イスラエルでの国際ヴァルター・ベンヤミン協会の大会に参加して

闇のなかからふと現われ出たその「天使」は、あらぬところへ来てしまった子どものように、落ち着かない様子で漂っていた。それはもはや場所ではないところに、一つの〈あいだ〉にいるのだ。大きく見開いたその両眼は、それぞれ異なった方向を見つめている。そうして境界領域に浮遊しているという点では、これを「天使」と呼べるのかもしれない。とはいえ、その姿も〈あいだ〉にあると言うほかない。鳥の羽とも退化した手ともつかぬ両腕を広げながら、この「天使」は、人と獣のあいだを、彼岸と此岸のあいだを漂うのだ。

Coll IMJ, photo (c) IMJ

パウル・クレー《新しい天使》/Paul Klee, »Angelus Novus«, 1920 [Public Domain]

イェルサレムのイスラエル博物館で初めて目の当たりにした、パウル・クレーの《新しい天使(Angelus Novus)》(1920年)のこうした姿は、それ自体、当地のヘブライ大学とテル・アヴィヴ大学で12月13日から16日にかけて開催された国際ヴァルター・ベンヤミン協会の研究大会(International Walter Benjamin Society Conference “SPACES, PLACES, CITIES, AND SPATIALITY”)のテーマであった、ベンヤミンの思考における「空間」を開くようであった。その「空間」とは、それ自体として「閾」という境界領域である。それは生と死のあいだに、生誕や再生と、生まれ損なうこととのあいだに開かれる。彼が「空虚で均質な」と形容した「進歩」や「成長」の時空間に空隙を穿つようにして。

したがって、今回の学会全体のテーマであった「空間」は、ひと言で言えば、体験とは異なった経験の媒体であり、ベンヤミンが言う優れた意味での「根源」でもある。その現代の時空間におけるトポグラフィーを、みずから撮影したり、蒐集したりした映像そのものに語らせるかたちで、そしてベンヤミンの著作の読解を一歩進めるかたちで示していたのが、12月14日にテル・アヴィヴで行なわれた、ジョルジュ・ディディ゠ユベルマンの基調講演だった。そのなかで彼が、ベンヤミンの根本的な慎み深さを指摘していたのが印象に残っている。

その慎み深さは、例えば、「ベルリン年代記」のなかでベンヤミンが、自分が文章を書く際に「私」という主語を立てることを自分に禁じていた、と語っていたことに表われていよう。それによって、この「年代記」をはじめとする著作で、記憶の像がおのずと立ち現われてくるのだ。そのような意味で優れてベンヤミン的と言える手つきで、ディディ゠ユベルマンは、「名もなき者たち」の痕跡を辿り、大都市の片隅の薄明を捉えていた。

都市の薄明が浮かび上がらせるのは、両義性の空間である。両義性を帯びた事物のうちに過ぎ去ったものと今との緊張に満ちた布置を捉えることで、ベンヤミンは、「十九世紀の首都」パリのパサージュを近代の「根源史」の場として描き出すこと。これをベンヤミンはついに成し遂げえなかったわけだが、そのような歴史の場としてのパリの空間が、ナポリ、ベルリンといった、ベンヤミンが他の著作でその像を浮かび上がらせた都市の空間に通じていることも、今回の学会の主要なテーマの一つであった。それが取り上げられる際に、彼がナポリの建築空間に見た「多孔性」がしばしば指摘されていたが、その概念を、現代の空間ないし空間経験にどのように位置づけるか、またそのことにもとづいて、経験そのものをどのように捉え返すか、ということは、あらためて課題として浮き彫りになったと思われる。

「冥府」へ通じた「閾」にしてもう一つの歴史の経験の場である「パサージュ」、それは残存するものが来たるべきものとなって回帰する場でもある。「翻訳者の課題」が原作の「残存」を翻訳の出発点に置いていることを念頭に置きつつ、ベンヤミンが要請する字句どおりの翻訳──それは文字を、文字の姿のままに受け容れることだ──がもたらす言語の「非接合」によって開かれる言語そのもののパサージュ、すなわち「翻訳者の課題」に言う「アーケード」を、言語自体の媒体性ないし霊媒性を構成するものと捉え、このパサージュを、「根源史」の媒体としてのパリのパサージュと橋渡ししようとする議論は、示唆に富むものであった。

