ベルリン通信VI/Nachricht aus Berlin VI

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秋晴れの下のジェンダルメンマルクト

ベルリンではここ数日で秋が深まった印象です。朝晩の気温が10度前後になりましたし、街路の木の葉も色づいてきたように見えます。それとともに街の雰囲気が少し落ち着いた気がしますが、それは八月の下旬頃から街の至るところに騒々しく掲げられていた選挙のポスターが、おおかた撤去されたからかもしれません。ポスターそのものは鬱陶しいですが、そこに書かれている各政党の主張は、現在この都市ないし地区で問題になっていることをそれぞれの立場から伝えていて、それはそれで興味深かったです。ベルリンでは、9月18日に当地の議会の議員を選ぶ選挙が行なわれました。ベルリンの東西を往復すると、この街に実にさまざまな背景を持った人々が暮らしていることが実感されると同時に、とくに東側が資本の力によって、幾重にも引き裂かれている感触を持たざるをえません。今回の選挙の結果は、それによって生まれた隙間に、排外主義的な主張が徐々に浸透しつつあることを懸念させるものと思われました。

さて、九月とともに、ベルリンには音楽のシーズンが到来しました。その始まりを毎年彩っているのが、Musikfest Berlin(ベルリン音楽祭)です。数多くの同時代の作品が取り上げられるこの音楽祭の演奏会を聴きに、たびたびフィルハーモニーに足を運びました。9月3日にオープニングを飾った、ダニエル・ハーディング指揮のバイエルン放送交響楽団によるヴォルフガング・リームの《トゥトゥグリ》の演奏では、フィルハーモニーの天井も床も抜けんばかりの音響のエネルギーに圧倒されました。他方で、アントナン・アルトーの晩年の詩的なテクストに触発されたこの作品の演奏においては、音楽の繊細な肌理も聞こえてきて、演奏の完成度の高さも伝わってきました。ワレリー・ゲルギエフとミュンヒェン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会では、ショスタコーヴィチの交響曲第4番の演奏に驚嘆させられました。音楽そのもののダイナミズムを、整理された演奏からはこぼれ落ちてしまう情動的なものも含めて生かしきった演奏で、時に音響がうねり狂うかのようでした。

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フィルハーモニーとその傍らに設けられたT4作戦を記憶するモニュメント

とはいえ、演奏そのもので最も強い印象を受けたのは、17日に聴いたハンブルクのアンサンブル・レゾナンツの演奏会でした。とりわけシューベルトの初期の「序曲」と交響曲第5番の演奏は、様式性と新鮮さを兼ね備えた活気溢れるもので、瞠目させられました。自発性に富む演奏を繰り広げながら、非常に透明度の高い響きを保っていました。これを指揮者なしでやってのけるのですから驚きです。シューベルトの作品に挟まれるかたちで演奏されたエンノ・ポッペとレベッカ・サウンダースの作品では、いずれも独奏楽器とアンサンブルのための曲を面白く聴きました。とくにサウンダースのチェロ協奏曲では、チェロと打楽器の対話のなかから聞こえる響きがとても多彩で、かつそれが音楽の有機的な発展とも結びついていて、印象に残りました。ポッペのヴィオラ協奏曲では、タベア・ツィンマーマンが、存在感に満ちた素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

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夕暮れ時のコンツェルトハウス

この九月には、イザベル・ファウストの素晴らしいヴァイオリンを聴くことができたのも嬉しかったです。9月2日の夜遅くにMusikfestの一環として行なわれたルイジ・ノーノの“La Lontananza Nostalgica Utopica Futura”の演奏も、電子音響ときわめて繊細な対話を繰り広げるものでしたが、22日のコンツェルトハウス管弦楽団の演奏会におけるバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番の演奏は、すべての音に必然性と生命がこもった素晴らしいものでした。考え抜かれた弓遣いとフレージングのなかから、魂の息吹を一つの風景とともに響かせるような歌が紡がれていきました。それが楽章を追うごとに熱を帯びていくのにすっかり引き込まれました。同時に、曲全体の構成を浮き彫りにする造型にも感動を覚えたところです。ヴァイオリニストと言えば、同じコンツェルトハウス管弦楽団のシーズン最初の演奏会におけるユリア・フィッシャーの演奏も魅力的でした。ヘンツェのヴァイオリンと室内オーケストラのための《イル・ヴィタリーノ・ラドッピアート》を、ヴィターリの原曲の解体過程を浮き彫りにするかのように弾いた後、アンコールにパガニーニのカプリースの完璧な演奏も聴かせてくれました。

