早春のヴィーンへの旅より

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プラーターの大観覧車

三月の末、およそ五年ぶりにヴィーンを訪れた。到着してしばらくは、小雨交じりの天気で肌寒かったが、やがて春の陽射しに木々の葉が映えるようになった。今回は家族での旅行だったため、プラーターのような独りでは絶対に訪れないであろう場所へも行ったが、その日はちょうど晴れていて、キャロル・リードの映画『第三の男』で知られるようになった観覧車のゴンドラの窓から、ヴィーンの街を望むことができた。やや寂れた雰囲気の遊園地で遊んでいたのは、ほとんどが外国人観光客とその子どもだった。

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ハイリゲンシュタットの小道

思うところがあってハイリゲンシュタットにあるベートーヴェンの博物館を訪れた日も、よく晴れていた。リングの東側を通る路面電車のD線を、ベルヴェデーレのあるレンヴェーク方面とは反対方向の終点ヌスドルフまで乗って、ベートーヴェンの散歩道として知られる小道を歩くと、作曲家としてもピアニストとしても忙しくなって、健康を壊すことが多くなり、かつ難聴も進み始めた作曲家が、医師に勧められてしばしば訪れるようになったハイリゲンシュタットの自然を愛した気持ちが、今は少し分かる気がする。

交響曲第2番などの作品と「ハイリゲンシュタットの遺書」が書かれた家を改装して最近造られた博物館の展示は、若いベートーヴェンがボンからヴィーンへやって来た頃からの生涯を、六つの章に分けて描く構成になっていた。どのような環境と人間関係のなかで作曲が行なわれていたかを、同時代のドキュメントを含む豊富な資料によって描き出す展示と言えよう。帰りがけに、自筆稿のファクシミリと日本語訳の付いた「遺書」を買い求めた。これから折々に他の文献とともに参照することになるだろう。

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ベートーヴェン博物館の外観

ともあれ、ヴィーンを訪れたのは、家族で演奏会やオペラの上演などに通うためだが、3月29日にヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴くことができたのは幸運だった。楽友協会のホールでの定期演奏会のソワレを指揮したのは、アンドリス・ネルソンス。ベートーヴェンの交響曲第4番変ロ長調と第5番ハ短調というプログラムだった。彼が指揮するもう少し先の演奏会も、交響曲を中心とするベートーヴェンの作品のプログラムと予告されていたので、もしかすると交響曲のツィクルスが計画されているのかもしれない。

ネルソンスのアプローチは、モダン楽器のオーケストラの機能を最大限に生かすなかに、楽譜に書かれた音楽のダイナミズムを響かせようとするものと言えよう。なかでも彼が引き出した響きの強度には圧倒される思いだった。とくに、12人の第一ヴァイオリン奏者をはじめとする全オーケストラが、第4交響曲の最初の楽章の序奏から主部への移行の際に、エネルギーに充ち満ちたフォルティッシモを響かせたのには、瞠目させられた。もちろんその強さは、そこに至る序奏のピアノを基調とした凝縮度の高い歩みがあってこそ生きている。

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ベートーヴェン博物館の内部

それにしても、ネルソンスが第4交響曲の両端楽章でヴィーン・フィルハーモニーから引き出したリズムの躍動は特筆に値しよう。彼はこれらの楽章で、例えばかつてカルロス・クライバーが採っていたような、相当に速いテンポを採用していたが、そのなかでこの曲を特徴づける細かい動機が、時に対話を繰り広げながら生き生きと脈動していた。しかし、そこに独特の劇性が加わるのが、ネルソンスの解釈の特徴かもしれない。第1楽章で二分音符の動機が積み重なるように高まった後、堰を切ったように音楽が溢れ出すところにある喜びは、まさにこの曲でベートーヴェンが伝えようとした喜びではないだろうか。

第4楽章でも、無窮動的な主題が何かを語りかけるように生きていた。その活気が音楽を前に運ぶのみならず、その奥底にある意志の叫びが、流れに抗うように響いたのも、音楽に劇的な減り張りをもたらしていた。ネルソンスは他方で、とくに緩徐楽章では、豊潤な歌を響かせていたが、そこにはヴィーン・フィルハーモニーの魅力がいかんなく発揮されていた。奥深い響きのなかに艶やかな歌が浮かび上がるのは、このオーケストラならではのことだろう。そして、息の長いメロディと、弾むような付点のリズムの相即と相剋は、第2楽章でも一つのドラマを形づくっていた。

このように、音楽そのもののダイナミズムから、ベートーヴェンの音楽に相応しいドラマを説得的に引き出し、力強く響かせた第4交響曲の解釈の大きさに圧倒されたために、後半に演奏された第5交響曲の印象がやや薄くなってしまったが、こちらの解釈も、推進力に充ち満ちた流れを基調にしながら、作品の壮大さを伝える魅力的なものだった。ここでも、「運命の動機」として知られる動機をめぐるドラマが、曲全体にわたって繰り広げられていた。とくに第1楽章におけるそれは、畳みかけるような迫力に満ちていた。

ただし、演奏会の初日だったこともあって、第1楽章ではオーケストラがタイミングを探っているようにも見受けられた。翌日以降は、さらに緊密な動機の受け渡しが聴かれただろう。フィナーレでは、「運命の動機」が生への意志を伝えるものとして要所で力強く響き、音楽の求心力を高めていた。第2楽章では、輝かしい響きが幾度もホールを満たしたが、それがプレスティッシモの全曲のコーダの頂点で、聴き手の心を拉し去るエネルギーとなって回帰したのは忘れがたい。このように、第5交響曲の解釈も説得力に満ちていたが、ネルソンスのアプローチとベートーヴェンの音楽の照応は、やはり第4交響曲で一つの化学反応に結びついていたと思われる。

ヴィーンで聴いたオーケストラの演奏会でもう一つ印象的だったのは、3月27日に同じく楽友協会で聴いた、アラン・アルティノグリュが指揮したフランス国立管弦楽団の演奏会。パスカル・デュサパンのオーケストラのための「ソロ」第7番《アンカット》、ブルッフの二台のピアノのための協奏曲、ビゼーの《アルルの女》第2組曲、そしてルーセルのバレエ音楽《バッカスとアリアーヌ》第2組曲という多彩なプログラムで、ブルッフの協奏曲には、ラベック姉妹が登場した。ヴィーンで学んだアルティノグリュは、当地では人気があるようだ。

デュサパンの《アンカット》は、金管から弦楽器へと受け渡される凝縮度の高い響きの連鎖が印象的な作品。オーケストラをよく鳴らしながら、途切れることのない流れを構成していることが、共感に満ちた演奏から伝わってくる。ブルッフの協奏曲に接するのは初めてだったが、対位法的な序奏を両端楽章に置きながら、対照的な抒情性を示す旋律が熱を帯びて発展していく魅力的な作品と聴いた。ラベック姉妹が、こうした作品の特徴を生かしながら、息の合ったアンサンブルを繰り広げていた。

後半では、まずビゼーの演奏が素晴らしかった。「パストラール」でオーケストラが一つの息遣いで歌うのも、また『ファランドール」が破綻しそうなところまで高揚するのも、このオーケストラならではのことだろう。とはいえ、今夜とくに魅力的だったのはルーセルの《バッカスとアリアーヌ》。この作品に来て、リズムの躍動感と音色の豊かさがぐっと増し、どの動機にも生命が脈打っている。その集合体が築くクライマックスには瞠目させられた。アンコールで、ストラヴィンスキーのバレエ音楽《火の鳥》より「カスチェイ一党の凶暴な踊り」が演奏されたが、その冒頭で響きの色合いがさっと変わったのにも驚かされた。

3月28日にコンツェルトハウスで行なわれたヴィーン交響楽団の演奏会で、アレクサンドル・ガヴリリュクの独奏で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番嬰ヘ短調を聴けたのも嬉しかった。ガヴリリュクは、若い作曲家がこの作品に詰め込み過ぎるまでに込めたものを、余すところなく音楽的に響かせてくれた。このほか、プロコフィエフの《三つのオレンジへの恋》組曲も演奏されたが、これを含め、指揮のユライ・ヴァルチュハは、躍動感に満ちた音楽を作り上げていた。プロコフィエフでは、各楽器の独奏も魅力的だった。

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„Im Klang“の「客席」の様子

今回のヴィーン交響楽団の演奏会は、„Im Klang“(響きのなかで)と題されていて、普段は客席の平土間にオーケストラを置いて、奏者の間近でも聴けるという趣向だった。とくに若い人に音響を体感してもらう試みと言えるだろう。そのために、特殊なボール紙の箱の椅子も用意されていたし、チケットも安価に抑えられていた。新たな聴衆層の開拓が、ここヴィーンでも喫緊の課題になっていることを暗示する試みと言えるかもしれない。

3月30日には、ヴィーン国立歌劇場でリヒャルト・シュトラウスの《薔薇の騎士》の公演を観た。多くの人々の《薔薇の騎士》像を規定しているオットー・シェンクの演出による舞台。シェンクの手によるこのオペラの上演は、たしかちょうど二十年前に一度ミュンヒェンで観ているはずだ。人がこのオペラに求めるものを具現させる演出よりも、フェリシティ・ロットが元帥夫人の役を歌ったことのほうが印象に残っている。今回ヴィーンで観た公演では、何よりもアダム・フィッシャーの指揮が素晴らしかった。

フィッシャーは、余裕のあるテンポのなか、個々の動機とその関連を意味深く聴かせながら、オーケストラから繊細で流麗な響きを引き出していた。それによって、とくに歌の美しさが際立った。今にも崩れ落ちかねない繊細なバランスのピアニッシモの響きから、旋律が柔らかに、しかし説得力をもって聞こえてくる。例えばオックス男爵のワルツを彩るポルタメントの一つひとつも、儚く過ぎ去りゆくものとして意義深く響いた。そのようななか、一つひとつの言葉がしっかりと聞こえたのが、上演を感銘深いものにしていたのではないだろうか。

今回の上演で最も印象に残ったのは、アドリアンヌ・ピエチョンカが歌った元帥夫人の第一幕のモノローグだった。この独白で語られるのは、自分が巻き込まれざるをえない、そして老いとして体験される時の移ろいだが、それに耳を傾けながら、時間を生きる者が避けることのできない変化と美の儚さが、結婚によって社会的な身分の変更を含めた変化を経験せざるをえない女性の視点から語られていることを思った。今回の旅で、消え去りゆくものへの哀惜と今を生きようとする情熱の緊張関係が音楽の推移を規定する《薔薇の騎士》の、音楽性豊かな上演に触れることができたのは嬉しかった。

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ノイバウガッセで見つけた躓きの石

ところで、今回のヴィーンへの旅のあいだ興味深く読んでいたのは、ヨーゼフ・ロートの長編小説『ラデツキー行進曲』だった。そこに描かれるのは、シュトラウスのオペラからも感じられる、一つの帝国の文化的な秩序の崩壊と、帝国そのものの滅亡であるが、これをロートは、主人公たちの死に凝縮させている。そして、最も若い主人公は、滅びの過程を自身の経験にできないまま、第一次世界大戦の戦場での無惨な戦死へ追い込まれていく。羽田空港に降り立つなり見せつけられた「改元」をめぐる狂躁を前に、その姿にどこか身につまされるものを感じないわけにはいかなかった。

