細川俊夫《嵐のあとに》世界初演を聴いて

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生きていること、それはきわめて不確かなことではないだろうか。生きているとはそのまま、いつでも自分を消滅させうる力に曝されているということなのだろう。2011年3月11日の東日本大震災は、このことを思い知らせる出来事だった。いや、そればかりか、福島第一原子力発電所の過酷事故に結びついたこの震災は、人間が自分自身の生命をその根幹から破壊する目に見えない力を、自分の手で作り出し、ただでさえ不確かな生存を、さらに危ういものにしてしまっていることを突きつける出来事でもあった。

そのように脆くて儚い生のうちに、まだかろうじて留まっていることを確かめようとするとき、人は身をかがめ、足元を見つめるだろう。すると、みずからの生存そのものが深淵の上に漂っていることを、振り返らせられるかもしれない。しかし、このような地点からこそ、人は地上に生きることを、心の底から願うことができるのではないだろうか。2015年11月2日にサントリーホールで行なわれた東京都交響楽団の第797回定期演奏会で世界初演された細川俊夫の《嵐のあとに》は、生存そのものが曝されている深淵を前にしながら、生きることを切に祈る歌を、まさに嵐の後に響かせるものであった。

二人のソプラノとオーケストラのために書かれたこの曲は、冒頭から不穏な風音やパルス音を持続的に響かせる。それらが重なり合いながら蠕動し、やがてオーケストラの総奏による巨大な音の渦が形成されるが、それは文字通り嵐の表現であると同時に、災害などとともに姿を現わし、生あるものすべてを木の葉のように翻弄しながら消し去っていく、圧倒的な力の隠喩でもあるように思われた。多次元的に旋回し、吹きすさぶ音響の渦に巻き込まれていくような感覚を覚えながら、詩人パウル・ツェランが「迫奏(Engführung)」という詩(詩集『言葉の格子』所収)に書きつけた、「ハリケーン」という語を思い起こさないではいられなかった。

こうした嵐の表現において、打楽器の強い打撃音が繰り返し、聴く者の肺腑に食い込むように発せられたのが、《嵐のあとに》という曲でとくに印象に残ったことの一つである。とりわけ、太鼓の鋭い打撃音は、ソプラノの二重唱が始まった後も、時を刻む重要な役割を果たすことになる。この曲と同じく嵐の音楽を含むオペラ《リアの物語》──その広島での上演が2015 年1月30日と2月1日に行なわれたのは記憶に新しい──などでしばしば用いていた、時を垂直的に断ち切り、そこから新たに音楽を生成させていく表現を、細川は見直しながら、能の舞台に通じる儀式的な持続を、すなわち面を着けた人がシャーマン的な媒体となる時間を到来させるのに、新たに生かしているのかもしれない。

空間を切り裂くような強烈な響きとともに嵐が去った瞬間、恐怖を覚えるほどの深淵が開かれた。深く、また厳しく抉られた響きの洞が、時の流れを止めていた。その闇のなかから、ヘルマン・ヘッセの詩「嵐のあとの花」をテクストとする歌が慄くように響き始めたのである。自分を圧倒する力と生存そのものの不確かさを前に怯え、深く身をかがめたところから──ヘッセの詩は冒頭で、麻痺したように打ちひしがれた者の姿を描く──、徐々に身を起こすように高まっていく祈りの歌。それは、人間の魂の奥底にある、生への切なる願いを響かせる二人の巫女の歌であるが、それは人間の生存そのものにあって対をなす二つの側面──人為と自然、魂と肉体など──を絶えず交差させながら響かせる二重唱ではないだろうか。

この作品において細川は、ヘッセの詩にある、姉妹のようにとでも訳すべきgeschwisterlichという語──それは二度にわたってはっきりと歌われる──に導かれながら、巫女たちの対の歌を構成していたように思われる。一方の歌が他方の歌に影のように寄り添ったり、あるいは影のなかから一方が浮かび上がったりするなかに響く二つの声のハーモニーは、生存そのものの危うさと、そのなかからこそ発せられる切なる祈りとを、時に激しく、また時に繊細に響かせるものであった。

