ同じ声質と強度で表わされていたのにも感銘を受けたところです。マグヌス・バルドヴィンソンのティレジアスとターニャ・アリアーネ・バウムガルトナーによるイオカステも素晴らしい出来でした。エネスコの『エディプス』を、20世紀のオペラの佳作として、かつ現代の世界に生きること自体のエディプス的な盲目性を問いかけるオペラとして、見事に甦らせる公演だったと思います。

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