ベルリン通信VI/Nachricht aus Berlin VI

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秋晴れの下のジェンダルメンマルクト

ベルリンではここ数日で秋が深まった印象です。朝晩の気温が10度前後になりましたし、街路の木の葉も色づいてきたように見えます。それとともに街の雰囲気が少し落ち着いた気がしますが、それは八月の下旬頃から街の至るところに騒々しく掲げられていた選挙のポスターが、おおかた撤去されたからかもしれません。ポスターそのものは鬱陶しいですが、そこに書かれている各政党の主張は、現在この都市ないし地区で問題になっていることをそれぞれの立場から伝えていて、それはそれで興味深かったです。ベルリンでは、9月18日に当地の議会の議員を選ぶ選挙が行なわれました。ベルリンの東西を往復すると、この街に実にさまざまな背景を持った人々が暮らしていることが実感されると同時に、とくに東側が資本の力によって、幾重にも引き裂かれている感触を持たざるをえません。今回の選挙の結果は、それによって生まれた隙間に、排外主義的な主張が徐々に浸透しつつあることを懸念させるものと思われました。

さて、九月とともに、ベルリンには音楽のシーズンが到来しました。その始まりを毎年彩っているのが、Musikfest Berlin(ベルリン音楽祭)です。数多くの同時代の作品が取り上げられるこの音楽祭の演奏会を聴きに、たびたびフィルハーモニーに足を運びました。9月3日にオープニングを飾った、ダニエル・ハーディング指揮のバイエルン放送交響楽団によるヴォルフガング・リームの《トゥトゥグリ》の演奏では、フィルハーモニーの天井も床も抜けんばかりの音響のエネルギーに圧倒されました。他方で、アントナン・アルトーの晩年の詩的なテクストに触発されたこの作品の演奏においては、音楽の繊細な肌理も聞こえてきて、演奏の完成度の高さも伝わってきました。ワレリー・ゲルギエフとミュンヒェン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会では、ショスタコーヴィチの交響曲第4番の演奏に驚嘆させられました。音楽そのもののダイナミズムを、整理された演奏からはこぼれ落ちてしまう情動的なものも含めて生かしきった演奏で、時に音響がうねり狂うかのようでした。

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フィルハーモニーとその傍らに設けられたT4作戦を記憶するモニュメント

とはいえ、演奏そのもので最も強い印象を受けたのは、17日に聴いたハンブルクのアンサンブル・レゾナンツの演奏会でした。とりわけシューベルトの初期の「序曲」と交響曲第5番の演奏は、様式性と新鮮さを兼ね備えた活気溢れるもので、瞠目させられました。自発性に富む演奏を繰り広げながら、非常に透明度の高い響きを保っていました。これを指揮者なしでやってのけるのですから驚きです。シューベルトの作品に挟まれるかたちで演奏されたエンノ・ポッペとレベッカ・サウンダースの作品では、いずれも独奏楽器とアンサンブルのための曲を面白く聴きました。とくにサウンダースのチェロ協奏曲では、チェロと打楽器の対話のなかから聞こえる響きがとても多彩で、かつそれが音楽の有機的な発展とも結びついていて、印象に残りました。ポッペのヴィオラ協奏曲では、タベア・ツィンマーマンが、存在感に満ちた素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