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リチャード・セラによるT4作戦の犠牲者のためのモニュメント(1988年)

九月からは、興味深い美術展も始まっています。例えば、ベルリン美術館(Berlinische Galerie)では、「ダダ・アフリカ(DADA Afrika)」展が開催されています。ダダ百年の今年、チューリヒのリートベルク美術館の協力の下、ダダの作家とアフリカ、ないし異他なる世界との対話に光を当てるこの展覧会を先日見ましたが、とりわけハンナ・ヘーヒの作品が魅力的に思われました。このベルリン美術館では、この「ダダ・アフリカ」展以上に、たまたま入った「モデルネの幻視者たち(Visionäre der Moderne)」というテーマの展覧会に惹きつけられました。『ガラス建築』などでベンヤミンにも影響を与えたパウル・シェーアバルトの版画や、ブルーノ・タウトの絵画や建築の設計図のほか、パウル・ゲシュという彼と同時代の作家の作品が数多く展示されていて、これがとても魅力的でした。幻想的でありながら、非常に澄んだ目を感じさせる水彩画の数々が並んでいました。ゲシュには情緒不安定なところがあったようで、いくつかの医療施設を転々とした末、1940年にブランデンブルクの「安楽死」施設で虐殺されることになります。あらためてナチスの「T4作戦」の問題に向き合わせられました。演奏会を聴きにしばしば通っているフィルハーモニーがある場所は、この作戦の司令部が置かれたかつてのティーアガルテン4番地に当たるので、フィルハーモニーの傍らには、この「安楽死」の名による虐殺を記憶する場所が設けられています。

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ポルボウの公共墓地内のベンヤミンの(墓)碑

それから、すでに別稿に記しましたとおり、九月末には、ヴァルター・ベンヤミンが亡命の道を阻まれ、自死を遂げたスペインのポルボウを訪れることができました。彼が亡くなったのが1940年の9月26日とされていますので、彼の76回目の命日にポルボウに滞在したことになります。この地に設けられた彼を記念するモニュメントには、いずれも彼が「歴史の概念について」記したテクストの一節が刻まれています。ベンヤミンが葬られた墓地のなかの碑には、「同時に野蛮の記録であることのない文化の記録など、あったためしがない」という一文が引かれていますし、またイスラエルの芸術家ダニ・カラヴァンが、ベンヤミンの没後50年を機に、墓地の手前の崖を貫くかたちで制作したモニュメント《いくつものパサージュ》には、次の一節が引用されています。「名のある人々の記憶を称えるよりも、名もなき者の記憶を称えることのほうがいっそう難しい。歴史の構成は、名もなき者たちに捧げられている」。これらを、ポルボウの入江から広がる真っ青な地中海とともに見ながら、歴史哲学に対する問題意識を新たにしたところです。十月は、自分自身の研究を形にすることに徐々に力を傾けなければなりません。

現代史に関わることに最後にもう一つだけ触れるならば、1941年9月29日から30日にかけてウクライナのキエフにあるバビ・ヤールの峡谷で、ナチスの特別部隊による最大規模の虐殺が繰り広げられました。今年はそれから75年ということになります。その犠牲者を追悼するキエフでの式典で、ドイツ連邦共和国大統領ヨアヒム・ガウクが、ナチズムの歴史を踏まえた印象深い言葉を残しています。そのごく一部を、ディ・ツァイト紙所載(2016年9月29日付)の抜粋からご紹介しておきたいと思います。国民社会主義の「抹殺への意志」が、死者だけで満たされることはなかったのは、「犠牲者の記憶すらも消し去られるべきだとしていたからであります」。「私たちは、ショアーの深淵を前にするとき、計り知れない苦悩を、そして私たちドイツ人の法外な罪責を語ることになります」。「この深淵への眼差しを抜きにしては、ドイツの罪責について、ひいては私たちが共有する歴史について思いを致すことはありえません」。このバビ・ヤールでの虐殺を含めた、ナチスの特別部隊による「バルト海から黒海に至る」大量射殺の歴史に関する展示が、テロルのトポグラフィーで始まっていますので、それも近々見に行かなければと思います。

