広島市現代美術館の「ライフ=ワーク」展を観て

「ライフ=ワーク」展flyer

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広島市現代美術館で「被爆70周年:ヒロシマを見つめる三部作」展の第1部として開催されている「ライフ=ワーク」展を見た。戦争の傷を抱えながら生きることの刻まれた芸術作品、あるいはそのような生を浮かび上がらせる作品をつうじて、生の経験の結晶としての芸術を共有する場を開くとともに、その地点から戦争、そして原爆の記憶を新たに照らし出そうとする展覧会と言えようか。

最初に、被爆した広島の人々による「原爆の絵」が相当数展示されていたが、それによってこの「原爆の絵」の表現の多様さが際立っていた。小林岩吉が描いた最初の原爆の絵の一つには、被爆死した朝鮮人の老人と「南方留学生」の姿がさりげなく描き込まれていた。天満川の川面を埋め尽くす死体を執拗なまでに描いた中田政夫の絵は、やはり忘れがたい。そして、何よりも印象的だったのは、生塩敏夫が描いた死んだ母親を見守る少女の絵が示す、深い悲しみが染み透ったような静けさであった。全体として、具象と抽象のあいだで変化に富むなかに被爆の記憶を呼び起こす「原爆の絵」の表現には、被爆後の30年を超える歳月の経験が影を落としているように思えてならない。

地下展示室の壁の曲面に、石内都の「ひろしま」連作が、彼女の「Mother’s」連作とともに展示されているのも目を惹く。被爆死した女性たちの遺品として平和記念資料館に収蔵されている彼女たちの衣服を撮影し続けるなかから生まれた「ひろしま」連作は、この日(2015年7月18日)行なわれたアーティスト・トークで石内自身から聞いたところによると、これらの衣服を身に着けて街に出ていた女性たちの魂がいつでもそのなかに還って来られるように、美しく、カラーで撮影されているという。

実際、一枚一枚の写真からは、ブラウスなどの肌触りが伝わってくるようだし、人が着て歩いているときのように、袖口や裾が風になびいているかのように見える写真もある。「Mother’s」連作がどちらかと言うと、モノクロの写真に死の記憶を刻もうとしているのに対して、「ひろしま」は身体の再生を志向しているように思えるし、そこに込められた石内の思いが写真上の衣服をより生々しく、時に艶やかにさえ見せているのも確かだろう。初めてプリントされたという、血でピンクに染まった赤いブラウスの写真の前では、年配の女性が体を震わせながら目に涙を溜めていて、思わずそれに共振しそうになったが、そこにある共感ないし共苦を、どのように死者の哀悼と死者という他者の魂との呼応に結びつけるかが重要と思われる。

殿敷侃の作品や入野忠芳の作品を、いくらかまとまったかたちで見ることができることも貴重である。殿敷が母の遺品を文字通りの点描だけで描ききったいくつかの作品の精神が、1980年代に生まれた、無数の魂たちが夜の音楽のリズムで、天の川のように顕現するさまを思わせる《霊地》連作に結実するさまと、入野の被爆樹木の執拗な写生が、生長と枯死の凄まじいまでの緊張のなかに樹木の存在を屹立させた《精霊》連作を生み出しているさまは、いずれも本展覧会のテーマ「ライフ=ワーク」を具現するものと言えよう。とりわけ、《精霊》連作において樹木の表面を埋め尽くす、有機的であると同時に無機的で、張り裂ける運動を示す表現は、先日泉美術館での「ヒロシマ70」展で見ることができた入野の抽象画に通底するものと言えよう。

これら以外に、生の経験と芸術の結びつきを強く感じさせて印象的だったのは、香月泰男の《運ぶ人》。背負っている重い荷物に潰されて、荷物と一体となりつつある人物は、その記憶にも押し潰されようとしているのかもしれない。そして、今回の展覧会で際立っていたのはやはり、大道あやの《花火》だった。

無数の花火が炸裂する凝縮された時空間のなかに、太田川の生きものたちが乱舞する。川魚や蟹たちは、死者たちの生まれ変わりにちがいない。その魂の輝きが、素朴ながら永遠すら感じさせる花火の極彩色の光彩となって幾重にも画面を包んでいる。そのような表現は、生ある者たちへの慈しみを、無念の死を遂げた者たちへの深い哀悼ともに、手仕事のなかに深く落とし込んだなかから生まれたものであろう。濁った太田川を泳ぐ魚の姿にも個人的に共感を覚えるが、それとも通底するであろう生の肯定、それぞれかけがえのない生命の原理とも言える魂(アニマ)との共鳴──それこそが死者の哀悼をも貫いているのだ──が、芸術の源にある。今回の「ライフ=ワーク」展は、このことを、それぞれの作品の背景にある芸術家たちの歴史の経験とともに深く感じる場を開くものであると言えよう。多くの人がその場に身を置くことを願っている。