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夕暮れ時のコンツェルトハウス

この九月には、イザベル・ファウストの素晴らしいヴァイオリンを聴くことができたのも嬉しかったです。9月2日の夜遅くにMusikfestの一環として行なわれたルイジ・ノーノの“La Lontananza Nostalgica Utopica Futura”の演奏も、電子音響ときわめて繊細な対話を繰り広げるものでしたが、22日のコンツェルトハウス管弦楽団の演奏会におけるバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番の演奏は、すべての音に必然性と生命がこもった素晴らしいものでした。考え抜かれた弓遣いとフレージングのなかから、魂の息吹を一つの風景とともに響かせるような歌が紡がれていきました。それが楽章を追うごとに熱を帯びていくのにすっかり引き込まれました。同時に、曲全体の構成を浮き彫りにする造型にも感動を覚えたところです。ヴァイオリニストと言えば、同じコンツェルトハウス管弦楽団のシーズン最初の演奏会におけるユリア・フィッシャーの演奏も魅力的でした。ヘンツェのヴァイオリンと室内オーケストラのための《イル・ヴィタリーノ・ラドッピアート》を、ヴィターリの原曲の解体過程を浮き彫りにするかのように弾いた後、アンコールにパガニーニのカプリースの完璧な演奏も聴かせてくれました。

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リチャード・セラによるT4作戦の犠牲者のためのモニュメント(1988年)

九月からは、興味深い美術展も始まっています。例えば、ベルリン美術館(Berlinische Galerie)では、「ダダ・アフリカ(DADA Afrika)」展が開催されています。ダダ百年の今年、チューリヒのリートベルク美術館の協力の下、ダダの作家とアフリカ、ないし異他なる世界との対話に光を当てるこの展覧会を先日見ましたが、とりわけハンナ・ヘーヒの作品が魅力的に思われました。このベルリン美術館では、この「ダダ・アフリカ」展以上に、たまたま入った「モデルネの幻視者たち(Visionäre der Moderne)」というテーマの展覧会に惹きつけられました。『ガラス建築』などでベンヤミンにも影響を与えたパウル・シェーアバルトの版画や、ブルーノ・タウトの絵画や建築の設計図のほか、パウル・ゲシュという彼と同時代の作家の作品が数多く展示されていて、これがとても魅力的でした。幻想的でありながら、非常に澄んだ目を感じさせる水彩画の数々が並んでいました。ゲシュには情緒不安定なところがあったようで、いくつかの医療施設を転々とした末、1940年にブランデンブルクの「安楽死」施設で虐殺されることになります。あらためてナチスの「T4作戦」の問題に向き合わせられました。演奏会を聴きにしばしば通っているフィルハーモニーがある場所は、この作戦の司令部が置かれたかつてのティーアガルテン4番地に当たるので、フィルハーモニーの傍らには、この「安楽死」の名による虐殺を記憶する場所が設けられています。

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ポルボウの公共墓地内のベンヤミンの(墓)碑

それから、すでに別稿に記しましたとおり、九月末には、ヴァルター・ベンヤミンが亡命の道を阻まれ、自死を遂げたスペインのポルボウを訪れることができました。彼が亡くなったのが1940年の9月26日とされていますので、彼の76回目の命日にポルボウに滞在したことになります。この地に設けられた彼を記念するモニュメントには、いずれも彼が「歴史の概念について」記したテクストの一節が刻まれています。ベンヤミンが葬られた墓地のなかの碑には、「同時に野蛮の記録であることのない文化の記録など、あったためしがない」という一文が引かれていますし、またイスラエルの芸術家ダニ・カラヴァンが、ベンヤミンの没後50年を機に、墓地の手前の崖を貫くかたちで制作したモニュメント《いくつものパサージュ》には、次の一節が引用されています。「名のある人々の記憶を称えるよりも、名もなき者の記憶を称えることのほうがいっそう難しい。歴史の構成は、名もなき者たちに捧げられている」。これらを、ポルボウの入江から広がる真っ青な地中海とともに見ながら、歴史哲学に対する問題意識を新たにしたところです。十月は、自分自身の研究を形にすることに徐々に力を傾けなければなりません。

