広島での細川俊夫のオペラ《班女》公演のお知らせなど

59ed522f77a14早いもので、年が明けてからすでに20日が過ぎました。ここ数日は穏やかな気候が続きましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。広島では、Hiroshima Happy New Ear Opera IIIとして開催される細川俊夫さんのオペラ《班女》の公演が一週間後に迫りました。この公演の主催組織であるひろしまオペラ・音楽推進委員会の委員の一人として、まずはこの公演をご案内申し上げます。《班女》の公演は、1月27日(土)と28日(日)の二日にわたり、キャストを替えて開催されます。会場は広島市中区のJMSアステールプラザの中ホールで、そこに備え付けられている能舞台を用いて上演が行なわれます。開演は、両日とも14時からで、およそ90分の上演(休憩はありません)の後にはトークも行なわれます。

広島で細川さんの《班女》が上演されるのは二度目です。2012年に行なわれたHiroshima Happy New Ear Opera Iの公演で取り上げられたのがこの作品で、その際には、先日パリで初演された細川さんの室内オペラ《二人静》の原作と演出を手がけた平田オリザさんによる演出でした。今回の公演で演出を受け持つのは、全国各地で一人ひとりの登場人物を音楽とともに力強く生かすオペラの舞台を作り上げている岩田達宗さんです。昨年のひろしまオペラルネッサンスの公演でもモーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》の素晴らしい舞台を届けてくれた岩田さんが、能に特有の身体性と原作の「近代能」としての特性を生かしながら、どのような現代人のドラマを提示するか、大いに期待されます。

59ed522fc9530指揮を受け持つのは、2012年の《班女》以来、オペラをはじめ細川さんの作品の数々を手がけてきた川瀬賢太郎さん。いっそう深まった解釈によって、夢想と現実が交錯するこのオペラの音楽の美質を研ぎ澄まして届けてくれるにちがいありません。歌手には、前回のプロダクションでも素晴らしい歌を聴かせてくれた半田美和子さんと藤井美雪さんに、2015年の《リアの物語》の公演で活躍した柳清美さん、折河宏治さん、山岸玲音さん、それに2014年のひろしまオペラルネッサンスの公演で素晴らしいカルメンを聴かせてくれた福原寿美枝さんが加わります。キャストの異なる二公演を比べるのも一興でしょう。最近進境著しい広島交響楽団のメンバーによるアンサンブルが加わるのも魅力的です。

三島由紀夫が世阿弥の「班女」を翻案して『近代能楽集』に収めた能を原作とし、ドナルド・キーンによるその英訳をリブレットに用いた細川さんのオペラ《班女》の音楽は、夢想と現実を往還しながら、人が「狂気」と呼ぶ心境のうちにある深い憧れと鋭い洞察を、書の線を描く歌によって響かせるとともに、夢想と現実の相克を抉り出します。2018年の広島での公演では、その現代のオペラとしての新たな魅力が能舞台の上に照らし出されるに違いありません。この能舞台を使っての稽古も重ねられて、準備にもいっそう熱が入っています。お見逃しのないよう、お誘い合わせのうえお越しください。広島県内はもとより、九州、そして関西や関東からも日帰りで、あるいは旬の広島の牡蠣を楽しむことを込みにした小旅行を兼ねてお越しいただけることでしょう。みなさまのお越しを心よりお待ち申し上げております。なお、今回の《班女》の公演のプログラムにも、作品解説の小文を寄稿させていただきました。

能とオペラちらし(アトレ会員用)さて、2月の16日から18日にかけては、今度は新国立劇場で細川さんのオペラ《松風》の日本初演が行なわれるわけですが、1月10日にはそのプレ・イヴェントとして国立能楽堂で開催された座談会「能とオペラ──『松風』をめぐって」に参加しました。前半には、能の「松風」より「汐汲みの段」と「狂乱の段」が舞囃子形式で上演され、後半には、これらの場面に対応するオペラ《松風》の上演記録映像の上映と、能とオペラ双方の「松風」をめぐる座談が行なわれました。その座談の末席に加わらせていただき、多くの刺激を受けました。前半では、銕仙会主宰の観世銕之丞さんの見事な謡と舞、そして法政大学能楽研究所の宮本圭造さんの解説によって、世阿弥の「松風」において謡うことと謡われる言葉、そして身体的表現が緊密に組み合わさっていることがよく伝わってきました。