小著『パット剝ギトッテシマッタ後の世界へ──ヒロシマを想起する思考』を上梓しました

9784755402562このたび『パット剝ギトッテシマッタ後の世界へ──ヒロシマを想起する思考』と題する小著を、インパクト出版会から上梓しました。よく知られた原民喜の詩句を表題に用いた本書を、広島と長崎が被爆から70年の節目を迎えようとしている時期に世に送り出すことに、身の引き締まる思いです。本書には、2007年から今年までのあいだに、ちょうど一年前に上梓した『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』(平凡社)に組み込まれた論文を書き継ぐ傍らで、広島の地での文化に関わる活動のさまざまな機会に応じて書かれた論文や評論、そしていくつかの講演録が収録されています。論考を最初に発表する機会を与えてくださった方々や講演の機会を設けてくださった方々に、この場を借りて心から感謝申し上げます。靉光の《眼のある風景》を生かすかたちで美しく装幀していただいたのも大きな喜びです。

本書に収録された論考や講演録を貫いているのは、原民喜が「パット剝ギトッテシマッタ アトノセカイ」と呼んだ広島の焦土の光景や、そこにいた人々のことを今ここで想起する可能性を、芸術のうちに、さらには言葉そのもののうちに探りながら、「平和」を、死者を含む他者とともに生きることのうちに取り戻そうとする思考のもがきです。ここ広島でも「平和」が、権力者とそれにすり寄った大勢順応主義者の手に落ちつつあるなか、生存そのものの危機が迫っていますが、そのような今こそ、このもがきの跡を敢えてお示ししたいと考えて、本書をお届けする次第です。本書の焦点は「ヒロシマ/広島/廣島」にありますが、そこには近代、そして現代の日本の問題が凝縮されているとも考えております。さまざまな角度からお読みいただけたらと願っております。以下、本書の内容をごく簡単にご紹介しておきます。

序として掲げたのは、広島が帝国の軍都であったことを省みながら、70年前の出来事を、今も続く暴力の歴史の中断とともに開かれる来たるべき東アジアへ向けて想起しようという本書の基本的な問題意識を示すものです。第1部には、想起の媒体としての芸術作品のあり方を掘り下げながら、死者とともに生きる場を切り開く芸術の力に迫ろうとする評論や講演を収めました。第2部の中心をなすのは、ヒロシマ平和映画祭やそれに関連する催しの際に行なわれた講演です。その基調をなすのは、広島の抵抗としての文化の遺産を、生の肯定へ向けて継承する可能性を模索する思考です。第3部には、合評会などの機会に発表された書評を中心とする批評を集めました。作曲家詐称問題に触れた評論も収録しています。第4部に収められているのは、今ここで被爆の記憶を継承すること自体へ思考を差し向け、被爆の記憶を世界的なものとして受け継ぐことにもとづいて追求されるべき平和の可能性を、他者とともに生きることのうちに探った論考です。ヒロシマを想起することを主題とする書き下ろしの論考が含まれています。付録として、広島の文化を培っていくために致命的に欠けている施設の建設の提案も収録しました。

このような構成で送り出される本書の議論には、言うまでもなく、尽くされていない点が多々あるでしょうし、哲学と美学からのアプローチの限界が露呈しているところもあることでしょう。これらについてはみなさまから忌憚のないご指摘をいただけたら幸いです。何よりも、本書の問題提起を契機に、軍都廣島と戦後の広島の歴史を、現在を照らし出すものとして捉え直すことや、被爆の記憶の証言を深く受け止め、その記憶を、他者の苦難の記憶にも呼応するかたちで継承することについて、そして広島の芸術と文化のあり方について議論が深まることを心から願っております。

『パット剝ギトッテシマッタ後の世界へ──ヒロシマを想起する思考』目次

はしがき

序 広島の鎮まることなき魂のために

第一部 記憶する芸術の可能性へ向けて

  • 未聞の記憶へ──記憶の痕跡としての、想起の媒体としての芸術作品の経験、その広島における可能性
  • 記憶する身体と時間──ヒロシマ・アート・ドキュメント2008によせて
  • 耳を澄ます言葉へ──今、ヒロシマを語り、歌う可能性へ向けて
  • 芸術の力で死者の魂と応え合う時空間を──被爆七十周年の広島における表現者の課題

