海辺での魂の邂逅の歌が照らし出すもの──パリでの細川俊夫の室内オペラ《二人静──海から来た少女》の世界初演に接して

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《二人静》初演の演奏会「二つの魂」のプログラム表紙

海辺には波が打ち寄せ、それとともに時空を隔てたものたちが流れ着く。そこに佇む者のなかにもまた、遠く隔たったものが去来する。こうした意味で漂着の場とも言うべき海辺は、オペラ《松風》以来、細川俊夫の舞台作品の一つのエレメントを形成しつつある。いや、ソプラノとオーケストラのための《嘆き》のような彼の声楽作品からも、波打ち際に佇むなか、禍々しくさえある巨大な波濤に魂が呑み込まれていく者の姿が感じられる。そして、《松風》において細川が示していたのは、海辺が漂着の場であるだけでなく──もしこういう言葉を造るならば──、憑着の場でもあるということである。平田オリザとの共作によるオペラ《海、静かな海》でもそうだったが、海辺に佇む者のなかに死者、あるいは行方が分からなくなってしまった者の魂が入り込んで、生者を深く揺さぶるのだ。

細川と平田の二度目の共作による新しい室内オペラ《二人静──海から来た少女》は、まさにこの海辺における魂の憑着を強い音楽で描きながら、死者を抱えた孤独な人間が海岸に立ち尽くしている現在を鋭く照らし出す作品と言えよう。この作品は、平田が能の「二人静」を現代の物語に翻案して書いた原作を基に書かれている。舞台は今や吉野の山ではなく、地中海の浜辺。そこに立っているのは、海の向こう側の戦地から逃れてきた難民の少女である。小舟で波間を漂うなかで失った弟を思う彼女の心に、900年前に世を去った静御前の魂が取り憑く。その役を歌うのは能役者。《二人静》は、細川が能の謡いと舞いそのものを初めて舞台に導入した作品でもある。能の精神からオペラを書き継いできた細川の新たな境地を示す作品としても注目される。

2017年12月1日、パリのフェスティヴァル・ドートンヌ(秋季芸術祭)の一環として、フィルハーモニー・ド・パリのコンサート・ホールで行なわれたその世界初演に接することができた。難民の少女ヘレンの役を歌ったのは、ソプラノのケルスティン・アヴェモ(Kerstin Avemo)。2012年のルール・トリエンナーレにおける細川の《班女》の公演で花子の役を歌って、鮮烈な印象を観客に残した歌手である。静御前の魂を演じたのは青木涼子。能の謡いを生かした現代の音楽の世界を越境的に切り開きつつある彼女が、昨年の4月に馬場法子の能オペラ《葵》(Nôpera«Aoi»)の見事な初演を成し遂げたことは、パリの人々の記憶に新しいにちがいない。マティアス・ピンチャー(Matthias Pintscher)指揮のアンサンブル・アンテルコンタンポランが、二人の歌を支えながら作品の世界を現出させていた。

作品は、風の音を含んだ不穏なざわめきから始まる。《班女》や《松風》は、柔らかな風が漂うなかに何者かの気配を感じさせるかたちで始まるが、《二人静》の始まりは、どこか重苦しい空気が支配していて、その流れはやがて渦をなして激しい嵐のように吹きすさぶ。その動きが胸を締めつけるように高まっていった先に訪れる静寂のなかに、難民の少女が一人しゃがみ込んでいるのを目の当たりにするとき、この孤独な少女ヘレンの姿に、戦場と化した故郷での恐怖、生活のすべてが根こそぎに破壊された苦しみ、そして地中海を渡って岸辺に辿り着くまでの苦難が刻み込まれていることに思いを致さないわけにはいかない。むろん、これらの苦悩はけっして彼女だけのものではない。もしかすると、戦地から逃れられなかった者たちや、地中海の波間に沈んでしまった者たちの無念の思いが、ヘレンという人物には凝縮されているのかもしれない。そしてその思いは、今も内海の水底で渦巻いている。

「私はどこから来たの?/私はどこへ行くの?」と自問しながら立ち上がり、海を逃れてくる過程で弟を失った苦しみを歌うヘレンの背後に静御前の霊が出現する。その姿が徐々に近づいてくると、音楽の強度がさらに増してくる。そこにある凄まじいまでに張りつめた響きには、自分だけが生き残ってしまったことへの罪責感に苛まれながら、死者とのあいだに引き裂かれた二つの魂が、900年もの時を越えて重なり合おうとするところにある緊張が凝縮されているように聴こえた。「君がため、春の野に出でて若菜摘む/我が衣手に雪は降りつつ」と、袖を雪に濡らしながら春の七草を探す情景を暗示しつつ歌う静にヘレンが問いかけ、それに静が応じるところでは、まだ二つの魂は並立したままである。しかし、仏教で言う回向(供養)を求める静は、ヘレンの心のなかへ入り込もうとする。そして、それを拒もうとするヘレンの肩に、静の手がそっと乗せられる瞬間には、《二人静》という作品の焦点があると考えられる。

この瞬間に、静御前とヘレンのあいだに一つの回路が切り開かれる。二つの魂は、最も親しい者を奪われた苦悩において一つになるのだ。今や静の苦悩はヘレンのそれであり、ヘレンが抱える死は、静のなかにある死でもある。ヘレンと静が一つの魂となって歌うところには、《二人静》という作品における主題のうえでも、音楽的にも核心的なものが含まれていよう。ソプラノの声と能の謡いの声という、一般的には異質と見られる二つの声が折り重なるところには、たしかに心地よい美しさがあるわけではない。しかし、二つの声が一つの響きを形成するところでは、二つにして一つであることと、そこにある魂の呼応の奇跡が独特の強度で表わされている。ヘレンと静が一緒に歌う瞬間は、《班女》以来細川が決定的な場面で響かせてきた、二つの声が完全には重なり合わないなかで独特の調和を形づくる二重唱の変容と見られる一方で、まさにその変容とともに新しい音楽の地平を切り開いているとも思われる。

二人の声が強度を孕んだ一つの層を成すなかで、生まれたばかりの子どもを殺された静の苦悩が他者によって深く受け止められる。すると静の魂はヘレンのなかから脱け去って、静かに舞い始める。その時間は、絶えず垂直的に区切られては始まる一つの間として、時の水平的な進行を宙吊りにしていた。鼓の音を思わせる打楽器の音を中心としたその時間の簡潔な響きは、能役者の舞いを生かすものと言えよう。青木涼子の舞いは、静御前の魂の深く静かな喜びを感じさせるかたちで様式化されたものであったし、また彼女の声は、全体の響きの底から聞こえてくる強さを示してもいた。ケルスティン・アヴェモの途方もない振幅を持った表現にも瞠目させられた。静が息子を殺されるに至った骨肉の戦いと、故郷での「兄弟たち」の戦いとを重ねて、二つにして一つの苦しみを歌う彼女の声には、空間を切り裂くような強さがあった。

絶えず水底を暗示しつつ重い緊張を湛えながら持続する響き──そのなかで、他の舞台作品にも増して低音が強調されていたと思われる──の上で、二人の魂が最終的に一つの歌を響かせるところにある音楽と、必要最小限に切り詰められた舞台演出──それはほぼ身ぶりと舞いだけであったと言ってよい──は、まさにその表現の強度において、遙かな時を越えた魂の邂逅を浮かび上がらせながら、次のヘレンと静が生まれ続けている現在を鋭く照らし出していると言えよう。シリアなどでの殺し合いは止まず、戦地から逃れようとする人々も、途上で次々と命を落としている。その傷を背負って、今も少女が波打ち際にうずくまっているにちがいない。その孤独な魂に誰が語りかけるのだろう。彼女の許に静は来るのだろうか。

北へ向かうヘレンの足跡を、これから降る雪は隠してくれるかもしれないが、彼女の傷が癒えることはないだろう。とはいえ、静の魂に出会うことのできた彼女は、苦しみが他者に受け止められうることへの希望を胸に、他者たちのあいだを歩み続けることができることができるかもしれない。歌うようなマリンバの響きを含んだ柔らかな響きが漂うなかにヘレンの姿が徐々に消え入って、曲が閉じられる瞬間は、どこかこのような未来を微かに暗示しているように思われた。難民となって漂流する人々が抱えるものを、魂の呼応のなかから問いかけるとともに、彷徨う二つの魂が交差し、苦悩を通い合わせる可能性を響かせる作品が、今ここに生まれたことの意義は計り知れない。それに接する者は漂着にして憑着の場である海辺へ誘われて、今どのような歴史的世界に、どのような人々のあいだに生きているかを、深いところから省みることができるだろう。そのような潜在力を含む室内オペラ《二人静──海から来た少女》が、ピンチャーが指揮するアンサンブル・アンテルコンタンポランの精緻な演奏によって、明確な姿で世に送り出されたことは実に喜ばしい。

なお、細川と平田の《二人静》が初演された演奏会には、「二つの魂」というタイトルが付されていた。「二つの魂」という言葉は、ヘレンと静、細川と平田と同時に、細川と武満徹の二人の作曲家を象徴するものである。《二人静》の上演に先立っては、細川のバス・フルートのための《息の歌》、武満の室内アンサンブルのための《群島S》、そして同じ武満のフルート、ハープ、ヴィオラのための《そして、それが風だったことを知った》が演奏された。なかでも《息の歌》は、《二人静》を貫く音楽の息遣いを暗示させるとともに、作品の終盤における見事なバス・クラリネットの独奏を予感させるものであった。武満の《群島S》は、この室内オペラの世界を柔らかな響きのなかに垣間見せてくれた。なお《二人静》は、12月3日にはケルンのフィルハーモニーで、パリと同じ二人の歌い手、そしてピンチャー指揮のアンサンブル・アンテルコンタンポランによって上演される。受け容れた難民たちとともに歩もうとしていると同時に、それをめぐって数々の軋轢を抱えているドイツの地で、この新しい作品はどのように受け止められるのだろうか。

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晩秋の仕事と二つのオペラ公演

23131876_1677489805636718_3631688594356689424_n早いもので11月が終わろうとしています。今年は、紅葉をゆっくり味わう間もなく冬になってしまったような季節の移り行きで、余計に時の流れの速さを感じます。実際、大学の仕事と研究関係の原稿執筆などで、息つく暇もないくらいでした。とはいえ、今月初旬には、広島の北にある三段峡を訪れることができました。紅葉はまだまだでしたが、峡谷の遊歩道が多くの人出でごった返す前に来られたのは、かえってよかったのかもしれません。クヌギなどの葉を落とす風の音や多彩な流水の音、そして鳥の声に耳を澄ましながら歩くのは気持ちがよいものです。

現在もいくつかの原稿を並行して準備している最中ですが、そのような綱渡りのような生活は、少なくとも年末まで続きそうです。初夏の頃からずっと執筆に追われている感じですが、そのようななか、10月と11月のそれぞれ下旬に、素晴らしいオペラの公演に接することができたのは幸運でした。まず挙げなければならないのが、11月23日に大津のびわ湖ホールで開催されたオリヴィエ・メシアンのオペラ《アッシジの聖フランチェスコ》の演奏会形式での上演です。スコアを完全に手中に収めたシルヴァン・カンブルランの指揮とそれに見事に応えた演奏でこの神秘劇の全曲を聴けたことは、とても貴重な体験となりました。正味四時間半に及ぶ全曲を聴き終えて、圧倒された、というのではなく、何か温かいものに満たされた、という感触を持ちました。このプロジェクトを実現させ、この精妙にして巨大な作品の全貌を聴衆に届けてくれた演奏者と関係者のみなさまに心から感謝しています。

23167768_1677494542302911_2385720205421113172_nこの作品の実演に接するのはまったく初めてなので、とても立ち入ったことは言えないのですが、最も内容豊かで、かつメシアンの持ち味が発揮されているのは、ジオットのフレスコ画の画題にもなっている「鳥たちへの説教」の情景(第6景)だったように思われます。この情景の音楽を聴いていると、メシアンが数十種類も聴き分けて、細やかにみずからの音楽に生かしていた鳥たちの声の一つひとつが、実に力強い生命力を放っていることが伝わってきます。それを受け止めながら語りかけるフランチェスコの声が、神秘の徴を呼び起こすところには、地上の生命を深く肯定するところに聖性との接点を見届けようとするメシアンの神学が表われているのかもしれません。

