ベルリン通信IX/Nachricht aus Berlin IX

img_0337

霜が降りた朝の風景

あけましておめでとうございます。ベルリンから新年のご挨拶を申し上げます。2017年がみなさまにとって幸多き年になりますように。さて、大晦日(ベルリンの時間で)にもイスタンブールから、ナイトクラブでの銃乱射で40名近い人々が命を落としたという痛ましい報せが入ってきましたが、今年は少しでも多くの人々が平和を感じられる年になってほしいものです。あらためてそう願わざるをえないのは、ドイツへ居を移して以後も、ドイツ国内で、シリアをはじめ世界中で、そして日本でも悲しい出来事が相次いだからですが、その一つが先月、クリスマスを前にしたここベルリンで起きました。新年にはあまり相応しくないことかもしれませんが、まずはその出来事を、犠牲者を哀悼しつつ振り返っておかなければと思います。

すでに広く報じられているように、12月19日の20時過ぎ、ベルリンの中心部、かつて主要駅の役割を果たしていた動物園駅のそばのブライトシャイト広場で開催されていたクリスマスの市に、大型トレーラーが突入し、12名の人々が亡くなりました。チュニジア出身とされる襲撃の容疑者がミラノで射殺される結果に至ったこの痛ましい出来事は、ベルリンの人々のあいだに深い衝撃をもたらしました。とくに娘の小学校の同じクラスの親たちの様子からは、不安と動揺が読み取られました。さらに、第二次世界大戦中の空襲の傷跡を敢えて残すことによって、戦争を記憶する行為と、そこに至った歴史を繰り返さないことへの誓いを一つながらに形にしたカイザー・ヴィルヘルム記念教会の目の前で起きたことも、ベルリンの人々の心を深く傷つけたのではないでしょうか。

img_0358

クーアフュルステンダムの夜

しかし、それでもなお人々の複数性を生きる日常を継続することが今はいかに大切かを、ベルリンの大多数の人々は深く理解している様子です。このことも、娘のクラスのクリスマス・パーティーに参加して実感しました。これもすでに報じられているとおり、さまざまな背景を持つ人々とともに生きていく(クラスの親たちの出身も、ドイツ国内以外に、ポーランド、イタリア、中国、トルコ、それに日本などと、実に多様です)ことが、破壊的な暴力にも、そして不安を煽り、排外主義的な憎悪を掻き立てる政治にも屈しない力になりうることを、ベルリンの市民は、静かに、普段どおりの行動をもって示していました。

もちろん、今回の襲撃を排他主義的な政治に利用しようとする政治家もいます。しかし、こうした行き方を許さず、ここに生きる人々の多様性を確かめながら、人々を結びつけようとする動きが公の場で見られることは重要でしょうし、とくに外国人には心強く感じられます。例えば、シャウビューネでは、「憎悪と不安に抗して──ともに人として生きるために」と題する催しが急遽企画されました。ベルリンのクリスマスの市への襲撃が惹起した不安に我を忘れ、憎悪を他者に投げつけるのではなく、それぞれに異なった人々とともに在ることを立ち止まって振り返り、その貴重さを確かめることによって、社会を他者に開こうとする催しと言えるでしょう。催しそのものは、朗読とピアノ演奏だけのささやかなものでしたが、音楽をつうじて時空間を共有し、朗読される言葉を分かち合うことの大切さが噛みしめられるものでした。

img_0357

ベルリンの晴れた冬空

このような、下手をすると人々のあいだの社会的な関係が取り返しのつかないかたちで引き裂かれかねない危機的な状況にあっては、生の深みに聴く者を誘いながら人々を結びつける音楽の力がとくに重要でしょう。この音楽の力を将来担っていく音楽家を育成するアカデミーが、12月にベルリンに誕生したことも、あらためて特筆されるべきと思われます。すでに別稿で触れましたように、12月8日には幸運にもバレンボイム゠サイード・アカデミーの公式オープニングのセレモニーに立ち会うことができました。両者が設立したウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラをはじめとする場所で活躍する若い音楽家たちの全人格的な育成の場が生まれたことになります。セレモニーのなかでダニエル・バレンボイムは、このアカデミーを、さまざまな人々の対話をつうじて音楽を作り上げる場にしていきたいという希望とともに、教育課程のなかで、哲学をとくに重視する旨のことを語っていました。哲学をつうじて、根本的な問題に複数の視角から取り組みながら、対話に開かれた人格を養成することが、未来の音楽家の育成にとって不可欠であることという彼の主張は、現代における哲学の役割を考えるうえでも重要と思われます。