また、能の上演を見た後でオペラの《松風》の上演映像を見ることで、細川さんとサシャ・ヴァルツさんが、謡うことと舞うことの結びつきを、独自のアプローチで現代のオペラに生かしていることも、あらためて考えさせられました。座談のなかで細川さんが、歌うことにおける遠く隔たった他者、ないしは死者との交感の可能性に触れておられたことと、どのような演出にも耐える強度に貫かれた音楽を書くという、オペラにおける作曲家の使命を語っておられたことは、噛みしめておかなければと思います。それから、オペラと能の双方を現代の芸術として生かし続けるためには、一見「わからない」ものに敢えて飛び込んで、それを自分のなかで深めていけるような若い人々を育てることと、そのような人々が集う場を作ることの双方が必要であることも、座談のなかで議論されました。議論の概要とダイジェスト版の映像は、すでに新国立劇場のウェブサイトの「公演関連ニュース」にて紹介されております。

今月は、この他にも座談の場に加わる機会が二度ありました。1月13日には、カフェ・テアトロ・アビエルトで佐藤零郎監督の新作映画『月夜釜合戦』をめぐる座談に、行友太郎さん、崔真碩さん、森元斎さんとともに参加しました。この日アビエルトでは、毎年『山谷(やま)やられたらやりかえせ』の上映会が開催されています。この映画の共同監督の一人山岡強一の命日に因んで行なわれるものです。すでにこの上映会で三度『山谷』は見ていますが、見るたびに今と結びつけて新たに考えさせられるものがあります。その問題は、年を追うごとに深刻なものになってきている気もします。

0113今年の上映会では、この『山谷』に加えて『月夜釜合戦』が上映されたわけです。山谷とともに代表的な寄せ場として知られる大阪の釜ヶ崎を舞台にした「釜」をめぐる騒動を通して、そこに生きるさまざまな人々のしたたかにして愛すべき生きざまを、ジェントリフィケーションが進む以前のこの街への哀惜も込めて鋭く浮き彫りにするこの劇映画は、痛快ななかに込み上げてくるものがある作品でした。『山谷、やられたらやりかえせ』と併せて見ることで、『月夜釜合戦』が、この映画の呼びかけにドラマをもって応えているところがよく伝わってきました。手つきをはじめとする身振りへの着目は、これらの作品に通底するところでしょう。歴史の流れを食い止めるような強度を持った人間の身体の躍動を、釜ヶ崎での生活のなかに浮き彫りにするこの作品が、広島で劇場公開されるのが待ち遠しいところです。

Komori&Seo_Postcard1月16日(火)には、Social Book Cafe ハチドリ舎で、広島市現代美術館で開催中の小森はるか+瀬尾夏美「波のした、土のうえ」巡回展のスピンオフ企画のトーク・セッションに、進行役として参加しました。ナイトトーク「仙台から/広島から」と題して開催される今回のセッションには、小森さん、瀬尾さんの他、同じく現代美術館で開催されている特別展「交わるいと──『あいだ』をひらく術として」に興味深い作品を出品されている平野薫さんが座談に加わりました。ともにある場所に生きることのうちに、あるいはそのなかで着古された服に沈澱した記憶の痕跡を辿り、みずからを繰り広げるようにその記憶を解きほぐしていくような創作に取り組まれているアーティストたちの人と人の関係のなかでの活動について、とても刺激的なお話を聴くことができました。

現代美術館での「波のした、土のうえ」巡回展も非常に興味深いです。二人で陸前高田市を訪れたことをきっかけに結成された小森さんと瀬尾さんの「アート・ユニット」が、詩、絵画、ヴィデオ・アートなどいくつものメディアを駆使して、路地や浜辺などで聴き取った被災地に生きる、あるいは生きていた人々の物語を、さらにはその風景を細やかに描き取った作品や、現在進行形の記録などが展示されています。特別展「交わるいと」と併せてぜひご覧ください。ここでご紹介したような、芸術を通してこの世界に、この時代に、死者のことを忘れることなく生き延びることを、さらにはその自由を考える場で、今年もみなさまとご一緒できることを願っております。日曜から週明けにかけて、強い低気圧が日本列島を通過して天気が荒れるとも聞いております。お身体にお気をつけてお過ごしください。