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節目の夏の演奏会を聴いて

縮景園の被爆銀杏

縮景園の被爆銀杏

広島と長崎の被爆、そして日本の敗戦から70年の節目を迎えるこの夏、平和への願いをさらに深めながら新たにするきっかけとなる演奏会を聴く機会に恵まれた。まず、挙げなければならないのは、8月5日に広島文化学園HBGホールで開催された広島交響楽団の「平和の夕べ」コンサート。このオーケストラの第1回の定期演奏会でも演奏されたというベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番ハ長調で独奏を務めたマルタ・アルゲリッチが、さらに若々しさと瑞々しさを増した音楽を聴かせてくれたのは忘れられない。

アルゲリッチの音楽の魅力は、最初の一音のなかから止めどなく音楽が湧き出てくる一方で、天衣無縫と呼ぶほかないパッセージの連なりに、おのずと必然性が具わってくることであろう。第1楽章の独奏の始まりから、楽想が溢れ出るのにすっかり引き込まれてしまった。また、彼女の演奏歴を顧みると、自分の音楽に適合した形式を具えた曲を厳選していることが分かる。この日演奏されたベートーヴェンの第1番の協奏曲も、そのような曲の一つであることが非常に説得的に伝わってきたが、そのことを越えて、アルゲリッチは、この協奏曲に横溢する若々しい生命力を、優れて音楽的に発揮させていた。とくに、フィナーレのロンドで彼女のピアノは、時に卑俗になりがちなパッセージでもけっして気品を失わないフレージングを示しながら、驚くべき速度感を示していた。

他方で、研ぎ澄まされた弱音で音楽をどこまでも深めることができるのも、アルゲリッチの演奏の魅力である。それがいかんなく発揮されたのが、緩徐楽章の最終部。恐ろしいまでの緊張感に会場が包まれたが、まさにそのなかから、最終楽章のロンドの主題が走り出したのである。ただ、そこに至る少し手前で、音楽がもう少し高まっていたならば、演奏全体としての弱音の表現に、いっそうの深みが出たのではないだろうか。オーケストラに、もう一歩踏み込んだ演奏の積極性を求めたかった。盛んな拍手に応えてアルゲリッチは、アンコールにシューマンの《幻想小品集》より「夢のもつれ」を、これ以上ない自在さのなかに、微かな翳りを添えながら聴かせてくれた。

休憩の後、ヒンデミットの交響曲《世界の調和》が演奏されたが、どちらかと言うとトゥッティの強奏が耳を引くことの多いこの曲では、全体の響きにもう少し有機的な一体感が欲しかった。それがないと、この曲が作曲された困難な時代に抗う音楽の抵抗力が伝わってこない。むしろ印象的だったのは静かな箇所で、とくに第2楽章の後半で、打楽器によるほの暗い、ヒンデミット独特の響きが聴かれた後、二本のヴィオラが奏でるパッセージは、静謐な美しさを示していた。独奏ヴァイオリンの優しく、どこか物悲しい歌も存在感を示していたし、第2楽章とフィナーレにおける木管楽器の独奏も素晴らしかった。これらのなかから響く、時代に抗う生命の息遣いと共振するところからこそ、平和への願いが深められるにちがいない。

7月11日には、すみだトリフォニーホールで、新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴くことができた。ダニエル・ハーディングの指揮で、マーラーの交響曲第2番ハ短調《復活》が演奏されたが、その演奏は、これまでのハーディングによるマーラーの演奏をはるかに凌駕しているように思われた。宇宙に満ちる魂の響きが深い沈黙から生成することを教えてくれる《復活》交響曲の演奏だった。