第二部 映画から問う平和と文化

  • 「平和」の摩滅に抗する映画の経験へ──ヒロシマ平和映画祭2007へ向けて
  • アメリカ、オキナワ、ヒロシマの現在へ──ヒロシマ平和映画祭2009への導入
  • 生の肯定としての文化を想起し、想像し、創造するために──「表現の臨界点(クリティカル・ポイント)──広島の現在と赤狩り、安保、沖縄」プロジェクトを振り返って
  • 抵抗としての文化を継承し、生の肯定を分かち合う──ヒロシマ平和映画祭2011における「抵抗としての文化」プロジェクトによせて

第三部 ヒロシマ批評草紙

  • 「ゲン」体験と「正典」の解体──吉村和真、福間良明編著『「はだしのゲン」がいた風景──マンガ・戦争・記憶』書評
  • 「ひろしまの子」たちの声に耳を開く──東琢磨『ヒロシマ独立論』書評
  • 封印の歴史を逆撫でする──高橋博子『封印されたヒロシマ・ナガサキ──米核実験と民間防衛計画』書評
  • 「受忍」の論理を越えるために──直野章子『被ばくと補償──広島、長崎、そして福島』書評
  • 作品批評の在り方検証を──作曲家詐称問題に関する中国新聞への寄稿記事
  • 「多数」としての「ひと(サラム)」を生きることを呼びかける言葉の創造──崔真碩『朝鮮人はあなたに呼びかけている──ヘイトスピーチを越えて』書評

第四部 記憶の継承から他者とのあいだにある平和へ

  • 広島から平和を再考するために──記憶の継承から他者とのあいだにある平和へ
  • 歓待と応答からの共生──他者との来たるべき共生へ向けた試論
  • 残傷の分有としての継承──今ここで被爆の記憶を受け継ぐために

付録 [不採択]被爆七十周年記念事業案

あとがき

[本書は、お近くの比較的大型の書店のほか、Amamzon.co.jp楽天ブックスhonto紀伊國屋BookwebMARUZEN & JUNKUDOエルパカBOOKSセブンネットショッピングHonya Clubなどでご購入いただけます。]

パウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」を観て

宇都宮美術館におけるパウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」flyer

宇都宮美術館におけるパウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」flyer

「愚かさは、カフカのお気に入りのものたち──ドン・キホーテから助手たちを経て動物たちに至るまで──の本質をなすものだ。〔中略〕カフカにとって、次のことだけは疑いもなく確かなことだった──まず第一に、人は誰かを助けるためには愚か者でなければならないということ、第二に、愚か者の助力だけが真に助けであるということ。不確かなのは、ただ、その助けがまだ人間の役に立つのかという点だけだ」。

現在宇都宮美術館で開催されているパウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」の最終章のタイトル「愚か者の助力」は、ここに引いたヴァルター・ベンヤミンが友人のゲルショム・ショーレムに宛てた書簡のなかでフランツ・カフカの文学の核心にあるものを論じる一節から採られている。この最終章の空間に集められているのは、《何が足りないのだろう?》(1930年)という自嘲的とも見える小品に描かれた胴体のない人物=動物像をはじめ、出来損ないの被造物=生きものたちの形象である。クレーが晩年に集中的に描いた天使たちもまた、こうした被造物の仲間なのだ。

クレーの天使たちは、神の使者として地上に真理を啓示する力を未だ手にしていない。同じ空間のなかに展示されている《天使、まだ手探りをする》(1939年)に描かれた天使の姿が示すように、真理から遠ざかり、歪んでしまった世界のなかでもがいている。もしかすると、人に手を差し延べることは、この天使の手探りのような、盲目的でどこか愚かしい身ぶりでしかありえないのかもしれない。しかし、この祈りのような身ぶりがもたらすメタモルフォーズ──たとえそれが、《巣を発明した雌》(1925年)のような異形の生きものを産むものであったとしても──こそが、生あるものたちの息遣いなのだ。