img_0355

冬のテルトウ運河

12月に、バレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンの演奏会をはじめ、いくつもの素晴らしい演奏会やオペラの公演に接することができたのは幸いでした。オーケストラの演奏会についてはすでに別稿に記しましたので、ここでは、現代作品の演奏会とオペラの公演に少し触れておきます。まず、12月12日の夜には、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の“Late Night”コンサートで、ジェラール・グリゼーの最晩年の作品、ソプラノと15の楽器のための《閾(しきい)を越えるための四つの歌(Quatre chants pour franchir le seuil)》を聴きました。バーバラ・ハンニガンの独唱に、サイモン・ラトルの指揮によるベルリン・フィルハーモニーのメンバーとゲストによるアンサンブルという、望みうる最高の組み合わせで、この作品の実演に初めて接することができました。同時代の自殺した詩人の作品から、古代エジプトの詩句、さらには古代メソポタミアのギルガメシュ叙事詩まで遡りつつ、生と死の閾を掘り下げ、一つの文明の滅亡、さらには人類の死滅に至るまで死を突き詰めるこの作品に、きわめて完成度の高い演奏をつうじて出会うことができたのは、本当に幸せでした。

クリスマスの夜には、コーミッシェ・オーパーでチャイコフスキーの《エフゲニー・オネーギン》の公演を観ました。昨シーズンに初演されたプロダクションの再演ということになります。歌手たちの水準が非常に高く、音楽的に完成度の高い公演でした。乳母役の歌手と公爵役の歌手が、豊かな声量でアンサンブルを支えていた点、とくに印象的でした。オネーギン役のギュンター・パーペンデルとオルガ役のカロリーナ・グーモスは、この劇場を代表する歌手として存在感をいかんなく発揮していたと思います。ヘンリク・ナーナシの指揮の下、オーケストラの力演も光りました。バリー・コスキーの演出は、若い男女の心の揺れが音楽的に表現されるよう工夫されたもので、かつ絵として美しい情景を見せていました。この《エフゲニー・オネーギン》の舞台は、現在のコーミッシェ・オーパーを代表する一つと言えるでしょう。

img_2421

コトブスのシュプレンブルク塔

12月の最初の週末には、家族でブランデンブルク州のコトブスへ、家族で小旅行に出かけました。ベルリンからコトブスまでは、電車で1時間半ほどです。当地の州立劇場で行なわれているフンパーディンクの《ヘンゼルとグレーテル》の公演を観ることが主な目的でした。その公演は、音楽的にはとても充実していました。とくにオーケストラには瞠目させられましたし、父親の役を歌ったバリトン歌手をはじめ、歌手の水準も高かったです。舞台に登場した子どもたちの様子や、客席の温かい雰囲気からも、市民が街の文化の発展に積極的に参加する姿勢が伝わってきました。《ヘンゼルとグレーテル》の公演に先立っては、市の博物館を訪れました。街の歴史を伝える展示もさることながら、ソルブ人の文化を伝える展示がとくに興味深かったです。女性が大きく広がる白い布で頭を覆う独特の衣裳や折々の風習などとともに、ソルブ語訳聖書や詩集などのかたちで表われるソルブ語の文化の営みが紹介されていました。

早いもので、ベルリン滞在の期間が、あと一か月ほどになってしまいました。現在、論文や依頼されている仕事に取り組みつつ、あらためてベンヤミンのテクストに向き合っていますが、その過程で、今さらながらに原典を読むことの重要性を噛みしめています。残された時間を有効に使って、文献研究を可能なかぎり深めたいものです。また、それをつうじて得られたベンヤミンなどの思想への新たな見通しにもとづいて、今回の在外研究のテーマである〈残余からの歴史〉の理論的な構想をまとめて、帰国後の研究の深化に結びつけていきたいと考えています。今年も変わらぬご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。

