ベルリン通信II/Nachricht aus Berlin II

[2016年6月3日]

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庭に咲いていたスズラン

「妙なる月、五月に(Im wunderschönen Monat Mai)」。よく知られているように、ハインリヒ・ハイネの『歌の本』から採られた詩によるローベルト・シューマンの《詩人の恋》は、この言葉から始まります。この連作歌曲の第1曲に用いられた詩においてハイネは、五月に草木が花を咲かせるのに恋の開花を重ねるわけですが、そのように自然の生長と感情の湧出を結びつけられる背景には、言うまでもなく、ドイツ語圏の人々のこの月に対する特別な思いがあります。それを表わすのが、「花盛り(Maienblüte)」、「五月祭(Maifeier)」、「五月鰈(Maischolle)」といった「五月(Mai)」が語頭に付く言葉の数々なのでしょう。ドイツ語の辞書を開くと、そのような言葉が格別に多いことに驚かされます。

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オースドルフの廃墟の風景

そのような言葉の一つに、スズラン(Maiglöckchen)があります。スズランは、ドイツで好まれている春の花の一つで、ベルリンの住まいの庭でも可憐な花を咲かせていました。これをはじめとして、五月はまさに花盛りの季節なのですが、ドイツにいると、草木の花々が深い緑のなかでこそ光彩を放つことが実感されます。もちろん、春のまだ柔らかな日差しも欠かせません。それらを求めて、ドイツの人々はしばしばかなり長い散歩に出かけます。それに倣ってある晴れた日に、住まいのあるリヒターフェルデと隣町のテルトウのあいだに広がる草原へ出かけたことがありました。そこにはかつてオースドルフという農村があったのですが、1968年に旧東ドイツがアメリカ合衆国の管理区域とのあいだに緩衝地帯を造る際に、住民は強制的に移住させられ、村は破壊されてしまったそうです。木立のなかの散歩道を歩いているうちに、40年近く前に壊された農家の廃墟とおぼしい場所に辿り着きました。

この五月には、これまで活字をつうじてしか接することのなかった学者の講演に接する機会に恵まれました。まず、“Embodiment”(肉体化、具体化)をテーマとする現象学の学会の締めくくりに行なわれたベルンハルト・ヴァルデンフェルスの講演は、自己関係ないし自己再帰的な関係と、そこからこぼれ落ちる異他的な次元とが身体においてつねに相即していることを、自然と文化の接点として詳細に論じるものでした。また、ダーレム人文学センターの「ヘーゲル講義」として行なわれたエレーヌ・シクスーの講演“Ay yay! The Cry of Literature”は、文学の営みの新たな地平を開く、感銘深い内容のものでした。「叫ぶこと(Schrei)」と「書くこと(Schreiben)」のあいだを縫って、音声としては消え去っていく叫びの「死後の生」を定着させて展開させる「書記」の営為を、そこに内在する殺害の問題にも触れながら、その可能性において問う講演として聴きました。

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ポンピドゥー・センターのクレー展看板

五月の下旬には再びパリへ出かけ、ポンピドゥー・センターで開催されている大規模なパウル・クレー展「作品におけるイロニー」に関連して二日にわたりGoethe-Institut Parisにて開かれた国際コロック「パウル・クレー──新たな視点」を聴きました。すでに「ベルリン通信I」でご紹介したように、この展覧会にはヴァルター・ベンヤミンが私蔵していた《新しい天使》が出品されている(ただしオリジナルは最初の2か月のみ)のですが、コロックで聴いたアニー・ブールヌフさんの発表によると、その水彩画の台紙には宗教改革者マルティン・ルターを描いた19世紀の版画が使われていて、その隅にはこの版画のモデルと目されるルターの肖像の作者ルーカス・クラナッハのモノグラムが暗示されているそうです。ベンヤミンは、そのことにどれほど気づいていたのでしょうか。