想起の媒体として根源史を形づくるとベンヤミンが考える「像」──それは彼によれば、言語的なものである──のうちにある時間の空間化を、それ自体として、「空虚で均質な時間」と神話的な歴史の連続の双方を中断する時間性において捉えることも、ベンヤミンの思考における「時空間/時代(Zeitraum)」としての空間の問題として浮上したのではないだろうか。さらに、その静止した「時空間」を構成する「時代の夢(Zeit-traum)」からの「目覚め」をどのように考えるか、という問題は、ベンヤミンの著作の読解をつうじて、今ここにある時空間をどのように見通せるか、という問いにも通じていよう。

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テル・アヴィヴの海岸にて

今回の国際学会では、「イスラエルにおけるベンヤミン」というテーマのパネル・ディスカッションの場が持たれたが、議論がイスラエルの国内政治の問題をめぐって噛み合わないままで、占領とは何か、また占領する力の上に成り立つイスラエルとはそもそも何か、というところにまで及ばなかったのは惜しまれる。こうした問題は、生涯シオニズムに批判的で、ついにパレスティナの地に足を踏み入れることのなかったベンヤミンの「暴力批判論」などを読み直す視点からこそ、問題そのものに介入するかたちで論じられうるのではないだろうか。今回の学会では、イスラエルでの学会に相応しく、と言うべきか、ベンヤミンの思考を、ゲルショム・ショーレム、マルティン・ブーバー、ヘルマン・コーエン、フランツ・ローゼンツヴァイクといった同時代のユダヤ系の思想家との布置のなかに浮かび上がらせようとする議論が目についた。

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ヘブライ大学のあるスコープス山からのイェルサレム郊外の開発地の眺め

学会の期間中には、テル・アヴィヴ美術館で、ベルリン芸術アカデミー付設のベンヤミンの手稿などが、「ヴァルター・ベンヤミン──亡命のアーカイヴ」のテーマの下で、ベンヤミンの著作に触発されて創られた現代芸術作品とともに展示されていた。それを見ると、ベンヤミンがいかに緻密にみずからの著作を組み立てていたかが伝わってくる。ゲーテの『親和力』の批評では、全体の細かな構成を一枚の紙に書き出したうえで、その組み立てどおりに小さな文字で原稿を書き、さらにその縁に、構想を組み立てた際に記した小見出しを転記しているのである。あるいは、カフカ論では、断章を記した紙を切り、紙片を並べ直して草稿を組み立てている。こうした手法は、いったん描いた作品を切り分けることで新たな像を浮かび上がらせた、クレーの手法と一脈通じるところがあるのかもしれない。『パサージュ論』では、独特の記号を駆使して構想を組み立てているのが印象的である。

学会の最終日には、学会の会場を抜け出して、ヘブライ大学のあるスコープス山とは反対側のヘルツルの丘──そこには「ユダヤ人国家」の発案者の一人テオドール・ヘルツルの墓がある──にあるヤド・ヴァシェム・ホロコースト博物館を訪れた。たしかに、ショアー、すなわち「ホロコースト」の歴史に関する展示は、エマヌエル・リンゲルバウムがゲットーのなかに残そうとしたアーカイヴのそれを含む貴重なドキュメントと、生還者──そのなかにヘウムノの生き残りであるシモン・スレブニクの姿があった──へのインタヴュー映像を巧みに配して、差別と迫害の下での生と死を、さらに絶滅の暴力の下に置かれることを、それぞれのゲットーや収容所の特徴を含めてありありと、かつ胸に迫るかたちで浮かび上がらせるものと言える。しかし、全体からは、ナチスの支配下における蜂起のヒロイズムを称揚し、オスカー・シンドラーをはじめとするユダヤ人を救った「義人」の力を強調することが、最終的に生還者たちの手によるイスラエルの建国へ流れ込んでいく、ナショナリスティックなストーリーの流れを感じないではいられない。「名前の部屋」の圧倒的な空間のなかに佇みながら、ここに「名もなき者」たちの場所はあるのだろうか、と自問せざるをえなかった。

Le_réfugié,_1939

フェリックス・ヌスバウム《難民》/Felix Nussbaum, »Le réfusié« 1939

ヤド・ヴァシェムの「ホロコースト」の歴史に関する展示からは、ショアーに至る迫害と抹殺をもたらした問題そのものが未だ解決されていないどころか、現代の世界で新たなかたちで深刻化していることを考え続けようという問題意識を感じ取ることはできなかった。歴史に関する展示のスペースに併設されている、「ホロコーストの芸術」を展示している美術館で目にすることのできた、フェリックス・ヌスバウムの《難民(Le réfugié)》(1939年)が、現在の問題の所在を静かに、しかし鋭く照らし出しているように思われた。その絵のなかでは、地球儀の置かれた長い机の傍らで、行き場を失った一人が頭を抱えて座り込んでいる。

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