ベルリンへ/Nach Berlin

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2003年の冬に訪れたときのイーストサイド・ギャラリー

早いもので今年も桜が見頃になりました。近所の三瀧寺の周辺も多くの花見客で賑わっています。毎年そのような時期になると、新たな年度、そして新たな学期も始まって、何かと気ぜわしくなるものですが、今年は普段とは別の慌ただしさがあります。今年度は、勤務先の大学の学外長期研修制度により、4月1日から明くる年の2月10日まで、ベルリンで在外研究を行ないますので、その準備に追われていたのです。おかげさまですでに住居は確保していますし、荷造りなども済んではいるのですが、さまざまな仕事に追われているうちに、肝心の研究計画をしっかりまとめ直す時機を逸してしまいました。ベルリンに着きしだい、当地で行なう研究の照準を合わせ直し、そのために取り組まなければならないことを整理したいと思います。

すでに別稿に記しましたとおり、ベルリン滞在中は、まずはベンヤミンの著作や書簡などをしっかり読み直しながら、残余からの歴史とも呼ぶべき、もう一つの歴史の可能性を哲学的かつ美学的に追求したいと考えています。そこへ向けて、ベンヤミンの歴史への問いを、彼の問い自体を掘り下げながら引き受けていきたいと思います。ちなみに、残余からの歴史とは、これもすでに述べましたとおり、神話としての歴史が消し去ろうとしている出来事の残滓を拾い上げ、声にならない声を反響させることで、現在を過去との布置において照らし出すとともに、他者、そして死者とともに生きる場を、神話の解体によって切り開く歴史とひとまず言えるでしょう。その歴史の可能性は、史実の探究と美的表現が交響するところに開かれるのではないでしょうか。

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2004/05年の在外研究の際に撮影した博物館島の風景

ベルリン自由大学の哲学科にお世話になりながら、この大学の図書館で、あるいはベルリン芸術アカデミー付設のヴァルター・ベンヤミン・アルヒーフで、ベンヤミンのテクストとそれに関する文献を読み、この残余からの歴史の概念を掘り下げる傍ら、週に一度くらいは、優れた音楽や舞台に接する時間も取りたいものです。それをつうじて、先日の中央大学人文科学研究所のシンポジウム「ドイツでオペラをつくるということ──ハンブルク歌劇場での細川俊夫のオペラ《海、静かな海》の世界初演を振り返る」のテーマでもあった、現代の世界における音楽や舞台芸術の可能性についても考えを深めたいと考えています。

また、ベルリンには近郊にザクセンハウゼンの収容所跡がありますし、中心部にも「テロルのトポグラフィー」をはじめ、全体主義的ファシズムとその戦争、そして虐殺の歴史を伝えるモニュメントなどが無数にあります。それらがどのように造られていて、どのように記憶を喚起するかを観察することも、研究にとって欠かせないことでしょう。こうしたモニュメントへのアートの介入とその意義を検討することは、広島での記憶の継承の姿を、その可能性において考えるうえでも重要なことと思われます。さらに、今回の滞在中は、さまざまな背景を持つ人々の相互理解および共存の試みと、排外主義的な主張の両方を目の当たりにすることにもなるはずです。2004/05年の冬学期の時期にポツダムに研究滞在していた時にもベルリンは頻繁に訪れていましたが、その頃からすると、街の風景もところどころ変わったことでしょう。街の変化を見るのも楽しみなところです。

このように、ベルリン滞在中に取り組みたいことは、挙げだしたらきりがありませんが、10か月ほどのあいだにできることは限られているでしょう。まずは、文献をしっかり読むことに力を注がなければと思います。それに、今回は家族で滞在するので、しばらくは生活が落ち着かないかもしれません。身辺に気をつけなければならない場面も多くなるでしょう。いずれにしても、滞在中は対応しきれないことが多々あるにちがいありません。ご迷惑をおかけすることもあろうかと思いますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。いよいよ今日出発します。

出来事の生成の哲学、あるいは生きられるアナキズム

[森元斎『具体性の哲学──ホワイトヘッドの知恵・生命・社会への思考』(以文社、2015年)によせて]