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シンポジウム「『戦争/暴力』と人間──美術と音楽が伝えるもの」第2回「総力戦体制下の芸術」のお知らせ

51666037_1275443149272437_7188597255643856896_o来たる4月14日(日)の午後、京都の本願寺に併設されている聞法会館にて、「『戦争/暴力』と人間──美術と音楽が伝えるもの」をテーマとするシンポジウムのシリーズの第2回が開催されます。このシリーズは、「ヒロシマと音楽」委員会の委員長で、音筆舎も主宰されている能登原由美さんのコーディネイトによるものです。すでに第1回のシンポジウムが、昨年の9月1日に原爆の図丸木美術館で行なわれています。第2回は「総力戦体制下の芸術」を問うシンポジウムとして、日本音楽学会西日本支部の特別例会としても開催されます。第1回に続いて、司会とコメンテイターの役を務めることになっています。

第1回のシンポジウムでは、戦争とその記憶を美術と音楽がどのように表現しえたか、あるいはしえなかったか、また社会に構造化されたものを含めた暴力の問題に芸術がどのように迫ってきたか、といった問いに、時代的にも広い視野の下で取り組みました。今回は、とくに日本の「総力戦体制」下の美術と音楽に焦点を絞り、1931年の満州事変から15年にわたった日本の戦争に芸術が、そして芸術家がどのように関わったかを、戦後とのつながりも視野に入れながら問うことになります。そのためにまずは、1930年代から40年代にかけての日本の美術と音楽の動向を捉える必要があるはずです。今回のシンポジウムには、これについて重要な歴史的研究を重ねてこられた方々を、パネリストにお迎えすることになっています。

52141248_1275443282605757_7223594556137144320_o美術史家の平瀬礼太さんは、『彫刻と戦争の近代』(吉川弘文館)をはじめとする著書が示すように、日本の戦争の時代に彫刻と絵画の双方が、戦時体制に巻き込まれながらどのように展開してきたかを抉り出してこられました。また、音楽史家の戸ノ下達也さんは、『音楽を動員せよ──統制と娯楽の十五年戦争』(青弓社)などの著書が示すように、戦時下に音楽界が批評家をも巻き込みつつどのように組織化されていったか、それをつうじて音楽がどのように運動として展開したかを掘り起こす研究を繰り広げてこられました。お二人のご発表からは、1930年代からの総力戦体制の形成と浸透に、美術と音楽がどのように関わったか、そしてそこにどのような思考が作用していたのかを掘り下げる視点が示されることでしょう。

最近『亡命者たちの上海楽壇──租界の音楽とバレエ』(音楽之友社)を出された井口淳子さんは、長年民族音楽を含めた近代アジアの音楽を研究されていますが、この著書が示すように、最近は20世紀前半の上海やハルビンにおける音楽文化を発掘する研究に力を入れておられます。井口さんの発表からは、これら「外地」で、戦時下に亡命者らとの交流のなかから展開した芸術が、日本の戦後における芸術の展開にどのように結びついたかを見通す視点が提示されることでしょう。その視点と、「内地」における芸術の戦争との関わりをめぐる戦後も清算されていない問題を摘出する視点とを照らし合わせることによって初めて、「総力戦体制下の芸術」の姿を重層的に、かつ両義性を孕んだものとして捉えることができるはずです。

このように今回1930年代から40年代にかけての「総力戦体制下の芸術」を問うのは、とりもなおさず、新たな総力戦体制が作られつつあるとも見える現在を、歴史的な現在として可能なかぎり鮮明に照らし出すためです。今どこに生きているのか、その地点はどのような歴史の延長線上にあるのか、そこで何が身に起きようとしているのか、そしてその際に芸術ないし美的なものは、どのような役割を果たすのか、といった問いに向き合う契機を、登壇者を含めた参加者それぞれが、議論のなかから取り出すことができるならば、シンポジウムは有意義であったことになるでしょう。入場は無料で、どなたでもご参加いただけるとのことです。テーマにご関心のある方は、ぜひ奮ってご参加ください。心よりお待ち申し上げております。

公開シンポジウム「戦争/暴力」と人間 ──美術と音楽が伝えるもの
第2回「総力戦体制下の芸術」(日本音楽学会西日本支部特別例会)
日時:2019年4月14日(日)13:30~17:00
会場:本願寺聞法会館研修室1
(JR京都駅より徒歩18分、市バス9、28、75番で西本願寺前下車)
パネリスト/発表テーマ:
1. 平瀬礼太(愛知県美術館)「戦時体制と絵画・彫刻 1930~40年代」
2. 戸ノ下達也(洋楽文化史研究会)「1930〜40年代・音楽文化の諸相」
3. 井口淳子(大阪音楽大学)「外地、ハルビン、上海から戦後日本の楽壇とバレエ界への連続性」
司会/コメンテーター:柿木伸之(広島市立大学)
コーディネーター:能登原由美(大阪音楽大学)
*入場無料、非会員歓迎
お問い合わせ:onpitsusya@yahoo.co.jp
シンポジウム・ウェブサイト:https://onpitsusya.jimdofree.com/

Chronicle 2018

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秋の夕暮れ時の大田川放水路

師走を迎えても冬とは思えない生暖かい日が続いていましたが、年の瀬に来て急に冷え込んできました。ここ二、三日広島でも雪がちらついています。お変わりなくお過ごしでしょうか。突然の雪の影響を受けた方もおられることでしょう。お見舞い申し上げます。それにしても、今年の気候、とくに夏の気候は異常でした。そのなかで、200人を超える犠牲者を出した7月の西日本の豪雨災害が起きたわけですが、それは広島の人々の生活にも大きな爪痕を残すことになりました。ここへ来てようやく交通網のほとんどが復旧したとはいえ、多くの被災者が今も生活再建がままならない状況に置かれていますし、何よりも未だに行方の分からない人々がいることが痛ましく思われます。先日被害の大きかった東広島市の黒瀬町から熊野町に至る地域に通りがかりましたが、巨大な土砂崩れの跡を前に愕然としました。

このように、毎年のように起こる大きな災害に曝されて生きるこの列島の人々に対する政権担当者の眼差しは、冷ややかなものと言わざるをえません。ヴォランティアの活躍は目覚ましかったとはいえ、災害の初動的な対応をここまで自発的な協力に頼らざるをえない状況や、最低限のプライヴァシーも守られないような避難所の生活環境などを見るにつけ、憲法に定められているような生活を、いかなる状況においても守ることに対する責任感が、普段の税金の使い方として表われていないと感じます。それどころか、つねに地震や火山の爆発、そして台風などによる豪雨の危険のなかで生きていかざるをえない列島の人々の一人ひとりの命を、とくに政権の中枢にいる人々は尊重していないのではないでしょうか。そのことは、停止していた原子力発電所の再稼働を次々と進める動きに、端的に表われていると思われます。

それどころか、現在の政権担当者は、そもそも人の命を軽んじているとしか思えません。そのことは、12月27日になって、駆け込みのように2名の確定死刑囚に対する死刑を執行したことに、凝縮されたかたちで表われているのではないでしょうか。このやり方は、すべてをなし崩しにして前例を作ろうとする現政権の遣り口の延長線上にあります。この日国家に殺された一人は、再審請求中だったとのことです。そして、今年一年のあいだに死刑になった人々は、15名に及びます。このことは、日本における生゠政治──それは「活躍」させるという意味で生かすことでしょう──が、マイノリティに対する幾重もの差別を孕みながら、死なせる政治と一体になっていることを象徴しています。現在の社会の息苦しさは、すぐに死なせるか、緩慢に死なせるかという二者択一の下にある収容所のそれに重なりつつあります。

こうした問題すべてが、例えば今年その組織の幹部が死刑執行の対象になったオウム真理教の問題のような、比較的近い過去の問題を含め、過去の出来事が今に問いかけるものを受け止めてこなかったことに起因しているように思われてなりません。今や、人を死ぬまで使い尽くそうとする暴力を、それにじかに曝されている者自身が内面化し、それを他者に振り向けている姿すら、しばしば目にします。このような社会に、どのように息を通わせる回路を探りうるのでしょうか。この問いに取り組むためには、まずはほとんど絶望的な状況に目を凝らすほかありません。そのことは、死者のことを忘れないことと表裏一体であると思われます。今夏、こうした問題意識の一端を、8月11日付の中國新聞の「今を読む」欄で、「記憶に刻む『7月26日』」と題してお伝えする機会に恵まれたのは、大変ありがたいことでした。

371906このほか今年は初夏に、岩波書店の雑誌『思想』2018年7月号に、「抑圧された者たちの伝統とは何か──ベンヤミンの歴史哲学における歴史の構成と伝統」と題する論文を発表する機会にも恵まれました。このヴァルター・ベンヤミン特集号には、企画段階から関わっておりましたが、これを世に送ることができたのは、今年最も手応えを感じた仕事でした。これも、力のこもった論文や翻訳を寄稿してくれた研究者の方々と『思想』編集部、そして読者の方々のおかげです。あらためて感謝申し上げます。この7月号は、思想誌としては異例の売れ行きを示したとのことです。ここに示されるベンヤミンの思想に対する関心に、少しでもお応えする仕事を、来たる年も続けたいと考えております。今年は、他に三種類の共著書や雑誌に、哲学と美学にまたがる研究の成果を示す論文を発表させていただきました。

スキャン今年は、1月末の広島でのオペラ《班女》の公演から、細川俊夫さんの芸術に関わって仕事をさせていただく機会が数多くありました。それをつうじて多くを学び、考えることができました。刺激に満ちた機会をいただいたことを心より感謝しております。とくに2月に行なわれた新国立劇場での《松風》の日本初演を、ささやかながらお手伝いさせていただいたことは、とても重要な機会となりました。細川さんは、今年度の国際交流基金賞を、作家で詩人の多和田葉子さんとともに受賞されましたが、これを記念する催しでの対談のモデレーターを務めたことも心に残ります。その時が初めてだったというお二人のコラボレーションが、新たな作品のかたちで、近い将来に実現することを願ってやみません。

omote_osaka27月1日にシュトゥットガルトで、細川さんのオペラ《地震・夢》の世界初演を観たことは、貴重な経験となりました。これやハンブルクでのペーター・ルジツカのオペラ《ベンヤミン》の公演など、今年いくつもの印象深い舞台や演奏会に接することができたのは幸いでした。なかでも、4月15日に大阪で聴いたマリア・ジョアン・ピレシュの公開の場では最後のリサイタルは、忘れがたいものになりました。後半で演奏されたベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタの第2楽章で、透徹した歌が変奏を重ねながら連綿と紡がれる様子は、彼女の芸術の到達点を示すものだったと思われます。先に触れた《班女》の公演をはじめ、私も委員を務めるひろしまオペラ・音楽推進委員会が主催するオペラの公演や演奏会は、いっそう密度の濃いものになりつつあります。来年もお誘い合わせのうえお運びいただけたら幸いです。

maruki_flyer_jp-1-283x400今年は、広島市現代美術館で開催された「交わるいと──『あいだ』をひらく術として」や、「丸木位里・俊──《原爆の図》をよむ」といった、とくに20世紀以後の日本の美術に関する印象深い展覧会を観ることができたのは幸いでした。これと関連して、つい最近福岡アジア美術館で観た「闇に刻む光──アジアの木版画運動1930s–2010s」は、とくに刺激的でした。1930年代に魯迅が火付け役となった木版画の運動が、中国周辺のアジア各地に、そして戦前から戦後にかけての日本にも入ってくる様子が、いくつもの媒体を横断するかたちで描き出されたこの展覧会からは、ベンヤミンの美学と、魯迅の文芸を貫く思想とを、木版画運動を視野に収めたかたちで、媒体の発見ないし創造という観点から照らし合わせるという課題も得られた気がします。来たる年も、今年以上に精進を重ねて、力の及ぶ限りよい仕事をお届けしたいと考えております。変わらぬご指導のほどよろしくお願いいたします。