2015年初秋の仕事

早いもので、大学の学期が始まる10月を迎えました。雨が降るごとに秋が深まる今日この頃ですが、晴れるとまだ陽射しが照りつけます。それとともに晴れ渡って、気温が夏並みに上がる日もありますが、そんな日でも見上げると、秋らしく澄んだ青色の空が広がっています。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

私のほうは、いつになく慌ただしい9月があっという間に過ぎて、気持ちの整理がつかないまま10月を迎えてしまった感じです。期日に追われながら、読み続け、書き続け、話し続けた9月でした。とはいえ、さまざまな人々のおかげで、慌ただしいながらも充実感をもって過ごすことができました。9月末締め切りの原稿も、おかげさまで何とか脱稿することができました。また、別稿にも記しましたように、上旬には福井県の武生で開催された武生国際音楽祭で、素晴らしい音楽とアーティストに接することもできました。

ダニ・カラヴァンによるベンヤミンを追悼するモニュメント。これが置かれているポルボウを早く取材に訪れたいものです。

ダニ・カラヴァンによるベンヤミンを追悼するモニュメント。これが置かれているポルボウを早く取材に訪れたいものです。

何よりも、7月末より月末の金曜の夜に、東京ドイツ文化センター図書館を会場に3回にわたって開催された連続講演「ベンヤミンの哲学」を無事に終えることができたことに感謝しているところです。毎回図書館が一杯になるほど多くの方々に非常に熱心にご参加いただき、大きな手応えを感じました。ディスカッションも毎回大変盛り上がり、今後の研究の刺激になるご質問もいただきました。ご参加くださったみなさまに心から感謝申し上げます。このような機会をくださった、そして毎回丁寧にご準備くださった東京ドイツ文化センター図書館のみなさまにも、篤く御礼申し上げます。今回の連続講演が、拙著『ベンヤミンの哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』(平凡社)を入り口に、ベンヤミン自身の著作を繙くきっかけになったとすれば、これに勝る幸いはありません。

20世紀の前半に、分類不可能なまでに多彩な文筆活動のなかで独特の思想を繰り広げたヴァルター・ベンヤミンの生涯と著作を紹介する初回の「導入」に始まり、呼応する魂の息遣いをなす言語自体の生成の運動を「翻訳」と考える彼の言語哲学を紹介する第2回「ベンヤミンの言語哲学」が続いたわけですが、想起の経験から歴史の概念を捉え直し、死者とともに生きることのうちに歴史自体を取り戻そうとする彼の歴史哲学を紹介する第3回「ベンヤミンの歴史哲学」が行なわれたのは、奇しくもベンヤミンの75回目の命日の前日でした。国境の街ポルボウでみずから命を絶った彼のことを今思うとき、絶えず生命の危険に曝される場所から何とか逃れ出ながら、少し息のつける場所に辿り着く前に命を落とした、紛争地からの無数の亡命者のことも思わないではいられません。

シリアをはじめとする紛争地からのおびただしい難民が命をつなぐ方途を探ることは、言うまでもなく、世界的に対応しなければならない課題になっていますが、この国の権力者は、その課題に背を向けるかのように、アメリカとの軍事的な結びつきを強化することに血道を上げ、人を殺める武器を製造して輸出することを含んだ軍需産業を潤わせることしか頭になく、そのために世界中で戦争に巻き込まれる道を開いてしまっています。このことは、日本列島に生きる人々の生命のみならず、列島を出て世界各地で人々の生活を支援する活動に取り組む人々の生命も、ひいては危険な例外状態に日々置かれている世界中の人々の生命をも脅かす動きとしか言いようがありません。