41qyoMxBevL._SX345_BO1,204,203,200_19世紀末から20世紀初頭にかけての哲学は、17世紀の哲学と同様に、自然科学の革命的な発見が世界像を根底から揺さぶるのに応えるという課題を背負わざるをえなかった。アーレントは、デカルトの哲学よりもガリレオの発見のほうが世界を変えたと語っているが、その衝撃を受け止めようとする17世紀の哲学は、世界の法則的認識に結びつく知の地平としての意識の働きに、人間の生の根拠を置いた。これに対して、デカルトとスピノザの時代からおよそ二世紀を経た時期の哲学は、例えばアインシュタインの相対性理論の衝撃を受け止めながら、知をもって自然の組成を人間の手で人間のために作り変える「科学技術」に結びつく意識の手前にある次元へ遡って、生きること自体を捉え直そうとしている。この次元にベルクソンは、生ある者が自己自身を不断に創造する生の躍動を見て取ったわけだが、その洞察のうちには同時に、この200年間の「進歩」に対する反省も込められているかもしれない。

ベルクソンと同時代を生きたホワイトヘッドは、自然を、けっして知の対象に還元することなく、あくまで生成の相において──しかも、まさにそのことによってアインシュタイン以後の物理学的な知にも開かれたかたちで──生涯にわたって考察し続けた。自然は、一つの出来事として経験され、そのとき時空間が開かれるかたちで一つの実在するものが立ち現われてくる。そこにある不断の移行の動きが、法則的にも認識されうるのだ。この過程が、すなわち一つの出来事を形づくる自然の蠢きが、世界の具体性をなしており、人も事物もこの具体性を生きている。森元斎の『具体性の哲学──ホワイトヘッドの知恵・生命・社会への思考』の前半は、ホワイトヘッドが自然の生成のプロセスと結びついた具体性の次元を、実人生を賭けて、ベルクソンをはじめとする同時代人の思想との対決をつうじて省察していることを示している。著者によれば、ホワイトヘッドの自然哲学は、苛酷ですらあった彼自身の「経験の雫」なのである。

『具体性の哲学』の前半部においてはホワイトヘッドの哲学が、さらにライプニッツとドゥルーズの哲学との布置において検討されるが、そのことによって世界の具体性が、ドゥルーズがライプニッツのモナドのうちに読み込んだ、世界の、いや世界そのものの動的なヴィジョンとして生きられることが浮き彫りにされる。このとき、まさにモナドの概念が示すように、多から一が生成するわけだが、このとき一つの出来事が──この点ではライプニッツに反して──自己完結することはない。出来事自体は絶えず自然の生成過程のうちにあり、そのなかでつねに新たな要素を取り込みながら生長していくことをホワイトヘッドは洞察していたという。このことは例えば、一つの歴史的にも語られてきた出来事が、他の出来事と結びつきながら絶えず新たに捉え直されることなどとも関連づけられうるかもしれない。ただし著者によれば、そのようにして個々の出来事が実在することは、「抱握」の働きなしにはありえない。

「抱握」なしに世界の具体性はありえない。本書の議論において注目されるべきは、生長を伴った出来事、さらには「森羅万象」の媒体とも言うべき働きを表わすホワイトヘッドの「抱握」の概念が掘り下げられ、そこから近代の人間中心主義を乗り越える世界変革の思想が抽出されていることである。「抱握」において、人間も事物も森羅万象の一契機として、さらに言えばおのずから出来事として生成してくる。そのことに先立つこれらの本質は存在しない。むしろ「抱握」の働きのなかで、人間と事物は相互に結びつきながら絶えず新たに生まれ変わるのであり、このことが世界の具体性をなしている。いや、このときそれぞれ実在する生きものたちは、誕生しながら世界を「抱握」しているのであり、このことが最初に、そして具体性において世界を形成しているのだ。著者によれば、こうして生きものが世界そのものを変成させ、変革する主体へと生まれ変わる可能性を、自然がまさに自然として生成すること自体のうちに開いているのが、ホワイトヘッドの哲学の最も重要な知恵、すなわち「経験の雫」の一つなのである。