■Chronicle 2018

  • 1月10日:新国立劇場での細川俊夫《松風》日本初演のプレ・イヴェントとして国立能楽堂で開催された「能とオペラ──『松風』をめぐって」と題する座談会に参加しました。
  • 1月10日:原爆の図丸木美術館の『原爆の図丸木美術館ニュース』に、川口隆行編著『〈原爆〉を読む文化事典』(青弓社、2017年)の書評「〈原爆〉を読み継ぐことへの誘い──川口隆行編著『〈原爆〉を読む文化事典』書評」が掲載されました。
  • 1月13日:カフェ・テアトロ・アビエルトで開催された佐藤満夫、山岡強一監督の映画『山谷 やられたらやりかえせ』と佐藤零郎監督の映画『月夜釜合戦』の上映会における座談会に参加しました。
  • 1月16日:広島市現代美術館で開催された小森はるか+瀬尾夏美「波のした、土のうえ」巡回展のスピンオフ企画として、Social Book Caféハチドリ舎で開催されたトーク・セッション、ナイトトーク「仙台から/広島から」の進行役を務めました。
  • 1月25日:形象論研究会の雑誌『形象』第3号に、「形象の裂傷──ショアーの表象をめぐるフランスの議論が問いかけるもの」と題する論文が掲載されました。クロード・ランズマンの映画『ショアー』とともに提起されたショアー(ホロコースト)の「表象不可能性」の問題に触れたフランスの哲学者、ジャック・ランシエール、ジョルジュ・ディディ゠ユベルマン、ジャン゠リュック・ナンシーの議論を辿り、それがイメージそのものにどのような問いを投げかけているかを検討する内容です。
  • 1月27/28日:Hiroshima Happy New Ear Opera IIIとしてJMSアステールプラザの中ホールの能舞台を用いて行なわれた細川俊夫《班女》の公演のプログラムに、「夢と現、狂気と正気のあわいで──能からのオペラへの転換点としての細川俊夫の《班女》」と題するプログラム・ノートが掲載されました。両日の終演後のトーク・セッションの進行役も務めました。
  • 2月15/16/17日:新国立劇場で開催された細川俊夫《松風》の日本初演のプログラムに「岸辺からの〈うた〉──『松風』への、そして『松風』からの細川俊夫の音楽の歩み」と題するエッセイが掲載されました。中日の公演の終演後に行なわれた、細川さんと、振付師で今回の上演を演出したサシャ・ヴァルツさんを迎えてのトーク・セッションの進行役も務めました。
  • 2月23日:京都工芸繊維大学工繊会館で開催された形象論研究会の特別研究会「イメージの人間学/人類学」において森田團さんの発表「心的装置と幻覚──フロイトにおけるイメージの起源」に対するコメンテイターを務めました。
  • 3月16日:大阪大学美学研究室の雑誌『a+a美学研究』第12号の「シアトロクラシー」特集に「音楽゠劇(ムジーク゠テアーター)の批判的構成のために──ベンヤミンとアドルノの美学を手がかりに」と題する論文が掲載されました。アドルノの『ヴァーグナー試論』の議論を、現在のオペラの文化的現象に当てはまるものとして捉えつつ、そこに含まれる観客支配制の問題にも論及したうえで、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》と細川俊夫の《リアの物語》を、従来のオペラが表象してきた「人間」の像からはみ出す人間の深淵にある力を響かせるオペラとして論じました。
  • 4月〜7月:広島市立大学国際学部の専門科目として、共生の哲学I、社会文化思想史II、専門演習I、卒論演習I、そして多文化共生入門と国際研究入門の一部を担当しました。国際研究入門ではコーディネーターも務めました。全学共通系科目の平和と人権Aの1コマも担当しました。大学院では、全研究科共通科目の人間論A、国際学研究科の現代思想Iを担当しました。広島大学の教養科目である戦争と平和に関する学際的考察でも、2コマの講義を担当しました。
  • 5月18日:JMSアステールプラザのオーケストラ等練習場で開催されたHiroshima Happy New Ear XXV「魔術としての音楽」の終演後のトークの進行役を務めました。
    5月19日:廿日市市文化ホールさくらぴあ小ホールで開催された第17回「五月の風」室内楽合同発表会でモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番変ロ長調「狩」を演奏(ヴィオラ)しました。
  • 7月5日:岩波書店の雑誌『思想』2018年7月号の「ヴァルター・ベンヤミン」特集に、「抑圧された者たちの伝統とは何か──ベンヤミンの歴史哲学における歴史の構成と伝統」と題する論文が掲載されました。ベンヤミンが「歴史の概念について」のなかで提起している「抑圧された者たちの伝統」の概念が、経験の崩壊と、それによる旧来の伝統の破産を踏まえたところから論じられていることを浮き彫りにしたうえで、この来たるべき伝統に対する彼の問題意識とともに、それがどのような歴史の姿を示唆しているかを、歴史叙述における非連続性の意義に触れるかたちで論じる内容です。
  • 8月11日:中國新聞朝刊の「今を読む」というオピニオン欄(6面)に「記憶に刻む『7月26日』」と題する論考が掲載されました2016年7月26日に虐殺された、そして今もその名を知ることができない19名の死者を思うところから、今年の7月26日に重なって起きたオウム真理教の元幹部に対する死刑執行をはじめとする出来事について考えたことを記しました。
  • 9月1日:原爆の図丸木美術館で開催された音筆舎と同美術館の共催によるシンポジウム「『戦争/暴力』と人間──美術と音楽が伝えるもの」の司会とコメンテイターを務めました。
  • 9月14日:第29回武生国際音楽祭の国際作曲ワークショップにて、「〈こだま〉の変容──〈こだま〉としての〈うた〉へ」というテーマのレクチャーを行ないました。「かたる」ことと「うたう」ことのつながりを踏まえつつ、「こだま」の概念を手がかりに、現代において「うたう」余地を探る視点を提示しました。
  • 9月22/23日:JMSアステールプラザ大ホールで開催されたひろしまオペラルネッサンスのモーツァルト《イドメネオ》の公演プログラムに、「戦いの後に生きる人間のオペラの創造──モーツァルトの《イドメネオ》によせて」と題するプログラム・ノートが掲載されました。
  • 9月29日:兵庫県私学会館で開催された神戸・ユダヤ文化研究会の2018年度第2回文化講座で、「天使の変貌──ベンヤミンにおける言語と歴史をめぐる思考の像」と題する講演を行ないました。
  • 10月〜2019年2月:広島市立大学国際学部の専門科目として、共生の哲学II、社会文化思想史I、専門演習II、卒論演習IIを担当しています。全学共通系科目として、哲学Bも担当しています。大学院国際学研究科では、現代思想IIを担当しています。これに加え、広島大学の教養科目哲学Aを担当しました。
  • 10月3日: 東琢磨、仙波希望、川本隆史(編)『忘却の記憶 広島』(月曜社)に、「記憶する言葉へ──忘却と暴力の歴史に抗して」と題する論文が掲載されました。聞く耳を持たないかたちで「ヒロシマ」を「発信」し、「平和」を訴える身ぶりのうちにある権力への同一化を問題にしたうえで、それを内側から乗り越える可能性を、「歴史」による忘却に被われた場所から記憶を細やかに掘り起こす詩的言語のうちに探るものです。
  • 10月16日:ホテルオークラ東京で開催された2018年度国際交流基金賞授賞式にて、受賞者の細川俊夫の音楽と作曲活動を紹介するスピーチをさせていただきました。
  • 10月18日:JTアートホールアフィニスで開催された、2018年度の国際交流基金賞を多和田葉子さんと細川俊夫さんが受賞されたのを記念しての催し「越境する魂の邂逅」の前半で、お二人の公開の場では初めての対談のモデレーターを務めました。
  • 11月3日:フタバ図書MEGA祇園中筋店で開催された『忘却の記憶 広島』の編者東琢磨さんと仙波希望さんを迎えてのトーク・イヴェントの聞き手役を務めました。
  • 12月1日:2016年4月から2018年3月までの二年間の広島における/をめぐる美術の動きがまとめられた『美術ひろしま30』に、昨年春に広島市現代美術館で開催された「殿敷侃:逆流の生まれるところ」の展覧会評が掲載されました。
  • 12月14日:JMSアステールプラザのオーケストラ等練習場で開催されたHiroshima Happy New Ear XXVIの終演後のトークの進行役を務めました。
  • 12月26日:国際交流基金のウェブ・マガジン『をちこち』に、「魂の息吹が交響する場を開く作品の予感 ──2018年度国際交流基金賞受賞記念イベント「越境する魂の邂逅」における文学と音楽の共鳴に接して」と題するエッセイが掲載されました。2018年10月18日にJTアートホールアフィニスで開催された2018年度の国際交流基金賞の受賞記念イヴェント「越境する魂の邂逅」を報告するものです。この催しに先立つ授賞式における今年度の受賞者、作曲家の細川俊夫さんと作家の多和田葉子さんのスピーチに触れながら、それぞれの近作を紹介したうえで、進行役を務めた前半の対談の内容と、後半の音楽と朗読の共鳴の様子を紹介しました。

秋の旅と仕事

朝晩は冷え込むようになってきましたが、お変わりなくお過ごしでしょうか。月日が経つのは早いもので、すでに師走の足音が聞こえてくる時期になりました。溜まった仕事に少し焦りを覚える今日この頃です。広島では、日中はまだ晩秋とは思えない暖かさの日が続いています。すでに別稿でお知らせしましたように、先月の中旬に、ハンブルクへ出かけてペーター・ルジツカのオペラ《ベンヤミン》を観たわけですが、それに先立ってはミュンヒェンを訪れました。これを含めた10月のごく短いドイツへの旅のことや、その前後の仕事について、ここでご報告しておきたいと思います。

三原市の佛通寺の紅葉

10月13日に、ミュンヒェンのNS-Dokumentationszentrum(ナチズムに関するドキュメンテーション・センター)を初めて訪れました。この州都がナチズムの運動の発祥の地であり、かつ一貫してその中心的な拠点として機能し続けたことを、写真をはじめとする同時代のドキュメントによって、克明に跡づける展示でした。それをつうじて、ナチズムとは何か、ミュンヒェンの何がこれを生み、そして支えたのかが浮かび上がってきます。