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この第6景に至る長い第2幕の音楽を聴きながら、フランチェスコが創始した修道会に属した中世の神学者ボナヴェントゥラの著書『魂の神への道程』のことを思い出しながらも、道行きの具体的な方向にはそれと反対のものを感じていました。メシアンは、どこまでも被造物の生命の営みを、第一幕に登場した男の皮膚病のような病も含めて引き受けていくことによって、汎神論すれすれのところで創造の痕跡を捉える方向性を示していますが、それが三台のオンド・マルトノの使い方に象徴的に表われている気がします。この楽器が繊細に奏で、やがて合唱とも重なっていく「天使のヴィオール」の主題は、もちろん神秘的で印象に残ったのですが、それ以上に三方向から絶えず降り注ぐようにオンド・マルトノの音が響いてくる(この点でびわ湖ホールでの楽器の配置は功を奏していたと思います)のが印象的で、音響に垂直的な、どこか天井画を持ったバロックの聖堂の建築のような広がりをもたらしていたと感じます。

とはいえ、《アッシジの聖フランチェスコ》の音楽の頂点は、フランチェスコが聖痕を受けるに至る第7景にあったように思います。びわ湖ホール声楽アンサンブルと新国立劇場合唱団の混成による合唱の力演もあって、トーン・クラスターを駆使した音響が凄まじい緊張感を醸していました。それまで具体的な被造物との関わりのなかで探究されていた、イエスの受難とは何かという問いが、フランチェスコのなかで突き詰められるこの情景があってこそ、このオペラは魂のドラマにおける焦点を持ちうるのではないでしょうか。そのなかで聖書の言葉が、シェーンベルクとはまったく異なった響きの下で、意味を越えた力として響くのも興味深く思われました。ここでの歌唱を含め、フランチェスコの役を歌ったヴァンサン・ル・テクシエの歌唱は、役柄に相応しい劇性と気品を兼ね備えていました。今回の上演では、読売日本交響楽団の演奏にも感嘆させられました。オーケストラが一つになって複雑なリズムを生き生きと刻みながら、艶やかな歌を響かせるアンサンブルの緊密さは、上演の成功に大きく貢献していたと思います。

22815609_1671956036190095_1275962100839757002_n10月28日に兵庫県立芸術文化センターで、関西二期会の第88回オペラ公演として行なわれたヴェーバーの《魔弾の射手》の公演を見られたのも貴重な経験となりました。ベルリン滞在中に知り合った気鋭の演出家菅尾友さんの演出は、このオペラのスコアとリブレットの双方を読み抜いて、そこに現代に生きる者に語りかける内実が含まれていることを説得的に示していたと思います。説明過剰になることなく物語の背景や登場人物の立場を示す方法も巧みでしたし、主人公の心の動きと音楽の変化が、人物の動きや装置の変容と緊密に結びついた舞台の進行が最後まで貫かれている点には、心からの感動を覚えました。

なかでも印象的だったのは、群衆を含めた他の人物像との対照のなかに浮かび上がるマックスとアガーテの姿でした。両者とも、ジェンダー・バイアスも同調圧力も強い慣習的な共同体のなかで、どうしても要領よく立ち回れない繊細な若者として浮き彫りにされていたと思います。そしてその繊細さが、アガーテにおいては無意識の領域にまで浸透する恋人への思いの深さとして、マックスにおいては悪魔の自在弾に手を染める弱さとして表われることが、優れて音楽的に表現されていたのも印象的でした。それから、現代の若い人々の共同体にも見られる、マチスモに集団で寄りかかった暴力性が、第一幕と第三幕の合唱で明瞭に描がれるとき、この国の人々が今まさに置かれている関係が照らし出されると同時に、《魔弾の射手》を「ドイツ」のオペラとして称揚するナショナリスティックな共同体意識も、痛烈に批判されていたように感じます。狩人の共同体に「魔弾」をもたらした悪魔ザミュエルの部屋が、サブ・カルチャーの凝縮された錬金術の工房のように描かれていたことも、現代の若い人々の共同体における想像力を凝縮しているようで興味深かったですし、第二幕における肖像画の巧みな使い方も光りました。

全体として、呪術性と合理性のあいだで揺れ、けっして善悪で割り切ることのできない人間性を、観客の一人ひとりに内在するものとして見事に浮き彫りにした《魔弾の射手》の舞台でした。もちろん、音楽も聴き応えがありました。とくにアガーテ役を歌った木澤佐江子が、傷つきやすい心を伸びのある声で歌いきって、存在感を示していたのが心に残ります。エンヒェンの役を歌った熊谷綾乃も、アガーテと好対照を示しながら、好奇心旺盛であると同時に心配りの利く女性の姿をしっかりと印象づけていました。ピットに入ったキンボー・イシイの指揮による関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏も、若々しい躍動感に満ちていて、今回の舞台に相応しかったと思います。とくに随所に聴かれるオーボエの独奏と、エンヒェンのアリアにおけるヴィオラの独奏は印象的でした。合唱も、全体で40名足らずながらも、聴きどころの合唱でとても力強いハーモニーを聴かせていました。これだけ凝縮度と説得力のあるヴェーバーの代表作の公演を観られたことは幸せでした。

324513この間に公になった仕事に一つ触れておきますと、11月25日に発売された『メルロ゠ポンティ哲学者事典』別巻(白水社)の大項目として、ヴァルター・ベンヤミンの生涯と思想をコンパクトに紹介する文章を寄稿させていただきました。このような機会を与えてくださった編者のみなさまに、心より感謝申し上げます。拙稿では、1917年の「来たるべき哲学のプログラムについて」における経験への問いを出発点としつつ、言語哲学、美学、そして歴史哲学から「哲学者」としてのベンヤミン像に迫ろうと試みました。彼が「哲学者」というのは、もしかすると日本では一般的とは言えない見方かもしれませんが、ドイツ語圏をはじめヨーロッパでは「哲学者」としても認知されています(もちろん、哲学畑で研究する人は少ないですが……)し、彼が葬られたポルボウの墓地には、「ヴァルター・ベンヤミン/ドイツの哲学者」という銘が残っています。ともあれ、ご興味のある方に他の項目と併せてご一読いただければ幸いです。私としても、ここに示したベンヤミン像を足がかりとしながら、さらに研究を深め、彼の思考から今に生きることを照らし出す洞察を引き出したいと考えております。

初秋の仕事など

[2017年8/9月]

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大田川放水路の堤の彼岸花

秋風の涼しい時期になりました。彼岸花が残る川堤にも、柔らかな陽射しの下、気持ちのよい風が吹いています。早いものですでに十月。大学の学期が始まりました。また学生たちと向き合う日々が続きます。そして今期は、他者とともに生きることへ向けた一人ひとりの学生の問題意識を引き出すと同時に、現在の危機を歴史認識をもって見通しながら、それを生き抜く思考の回路を、ベンヤミンの思想の研究をつうじて探ることにも力を入れなければなりません。

さて、去る九月には二つの場所で、音楽をめぐって考えてきたことをお話しする機会に恵まれました。9月14日に武生国際音楽祭2017の作曲ワークショップにて「嘆きの変容──〈うた〉の美学」というテーマでのレクチャーをさせていただいたことは、すでに別稿でご報告したとおりですが、それに先立って9月11日には、大阪大学中之島センターで開催されたシンポジウム「シアトロクラシー──観客の美学と政治学」にて、広島でオペラの上演に関わってきた経験を踏まえながら、現代におけるオペラの位置と意義をその可能性へ向けて省察する研究報告をさせていただきました。シンポジウムの開催へ向けてご尽力くださった大阪大学大学院文学研究科の田中均さんに、この場を借りて心から感謝申し上げます。

20170911poster『芸術の至高性──アドルノとデリダによる美的経験』などの著書のあるフランクフルト大学のクリストフ・メンケさんを囲んでのシンポジウムでは、「音楽゠劇(ムジーク゠テアーター)の批判的構成に向けて──ベンヤミンとアドルノの美学を手がかりに」と題する報告を、ドイツ語で行ないました。アドルノの『ヴァーグナー試論』における「幻像(ファンタスマゴリー)」としての楽劇を批判的に検討する議論を、現在のオペラの文化的現象に当てはまるものとして捉えつつ、そこに含まれる観客支配制(シアトロクラシー)の問題にも論及したうえで、広島で上演されたモーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》と細川俊夫の《リアの物語》の一端の分析と、ベンヤミンとアドルノの美学とを手がかりに、オペラを詩的な要素と音楽的要素の緊張のなかで人間の残余の媒体をなす「音楽゠劇」として捉え返す可能性を提示するという内容の報告です。その日本語の原稿は、遠からず活字にしてお届けしたいと考えております。

そこで触れたモーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》は、9月30日と10月1日に広島市のJMSアステールプラザで開催されたひろしまオペラルネッサンスの公演(委員を務めているひろしまオペラ・音楽推進委員会の主催)で取り上げられた作品です。川瀬賢太郎さんの指揮、岩田達宗さんの演出による今回のプロダクションは、モーツァルトとダ・ポンテの手になる作品に真正面から向き合って、作品そのものに含まれる美質を、見事に引き出していたと思います。四人の恋する男女をはじめとする登場人物がほぼ同等の役割を果たすこのオペラにおいては、重唱によってドラマが運ばれていくのが特徴的ですが、それを支える歌手たちのアンサンブルも非常に緊密でした。稀に見る完成度でモーツァルト後期の傑作の全貌を提示できたことは、ひろしまオペラルネッサンスにとって大きな、そして今後につながる成果であったと考えております。公演にお越しくださった方々に心より感謝申し上げます。

59435900a3886今回の《コジ・ファン・トゥッテ》の公演のプログラムにも、作品解説として「清澄な響きのなかに開かれる人間の内なる深淵──モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》によせて」と題する小文を寄稿させていただきました。この作品が19世紀のブルジョワ社会に評価されなかった背景を、作品の構成やその基盤にある思想から解き明かすとともに、その社会の「人間」像を踏み越える自由を、モーツァルトの音楽が人間の深淵から響かせていることに力点を置いて、作品の特徴を紹介する内容のものです。作品と今回のプロダクションのアプローチを理解する一助であったとすれば幸いです。それにしても、公演の会場に居合わせて、後期のモーツァルトの澄みきった響きに身を委ねるとともに、そのなかに抉り出される人間の内奥からの情動を肌で感じることができたのはとても幸せでした。

9月2日には、東京から津市美里町に拠点を移して四年目になる第七劇場の広島での公演を、広島市東区民文化センターで見せていただきました。今回取り上げられたのは、イプセンの「人形の家」。そのテクストに内在する仕掛けを、言葉と身振りの双方でしっかり表現する一方、日本でいち早く戯曲の内実を論じた人々の言葉を含め、新たな要素を付け加えながら、ノラが一人の人間として自立して生きていくことを、その困難も含めて浮き彫りにした舞台作りは、実に興味深かったです。それによって「人形の家」という作品が、ジェンダーやレイシズムの問題が幾重にも絡み合った問いを投げかけるものとして浮き彫りにされていたと感じました。この日の終演後に登壇させていただいたポストパフォーマンス・トークでは、こうしたことを、劇団の主宰者で今回の舞台を演出された鳴海康平さんと楽しく話すことができました。

21740934_1633032076749158_8229968318528997813_o9月19日には、JMSアステールプラザでHiroshima Happy New Ear(細川俊夫さんが音楽監督を務める現代音楽演奏会シリーズで、主催はひろしまオペラ・音楽推進委員会)の第24回の演奏会が、トランペット奏者のイエルーン・ベルワルツさんとピアニストの中川賢一さんを迎えて開催されました。細川さんが当初オーケストラとの協奏曲として作曲した《霧のなかで》、ヒンデミットやエネスクのトランペットのための作品のほか、リゲティのオペラ《グラン・マカーブル》のなかのゲポポのアリアの編曲版などが取り上げられたこの演奏会は、豊かな歌と多彩な音色を兼ね備えたベルワルツさんのトランペットに魅了されたひと時でした。彼の演奏は、呼吸と歌の延長線上にあることを、20世紀前半の音楽からジャズに至るプログラムをつうじて実感させられました。終演後、トーク・セッションの進行役を務めました。

8月の下旬には、ごく短期間ではありましたが、2月上旬まで滞在していたベルリンを訪れました。その主要な目的の一つが、コンツェルトハウスを会場に毎年開催されているYoung Euro Classicという世界中のユース・オーケストラが集う音楽祭で、広島のエリザベト音楽大学のオーケストラと合唱団が細川俊夫さんの《星のない夜》を演奏するのを聴くことでした。トラークルの詩を歌詞に用いて季節を歌いつつ、四季の巡りのなかに第二次世界大戦末のドレスデン空襲と広島への原爆投下の体験を浮き彫りにする声楽とオーケストラのための大規模な作品を、核エネルギー発見の地であり、かつ今も戦争の記憶を至るところで刻み続けているベルリンの地で演奏することには、歴史的な意義があったと思われます。