出来事が「抱握」されること、それが世界を具体性において開く。このことはホワイトヘッドにとっては当然ながら、世界の組成を法則的に認識することにも開かれているが、著者によると、出来事の「抱握」の始まりにあるのは、むしろ美的な「感得」である。そのことをホワイトヘッドの詩論の解釈をつうじて示す本書の後半部の議論は、彼の哲学を論じる文脈を広げるものでもあろう。例えば、第一次世界大戦中にベンヤミンは、意識の働きに先立って色彩がその野生の光彩において立ち現われてくる媒体としての「想像」を論じ、これを芸術の源泉に位置づけている。こうした初期の美学が、後に「複製技術時代の芸術作品」などで展開される、知覚経験の歴史的な変容を踏まえつつ世界の変革を志向する美学に結びつくわけだが、両者を貫く「知覚の学」は、ホワイトヘッドの「抱握」の美学とも通底していよう。ベンヤミンもホワイトヘッドも、出来事を具体的な生成において生きる次元を意識の底に見通しながら、そこから、ないしはそれにもとづく新たな美的経験から、芸術と技術の双方を捉え直そうとしていたのではないだろうか。

このようにホワイトヘッドの「抱握」概念を美的な「感得」から捉え返すとき、それはベルクソンが語り続けた「直観」と再び結びつく。そして、この地点において大杉栄がベルクソンのうちに「生の拡充」の可能性を見て取ろうとしていたことを想起するなら、アナキズムをその具体性において掘り下げる地平が開けるという。このことを指摘する最終部の議論は、本書の魅力をなすとともに、著者の今後の思考の展開を期待させる。アナキズムは、主権の否定といった抽象的かつ否定的な理念としてではなく、具体的な肯定性において生きられなければならない。そして、この生きられるアナキズムは、無籍者であることを貫いて最終的に自死を選んだ、金子ふみ子の「自分自身の体験から生まれた」思想と生きざまから読み取ることができる。天皇制をラディカルに否定し、ホワイトヘッドが「対象的不滅性」と呼んだ次元における魂の存続を信じた金子が身をもって示した、「戸籍」のようなものに寄りかかることなく、遭遇するもの物事を受け止めながら変成していく起源なき生が相互に結びつくとき、アナキズムが生きる可能性として具体化していくにちがいない。著者が洞察しているのは、その胎動が具体性を生きること自体のうちにあることにほかならない。

[本稿は、2016年3月20日に広島市留学生会館で開催された中国文芸研究会における森元斎『具体性の哲学──ホワイトヘッドの知恵・生命・社会への思考』合評会にて発表された。]

細川俊夫のオペラ《海、静かな海》の世界初演を振り返るシンポジウムのご案内

中央大学人文科学研究所公開シンポジウムflyer東日本大震災と福島第一原子力発電所の過酷事故が起きてから5年の月日が経ちました。それとともに、これらの出来事が人々の魂に残した傷がいかに深かったかが、浮き彫りになりつつあるように思われます。被災した人々のそれぞれの場所での生活再建がままならない状況は言うまでもありませんが、津波などで肉親を亡くし、自分だけが生き残ったことの負い目を抱えるなかで心身を磨り減らし、早く亡くなる人が後を絶たないことも、座視できないことでしょう。こうした問題があるなかで、未だ2600名に近い行方不明者がいることは、非常に痛ましいことです。その一部が、防護服なしには捜索に行くことすらできない場所に置き去りにされていること、それはいわゆる「原子力政策」の取り返しのつかない過ちを物語っているばかりでなく、壊滅的な放射能汚染の危険をも告げているのではないでしょうか。にもかかわらず、政府と電力会社は、原子力発電所の再稼働を押し進めています。