広告

バイエルン国立歌劇場におけるB. A. ツィンマーマン《軍人たち》の上演に接して

バイエルン国立歌劇場のB. A. ツィンマーマン《軍人たち》ポスター

作曲家ベルント・アロイス・ツィンマーマンについてのドキュメンタリーに収められたインタヴューのなかで、《軍人たち》のケルンでの初演を指揮したミヒャエル・ギーレンは、ツィンマーマンはこの途方もないオペラのために、今も社会に蔓延している暴力を仮借なく抉り出す音楽だけでなく、光彩に満ちた歌も書いたと述べていた。それに呼応するかのように、2014年の春と秋にバイエルン国立歌劇場で行なわれた《軍人たち》の上演で主人公のマリーの役を歌ったバーバラ・ハンニガンも、テレビ放送のためのインタヴューのなかで、マリーの歌にあるのは、美しいベル・カントだと語っている。

2014年の10月31日と11月2日に、このバイエルン国立歌劇場での《軍人たち》の上演に接する機会に恵まれたが、その際、ツィンマーマンが書いた、時に切々と、また時に身をよじるように歌われる光彩豊かな歌にしっかりと耳を傾けることができた。そして、その歌のなかから、暴力の蠢きを、あるいはその身体への刻印を感じないではいられなかった。例えば、第一幕におけるマリーとデポルトの出会いの場面において、両者の歌の高い音域への跳躍は、一方では「高貴」な人に対する態度としてマリーの身に染み付いてしまったコケットリーを、他方ではデポルトのぎらりと閃く艶っぽさを示しながら、その出会いに続く暴力の予感に充ち満ちている。

こうしたことがはっきりと感じ取られるほどに、アンドレーアス・クリーゲンブルクの演出は、ツィンマーマンの音楽を舞台に生かすものだった。彼は、現代のオペラの演出で時に見られるように、センセーショナルな仕掛けによって音楽を遮ってしまうことはない。彼はむしろ、音楽と身体的表現を緊密に結びつけることで、音楽そのものの強度をより凝縮されたかたちで伝えていた。クリーゲンブルクの演出は、ダンサーを数名登場させ──時に肉体を剝き出しにし、虐待の跡をも露わにする女性ダンサーの表現は、芸術的にきわめて洗練されたものと思われた──、歌手の身ぶりも舞踊的に様式化することによって、軍隊における訓育と当時の市民社会の抑圧性の身体的表現を、ツィンマーマンの音楽の厳密な形式性と一体化させることによって、《軍人たち》という作品の主題である暴力の核心に迫ることに迫ることに成功していたのではないだろうか。第二幕で舞台上の身ぶりは、さまざまな器物を叩きながら、音楽の厳格なリズムとも一つになっていた。

クリーゲンブルクの演出においてもう一つ特筆されるべきは、舞台装置である。多くの場面が舞台上に積み重ねられた檻のような箱部屋で演じられ、その一つひとつが前後に移動する。このことによって、ヤーコプ・ミヒャエル・ラインホルト・レンツの同名の戯曲にもとづくこのオペラの上演を困難にしている、異なった場所のほぼ同じ時間の場面が続くという問題を解くことだけでなく、軍隊の閉鎖性や、この閉鎖的な組織に内在する性暴力を、より鮮明に表現することができていた。さらに、舞台の両端から出入りする長机の使い方も印象的であった。それは当初マリーがシュトルツィウスへの手紙を認める机として現われ、後には彼女を市民社会から弾き出す力として現われる。大道具の運動がこれほど効果的に使われた舞台は、今まで観たことがない。

今回のバイエルン国立歌劇場での《軍人たち》の上演において、クリーゲンブルクの演出とともに感銘深かったのは、指揮者のキリル・ペトレンコの見事な統率力と、それに応えたオーケストラの力演であった。仮借のない打楽器の打撃の激しさも、第二幕に聴かれる瀆神的なまでに輝かしく響く金管楽器のコラールも印象的であったが、それにも増して素晴らしいと思われたのは、弦楽器群の表情の振幅の大きさであった。その緊密なアンサンブルは、時に荒々しく蠢き、また時に、時間が止まるかと思うまでに張りつめたピアノを聴かせてくれた。すでに触れたように、舞台上の打楽器奏者たちの巧みさも光ったし、ジャズ・コンボの演奏にも目覚ましいものがあった。