このコロックでは、クレーの画業がその前史と後史も含めて浮き彫りにされるとともに、同時代の芸術運動との関連においても検討されました。そのことは、クレーとピカソの関係に焦点が絞られた観のある展覧会の内容を補完するものでもあったように思われます。ただし、ここで付け加えておかなければならないのは、今回の展覧会のように、クレーの画業をその最初期から最晩年に至るまで通観できるのみならず、《Insula Dulcamara》をはじめとする大規模な作品もまとまったかたちで見られる展覧会は、きわめて稀だということです。ポンピドゥー・センターのクレー展の会期は8月1日までです。それまでにパリへお出かけになる機会のある方には、ご覧になることを強くお薦めいたします。なお、11月からはベルンのパウル・クレー・センターで、クレーとシュルレアリスムの関係を照らし出す展覧会が開催されるとのこと。こちらも見逃せません。

さて、五月のベルリンでは、演奏会やオペラなどの公演が盛んに行なわれていたわけですが、研究などが忙しく、あまり頻繁に出かけることはできませんでした。観たなかで興味深かったのは、コーミッシェ・オーパーで行なわれたヘルベルト・フリッチュの演出によるモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》の公演と、州立歌劇場で行なわれたミヒャエル・タールハイマーの演出による《魔弾の射手》の公演でした。前者では、作品の「ドラマ・ジョコーゾ」としての側面をブラック・ユーモアも交えながら掘り下げ、登場人物の無意識の欲動にまで迫ろうとする演出によって、見ごたえのある舞台を提示されていたと思います。後者では、作品の内実を深く掘り下げ、悪の問題に迫った演出が印象的でした。狩人をはじめとする村の人々の身ぶりの様式化には、共同体という閉域に対する批判的な眼差しも込められていたと感じました。マックス役を歌ったアンドレアス・シャーガーの歌唱を含め、音楽も非常に充実した《魔弾の射手》の公演でした。六月はもう少し多く演奏会場や劇場へ出かけたいと思います。

相変わらず、ベルリン自由大学の文献学図書館などの施設を利用しながら、〈残余からの歴史〉の概念の理論的な探究に接続されるべきベンヤミンの歴史哲学の研究に没頭していたわけですが、現在その現時点での成果を六月末のコロキウムで報告すべく、論文をまとめつつあるところです。主に批判版全集の第19巻に収録された「歴史の概念について」のテクストを検討して見えてきたことと、これまでの研究を結びつけるかたちで執筆を進めています。そろそろ日本語の草稿をドイツ語に翻訳していかなければなりません。他にもいくつかの仕事を並行して進めておりますが、その成果は7月末から8月にかけてお届けできるものと思います。

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ヒロシマ・ナガサキ広場の表示

それから、四月の末のことになりますが、現在の研究とも通底する内容の二点の拙論を公表する機会に恵まれました。一つは、6月23日まで横浜美術館で開催されている展覧会「複製技術と美術家たち──ピカソからウォーホルまで」のカタログに寄稿した「切断からの像──ベンヤミンとクレーにおける破壊からの構成」です。ベンヤミンが「複製技術時代の芸術作品」をはじめとする著作で示している、完結した形象の破壊、技術の介入によるアウラの剝奪、時の流れの切断などをつうじて新たな像の構成へ向かう発想を、クレーがとくに第一次世界大戦中からその直後にかけての時期に集中的に示している、作品の切断による新たな像の造形と照らし合わせ、両者のモティーフの内的な類縁性と同時代性にあらためて光を当てようと試みるものです。もう一点は、法政大学出版会から刊行された『続・ハイデガー読本』に収録された「ブロッホ、ローゼンツヴァイク、ベンヤミン──反転する時間、革命としての歴史」という小論で、これら三人のユダヤ系の思想家と、初期のハイデガーの時間論と歴史論を照らし合わせ、ユダヤ系の思想家たちが構想する「救済」と結びついた歴史の理論と、『存在と時間』の「歴史性」の概念に最初の結実を見ることになるハイデガーの歴史論との差異を見通す視座を探る内容のものです。