今回の演奏で非常に興味深く思われたのは、ハーディングが、一つひとつのフレーズを充分に時間を取って響かせながら、生命の蠕動とも言うべき細かいモティーフの一つひとつを、またその絡み合いを実に意味深く聴かせていたこと。これらの発展の末にこそ、強烈なエネルギーが、苦悩の叫びや切なる祈りとなって放射されることを、非常に説得的に示した解釈だった。

死への恐怖に苛まれた孤独な魂が、万物に満ちるアニマと共鳴し始める過程を彩る、「少年の魔法の角笛」の世界の歌の豊かさも特筆されるべきだろう。自然に流れる歌の潤いは実に魅力的で、アンダンテの楽章のフレージングは、これしかないと思うほど素晴らしいものだった。その一方で、肺腑を抉るような激しい表現にも欠けることのない演奏だった。とくに管楽器の各奏者の独奏や、各セクションのアンサンブルは、全曲にわたって高い完成度を示していた。

アルトのクリスティアーネ・ストーティンは、もしかしたら声質のうえでマーラー向きではなかったかもしれないが、「原光」の歌そのものは充分に説得的。ベルリンで何度かその声を聴いたことのあるドロテア・レシュマンは、期待どおりの豊かな声を聴かせていた。栗友会合唱団の振幅の大きな歌唱も印象深かった。宇宙の深淵の前に立たせるかのような深い沈黙からの発展の末に、「死して成る」生命への深い願いを高らかに歌い上げるフィナーレは、今まで聴いたなかで最も感動的だった。

7月27日には、JMSアステールプラザの大ホールで、バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏会を聴くことができたが、そこでのバッハのロ短調ミサ曲の演奏の素晴らしさについては、もはや多言を要しないだろう。ホールの音響がいささか残響に乏しいため、各声部の対位法的な絡み合いが明瞭に聞こえる一方で、管楽器の演奏がいささか苦しそうであったが、全体の響きの清澄さは申し分ない。澄んだ響きのなかで掘り下げられる悲しみと、魂の奥底からどこまでも広がっていく平和への祈りに深く心を揺さぶられた。 そのような平和への祈りを、舞台上の演奏家と聴衆が共にできることの喜びを噛みしめるところから、70年の節目からの一歩を踏み出すべきではないだろうか。

ジョナサン・ノットのシューベルトのことなど

「ザ・グレート」の名で知られるシューベルトの最後のハ長調の交響曲(第8番D944)には、これまで誰も、ベートーヴェンさえも達することのできなかった、深く大きな世界を器楽だけで響かせようとする意欲が漲る一方で、次から次へと歌が湧き出てくる空間が、小気味よさを失うことのないリズムの躍動によって開かれるところがある。これらをいかに両立させるかが、この「大ハ長調」交響曲の解釈の鍵となると考えられるが、東京交響楽団の第621回定期演奏会[2014年6月14日/サントリーホール]でのジョナサン・ノット指揮する東京交響楽団による演奏は、その要求にきわめて洗練されたかたちで応えた演奏だった。

冒頭のホルンによるアンダンテの序奏は、ダイナミクスに過度に神経質になることなく、自然なフレージングで奏でられたが、その響きからは奥行きが感じられる。アレグロの主題の提示においては、付点のリズムによる主題の末尾がディミニュエンドするなかから、三連符のリズムが沸き立ってくるのが印象的であったが、それによって長いスパンを持った歌が感じられる点、実にシューベルトに相応しい。

第一楽章の提示部の終わりには、三度にわたって風が吹き寄せるように、フォルティティッシモの頂点に至る響きが打ち寄せてきた。軽やかなリズムの対の戯れから、高さを感じさせる壮大な響きが生まれてくる展開部の構築も見事。コーダは、けっして居丈高になることなく、しかし高揚感に満ちたかたちで序奏のモティーフを回帰させ、ここに一つの大きなアーチが築かれていることを感じさせてくれた。