そうした二重唱において、スザンヌ・エルマークとイルゼ・エーレンスの歌唱が、オーケストラの総奏と拮抗する場面もある振幅の大きな表現のなかで、親密さを感じさせるアンサンブルと、声そのものの清澄さを保ち続けたことは感動的ですらあった。作品の組成を見事に捉えた大野和士の指揮の下、東京都交響楽団が実に有機的な響きを聴かせたことも、特筆されるべきであろう。ソプラノの二重唱が続くなかで、弦楽器の各セクションの独奏によって嵐の音楽が回想される場面でも、緊密なアンサンブルが光った。

嵐によって地面に叩きつけられた草花が徐々に頭をもたげるようにして、おずおずと身を起こし、世界へと微笑みかけながら歩み出ようとする声が、柔らかな響きのなかへ消え入ると、空間は深い静けさに包まれた。生存の根本的な危うさを直視し、この危うさもろとも生きることを肯定するところにある、深い、充実した静けさ。《嵐のあとに》という作品は、このような静けさを分かち合うことへ聴き手を導くが、そのことは人間と自然のあいだに、人々のあいだに、さらにはひとりの人間のなかにある、容易には調停しがたい相克を正視することとも切り離せない。そして、このように現代における人間の生存の困難さを見据えながら、対を生きることへの切なる願いを響かせるというモティーフは、来年1月にハンブルク国立歌劇場で初演される予定の新作オペラ《静かな海》にも通じるものでもあろう。

こうして細川の《嵐のあとに》が見事に初演された演奏会では、他にラヴェルの《スペイン狂詩曲》、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番、そしてドビュッシーの交響詩《海》が演奏された。プロコフィエフの作品でヴァイオリン独奏を務めたワディム・レーピンの演奏は、華やかさを抑えて作品の内実に迫ろうとするアプローチが、第1楽章ではやや空回りしている印象を受けたが、徐々に持ち前の闊達さが光ってきた。とくにフィナーレの高揚は見事だった。いずれの作品でも、東京都交響楽団の各セクションの繊細なハーモニーとしなやかな歌が印象的だったが、そのことはオーケストラのアンサンブルの完成度の高さを物語っていよう。曲のテクスチュアを最大限に生かそうとする大野和士の指揮も魅力的だった。今回の演奏会は、細川の作品を含むこの日の演奏曲目を中心としたプログラムで展開される、東京都交響楽団の創立50周年を記念するヨーロッパ・ツアーの成功を予感させる演奏会でもあった。

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ミンゲット弦楽四重奏団の演奏を聴いて

広島に、そして広島から新たな耳を開くべく続けられている現代音楽の演奏会シリーズHiroshima Happy New Earの第18回目の演奏会[2014年11月18日/アステールプラザオーケストラ等練習場]に登場したのは、ドイツのケルンを拠点に活躍を続けるミンゲット弦楽四重奏団。その名は、芸術は大衆に愛されるものであるべきだと説いた18世紀スペインの哲学者パブロ・ミンゲットに由来するという。哲学者ミンゲットの精神は、もしかすると、ミンゲット弦楽四重奏団の考え抜かれたプログラム構成に表われているのかもしれない。古典的な作品やその楽章と、現代作品とが照らし合わせられる──例えば今回、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番の両端楽章のなかに、ドビュッシー、ヴェーベルン、細川俊夫らの作品が挟まれていた──ことによって、両者に通底する楽想が浮かび上がり、誰もが現代作品に近づける回路が開かれるとともに、古典的な作品のなかにも新たな発見の余地が開かれるのだ。ミンゲット弦楽四重奏団は今回、こうしたプログラム構成も含め、これまでHiroshima Happy New Earのシリーズに登場したアルディッティ、ディオティマ、ジャックといった弦楽四重奏団とはまた異なった個性を優れて音楽的に発揮していた。