現代史に関わることに最後にもう一つだけ触れるならば、1941年9月29日から30日にかけてウクライナのキエフにあるバビ・ヤールの峡谷で、ナチスの特別部隊による最大規模の虐殺が繰り広げられました。今年はそれから75年ということになります。その犠牲者を追悼するキエフでの式典で、ドイツ連邦共和国大統領ヨアヒム・ガウクが、ナチズムの歴史を踏まえた印象深い言葉を残しています。そのごく一部を、ディ・ツァイト紙所載(2016年9月29日付)の抜粋からご紹介しておきたいと思います。国民社会主義の「抹殺への意志」が、死者だけで満たされることはなかったのは、「犠牲者の記憶すらも消し去られるべきだとしていたからであります」。「私たちは、ショアーの深淵を前にするとき、計り知れない苦悩を、そして私たちドイツ人の法外な罪責を語ることになります」。「この深淵への眼差しを抜きにしては、ドイツの罪責について、ひいては私たちが共有する歴史について思いを致すことはありえません」。このバビ・ヤールでの虐殺を含めた、ナチスの特別部隊による「バルト海から黒海に至る」大量射殺の歴史に関する展示が、テロルのトポグラフィーで始まっていますので、それも近々見に行かなければと思います。

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ベルリン通信III/Nachricht aus Berlin III

[2016年7月5日]

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ベルリン植物園の睡蓮

六月と聞くとすぐに梅雨のじめじめとした気候が思い浮かびますが、ドイツの六月は、五月に茎を伸ばし、葉を繁らせた植物が、花を咲き誇らせ、果物などの最初の恵みをもたらす時期のようです。六月の初旬に、ダーレムにあるベルリン植物園を訪れましたが、睡蓮や薔薇などの季節の花の豊かさを堪能することができました。また、この時季に市場を訪れれると、実にさまざまな種類の果物が並んでいます。とりわけ桃の種類の豊富さには驚かされました。日本でも蟠桃として知られる平たい形の桃はとくに甘くて、家族のお気に入りとなりました。住まいのある家の庭の木には、今もたくさんの桜桃が生っています。そろそろ夏の暑さも顔を覗かせ始めて、下旬には午後から夕方にかけて気温が30度を超える日もありましたが、それ以外はおおむね15度から25度の範囲で気温は推移していています。

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蟠桃と家主さんに採ってもらった桜桃

さて、この六月はとても慌ただしかったです。月末には、こちらでお世話になっているベルリン自由大学哲学科のジュビレ・クレーマー教授のコロキウム(大学院生以上を対象とした定期的な研究会合)での小さな講演を、何とか終えることができました。こちらであらためてその研究に取り組んでいるヴァルター・ベンヤミンの歴史哲学について、研究の初期の成果を「想起からの歴史──ベンヤミンの歴史哲学」と題して発表させていただきました。ドイツ語での講演はまったく慣れないので、当然ながら、プレゼンテーションにもディスカッションにもたくさんの課題を残しましたが、関心を持って聴いてもらえたのは非常にありがたかったです。本質的な質問もいくつか得られて、内容的にはよい場を持てたので、これを理論的な端緒とする研究への弾みになりました。

ベンヤミンの「歴史の概念について」の批判版のテクストに取り組んでいると、彼がそのなかで、けっして恣意的には生じない想起の経験における死者との関わりを重視しながら、青年期以来一貫したモティーフを哲学的にいっそう深めるかたちで、彼自身が直面していた危機に応えうる歴史の概念を探究していることが伝わってきます。そのようなベンヤミンの歴史哲学が、今歴史を生きることへ向けて何を問いかけているのかを明らかにしながら、〈残余からの歴史〉の構想を深められればと考えています。いずれその構想の一端をお伝えする機会もあろうかと思います。こうして研究を進め、その初期の成果をドイツ語でまとめる傍らで、他の仕事も並行して進めておりましたので、六月はあっという間に過ぎていきました。