このことを、クレーの開く「遊戯空間」は、いたずらっぽい微笑みとともに示している。「だれにも、ないしょ。」というテーマで開催されている今回のクレー展は、どこか出来損ないのところを含むことで、分類し、飼い馴らす眼差しを逃れていく生きものたちが変貌のなかに息づくこの「遊戯空間」に独特の時空間へ見る者を誘い、形象のさらなる解読を触発する展覧会であると言えよう。これほどまでに豊かな知覚経験のなかで、クレーの絵画の新たな奥行きを、彼の創作過程をも垣間見ながら楽しむことができるクレー展は、少なくとも日本ではこれまでなかったのではないだろうか。そのことは言うまでもなく、クレー独特のテーマの下にさまざまな時期の作品を、互いに響き合うよう配置しうるまでに深められたクレー研究に裏打ちされている。

今回のクレー展において重要と思われたのはまず、彼の絵画についてつとに指摘されてきた音楽性が深められる経験である。クレーの「遊戯空間」に鳴り響く音楽は、《赤のフーガ》(1920年)のような独特のポリフォニーであるが、それは複数の声部の共鳴であるだけにとどまらず、そのなかから第三のものが生まれてくるダイナミズムともなる。本展覧会の第2章「多声楽」は、その響きの振幅の大きさをも存分に味わえる場となっていた。例えば《島》(1932年)では、点描を駆使した色彩のポリフォニーの海のなかから、閉じることのない島の形態が、多次元的な運動とともに浮かび上がってくる。

あるいは、クレーのポリフォニーの響きは、《光にさらされた葉》(1929年)においては、補色という両極の混合によって作られた色彩のグラデーションを形成しながら、一枚の葉を生成させる。ゲーテの言う、植物の生成そのものを象徴する「原現象」としての葉を静かに差し出すようにして。この作品の静謐さは、初期作品《裸体》(1910年)の神秘的な静けさにも通じていよう。この作品には、画面を90度反転させた状態の赤外線写真が添えられていたが、それに浮かび上がる小さな人物が、実際の画面では、身ごもっているとも見える悲しげな裸体の女性の胸の辺りに、微かに浮遊している。

そのことは、小さな人物が生まれ出る前に埋葬されてしまっていることを告げながら、同時にこの人物が、女性の悲しみのなかに懐胎され、甦ろうとしていることをも暗示しているのではないだろうか。塗り重ねによる画面の重層化によっても表わされるクレーのポリフォニーは、生と死のあわいへも、見る者を誘っているのだ。このことは死者の深い哀悼にもとづいていよう。とりわけ、第一次世界大戦でおびただしい死を経験したクレーは、歴史の遺物を自然が侵食する廃墟のなかから、生きものたちが甦り、息づく場を開こうとしているのではないか。このことを暗示しているのが、第3章「デモーニッシュな童話劇」に集められた、緑が印象的な作品群であろう。

なかでも、《女の館》(1921年)は、深い闇のなかから明滅する緑がメルヒェン的な、自然と人工物の境界を不分明にするような形態を浮かび上がらせ、もう一つの世界への玄関へ見る者を誘う。また、《小道具の静物たち》(1923年)では、打ち捨てられた小道具たちが、怪しい光を放ちながら動き始める。その時間が、現実世界のクロノロジカルな時間とは別の時間であることも、クレーの絵画は優れて音楽的に示しているのだ。そのことは、第1章「何のたとえ?」に集められた、音楽のフェルマータやターンの記号をモティーフとした作品が、説得的に示しているのではないだろうか。

時間の転回をもたらす装飾音ターンの記号は、《子ども》(1918年)の顔では、後の《新しい天使》(1920年)を思わせる顔を形づくっているが、《ある音楽家のための楽譜》(1924年)では、矩形の形態が分解して落下する運動の時間を、ぐっと繋ぎ止めているようにも見える。他方、眼を思わせるフェルマータの記号は、《アクセントのある風景》(1934年)では、時の静止をもたらすとともに、風景をたわませ、緑に息を吹き込む。このような、もう一つの時間によって貫かれることによって、生あるものたちが──失われたものも含め──甦り、メタモルフォーズのなかに息づく世界。これをクレーの絵画は構成するわけだが、そこへと誘うのが、本展覧会の第5章の表題にもなっている「中間世界の子どもたち」であろう。

最晩年の《無題[子どもと凧]》(1940年)に登場する、体が手紙と化した子どもは、自分がいる画面の裏側にある楽園、《無題[花と蛇]》の世界──それを見せる展示から、クレーの両面制作の重要性も伝わってくる──へ、見る者を導くかのようだ。その姿は、メタモルフォーズとともに生あるものの形態が浮かび上がってくる源泉へ見る者を招待する、クレーの絵画そのものの象徴でもあるのかもしれない。そして、今回のクレー展「だれにも、ないしょ。」は、その招待に応じてクレーのいたずらっぽい微笑みの足跡を辿ることで、けっして完結することのない彼の世界の内奥へ、豊かな音楽の経験と新たな知見とともに導かれる、希有な機会と言えよう。《プルンのモザイク》(1931年)などの傑作も集まっている。