このように、大震災も原発事故も未だけっして終わっていないなか、深刻な危機に直面している現在を照らし出すとともに、そこに生きることを根底から見つめ直させるのが、今年の1月24日にハンブルク州立歌劇場で世界初演された細川俊夫さんのオペラ《海、静かな海》だと思われます。ケント・ナガノさんの指揮と平田オリザさんの演出による世界初演の模様は、3月14日の午前0時よりNHK-BSの「プレミアムシアター」の枠内で放送されましたので、ご覧になった方もおられることでしょう。この放送を私も見ました。すでに別稿に記したとおり、私は《海、静かな海》の世界初演をハンブルクで観ているわけですが、「フクシマへのレクイエム」と題されたドキュメンタリーとともにその初演を見直すことで、新たに知ったことや発見したことがありました。細川さんの音楽や、福島と広島の結びつきなどについても、あらためて考えさせられたところです。

さて、来たる2016年3月26日(土)に、細川さんの《海、静かな海》のハンブルクでの世界初演、そしてその模様の放送を踏まえたうえで、この新たなオペラの世界初演の意義を検討し、現代のオペラの可能性を、その社会との関係などを含めて考えるシンポジウム「ドイツでオペラをつくるということ──ハンブルク歌劇場での細川俊夫《海、静かな海》初演を振り返る」が、中央大学の人文科学研究所の主催により開催されます。時間は14時より17時半までで、会場は中央大学後楽園キャンパスの6210号室です。昨年のシンポジウム「《リアの物語》から考える──日本での現代オペラ上演の現状と課題」と同様、今回も現代のオペラの可能性を世界的な動向を視野に追求し続けておられる、中央大学の森岡実穂さんにコーディネイトしていただきました。今回のシンポジウムにおいては、細川さん自身が《リアの物語》から《海、静かな海》に至るオペラ作曲の歩みを語ってくださるのが何よりも貴重と思われます。細川さんにとって、オペラの作曲とは何か、またどのような音楽思想の下で《海、静かな海》が作曲されたのか、といったことを詳しくうかがえることでしょう。

また、演出家の佐藤美晴さんより、《海、静かな海》のハンブルクでの世界初演のプロダクションに演出助手として加わった経験をお話しいただけるのも、とても貴重なことでしょう。ドイツにおけるオペラ制作の実情を詳しくうかがうなかで、日本におけるオペラ制作の課題も浮かび上がってくるのではないでしょうか。私も、「細川俊夫の作品に見る現代の芸術としてのオペラの可能性」と題して拙いお話をさせていただきます。主にドイツと広島で細川俊夫さんのオペラ作品の上演に接してきた経験を振り返りることで、《海、静かな海》の細川さんのオペラ作品における位置を測り、その初演を振り返ることによって、大震災と原発事故後の現代に向き合うこの新たなオペラの特徴を掘り下げ、さらに細川さんの作品から見て取られる、現代の芸術としてのオペラの可能性の一端に迫ることができれば、と考えております。

ご参加の方々を交えた議論をつうじて、《海、静かな海》の初演の意義をさらに掘り下げ、現代の芸術としてのオペラの可能性を検討できれば、実りあるシンポジウムになることでしょう。現代の音楽に関わっておられる方々、オペラや演劇など、舞台芸術に関わっておられる方々、これらの芸術に関心をお持ちの方々などが、数多く議論に加わってくださることを願っております。入場無料で、事前の申し込みも不要とのことです。お問い合わせ先は、中央大学人文科学研究所(Tel.: 042-674-3270)です。共催に加わってくださった東京ドイツ文化センターのウェブサイト日本独文学会のウェブサイトにも、情報が掲載されております。どうぞ奮ってご参加ください。みなさまのお越しを心よりお待ち申し上げております。