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Young Euro Classicの会場となったベルリンのコンツェルトハウス

《星のない夜》の演奏は、「冬に」の楽章とそれに続く間奏曲に聴かれる不穏で途方もない破局の予感を含んだ自然の息吹が、最後の楽章で浄化されて死者の記憶とともに穏やかに空間を包むに至る一貫した流れを感じさせる演奏に仕上がっていました。「ドレスデンの墓標」の楽章における破壊の表現の凄まじさ以上に、哀しみの表現の深さや、静かな箇所における繊細で抒情的な表現の美しさが際立っていて、そこに作品への取り組みの真摯さが感じられます。広島の若い音楽家にこそ可能な《星のない夜》の魂の籠もった演奏は、満場の聴衆に深い感銘を与えていましたし、現地のメディアにもおおむね好意的に受け止められていました。

今回の日本語の原文で歌われた「広島の墓標」の楽章に込められた言葉を失うまでの恐怖と悲しみは、藤井美雪さんの深く、強い声を介して会場全体を震わせていました。小林良子さんが歌った、地上の世界に怒りをぶつける「天使の歌」も、強い緊張感によって時の流れを宙吊りにし、繰り返されてきた人間の過ちとその忘却を、鋭く問いただしていたと思います。このような、真の意味で強い歌に耳を傾けながら、広島で被爆した子どもの詩が伝える沈黙のうちにある恐怖の忘却が新た破局を招き寄せようとしている今、これらの歌の内実を思考によって掘り下げることが求められていることをあらためて思いました。激昂する天使の声が空間を切り裂くように、記憶の抹殺を積み重ねていく時の流れを断ち切りながら、生存の余地をベンヤミンの言う「瓦礫を縫う道」として開く可能性を、研究をつうじて探っていきたいと考えているところです。

武生国際音楽祭2017に参加して

Takefu-International-Music-Festival-2017-Leaflet第28回目を迎えた武生国際音楽祭2017に、今年は作曲ワークショップの特別ゲストとして参加させていただきました。9月13日に武生に入ってから17日の音楽祭最終日まで、数多くの演奏会とレクチャーに接することができて、とても言葉では言い尽くせない多くの刺激を受けることができました。この音楽祭の重要な特徴をなすワークショップでは一回レクチャーを持たせていただきましたが、それをつうじて、私のほうが学ぶことが多かったです。このような機会を設けてくださった武生国際音楽祭の音楽監督の細川俊夫さん、コンサート・プロデューサーの伊藤恵さん、そして理事長の笠原章さんをはじめとする武生国際音楽祭推進会議のみなさまに、まずは心から感謝申し上げます。本当にお世話になりました。

5日にわたって聴かせていただいた演奏会は、どれも印象深いものでしたが、とくに9月14日の夜に聴いた「マエストロの調べ──イリヤ・グリンゴルツを迎えて」、15日の夜に聴いた「細川俊夫と仲間たち」、そして最終日の17日に聴いた「ユン・イサンの音楽──100年目の誕生日に寄せて」は、忘れがたい演奏会となりました。まず、細川俊夫さんの作曲の師であった尹伊桑の百回目の誕生日に行なわれた「ユン・イサンの音楽」では、深い吐息とともに発せられた一つの音が、自己自身を拡げながら渦巻くように力強く発展していくこの作曲家の音楽の凝縮された姿を、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラの独奏のうちに聴くことができました。一つの音に潜在する響きを聴き出しながら、書の線として展開する細川さんの音楽の源泉の一つがここにあることがあらためて実感されました。

なかでも、尹が十二音技法を用いながら、この西洋音楽の論理の展開に、朝鮮半島の伝統的な音楽や朗唱の要素によって息を吹き込んだ1963年成立の二つの作品、フルートとピアノのための《ガラク(歌楽)》、ヴァイオリンとピアノのための《ガーザ(歌詞)》の音楽の凝縮度の高さには目を瞠りました。演奏会の冒頭で細川さんが、日本の植民地主義によって言語を奪われた経験を持つ尹は、自身の音楽のうちに自分自身の言葉を求めていたと語られたのを感銘深く聴きましたが、これらの二つの作品で尹は、やがて彼自身にも及ぶことになる軍事政権の圧政のなかで、魂が息づく余地を、作曲の方法を突き詰めながら切り開こうとしているように聴こえます。そして、そのような作曲の基本的な姿勢は、今あらためて顧みられる必要があるのではないでしょうか。とりわけ、張りつめた静けさのなかを一段一段上って、言わば舞台の上で音の舞いを羽ばたかせた後、静かな祈りへ還っていく過程を示す《ガラク》の音楽を、温かさと強さを兼ね備えた音で歌い抜いた上野由恵さんのフルートには心を動かされました。上野さんは、無伴奏フルートのための《エチュード》からの三曲でも見事な演奏を聴かせてくれました。

尹の《ガーザ》で、静かな息遣いが徐々に熱を帯びて、忘我の朗詠にまで高揚していく過程を、美しい音で、かつひたひたと迫り来るような緊張感を持って表現したイリヤ・グリンゴルツさんのヴァイオリンには、今回の音楽祭で最も驚嘆させられました。14日の「マエストロの調べ」で彼は、伊藤恵さんの豊かな歌を持ったピアノのサポートを得ながら、シューベルトのイ短調のソナチネとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「クロイツェル」の完璧と言って過言ではない演奏を披露してくれましたが、連綿と連なっていくかのような旋律線のなかに起こるドラマを、恐ろしいまでの凝縮度を具えた音楽に造形したシューベルトのソナチネの演奏は、とくに感動的でした。ベートーヴェンの「クロイツェル」ソナタでは、それぞれのフレーズの特質を繊細な感覚で生かしながら、音楽の自然な流れを造形する演奏に感銘を受けました。この曲の両端楽章の躍動も実に魅力的でしたが、その途方もない振幅のなかで澄んだ響きが保たれているのにも驚かされます。13日の夜には、グリンゴルツさんは、見事としか言いようのないパガニーニのカプリースの演奏も披露してくれました。

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珠寳さんによる、水辺から野への歩みと夏から秋への季節の変化を、儚さを感じさせるかたちに表現した引接寺での作品。

15日から16日にかけては、「細川俊夫と仲間たち」の演奏会と「新しい地平」シリーズで、同時代の数多くの作品を聴くことができましたが、とくに「細川俊夫と仲間たち」では、今まで実演に接することのできなかった細川さんの作品を聴くことができて嬉しかったです。なかでも、メシアンの《世の終わりのための四重奏曲》と同じ楽器編成で書かれた《時の花》では、弦楽器とクラリネットが織りなす柔らかな響きの層のなかにピアノの音が静かに打ち込まれることによって、時の動きが始まり、その動きが、分割不可能な時のなかで過去と現在が絶えず浸透し合うのを象徴しながら、渦巻くように高まっていく一連の動きが実に美しく響きました。また、フルートと弦楽三重奏のために書かれた《綾》における、フルートとヴィオラの深い息遣いをもった歌の掛け合いが、やがてどこか取り憑かれたかのように激しい動きへと高揚していく音楽の推移も、聴き手の心を渦のなかへ巻き込んでいくような強さを示していたと思います。これらの二曲を含む細川さんの作品は、毎年武生国際音楽祭で活躍している音楽家が構成する「タケフ・アンサンブル」によって、今年の10月にヴェネツィア・ビエンナーレでも披露されることになっています。

同じ「細川俊夫と仲間たち」で聴いたイザベル・ムンドリーさんの作品も印象深いものでした。とりわけ器楽アンサンブルのための《リエゾン》において、緊張感に満ちた持続のなかから、とても繊細で、しかも緻密に構成された響きが閃くのが印象的でした。《織る夜》においては、分割された声の構成的でかつニュアンスに富んだ扱いが、詩の壊れやすい世界を生かしていたと思います。この作品では、太田真紀さんの声が、こうした作品の特徴を見事に生かしていました。二日にわたって聴いた「新しい地平」シリーズのなかでは、陰翳に富んだ響きのなかから対がニュアンスを変えつつ生じてくる三浦則子さんの二台のピアノのための《二つの眼》や、笛と鼓を介した密やかな遣り取りが、声を通わせる対話に発展して、また遠ざかっていく金子仁美さんの《歌をうたい…I》などを面白く聴きました。これらの他に、ドイナ・ロタルさんのフルート独奏のための《JYOTIS》を、素晴らしい曲と感じました。東方教会とルーマニアの民俗音楽から得られた魅力的な歌の線に息が吹き込まれ、音楽の強度が増していくのが、マリオ・カローリさんの素晴らしい演奏によって聴衆に届けられました。彼は、尹の《ソリ》でも見事な演奏を聴かせてくれました。

こうした息遣いと深く結びついた音楽の力は、ヨーロッパの音楽の核心にあるものでもあるはずです。それがとても魅力的に発揮されたのが、16日夜の演奏会「珠玉の室内楽と魅惑の歌声」でした。なかでも、毛利文香さんと津田裕也さんが奏でたシューベルトの幻想曲の豊かな歌と感興に満ちた演奏は、敢えて「幻想曲」と銘打たれた作曲家晩年の作品の魅力を見事に伝えていたと思います。コーダの直前の歌の広がりと、そこからの追い込みには心を奪われました。こうして若い演奏家が自身の音楽を深化させている姿に接することができるのも、この音楽祭の魅力の一つでしょう。最終日の「ファイナル・コンサート」でのシューマンのピアノ五重奏曲の闊達な演奏や、先の「マエストロの調べ」におけるシューベルトの弦楽五重奏曲の躍動感と歌に満ちた演奏も、若い音楽家たちの成長を実感させるものでした。

16日夜の演奏会の最後に演奏された、イルゼ・エーレンスさんの独唱によるマーラーのリュッケルトの詩による五つの歌曲にも感嘆させられました。第4曲「私はこの世の人ではなくなった」と第5曲「真夜中に」における高揚には神々しいまでの輝きがありました。彼女は、来年2月に細川さんのオペラ《松風》の新国立劇場での日本初演で、タイトル・ロールを歌うことになっています。彼女は、「ファイナル・コンサート」でのブルックナーの《テ・デウム》でも独唱を務めましたが、自身のパートで見事な歌唱を聴かせるのみならず、合唱のパートもほぼすべて歌って、武生の人々の歌唱を支えていました。こうした姿勢に表われるエーレンスさんの人間としての温かさも、実に魅力的でした。彼女のサポートと相俟って、《テ・デウム》は力強く響いたと思います。台風が近づいていたので、最終日の演奏会への影響が心配されましたが、「ファイナル・コンサート」まで無事に盛況のうちに開催されたのは、実に喜ばしいことです。

作曲ワークショップでは、文学研究者にして音楽学者でもあるラインハルト・マイヤー゠カルクスさんと作曲家のイザベル・ムンドリーさんのレクチャーから多くを学ぶことができました。《アヴァンチュール》に代表されるリゲティの声の扱いとその背景にある前世紀の芸術運動について、細川さんの声の扱いの方法とその深化について、さらにムンドリーさんが音楽が生じてくる動きそのものに着目しながら作曲する方法や、その前提となる思想について興味深いお話をうかがいました。今回は、私もワークショップにて、「嘆きの変容──〈うた〉の美学のために」というテーマでお話ししました。困難な世界のなか、他者とのあいだで、そして死者とともに生きることを悲しみとともにわが身に引き受ける嘆きを掘り下げ、その嘆きを響かせるという観点から、〈うたう〉ことを、さらに言えば〈うた〉の出来事を、文学と音楽を往還するかたちで考察する内容のものです。慣れないことでいくつか反省点もありましたが、若い作曲家の方々にとっていくつか刺激になるものが話には含まれていたようで、後でいくつも質問をいただきました。その準備の過程では、学ぶことがとても多かったです。

このように、作曲家と演奏家にとって確かな手応えのあった、そして私にとっても刺激に満ちた今回の武生国際音楽祭に参加させていただいたことに、重ねて心から感謝申し上げます。また次回も、この音楽祭のために武生を訪れるのを、とても楽しみにしております。そして、この音楽祭が、武生の街における日常的な芸術の営み──それは、この街の至るところにある寺院やギャラリー、さらにはカフェのような場所で、美術作品の展示のみならず、詩的な作品の朗読やレクチャー、小さなパフォーマンスなどをつうじて行なわれうることでしょう──をつうじて、より深く人々のあいだに根づくことを願っております。音楽祭が開催された越前市文化センターの周りには、立派な図書館や子どもが遊ぶスペースが整えられていて、さまざまな背景を持った子どもたちの声が夕暮れ時まで響いていました。その声のなかに、武生の街の新たな文化の胎動があるのかもしれません。