第二楽章は、静かな歩みを感じさせるテンポのなかから、連綿と歌い継がれていく旋律が美しい。なかでも、ヴィブラートを抑えた響きによる第二主題は、これまで聴いたどの実演よりも清冽であった。木管が哀愁に満ちた歌を響かせたのに続いて、フォルティッシモで決然と歩みを進めようとする際に、ピリオド楽器の奏法を取り入れた鋭い響きが、新鮮なアクセントとなっていたのも印象に残る。凝縮度の高いクライマックスの後の密やかなチェロの歌は、感動的ですらあった。

第三楽章においては、軽やかさと有機性を失わないスケルツォのリズムの躍動が素晴らしかったが、とくにその主題の上昇音型が上り詰めたところで一瞬の間を取るのは、シューベルトがベートーヴェンたちと共有していたドイツ語圏の音楽の語法を示す表現として重要と思われるし、それによってリズムに息が吹き込まれているように感じられる。シューベルトがピアノのための作品で先鞭をつけた、そして後に豊かに展開していくワルツを予感させる旋律も、簡素さを感じさせながら小気味よく踊る。

フィナーレでは、ノットがテンポとフレージングを絶妙にコントロールしながら、リズムの躍動と旋律美を見事に両立させていた。この楽章においては、第一楽章同様に付点のリズムと三連符が目まぐるしく交錯するなかに、いかに間と静けさを確保するかが重要と考えられるが、ノットと東京交響楽団は、その要求に見事に応えて、とくに第二主題においては、密やかな歌の転調の妙を見事に響かせていた。シューベルトに相応しく、微笑みが歌われるなかに悲しみが染み込む瞬間がを聴くことができた。沸き立つリズムとともに、高揚感に漲った、しかし歯切れよさを失うことのないコーダのクライマックスの後、最後の音は、最も熱くて強い音がふっと消え去るように奏でられた。

シューベルトという作曲家は、歌が息遣いのなかで、儚く消え去る音によって織りなされることを、誰よりもよく心得ていた。おそらくそのことが、彼がしばしば楽譜に書き込んだ、他の作曲家よりも横に長いアクセントの記号に表われているのかもしれないが、ノットと東京交響楽団による「大ハ長調」交響曲の演奏は、こうしたシューベルトの特徴を、現代的な感覚と緻密な解釈で生かしたものと言える。とりわけノットによるこの曲の解釈は、これまで実演で聴いたなかで最も説得的であった。

この定期演奏会では、シューベルトの交響曲の他に、ブーレーズの《ノタシオン》の管弦楽版からの四曲とベルリオーズの歌曲集《夏の夜》が演奏された。ブーレーズの演奏は、当初少しもたつきが感じられたものの、徐々に響きが充実して、一つの流れが楽器間で受け渡されていくのが、また厳密に構成された蠢きが感じられる演奏となった。現代音楽の構成を響かせるノットの手腕を感じさせる演奏で、それがシューベルトなどの解釈にも生きているのだろう。

《夏の夜》において独唱を担当したメゾソプラノのサーシャ・クックの歌は、吹き抜けるような軽やかを求めたいところもあったが、別離の悲しみや死者への哀悼を歌う曲においては、テオフィル・ゴーティエの詩の深みを感じさせる豊かな歌を聴かせてくれた。全体として、この春に東京交響楽団の音楽監督に就任したジョナサン・ノットとこのオーケストラの相性のよさを感じさせ、両者の今後の活動を期待させる内容の演奏会であった。

[追記:6月に聴いた演奏会について]

この6月は、出張などで東京や札幌へ出かけることが多かったおかげで、上記の東京交響楽団の定期演奏会をはじめ、三つのオーケストラの演奏会を週末ごとに聴くことができました。6月22日には、すみだトリフォニーホールで、新日本フィルハーモニー交響楽団の第526回定期演奏会を聴きました。イザベル・ファウストとダニエル・ハーディングによるブラームスのマチネでしたが、この演奏会では何と言っても、ファウストのヴァイオリンが素晴らしかったです。今までに実演で聴いたなかで最高のブラームスの協奏曲であることは、間違いありません。