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ベルリン植物園のキタリス

それから、研究とは関係ありませんが、中旬には、娘がお世話になっているヴァイオリンの先生の教室の発表会の冒頭で、家族の三重奏でヴィオラをほんの少しだけ弾きました。ドヴォジャークのミニアチュールのうち、最初のモデラートの曲だけを露払いのような感じで演奏しました。気分転換にと思って持って行った楽器を、いちおう聴衆のいる場で弾くことになるとは思ってもいませんでした。ちなみに娘は、こちらの公立の小学校に通いながら、放課後はおおむねヴァイオリンを練習しています。ドイツ語でのコミュニケーションはままならないながらも、学校の友達とは仲良く遊んでいるようで、放課後に遊びに誘われたり、誕生日のパーティーに招かれたりすることも増えてきました。最近は、劇場や演奏会場に通うのも楽しみになってきたようで、今度はいつ行くのかとしばしば尋ねられます。この六月は、演奏会やオペラの公演へ家族でかなりの回数足を運びました。

そのなかで最も感動的だったのが、シュターツカペレ・ベルリンの演奏会でした。音楽の生成のダイナミズムを掘り下げたイェルク・ヴィトマンの《コン・ブリオ》の鮮やかな演奏で幕を開けたこの演奏会では、それに続くバルトークのピアノ協奏曲第1番の第二楽章の演奏が、まず素晴らしかったです。この楽章では、アンドラーシュ・シフの独奏が、ピアノの両側に配された打楽器と、密やかなとも形容すべき緊密な対話を繰り広げ、一つの別世界を開いて見せました。そこでさざめく声たちが、徐々に結びついて嘆きにも聞こえる強い歌を響かせるに至る音楽の展開には、心からの感動を覚えました。そして、休憩の後のベートーヴェンの《エロイカ》交響曲の演奏は、フル編成の弦楽器を存分に生かして、葬送行進曲に示されるような峻厳さを含めたこの交響曲の大きさを描ききった、圧倒的な演奏でした。ダニエル・バレンボイムの指揮は、荒々しさを含んだリズムの躍動を、大きなスケールで捉えられた音楽の流れに見事に結びつけていました。

他の演奏会では、協奏曲の素晴らしい演奏に接することができました。まず、ロジャー・ノリントン指揮のベルリン・ドイツ交響楽団の演奏会では、イザベル・ファウストがモーツァルトの第4番のヴァイオリン協奏曲で、ほとんどヴィブラートなしの冴えた音を創意豊かに生かした、それでいて様式感にも富む、見事な独奏を聴かせてくれました。また、イヴァン・フィッシャー指揮のベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の演奏会では、スティーヴン・イッサーリスが、すがすがしく広がる響きとしなやかな歌心に満ちたシューマンのチェロ協奏曲の演奏を披露してくれました。それから、下旬に一人で聴いたヤニク・ネゼ゠セガン指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会では、リザ・バティアシヴィリが、バルトークのヴァイオリン協奏曲第1番の内容豊かな演奏を聴かせてくれました。彼女は、歌が連綿と連なるこの曲の音楽の展開を、完全に手中に収めていました。

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ベルリン植物園の薔薇

ベルリン・フィルハーモニーの演奏会では、バルトークの協奏曲の後に、ショスタコーヴィチの交響曲第13番《バビ・ヤール》が演奏されました。このオーケストラにこそ可能な、仮借のない凄まじさと明晰さを両立させたこの曲の演奏を聴きながら、この曲が今取り上げられる意味も考えざるをえませんでした。ナチス・ドイツとソヴィエト連邦の戦争が始まった翌日の1941年6月23日から、移動特別部隊によるバルト海沿岸から黒海に至る地域での組織的なユダヤ人虐殺──最も大規模な虐殺がバビ・ヤールで起きたのでした──が始まっています。それから75年になるのに合わせた今回の演奏会のプログラムだったようです。そのような暴虐を可能にした問題そのものは、けっして過ぎ去ってはいません。むしろより複雑化しながら広がっていることを、昨今の出来事は示しているのではないでしょうか。9月末からは、テロルのトポグラフィーで、主に旧ソ連におけるユダヤ人虐殺をテーマとする展覧会が始まりますが、それはこの問題を考える機会ともなるでしょう。

