道を拓く歩みの強さを聴く──広島交響楽団新ディスカバリー・シリーズ「黄昏の維納」第8回を聴いて

20181116222648-0001を拓く歩みは、一歩一歩が強くなければならない。草をかき分けた先にある地面を踏みしめる物理的な力だけではない。その一歩に込められる意志も強くなければ、歩みはそこで止まってしまうだろう。そしてその意志は、確かな信念と豊かな創造力によって支えられていなければならない。野生の混沌のなかから一つの世界を創造し、ある方向への見通しを切り開くことができなければ、一本の道を拓くことはできない。

シューベルトのすべての交響曲を、新ヴィーン楽派を象徴する作品と突き合わせる広島交響楽団の新ディスカバリー・シリーズ「黄昏の維納」の最終回の演奏会(2019年1月25日、JMSアステールプラザ大ホールにて)で、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲とシューベルトの「大ハ長調」交響曲を聴いて、この二人のヴィーン生まれの作曲家の音楽には、道を拓く歩みの強さがあると感じた。ここで道とは、シューベルトの場合はベートーヴェン以後に音楽が進みうる道であり、シェーンベルクの場合には、言うまでもなく、調性音楽以後の音楽が進むべき道である。

シェーンベルクがアメリカへ亡命してから最初の大規模な作品であるヴァイオリン協奏曲には、自身の十二音技法の可能性を新天地で拡げ、この技法が開拓する音楽の新たな境地を合衆国の聴衆に知らしめたいという意欲が漲っている。そのことは、ヴァイオリン協奏曲の伝統的な三楽章形式を、十二音技法で改鋳しようとしているところにも表われていよう。しかし、亡命者シェーンベルクがアメリカで活動する際に、数々の困難に直面せざるをえなかったことは想像に難くない。不安のなかで、ナチスの迫害の恐怖が脳裡によぎることもあっただろう。

厳格な論理で組み立てられていながら、そのように歴史的な状況を生きる人間の息遣いを感じさせるのが、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲の特徴と言えるかもしれない。この曲は、画家としての才能も示したこの作曲家の音楽による自画像にも見える。三管編成の管弦楽が織りなす響きのなかを、個としての魂が、時にときめきながら、あるいは時に打ちひしがれながら歩んでいく。その歩みの強さを、魂を取り囲む響きの豊かさとともに感じることができたのは実演ならではのことである。

177初演を手がけたルイス・クラスナー(この人名に関してプログラムに誤植があった)の独奏による演奏など、録音でこの作品を聴くことはあったが、実演に接するのは今回が初めてだった。第二楽章で、木管などと独奏が密やかな対話を繰り広げた後、疾走する管弦楽の上で独奏が悲痛な歌を響かせるに至るあたりなど、実演でこそ、音楽の展開の強度が伝わってくる。今回それにじかに触れて、とくに印象深かったのは、川久保賜紀の独奏である。彼女のヴァイオリンの音の強さ、そして緻密に造形された音の運動を、感情のこもった魂の躍動として響かせる、彼女の音楽の豊かさには瞠目させられた。

演奏困難ですらある技巧がちりばめられたシェーンベルクの協奏曲を、川久保が魅力的に響かせることに成功した要因の一つが、彼女のヴァイオリンのG線の音の強さであろう。その強さとは、芯を保ちながら広がる強さである。それによって、重音も、フラジョレットも、奥行きを感じさせながら豊かに響く。決然とした独奏とともに始まる第三楽章の終わりで、伴奏付きカデンツァのような独奏の展開が熱を帯び、エネルギーを凝縮させたオーケストラと対峙するに至る展開には心を打たれた。

シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲は、彼が50歳になろうとする時期に書かれているが、シューベルトの最後の交響曲は、この作曲家の30歳に満たない頃の作品である。その規模の大きさは、ベートーヴェン以後に書かれうる交響曲の道を探り当てた喜びの表われでもあろうが、その一時間ほどの歩みを貫くのは、音楽を前へ前へ運んでいく若々しいエネルギーである。下野竜也の解釈は、このエネルギーを最大限に発揮させることを重視するものだった。そのために彼ならではの緻密な楽譜の読みが存分に活かされていたのが、今回の演奏の特徴と言えよう。