初夏の音楽と美術など

[2017年6/7月]

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世羅高原の薔薇「詩人の妻」

暑中お見舞い申し上げます。うだるような暑さの日が続きますが、お元気でしょうか。広島では、夕凪がいつもにも増して蒸し暑く感じられます。今年は空梅雨の後に、局所的な豪雨が日本列島の各地を襲いましたが、ここ広島も六月の末に、三年前の土砂災害の日を思い出させるような豪雨に見舞われました。それにしても、7月5日から6日にかけての九州北部での豪雨の被害には心が痛みます。と申しますのも、以前に佐賀県の鳥栖市でラ・フォル・ジュルネ(「熱狂の日」音楽祭)が開催されていたのに通っていたとき、今回の豪雨の被害が最も大きかった福岡県朝倉市の杷木温泉を宿泊に使っていたものですから。それにこの朝倉市には、「国際子ども芸術フェスティヴァル」の伝統もありました。被災した方々の一日も早い生活再建を願ってやみません。

六月から七月にかけては、心身の調子があまり良くありませんでした。四月から、まったく新しい講義を含めた大学の仕事が本格的に始まり、二年前よりもかなり多忙だったこともありますが、そのなかで暗然とさせられることがあまりにも多かったのも確かです。昨今、大学のあり方について、大学の内外でさまざまな「改革」の必要性が言われていますが、その多くは、大学を含めた組織の次元の低い自己満足と、子どもとその親にたかる「教育産業」の新たな利権のためのものでしかないと思われてなりません。そして、そのために若い人たちと、その一人ひとりのための教育が食い物にされることは、許しがたいことです。こうした風潮すべての虚妄を見抜けるような批判的思考を培うことも、大学における教育の責務となりつつあることを痛感する昨今です。

七月の上旬には夏風邪を引いてしまったのですが、その症状が治まってきたところで、手足の末端に力が入らなくなってしまいました。一種の虚脱状態になって、何も手につかない日がしばらく続きましたが、おかげさまで今はある程度体調が回復してきました。そのようなわけでなかなか思うように仕事ができず、忸怩たる日々を送っていたわけですが、学ぶことにひたむきな学生の姿とその成長には救われます。今学期の三年生向けのゼミでは、学生の問題意識に応じるかたちで、花崎皋平の『生きる場の哲学──共感からの出発』(岩波新書)を講読しましたが、それをつうじて私も学ぶことが多かったです。その以下の一節は、今あらためて個々人の置かれている状況とともに顧みられるべきかもしれません。「無にひとしいものでありながら、自分とおなじ運命のもとに他人もまたおかれていることを、身につまされて感ずることができたら、そこに生まれる感情は『やさしさ』と名づけられるだろう。つまり、『やさしさ』とは、疎外された社会的個人のありようを、共感という方法でとらえるときに生ずる感情である」。

20170725 原サチコ グローバル人材育成講演会 - コピー

原サチコさん講演会のflyer

7月25日に、大学の「『市大から世界へ』グローバル人材育成講演会」の講師に、ハンブルク・ドイツ劇場の専属俳優として活躍されている原サチコさんをお迎えできたのは、大きな喜びでした。「ヒロシマを世界に伝えるために──ハノーファーでの『ヒロシマ・サロン』の試みから」というテーマでお話しいただきましたが、ハノーファーをはじめとするさまざまな場所でのヒロシマ・サロンを、そのきっかけとなった林壽彦さん(広島とハノーファーが姉妹都市になるきっかけを作った方です)との出会いを含めてご紹介いただいたことによって、ヒロシマがチェルノブイリなど二十世紀の世界的なカタストロフィのあいだにあることが浮き彫りになると同時に、それとの関係のなかで被爆の記憶を継承していくことの課題が照らし出されました。そして、苦難の記憶を分かち合うことにもとづく交流が、まずは相手に対する関心と尊敬にもとづいてこそ、実質的なものになることも、聴衆に伝わったと思います。何よりも、講演会をハノーファーへの留学生を含めた人々の出会いの場にできたことは嬉しかったです。

58dcddff527ebところで、六月と七月にはいくつか感銘深い演奏会に接することができました。まず、6月7日に広島市のアステールプラザのオーケストラ等練習場で行なわれたHiroshima Happy New Ear XXIII「次世代の作曲家たちV」では、川上統さんと金井勇さんが「ヒロシマ」に寄せた新作の誕生の瞬間を多くの聴衆と分かち合うことができました。川上さんの《樟木》と金井さんの《凝視》は、好対照をなしていたので、巧まずして刺激に満ちた演奏会の構成にもなったのではないでしょうか。川上さんの作品では、旋律的なモティーフが折り重なるなかで響きが徐々に熱を帯びていく過程が印象的でしたが、それは「樟木=クスノキ」の生命が、地下へ根を張り、中空に葉を茂らせていく様子とともに、それを見守る人間の魂の存在も感じさせるものでした。川上さんの作品では、歌心を感じさせる時間の連続が特徴的でしたが、金井さんの作品では逆に時を断ち切る衝撃が、ただならぬ緊張感を醸していました。そこにあるのは、時系列的のうえでは72年前に起きたことが未だ過ぎ去っていないことに触れる、いや、むしろ触れられることの衝撃なのかもしれません。この衝撃とともに始まる「凝視」と想起の時間を象徴するソリスティックなパッセージの連なりも、求心力に満ちたものだったと思います。川上さんの作品は、被爆してもなお滅びることのなかった木々の生命力を、金井さんの作品は、被爆の痕跡を目の当たりにする衝撃と、それに続く想起の時の緊張を、魂の奥底から感じさせるものと思います。そのような作品を広島に届けてくださったお二人に、あらためて感謝したいと思います。

今回のHiroshima Happy New Earで、ブーレーズの《メモリアル》の演奏と細川俊夫さんのギター協奏曲《旅IX──目覚め》の演奏に接することができたのも大きな喜びでした。ブーレーズの作品では、何と言っても森川公美さんのフルートが素晴らしかったです。音楽の展開をわがものにした読みと繊細な歌心を兼ね備えた演奏によって、魂=言葉の雅な舞いが浮かび上がっていました。亡くなったフルーティストに捧げられたこの作品の凝縮度の高さも伝わってきました。細川さんの《旅IX》における福田進一さんのギターの独奏も、作品への共感に満ちた素晴らしいものでした。自然のなかを歩む人間の魂の開花を象徴したこの作品の音楽においては、大きく螺旋状に発展していくなかで、一つひとつの音が沈黙のなかから立ち上がってくる瞬間がことに印象的でした。その出来事によって、時に空間がたわむかのようにも聞こえました。福田さんのギターと広島交響楽団のアンサンブルが緊密に呼応し合うなかで、実に豊かな響きが生まれていたのも印象的でしたが、その響きがぎらりとした、強烈な生命の輝きをも見せていたのには驚かされました。それにしても、細川さんの作品を聴いていて、川瀬賢太郎さんが指揮する広響の素晴らしさをあらためて実感しました。響きの風景と空気感が実に見事に表現されているのです。それぞれの作品の響きが独特の時間に結びついているのがひしひしと伝わる、素晴らしい解釈と演奏でした。

18301815_1885690948358355_7477246877900166576_n7月14日に広島の流川教会で行なわれた、ザ・ロイヤル・コンソートの演奏会も心に残ります。そこでは、J. S. バッハが未完のまま遺した《フーガの技法》が、寺神戸亮のバロック・ヴァイオリンと三台のヴィオラ・ダ・ガンバにより演奏されました。二曲に“BACH”の名を音列のかたちで織り込み、バッハの作曲技法の自己省察を示すこの巨大なトルソーは、楽譜に楽器編成が記されていないことから、従来管弦楽、弦楽四重奏、あるいはオルガンのような鍵盤楽器で演奏されてきましたが、今回のように当時一般に用いられていた弦楽器のミニマムな編成で演奏されると、三つないし四つの声部が複雑に絡み合うなかから、大バッハとその同時代人の息遣いが響いてくる気がします。透明でありながら、モダン楽器の四重奏などよりも呼吸を感じさせる響きがまず印象的でした。それが、歌うことと一体となった精緻な思考によってフーガやカノンが組み立てられていることを感じさせます。

また、基本主題のリズムを変えたり、その反行型を作ったりすることにもとづいて曲が構成されることが、全体の響きの色合いを変えるのが、直接的に過ぎないかたちで伝わってくるのも好ましかったです。長調の響きのなかで、ヴァイオリンが高い音域を奏でる瞬間など、柔らかな光が上から差してくるように聴こえました。他方で、細かい音型のコンチェルタントな掛け合いが聴かれる曲や、途絶した三つの主題によるフーガの力強さにも欠けていなかったと思われます。ルネサンスの声のポリフォニー音楽との連続性も感じさせるかたちで、《フーガの技法》の魅力を再発見させる素晴らしい演奏会でした。詳細な解説と各曲の作曲技法をスクリーンに投影する工夫も、聴衆の理解を助けてくれました。

細川俊夫さんの《嘆き》がマーラーの交響曲第2番「復活」とともに取り上げられた東京交響楽団のミューザ川崎での定期演奏会(7月15日)については、すでに別稿で触れましたが、それ以外に7月22日には、すみだトリフォニーホールで新日本フィルハーモニー交響楽団のサマーコンサートを聴きました。今回の演奏会のプログラムは、音楽監督の上岡敏之が、聴衆のリクエストにもとづいて選曲して指揮するという趣向でしたが、上岡は「ヴィルトゥオーゾ」という観点から、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調とベルリオーズの幻想交響曲を選んでいました。演奏と作曲双方のヴィルトゥオーゾの作品というところでしょうか。

後者に期待して出かけたのですが、上岡と新日本フィルハーモニーは、よい意味で驚きに満ちた演奏を聴かせてくれました。上岡は、「初心に還って」音楽作りをしたいという旨のことを、プログラムに収められたインタヴューで述べていましたが、「初心に還って」ベルリオーズが書いたスコアを読み直すと、これほどまで豊かな内容が引き出されるのか、という驚きが、音楽を聴く喜びと結びついた演奏だったと思います。幻想交響曲に慣習的に付け加えられていることを排して、ある意味で書かれた音だけでもしっかり響かせるなら、標題音楽的な情景、いや譫妄のなかのおどろおどろしい光景までもおのずと響くことを感得できました。

そうした方向性は、割合さらりとした序奏からも伝わってきましたが、上岡の指揮は、主部に入って音楽が熱を帯びるなかでも、見通しのよい響きを保ちながら、ベルリオーズの持っていた音色の豊かさを存分に生かしていました。全曲を通して、打楽器の音色を実に細かく使い分けていたのが印象的でした。それが音楽の進行に絶妙なアクセントを添えていました。この交響曲では個人的に、ヴァイオリンと木管楽器が一緒に旋律を奏でる響きが好きなのですが、そうした箇所の響きの美しい広がりも、歌の美しさも申し分のないものでした。第二楽章のワルツの旋律を含め、伸びやかな歌に満ちた演奏でもありました。第三楽章のコーラングレやクラリネットの独奏をはじめ、木管楽器の演奏はどれも素晴らしかったです。弦楽セクションのアンサンブルの充実は、上岡との音楽作りの成果を示して余りあります。

前半には戸田弥生の独奏でパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番が演奏されましたが、その演奏も、技巧の誇示に終わることのない音楽の有機的な発展を伝えるものであったと思います。戸田の独奏は、力が入りすぎたと見える箇所もありましたが、豊かな音で歌心を示した、好感の持てるものでした。彼女の最近の充実ぶりは、アンコールで演奏されたJ.S. バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータのサラバンドが雄弁に物語っていたように思います。アンコールと言えば、幻想交響曲の後にリストのハンガリー狂詩曲第2番が取り上げられたのですが、その演奏が圧巻でした。個人的にこの曲を積極的に聴くことはないのですが、今日ばかりは曲の面白さを、そして演奏と作曲の両面におけるリストのヴィルトゥオジティを心から楽しみました。