とくに印象に残ったのが、現在も続く反ユダヤ主義を含む人種差別の問題にも光が当てられていたことでした。ドイツでは人種差別的な動機にもとづく暴力事件が増え続けていますし、極右政党への支持の広がりが示すように、差別扇動も影響を広げつつあります。このセンターの展示は、そうした問題を歴史的な関連を顧みながら考える視野を開くものと言えるでしょう。もちろん、ナチスの支配に対する抵抗についても展示のスペースが割かれています。

このセンターでもう一つ印象的だったのは、豊富な資料が調えられた図書室が備わっていることでした。そこには、1933年にセンターの建物のすぐ近くにあるケーニヒ広場で行なわれた焚書の対象になった書籍のコレクションも展示されていました。当時の初版が粘り強く集められていました。その説明の末尾には、書を燃やす者は、いずれ人間を燃やすことになるというハイネの言葉が引かれていました。

NS-Dokumentationszentrumを辞した後、ほど近いレンバッハハウスに立ち寄ったところ、アルフレート・クビーンの画業を、この美術館の展示の核をなす青騎士の画家たちの芸術との対照において浮き彫りにする展覧会„Phantastisch!: Alfred Kubin und der Blaue Reiter“が開かれていました(会期は2019年の2月17日まで)。最初期の線描から、青騎士の画家たちとの交流のなかから生まれた彩色作品の数々、そして小説『裏面』や版画集『サンサーラ』の世界に至るまで、非常に興味深く見ました。

自分を駆り立てる妄念を一つの像に研ぎ澄まし、それによって、黙示録的ですらある破滅の情景をも浮かび上がらせるクビーンの幻想の世界を堪能することができます。『裏面』を再読したいと思いました。彼がエドガー・アラン・ポーらの本にも挿絵を描いていることや、『裏面』のパウル・シェーアバルトの『レサベンディオ』との同時代性も触れられていましたし、青騎士の画家たちとの交流を示すドキュメントも数多く展示されていました。

クビーンの年譜に、交友のあったパウル・クレーの死に衝撃を受けたことが記されていましたが、会場に展示されていたクレーの初期の線描作品を見ると、たしかに両者に相通じるものがあるのを感じます。それにしても、レンバッハハウスのクレーの部屋は、いつ訪れても気持ちが落ち着きます。展示作品の数はそう多くはないとはいえ、どの作品も素晴らしいです。ワシリー・カンディンスキーの初期作品の一つ《色彩豊かな生(Das bunte Leben)》が掛かっていましたが、図らずもアクチュアリティのある表題と思いました。 

今回ミュンヒェンに立ち寄った目的の一つに、ゴットフリート・フォン・アイネムのオペラ《ダントンの死》の上演を観ることがありました。アルバン・ベルクの《ヴォツェック》同様、ゲオルク・ビュヒナーの戯曲にもとづくこのオペラの実演を、一度見てみたいと思っていたのです。フォン・アイネムの生誕百年を記念して、今年はいくつかの劇場で彼の作品が取り上げられているようですが、10月13日の夜にミュンヒェンのGärterplatztheater(敢えて日本語にすると「庭師広場劇場」になります)で、革命期のパリを舞台とした《ダントンの死》の上演を観ることができました。

G・フォン・アイネム《ダントンの死》公演プログラムより

この劇場の内部は馬蹄型の古い形式を残していて、舞台もとても広いとは言えないのですが、ギュンター・クレーマーの演出は、そうした制約を逆に、テロルの下、息苦しさのなかに生きることを描き出すのに最大限に生かすものだったと思われました。テロルに曝されてもなお、人民の自由に殉じる自分の生き方を貫こうとするダントンたちと、テロルに訴えることによってしか自分を保つことのできないロベスピエールらとの対照を、現代の問題として浮かび上がらせるコンセプトの下、テーブルと演台を兼ねた装置を最大限に活用した演出は、おおむね説得的に思われました。

黒い片庇のキャップを被ったロベスピエールの一党は、現代の排他主義的なポピュリストを思わせますし、彼がつねにどこかおどおどしている様子からは、日本の権力者の姿も透けて見えます。逆に、人民への呼びかけが書かれたフライヤーを一心に印刷し続けるリュシーユの姿は、ナチスの支配に抵抗した「白バラ」のゾフィー・ショルを思わせるところがあります。彼女が刷ったフライヤーが、裁判の場面の終わり近くで上から客席に撒かれるという演出は、舞台の世界に観客を引き込んでいました。

このとき合唱は、四階の客席の左右に別れて、一方はダントンの側に、他方はロベスピエールの側に立って、激しく言葉をぶつけ合っているわけですが、その迫力はかなりのものでした。全体的に合唱の力演が光りました。アンソニー・ブラマルの指揮の下、オーケストラも、スコアのテクスチュアをしっかりと音にした演奏を繰り広げていました。ブラマルの指揮は、アイネムの音楽の独特の運動性を最大限に生かして、間然するところのない流れを形成していました。

同時に《ダントンの死》の音楽には、抒情的な歌も含まれていますが、その多くが割り当てられるリュシーユの役を歌ったマリア・ツェレングという歌手の歌には、切々とした美しさがありました。主役のダントンを歌ったマティーア・メイチという歌手は、この日の公演が初登場だったようですが、歌唱からも演技からも人格的な大きさが感じられて、役に相応しく思われました。彼の妻ジュリーを演じたソーナ・マクドナルドは、舞台の世界へ観客を導き入れる口上を、台本にあらためて付け加えられたビュヒナーの言葉で述べる重要な役回りでしたが、それに圧倒的な演技力で応えていました。

「国王万歳」と叫ぶまでのリュシーユの立ち振る舞いなど、疑問に思われるところもないわけではありませんでしたし、隅々まで洗練された上演というわけでもありませんでしたが、全体としては、フォン・アイネムの《ダントンの死》を、息苦しい現在に生きることへの深い問いかけを含んだ作品として舞台に載せ、そのテクストと音楽を力強く響かせた上演だったと思います。観ることができてよかったです。

ハンブルクからミュンヒェン経由で羽田空港に到着した10月16日に、国際交流基金賞の授賞式があり、今年の基金賞を受賞された細川俊夫さんの作曲活動を紹介するスピーチをさせていただきました。細川さんとともに作家の多和田葉子さんが受賞されたのも、非常に喜ばしいことでした。10月18日には、虎ノ門のJTアートホールアフィニスにて、多和田さんと細川さんが国際交流基金賞を受賞されたのを記念して、「越境する魂の邂逅」と題する対談とパフォーマンスの夕べが催されましたが、その前半の対談で、お二人の公開の場では初めての対談のモデレーターを務めました。熱心に参加してくださったみなさまに心より感謝申し上げます。

「越境する魂の邂逅」フライヤー

当日は進行役の私が、控え室でのおしゃべりも含めて、お二人のお話をずっと楽しませていただきました。ちょうど20年になるお二人の交流や、細川さんのオペラ《地震、夢》の内容をめぐるお話もさることながら、後半に朗読された多和田さんの『飛魂』をめぐって展開された、作曲と詩作の通底する次元をめぐるお話はことに興味深いものでした。貴重なお話を繰り広げてくださった多和田さんと細川さんにもここから感謝しております。

後半のパフォーマンスでは、吉野直子さんと上野由恵さんの素晴らしい演奏と、多和田さんの想像力を掻き立てる朗読が見事に共鳴していました。上野さんの独奏による《息の歌》と《垂直の歌》も、そして吉野さんの独奏による《ゲジーネ》も、深い沈黙のなかから、全身の息遣いとともに強い歌を響かせる見事な演奏でしたが、『飛魂』の朗読のために新たに書かれた、バス・フルートとハープのための音楽と朗読が響き合う様子はとくに印象深かったです。

低いフルートの音とハープの音が、どこか小説のなかの池や林を思わせる場を開くとともに、朗読をつうじて言葉の一つひとつが、その多層性において立ち上がってくるのを感じながら、またその声が時に音と溶け合ったり、協奏的な緊張関係を示したりするのを聴きながら、来たるべき舞台作品の一場面を予感しておりました。今回の初のコラボレーションが、近い将来における一つのオペラなどでの協働につながることを願ってやみません。

10月上旬には、月曜社より東琢磨、川本隆史、仙波希望編『忘却の記憶 広島』が刊行されました。およそ10年越しの企画がこうして実現する運びとなり、とても感慨深いです。最終的に若手の研究者の新鮮な論考を組み込んだことで、「ヒロシマ」を形づくる忘却をいくつもの視角から問うばかりでなく、忘れつつ生きるなかに潜む記憶にも光を当てる一書に仕上がったことを、嬉しく思っています。また、人々の新たな結びつきのなかで「ジモト」を掘り起こす活動の息吹が伝えられているのも、本書の重要な特徴と言えるでしょう。

『忘却の記憶 広島』書影

旧稿ながら、私も「記憶する言葉へ──忘却と暴力の歴史に抗して」を寄稿させていただきました。聞く耳を持たないかたちで「ヒロシマ」を「発信」し、「平和」を訴える身ぶりのうちにある権力への同一化を問題にしたうえで、それを内側から乗り越える可能性を、「歴史」による忘却に被われた場所から記憶を細やかに掘り起こす詩的言語のうちに探るものです。

さらに、忘却され、抑圧され続ける「軍都=学都」の記憶を問う小田智敏さんの労作が公刊されたことも喜ばしいことです。私とともに学んだ鍋島唯衣さんが本書で、被爆再現人形をめぐる平和記念資料館の展示史についての論考を公にされたことも嬉しく思っています。新たに加わった執筆者と編者の尽力により、『忘却の記憶』は、資料的にも充実した一冊となりました。ヒロシマ/広島への今までにないアプローチを示しながら、この場所とその記憶の時空を問ううえで不可欠の端緒をあらためて伝える本書を、お手に取っていただければ幸いです。

武生国際音楽祭2018に参加して

41992189_2070441386341556_3393495407651717120_o第29回目を迎えた武生国際音楽祭に、国際作曲ワークショップの特別ゲストとして参加させていただきました。9月11日に一度家族で武生へ行って、ブラームスの作品を中心とした演奏会を堪能した後、翌日いったん広島へ帰り、もう一度13日に武生に入って、16日の音楽祭最終日まで、数多くの演奏会とレクチャーに接することができました。作曲ワークショップではレクチャーを持たせていただきましたが、それをつうじてむしろ私のほうが多くを学ばせていただきました。このような機会を設けてくださった武生国際音楽祭の音楽監督の細川俊夫さん、コンサート・プロデューサーの伊藤恵さん、そして理事長の笠原章さんをはじめとする武生国際音楽祭推進会議のみなさまに、まずは心から感謝申し上げます。本当にお世話になりました。

9月11日から国際作曲ワークショップのレクチャーに参加させていただいて、電子音楽の作曲法など多くを学ぶことができました。13日の作曲ワークショップでは、「〈こだま〉の変容──〈こだま〉としての〈うた〉へ」というテーマのレクチャーを持たせていただきました。「かたる」ことと「うたう」ことのつながりを踏まえつつ、「こだま」の概念を手がかりに、現代において「うたう」余地を探る視点を提示するないようのものです。アドルノの「アウシュヴィッツの後に詩を書くことは野蛮である」という言葉と、それに応答したツェランの詩を取り上げつつ、この詩に言われる「まだ歌える歌」を、音楽言語を含む言語の震撼──ベンヤミンの「こだま」のイメージは、「こだまする」ことにこの震撼を見る視点をもたらします──の先に探る拙い講演に対しては、多くの貴重なコメントや質問をいただきました。