[2015年7月5日〜9月6日:宇都宮美術館/9月19日〜11月23日:兵庫県立美術館

加藤直樹さんを迎えての特別コロキアムと特別講義のお知らせ

978-4-907239-05-3.jpg 来たる7月3日(金)、『九月、東京の路上で──1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから、2014年)の著者加藤直樹さんをお迎えして、広島市立大学国際学部の特別コロキアムと特別講義を開催します。直前となりましたが、多くの方にお集まりいただきたく、あらためてお知らせする次第です。
 『九月、東京の路上で』において加藤さんは、関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺を伝える証言や記録、各地に残るその痕跡などを綿密に跡づけながら、この凄惨な虐殺が、どのような背景の下で、どのような人々の手によって行なわれたかを克明に浮き彫りにするとともに、ヘイト・スピーチが吹き荒れる日本の現在の問題を照らし出しています。
 現在、街頭でのヘイト・スピーチはひと頃よりも目につかなくなっているとはいえ、ヘイト・スピーチそのものは、とりわけインターネット上でいっそう陰湿なかたちで繰り広げられていますし、それはこの国では、街頭でのヘイト・スピーチ同様に野放しになったままです。そして、アジアの隣人たちに対する根拠なき敵意や嫌悪を剝き出しにする言説も、マス・メディアを介してさまざまなかたちで流布されています。
 このような状況に渦巻く問題を、関東大震災時の朝鮮人虐殺の歴史を踏まえるところから見通すこと。また、この虐殺の記憶を含んだ血腥い東アジアの歴史を、人々の記憶を継承しながら捉え返し、現在を照らし出すこと。そして、記憶の分有とともに開かれる他者との共生の空間を構想すること。これら喫緊の課題に取り組んでいくうえで、加藤さんのお話は重要な思考の契機をもたらしてくれるにちがいありません。
 加藤さんは『九月、東京の路上で』のなかで、関東大震災直後の凄惨な虐殺の犠牲者を追悼し続ける人々の姿にも光を当てています。7月3日の18時より県立広島大学のサテライトキャンパスひろしまにて開催される特別コロキアム「記憶を編み直す──いま、関東大震災時の虐殺を語る意味」では、ヘイト・スピーチが吹き荒れる今、90年以上前の虐殺を想起し、その記憶を語り継ぐとはどういうことか、という問題を、記憶を編み直すという視点から考えます。
 すでに歴史となった記憶を解きほぐし、記憶の糸を撚り直しながら、顔のある死者の姿を今に浮かび上がらせること。それは、被爆地であるとともに帝国の軍都でもあったここ広島でも重要な課題でしょう。加藤さんのお話を手がかりに、記憶を編み直しながら、他者とともに生きる場を今ここに開く可能性を、参加者のみなさんと考えてみたいと思います。
 同じ日の午後には、「レイシズムの帰結──1923年関東大震災時の経験から考える」というテーマで、私が広島市立大学の国際学部で担当している「共生の哲学I」の特別講義のかたちで、加藤さんに講義していただきます。この講義では、とくに虐殺の主要な要因と言うべきレイシズム(人種や民族などの差別)の問題に光を当てながら、他者との共生へ向けた課題を掘り下げるきっかけとなるお話をいただく予定です。
 いずれも、ご関心のある方はどなたでも歓迎いたします。参加および受講はいずれも無料で、事前の申し込みも必要ありません。お誘い合わせのうえ奮ってご参加ください。以下に開催情報をまとめておきます。
■広島市立大学国際学部特別コロキアム「記憶を編み直す──いま、関東大震災時の虐殺を語る意味」
日時:2015年7月3日(金)18:00~20:00
会場:県立広島大学サテライトキャンパスひろしま504中講義室
広島市中区大手町1-5-3 広島県民文化センター5階
■広島市立大学国際学部「共生の哲学I」特別講義
日時:2015年7月3日(金)14:40~16:20
会場:広島市立大学国際学部棟431講義室
※講義受講ご希望の方は、そのまま講義室へお越しください。
※一般の方はできるだけ公共交通機関(広電バス62・63 番線で市立大学前下車)でお越しください。
参加費:いずれも無料(事前申し込み不要)
お問い合わせ:柿木研究室(Tel.: 082-830-1767)