Haus der Kunstにおける„Postwar“展を見て

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ミュンヒェンのHaus der Kunstの外観

現在、ミュンヒェンのHaus der Kunst(芸術の家)では、„Postwar: Kunst zwischen Pazifik und Atlantik, 1945-1965“(副題は、「太平洋と大西洋のあいだの芸術、1945〜65年」)というテーマの大規模な展覧会が開催されている(会期は、2016年10月14日から2017年3月26日まで)。第二次世界大戦終結後の20年間の美術の展開ないし変貌を、„Postwar“という視点から、太平洋と大西洋の両方にまたがる世界的な視野の下で捉えようとする、きわめて意欲的な展覧会である。そのウェブサイトに記されているところによると、「戦後の芸術について踏み込んだかたちで、かつグローバルな視野を持って開催される今回の展覧会は、65か国からの218名の芸術家による、総計350点の作品を展観するもので、そこには絵画、彫刻(立体作品)、インスタレーション、コラージュ、パフォーマンス、映画、芸術家の著書、ドキュメントおよび写真が含まれる」とのことである。

この展覧会において„Postwar“という語は、「戦後」というだけでなく、植民地体制の崩壊後という意味合いもあり、実際、アジアやアフリカの欧米の植民地だった国々の芸術家の作品も数多く出品されている。その展開が、独立運動などにおけるその芸術の働きも含めて示されているのも、展覧会の特徴の一つと言えよう。しかし、ここで„Postwar“という語に関してはむしろ、人間性を、さらには生命を根幹から破壊し、世界を崩壊させるに至った戦争が、取り返しのつかないかたちで起きてしまったことと、その衝撃が地球的な規模で波及したことが重要だろう。この歴史が、美術そのものをどのように変えたか、また美術の変貌のうちに世界の崩壊と再構築が、さらには人間像の変化がどのように捉えられているか、という点が、展覧会の焦点になっているのではないだろうか。

„Postwar“の衝撃の原点に広島と長崎への原爆投下が位置づけられているのも、今回の展覧会に関して特筆されるべきだろう。その最初の章は、「余波──零時と核時代」と題されていて、そこには丸木夫妻による《原爆の図》のうち第2部「火」と第6部「原子野」が、上下に並べて展示されている。このように展示されると、「火」における人物群像が示す、崩れ落ちてきそうなまでの立体性と動きが、いっそう際立つように見えた。また、「原子野」はちょうど目の高さで、非常に間近で見られたこともあり、見ていて闇の深さに吸い込まれそうな気がする。人物像の異様な、肉体を脱落させたとも言えそうな透明さも目に留まった。その周りには、被爆直後の長崎の写真や広島の──「幻の」と言うべきか──「慰霊碑」にまつわるイサム・ノグチの作品などが展示され、アラン・レネの《ヒロシマ・モナムール》の冒頭部分が流されている。この章は全体として、核と向き合った美術を新たな布置の下で見直せる空間を開いていると思われたが、そこに例えばベン・シャーンの作品がないことは少し気になった。

14481736_10154031414240749_5616080389525781663_o以下、第2章「形式が肝心である」、第3章「新たな人間像」、第4章「いくつものリアリズム」、第5章「いくつかの具体的なヴィジョン」、第6章「コスモポリタンなモダニズム」、第7章「形式を追求するさまざまな国民/民族」、第8章「ネットワーク、メディア、そしてコミュニケーション」の全8章によって展覧会は構成されている。第2章では、世界が崩壊した後の廃墟からの美術が、新たな形式を追求するなかで、物質的な素材に着目することによって、絵画の平面性を越えていく動きが捉えられている点が興味深く思われた。その動きは、第5章で示される立体的な作品の展開の一部にも連なっているだろう。なお、この第2章には、日本の具体派の作品や記録映像が、ジャクソン・ポロックの作品などとともに展示されている。また、白髪一雄の《作品II》や草間彌生の作品も見られた。