六月から七月にかけては、いくつか重要な美術の展覧会にも接することができました。まず、6月11日には、ギャラリー交差611でのいさじ章子さんの個展「基町の文化人──いさじ章子の小宇宙」を見ることができました。比較的大きなサイズの油絵に始まり、「ハルコ」の名で繰り広げられた街頭パフォーマンスの記録映像、そしてそれぞれが一篇の詩を感じさせる小さな絵画作品と続く展示は、実に見応えがありました。なかでも小さな絵の数々が、文字通り林立するかたちに掲げられたいさじさんの詩的な言葉と応え合っているところは、非常に感銘深かったです。言葉を読んで、あらためて絵を見ると、いさじさんが一貫して自身の生きざまを身体的な次元まで深く掘り下げ、そこにある生命の蠢きを感じ取るところから作品を創っていることが伝わってきます。最近の絵画作品では、《水のように歩く》や《佇む》といった作品が印象に残ります。ちなみに、いさじさんは、拙著『共生を哲学する──他者と共に生きるために』(ひろしま女性学研究所)の表紙に素晴らしい絵を描いてくださった方です。

また、7月5日には、峠三吉と四國五郎の交流、とくに1950年前後の「辻詩」の共同制作に光を当てた展覧会「駆けぬけた広島の青春」を、広島市の合人社ウェンディひと・まち交流プラザで見ました。四國と峠の合作による「辻詩」の現存するすべてを並べて見られたのが何と言っても印象深かったです。おそらく、この当初から儚さを運命づけられた合作は、往来に貼られる一つの行為によって、街路を辻、すなわち人と人が交差する場に変えていたにちがいありません。それとともにどのような人たちが出会っていたのかと想像しながら見入りました。控えめな画面が詩の言葉を引き立てている一枚もあれば、絵の動きに詩が吸い込まれていくかのような一枚もありました。なかでもインパクトが強かったのはやはり、日本銀行旧広島支店での四國五郎の回顧展にも出品されていた、当時の「パンパン」の姿を突きつける一枚でした。「辻詩」の1985年の原水爆禁止署名活動における復活を示す連作も、ナジム・ヒクメットの詩の受容を含め、興味深かったです。1949年の日鋼争議を描いた四國の絵と、そこで朗読された峠の詩が展示されていたのも、両者の出会いを印づけるものとして貴重だったのではないでしょうか。

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無題I(或いはピゴチャーズI)

7月22日には、東京の祖師谷のGallery Taga2にて、ボローニャとニューヨークを拠点に活動しているアーティスト吉田萠さんの個展「ジェルンディオ」を見ました。浅海の砂泥に棲む半索動物ギボシムシの生態から着想を得ながら人間の記憶、人間の自己形成ないし自己の崩壊を孕んだ変成の過程、さらにはスタニスワフ・レムとアンドレイ・タルコフスキーの「ソラリスの海」を思わせるその時空間を、多層的に、かついくつもの感覚を刺激するかたちで問う創作活動が展開されているのを、萠さんのお話を聴きながらとても興味深く見ることができました。萠さんの作品は、言葉やさまざまなイメージを書き込んだ平面にいくつもの層を重ねたり、層の一部を、それ自体ギボシムシの形を思わせるような言葉の型をくり貫いたりするなどして構成されていましたが、それをつうじて一部が消えて読めなくなっている文字は、それ自身で新たな運動を始めているかのようでもありました。そして、その動きが作品の空間を越えた世界に通じていることも示す、開かれた構成も作品から感じられました。

砂を吸っては吐いて栄養を摂取するギボシムシは、さまざまな観念やイメージを吸収しながら、あるいはそれを忘れながら生きる人間の自己形成の過程を連想させると萠さんは語っておられました。その過程で記憶の襞に、澱のように固着していくものもあることでしょう。作品のなかの石や錆を思わせる細部からは、そうしたものの存在を感じました。作品そのものが、無数の襞を持った人間の不可視の記憶器官をめくり返したようでもあり、同時に器官としての作品が蠕動し始めているようにも思われました。イタリアの古い扉をモティーフにしたという、別の世界へ通じる扉のような作品も、ギボシムシの生態を、記憶の海に生息する半機械的な生物に変成させた立体作品も、非常に魅力的でした。とくに、脆さも感じさせるかたちでゆらめきながら何かを感知している生き物は、見ていて飽きることがありません。その姿は、人間の自己の脆さとともに、その変成の未来をも暗示しているのかもしれません。

ちなみに萠さんは、細川俊夫さんのオペラ《リアの物語》の広島での上演の際に、卓抜な舞台美術を担当された方です。その公演の演出家ルーカ・ヴェッジェッティさんのお連れ合いでもあり、昨夕はルーカさんとも再会できました。広島で日本銀行旧広島支店に強烈な印象を受け、そこに何度も通ったとのお二人のお話を聴きながら、いつかこの被爆建物の空間で萠さんの作品を見てみたいと思いました。

7月23日には、国立新美術館でジャコメッティ展を見ました。マルグリット&エメ・マーグ財団のコレクションを中心とした大規模な展覧会で、アルベルト・ジャコメッティの回顧展を見るのは、数年前に兵庫県立美術館で見て以来ということになります。存在感に満ちた一連のディエゴの胸像やおそらくは妻のアネットをモデルとした細い女性の立像から強い眼差しを感じながら、ベンヤミンが「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」に記した、眼差しをめぐる考察を思い出していました。彼はこう述べています。「つまりアウラの経験とは、人間社会にしばしば見られる反応形式を、生命を持たないものや、自然と人間の関係に転用したものである。見つめられている者、あるいは見つめられていると思っている者は、眼差しを開く。ある現象のアウラを経験することは、この現象に眼差しを開く能力を付与することである」。ジャコメッティは、この眼差しの出来事に形を与えようという狂おしい試みを続けていたのかもしれません。

ベンヤミンが描くボードレールにとってこの「アウラの経験」が不可能であったように、ジャコメッティにとって一人の人間が眼差しを放ちながら立ち現われてくることの全体を捉えることは不可能であり続けたでしょう。しかし、彼はその出来事をその精髄において捉えようと苦心を重ねました。その過程をシュルレアリスムの影響下にあった初期から辿ることによって、ジャコメッティの芸術が、以前よりも身近に感じられるようになりました。

今回出品されていた作品のなかで印象に残ったのは、どちらかと言うと後期の作品で、とくに《ヴェネツィアの女たち》の立像群は美しく思われました。一体一体を少し距離を置いて見ると、一人ひとりが独特の顔立ちと眼差しでこちらを見つめ、何かを語りかけてくるように感じられます。それ以外の女性の立像のほかには、歩く男の像が興味深かったです。大きな《歩く男》も《三人の歩く男》の群像も、さまざまな力を背負いながら大いなる一歩を踏み出すという出来事を強く印象づけます。その力を、人間のみならず、《犬》も一身に背負っていることでしょう。これほど哀しい犬の姿は見たことがありませんが、それを形にするところにジャコメッティの生あるものへの愛を感じます。

さて、早いものでもう八月になります。学期の仕事がようやく終わりに近づいてきましたので、九月に二度予定されている講演の準備や、依頼されている原稿の執筆に本腰を入れなければなりません。また、その先に予定されている原稿の執筆の準備にも取りかかる必要があります。この二か月ほどで作業日程にいろいろと遅れが生じていますので、それを可能なかぎり取り戻したいとは思いますが、個人的な事情で思い通りにいかないことがあるかもしれません。それでも、現代世界における芸術の可能性を批判的に省察する、あるいは歴史のなかに生きることを、自分自身の問題として考えるきっかけになるような言葉をお届けできるよう、一ページずつ文献を読み進め、一文一文を書き連ねていきたいと思います。これから暑さがいっそう厳しくなるでしょうが、みなさまどうかお身体に気をつけて、よい夏をお過ごしください。

東京交響楽団第652回定期演奏会を聴いて

[2017年7月15日/ミューザ川崎シンフォニーホール]
650_652作曲家細川俊夫がみずからの創作活動の軌跡を、その音楽思想とともに語った対談書『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』(柿木伸之訳、アルテスパブリッシング、2016年)には、2011年3月11日の東日本大震災によって甚大な被害を受け、痛ましい姿を晒すミューザ川崎シンフォニーホールの写真が収められている。その後復旧を遂げたこのホールで、細川が震災の犠牲者、とりわけ地震と津波によって子を失った母親たちに捧げた《嘆き》(2013年)とグスタフ・マーラーの交響曲第2番ハ短調「復活」(1894年)を、東京交響楽団の定期演奏会で聴くことができた。地震によって傷ついたその空間を、死者に思いを馳せ、その魂が地の底から、あるいは水底から甦る場を開く響きがを満たしたことには、特別な感慨を覚える。なお、細川の《嘆き》は、元はソプラノとオーケストラのために書かれているが、今回は独唱を務めたメゾ・ソプラノの藤村実穂子のために改稿された版で演奏された。

オーストリアの詩人ゲオルク・トラークルが死の直前に友人に宛てて書いた手紙の一節と、「嘆き」と題された一篇の詩をテクストに書かれた《嘆き》は、深沈とした打ち込みから始まる。それは細川の言う「書」としての音楽の起筆の打ち込みであるが、同時に海鳴りを思わせながら、出来事の余震を伝えているようにも聴こえる。深淵を開くかのようなその響きは、もしかすると、災厄の死者の沈黙を突きつけているのかもしれない。それに慄くかのように音楽が動き始めると、やがてメゾ・ソプラノが不穏な気配を感じさせる響きに乗ってトラークルの手紙を読み始める。その語りは、友人への語りかけと言うよりも、巨大な破局によって心が引き裂かれてもなお生きることを願う祈りなのかもしれない。オーケストラの激しい総奏が突きつける世界の崩壊を目の当たりにしながら、「狂気に陥るなと言ってくれ」と語りかける言葉には、破局を潜り抜けて未来へ向かうことへの切なる願いが込められていよう。

しかし、その願いとは裏腹に、破局はけっして過ぎ去らない。それを体験した後に生きる者は、その記憶から逃れられないのだ。破局の記憶の回帰の予感を奏でる打楽器のリズムは、途方もない出来事が再びひたひたと迫ってくることを、風景のざわめきとともに伝えるものと言えようが、その響きは一方では、《嘆き》に先立って書かれた《星のない夜》(2010年)やオペラ《海、静かな海》の打楽器による間奏が破局の予兆を告げるのと重なる。しかし、《嘆き》における打楽器の音は他方で、破局に遭った人々の内側に、その衝撃の余波が迫ってくることを伝えているようにも思われる。風の音を含んだその高まりが、《星のない夜》の「天使の歌」──そこに聴かれるのは、繰り返される人間の過ちに怒る天使の歌である──の楽章を思わせる猛々しい響きを導くと、トラークルが書いた「嘆き」の詩が歌われ始める。

そのような一節の激しい響きは、時間の水平的な流れに逆らう強さを示すと同時に、出来事の衝撃が寄せては還す、巨大なうねりのような動きも感じさせる。その動きはさらに、無数の渦によって形づくられているようでもある。こうした、破局の生き残りのうちにその記憶が否応なく湧き上がってくるのを暗示する激烈な音響が一瞬断ち切られると、「嘆き」が空間を切り裂くように歌い出される。藤村美穂子の声は、まさに時間を静止させる強度をもってまさに屹立していた。彼女の声の澄んだ強さは、一つひとつの語を際立たせながら、破局の回帰によって引き裂かれる魂の訴えを、オーケストラの響きを突き抜けるかたちで聞き手に届けるものと言えよう。冒頭の語りの部分を含めて貫かれた細やかな表現は、作品への温かい共感を示すものでもあった。「深紅の肉体は砕け散り」という詩句が、凄まじい強さを孕んだ響きで歌い切られるとともに開かれた深い沈黙は忘れがたい。

この沈黙のなかから弦楽器による柔らかな哀悼の歌が響き始めると、音楽も全体として静寂へ回帰していく。《嘆き》という作品において特徴的なのは、それとともに歌が再び語りの様相を帯びることである。《嘆き》の歌唱のパートの結構は、一見するとレチタティーヴォとアリアの組み合わせを思わせるが、それは例えば旧来のコンサート・アリアのように、語りを歌に昇華させるものではない。むしろ歌は訥々とした語りになって、静かな響きのなかへ消え入っていく。破局の衝撃と喪失の悲しみのただなかに再び身を置き、その記憶と一つになることによって心身が砕け散った後に初めて、救済がありうることを暗示するかのように。このような《嘆き》における歌の姿は、途方もない破局を人間が歴史的に経験した後に、歌うことがどのように可能かを問うものかもしれない。