オペラでは、いずれもニーナ・ステンメが主役を歌った、ベルリン・ドイツ・オペラにおけるヴァーグナーの《トリスタンとイゾルデ》R・シュトラウスの《エレクトラ》の公演がとくに印象に残りました。前者では、第二幕が素晴らしい密度を示していました。例の長大な愛の二重唱で、主役の二人の役を歌ったステンメとステフェン・グールドがとても繊細な歌唱を聴かせて、息を重ねるのが聞こえるようですらありました。それを支える、ドナルド・ラニクルズの指揮によるオーケストラの響きも充実していながら、透明感を保っていました。精神分析も参照しつつ、夢と覚醒の関係にも光を当てた《トリスタンとイゾルデ》の舞台でもありました。後者の公演は、エレクトラの復讐心と復讐の成就への歓喜も、クリュテムネストラの悪夢も、もはや知性による統制が利かない、人間性と獣性の閾で展開されることにオペラの焦点があることを提示するものとして興味深く観ました。この公演でもステンメが繊細かつ輝かしい歌唱を聴かせていました。

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ベルリン植物園の睡蓮

この六月には、演劇の公演へも二つ足を運びました。一つは、シャウビューネでのシラーの『ヴァレンシュタイン』の公演で、シラーが約十年かけて書いた三部作の原作を一晩の舞台に凝縮させた、ミヒャエル・タールハイマーの演出による上演でした。三十年戦争期の傭兵隊長を主人公とするこの戯曲を今取り上げることを強く意識しながら、求心力の強い舞台を提示していました。苦悩するヴァレンシュタインの姿には、自分が仕掛けた戦争の泥沼にはまって身動きが取れなくなっていく現代の政治的指導者の姿と、ベンヤミンがバロック悲劇のうちに見て取った、決断できずに没落していく君主の像とが重ねられているように感じられました。もう一つは、東京の国立劇場で『つく、きえる』の表題で上演されたローラント・シンメルプフェニヒの戯曲„An und Aus“の公演で、ブルクハルト・C・コスミンスキの演出によるマインツの国民劇場の舞台でした。東日本大震災を題材に書かれたこの戯曲のユーモアを巧みに生かしつつ、死者たちのほろ苦い物語によって、震災と原発事故後の傷ついた現在を深いところから照らし出す„An und Aus“の上演として、とても興味深く観ました。

それにしても、この六月には例の“Brexit”を宣するに至ったイギリスの国民投票を含め、社会的にも大きな出来事がいくつもありましたが、イギリスの下院議員ジョー・コックスの暗殺事件、イスタンブール空港での無差別攻撃事件、そして七月に入ってから起きて、20名を超える人々が犠牲になったダッカでの人質事件など、凄惨な事件が相次いだのには胸が痛みます。そして、これらの事件には、通底する問題が潜んでいるようにも思われます。その問題は、日本に住む人々にとってもけっして他人事ではないでしょう。日本では参議院選挙が近づいていますが、こうした事件が起きうる世界のなかで、一人ひとりがみずからの生を、不当な抑圧や差別を受けることなく生きうることへ向けて、同時にその可能性を相互に尊重し合える社会を、問題を一つひとつともに解決しながら築いていくことへ向けて、有権者が一票を投じることを、遠くから念じているところです。

ジョナサン・ノットのシューベルトのことなど

「ザ・グレート」の名で知られるシューベルトの最後のハ長調の交響曲(第8番D944)には、これまで誰も、ベートーヴェンさえも達することのできなかった、深く大きな世界を器楽だけで響かせようとする意欲が漲る一方で、次から次へと歌が湧き出てくる空間が、小気味よさを失うことのないリズムの躍動によって開かれるところがある。これらをいかに両立させるかが、この「大ハ長調」交響曲の解釈の鍵となると考えられるが、東京交響楽団の第621回定期演奏会[2014年6月14日/サントリーホール]でのジョナサン・ノット指揮する東京交響楽団による演奏は、その要求にきわめて洗練されたかたちで応えた演奏だった。