歌手たちのなかでは、やはりマリー役のバーバラ・ハンニガンが際立った存在感を示していた。彼女は、「ドラマティックなコロラトゥーラ」という無理な声質への要求に見事に応えながら、技術的にきわめて困難と思われる音の跳躍のなかで、艶と陰の双方を響かせていた。時折聴かれる柔らかなカンティレーナは、癒しがたい傷と幸福への切なる願いを一つながらに響かせていたように思う。マリーの姉のシャルロッテの役を歌った、オッカ・フォン・ダムラウの豊かな声も忘れがたい。レンツの詩を歌う冒頭の歌唱は、情景を破局の予感とともに浮かび上がらせていた。そして、第三幕に聴かれるマリー、シャルロッテ、ニコラ・ベラー・カルボーンが歌ったラ・ロシュ伯爵夫人の三重唱は、リヒャルト・シュトラウスの《薔薇の騎士》の終幕の三重唱の陰画のように響きながら、出口のない状況における慄きを切々と歌うものだったように思う。これら以外では、シュトルツィウス役を歌ったミヒャエル・ナジーが、思い詰めた男の深い叫びを見事に響かせていた。デポルト役のダニエル・ブレマも巧みだったが、彼を含めた男性歌手のそれぞれの性格の違いがもう少し際立てば、力関係としての人間関係がいっそう明瞭になったのではないだろうか。

幕切れが近づくと、マリーの陵辱が演じられた舞台中央の溝には、ゴミ袋が投げ込まれていく、人が、女性が、死に至るまで虐げられ、棄てられていく社会があることを、今に突きつける演出である。その傍らでは、別の女性の陵辱が続き、ゴミ袋のあいだを縫ってマリーを探す父親は、物乞いをするマリーをもはや認めることができない。そして、そのあいだも軍靴の音は止むことがない。それがふと静まったところで、凄まじい叫びが響いて、《軍人たち》は幕切れを迎えるわけだが、今回その叫びは、舞台上にいるすべての演者とスピーカーから発せられた。スピーカーから聞こえるのは、サンプリングされた無数の匿名の人々の叫びである。これらは、クリーゲンブルクの演出による今回の舞台において、軍隊組織のなかで最も腐敗したかたちで、しかも性暴力のかたちで今も跋扈している暴力の犠牲となったすべての人々の叫びを凝縮した叫びだったのではないか。このような叫びを劇場に響きわたらせることによって、ツィンマーマンは、この暴力の歴史の連続に介入しようとしていたにちがいない。そこにある歴史を中断させる力を、バイエルン国立歌劇場における今回の《軍人たち》の上演は、洗練された表現によって、またそれだけに凝縮されたかたちで劇場空間に発揮させるものだったと考えられる。

ほとんど一冊の本と言ってよいほど充実した内容の《軍人たち》プログラムの表紙

ほとんど一冊の本と言ってよいほど充実した内容の《軍人たち》プログラムの表紙

バーバラ・ハンニガンの声に触れて

それはあたかも、血腥い闇を振り払い、抑圧の歴史を断ち切る新しい日の訪れを渇望する若い女性の魂が、声となって立ち現われてきたかのようだった。Hiroshima Happy New Earの第15回の演奏会[2013年9月8日/アステールプラザオーケストラ等練習場にて]で、歌うことの新たな地平を切り開く一つの出来事と言うべき歌唱を聴かせてくれたバーバラ・ハンニガンは、終演後のトーク・セッションのなかで、歌うとき自分は、作曲家が書いた、詩と不可分である音楽そのものになろうとすると語っていたが、この演奏会の冒頭で彼女が歌った、ルイジ・ノーノの《生命と愛の歌》の第2曲「ジャミラ・ブーパシャ」を聴きながら、ノーノの音楽の精神が、ジャミラ・ブーパシャという女性の魂と一つになって響くのに触れている思いがして、身震いを禁じえなかった。この曲でノーノがひとすじの歌に凝縮させた、アルジェリアの解放へ向けた闘いに身を投じ、牢獄に囚われたこの女性が抱く生とその未来への渇望そのものが、深い闇のなかから響き出て、その闇を切り裂くのを目の当たりにするようだった。