ヴァルター・ベンヤミンの肖像写真

ヴァルター・ベンヤミンの肖像写真

この動きが、死者の尊厳を軽んじながら忘却することを強いる歴史修正主義と絶えず連動していることを顧みるなら、ベンヤミンが二度目の世界大戦がもたらしつつある破局を前に、また彼自身の生命が危険に曝されているなかで、ほとんど絶筆として書いた「歴史の概念について」のテーゼを読み直すことは、いよいよ差し迫った課題となりつつあると考えられます。このほど、哲学的歴史論の第一人者とも言うべき鹿島徹さんが、批判版ベンヤミン全集に初めて異稿の一つとして収録された稿を基に「歴史の概念について」を新たに翻訳し、そのテクストに詳細な注釈を加えた『[新訳・評注]歴史の概念について』(未來社)が刊行されましたが、その書評を10月10日発行の『図書新聞』紙に書かせていただきました。ご覧いただき、ベンヤミンの歴史哲学をその可能性において省みるきっかけとしていただけると幸いです。

ひろしまオペラルネッサンス公演《フィガロの結婚》flyer

ひろしまオペラルネッサンス公演《フィガロの結婚》flyer

さて、9月26日と27日には、私が主催者のひろしまオペラ・音楽推進委員会に加わっている、ひろしまオペラルネッサンスの今年の公演、モーツァルトの《フィガロの結婚》の公演が、広島市のJMSアステールプラザ大ホールにて盛況のうちに開催されました。ヴィーン時代の最も充実したモーツァルトの音楽が、オペラの革新と社会的な革命を喩えようもないほど美しく響かせる《フィガロの結婚》は、私たちが他者とのあいだに生きるなかで最後まで信じる、人と出会い直す可能性を、幸福なかたちで予感させるものと言えるでしょう。簡素ながら引き締まった美しさを示す舞台の上に、人間の生きざまを情動の機微とともに浮かび上がらせる岩田達宗さんの演出と、どこまでも血の通ったリズムの上に美しい歌を余すところなく響かせる川瀬賢太郎さんの指揮が、作品の魅力を存分に伝えながらきわめて密度の濃い上演を実現させていました。今回の公演のプログラムにも、プログラム・ノートを寄稿させていただきました。

個人的には、広島で活躍している何人かの歌手が、厳しい稽古を経て、自分の力で壁を乗り越えるかたちで、歌手としての新たな境地を切り開いていたのが嬉しかったです。そのなかで、モーツァルトとダ・ポンテが書いたものが音楽的に生かされていたのが、今回の公演の最大の収穫かもしれません。二日にわたり、最後の赦しの場面は、永遠すら感じさせる崇高さを示していました。まったくごまかしの利かないモーツァルトの音楽に取り組むことによって、声を磨き、音楽を研ぎ澄ますことへ向けた課題も明確になったのではないでしょうか。みなでそれに取り組みながら、次回の公演へ向けて一歩を踏み出せればと願っております。ひろしまオペラルネッサンスへのご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。

Hiroshima Happy New Ear XIX「次世代の作曲家たちIII」を聴いて

55360c23940a6広島を拠点に活動している現代美術作家原仲裕三は、1945年8月6日8時15分、広島の上空で原子爆弾が炸裂した瞬間に、生命あるものが未来永劫背負わなければならない時が刻まれたとして、その瞬間を起点とする時刻「ヒロシマ時刻(Hiroshima Time)」をさまざまな空間的造形のうちに表示する作品を創り続けている。その作品は、現在の空間にもう一つの時を刻み込むことで、クロノロジカルに進み行く時のみならず、アナクロニックに回帰する時、癒えることのない傷としての「時刻」をも見る者に想起させる。

このとき原仲の作品は、広島の街のなかを慌ただしく過ぎ行く時のなかに、過ぎ去ることのない時の欠片が潜んでいることを暗示しているのかもしれない。人々が労働と消費に駆り立てられるなかで嵐のように過ぎ去っていく時間のただなかに入り込む、このもう一つの時、それを内側から生きることを可能にするのが音楽であることを証明したのが、第19回を迎えるHiroshima Happy New Ear「次世代の作曲家たちIII」(2015年6月25日、JMSアステールプラザオーケストラ等練習場)で世界初演された徳永崇と三浦則子の作品だった。