このように、傷ついた魂にみずからを捧げるかたちで、巨大な震災を経た後の歌と詩(うた)双方の可能性を、それらの強度を追求するかたちで問う細川の《嘆き》を、藤村美穂子の独唱で聴けたのは幸運だった。ジョナサン・ノットの指揮も、作品の構成を完全に手中に収めていた。もっと密やかなピアニッシモの響きを求めたい箇所があったものの、東京交響楽団は、全力でノットの指揮に応えて見事な演奏を聴かせていた。このような共感に満ちた《嘆き》の演奏によって、後半に取り上げられたマーラーの「復活」交響曲における死者の魂の救済への祈りが深まったにちがいない。この壮大な交響曲の演奏も総体として、作品の全貌を明確に浮き彫りにする素晴らしいものだった。とりわけ解釈の点で、細部の彫琢と全体の構成を音楽的に結びつけた演奏は、実演では聴いたことがない。

ノットはこの交響曲を暗譜で指揮していたが、そのことは、彼が楽譜──今回は新全集版が用いられた──のみならず、それに込められた音楽そのものダイナミズムをもわがものにしていることを示していることが、演奏から伝わってきた。ノットの解釈は、全体に速めのテンポを基調としながら、きびきびと音楽を運ぶ箇所と、思いを込めて歌う箇所の対照を明確にし、さらに透明度の高い響きで作品の構成を浮かび上がらせるものだった。そのために例えば、細かい音の処理が工夫されていたのは特筆されるべきだろう。三連符や付点音符のリズムにおいて、後の音を軽くすることを徹底させることで、音響の透明性と音楽の運動性の双方を高めていたのは、実に印象的だった。第一楽章の第二主題の柔らかな歌が、たゆたうような響きのなかから聞こえてきた瞬間の美しさも忘れがたい。その主題が再現されたときのヴァイオリンのポルタメントも自然で、歌の美しさを引き立たせていた。木管楽器の一部に、もう少し闊達なフレージングを求めたい箇所もあったが、第二、第三楽章の歌謡的な部分も実に魅力的だった。

ノットの解釈でもう一つ印象に残ったのは、音楽の停滞することのない運びを重視する一方で、一瞬差し挟まれるパウゼを、音のエネルギーを瞬間的に溜めて、その強度を開放するのに見事に生かしていたことである。激烈な音響の奔流が一瞬塞き止められる第一楽章の展開部は、それを示す一例と言えよう。とくに弦楽器の総奏において、音響の塊としての強さがもう少しあれば、と思う箇所もあったが、東京交響楽団の演奏は、ノットの首尾一貫した解釈に見事に応えて、マーラーが壮大な音響の強度を、バランスのよい響きと自然な音楽の運びのなかで伝えていた。それによってフォルテないしフォルティッシモの続く箇所も、くどく聴こえなかった点は、とくに好ましく思われた。今回の「復活」交響曲の演奏は、ノットが音楽監督を務めるなかで、オーケストラがアンサンブルを高めてきた成果を示すものでもあったと言えよう。

最終楽章で、ミューザ川崎のホールの構造を生かすかたちで、バンダの音がさまざな場所から聴こえてきたのも、「少年の不思議な角笛」の詩を第四楽章「おおもとの光」──この楽章での藤村美穂子の歌唱も、一語一語のニュアンスを生かした見事なものだった──の歌詞に用い、自然と人間の照応をも意識する「復活」交響曲に相応しいと思われた。そして、暗譜で演奏に臨んだ東響コーラスの入魂の合唱は、死者の魂の再生への願いを力強く歌い上げるものだった。その歌は、六年前の大震災の後も打ち続く災厄の犠牲となった死者たちに思いを馳せながら、細川の作品に聴かれた「嘆き」を強い祈りの歌のうちに掬い取っていたのかもしれない。死者の魂の再生と、その先にある魂そのものの救済への切なる祈りが、音楽の強度のうちに込められた細川の《嘆き》とマーラーの「復活」交響曲を、一度は震災のために傷ついたミューザ川崎の空間に見事に響かせた今回の東京交響楽団の定期演奏会は、忘却の進行する現在に抗いながら、今ここに生きる者が立ち返るべき想起の場を指し示すものだったと思われる。

新緑の季節の仕事

[2017年4/5月]

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三滝の公園の新緑

木々の緑に映える陽射しが初夏の眩しさを感じさせるようになりました。よく晴れた日はまだ空気が乾いているので、体感のうえでは気持ちよく過ごすことができます。そうした日は、三滝橋を渡って、大田川放水路の堤の上を、山々の緑と足下の草花を眺めながら歩くようにしています。橋の上からは、海から上ってきた大きな魚が悠々と泳ぐのが見られることもあります。四月からの日々も非常に慌ただしく、かつ暗澹とせざるをえないことばかりが続くので、こうしてようやく勤め先に通えるだけの心身の平衡を保っているところです。とはいえ、折々に講演や寄稿などの機会をいただいて、そのたびに刺激を得ていることには救われています。そのような場をご用意くださった方々に、心から感謝しています。そこで、四月以降の活動を、この間に接した演奏会や映画などの印象を含めてご報告しておきたいと思います。

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晴れた日の大田川放水路

まず4月29日には、広島市現代美術館で特別展「殿敷侃──逆流の生まれるところ」に関連して、「逆流の芸術──ヒロシマ以後のアートとしての殿敷侃の芸術」と題する講演を行ないました。殿敷が晩年に自作について語った「逆流」という語の含意を、彼の制作を貫くモティーフを指し示すものとして掘り下げながら、彼の芸術をヒロシマ以後のアートとして、狭義の美術を越えた広い文脈のなかで捉え直す可能性を探るお話をさせていただきました。幸いにして会場が一杯になるほどの方々にお集まりいただきました。講演会の場をご準備くださった広島市現代美術館の関係者のみなさまとご来聴くださったみなさまに、あらためて感謝申し上げます。

b5884546-s5月21日まで開催されていた「殿敷侃──逆流の生まれるところ」は、原爆によって両親を失い、自身も被爆したことに向き合い続けながら、実にさまざまな作風を試み、平面も、さらにはアトリエをも飛び出していった殿敷侃の活動の全容を、各地から集められた膨大な作品と、それにまつわる貴重なドキュメントによって浮き彫りにしようとする意欲的な回顧展でした。それをつうじて、作品の形態を変えながらも、このちょうど四半世紀前に亡くなったアーティストが、絶えず打ち捨てられ、忘れられたものを拾い上げ、今に甦らせようとしていること、それによって彼の芸術が、現在に介入する一つの行為に結びついていることも、美術館の空間とのせめぎ合いから伝わってきます。この殿敷侃展が、彼の芸術の踏み込んだ研究と、彼の作品の美術館への収蔵の契機になることを願っています。

top_image5月4日には、横川シネマでおよそ一年ぶりに映画を見ました。見たのは空族の新作『バンコクナイツ』。前作の『サウダーヂ』同様、三時間という長さを感じさせないテンポのなかに、今作ではタイの東北部イサーン地方の歌が効果的に差し挟まれて、映画に奥行きを添えていました。タイとラオスでのロケによるスケールの大きなロードムーヴィーであるのも、『バンコクナイツ』の特色でしょう。同時に、植民地主義が形を変えながら人々の内面にまで浸透する現在に対峙するかたちで、イサーン地方の抵抗としての生活の伝統を、さらにはその森林に逃れた抵抗者たちの足跡を掘り下げることによって、時間的にも空間的にも深みのある作品に仕上がっていると感じました。金に目がくらんだ植民者の欲望がいくつもの角度からこれでもかと抉られるのは『サウダーヂ』にも通じますが、『バンコクナイツ』では、それと同時に歴史に翻弄された人々の悲しみが、映像によって深く掘り下げられているのが特徴的でしょう。映画で流れるイサーン地方の歌には、震災と原発事故に遭った東北地方の人々や、米軍基地によって生活が侵食され続けている沖縄の人々の悲しみも反響しているように感じました。

5月5日には、広島市と大邱広域市の姉妹都市提携20周年を記念してのオペラの共同制作公演をアステールプラザへ観に行きました。演目はプッチーニの《ラ・ボエーム》。合唱を含む歌手が大邱オペラハウスから来演し、広島交響楽団や広島ジュニアコーラスなどが広島側から演奏に加わるかたちで公演が開催されました。何よりも大邱を拠点に活躍する歌手たちの声の強さに驚かされました。なかでもイ・ユンギョンという歌手は、ミミの苦悩を振幅の大きな、かつ彫りの深い表現で歌い上げていました。声の美しさも特筆されます。第三幕以降の切々とした歌唱は、とくに印象的でした。また、マルチェッロ役を歌ったキム・スンチョルという歌手の自然な発声と懐の深い歌は、この歌手の並々ならぬ実力を示すものと思われました。プログラムに記されていたプロフィールを見ると、韓国の歌手たちが実に貪欲に、韓国の外に活躍の場を求めていることがうかがえます。演出にはいくつか注文を付けたいところがありましたが、今回の《ラ・ボエーム》の共同制作公演が、大邱のオペラが高水準で活況を呈していることを、素晴らしい歌とともに伝えるものだったのは確かでしょう。

18401940_1500969589955408_2240876196494931709_o5月15日には勤め先の広島市立大学で、クレズマーの1980年代後半におけるアメリカでのリヴァイヴァルと、その後のグローバルな展開を象徴するミュージシャンで、グラミー賞を受賞したバンドKlezmaticsの創立メンバーでもあるフランク・ロンドンさんを迎えての特別講義とささやかなライヴを開催しました。ロンドンさんは、クレズマーをはじめ移民音楽の研究に取り組んでおられる松山大学経済学部の黒田晴之さんのご尽力によりお招きすることができました。午後の特別講義にも、夕方のミニ・ライヴにも、学外から多くのお客さまにお越しいただきました。ご来聴に心から感謝申し上げます。

特別講義は、ワールド・ミュージックのブームに乗ったクレズマーのリヴァイヴァルを見つめてきた音楽批評家東琢磨さんが、ロンドンさんにインタヴューするかたちで行なわれました。東欧ユダヤ人の言語であるイディッシュとクレズマーの結びつきや、アメリカでの他の音楽との混淆による音楽の変化などが、ディアスポラ(世界各地への離散)を生きるユダヤ人の二重の生活とともに語られました。お話のなかでは、世界中のさまざまな音楽と接触しながらグローバルに生成するなかで、東欧ユダヤ人の文化に由来する特殊なものの普遍性を体現していく、ロンドンさんのクレズマーの特徴も示されました。ショアー(ホロコースト)の記憶に向き合い、この言い表わしがたいものを歌う可能性を追求する、みずからの音楽の使命にも触れておられました。

夕方のライヴは、日本でいち早くクレズマーの魅力を発見し、それとストリート・ミュージックとの融合を図ってきたバンド、ジンタらムータとの共演により行なわれました。結婚式の踊りに使われた音楽をはじめ伝統的なクレズマーのほか、実に多彩な曲が披露されましたが、なかでもかつて美空ひばりが唄った《お祭りマンボ》の演奏は、ロンドンさんとジンタらムータの出会いを象徴するものだったと言えるでしょう。心の奥底からの祈りを、驚くほどの振幅で聴かせる曲もあれば、会場を祝祭的な興奮の渦に巻き込む激しいリズムの音楽もありましたが、どの曲からも聴く者の魂を揺さぶる力が感じられました。原曲がイディッシュの平和を祈る歌“Sholem-lid”が日本語の訳詞でプログラムの最後に歌われたことは、非常に意味深いことだったと思われます。

banar_motohashi5月20日には、原爆の図丸木美術館で開催されている本橋成一写真展「ふたりの画家──丸木位里・丸木俊の世界」と関連して原爆文学研究会との共催で開催された、本橋さんの監督による映画『ナージャの村』(1997年)と、この作品の公開から20年後の再訪ドキュメントの上映後のトークの聞き手役を務めました。当時8歳だったナージャを、地に根を張った村人たちの生きざまのなかに浮かび上がらせた映画を、大人になって町で働くナージャが登場する報告映像と併せて見るなかで、チェルノブイリの原発事故によってばらまかれた放射能によって、彼女が帰るはずの場所が失われ、生き物との関わりを含めた風景のなかの生が根こそぎにされつつあることを、原発事故の福島で起きていることと結びつけながら思わざるをえませんでした。それに対する哀しみによって貫かれていることが、『ナージャの村』の映像を今に生かしている気がしてなりません。そして、再訪ドキュメントを見ると、『アレクセイと泉』(2002年)を含めた、チェルノブイリ原発事故後のベラルーシを撮った作品が、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)とも通底するかたちで、人と人の密な関係のなかに一つの出来事を浮き彫りにするものであることも伝わってきます。この人間関係の始まりを含めて興味深いお話を、本橋さんからうかがうことができました。丸木夫妻の写真も含め、本橋さんの映像は、立ち振る舞いや仕草の細部から、既成の人物像をはみ出す人物を浮かび上がらせています。写真展を含め、とても見応えがありました。