次に演奏されたクロード・ヴィヴィエの《夜への讃歌》は、ノヴァーリスの同名の長編詩の一部を詩に用いた作品だが、この曲でハンニガンは、無限に広がりゆく世界をその起源から詩のかたちで浮かび上がらせようとするノヴァーリスの想像力に呼応しようとするヴィヴィエの瑞々しい感性が結晶した歌を、しっとりと、かつ非常に細やかに──実際、楽譜には細かい歌唱法の指定がある──響かせていた。そのような彼女の歌は、切り詰められた音の配置から奥行きある空間を現出させる中川賢一のピアノと相俟って、夜の深淵の上を静かに歩むように聴こえた。

ヴィヴィエの後に演奏された、アーノルト・シェーンベルクの作品2の《四つの歌》も、休憩を挟んで演奏されたアルバン・ベルクの《初期の七つの歌曲》も、ロマン主義的な歌曲芸術を、それが自己崩壊する極点まで突き詰めながら、次の時代の歌の世界を開こうとするものと言えようが、ハンニガンはいずれの作品においても、詩に込められた感情の揺れ動きや、詩の言葉が一つの風景を開く動きと一体となった音楽を、きわめて自然な、いやおのずと響いてくる──すなわち、優れた意味で自然な──歌として聴かせていた。そのなかから言葉が明晰に、かつ意味深く響いてくる。詩と音楽が一つになる歌曲の精髄が、きわめて高い完成度において具現された希有な瞬間だった。そして、詩と音楽の一体性を追求したとき、音楽が──従来の視点からすれば──断片にならざるをえないことも、深い余韻とともに示した演奏だったように思う。

ハンニガンは、シェーンベルクの初期作品においてはどちらかと言うと、「高揚」のような曲に聴かれるその音楽の若さを強調していたように思えたが、ベルクの歌曲においては、「夜鳴き鶯」や「室内にて」のような曲に聴かれる恋心の瑞々しい発露のみならず、夜のなかへ沈み込んでいこうとする音楽の動きも、非常に大きな、それでいて自然さを失うことのない表現の振幅をもって聴かせていた。静かな箇所など闇のなかにたゆたうかのような彼女の歌に耳を傾けながら、一つの歌の世界が、若さのなかで翳りつつあることとともに、その翳りのなかから『ヴォツェック』などへ連なるベルクの世界が開かれつつあることに思いを馳せていた。

もしかすると、そのようなベルクの世界は、「星の間に間に見捨てられ」のような曲に聴かれるクルト・ヴァイルの世界に通じているのかもしれない。最後にヴァイルが亡命後に書いた三つの歌が演奏されたが、ハンニガンの演奏は、恋人に、そして神に見捨てられた一人の人間の悲哀を、酒の臭いが漂うなかに腹の底から吐き出すものではなく、むしろベルクらにも通じる、優れて音楽的な歌に昇華させるものだった。「シャンソン」や「ソング」として聴こうとする向きには物足りないものがあるかもしれないが、これはこれで、ヴァイルの音楽性を発揮させた演奏と思われる。ここでも詩と歌の自然な結びつきが印象的で、「あなたを愛してないのよ」など、自分を捨てた恋人へのやるせない思いそのものを聴くようでもあった。音楽と言葉を一つにする声を響かせ、何かがおのずと現れてくる場を開くバーバラ・ハンニガンは、一つの媒体、ないしは一人のシャーマンと化しながら、歌の可能性を指し示している。これからも彼女は、世界中の舞台に立ちながら、媒体としての歌をいっそう研ぎ澄ませていくにちがいない。

6988_581074725276971_1201714674_n

サントリー芸術財団Summer Festival 2013より

9月の3日と5日に、サントリー芸術財団が主催するSummer Festival 2013の一環として行なわれた、サントリーホール国際作曲委嘱シリーズの演奏会を聴かせていただきました。今年のテーマ作曲家は細川俊夫さんで、9月3日に開催されたのは、細川さんの弦楽四重奏曲を、最初期の作品から最新の作品まで通観する演奏会、5日に開催されたのは、サントリーホールからの委嘱作品である細川さんのトランペット協奏曲《霧のなかで》の世界初演を中心とする管弦楽作品の演奏会でした。

9月5日の演奏会の開演前には、プレ・トークが行なわれ、その聞き手を務めさせていただきました。先頃ザルツブルク音楽祭で世界初演されたソプラノとオーケストラのための《嘆き》や、演奏会で一部が取り上げられるオペラ『松風』など、最近の作品について、世界初演を迎えるトランペット協奏曲《霧のなかで》について、そしてこの国際作曲委嘱シリーズの創設者である武満徹さんの遺志に沿って、細川さんが最も影響を受けた作曲家と最も将来を嘱望する作曲家の作品を取り上げた、演奏会のプログラム全体のコンセプトについて、細川さんにお話をうかがいました。