シューベルトの音楽の最大の特徴である魅力的なメロディを充分に歌わせながらも、それを前へ運ぶ細かい動きを強調する下野のアプローチによって、「大ハ長調」交響曲の全曲が若々しい躍動感で貫かれていた。物理的なテンポをとくに速いとは感じなかったが、きびきびとしながら力強い歩みが特徴的な演奏だったと思う。そのために、すべての反復が実行されたにもかかわらず、曲の長さはまったく感じられなかった。曲の後半を特徴づける、踏みしめて跳ね上がるようなリズムの力感も、フォルテでの響きの威容と迫力も素晴らしかったが、他方で響きの見通しのよさが失われることはない。スケルツォのトリオで、それこそ「天国的」にたゆたうような響きを造形するのに、トロンボーンが重要な役割を果たしているのに気づかされた。

とくに第三楽章と第四楽章で、下野の解釈が生きていて、作曲家のとめどなく湧き上がる楽想が、シューベルトに独特の響きと変化に富んだその推移に結びついていることを実感できた。とくに、フィナーレの音楽が徐々に熱を帯びて、途方もないエネルギーを発散するに至る演奏の展開には、心からの感動を覚えた。他方で、前半の二楽章では、もう少し繊細な歌を、奥行きのある響きのなかで聴きたかった。細かい動きに光を当てたこともあって、音量のミニマムなレヴェルが上がってしまったために、表現の振幅がやや狭くなってしまったことは惜しまれる。緩徐楽章のクライマックスの後の歌は、もう少し密やかに、探るように響き始めてもよかったのではないだろうか。

音楽の若々しさを重視するアプローチと、世代交代が進みつつあるオーケストラの若さとが、響きのエネルギーとリズムの躍動に結びつくと同時に、それによって聞こえなくなるものがあれることも感じさせたシューベルトのハ長調交響曲の演奏と聴いたが、演奏環境がもう少し整っていれば、下野と広響のコンビは、この作品への取り組みにおいて、もっと冒険して表現の幅を広げられたにちがいない。今回の会場のアステールプラザ大ホールは、定期演奏会の会場よりも個々の音の存在感をはっきりと伝えるし、演奏家と聴衆の一体感も生まれやすい。しかし、けっして残響が豊かとは言えないなかで、繊細な表現を紡ぐのは難しいだろう。例えば、オーケストラ・ピットの上に舞台を設ける際に、オーケストラの背後に張られる壁が、もう少し反響するものだったらどうだろうか。

それから、今回の演奏会には700名近くの聴衆が集まったようだが、演奏者の顔ぶれとプログラムからすれば、もう少し来場者があってもよいのでは、と思わざるをえない。聴衆を増やすためには、演奏会に出かけること自体を魅力的にする努力も求められよう。ホワイエで、遠方から来たと思われる聴衆の一人が、クロークはどこか案内係に尋ねる場面を目にしたが、そこで案内されるのがクロークならぬ有料のロッカーでは、気が殺がれるはずだ。こうした細かいところを改善しながら、演奏会を魅力的なものにし、聴取の文化を育んでいくこと。それによってこそ、音楽専用のホールを整備することをはじめ、広島の音楽をめぐる環境を改善することを求める声が、人々のあいだから湧き起こるにちがいない。

バーバラ・ハンニガンの声に触れて

6988_581074725276971_1201714674_nそれはあたかも、血腥い闇を振り払い、抑圧の歴史を断ち切る新しい日の訪れを渇望する若い女性の魂が、声となって立ち現われてきたかのようだった。Hiroshima Happy New Earの第15回の演奏会[2013年9月8日/アステールプラザオーケストラ等練習場にて]で、歌うことの新たな地平を切り開く一つの出来事と言うべき歌唱を聴かせてくれたバーバラ・ハンニガンは、終演後のトーク・セッションのなかで、歌うとき自分は、作曲家が書いた、詩と不可分である音楽そのものになろうとすると語っていたが、この演奏会の冒頭で彼女が歌った、ルイジ・ノーノの《生命と愛の歌》の第2曲「ジャミラ・ブーパシャ」を聴きながら、ノーノの音楽の精神が、ジャミラ・ブーパシャという女性の魂と一つになって響くのに触れている思いがして、身震いを禁じえなかった。この曲でノーノがひとすじの歌に凝縮させた、アルジェリアの解放へ向けた闘いに身を投じ、牢獄に囚われたこの女性が抱く生とその未来への渇望そのものが、深い闇のなかから響き出て、その闇を切り裂くのを目の当たりにするようだった。