《広島時間》と題された徳永崇の作品は、現在の都市空間を埋め尽くさんばかりの声や音を、その人工性や実際に鳴り響く音の背後に渦巻く欲望を含めて、この作曲家にしか可能でない速度感とともに表現し、生命ある者を押し流そうとしている時の奔流へ聴き手を引き込む。しかし、その表現は、苦いユーモアを交えながら、明るすぎるかに見える響きのなかに、暴力の影、とりわけ戦争と核の暴力の影が潜んでいることも示すものであった。

破壊的とも聞こえる中断を挟みながら音楽はやがて、現在の喧騒を形づくっていた音の欠片から複数の歌を紡いでいく。そこからは、生まれ来たる生命への感謝のこもったブリコラージュとともに、核と戦争の脅威が未だ去らない今ここから、生きることの未来を切り開こうとする意志をも聴き取ることができよう。深く息の余韻を響かせながら徳永の《広島時間》は閉じられるが、生きることの源をなす呼吸が、風を感じることであることを伝えていたのが、三浦則子の《ヒロシマを渡る風──室内オーケストラのための》だったのかもしれない。

この作品は、ふっと吹き過ぎる風が、生命あるものの息遣いを感じさせながら、さまざまな響きや香りを運んでくることを実に繊細に、かつ共感覚的に響かせるものだが、その時間には張りつめたものがある。たびたび差し挟まれる休止は、まさにこの時期の広島の夕暮れ時にしばしば訪れる凪を感じさせるが、その緊張は、風が止んだところに過ぎ去ることのない時が凝集することを示していよう。夕凪のなかに、傷としての「時刻」の記憶が甦るのだ。

歌の息吹を感じさせるパッセージと、どちらかと言うと物質的なパッセージとが交互に奏でられ、やがて両者が折り重なって、強い、深淵をのぞかせるような響きが生まれた後、凪を感じさせる静寂が訪れる。そこにある時の中断の衝撃が、打楽器の打撃によって表わされているようにも聞こえた。《ヒロシマを渡る風》は、深く重い問いを残すようなバス・ドラムの一撃によって閉じられる。三浦の次の作品へ道を開きながら、聴き手を想起と思考に誘う一曲と言えよう。

今回のHiroshima Happy New Earでは、徳永と三浦の室内オーケストラのための新作以外に、この現代音楽の演奏会シリーズの音楽監督を務める細川俊夫が、テューバと室内アンサンブルのために書いた協奏曲《旅VIII》の改訂版も初演された。この曲では、チベット仏教の僧侶の祈りの声から着想を得たというテューバの独奏が、室内アンサンブルのとくに低音楽器の響きと溶け合うなかから徐々に浮かび上がって、息の音を含めた実に多彩な音色を、自然な移行をつうじて響かせていたのが、何よりも印象的であった。それは、テューバを現代音楽の独奏楽器として奏でる可能性を開拓し続けている橋本晋哉にして初めて可能なことだったにちがいない。

その一方で、この曲で川瀬賢太郎の指揮の下、広島交響楽団の奏者たちが、それこそチベットの高地に吹き荒れるような風を見事に奏でていたのも印象深い。響きが深く広がるなかで吹きすさび、激しい打楽器の打撃音とともに仮借のない時の移ろいを感じさせる嵐のような風は、もしかすると、広島の街の表層の下に渦巻く怨念や悔恨などにも通じているのかもしれない。それに抗いながら、あるいはそれと呼応しながら、テューバの独奏は、地の底から響くような切なる祈りを奏でていた。

最後に演奏されたのは、ジェルジー・リゲティのオペラ《ル・グラン・マカーブル》より、ゲポポの三つのアリアを一曲のコンサート・ピースにまとめた《マカーブルの秘密》。このオペラには、「死を思え(メメント・モリ)」という箴言があまりにもリアルだった中世から、いくつもの全体主義を経験した現代──その歴史を身をもって生きたのが他ならぬリゲティだった──までのいくつもの時が折り重なっているが、それらを貫く人間の錯乱を含んだ変貌を凝縮させたのが、この一曲であろう。