それから、Summer Festival 2013のプログラムには、「照応のなかに開花する〈うた〉へ──細川俊夫の近作に聴く〈うた〉の探究」と題するささやかなエッセイを寄稿させていただきました。人間が飼い馴らすことのできない自然との、宇宙的とも言える照応関係が身体的に生きられるなかから開花する〈うた〉、この自然と共振する魂の内側から響き出る〈うた〉を追求する細川さんの作曲活動を、先頃広島で日本初演された尺八協奏曲《旅X──野ざらし》、ベルリンなどで再演されたオペラ《松風》、9月3日にも取り上げられた弦楽四重奏曲《開花》などのうちに見届けようとするものです。

9月3日と5日の演奏会の印象を、それぞれ短く記しておきます[すでにFacebookの私のウォールに記したことと内容的に重なっている点、ご容赦ください]と、まず、9月3日に開催されたディオティマ弦楽四重奏団による、細川俊夫さんの弦楽四重奏曲を集めた演奏会[サントリーホール小ホール「ブルーローズ」]では、このクァルテットの研ぎ澄まされた響きによって、細川さん独特の書の線をなす響きに込められた動きや歌が、余すところなく、かつ濃密な時間のなかで表現されていたのが、非常に感銘深かったです。響きの繊細さが、曲の特色を生かすかたちで発揮されたのが、最新の《遠い声》の演奏で、雲が漂うようにゆったりと流れ、時折笙の音を思わせる響きのなかに、繊細な、自然と感応するなかから歌い出される密やかな歌が、歩むように響いているのを聴くことができました。6月に世界初演されたばかりで、この日の演奏が日本初演だったこの曲は、深く聴くことに誘う一曲と思われます。

また、4つの楽器の音が、ごく近い音で静かに折り重なるなかから音のドラマが展開するのは、最初に1980年の《原像》から変わらない細川さんの弦楽四重奏曲の特徴で、とくにこの最初期の作品では、張りつめた響きのなかから、強い情念を感じさせる音楽が高まっていきます。濃密な沈黙もこの作品の特徴をなすもので、そこにチェロのピツィカートが打ち込まれ、そこからクァルテット全体で琵琶の即興演奏のような音楽が展開する一節がとくに印象深かったです。そこを聴きながら、あるいはコル・レーニョの連打が内的な葛藤を表現する一節を聴きながら、広島で聴いた、これも最初期のヴァイオリン独奏のための《ウィンター・バード》や、武満徹さんの1960年代の作品を思い出しました。

これらの2曲のあいだには、《開花》、《沈黙の花》、そして《書》からの4曲が演奏されましたが、それらの演奏は、ディオティマ弦楽四重奏団が曲を完全に手中に収めていることを感じさせる、見事なものでした。《開花》では、憧れに満ちた歌と、深いところから高まっていく生命の蠢きとの対照が、《沈黙の花》では、移ろいのなかの濃密な音楽の展開が、洗練された響きで、かつ深い音楽的な必然性をもって鳴り響いていました。《書》のまさに一筆の線は、つい先日武生で聴いたときより、さらに鋭敏さを増したような気がします。《原像》から《遠い声》まで、細川さんの弦楽四重奏曲にひとすじの線が貫かれていることに深く聴き入ることができた演奏会でした。

9月5日の管弦楽作品の演奏会[サントリーホール大ホール]では、近作のオペラ《松風》より松風のアリアと委嘱作品のトランペット協奏曲《霧のなかで》を中心に、このシリーズの創設者である武満徹の志に沿って、細川俊夫が影響を受けた作曲家として、ジェルジ・リゲティの作品として《ミステリーズ・オヴ・マカーブル》が、また将来を最も嘱望する作曲家の作品として、フランチェスコ・フィリデイさんのチェロ協奏曲《全ての愛の身振り》が演奏されました。オーケストラは、準メルクルさん指揮の東京フィルハーモニー交響楽団。すべての作品を優れて音楽的な流れをもってわがものにした指揮の下、献身的とも言える素晴らしい演奏を繰り広げていました。