18671216_1516927588359608_6340337683729439282_n5月25日には東京オペラシティのコンサートホールで、コンポージアム2017「ハインツ・ホリガーを迎えて」の一環として《スカルダネッリ・ツィクルス》の日本初演が行なわれましたが、そのプログラムに「ヘルダーリンの詩と音楽」と題する小文を寄稿させていただきました。作品解説を補完するかたちでヘルダーリンの生涯と詩作を音楽との関わりにおいて紹介する内容のもので、アドルノのヘルダーリン論「パラタクシス」を参照して、とくに二十世紀以降の音楽とヘルダーリンの詩の親和性に着目しました。今回の記念碑的とも言うべき《スカルダネッリ・ツィクルス》の日本初演の印象は、すでに別稿に記したとおりですが、これに立ち会えたことをとても嬉しく思っています。実演を聴いて、最晩年のヘルダーリンの詩にもとづく無伴奏合唱曲《四季》、小管弦楽のための《スカルダネッリのための練習曲》、フルート独奏のための《(t)air(e)》によってまとめられたこの《ツィクルス》が、「スカルダネッリ」の署名を持つヘルダーリンの詩が生まれる世界を、その崩壊も含めて厳密に構成/作曲したものであることがよく分かりました。ラトヴィア放送合唱団、フェリックス・レングリのフルート、そしてアンサンブル・ノマドの演奏も素晴らしかったです。

18679097_1385938901514262_1156041139_n5月28日には、アステールプラザのオーケストラ等練習場で開催された「安保惠麻 現代への眼差し──20世紀のヴィオラ作品を中心に」を聴きました。現在広島交響楽団と神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席ヴィオラ奏者を兼任されている安保さんの独奏を、初めて間近で聴いたことになります。ショスタコーヴィチの最後の作品であるヴィオラ・ソナタを中心とした演奏会でしたが、とくにその終楽章は素晴らしかったです。中間のカデンツァ風の一節から徐々に静まっていく展開の緊張感には息を呑みました。安保さんのヴィオラの音は豊かでありながら透明性も兼ね備えているので、このソナタの第一楽章の微かなピツィカートもよく響きます。そのことを生かした振幅の大きな表現が魅力的な演奏でした。その前に取り上げられた武満徹の《星が道に降りてきた》も美しかったです。ピアノの響きが道を作るなかに、ヴィオラの闊達な動きが豊かな歌とともに響いていたと思います。リゲティのソナタが聴けたのも収穫でした。どの楽章からもひと筋の線が感じられました。広島を拠点に活躍されている作曲家徳永崇さんの《舟歌If》の初演もありました。音戸の舟歌が変奏されるなかに風景を感じさせる曲、という印象を受けました。

このようにして新緑の時季は慌ただしく過ぎ、早くも六月に入りました。忙しさにかまけ、肝心の研究に関わる仕事を進められていないのには忸怩たる思いです。今月からは研究とその成果の執筆に力を傾注しなければなりません。その際、今ここで哲学することの意義があらためて問われることになるでしょう。このことを思うとき、5月20日に訪れた原爆の図丸木美術館に展示されていた丸木夫妻の共作《大逆事件》(1989年)が目に浮かびます。1910年に明治天皇の暗殺を共謀したとの理由で官憲に摘発された人々のうち、死刑となった12名の姿が絞首のためのロープとともに浮かび上がるその画面は、内心の自由を根底から脅かす「共謀罪」が制定されようとしている現在を、静かに問いただしています。異論を封じ、自発的隷従──これが「忖度」の意味するところでしょう──を強いる法律の制定を、許しがたい不正と暴力を重ねながら急ぐ政権の欺瞞は食い止めたいと思いますし、同時にそれによって圧殺されることのない精神の在り処を、思考によって他者たちのあいだに切り開きたいとも考えているところです。

ハインツ・ホリガーの《スカルダネッリ・ツィクルス》の日本初演に接して

コンポージアム2017フライヤー作曲家ハインツ・ホリガーの音楽の集大成の一つ《スカルダネッリ・ツィクルス Scardanelli-Zyklus》の日本初演が、東京オペラシティのコンポージアム2017「ハインツ・ホリガーを迎えて」の一環として行なわれた(2017年5月25日/東京オペラシティコンサートホール・タケミツメモリアル)のを聴くことができた。1975年から1991年かけて書き継いで成ったこの《ツィクルス》は、最晩年のヘルダーリンが架空の日付と「敬白、スカルダネッリ」という署名を付して四季に寄せた詩にもとづく無伴奏混声合唱のための《四季》、小管弦楽のための《スカルダネッリのための練習曲集》、そしてフルート独奏のための《テイル (t)air(e)》にもとづいている。そのなかの《四季》と《練習曲集》において特徴的なのは、季節ごとの自然の風景をその本質において凝結させたかのようなヘルダーリンの詩の世界を、微分音や呼吸の特殊技法、さらには楽器の特殊奏法を含めた現代音楽のさまざまな語法を駆使して、恐ろしいほど透明度の高い、時にほとんど重さを感じさせない音響に昇華させるとともに、およそ700年にわたる音楽史を見据えながら、詩の世界をその陰翳に至るまで掘り下げるのに、古い音楽の語法をも用いていることであろう。幸運なことに、演奏会の翌日に東京藝術大学音楽学部で行なわれたホリガーのレクチャーを聴講できたが、それによると、彼はこの《ツィクルス》を構成するにあたり、同じ曲を声楽でも器楽でも演奏していた17世紀のハインリヒ・シュッツの時代の伝統を参照すると同時に、14世紀の最古のカノンも意識していた。

たしかに《スカルダネッリ・ツィクルス》の実演を聴くと、とくにカノンの技法がそれぞれの曲のなかに実に多彩に変形されながら、非常に効果的に用いられていることが伝わってくる。それによって、ホリガーが俳句に喩えるヘルダーリン最晩年の詩の静かに凝結した世界がひたひたと迫ってくると同時に、時にどこか雅楽を思わせるように響きが柔らかに折り重なっていく。それによって織りなされた重力から解放されたかのような響きがふと歪む瞬間は、詩人の精神の深淵を垣間見せる。また、無伴奏合唱のための《夏》においては、それぞれの歌手の脈拍にしたがって詩句を語る一種のカノンが、詩(うた)そのものが崩壊して消え去っていく過程を突きつけるものと言えよう。そこに突如として介入する男性の「パラクシュ」──精神を病んで塔の一室に籠もったヘルダーリンは、返事に窮するとこう叫んだという──の語は、詩人が魂の危機にあっても、詩に結晶する自由を求め続けていたことを表わしているようにも思える。これを含めた表現の凝縮された強さが、今回の実演に接してとくに印象的だった。その強さは、音響と沈黙の双方から感じ取られた。それが顕著に現われていたのが、第一部に置かれたフルートと小管弦楽のための《断片》と、第三部の頂点とも言うべきフルート独奏のための《テイル》であろう。ホリガーが語っていたところによると、彼はとくに器楽作品において、テュービンゲンの塔に籠もる前の、ホンブルク時代のヘルダーリンの抵抗を響かせようと試みた。これらの曲において、自己の世界が崩れていくのを押しとどめようとする息遣いが、恐ろしいまでの沈黙を交えた、聴く者の肺腑を抉るような音の連なりとして表現されていることは、この曲が捧げられたオーレル・ニコレに学んだフェリックス・レングリの演奏によって、非常に説得的に伝わってきた。とくに《テイル》の演奏は、今回の《ツィクルス》の日本初演における白眉だった。

ラトヴィア放送合唱団の歌唱の素晴らしさも特筆に値しよう。きわめて微細な音高のコントロールを保ちながら、ありとあらゆる呼吸法が要求されるなかで、響きの基本的な透明性を保ちつつ、言葉を響かせ、狂気を暗示する強い表現を成し遂げていたのには瞠目させられた。たゆたうような響きのなかで、「人間性 Menschheit」のような語が突如として混濁したりする瞬間には、自分自身の内にもある精神の闇を突きつけられる思いだった。バルコニー席の一角なども使って、オペラシティのホールの高い空間を存分に生かし、そこに響きの層を漂わせたのは、無伴奏合唱のための《四季》のテクスチュアを生かす最善の方法だったと思われる。正確でかつ表現の振幅の大きな演奏を聴かせたアンサンブル・ノマドの力演にも感銘を受けた。なかでも、モーツァルトの《フリーメイソンのための葬送音楽》の和音をさまざまに変調させた第三部冒頭の《葬送のオスティナート》の演奏は見事だった。この曲やJ. S. バッハのコラール「来たれ、おお死よ、眠りの兄弟よ」にもとづく《氷の花》が暗示しているのは、もはや人間の見る働きを感じさせることのない静謐な風景を現出させるヘルダーリンの詩魂が、死に限りなく接近していることであろう。そのことは、バッハのコラールの旋律のネガティヴが詩人の言葉を寸断する《冬》においてさらに突き詰められることになろう。ツィクルスのちょうど中間に位置する《氷の花》と《冬》で、音楽そのものが死の側へ、さらには「石」──シラーに宛てた手紙でヘルダーリンは、自分は「石で出来ている」と語っている──の無機性の側へ折り返されるのかもしれない。

51DU-b6fRAL._SX425_ホリガーの作品のなかで合唱によって読み上げられる、ヘルダーリンが詩に「スカルダネッリ」の署名とともに記したほとんどが架空の日付の年は、1648年から1940年にわたっている。三十年戦争の終結の年から、第二次世界大戦の戦火が東へ広がり、ナチスによるユダヤ人などの虐殺が本格的に始まる時期が、この三百年弱のあいだに含まれることになるとホリガーは語っていた。例えば「ヒュペーリオンの運命の歌」が示すように、フランス革命の推移ともに激動する同時代の状況を見据えながら、死すべき人間の運命の過酷さを究めたヘルダーリンは、精神の薄明のなかで、この期間に起きる破局を見通していたのかもしれない。そのような眼と化すとともに、見る主体性を消し去り、死の間近に身を置く魂が「スカルダネッリ」の署名とともに季節に寄せた詩を書くところにある世界を、その崩壊もろとも厳密に構成した《ツィクルス》が、作曲家自身の指揮によって見事な完成度で響いたのに立ち会えたのは本当に幸運だった。その二時間半の恐ろしいまでの緊張は忘れがたい。

広島交響楽団第369回定期演奏会を聴いて

369アダージョのテンポを規定する、前へ進むと言うよりは一歩踏みしめるごとに深まっていくようなリズムのなかから、ヴァイオリンの奏でる最初の主題が密やかに響き始めると、この優しくも確かな祈りの歌が、微かな熱を帯びて胸に染み込んできた。ブルックナーの第8交響曲の全体を貫く、畏れながら高みへ向かおうとする精神の姿を凝縮させた主題が、波が寄せては返すようにして徐々に高揚していく歩みを、今日の下野竜也が指揮する広島交響楽団の演奏以上に意味深く聴いたことはなかった。この歩みの頂点では、シンバルとトライアングルが打ち鳴らされるが、その音は、会場に満ちた響きを芯から輝かせるものだった。そこに至るまでに挟まれる、主にチェロが奏でるもう一つの主題も、深沈とした響きの奥から実に柔らかく響いていた。

ブルックナーの第8交響曲を取り上げた広島交響楽団の定期演奏会は、下野竜也の音楽総監督就任披露の演奏会だったわけだが、作品の精神がそこにあることを示すアダージョの演奏は、下野と広島交響楽団の将来を約束するものだったと言えよう。第一、第二ヴァイオリンを両翼に配し、舞台の一番奥にコントラバスを並べた楽器配置が功を奏したとも言えようが、このオーケストラがここまでの一体性をもって、奥行きの深い、そして聴く者の魂の奥底に染み込む響きを奏でたのは、今まで聴いたことがなかった。このように、オーケストラの潜在力を一つのアンサンブルとして引き出したのは、ブルックナーの交響曲を愛してやまない下野の指揮である。その解釈は、複雑なテクスチュアの全体を見通して間然するところがない。以前に第4交響曲の演奏でもそう感じたが、下野の指揮するブルックナーの演奏は、一つの形を伝える流れを持っている。