この国際作曲ワークショップとともに、それに連動するかたちで、ゲストとして招聘されている作曲家の作品を中心とした演奏会「新しい地平」が開催されるのが、武生国際音楽祭の重要な特徴をなしています。ワークショップに参加している作曲家たちが刺激を得る機会であると同時に、一般の聴衆に同時代の音楽の息吹を伝える機会として、この音楽祭の柱の一つになっていると言ってよいでしょう。今年の「新しい地平」の枠で演奏された、ないしは世界初演された作品はいずれも完成度の高いもので、聴き応えがありました。「新しい地平I」で演奏された三浦則子さんの《アニトヤ》では、繊細な響きがしばし漂った後、旋回しながら虚空へ消えていく過程が美しく、サンスクリット語で「無常」を意味する表題にも相応しかったです。同じ演奏会で取り上げられたチャールズ・クォンさんの《風が自らを探し求めるかのように》における、風を孕み、かつ間を含んだ息の旋回を感じさせる音楽の運動も面白く聴きました。

「新しい地平II」では、坂田直樹さんと神山奈々さんの新作がとくに印象的でした。坂田さんの《胞子》には、ベルクソンのいう「生命の躍動」を伴った有機物の生成が、特殊奏法を巧みに織り交ぜながらダイナミックに表現されていましたし、神山さんの《線香花火》からは、人の行き交う風景のなかに、鮮やかさと儚さの双方を含んだ光の明滅が感じられました。「新しい地平III」では、5月に広島で聴いた細川俊夫さんの《三つの愛の歌》のほか、ベッティーナ・スクリプチャクさんの《ダフネの歌》など感銘深い作品が続きました。とくにこのピアノ独奏のための曲では、モティーフの緊密な展開が精妙な変化を生んでいるのが印象的でした。ひたすら耳を澄ますことでルイジ・ノーノを偲ぶ思いを深めていくクラウス・フーバーの《嘆き》を、マリオ・カーロリさんの素晴らしい演奏で聴けたのも貴重でした。

今回の音楽祭では、この《嘆き》とともに、昨年亡くなったフーバーの笙と打楽器のための《黒い嘆き》の実演に接することができたのが貴重でした。宮田まゆみさんの笙に葛西友子さんの打楽器という、望みうる最高の組み合わせでこの作品を聴けたのは本当に幸運でした。広島の被爆から半世紀の節目に当たる1995年の秋吉台での初演を念頭に細川さんがフライブルクでの師に委嘱したこの作品は、井伏鱒二の『黒い雨』からの抜粋と『万葉集』から選ばれた歌を、笙と、瓦を含む打楽器との静かな対話のなかで朗読し、これらのテクストの内実に迫ろうとしています。被爆するとはどういうことか、という問いに向き合いながら、言語を絶する出来事に遭って苦悩する魂に静かに思いを馳せ、その言葉を刻んでいく過程に耳を澄ますなかで、時空を越えた魂の邂逅の場を開く音楽の力をあらためて感じました。折々に《黒い嘆き》が再演されることを願ってやみません。

この音楽祭の恒例となっている「細川俊夫と仲間たち」では、まず細川さんの《レテ(忘却)の水》の実演に接することができたのが、個人的に嬉しかったです。弦楽が織りなす柔らかな響きの層が徐々に撓んで、そこからおのずと激しい、忘れようとしても忘れられないことへの苦悩を感じさせる展開が生まれてくるのが、とくに印象に残りました。ピアノの強い打ち込みが開く深淵の上で明滅するモティーフも美しかったです。オペラ《海、静かな海》とも関連の深い作品とのことです。この演奏会では、ベッティーナ・スクリプチャクさんの《裂け目》の実演にも触れることができました。モティーフの緊密な展開が、響きの多次元的な運動に見事に結びついた作品と感じました。

とはいえ、今回は何と言ってもヨハネス・マリア・シュタウトさんの四つの作品を聴くことができたのが大きな収穫でした。洗練された、かつ独特の強度を示す響きが精妙に変化していくのがとくに印象的で、室内楽作品の静かな部分は、無類の繊細さを示していたと思われます。《透かし模様》や《シドナム・ミュージック》のような作品が、ブラームスのクラリネット三重奏曲やドビュッシーのフルートとヴィオラとハープのためのソナタを意識しているというように、音楽の伝統をその精神において受け継ぎながら、オリジナリティの高い響きを、鮮やかなリズムの展開とともに実現させたシュタウトさんの音楽が、これからどのように展開していくのか、楽しみになりました。

伊藤恵さんのプロデュースによる、ブラームスの音楽の系譜を照らし出す室内楽や歌曲の演奏会も、非常に充実していました。まず、9月11日の「セルゲ・ツィンマーマン&伊藤恵リサイタル」が感銘深かったです。今回ツィンマーマンは、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ全三曲のうち、第2番と第3番を演奏しましたが、いずれの曲でも、きわめて繊細な歌のなかから、深い情感と凛とした曲の形が浮かび上がってきました。万全の体調ではなかったとのことですが、持ち前の美音に徐々に熱がこもってくる演奏には、強い説得力がありました。これに続くピアノ五重奏曲の演奏では、若い弦楽器奏者たちがツィンマーマンに触発されて、実に繊細な表現を示していました。それによって、この作品のテクスチュアが最大限に生かされていたと思います。振幅の大きな表現のなかで、歌の陰翳とリズムの躍動の双方が生きていました。そして、これらのすべてを、しっかりとした歩みのなかで連綿と歌い継いでいく伊藤恵さんのピアノが支えていました。

13日の夜のシューマンとブラームスの室内楽を中心とする演奏会も、濃密な内容でした。最後に演奏されたブラームスのクラリネット五重奏曲で、上田希さんのクラリネットが振幅の大きな表現を示していたのがとくに印象的でした。とくに緩徐楽章の中間のあたりで、翳りを帯びた歌が、深沈とした響きのなかから心のなかで叫ぶように立ち上がってくる瞬間には心を打たれました。シューマンのピアノ五重奏曲では、こちらも緩徐楽章でのヴィオラの情熱的な歌が素晴らしかったです。イレー・スーさんがシューマンの《ミルテの花》と《リーダークライス》からの合計9曲を歌いましたが、湧き上がる感情と深い息遣いが自然に一つとなった歌唱は、本当に魅力的でした。

15日夜の「ウィーン音楽の伝統」では、まず赤坂智子さんのヴィオラでリゲティの無伴奏ソナタの抜粋を聴けたのが嬉しかったです。彼女の鋭敏な感性によるアプローチのおかげで、ディアスポラとしてのリゲティの郷愁と屈折が陰翳豊かに表現されていました。この曲に彼の音楽が凝縮されているという思いを新たにしました。続くリヒャルト・シュトラウスの《四つの最後の歌》におけるイレー・スーさんの歌唱は、風景のなかでこれまでの過ぎ来し方を噛みしめながら「生きた」ことに然りと言う歌の豊かさを、温かい息遣いで届けてくれました。北村朋幹さんの繊細なピアノによって、歌の美しさがいっそう際立っていたと思います。この夜の最後に演奏されたブラームスの弦楽六重奏曲第2番では、若い音楽家の素晴らしい技量と感性がこの作品に込められた作曲家の情熱を、新鮮に表現していました。スケルツォの楽章で聴かれる迸るような熱情とリズムの躍動もさることながら、とくに両端楽章の第二主題の繊細な歌とそれを支える響きは、この作品の魅力を再発見させてくれるものでした。

16日ののファイナル・コンサートは、時宗と天台宗の声明が響いた後、リゲティの《マカーブルの秘密の儀式》という瀆神的な黙示録が奏でられ、最後にブラームスのドイツ・レクイエムが演奏されるという、浮き沈みの激しい、そして幾重もの意味で挑戦的なプログラムでした。リゲティの作品では、今年もイェルーン・ベルワルツさんの素晴らしいトランペットを聴くことができました。ブラームスのレクイエムでは、金井勇さんの編曲が、作品の特徴を巧みに生かしていたのが印象的でした。イレー・スーさんの豊かな歌と合唱の力演にも感銘を受けました。今年の武生国際音楽祭に寄せられた作品とその演奏は、今までにない高い水準を示していたのではないでしょうか。ここが今まさに生まれつつある音楽の中心の一つだという思いを新たにしました。このことが広く認知されて、来年30回の節目を迎えるこの音楽祭に、さらに多くの人々が集まることを願っています。

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ひろしまオペラルネッサンスのモーツァルト《イドメネオ》公演へのお誘い

痛ましい災害が続いて心の落ち着かなかった夏がようやく終わろうとしています。広島では日中もだいぶ過ごしやすくなってきました。みなさまいかがお過ごしでしょうか。広島でひろしまオペラルネッサンスと現代音楽の演奏会シリーズ“Hiroshima Happy New Ear”を主催しているひろしまオペラ・音楽推進委員会の委員の一人として、みなさまを、今広島で観られるべきモーツァルトのオペラの公演へお誘いしたく、筆を執りました。

5b1f8deb01ad4今年のひろしまオペラルネッサンスの公演では、モーツァルトの《イドメネオ》(《クレタの王イドメネオ》KV 366)が取り上げられます。20代半ばのモーツァルトが書いたこの作品の広島初演ということになります。公演の初日がいよいよ明日に迫りました。トロイア戦争後のクレタ島を舞台に、戦いの後に生きる人間の苦悩に迫ることによって、オペラそのもの変革を試みた若きモーツァルトの意欲作を、戦火止まぬ現代に生きる者への深い問いかけを含むものとして観ることのできる無二の機会です。どうかお見逃しのないよう、9月22日(土)と23日(日)は広島のJMSアステールプラザへお越しください。両日とも開演は14:00です。

戦争を起こした人間は、たとえ生き残ったとしても、その戦いによって癒えることのない傷を負い、その死者の影の下で生きていかざるをえません。そして、この傷は次の世代へも形を変えながら受け継がれてしまいます。それとともに愛と誓約のあいだに、恋と復讐のあいだに、さらには二つの国のあいだに引き裂かれる人間の魂に迫ったモーツァルトの音楽は、旧来のオペラ・セリアの枠組みを内側から越えていかざるをえませんでした。さらに、オペラのなかで海の波濤にも喩えられる激しい感情を伝えるために、オーケストレーションを含めた音楽の造りも革新的なものになっています。マンハイムやパリなどへの旅をつうじて培ったものを惜しみなく注ぎ込み、クラリネットを含む大規模なオーケストラを活躍させる《イドメネオ》の音楽には、モーツァルトの意欲が漲っています。

ちなみに、《イドメネオ》には、モーツァルトのその後のオペラを予感させるところもあります。愛し合う若い二人(イリアとイダマンテ)が苦難を潜り抜けるさまは、《魔笛》の二人の主人公の生きざまを思わせますし、第二幕の行進曲は、《フィガロの結婚》のそれとどこか似ています。モーツァルト自身、《イドメネオ》をみずからのオペラの原形を示すものとして大事にしてきました。ただしこのオペラには、彼の他のオペラにはあまり見られない際立った特徴があります。それは、雄弁なレチタティーヴォ・アコンパニャート(オーケストラ伴奏によるレチタティーヴォ)によって、主要な場面が繰り広げられていることです。ここにある情景の展開とドラマの緊迫も見どころの一つです。《イドメネオ》に示されるレチタティーヴォ・アコンパニャートによってドラマを繰り広げる手法は、モーツァルト以後のロマン主義のオペラを予感させるところがありますが、彼自身のその後のオペラでは背景に退くことになります。