まず、フィリデイさんの作品では、死を予感させる大太鼓の音が打ち込まれるなかから、怯えるような繊細な響き──彼自身が親しんでいるオルガンの響きを思わせます──が浮かび上がった後、特殊奏法や噪音も駆使しつつ、複雑ながらも厳密なリズムで構成されたチェロの独奏が、オーケストラとよく噛み合いながら凄まじいまでのクライマックスを築いていくのに圧倒されました。そこには、どこか死の不安に駆られながら、生に、その象徴としての愛することにしがみつくことの狂おしさも表現されていたように思います。チェロの最低音がチューニングを下げながらオーケストラの低音と溶け合って、そこから浄化された響きが、生の根底から響くように立ち現われてきたのには、感動を覚えました。作品の要求に見事に応える多井智紀さんの独奏も素晴らしかったです。

次に演奏されたのが、細川俊夫さんのオペラ『松風』より、松風のアリア。曲は、オペラの前奏曲と、主人公の松風が松の木陰に在原行平の姿を幻視し、それと忘我のうちに一体化していく第4景の音楽によって構成されており、松風の妹の村雨のパートを、イェルーン・ベルヴァーツさんのトランペットが担当しました。松風を歌うのは、オペラの初演でも歌ったバーバラ・ハンニガンさんです。サンプリングされた水音のなかから立ち上がる、気配を感じさせる響きが夜を現出させ、海辺の風景を形づくっていきます。そこに松風の声が、行平の名を呼びながら静かに入り込んできて、行平を思いのなかで追いながら高まっていく過程が、湧き上がる情念に身を捩らせるかのような、激しい動きをもった線をなしながら、松風の狂おしいまでの思いを響かせていました。ハンニガンさんの声は、この曲に求められる妖しいまでの艶やかさと、空間を突き抜けるような強さとを兼ね備えていて、とくに行平の狩衣を掻き抱いて忘我の境地に至ろうとする瞬間は、強い印象を残しました。

休憩を挟んで、細川さんのトランペット協奏曲《霧のなかで》の世界初演が行なわれました。海鳴りのような響きも聴こえるなかから、漂うような響きが徐々に立ち上がってきて、そのなかに独奏トランペットが、静かに歩むように響いてきます。やがて、霧をなすオーケストラの響きが高まってきてうねりをなし、人を圧倒する力を持って押し寄せてきます。その波の大きさは、今までに耳にしたことのないほどのものでしたが、それとともに、波に巻き込まれてもがくかのようなトランペットの独奏が強い印象を残しました。独奏を担当したベルヴァーツさんは、輝かしい音と素晴らしい技巧で、時に霧を突き抜けるような音を響かせながら、時折マウスピースを取り、ミュートを付けた楽器を通して、魅力的な声も響かせていました。ミュートを替えるごとに声色を変えるその声は、オーケストラの響きのなかからだと、深いところから聴こえるようでもあり、深く聴くことに誘う歌を響かせるようでもありました。最後に、ミュートを付けたトランペットの音が、風のような響きのなかへ消え入っていく瞬間は、旅人が霧のなかへ歩み去っていくさまを思わせるもので、感銘深かったです。

最後に、リゲティのオペラ『ル・グラン・マカーブル』より、ゲポポのアリアを中心に構成された《ミステリーズ・オヴ・マカーブル》が演奏されましたが、ここではハンニガンさんが歌いながら指揮を執り、一つのオペラティックでもあり、舞踏的でもあるようなシーンを現出させていました。歌うだけでも大変な技巧を要し、指揮するのにも高度な技術を要するこの曲を、ハンニガンさんは完全にわがものにしていて、圧倒されます。根拠なき恐怖に駆られ、過度に緊張したゲポポが、リゲティの哄笑を聴かせるようなアンサンブルの響きと、丁々発止の遣り取りを繰り広げながら、歯車が狂うように狂気に陥っていくさまを、ハンニガンは聴き手を拉し去るような速度感を持ったパフォーマンスで表現していました。この夜演奏されたいずれの曲も、生きることの底にある狂おしさを、音楽ですくい取ろうとする深い〈うた〉に満ちていて、演奏会全体としても深い感銘を残しました。そのことは、生涯にわたり〈うた〉を愛し続けた武満徹さんの志にも適ったことと思われます。

IMG_0333