引き締まったテンポのなかで、ひたすらブラームスの音楽の核心に迫ろうとするアプローチと、それがもたらす演奏の完成度に、深い感銘を受けました。基本的に、音楽そのものに語らせる演奏でしたが、それによって生まれる音楽の内容の充実には、目を見張るものがあります。研ぎ澄まされた音で、恐ろしいまでに寂しさを掘り下げる第一楽章の一節など、鳥肌が立つほどでした。かといってけっして響きが冷たくなってしまうことはなく、第二楽章では、オーケストラの柔らかな響き──とりわけ木管のハーモニーが素晴らしかったです──に乗って、豊かな歌を聴かせてくれました。フィナーレでは様式感と愉悦感を兼ね備えた主題の提示から、次々に湧き立つような音楽の躍動に心を奪われました。管弦楽の伴奏の付いたブゾーニによるカデンツァが聴けたのも収穫でした。アンコールとして演奏されたバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番のラルゴでは、彼女のヴァイオリンの洗練された温かさが、最良のかたちで表われていたのではないでしょうか。

後半に演奏された交響曲第4番ホ短調では、オーケストラの豊かで、そこはかとなく寂寥感を漂わせる響きが感銘深かったです。全体的に、オーケストラの自発的で歌心に満ちた音楽作りが、ハーディングのボウイングを含めたさまざまな試み──第一楽章の第二主題の頂点で下げ弓を繰り返すボウイングで聴いたのは、アーノンクール以来でしょうか──より一歩先に行っていた印象を受けます。第二楽章の弦楽器の柔らかな響きは感動的でした。後半の二つの楽章において、音楽が熱気を増していくとともに響きが充実していくのも、この曲に相応しく、聴き応えがありました。

6月28日の午後には、札幌コンサートホールKitaraで、札幌交響楽団の第570回定期演奏会を聴きました。音楽監督としての最後のシーズンを迎えた尾高忠明の指揮で、ヴェルディのレクイエムが演奏されました。この演奏会では、札幌交響楽団の高い技術に裏打ちされた献身的な演奏もさることながら、礼響合唱団をはじめとする四つの合唱団によって構成された合唱団の素晴らしさに心を奪われました。充実したバスの響きに支えられながら、豊かな声と緻密なアンサンブルで、ヴェルディが作家マンゾーニを追悼するために書いた音楽を、見事に歌い上げていました。各声部のバランスのよさも特筆されるべきで、それがこの曲の随所に見られるフーガで生きていました。

曲の冒頭の、立ち止まりつつ沈潜していくような低弦のモティーフに続いて、悲しみと、死者の魂の安息への祈りに満ちた柔らかな響きが浮かび上がるあたりから、札幌交響楽団のアンサンブルの充実が感じられ、演奏に引き込まれました。「怒りの日」の音楽には、今一歩の荒々しさと推進力を求めたい気もしましたが、ここでの抑制は、この音楽が回帰する最後の「われを解き放ちたまえ(リベラ・メ)」に曲の頂点を築こうとする尾高の設計の表われであることが、後に判ります。表面的な効果に流れることなく、死者のための祈りの内実に迫ることは、この作品において第一に求められるべきことでしょう。「われを解き放ちたまえ」の曲で音楽がじわじわと高まり、充実したクライマックスが築かれるあたりは、実に感動的でした。四人の独唱者(安藤赴美子、加納悦子、吉田浩之、福島明也)の出来も、ほぼ申し分のないもので、とくに四者のアンサンブルには聴き応えがありました。指揮者、オーケストラ、合唱団、独唱が一体となって、ヴェルディが書いたレクイエムの内実を掘り下げ、豊かに響かせた演奏でした。