5b1f8deb654c6今回の広島での《イドメネオ》の上演の特色の一つとして、プロダクションによってはカットされることのある第三幕のエレットラ(オレステスとともに父の復讐を果たしたエレクトラです)のアリアが演奏されることが挙げられます。このアリアは、この女性のなかに積み重なった幾世代にもわたる恩讐を噴き出させるもので、モーツァルトの他の作品にも例を見ない激しさを持っています。先日、この幕のオーケストラとの音楽稽古を聴かせていただきましたが、これを含め、第三幕のいずれのアリアも素晴らしかったです。この稽古で、下野竜也さんの指揮の下、複雑なスコアの機微を伝える音楽が仕上がってきていることを実感できました。ぜひご期待ください。

《イドメネオ》が今あらためて注目される理由として、古代ギリシアから題材を採りながら、きわめて現代的な問題に触れていることが挙げられます。オペラの舞台となるクレタ島には、今も戦争の傷を負った難民が漂着しています。幾重もの意味で今広島で取り上げるに相応しい《イドメネオ》を、今回も人間の感情の細やかな表現に長けた岩田達宗さんの演出で観ることができます。また、このオペラではオーケストラが非常に重要な役割を果たしますが、広島交響楽団が音楽監督の下野さんの指揮の下でピットに入るのも注目されるところでしょう。よりすぐりの歌手たちの歌も期待されるところです。お誘い合わせのうえ、今度の週末はひろしまオペラルネッサンスの《イドメネオ》の公演へお越しください。心よりお待ち申し上げております。なお、今回もプログラムに拙文を寄稿させていただきました。ご来場の際にご笑覧いただければ幸いです。

岩波書店『思想』ヴァルター・ベンヤミン特集号刊行のお知らせ

371906岩波書店の雑誌『思想』2018年7月号は、20世紀前半に文筆家として活躍しながら独特の批評的思考を繰り広げたヴァルター・ベンヤミンの特集号です。本号は、6月28日より各書店の店頭に並びます。また、29日からはhontoAmazonなどのインターネット上の書店でも発売になるとのことです。ちなみに月刊誌でのベンヤミン特集は、久しぶりのことになります。1992年のベンヤミン生誕百年の年には、青土社の『現代思想』で、それから二年後には『思想』誌でベンヤミン特集が組まれています。その後、2002年12月には青土社の『ユリイカ』で、ベンヤミンが特集されていますが、今回の『思想』でのベンヤミン特集は、それ以来およそ16年ぶりの月刊誌での特集ということになるはずです。

その間ベンヤミンを読む環境は、その著作を日本語で読むことに限って見ても、大きく変わりました。まず、ちくま学芸文庫の『ベンヤミン・コレクション』(全7巻)などの刊行によって、ベンヤミンの著作の大半が、読みやすい日本語で読めるようになっています。また、現在ズーアカンプ社より手稿の調査にもとづく編集と刊行が進みつつある、著作と遺稿の批判版全集(Werke und Nachlass: Kritische Gesamtausgabe)のテクストにもとづく日本語訳も、少しずつながら現われ始めています。テーオドア・W・アドルノ、その妻グレーテル(・カルプルス)、そして生涯の友人ゲルショム・ショーレムとの往復書簡の日本語訳が揃っていることも忘れられてはなりません。

ベンヤミンの仕事の領域横断的な広がりに見通しを与えた一方で、議論の関心が当時翻訳が刊行された『パサージュ論』(現在は岩波現代文庫)とその周辺に集中する傾向のあった1990年代前半のベンヤミン研究の興隆からおよそ四半世紀を経て、ベンヤミンの著述活動を最初期から跡づけ、彼の思考を貫く軸を浮き彫りにする研究や、アドルノをはじめ同時代の思想家との関係を生産的に吟味し直す研究などが陸続と現われています。このようなベンヤミンをめぐる日本の状況と、海外の研究動向の双方を見据えながら、彼の著作を今読み直す可能性へ向けて、今回の『思想』誌のベンヤミン特集は構想されています。言語、歴史、これらの宗教的背景、芸術と身体を含むその新たなメディアなどをめぐるベンヤミンの思考を検討する議論の布置が、新たなベンヤミン像を浮かび上がらせる特集になっていれば幸いです。

今回の特集には、ベンヤミンのテクストへの新たなアプローチを提示する試みとして、彼の「技術的複製可能性の時代における芸術作品」の第一稿の翻訳が、これを初めて印刷した批判版全集第16巻と同様、原文に残された抹消や挿入なども再現するかたちで、しかも『思想』誌初の横組みで収録されています。竹峰義和さんの労作は、ベンヤミンのテクストの生成過程からその思考の展開を吟味し、これまで読まれてきた芸術作品論のテクストには最終的に取り入れられなかったものを含め、そのモティーフを生産的にすくい取る道を開くものと言えるでしょう。「ダダイズムは、……芸術作品の文書化を促進する」という言葉をはじめとするダダへの立ち入った論評が見られるあたり、個人的に興味を惹かれます。この「第一稿」の訳出が、他の批判版のテクストが検討される契機になることを願っております。

これ以外の翻訳として、今回の特集には、マイケル・ジェニングスの論文「終末論に向けて」とアーヴィング・ウォールファースの論文「救出 対 弁明」の翻訳も収録されています。両者ともベンヤミン研究を牽引してきた代表的な研究者ですが、その仕事はこれまであまり日本では紹介されてきませんでした。山口裕之さんが訳したジェニングスの論文は、ベンヤミンの歴史哲学と神学の結びつきが、どのような思想的な布置から生じたのかを明らかにするきわめて重要なものです。田邊恵子さんの翻訳によるウォールファースの論文は、「夢のキッチュ」という短いテクストの解釈を足がかりに、近代という「時代=時代の夢」の世界の批判をつうじて、そのなかに打ち捨てられた「歴史の屑」を救い出すというベンヤミンの思考を、多層化して救出するもので、これも際立ったかたちでベンヤミンを読む可能性を示しています。

このほかに今回の特集には、ベンヤミンのユダヤ的なものとの対決を、ショーレムとの対照において検討した論文や、第一次世界大戦下のヘルダーリン受容を軸に、「ドイツ」をめぐるベンヤミンの思考の位置を浮き彫りにした論文、彼の言語論を新たな視角から検討した論文、ベルトルト・ブレヒトの叙事演劇から着想を得た「身ぶり」や「中断」のベンヤミンの思考における意義を掘り下げた論文、さらにはベンヤミンが着目した技術と自然のインタープレイのメディアとして、機械と身体の相互浸透を形象化する可能性を検討した論文が収録されています。これらは翻訳論文と併せて、ベンヤミンの思考の歴史的な文脈を捉え直したところから、その可能性を検討する道を切り開くものと言えるでしょう。

今回の特集では、ベンヤミンを論じた二つの重要な著書として、『ベンヤミン解読』(白水社)と『堕ちゆく者たちの反転』(岩波書店)がある道籏泰三さんに、「思想の言葉」と「名著再考」をご執筆いただいています。前者では、石川淳の短篇「焼跡のイエス」を手がかりに、救いのなさを凝視するベンヤミンの思考の基本的なモティーフが、見事に浮き彫りにされています。後者では、とくに『ドイツ悲劇の根源』を取り上げていただきました。このバロック悲劇論の文脈と構成、そこに含まれる基本的なモティーフとその発展が、簡潔ななかに鮮明に描き出されたこの「名著再考」は、悲劇論のみならず、他のベンヤミンの著作を読み直すうえでも踏まえるべき軸を示すものでしょう。

私も今回の特集に、ベンヤミンが「歴史の概念について」のなかで提起している「抑圧された者たちの伝統」の概念に取り組んだ論考を寄稿させていただきました。この「伝統」が、経験の崩壊と、それによる旧来の伝統の破産を踏まえたところから語られていることを浮き彫りにしたうえで、この来たるべき伝統に対する彼の問題意識とともに、それがどのような歴史の姿を示唆しているかを、歴史叙述における非連続性の意義に触れるかたちで論じたものです。批判版全集の『歴史の概念について』の巻に収録されているハンナ・アーレント手稿とともに、年代記の概念をめぐるベンヤミンとアーレントの関係にも少し触れました。

さて、今回のベンヤミン特集には、企画段階から関わってきましたので、特別な思い入れがあります。『思想』の吉川哲士編集長からこの特集のお話をいただいたのが昨春のこと。その後吉川さんとの打ち合わせを経て、執筆者の調整と打診を進め、昨秋には『思想』編集部のご尽力により、京都で執筆者の会議も持つことができました。そこで各執筆者が論文の構想を交換し、収録する翻訳テクストを選定したうえで、論文執筆と翻訳を進めていきました。その結果として、今ベンヤミンを読み直す可能性を、密度の濃い議論によって提示するものに仕上がったかと思います。それは何よりも、吉川編集長をはじめ『思想』編集部の周到な準備のおかげです。心から感謝申し上げます。そして、いずれも力作を寄せてくださった執筆者と翻訳者のみなさまにも、衷心より感謝申し上げます。『思想』の新たなベンヤミン特集が広く読まれ、多くの人にベンヤミンの著作を読んでその思考に取り組むきっかけを与えることを願ってやみません。

■『思想』特集ヴァルター・ベンヤミン(2018年7月号)目次

  • 思想の言葉(道籏泰三)
  • 抑圧された者たちの伝統とは何か──ベンヤミンの歴史哲学における歴史の構成と伝統(柿木伸之)
  • ショーレムとベンヤミン──「修復」のシオニズム,「忘却」への「注意深さ」(小林哲也)
  • ベンヤミンと「秘められたドイツ」をめぐって──『死のミメーシス』補遺(平野嘉彦)
  • 終末論に向けて──1920年代初頭におけるヴァルター・ベンヤミンの神学的政治の展開(マイケル・ジェニングス)
  • 名前、この名づけえぬもの──ベンヤミンの初期言語論(藤井俊之)
  • 非゠伝達可能性の象徴としての言語──ベンヤミンの言語哲学における記号への問い(森田團)
  • 〈名著再考〉ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』を読む(道籏泰三)
  • サンチョ・パンサの歩き方──ベンヤミンの叙事演劇論における自己反省的モティーフ(竹峰義和)
  • 救出 対 弁明──ベンヤミン「夢のキッチュ」について(アーヴィング・ウォールファース)
  • 機械の身体というユートピア──技術メディアとしての映画とアヴァンギャルドの思考(山口裕之)
  • 技術的複製可能性の時代における芸術作品──第一稿(ヴァルター・ベンヤミン)

