拙著『ベンヤミンの言語哲学』合評会の報告と細川俊夫《大鴉》広島初演のお知らせ

早いもので、10月も終わりに近づいてきました。ここへ来てぐっと秋が深まって、広島でも朝晩は風を肌寒く感じるようにもなってきました。まもなく広島は紅葉の季節を迎えます。近所の三瀧寺にも、紅葉狩りの人々が数多く訪れるようになることでしょう。私のほうは、10月に入って後期の講義が始まったこともあり、毎日慌ただしく過ごしているところです。今学期、大学院の演習では、カントの『判断力批判』を取り上げて、少しずつ読んでいるところです。この第三批判でカントが「反省的」ないし「自己再帰的」判断力の概念に込めたものや、美と崇高の概念が指し示すものを、わずかなりとも読み解いていければと考えております。

さて、10月11日には、福岡の西南学院大学にて、拙著『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』(平凡社)の合評会を催していただきました。同大学法学部の田村元彦さんのお取り計らいにより、代表を務められている同大学の学内GP「ことばの力養成講座」の一環として、西南学院大学学術研究院大会議室で開催されました。私のほうから拙著のねらいとするところや、その内容などお話しした後、同大学の国際文化学部で教えておられて、私と同様に哲学畑でベンヤミンの思想を研究しておられる『ベンヤミン──媒質の哲学』(水声社)の著者森田團さんと、広島でともに中国文芸研究会を行なっている行友太郎さんから貴重なコメントをいただきました。

森田さんからは、拙著の核心にある議論の筋をしっかり汲んだコメントと、重要な問題提起をいただけたことは、言語と歴史の関係を掘り下げる今後の研究へ向けた何よりの刺激でした。これに関連して、とくにベンヤミンにおける「文字」の問題にしっかり取り組むことが求められます。また、行友さんからは、言語をめぐる現在の状況に対する私の問題意識に正面から応答したコメントをいただき、とても嬉しかったです。この両名以外にも、ハイデガーにおける「翻訳」の問題に取り組んでおられる西山達也さんからも貴重なコメントをいただき、非常に刺激的でした。西南学院大学の学生さんをはじめ、参加者のみなさんの熱意がひしひしと伝わり、とても濃密な議論の場になったと思います。

翌12日には、ちょうど福岡アジア美術トリエンナーレが開催されていた福岡アジア美術館の近くにあるart space tetraという素敵な場所にて、前日に論じきれなかった問題を中心に、新たな参加者も加わって、さらに議論を進めました。九州アナキズム研究会の一環として開催されたこちらの集いは、メランコリーやアレゴリーの問題などをめぐって、とても充実した談論の場になったと思います。拙著の主題を、このように二日にわたって大事に論じてくださったことは、著者にとってこの上ない幸いです。その後も拙著は、少しずつ新しい読者を得ているようで、ありがたく思っているところです。まもなく二、三の紙上に書評も出ると聞いております。

ところで、10月30日(木)に開催されるHiroshima Happy New Ear XVIIでは、細川俊夫さんのメゾ゠ソプラノと12人の奏者のためのモノドラマ《大鴉 The Raven》の広島初演が行なわれます。エドガー゠アラン・ポーの同名の長編詩をテクストに作曲されたこのモノドラマでは、近代的な自我の場とも言うべき室内に、大鴉という野性的なものが侵入することによって、時間的な振幅を伴った自我の動揺が生じ、自然的なものとの交感が生まれていく過程が、狂気の淵を垣間見せながら響くことでしょう。男性の声で語られるポーのテクストを、敢えてシャーマン的なメゾ゠ソプラノが歌うことによって、交感の生成そのものが浮き彫りになるにちがいありません。それとともに、取り戻しがたく失われた恋人レノーアのことが、憑依するかのように思い出されてくるあたり、ここ広島では非常に意味深く響くのではないでしょうか。

メゾ゠ソプラノは、細川さんのオペラ《松風》で村雨役を歌ったシャルロッテ・ヘレカント。この現代を代表するメゾ゠ソプラノの声を聴けるのですから、本公演は、広島で声楽やオペラに関わっている方には必聴と言えるでしょう。《班女》の広島公演を成功に導いた川瀬賢太郎さん指揮するユナイテッド・アンサンブル・オヴ・ルシリンの演奏も期待されます。広島の公演では、佐藤美晴さんによる照明演出が付き、今年1月の《星のない夜》の広島初演でも語り手を務めた高尾六平さんがテクストを朗読するのも注目されるところです。会場は、広島市内のアステールプラザのオーケストラ等練習場で、開演は19時です。みなさまのお越しを心からお待ちしております。

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拙著『ベンヤミンの言語哲学』合評会の報告と細川俊夫《大鴉》広島初演のお知らせ」への1件のフィードバック

  1. 昨晩は、満席の聴衆とともに細川さんの《大鴉》の広島初演を迎えることができました。ご来場のみなさまにあらためて感謝申し上げます。細川さんからの作品紹介、それ自体が一種のモノドラマとも言える高尾六平さんによる詩の朗読に続いて作品が演奏されたわけですが、そのなかでは、「大鴉」という飼い馴らしえない野生の存在と向き合うなかで、大切な人を失った悲しみが、押しとどめようもなく湧き上がり、それとともに死者の姿さえも浮かび上がってくるさまが、空気感の精妙な変化とともに表現されていたように思います。ポーの長編詩から夢幻能のような世界を響き出させる細川さんの音楽は、沈黙のなかかから出現の気配を漂わせるとともに、詩の韻律とも呼応しながら、いずれも野性的ですらある生き物の姿と魂の震動を、胸に迫る強さで響かせていました。シャルロッテ・ヘレカントさんの歌は、一つひとつの言葉を明瞭に響かせながら、詩と音楽に込められたものを澄んだ声に凝縮させることで、人間と動物、死者と生者の〈あいだ〉を開いていたのではないでしょうか。お話のなかで、レノーアとは誰なのかという問いを、あらためて立てておられたのも印象に残ります。ユナイテッド・アンサンブル・オヴ・ルシリンの演奏も見事でした。

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