小著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を上梓します

473158このたび岩波新書の一冊として、『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を上梓します。19世紀末のベルリンに生を享け、20世紀の前半に文筆家として活動したユダヤ人思想家ヴァルター・ベンヤミン(1892〜1940年)の批評としての思考の歩みを、その生涯とともに描き出そうとする一書です。これを80年を超える伝統のある新書の一冊として世に送る機会をいただいたことを、身に余る光栄と感じております。ベンヤミンという名前が気になる人にとっても、あるいはその名を初めて聞く人にとっても、この思想家が二つの世界大戦とファシズムの時代にどのような現実と向き合っていたのか、またそのなかで何を問うていたのかが伝わるように書いたつもりです。この文字通りの小著をつうじて、ベンヤミンという人物と、言語、芸術、歴史の本質に迫る彼の思考に興味を持っていただけたら幸いです。

副題は「闇を歩く批評」としました。そこに含まれる言葉がどこから来ているかは、本書の前半をお読みいただければお判りになるかと思いますが、基本的にはベンヤミンの思考を、批評として浮き彫りにしようという意図を込めて、そのような副題を付けた次第です。ベンヤミンの思考は、彼が生きた時代の危機を見通しながら、その危機のうちに決定的な岐路を見て取っていました。それは「分かつ」ことを意味するギリシア語の語源(クリネイン)に照らしても、批評(クリティーク)だったと言えます。しかも、こうして言わば存亡の危機のただなかに活路を見いだそうとするなかで、彼の思考は、言語とは、芸術とは、そして歴史とは何かを、これらを生きる可能性へ向けて根底から問うています。本書では、そのような哲学的な思考が、具体的な文学作品などの批評をつうじて展開されていることにも迫ろうとしました。

こうしてベンヤミンの徹底的な思考の足跡を辿るとは、言うまでもなく同時に、彼が生きた時代を、彼をめぐる人間関係とともに浮かび上がらせることでもあります。ベンヤミン自身が戦地へ赴くことはなかったとはいえ、第一次世界大戦は、彼のなかに深い傷を残すと同時に、経験される現実の崩壊を突きつける出来事でもありました。また、ファシズムの台頭は、ユダヤ人の彼に亡命を強いることになりますが、これはやがて第二次世界大戦として現実となる、人間が自分自身の技術によって、みずからの滅亡を可能にしてしまう状況を用意するものと、彼には映っていました。そのような苛酷な時代に生きることを支えたのが、ゲルショム・ショーレムやハンナ・アーレント、あるいはテーオドア・W・アドルノといった友人たちとの交流でした。本書にはこれらの友人に宛てたベンヤミンの書簡も、著作とともに引用されています。

友人からの音信を支えとしながら、ベンヤミンは、時代の闇のなかを歩み抜こうとしました。彼は絶望的にも見える状況の内部に、生存の道筋を見いだそうとしたのです。このことは亡命期の彼の生きざまにも色濃く表われていますが、何よりも彼の抵抗としての思考の姿にはっきりと示されています。ベンヤミンの思考は、絶えず歴史と対峙しながら、そのなかに息を通わせる余地を切り開こうとしたのです。そのことは具体的には、けっして何かの道具として使われることのないかたちで言葉を、芸術を、そして歴史を生きる道筋を探るところに表われていると考えられます。本書では、このような思考の足跡を、アーレントがベンヤミン論を含む人物論集の表題として語った「闇の時代」の生涯のなかに浮き彫りにすることを試みました。「闇を歩く批評」という副題には、そのことも込められています。

さて、このようにして闇を歩いた思考の足跡を辿るとは、いくつもの点でベンヤミンの時代よりも深まった現代の闇を内側から照らし、ますます息苦しい社会を生き抜くための問いを立てる手がかりを、彼が残した言葉のなかに探ることであるはずです。それは、ベンヤミンの批評の書を読むことにほかなりません。本書は、そのための入り口として書かれています。彼の著述の引用を交えた叙述と、巻末に付した読書案内を兼ねた参考文献一覧を手がかりに、ベンヤミンの著作や書簡に触れていただけるとするなら、著者にとってこれ以上の幸いはありません。以下に本書の目次を掲げますので、参考にしていただけたらありがたいです。「インテルメッツォ」としてアーレント、それからパウル・クレーの絵画芸術とベンヤミンの関係に触れたコラムも設けました。写真もできるだけ多く収録しました。