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広島と長崎の原爆犠牲者追悼モニュメント

早いもので、「妙なる月」はすでにうち過ぎ、六月にさしかかっているわけですが、五月の最後の日には、ポツダム郊外のグリーブニツ湖畔のヒロシマ・ナガサキ広場に置かれた、広島と長崎への原子爆弾の投下による犠牲者を追悼するモニュメントを見ることができました。碑銘が刻まれ、それぞれ広島と長崎で被爆した石が埋め込まれた石板と、核による苦しみが今も続いていることの重さを感じさせる大きな石とから成るモニュメントの造形は、彫刻家の藤原信さんによるものですが、モニュメントの設置に尽力したのが、ベルリンで高分子物理化学の研究を積み、ベルリン工科大学などで教鞭を執った後、自身の広島での被爆体験を証言し続けた外林秀人さんだったそうです。このモニュメントは、1945年7月25日に当時のアメリカ大統領ハリー・S・トルーマンが原子爆弾投下の命令を下したとされる邸宅に向き合うかたちで置かれています。文学的な装いを持ちながら、相変わらず原爆を投下する立場から語られる現在のアメリカ大統領の広島での「所感」を聞きながら、このことの意味を考えなければならないと思いました。

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小著『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』を上梓しました

『ベンヤミンの言語哲学』書影

帯背コピー:天使の像に結晶した思想の軌跡を追う

このたび『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』と題する小著を、平凡社から上梓しました。初版第1刷発行日の日付は2014年7月15日、ヴァルター・ベンヤミンの122回目の誕生日に当たります。このような日に、ベンヤミンの思想を細々とながら研究してきた成果を世に送り出せることを、大変嬉しく思っております。ここまで導いてくださった方々のお力添えに、心から感謝申し上げます。以下、本書の特徴をごく簡単にご紹介いたします。

ベンヤミンを論じた他の多くの書物と同様に、本書の表紙には、彼が20年にわたって私蔵していたパウル・クレーの《新しい天使》を掲げましたが、このことは、本書の視座を暗示しています。本書は、この絵を手に入れて以来、ベンヤミンが生涯の節目ごとにその著作に描き出した天使の像を、言語の本質へ向かう彼の思考の結晶と捉える視点から、彼の青年期から晩年に至る思考のうちに一貫した言語哲学を見て取ろうとする試みを記したものです。1916年、第一次世界大戦のさなかに書かれた初期の論考「言語一般および人間の言語について」から、死の年の1940年、今度は第二次世界大戦の嵐が押し寄せて来るなかで記された「歴史の概念について」のテーゼに至るまで、ベンヤミンは、これらの戦争を引き起こすに至った時代の趨勢に抗いながら、また言語を覆う神話的な前提を掘り崩しながら、言語そのものを突き詰め、その可能性を追求していたと考えられます。

そのような言語の本質の探究は、何よりも、鋭敏な批評眼と繊細な感性を兼ね備えた著述家にして翻訳家であったベンヤミン自身の言葉が研ぎ澄まされることと軌を一にしていたわけですが、それは同時に、言葉を生きることを深く肯定する道筋を探るものでもありました。彼の思考は、言葉そのものが、死者でもある他者と、あるいは儚い事物と呼応する生命の息遣いとして、翻訳とともに発せられる言語の生成の相を見据えながら、犠牲を美化する神話としての歴史に抗して、想起とともに一つひとつの生を肯定する歴史を語る言葉を見いだそうとしているのです。「翻訳としての言語、想起からの歴史」という本書の副題には、このように、言葉を発すること自体を翻訳することと捉え、過去の出来事が思い起こされるなかから──従来の「歴史」を転換させるような──歴史を語る可能性を追求する、ベンヤミンの思考を浮き彫りにしようという意図が込められています。