他に、第3章には河原温の《考える人》が、第8章には実験工房の映像作品(日本の自転車産業の宣伝を目的とした松本俊夫監督の実験的な映画《銀輪》)が展示されていたが、今回の展覧会における日本の戦後美術からの作品の選択は、全体的に、すでに一定の国際的な知名度を獲得しているものに偏っている印象は拭えない。現時点では致し方ないところかもしれないが、日本の戦後美術に関する美術史研究および美術批評の国際的な発信の課題が、この展覧会をつうじて照らし出されたようにも思われる。また、展示作品に朝鮮半島の作家の作品が全体的に少なかったのも少し気にかかるところである。

ところで、第3章「新たな人間像」では、第7章「形式を追求するさまざまな国民/民族」とも関係する、芸術の政治的な機能とも絡んだ、戦後の新たな人間像の追求の両義的な側面が示されていた。ジャコメッティの作品における、同時代の窮境のなかに生きる人間の姿を突き詰める方向性と、ドゥビュッフェらの作品から暗示される人間像そのものの崩壊のあいだの緊張のうちに、「人間」への歴史性を帯びた眼差しが映し出される本章は、今回の展覧会の白眉と言えるのではないだろうか。フランシス・ベーコンの《法皇》像が示す、支配的な権力の不気味さと、ピカソの《朝鮮の虐殺》やシケイロスの《アメリカ合衆国のカイン》が示す集団としての人間の残虐さの双方を念頭に置きながら、作家たちが新たな人間像を──ある作家は新たな「人間」の誕生へ向けて、またある作家は、人間像そのものの可能性を問いながら──模索する姿が浮かび上がっている点がとくに印象深い。この第3章は、„Postwar“の状況において「人間」が問われるべき存在になったことを、見る者に突きつける空間を開いていると思われる。

第4章では、政治的プロパガンダの機能を含めた戦後のリアリズムのいくつかの側面が描かれている。その歴史的な位置価を、さらにはその様式の美的ないし感性的な効果を、世界的な視野をもって問い直すことは、今も続く歴史的な過程を問う地平を開くうえで欠かせないのではないだろうか。それ以外に、第8章で展示されていた、コミュニケーション・メディアの変遷を視野に入れながら、アートと社会の新たな回路を探る試みなども興味深く見たが、全体として、企画責任者でHaus der Kunstの館長でもあるナイジェリア出身のオクイ・エンウェゾルのキュレーションが最も生きたのは、やはりアフリカ出身の作家の作品の選定においてであったのかもしれない。戦後ないし植民地支配後のアフリカ美術の豊かな展開の一端を歴史的な文脈のなかで見られることも、今回の„Postwar“展において特筆されるべき点の一つであろう。

なかでも、アーメド・シブレン、イブラヒム・エル゠シャラーイというスーダン出身の作家の作品は、カリグラフィーから着想を得たと思われる形象の配置を、形象そのものの発生から描き出していて印象深い。とりわけ、灰色の地の上に線の動きによって描かれた形象が、控えめな色彩とともに、静かに立ち上るように浮かび上がるエル゠シャラーイの作品は、《墓標の幻影》と題されている。それは、植民地支配のなかで、あるいはそれと関係した戦争のなかで命を落とした人々の魂に捧げられているのだろうか。画面に浮かび上がる形象は、墓碑のようでもあり、また死者の声なき言葉を伝える謎めいた文字のようでもある。それが暗示する死者たちの記憶と、例えば展覧会冒頭に展示されている《原爆の図》が伝える死者たちの記憶を照らし合わせながら、歴史的な現在を見つめ直すことは、今回の„Postwar“展を見る者に課せられていることだろう。戦争が取り返しのつかないかたちで、癒しようのない傷を残すかたちで起き、無数の死者を生み出してしまった„Postwar“の状況において、作家たちはその歴史にどのように向き合って作品を創り続けたか。このことを地球的な視野をもって検討することは、例えば差別や憎悪の問題といった今ここにある問題を、その起源から捉え返すうえでも不可欠と思われる。このような思考の地平を垣間見せているところに、あの「頽廃芸術展」と並行して「大ドイツ展」が開催されたHaus der Kunstを会場とする„Postwar“展の意義があるようにも思われる。

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