次に演奏されたクロード・ヴィヴィエの《夜への讃歌》は、ノヴァーリスの同名の長編詩の一部を詩に用いた作品だが、この曲でハンニガンは、無限に広がりゆく世界をその起源から詩のかたちで浮かび上がらせようとするノヴァーリスの想像力に呼応しようとするヴィヴィエの瑞々しい感性が結晶した歌を、しっとりと、かつ非常に細やかに──実際、楽譜には細かい歌唱法の指定がある──響かせていた。そのような彼女の歌は、切り詰められた音の配置から奥行きある空間を現出させる中川賢一のピアノと相俟って、夜の深淵の上を静かに歩むように聴こえた。

ヴィヴィエの後に演奏された、アーノルト・シェーンベルクの作品2の《四つの歌》も、休憩を挟んで演奏されたアルバン・ベルクの《初期の七つの歌曲》も、ロマン主義的な歌曲芸術を、それが自己崩壊する極点まで突き詰めながら、次の時代の歌の世界を開こうとするものと言えようが、ハンニガンはいずれの作品においても、詩に込められた感情の揺れ動きや、詩の言葉が一つの風景を開く動きと一体となった音楽を、きわめて自然な、いやおのずと響いてくる──すなわち、優れた意味で自然な──歌として聴かせていた。そのなかから言葉が明晰に、かつ意味深く響いてくる。詩と音楽が一つになる歌曲の精髄が、きわめて高い完成度において具現された希有な瞬間だった。そして、詩と音楽の一体性を追求したとき、音楽が──従来の視点からすれば──断片にならざるをえないことも、深い余韻とともに示した演奏だったように思う。

ハンニガンは、シェーンベルクの初期作品においてはどちらかと言うと、「高揚」のような曲に聴かれるその音楽の若さを強調していたように思えたが、ベルクの歌曲においては、「夜鳴き鶯」や「室内にて」のような曲に聴かれる恋心の瑞々しい発露のみならず、夜のなかへ沈み込んでいこうとする音楽の動きも、非常に大きな、それでいて自然さを失うことのない表現の振幅をもって聴かせていた。静かな箇所など闇のなかにたゆたうかのような彼女の歌に耳を傾けながら、一つの歌の世界が、若さのなかで翳りつつあることとともに、その翳りのなかから『ヴォツェック』などへ連なるベルクの世界が開かれつつあることに思いを馳せていた。

もしかすると、そのようなベルクの世界は、「星の間に間に見捨てられ」のような曲に聴かれるクルト・ヴァイルの世界に通じているのかもしれない。最後にヴァイルが亡命後に書いた三つの歌が演奏されたが、ハンニガンの演奏は、恋人に、そして神に見捨てられた一人の人間の悲哀を、酒の臭いが漂うなかに腹の底から吐き出すものではなく、むしろベルクらにも通じる、優れて音楽的な歌に昇華させるものだった。「シャンソン」や「ソング」として聴こうとする向きには物足りないものがあるかもしれないが、これはこれで、ヴァイルの音楽性を発揮させた演奏と思われる。ここでも詩と歌の自然な結びつきが印象的で、「あなたを愛してないのよ」など、自分を捨てた恋人へのやるせない思いそのものを聴くようでもあった。音楽と言葉を一つにする声を響かせ、何かがおのずと現れてくる場を開くバーバラ・ハンニガンは、一つの媒体、ないしは一人のシャーマンと化しながら、歌の可能性を指し示している。これからも彼女は、世界中の舞台に立ちながら、媒体としての歌をいっそう研ぎ澄ませていくにちがいない。