五月の音楽

32266933_1882631815122515_1986807641556385792_n早いもので、もう五月が終わろうとしています。広島では、ここのところ梅雨の訪れを感じさせるじめじめとした気候が続いています。今年も気の滅入る季節が巡って来たようです。それにしても、四月に年度が改まってからは慌ただしかったです。ここに至るまで、振り返る暇もないほど雑事に追われておりました。そのために報告がすっかり遅くなってしまいましたが、5月18日には、「魔術としての音楽」というテーマの下、Hiroshima Happy New Earの第25回の演奏会が、JMSアステールプラザのオーケストラ等練習場にて開催されました。開演前に土砂降りの雨が降るなど悪天候に見舞われましたが、会場には多くの熱心な聴衆が集まりました。主催組織のひろしまオペラ・音楽推進委員会の委員の一人として、ご来場くださったみなさまにあらためて心より感謝申し上げます。

さて、今回のHiroshima Happy New Earでは、歌うこと、ないしは声を発することの根源として、現代の作曲家があらためて秘教的な儀式の姿に着目し、そのなかで音楽の可能性を探究したことを示す作品が中心となりました。なかでも、《山羊座の歌》をはじめとするジャチント・シェルシの作品を、その研究を重ねて来られた太田真紀さんの声で聴けたのは、実に貴重でした。《山羊座の歌》からの抜粋を演奏される際に、太田さんは、シェルシとともにこの作品を作り上げたと言っても過言ではない、平山美智子の形見の衣裳を着ておられました。それによって、彼女とシェルシのあいだで生成する歌の魂をも引き受けようとするかのような、非常に求心力の強い演奏を聴くことができたのは、忘れがたい体験となりました。時にノイズに限りなく接近するほどの多彩さを持った声が、空間を揺さぶり、その揺らぎのなかから声の新たな響きが生じ、さらには打楽器をはじめ他の楽器の音と呼応する過程に引き込まれました。

それは、太田さんの声の表現が、非常に大きな振幅を示していただけでなく、彼女の声そのものが、各作品の音楽の核心を捉えていることを示す芯を具えているからではないでしょうか。そのことは、とくに細川俊夫さんの《スペル・ソング》と《三つの愛の歌》の各曲を、ひと筋の線を描く歌として響かせることに結びついていたと思われます。とくに後者では、和泉式部の断ちがたい思いの強さが、歌の強度となって響いていたのではないでしょうか。そのことと同時に特筆されるべきは、大石将紀さんのサクソフォンの素晴らしさです。柔らかなピアニッシモから、空間を深く揺さぶるフォルティッシモに至るまで、豊かな、そして歌心に満ちた音色を一貫させる演奏で、とくにルチアーノ・ベリオの《セクエンツァ》の一曲を聴けたのも忘れがたいです。細かなモティーフが、それ自身のうちから発展していくことによって織りなされる15分に及ぶ音楽が、間然することなく、一つの歌として響いていました。

今回のHiroshima Happy New Earでとりわけ印象深かったのは、細かなモティーフを基に発展していく独唱ないし独奏の音楽が、それ自身の響きによって一つの儀式的な空間を形成していたことでした。魔術的な結界でもあるような時空間を織り直す音楽の力にも触れることができました。この五月には、そのようなHiroshima Happy New Ear以外に、新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴く機会もありました。指揮は、今年85歳になるというミシェル・プラッソン。彼の演奏には主にディスクをつうじて親しんできましたが、その最近の充実ぶりは、サン゠サーンスの「オルガン」交響曲などが取り上げられたパリ管弦楽団の演奏会(サル・プレイエル)や、パリのオペラ座(バスティーユ)でのグノーの《ファウスト》の指揮をつうじて実感してきたところです。今回の演奏も、非常に内容の濃いものでした。

サントリーホールで行なわれた新日本フィルハーモニーの第589回定期演奏会は、ドビュッシーの《夜想曲》からの二曲(「雲」と「祭り」)と神秘劇《聖セバスティアンの殉教》からの交響的断章、そしてフランクの交響曲ニ短調というプログラムでしたが、この二人の作曲家が書いたすべてのフレーズに、いやすべての音に息が吹き込まれた素晴らしい演奏でした。微かなピツィカートの音からも気配が感じられます。柔らかな響きが徐々に色合いを変えていく動きが、外界と内面の照応を感じさせる《夜想曲》からの「雲」も、聖性を強調するコラール風の響きが、どこか艶めかしい身体性も感じさせる《聖セバスティアンの殉教》からの音楽も、非常に印象的だったのですが、何と言ってもフランクの交響曲が、圧倒的な印象を残しました。音楽そのものの息遣いを生かした緩急によって見事に歌い上げられた交響曲を聴くことができました。

深沈とした最初の動機から、すべてのフレーズが深い情感を湛えながらしなやかに歌い継がれていくだけでなく、そのあいだに絶妙の間合いがあって、それが実に自然な音楽の流れに結びついていました。緩徐楽章のコーラングレによる主題が、楽章の後半でもう一度歌われる際に、プラッソンがぐっとテンポを落としたのには驚かされましたが、それによってこの主題の寂寥感がいっそう際立っていました。曲の終わりで、この主題を含めた先行の主題が回帰して、輝きと香気に満ちた響きのなかに掬い取られていくのには心からの感動を覚えました。終演後の様子では、プラッソンも演奏に心からの満足を覚えていたようです。フランス近代音楽の精髄が生き生きと響いた演奏会だったにもかかわらず、聴衆の入りが少々寂しかったのだけが残念でした。プラッソンは、日本では未だ「知る人ぞ知る」存在なのかもしれません。

この五月には、音楽を聴くだけでなく、自分で演奏に加わる機会もありました。妻が続けている弦楽四重奏のグループでヴィオラを弾いておられる方が、ご家族の事情で、今日廿日市市文化ホールさくらぴあの小ホールで行なわれた「五月の風」という室内楽合同発表会に、直前に出られなくなってしまったため、急遽代役で出演することになったというわけです。曲はモーツァルトの「狩り」の名で知られる弦楽四重奏曲第17番変ロ長調。長いこと楽器に触れていなかった身には相当にチャレンジングな曲で、今日の演奏も反省すべき点だらけの出来でしたが、練習で何度か合わせるうちに、曲の魅力を感じられるようになってきたのも確かです。とくに第三楽章のアダージョは、本当に美しい音楽だと思います。作品の美質を演奏で深める余裕が、時間的にも技術的にもなかったのは非常に残念でしたが、これに触れる機会をいただけたのには感謝しています。できれば、ヴィオラを弾くことも細々と続けたいものです。

DecUUDOVQAAKsfRところで、ひろしまオペラ・音楽推進委員会が主催するひろしまオペラルネッサンスの今年の公演で取り上げられるのは、モーツァルトのオペラ・セリア《イドメネオ》です。トロイア戦争後のクレタ島を舞台とするこの中期の作品は、ダ・ポンテ三部作などの後期のオペラに比べると馴染みが薄いかもしれませんが、二十代半ばのモーツァルトが並々ならぬ意欲をもって書いた音楽と、それによる人物描写の密度などから、近年再評価が高まっています。四年前に東京二期会が現代的な演出で取り上げたのも、記憶に新しいことでしょう。そのような《イドメネオ》という作品に、岩田達宗さんの演出と、広島交響楽団の音楽監督である下野竜也さんの指揮がどのようにアプローチするのか、非常に楽しみなところです。9月22日(土)と23日(日)に予定されている《イドメネオ》の公演についても、随時お伝えしていきたいと思います。ぜひご期待ください。

ベルリンへの旅より

東日本大震災と福島第一原子力発電所の過酷事故が起きてから七年になる日をベルリンで迎えた。「公式」の記録でも七万人を超える人々が、実際にはそれよりはるかに多くの人々が、今なお避難を余儀なくされているばかりか、未だに見いだされていない遺体が、おそらくは水底に沈んでいる状況は、災禍がけっして過ぎ去っていないことを突きつけている。いや、メルト・スルーを起こした原子炉の廃炉の見込みがまったく立っていないことが意味しているのは、災いが今も起き続けていることではないだろうか。放射性物質は、今も漏れ続けている。

もし、政治というものが語源的な意味で共和的なもの、すなわち共同体の成員すべてにとっての事柄、ラテン語で言うres publicaであるのなら、現在の状況に至った過程を振り返るとともに、災禍に遭った人々がその傷を抱えながら、それでもなお生きていくことに対して最大限に配慮する必要があるはずだ。しかし、日本列島においてこの七年のあいだ「政治」の名の下で行なわれてきたのは、終わることのない災害の歴史も、それに翻弄された人々の生活も省みることなく、とくに原発の再稼働の動きが示すように、放射能による生命の根幹からの破壊の危険を増大させながら、一部の人々の権益のために「前へ」進むことでしかなかった。

今露呈しているのは、「前」へ進むために、その事業に「国民」を動員するために、ありとあらゆる嘘で塗り固められた「ニッポン」なるものが、政治の私物化によって芯から腐っていて、さらにその腐敗が行政機構の骨組みにまで及んでいることだろう。ハンナ・アーレントは、他者とともにあることを基本条件として生きる人間が、そのみずから始める自由を実現する活動として、政治というものを掘り下げたわけだが、そのような意味での政治が、成員のみなに開かれた事柄になるためには、現在利権を握っている者が美化して喧伝する「ニッポン」なるものがまず徹底的に壊されなければならない。洋上の列島で現在起きていることを遠く離れた場所から眺めると、このような思いがいっそう強まる。

ベルリンへ赴いたのは、当地にあるWalter Benjamin Archivにて、ヴァルター・ベンヤミンの生涯と思想に関する文献を調査するためである。丸二日にわたり勝手を知ったアーカイヴの閲覧室に籠もって読むことに集中できたことは、時間的にはけっして充分ではないとはいえ、貴重だった。二日間、閲覧室が開いている時間をフルに使って調査を進めた以外の時間は、主に友人との会合に充てた。以前からの友人や新しい友人と持った刺激的な対話のひと時は、何ものにも代えがたい。ベルリンに到着した3月10日と翌11日に、修理と改装をほぼ終えたウンター・デン・リンデンの州立歌劇場でオペラを観ることができたのも嬉しかった。

飛行機がテーゲルの空港に到着したのは、10日の夕方6時前だった。それからホテルに寄っても、7時半からのR・シュトラウスの《サロメ》の公演に充分間に合ったが、これは現在のベルリンだからこそ可能なことだろう。今回の《サロメ》は、病気で降板したズービン・メータに代わって、クリストフ・フォン・ドホナーニが指揮するはずだった。しかし、彼もキャンセルしてしまい、結局指揮台に立ったのは、芸術監督のダニエル・バレンボイムの下でアシスタントを務めているという若手のトーマス・グガイス(ドイツ語読みでの表記)だったが、彼は非凡な統率力の持ち主と見受けられる。

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改修をほぼ終えた州立歌劇場の外観

グガイスがオーケストラから引き出した響きは、たしかに《サロメ》の演奏に求められる恐ろしいまでの深みと独特の冷たさに関しては充分とは言えないものの、若々しい躍動感と瑞々しい歌に満ちている。それによって、最後まで間然するところがない流れが形成されていたのは特筆に値しよう。歌手のなかでは、力強い声を基調に実に振幅の大きな表現で、サロメの欲動のダイナミズムを浮き彫りにしたオースリヌ・スタンダイトがやはり印象に残った。ヘロデ王役のゲオルク・ジーゲルやヘロディアス役を歌ったマリーナ・プルデンスカヤをはじめ、他の歌手たちの歌唱も申し分のない出来だったが、ハンス・ノイエンフェルスの演出には、以前に観た彼の手による舞台ほどの説得力は感じられなかった。