天使の像に結晶するベンヤミンの言語哲学を辿る本書は、図らずも、他者の存在そのものを否認する暴力のために、記号としての言葉が撒き散らされ、他者の心身に癒しがたい傷を負わせた出来事の記憶を否認する暴力として、神話としての歴史が喧伝される、危機的な状況のただなかへ送り出されることになりました。本書は、博士学位論文を基にした、ベンヤミンの思想についての研究書ではありますが、そこに織り込まれた、言語自体の歓待性と創造性に触れた議論が、あるいは想起にもとづく新たな歴史を生きることへ向けた議論が、もしわずかなりとも、この深刻な危機のなかに、他者たちのあいだで、他者たちとともに、死を強いられることなく言葉を生き抜く突破口を切り開く契機となるならば、著者としてこれ以上の幸いはありません。

このように本書は、ベンヤミンの言語哲学の研究をつうじて、言語と歴史への一つの視点を提示しようとするものではありますが、申し上げるまでもなく、そこにはベンヤミンの思想の研究という点でも、言語と歴史についての哲学的思考という点でも、不十分なところが数多く残っていることでしょう。ご一読のうえ、そうしたところを、今後の課題とともに忌憚なくご指摘いただければ、これからの研究へ向けて何よりの励みとなります。以下に、本書の目次を掲げておきます。内容を推し量る際の目安としていただければと思います。

『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』目次

はしがき

序章 ベンヤミンの言語哲学の射程

  • プロローグ 天使という思考の像
  • 第一節 今、ベンヤミンとともに言語を問う
  • 第二節 ベンヤミンの言語哲学の射程

第一章 翻訳としての言語へ──「言語一般および人間の言語について」の言語哲学

  • 第一節 ベンヤミンの言語哲学をめぐる思想史的布置
  • 第二節 言語とは媒体である
  • 第三節 言語とは名である
  • 第四節 言語とは翻訳である

第二章 「母語」を越えて翻訳する──「翻訳者の課題」とその布置

  • 第一節 ディアスポラから言語を見つめ直す
  • 第二節 ベンヤミンとローゼンツヴァイクにおける言語の創造としての翻訳
  • 第三節 ディアスポラを生きる翻訳

第三章 破壊による再生──あるいは言語哲学と歴史哲学の結節点

  • 第一節 迂路を辿る言語
  • 第二節 像としてのアレゴリー
  • 第三節 言語哲学と歴史哲学の結節点

終章 歴史を語る言葉を求めて

  • 第一節 認識批判としての歴史哲学
  • 第二節 想起にもとづく歴史の言葉へ
  • 第三節 過去の像としての歴史を語る言葉
  • エピローグ 言語と歴史

参照文献一覧

あとがき

序章には、外観だけはエマニュエル・レヴィナスの『存在するとは別の仕方で、あるいは存在することの彼方に』と同じように、各章の梗概を添えました。本論では、議論の道筋が伝わるよう言葉を尽くしたつもりではありますが、もし議論の出口を見通しがたくお感じになったら、梗概をご参照いただけたらと思います。目次からもうかがえるように、ベンヤミンの言語哲学を、フランツ・ローゼンツヴァイク、ジャック・デリダといった思想家の言語についての思考との布置のなかに浮かび上がらせようとしているのも、本書の特徴の一つと言えるでしょうが、おそらくベンヤミンの言語哲学には、この二人以外に、レヴィナス、ジャック・ランシエール、ジョルジョ・アガンベンといった人々の思想とも呼応し合うところがあるにちがいありません。いずれこうした関係にも論及する機会があればと考えております。ともあれ、まずは本書『ベンヤミンの言語哲学』から、他の生ある者たちに、そして死者たちとともに言葉を生き、さらには歴史を生きる息遣いの場を開こうとする議論を読み取っていただけたらと、心から願っているところです。本書の内容に興味を持っていただき、お手に取っていただけたら幸いです。

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