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緑豊かななかに日が差し込む6月の札幌の風景

加計の吉水園のことと近況

加計の吉水園の池と紅葉

加計の吉水園の池と紅葉

先日、広島県北部の山県郡安芸太田町の加計という街にある、吉水園という小さな庭園を訪れました。この庭園は、当地で製鉄業──このあたりは伝統的に、たたら製鉄が盛んだったようです──を営んでいた加計隅屋の当主である佐々木八右衛門が、1781年に吉水亭という山荘とともに造営したものとのこと。茶室も備わったこぢんまりとした山荘の縁側から眺める庭園は、小島を持つ小さな池を中心に周囲の山々を借景としていて、落ち着きと広がりがあります。苔むした小島から山並みへ視野を広げていくと──むろん、他の観光客の声や始終流れている説明のナレーションが耳に入らなければ、でしょうが──、心が静まります。ちょうど紅葉が見頃を迎えようとする頃で、紅葉の赤が池の水面に映えるのが美しかったです。

なお、この吉水園の池は、モリアオガエルの生息地としても知られていて、その産卵の時期である6月と、紅葉が見頃となる11月の上旬の週末のみ、山荘を含めて特別公開されています。その時期に広島を訪れる機会のある方で、もう宮島へは何度も行ったという方は、お時間が許せばお出かけになってはいかがでしょう。少々交通の便が良くありませんが、広島市内からそれほど遠くはありませんし、美味しい川魚を食べられるところもあります。時間が合えば、当地で盛んな神楽を観たりもできるでしょう。ちなみに、広島市街から加計へ行く途中には、中国電力の安野発電所があります。戦時中に中国大陸から強制連行された人々が、過酷な労働を強いられて造られた発電所です。これも忘れてはならない広島の歴史です。近々、異郷の地で命を落とした人々の慰霊碑がある場所を訪れたいと考えています。

さて、今年の10月下旬から11月上旬にかけては、例年にも増して慌ただしく過ぎていきました。そのなかで、研究の成果を発表したり、オペラについて書いた文章を発表したりする機会をいただいたことは幸いでした。また、その合間に素晴らしい舞台などに接することもできました。まず、10月19日と20日には、今年のひろしまオペラルネッサンスの公演として、エルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリのオペラ『イル・カンピエッロ』が、広島市のアステールプラザの大ホールにて上演されましたが、その公演プログラムに、「小さな広場(カンピエッロ)における言葉と音楽の幸福な結婚──ヴォルフ=フェッラーリの『イル・カンピエッロ』によせて」と題する小文を寄稿させていただきました。

内容は、このオペラの原作を書いたカルロ・ゴルドーニの戯曲が示す、庶民の生きざまを活写する近代性を指摘したうえで、それがまさに故郷のヴェネツィアの「小さな広場(カンピエッロ)」を舞台とする戯曲で生きていること、そしてそうした戯曲の魅力を、さらにはその言葉を、同郷の作曲家ヴォルフ=フェッラーリが、オペラ『イル・カンピエッロ』の明澄な響きのうちに、見事に引き出していることを伝えようとするものです。公演そのものも、作品に相応しい、親密さを感じさせる美しい装置のなかで、歌手のみなさんがそれぞれの持ち味を、役柄の個性の表現に見事に昇華させたもので、素晴らしかった思います。初日と二日目の舞台の雰囲気に、それぞれの持ち味があったのも、今回の公演の特色でしょう。

10月25日には、すでに別の記事に書きましたように、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団による、フランシス・プーランクのオペラ『カルメル派修道女の対話』の演奏会形式の上演を聴くことができました。この作品の受難曲としての側面を、音楽で見事に浮き彫りにした上演でした。その翌々日の10月27日には、上智大学文学部哲学科の創設100周年──母校の上智大学が今年創立100周年を迎えるのですが、哲学科は創立と同時に設けられた学科なのです──を記念する上智大学哲学会の第79回大会で、「翻訳から言葉を見つめ直す──ベンヤミンの言語哲学を手がかりに」と題する研究発表を行ないました。第一次世界大戦のさなかに、今も続く言語の道具化を批判しながら、言語を生そのものと結びつけながら、言葉を応え合う生の息吹として捉え返し、言語の本質にある肯定性と歓待性に迫ろうとするベンヤミンの言語哲学の基本的なアプローチを紹介したうえで、言葉を発すること自体を翻訳と捉える彼の視点を提示し、そこから言語そのものが、さらには文化の形成過程がどのように見つめ直されうるか、という問題に対して、一定の方向性を示唆する内容の発表です。