人物のメイクも含め誇張された隈取りを舞台上に一貫させ、ヒトもモノも一種の「フィギュア」として見せることによって、フェティシズムとして現われる欲動を照らし出そうという演出のコンセプトは伝わってくるものの、それをネオ・バロック的に描くことが、今に何を問いかけるのかは伝わってこない。原作者オスカー・ワイルドの黙役としての登場と立ち回り──「七つのヴェールの踊り」は、「コスプレ」した彼との絡みだった──にも、正直なところあまり必然性が感じられない。

11日には、バレンボイムの指揮によるヴァーグナーの《トリスタンとイゾルデ》の公演に接することができた。バレンボイムがこの作品の音楽の脈動をみずからの血肉にしていることが、響きからひしひしと伝わってくる上演で、とくに感情の波と海の波濤が一体となったかのような音楽の寄せては返す動きの凄まじいまでの振幅と、それを貫く音楽の生命感は、聴く者を内側から燃え立たせずにはおかない。加えて、全体に音楽の推進力が貫かれていたので、前奏曲から「愛の死」による幕切れまで一気に聴かせる趣があった。

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州立歌劇場の真新しい内部

それにしても、バレンボイムが指揮する時のシュターツカペレの響きは、本当に力強く、かつ輝かしい。そこに見通しの良さも加わっていたのには、改築によって歌劇場の音響も改善されたことが手伝っていたかもしれない。各楽器の独奏も素晴らしく、とくに艶やかなヴィオラと苦悩の深さを突きつけるかのようなクラリネットのソロは印象的だった。そして、歌手たちの歌唱は、まさに圧倒的だった。なかでも、愛の高揚を声に乗せて劇場全体に届けえた主役二人の歌の強さは、《トリスタンとイゾルデ》の上演史に名を刻むに値するものと思われる。

ただし、イゾルデ役を歌ったアニヤ・カンペとトリスタン役を歌ったアンドレアス・シャーガーの歌唱において特筆されるべきは、二人が最後まで劇場を呑み込むかのような響きの奔流を貫く声を響かせていたことだけではない。子音の残響をも生かす表現の繊細さがあるからこそ、二人の歌には説得力があるのだろう。そして、そのことは歌曲演奏への不断の取り組みにもとづいていよう。それにしても、マルケ王の役を歌ったステファン・ミリングの存在感には圧倒させられた。その声は、王の怨念の深さを伝えながら、岩礁のように屹立していた。

このように、《トリスタンとイゾルデ》の公演は、音楽的にはこれ以上望めないと思われるほどの出来だったが、ドミトリ・チェルニアコフの演出には疑問を拭えない。2016年の夏にベルリン・ドイツ・オペラで観たヴィリー・デッカーの演出同様、船室を主な舞台とすることには異論はないし、その閉ざされた室内空間における不可能な自己の解放を表現したいという演出の意図も分からないではないが、身体表現に無駄な動きが多いことには強い違和感を持った。不自然で、かつあまりにも直接的な身振りは、音楽を邪魔していた気がしてならない。

さらに、ドラマのクライマックスに当たる瞬間に、やや抒情的に過ぎると思われる映像のプロジェクションに訴えるのにも、あまり必然性を感じられなかったし、何よりもそのために始終薄い遮幕が下がっているのは、歌手にとって過重な負担でしかなかったのではないだろうか。今回観た《サロメ》にしても、《トリスタンとイゾルデ》にしても、演出のアイディアが空回りしてしまっている印象は拭えない。これらの古典的な作品において、時間と空間を統一的に造形しつつ、作品に内在するものを新たに説得的に今に取り出す演出の難しさも考えさせられた二つの公演だった。

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皇帝パノラマ展示の様子

ところで、今回の滞在のあいだ、研究や対話、それに観劇の合間を縫うかたちで、ベルリン市の歴史博物館であるメルキッシェス・ムゼウムも訪れた。そこに展示されている皇帝パノラマ(Kaiserpanorama)を見るためである。皇帝パノラマというのは、19世紀末に造られた写真の映写装置で、木造の大きな枠の内部を、ベルリンの街頭風景や記念行事の模様を収めた写真が一定の速度で回転しているのを、ステレオスコープで見る仕掛けになっている。実際に、双眼鏡のような格好で覗いてみると、建物や人の姿がかなり立体的に浮かび上がる。フリードリヒ通りを走る自動車など、こちらに迫ってくるかのようだ。

世紀転換期における技術の都市への浸透と、それによる都市生活への変貌を一つの見世物として伝えるこの皇帝パノラマを、幼年期のベンヤミンも強い印象とともに体験していて、後に彼は『一方通行路』と『一九〇〇年頃のベルリンの幼年時代』の双方でこれに言及している。ただし、前者のアフォリズム集において「パノラマ」のなかに浮かび上がるのは、1920年代前半の途方もないインフレーション下にあるドイツの都市風景である。ベンヤミンの筆が描き出すその風景の像には、現在の日本列島の人々の生きざまを映し出しているかに思えるところがある。

現状にしがみつくあまり視野狭窄に陥り、他者に対する温かさを失っていくインフレ下のドイツの人々の姿は、未だに「自己責任」を吹聴しながら、自分と異質に見える人々に対する敵意を剝き出しにすることによって「ニッポン」に頑張る現在の人々の姿と驚くほど重なる。そしてベンヤミンは、こうして他者との対話の回路も、自己との対話の回路も閉ざして思考停止に陥ること──これをアーレントは「孤立」と呼んだのではなかったか──が、破滅を招き寄せることを見通していた。それを食い止めるためには、「頑張る」べきとされている「ニッポン」なるものが、近代の嘘であることを見抜き、思考に絡みつくその神話を打ち砕く必要がある。死者と、そして他者とともに生きる──そこにある複数性こそが生存の条件にほかならない──道筋は、この瓦礫を縫う道は、その先にのみ開かれるだろう。

[2018年3月15日]

細川俊夫のオペラ《松風》の日本初演について

スキャン厳しい寒さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。ここ広島でも朝晩は氷点下の日が続いていますが、このようなことは初めてです。北陸から北日本にかけては、ここ数日大変な大雪が降って、すでにさまざまな被害が出ていると聞きます。心よりお見舞い申し上げます。それにしても早いもので、すでに二月も中旬にさしかかっています。新国立劇場で行なわれる細川俊夫さんオペラ《松風》の日本初演が一週間後に迫りました。《松風》の公演は、2月16日(金)、17日(土)、18日(日)の三日間、新国立劇場オペラパレスにて開催されます。16日が19:00開演で、17日と18日が15:00開演です。この公演について、私からもいくつかお伝えしておきます。

今回の《松風》の公演の舞台は、2011年5月に行なわれたブリュッセルでの世界初演と同じ、舞踊家にして振り付け師であるサシャ・ヴァルツさんの演出と振り付けによるものです。ブリュッセル、ワルシャワ、ルクセンブルク、ベルリン、リールで上演が繰り返され、一昨年の秋には香港でも上演されたこの舞台が、7年近くの時を経て東京で披露されることになります。海に象徴される自然と魂の内的な共鳴を響かせる細川さんの音楽、歌手や合唱も一体となったサシャ・ヴァルツ&カンパニーの身体表現、そして塩田千春さんのインスタレーションが緊密に結びついたプロダクションは、《松風》というオペラの原型を示すものでしょう。そもそもこのオペラ自体、ヴァルツさんと細川さんの邂逅と緊密な交流のなかから生まれた作品と言えます。

スキャン 1このオペラにおいては、世阿弥の「松風」を題材としながら、その要素を新たなオペラの形式原理に昇華させることによって、ニーチェの顰みに倣うなら、能の精神からのオペラの姿が、先日広島で上演された前作の《班女》よりさらに深化されています。とくに死者の魂が地上に降り立ってその苦悩を歌い、舞うなかで他者の魂と結びいて浄化されるという垂直性を含んだ過程が、時間的な音楽の展開と空間的な身体の動きが緊密に結びついたかたちで、かつ彼岸と此岸の橋渡しを含んだ仕方で表現されることは、《松風》の際立った特徴の一つと考えられます。このことが、オペラそのものの新たな地平を切り開いたことは、初演のプロダクションのヨーロッパ、そして香港での成功が物語るとおりです。「松風」という能を、東洋に生まれた者ならではの感性と現代の音楽の思考をもって内奥から摑むことから生まれた新たなオペラを、ついに東京で経験できるのです。そのことが、日本列島からの新たな創造の契機になってほしいものです。

《松風》というオペラは、2011年3月11日に起きた東日本大震災と、それに続く福島第一原子力発電所の事故によって動揺した後の世界に送り出されました。死者の嘆きが、あるいは死者を内に抱えることの苦悩が、松風と村雨の歌に象徴されるように心の底から語り出されるとともに、二人の魂に遭遇する旅の僧の存在が示すように、それを受け止める者がいるということの重要性は、震災以後ますます高まっていると思われます。そのことを噛みしめる意味でも、《松風》が日本で上演されることには大きな意義があるのではないでしょうか。音楽の愛好家、オペラや現代舞踊の愛好家のみならず、多くの人が《松風》の上演を体験されることを、心から願っております。新国立劇場のWebボックスオフィスによりますと、初日の16日と楽日の18日の公演には、まだ少し席に空きがあるようです。

今回の《松風》の公演に出演する歌手にも期待されます。松風と村雨の役を歌うイルゼ・エーレンスさんとシャルロッテ・ヘッレカントさんは、サシャ・ヴァルツの演出によるプロダクションですでに歌ったことのある歌手ですし、私も二人の声を一度聴いています。なかでも昨年武生国際音楽祭で聴いたエーレンスさんの澄みきっていながら芯のある声は、鮮烈な印象を残しました。松風の役にぴったりの歌手と言えるでしょう。この二人の歌手も一体となった、サシャ・ヴァルツ&カンパニーの舞踊もさることながら、その場を織りなす塩田千春さんの舞台美術も魅力的です。現在、塩田さんの新作展も、東京のケンジタキギャラリーにて開催されているとのことです。美術も含めて、初演に続くベルリンでの2011年夏の公演以来、ほぼ7年ぶりに《松風》の舞台に接することができるのを、心から楽しみにしているところです。

このように魅力的な新国立劇場の《松風》の公演を、はなはだ微力ながら少しお手伝いさせていただいてることを、身に余る光栄と感じております。すでに1月10日には、公演のプレ・イヴェントとして国立能楽堂で開催された座談会「能とオペラ──『松風』をめぐって」の末席に加わらせていただきました。2月17日(土)の公演の終演後には、細川俊夫さんとサシャ・ヴァルツさんをお迎えしてのアフター・トークも計画されておりまして、その聞き手役を仰せつかっております。《松風》日本初演の手応えとともに、作品の成立過程や特徴などについてお話をうかがえればと考えて準備を進めております。なお、このトークには、16日か18日のチケット(半券)でも入場できるとのことです。それから、公演プログラムには、オペラ《松風》を一つの結節点とする細川俊夫さんの音楽の歩みを綴ったエッセイを寄稿させていただきました。公演へお越しの際にご笑覧いただけたら幸いです。