この曲で独唱を担当した半田美和子は、ゲポポが人と物のあいだを行き来しながら、自分が国家機密として秘密裏に伝えようとする想念によって、みずから錯乱していくさまを、澄んだ、それでいて強い声で歌いきっていた。恐ろしいまでの速度のなかで、一語一語を明確に響かせつつ、微妙に音色や息遣いを変えて、リゲティの超人的な要求に見事に応えながら、現代の世界に生きる、狂気を潜在させた人間を深層から浮き彫りにした演奏だったと思われる。この《マカーブルの秘密》の演奏において、ここまでの音楽的な完成度に達することができるのは、日本では半田だけであろう。

今回のHiroshima Happy New Earにおいて取り上げられた作品はどれも、複数の時の緊張関係や相互浸透を、優れて音楽的に響かせていたと考えられる。そのような作品こそが、ヒロシマの記憶を新たにし、その記憶とともに生きることを省察する契機となるにちがいない。このような意味で「ヒロシマの」と言える音楽が新たに生まれる瞬間に立ち会えたことを、まずは率直に喜びたい。この音楽の誕生の出来事が、これからさらにヒロシマの、そして広島からの音楽が生まれてくる契機になることを願っている。

日本からの現代オペラの可能性を探るシンポジウムのお知らせ

近所の空き地に咲く梅の花

近所の空き地に咲く梅の花

三月半ばを過ぎて急に暖かくなってきました。春の花が咲き、土筆が芽吹く風景に春の訪れを感じさせる日が続いていますが、みなさまいかがお過ごしですか。気がつけばもう三月も下旬。さまざまな仕事に追われるなか、そろそろ新たな年度の始まりを意識せざるをえなくなる時期まで来てしまいました。

さて、ここではみなさまに、日本から現代オペラを創る可能性を探るシンポジウムをご紹介したいと思います。来たる3月29日(日)の14時から、中央大学の駿河台記念館にて、「《リアの物語》から考える──日本での現代オペラ上演の現状と課題」をテーマとするシンポジウムが開催されます(リンク先に詳細な案内があります)。中央大学の人文科学研究所の公開研究会として行なわれるこのシンポジウムは、以前にもご紹介した細川俊夫さんのオペラ《リアの物語》の広島初演の成果と課題を踏まえながら、日本で、さらには日本から現代のオペラを創造するための課題を明らかにしようとするものです。《リアの物語》の16年ぶりの日本での上演を一過性のものとして終わらせないためにも、こうした試みは大変貴重なものと思われます。

『オペラから世界を見る』(中央大学出版部、2013年)などのご著書がお有りで、現代のオペラの可能性を世界的な動向を視野に追求し続けておられる森岡実穂さんがコーディネイトしてくださった今回のシンポジウムでは、日本におけるオペラの上演史やそれをめぐる現在の状況に精通されていて、オペラそのものについての該博な知識を背景に、日本におけるオペラの可能性を追求されている、昭和音楽大学の石田麻子さんにご講演いただくことになっています。また、《リアの物語》の作曲家で、ベルリン国立歌劇場やブリュッセルのモネ劇場など、世界各地の劇場でのご自身の作品の上演を経験されている細川俊夫さんにも、特別ゲストとしてディスカッションに加わっていただける予定です。日本の状況と世界的な文脈の双方を踏まえながら、現代のオペラの可能性を議論できる貴重な機会になるのではないでしょうか。

私も、広島で《リアの物語》の公演をお手伝いさせていただいた立場から、この公演の成果と課題を報告し、広島でのオペラ創造の課題を、一定の普遍性を有するものとしてご参加のみなさまと共有することを目指す講演を、拙いながらご用意しております。《リアの物語》の広島初演の能舞台を用いた舞台の特色やプロダクションの特徴などを確認したうえで、それを主催したひろしまオペラ音楽推進委員会の継続的な事業の一端を紹介するとともに、《リアの物語》広島初演の成果と課題を踏まえ、広島における、ないしは広島からの現代のオペラの創造へ向けた課題を提示する内容を予定しております。