とくに印象的だったのが、ミンゲット弦楽四重奏団が、内声を軸に、クァルテットとしての響きの充実を志向していたこと。第2ヴァイオリンのアネッテ・ライジンガーとヴィオラのアロア・ソリンのしなやかで、豊かに広がる音が、クァルテットの響きに深い奥行きをもたらしていた。また、それによって、メンデルスゾーンの最後の弦楽四重奏曲においては、悲痛な歌が内側から湧き上がってくる。姉ファニーの死に直面した衝撃のなかから生まれたとされるこのヘ短調の弦楽四重奏曲より両端楽章が、演奏会の最初と最後に演奏されたが、そこに込められた激情が、うねるような曲のダイナミズムに結実したのも、このクァルテットならではのことだったにちがいない。そして、この曲に見られる、動機を連綿と発展させ、精神の内奥から歌を紡ぐ行き方が、W・リームの弦楽四重奏曲にも、またヴェーベルンの弦楽四重奏のためのバガテルにも受け継がれているのを、メンデルスゾーンのあいだにこれらが置かれることで、はっきりと感じ取ることができた。

とくにリームの作品は、いくつかのモティーフを、表現主義的とも思える仕方で運動性豊かに、またあくまでそれが楽音において響く可能性を突き詰めるかたちで展開するものと言えようが、その美質がミンゲット四重奏団によって存分に引き出されていたのは非常に印象的だった。他方で、ヴェーベルンのバガテルにおいては、音そのものの最小の展開のうちに最大の自由が凝縮していることを、豊かな歌とともに響かせていたのではないだろうか。ともすれば、雰囲気的に演奏されかねないとも思われる武満の《ランドスケープ》において、このクァルテットが、鋭い打ち込みのなかから響きの層を豊かに繰り広げていたのも印象深い。それぞれの層の襞まで響いてくるかのような演奏だった。その後にドビュッシーの弦楽四重奏曲の緩徐楽章を聴くと、その静謐な響きの層に、武満の楽想の源があるかのようにさえ思えてくる。この楽章の演奏は、それぞれの楽節の特徴をしっかりと示しながら、深いところから柔らかな歌を響かせるもので、それだけで一個の作品のようにさえ聞こえるほど内容的に充実していた。

こうしたミンゲット四重奏団の響きの特徴と、質実な音楽へのアプローチが最も生きたのが、細川俊夫の《開花》の演奏であろう。一つひとつの音に時間をかけて沈潜するなかから、豊かな歌が深い憧れを内包して響いてくる。水面へ上ろうとする蓮の茎のうちで躍動する生命のダイナミズムが、これほど奥深いところから湧き出た演奏は、これまで聴いたことがない。たしかに、技術的な完成度だけを見るなら、ミンゲット四重奏団の演奏には、これまでHirosihma Happy New Earのシリーズに登場したクァルテットに及ばないところはあろう。しかし、泥土の底から這い出てくる蓮の生命を、その開花の喜びを、ミンゲット四重奏団の演奏以上に深いところから、豊かな歌とともに響かせた演奏は、これまで聴いたことがない。

アンコールには、メン261118デルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番より緩徐楽章が演奏された。深沈とした歌に満ちた、ファニーのレクイエムとも言うべきその楽章は、原子爆弾の犠牲者をはじめ、人類の苦難の歴史の犠牲者たちに捧げる一つのレクイエムとして演奏されたという。広島という場に身を置くことで生じた、クァルテットのメンバーのこのような思いもまた、演奏された作品の響きにいっそうの奥行きを添えたはずだ。広島からの霊感とともに生まれた、深い歌に富んだ音楽の出来事に立ち会えた幸運に感謝したい。