新国立劇場でのヤナーチェク《イェヌーファ》の公演を観て

image.php2月28日に、研究会への出張から広島へ帰る前に新国立劇場で、ヤナーチェクのオペラ《イェヌーファ》の初日の公演を観ました。《イェヌーファ》は一度、2004/05年のシーズンにベルリンのコーミッシェ・オーパーで観ていますが、その際の歌唱はドイツ語でしたので、オリジナルのチェコ語で歌われる公演を観るのは初めてということになります。今回の公演では、何よりもヤナーチェクの音楽の強さに心を動かされました。彼の音楽が、影を帯びながら忍び寄るような響きから、人を打ちのめすかのように激しく高揚する響きに至るまで、魂の最も繊細でかつ無力な部分に迫り、そこにある動揺を最大限の振幅をもって抉り出していることが、トマーシュ・ハヌスの指揮による演奏によってあらためて伝わってきました。とりわけ聴く者の肺腑を抉るような沈黙の強さが印象に残ります。

ハヌスという指揮者は、2014年の11月にミュンヘンで同じヤナーチェクの《マクロプロス事件》の公演を観たときにも、素晴らしい演奏を聴かせていた記憶があります。彼の指揮に応える東京交響楽団の演奏も、有機的な響きによる間然することのないもので、幕を追うごとに響きの奥行きが増していったのも舞台に相応しく思われました。クリストフ・ロイによる演出は、けっして奇をてらうことなく、静けさに貫かれた舞台のなかで、細かな所作や距離感のなかにそれぞれの人物の複雑な心情を浮き彫りにしようとするものと見受けられましたが、これもヤナーチェクの音楽を生かしていたと思われます。ほとんどつねに非常に低い天井の室内でドラマが進行しますが、そのことが登場人物に絶えず重くのしかかるものを暗示し続けていました。

それによって、ある閉じた共同体の内部に生きてきたイェヌーファの養母コステルニチカの葛藤と動揺がとくに際立ってきますが、そのような演出に応えて、ジェニファー・ラーモアが非常に工夫された、繊細な歌唱を聴かせていたのに感銘を受けました。それによって、《イェヌーファ》というオペラの焦点の一つと言えるコステルニチカによる乳児殺しのドラマが、さらにはそこにある死の観念の憑依が、迫真性を帯びていました。もちろん、イェヌーファの役を歌ったミミャエラ・カウネの歌唱も申し分のないものでしたが、コステルニチカ役のラーモア、そしてブリヤ家の女主人の役を歌ったハンナ・シュヴァルツの襞を感じさせる歌唱に、ヤナーチェクに相応しいものを感じます。ラツァ役を歌ったヴィル・ハルトマンも、この若い男の一途さを強い声で見事に表現していたのではないでしょうか。ラツァとイェヌーファが、心身に傷を抱えながらもともに新たな人生を歩もうと決意するに至る二重唱は、実に感動的でした。

《イェヌーファ》の主要な登場人物を貫く動揺や葛藤は、閉鎖的な共同体の差別を含んだ因習、さらにはそれがもたらす名誉の観念を抱え込んでしまうことに起因しています。そのことは各人が、すでに因習を内面化しきった共同体の人々の眼差しに曝されたり、あるいはそれとぶつかったりするなかで生じるわけですが、今回の舞台では、こうした場面はそれほど強くは表現されていなかったのではないでしょうか。とくに集団のあまりにも人間的で過剰な演技が、そうした印象を喚起したかもしれません。個人的には、村の人々がどのように共同体に属しているのかも、ある種の冷たさとともに表現されてもよかったのでは、と思います。

とはいえ、全体として今回の《イェヌーファ》の公演は、ヤナーチェクの音楽の強度が、歌手の歌唱によって、またオーケストラの演奏によって舞台上に最大限に引き出された、とても完成度の高いものだったと考えられます。ただし、そのことを手放しで喜ぶことはできません。今回の《イェヌーファ》のプロダクションを、新国立劇場はみずからの「新制作」と称していますが、それは実際には、舞台装置も、主要な歌手のアンサンブルも、そして演出も、ベルリン・ドイツ・オペラですでに出来上がっていたプロダクションです。これが新国立劇場という場所で舞台に掛けられているのを前にしては、それにいったいどれほどの意味があるのか、そのことによってこの劇場は、どのようにオペラを作ろうとしているのか、さらには日本におけるオペラの将来をどのように考えているのか、といった問いを立てざるをえないわけですが、これらの問いを前にしては暗然とせざるをえないところもあります。