今、オペラとは何か、オペラとはどのような舞台芸術でありうるのか、という問いにあらためて向き合いながら、現代世界に生きることを照らし出す新たなオペラを日本から、あるいは日本の各地域から創造する可能性を、ご参加のみなさまとともに考え、問題意識を共有できればと考えております。オペラをはじめ現代の舞台芸術に関心を寄せられている方々が、数多く議論に加わっていただけることを願っております。参加費は無料です。ご参加ご希望のみなさまは、中央大学の森岡さん(morioka[アットマーク]tamacc.chuo-u.ac.jp)にご一報いただければ幸いです。みなさまのお越しをお待ち申し上げております。

細川俊夫《リアの物語》の広島での上演に接して

細川俊夫《リアの物語》広島公演の舞台

細川俊夫《リアの物語》広島公演の舞台(開演前)

能舞台の上には、竹竿が屋根を思わせる形に組み合わされている。そのなかにリアが入り、政務からの引退を告げると、そこから悲劇が始まる。彼が上の二人の娘、ゴネリルとリーガンへの領土の分与と、末娘のコーディーリアの追放とを宣言すると、リアの城と玉座を一つながらに表わすかのような形態は解体され、一本一本の竿が独り歩きし始める。それは時に、娘が父を城から締め出す忘恩の門になり、陰謀に陥った者を捕らえる刺股になり、さらには人を殺める剣にさえなる。それとともに、リアの王国は滅びていき、彼の現実も崩れていく。闇に包まれた舞台の上に散乱した竹竿の周りに、累々と屍が横たわるさまは、一つの世界が崩壊し去った後の廃墟を思わせずにはおかない。

2015年1月30日と2月1日の二日にわたり広島市のアステールプラザ中ホールで、Hiroshima Happy New Ear Operaの二回目の公演として行なわれた、細川俊夫のオペラ《リアの物語》の16年ぶりとなる日本での再演は、このように能舞台で、最小限の装置を最大限に駆使する演出の下で行なわれた。能に触発されながら振り付けや舞台演出を続けていて、サントリーホールでの細川の《班女》の上演の演出を手がけたこともあるルーカ・ヴェジェッティによる演出は、能舞台の空間と能そのものの形式性を生かすかたちで、視覚的な人物の動きと装置の機能を必要最小限に止めながら、その象徴性を最大限に高めることで、観客の見立てによって開かれる空間のなかに、人物の情動を凝縮させようとするものだったと言えよう。

こうした演出を実現するために、出演者のみならず、舞台スタッフにも相当な苦労があったことが偲ばれるが、それによって能の精神が新たなかたちで生きるなか、恐ろしいまでの静けさに貫かれた舞台が現出したと言えよう。全曲にわたって、ほぼすべての登場人物を舞台上に留める行き方も、人間関係を空間的に暗示する能の舞台に通じるものであった。そして何よりも、能舞台に相応しく、リアの脳裡に浮かぶ幻影として、霊魂としての人物を象徴化される──その際、LEDライトが効果的に機能していた──ことによって、みずからの世界を自分の手で破滅させる人間の闇──それは悪として、狂気として、さらには人間そのものの盲目として現われる──が仮借なく掘り下げていたのが印象深かった。

このように簡素にして凝縮度の高いヴェジェッティの演出がもたらす静けさに貫かれた舞台が、細川の音楽を最大限に生かすものであったことも特筆されるべきであろう。闇のなかから、そして沈黙のなかから、細川の書としての歌が響いてくる。それが生の息吹を伝えながら、ひと筋の光を舞台に投げ掛けるとともに、登場人物のうちにある情動の振幅を聴き手に伝えていたのには、深く心を動かされないわけにはいかなかった。このような音楽を統率した川瀬賢太郎の指揮は、スコアの細部に目を配りながら、細川の音楽の一貫した息遣いを見事に捉えて間然することがない。川瀬の指揮の下、広島交響楽団のメンバーも、緊密なアンサンブルで、細川の音楽の凄まじいまでの強度を余すことなく伝えていた。その演奏には、細川の音楽への深い理解が滲み出ている。なかでも、フルートとクラリネットの奏者、それに打楽器奏者は、さまざまな楽器の音色を細やかに使い分けながら、細川の音楽の書の線としての動きや、それを貫く緊張を見事に響かせていた。