11月8日には、日生劇場でアリベルト・ライマンのオペラ『リア』の日本初演の公演を観ることができました。とくにオーケストラの響きが充実した舞台でしたが、それに接して考えたことも、別の記事に書き留めておきたいと思います。11月9日の午前中は、鎌倉の神奈川県立近代美術館の別館へ、詩人パウル・ツェランの妻ジゼル・ツェラン=レトランジュの版画を集めた特別展を見に行きました。展覧会には、夫のパウル・ツェランの詩とジゼルの版画による詩画集『息の結晶(Atemkristall)』を含む25点が展示されていました。展示されていた版画では、細長い抽象的なモティーフが特徴的なのですが、それがどことなく剝げ落ちて漂流する言葉の欠片のようで、それが凝集したり、離散したりする多次元的な運動は、夫のツェランの詩とも呼応しているように思われました。その夫の晩年に当たる時期の《コンポジション》という作品は、こじれた関係を結び直そうとする試みがその挫折とともに表わされているようで、痛々しかったです。静謐な画面のなかに最小限のモティーフが、考え抜かれた構成で配置されている点が印象深く、かつそこに夫の詩との親和性を感じます。

同じ日の午後には、新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を、錦糸町のすみだトリフォニーホールで聴きました。ダニエル・ハーディングの指揮で、グスタフ・マーラーの交響曲第7番ホ短調「夜の歌」が演奏されましたが、技術的な完成度は、これまで聴いたこの曲の実演のなかで、今回の演奏が最も高かったです。ハーディングの指揮は、この曲でも推進力に富んでいて、とくに急速なテンポを貫いた第3楽章の「影のような」スケルツォは、スリリングですらありました。両端楽章の力強さも特筆されるべきでしょう。それによって、曲全体の引き締まった造形が際立ちました。個人的には、夜の暗さより昼の輝かしさが勝った印象で、もう少しこの曲の夜の音楽としての側面を掘り下げてほしいとも思われましたが、昨シーズンの交響曲第6番イ短調「悲劇的」の力感に富んだ演奏と併せて、マーラーの3曲のいわゆる「リュッケルト交響曲」におけるハーディングと新日本フィルハーモニーの重要な成果を示す演奏と言えるでしょう。

こうして広島と東京を行き来するあいだも、大学での講義やゼミ、それにさまざまな仕事にも追われています。広島市立大学では、国際学部の専門科目である「共生の哲学」と「社会文化思想史」のほか、全学共通系科目の「哲学B」も担当し、知ること、生きることと死ぬこと、自由であること、言葉を話すことをめぐる、主に近代以後の哲学の足跡を辿っています。学部のゼミでは、米山リサの『広島、記憶のポリティクス』(岩波書店、2005年)を、大学院のゼミでは、竹内好の『日本とアジア』(ちくま学芸文庫、1997年)を講読しています。大学の仕事と言えば、広島平和文化センターが主催する「国際交流・協力の日」の催しの一つとして行なわれる国際学部の公開講座「防災ゲーム クロスロードから多文化共生を考える」のパネル・ディスカッションのなかで、「共に生きる文化へ」という短い発言をさせていただくことにもなっています。

それから、私が代表を務めている広島市立大学の社会連携プロジェクト「広島の映画文化の遺産の継承にもとづく映像文化の創造」との共催で行なわれるヒロシマ平和映画祭2013の準備も本格化してきました。今回は、「異郷の記憶」をテーマに、12月6日から15日にかけて開催されます。白井更生監督の『ヒロシマ1966』や森弘太監督の『河、その裏切りが重く』のような、広島から生まれた貴重な作品を、新たな文脈で見直しながら、現在を照らし出そうとするとともに、まさに「異郷の記憶」を伝える作品の数々を上映し、映像の経験をつうじて、来たるべき平和を築くことへ向けた問いを洗練させていく文化を、少しでも根づかせることができればと考えております。このヒロシマ平和映画祭2013については、準備が進みしだいお知らせしていきたいと思います。より多くの方に関心を持っていただき、会場にお運びいただければと願っております。