第一楽章と第二楽章がいずれもいくぶん速めのテンポで、ほぼアタッカで続けられたのには少し驚かされたが、悠揚迫らないながらもけっして弛緩することのないテンポによる後半の二つの楽章の演奏──それは、下野が選択したハース版の特性を生かしきったものと言えよう──を聴けば、そのような行き方にも納得させられる。第一楽章で、第8交響曲のもう一つの顔とも言うべき峻厳さが説得的に示されていたのも印象に残る。コーダの手前では黙示録的なファンファーレが仮借なく吹き鳴らされ、その後まったくリタルダンドすることなく楽章が閉じられた。スケルツォの第二楽章におけるリズムの躍動も素晴らしかったが、流れにもう少し余裕があったほうがよかったかもしれない。とくにトリオでは、主部とのコントラストを際立たせる意味でも、あと少し歌が広がるのを聴きたかった。

フィナーレの演奏は、落ち着いたテンポと丁寧な仕上げで、音楽の荘厳さを最大限に引き出したもの。ともすれば皮相に響きがちなトランペットやティンパニの音も、壮大な響きの構成のなかにしっかりと位置づけられている。第一楽章の主題が厳しく再現されてからコーダに至る流れは、慄くような歌を交えながら作品の大きさをあらためて示すものだった。ただ、これほどまでにブルックナーの第8交響曲の内実を響かせえた下野竜也と広島交響楽団の解釈がもはや会場に収まりきれないことが、演奏の傷となって表われていたのも確かである。すでに大阪のザ・シンフォニーホールでの演奏を終えて広島での演奏に臨んだ奏者の様子からは、広島文化学園HBGホールの残響の乏しさに対する戸惑いが感じられた。ピアノで入る箇所のアインザッツが乱れたり、響かないなかで何とか音を鳴らそうとするあまり、ダイナミック・レンジが狭くなってしまったりしている箇所が散見されたのは惜しまれる。

会場にもう一秒の残響があれば、思いきったピアニッシモにも挑戦できたはずだし、とくに第一楽章の展開部では、横に広がる音型とリズミックな動きの対照が、いっそうの高揚感をもって響いたにちがいない。下野竜也と広島交響楽団のコンビの門出の演奏会は、両者がすでに世界から聴衆を集めうるほどの充実した音楽に達していることを示すものである。このコンビを大事に育てることを考えるのであれば、何よりもまず広島の地に欠けている音楽専用ホールの必要性をあらためて痛感しなければならない。下野の広島交響楽団音楽総監督就任披露の定期演奏会は、彼のブルックナー指揮者としての実力と、それによって引き出されたオーケストラのアンサンブルの可能性をいかんなく示すと同時に、広島の聴衆に、積年の重い課題を突きつけるものだった。

早春の仕事など

IMG_0080柔らかな陽射しを楽しむかのような鳥たちの声が聞こえる日が多くなり、ようやく春の訪れを実感できるようになってきました。近所の公園の桜の古木にも、花をのぞかせ始めたつぼみがちらほらと見られます。最近目にしたヘルダーリンのフランクフルト時代の断片は、このような一見穏やかな春の萌しのうちに、老いとそこにある硬直に立ち向かう若々しさそのものを、それを貫く生命の迸る動きを鋭敏に感じ取っていました。できればいかに忙しいなかでも、そのような生命の力を内に感じていたいものです。早いもので、広島に戻ってすでに一か月半が過ぎましたが、その間二週間の集中講義を含めて非常に慌ただしく過ごしておりました。その間の活動を、ここでご報告しておきたいと思います。

まず、3月4日には、駿河台のESPACE BIBLIOにて細川俊夫著『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』(柿木伸之訳、アルテスパブリッシング、2016年)の刊行を記念して開催されたトーク・ショー「細川俊夫の創作の背景にせまる──尹伊桑、武満徹、そしてオペラへの道」の聞き手役を務めました。このトーク・ショーでは、著者の細川俊夫さんをお迎えして、本書において初めて語り下ろされたこの世界的な作曲家の創作の軌跡の背景にあるものなどを、2012年にドイツで本書の原書が刊行されて以後の作曲活動を含めて詳しくお話しいただきました。また、特別ゲストとしてリコーダー奏者の鈴木俊哉さんをお迎えして、細川さんの創作活動の里程標をなす作品を演奏していただきました。51fwl3vou1l

幸い、トーク・ショーには会場が満員になるほどのお客様にお越しいただき、心から感謝しております。鈴木さんの素晴らしい演奏と貴重なオペラ上演の映像を交えての細川さんのお話には、尹伊桑や武満徹との関わりについて初めて聞く話がいくつもありましたし、細川さんの音楽そのものについて改めて深く考えさせられる言葉や、現代日本の状況に対する重要な問題提起もありました。このような充実した場をご用意くださったエスパス・ビブリオのみなさま、アルテスパブリッシングの木村さんに、心から感謝申し上げます。

また、3月11日には、成蹊大学アジア太平洋研究センターの主催で開催されるシンポジウム「カタストロフィと詩──吉増剛造の『仕事』から出発して」にお招きいただき、パネリストの一人として「言葉を枯らしてうたえ──吉増剛造の詩作から〈うた〉を問う」という発表をさせていただきました。ヴォイス・レコーダーを構え、じっとこちらを見つめる吉増剛造さんを前に、またかねがね尊敬している錚々たる方々のあいだで少し緊張しましたが、何とか役目を果たすことができました。最近のものを含めた吉増さんの詩作を読み解きながら、また奇しくもまったく同じテーマ(「カタストロフィと〈詩〉」)で行なわれた三年前の原爆文学研究会のワークショップで原民喜やパウル・ツェランの詩についてお話ししたことを少し振り返りながら、今〈うたう〉可能性を詩のうちに探る内容のお話をさせていただきました。

17218299_1434549826597385_7177254774096220764_oまさに東日本大震災が起きた日に開催されたこのシンポジウムは、これまで参加させていただいたシンポジウムのなかで、最も密度の濃いものの一つでした。吉増さんの詩作の初期から『怪物君』(みすず書房、2016年)にまで貫かれているものを文脈を広げながら掘り下げ、詩とは何か、詩を書くとはどういうことかを突き詰めていく思考が、4時間以上にわたって積み重ねられました。そのような議論が最後に『怪物君』とは何かという点に収斂したのは、この日のシンポジウムに相応しかったと思われます。吉祥寺という場所で胸騒ぎを覚えながら引用した原民喜の「鎮魂歌」の一節に「僕は結びつく」という言葉がありますが、自分のなかでいくつものモティーフが結びつき、たくさんの宿題を持ち帰ることができました。それに吉増さんを介して、素晴らしい方々とも出会うこともできました。このような場を作ってくださった、李静和さんと成蹊大学アジア太平洋研究センターのみなさんに、あらためて心から感謝申し上げます。

それから、図書新聞の第3297号(3月25日発売)に、竹峰義和さんの近著『〈救済〉のメーディウム──ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』(東京大学出版会、2016年)の書評を書かせていただきました。「媒体の美学の可能性──ベンヤミン、アドルノ、クルーゲの不実な遺産相続の系譜から浮かび上がるもの」と題する拙稿では、時に「剽窃」と非難されることもあるアドルノによるベンヤミンの思想の継承に内在する、破壊的ですらある読み替えが思想の内実を批評的に生かしていることや、師にあたるアドルノが映画や放送メディアのうちに見ようとした可能性を、師とは異なった方向性において開拓するクルーゲの仕事に光を当てる本書の議論が、「フランクフルト学派」のもう一つの系譜とともに、知覚経験を解放する「救済の媒体(メーディウム)」の美学の可能性を示している点に触れました。この原稿が、ベルリン滞在中に公刊を予定して書いた最後の原稿ということになります。

この間、いくつか印象深い演奏会や展覧会に接して、自分の仕事の出発点を顧みる機会を得られたのは幸いでした。まず、3月3日に六本木のギャラリーOta Fine Arts, Tokyoにて、「ニルヴァーナからカタストロフィーへ──松澤宥と虚空間のコミューン」を見ました。嶋田美子さんの素晴らしいキュレーションによって精選された貴重なドキュメントの数々は、松澤宥という、その緻密な思考にもとづくアートによって、アートを突き抜けたアーティストの行為の軌跡と、それを結節点として世界中のアーティストが結びついていくさまを実に生き生きと伝えるものでした。松澤が一つのマンダラの形で構想していた、物質の滅却、人類の滅亡、さらにはその先にある虚無へ向けた思考の布置を構成していくアートを今どのように捉えるか、という点は、膨大な資料の解読にもとづくこれからの研究によって掘り下げられなければならないと思います。

とはいえ、松澤が拠点を置いた諏訪と広島、長崎を結びつけたこともある彼の仕事が、そこに生まれる呼応関係によって、危機的な現在を照らし出すものだということは、展示からひしひしと伝わってきました。そのことは同時に、とくに日本列島に生きる者たちが外的にも内的にも取り返しのつかないカタストロフィに足を踏み入れつつあることを問いただしているようにも感じられます。諏訪の松澤宥プサイの部屋を訪れて、彼を結節点とするアートの強度とアクチュアリティを、資料から計測する研究者が出て来ることを願ってやみません。松澤の空への呼びかけに応じて集まったアーティストたちによる、手書きによって構成された葉書や書簡、そして電報(テレグラムとしてさらに考えてみたいところです)の数々も、新たなポエジーの胎動を感じさせるものでした。

17350038_1444674655584902_3959852989274643360_o3月12日には、横浜のみなとみらいホールで横浜芸術アクション事業Just Composed 2017 in Yokohamaの「能・謡×弦楽四重奏」の演奏会を聴きました。馬場法子さんの《ハゴロモ・スイーツ》の世界初演を聴いて、出かけた甲斐があったと思いました。青木涼子さんの声と謡を見事に生かしながら、能の「羽衣」のエッセンスをなす要素を新鮮に、潮風と気配を感じさせる風景のなかに響かせていたのが印象に残ります。楽器の生かし方も、モノ・オペラとしての空間の演出も、実に巧みだったと思います。終演後に馬場さんからお話をうかがって、これらが謡の綿密な研究の成果であることも分かりました。ステファノ・ジェルヴァッゾーニの《夜の響き、山の中より》も、西行法師の歌の配列のなかに声を多彩に生かしながら一つのモノ・ドラマを現出させる作品として興味深く聴きました。能の謡とミニマムな器楽アンサンブルのコラボレーションに可能性を感じさせる演奏会でした。

3月16日には、京都のVoice Gallery pfs/wにて呉夏枝さんの個展「仮想の島── grandmother island 第1章」を見ました。亜麻を素材にグァテマラやインドネシアの織物の技法を参照しながら丹念に織られた地図、ないしは海図としての織物は、けっして平面で完結することなく、中空で螺旋をなしながら、あるいは地下茎を伸ばしながら、別の時空へ連なっていきます。その様子は、人が記憶の越境的な連なりを生きていることと同時に、いくつもの記憶が海を越えて遭遇する可能性をも暗示しているように見えます。海の上に火山島を思わせる島が浮かび上がる風景は、いくつもの記憶が折り重なり、さらには生の記憶が歴史と痛みとともに交錯することによって織りなされているのではないでしょうか。

目を変えながら織られた織物の上に黒のなかのさまざまな色が滲み出る──それが、島の像の存在感と遠さを一つながらに醸し出していました──ところには、テクスト、あるいはテクスチュアからこぼれ落ちるものが染み出ているようにも見えました。作品のテーマとなっている地図ないし海図とは、このような過程に人を引き込む一つの閾としての空間に身を置く一人ひとりの記憶のなかに織られていくものと思われます。そのことは、吉増剛造さんとパウル・ツェランが詩作を、織ったり、編んだりすることに喩えていたことにも呼応することでしょう。風を感じさせる空間が形づくられていたことも印象的でした。もしかするとそのことは、作家の創作の新たな段階を暗示するものかもしれません。

それにしても、この一月半のあいだ、ベルリン滞在の準備に追われていた一年前に比べてさらに社会が息苦しくなっていることを、さらにその息苦しさが、思想とその表現の自由が最後まで守り抜かれるべき場さえも覆おうとしていることを、実感せざるをえませんでした。もし、幾重もの不正と汚職をめぐる狂騒に紛れて共謀罪──「テロ等準備罪」なるものは、共謀罪以外の何ものでもありません──が法的に作られるなら、思想信条の自由が、それを表現する権利が実質的に奪われるのではと危惧しています。それによって、精神は萎縮し、上目遣いの自粛が蔓延し、いかがわしい「公益」なるものが幅を利かせる社会が出来上がるでしょう。そのような状況のなかで、人が息苦しさと無力さに押し潰されてしまう前に何ができるかを、新たな年度が始まる4月へ向けて、自分の置かれた場所で考えてみたいと思います。