本書は、2014年に上梓した『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』(平凡社)に込められた研究、2018年7月に刊行された『思想』誌(岩波書店)のベンヤミン特集に寄稿した論文に至る、歴史哲学についての研究、さらには並行して続けてきた美学についての研究と各地での調査を基に、今問いを喚起しうるベンヤミン像を描き出そうと試みるものです。ベンヤミンを主題とした新書としては、1991年に刊行された高橋順一さんの『ヴァルター・ベンヤミン──近代の星座』(講談社現代新書)以来の一冊となります。これとは異なったアプローチでベンヤミンの思考の内実に迫ろうとする小著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を、お手に取っていただけたら嬉しいです。本書は、ベンヤミンの79回目の命日の一週間ほど前に当たる2019年9月20日に発売されます。

■『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』目次

プロローグ──批評とその分身

  • 第一節 せむしの小人とともに
  • 第二節 天使という分身

第一章 青春の形而上学──ベルリンの幼年時代と青年運動期の思想形成

  • 第一節 世紀転換期のベルリンでの幼年時代
  • 第二節 独自の思想の胎動
  • 第三節 「青春の形而上学」が開く思考の原風景
  • 第四節 友人の死を心に刻んで

インテルメッツォⅠ クレーとベンヤミン

第二章 翻訳としての言語──ベンヤミンの言語哲学

  • 第一節 言語は手段ではない
  • 第二節 言語とは名である──「言語一般および人間の言語について」
  • 第三節 翻訳としての言語
  • 第四節 方法としての翻訳──「翻訳者の課題」

第三章 批評の理論とその展開──ロマン主義論からバロック悲劇論へ

  • 第一節 芸術批評の理念へ──『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』
  • 第二節 神話的暴力の批判──「暴力批判論」
  • 第三節 文芸批評の原像──「ゲーテの『親和力』」
  • 第四節 バロック悲劇という根源──『ドイツ悲劇の根源』

第四章 芸術の転換──ベンヤミンの美学

  • 第一節 人間の解体と人類の生成──『一方通行』と「シュルレアリスム」
  • 第二節 アレゴリーの美学──バロック悲劇からボードレールへ
  • 第三節 知覚の変化と芸術の転換──「技術的複製可能性の時代の芸術作品」
  • 第四節 中断の美学──ブレヒトとの交友

インテルメッツォⅡ アーレントとベンヤミン

第五章 歴史の反転──ベンヤミンの歴史哲学

  • 第一節 近代の根源へ──『パサージュ論』の構想
  • 第二節 経験の破産から──「フランツ・カフカ」と「物語作家」
  • 第三節 想起と覚醒──『パサージュ論』の方法
  • 第四節 破壊と救出──「歴史の概念について」

エピローグ──瓦礫を縫う道へ

  • 第一節 ベンヤミンの死
  • 第二節 瓦礫を縫う道を切り開く批評
  • 第三節 哲学としての批評

ヴァルター・ベンヤミン略年譜

主要参考文献一覧

あとがき

※本書はお近くの書店のほか、Amamzon.co.jp楽天ブックスhonto紀伊國屋BookwebHMV&BOOKSセブンネットショッピングe-honなどでご購入いただけます。

小著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を上梓します」への4件のフィードバック

  1. ここにご紹介した拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』が、9月20日に発売日を迎えました。闇を歩いたベンヤミンの思考の足跡を浮き彫りにし、その著述への門口となる一書を、さらに闇が深まったとも言える時代に届けることの責の重さを感じています。そろそろ各地の書店に並ぶ頃かと思います。また、新聞各紙に広告が出たこともあって、すでに多くの方に読んでいただいていることを光栄に感じております。思考の契機となる一冊としてお手に取っていただけたら幸いです。

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  2. 図書新聞3421(2019年11月2日)号の「ポケットブック」のコーナーで、拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』(岩波新書)を、貝原浩さんのカットの隣で取り上げていただきました。『ベンヤミンの言語哲学』(平凡社)とも関連づけながら、ベンヤミンの問いに迫ろうとする本書の姿勢を、読みどころとともにご紹介いただいています。https://twitter.com/toshoshimbun/status/1187955850247172096

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  3. 拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』(岩波新書)が2019年11月2日付朝日新聞の読書欄の「新書」のコーナーで取り上げられました。ベンヤミンの生涯を描くとともに「言語、芸術、歴史へと問いかける批評の思考の足跡をたどり、読者をその著作へと導く」と拙著の特徴を簡明にご紹介いただいています。ありがとうございます。

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  4. 『週間読書人』で拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』(岩波新書)を三宅晶子さんにご高評いただきました。議論への綿密な応答をいただいたうえで、「的確に思考の見取り図を示す」一書と共感をもって高く評価していただけたことを身に余る光栄と感じております。https://dokushojin.com/article.html?i=6209

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