歌手のなかでは、16年前の日本での上演でもリアの役を歌ったマレク・ガシュテッキが、傑出した歌唱を示していた。彼の低い声の力もさることながら、それとリアの狂気を表わすファルセットのあいだを、音程のない語りなどを交えつつ間断なく行き来して、一つの歌を聴かせる力には目を見張るものがあった。何よりも、コーディーリアの遺骸を前にした最後のモノローグは、人間の愚かさがもたらした一つの世界の破局を圧倒的な力で突きつけながら、それに対して聴衆の眼を開くものだった。竹の棒に付いた羽飾りを揺らす姿が象徴するように、父から継承した王国を弄ぶように策を弄し、それにみずから陥っていくリアの上の二人の娘の役を歌った、藤井美雪と半田美和子の歌唱も特筆に値する。ゴネリル役を歌った藤井は、深い、安定感のある声で、この長女の底意地の悪さとして表われる、父親や妹に対する複雑な思いを、見事な存在感で示していた。また、リーガンの役を歌った半田が、澄んだ声と繊細な表現、そして時に見せる突き刺すような叫びで、気性の激しいこの次女の心情の起伏を、その襞を含めて余すところなく伝えていたのも感銘深かった。

この三人以外のほか、エドガー役を歌った山岸玲音も忘れがたい。狂気を装いながら、父グロスターへの愛情を隠すことができない、しかも矜恃を持って生き抜こうとする姿を、声の音色を細やかに使い分けながら、またしなやかな身体表現とともに演じていたのが印象に残る。エドガーの思いがグロスターに通じたかのように、両目を潰された彼がエドガーに促されながら死から生へ向きを変える瞬間には、現実の世界で人々が体験しつつある破局のなかの微かな希望が閃いているのかもしれない。コーディーリアの役を歌った柳清美も、澄みきった、しかも力強い声で、この末娘の一途さを見事に伝えていた。彼女がずっと能舞台の橋掛かりに佇む姿は、世界の崩壊を静かに見つめる今回の舞台の眼差しを象徴しているようにも思えた。他の歌手たちも、舞台をしっかり引き締めていた。

二回の公演を観たが、初日よりも楽日の演奏のほうが闊達で、音楽にも奥行きが生まれていたように思われたが、そのぶんいくつか綻びが生まれていたのが惜しまれる。とはいえ、全体として、細川の最初のオペラであり、かつ劇的な緊張が他のどのオペラよりも際立つ《リアの物語》を、音楽の強度を発揮させつつ、能に触発されたその美質を、能舞台に生かすかたちで広島で上演できたことには、画期的な意義があると考えられる。この《リアの物語》ではしばしば、強烈な打撃音によって時の流れが断ち切られる瞬間から歌が響き始めるが、細川が「垂直的な時間」と呼ぶその瞬間は、能舞台においてはまさに生者の世界の裂け目であり、また死者の魂が幻となって回帰する間でもある。もしかすると、そこには70年前の広島で世界の崩壊のただなかに置かれた魂が回帰していたのかもしれない。観客のなかには、風のような響きのなかに、嘆く声のような音を聴いた人もいたと聞く。今回の広島での《リアの物語》の公演は、世界が崩れ落ちていくなかに強い歌を響かせることで、死者の魂と生者の魂が共鳴し、応え合う時空を、死者とともに生きる場として開くという、この節目の年の芸術的表現の可能性を指し示すものでもあったと思えてならない。

Hiroshima Happy New Ear Opera II:細川俊夫《リアの物語》公演flyer

Hiroshima Happy New Ear Opera II:細川俊夫《リアの物語》公演flyer

[上記のように、2015年1月30日と2月1日にアステールプラザの能舞台を使って行なわれた、Hiroshima Happy New Ear II:細川俊夫《リアの物語》の公演を、主催組織であるひろしまオペラ・音楽推進委員会の委員の一人として、プログラム・ノートを執筆し、日本語字幕の制作に携わり、プレ・トークとアフター・トークの司会を務めるかたちでお手伝いさせていただきました。こうしたかたちで今回の公演に関わることができたことを、非常に光栄に思っています。このような立場ではありますが、今回の公演に接して率直に考えたところを書き留めておいた次第です。来場してくださった方々が公演を振り返る際の一助になれば幸いです。文中の敬称は省略しました。]