冒頭のホルンによるアンダンテの序奏は、ダイナミクスに過度に神経質になることなく、自然なフレージングで奏でられたが、その響きからは奥行きが感じられる。アレグロの主題の提示においては、付点のリズムによる主題の末尾がディミニュエンドするなかから、三連符のリズムが沸き立ってくるのが印象的であったが、それによって長いスパンを持った歌が感じられる点、実にシューベルトに相応しい。

第一楽章の提示部の終わりには、三度にわたって風が吹き寄せるように、フォルティティッシモの頂点に至る響きが打ち寄せてきた。軽やかなリズムの対の戯れから、高さを感じさせる壮大な響きが生まれてくる展開部の構築も見事。コーダは、けっして居丈高になることなく、しかし高揚感に満ちたかたちで序奏のモティーフを回帰させ、ここに一つの大きなアーチが築かれていることを感じさせてくれた。

第二楽章は、静かな歩みを感じさせるテンポのなかから、連綿と歌い継がれていく旋律が美しい。なかでも、ヴィブラートを抑えた響きによる第二主題は、これまで聴いたどの実演よりも清冽であった。木管が哀愁に満ちた歌を響かせたのに続いて、フォルティッシモで決然と歩みを進めようとする際に、ピリオド楽器の奏法を取り入れた鋭い響きが、新鮮なアクセントとなっていたのも印象に残る。凝縮度の高いクライマックスの後の密やかなチェロの歌は、感動的ですらあった。

第三楽章においては、軽やかさと有機性を失わないスケルツォのリズムの躍動が素晴らしかったが、とくにその主題の上昇音型が上り詰めたところで一瞬の間を取るのは、シューベルトがベートーヴェンたちと共有していたドイツ語圏の音楽の語法を示す表現として重要と思われるし、それによってリズムに息が吹き込まれているように感じられる。シューベルトがピアノのための作品で先鞭をつけた、そして後に豊かに展開していくワルツを予感させる旋律も、簡素さを感じさせながら小気味よく踊る。

フィナーレでは、ノットがテンポとフレージングを絶妙にコントロールしながら、リズムの躍動と旋律美を見事に両立させていた。この楽章においては、第一楽章同様に付点のリズムと三連符が目まぐるしく交錯するなかに、いかに間と静けさを確保するかが重要と考えられるが、ノットと東京交響楽団は、その要求に見事に応えて、とくに第二主題においては、密やかな歌の転調の妙を見事に響かせていた。シューベルトに相応しく、微笑みが歌われるなかに悲しみが染み込む瞬間がを聴くことができた。沸き立つリズムとともに、高揚感に漲った、しかし歯切れよさを失うことのないコーダのクライマックスの後、最後の音は、最も熱くて強い音がふっと消え去るように奏でられた。

シューベルトという作曲家は、歌が息遣いのなかで、儚く消え去る音によって織りなされることを、誰よりもよく心得ていた。おそらくそのことが、彼がしばしば楽譜に書き込んだ、他の作曲家よりも横に長いアクセントの記号に表われているのかもしれないが、ノットと東京交響楽団による「大ハ長調」交響曲の演奏は、こうしたシューベルトの特徴を、現代的な感覚と緻密な解釈で生かしたものと言える。とりわけノットによるこの曲の解釈は、これまで実演で聴いたなかで最も説得的であった。

この定期演奏会では、シューベルトの交響曲の他に、ブーレーズの《ノタシオン》の管弦楽版からの四曲とベルリオーズの歌曲集《夏の夜》が演奏された。ブーレーズの演奏は、当初少しもたつきが感じられたものの、徐々に響きが充実して、一つの流れが楽器間で受け渡されていくのが、また厳密に構成された蠢きが感じられる演奏となった。現代音楽の構成を響かせるノットの手腕を感じさせる演奏で、それがシューベルトなどの解釈にも生きているのだろう。

《夏の夜》において独唱を担当したメゾソプラノのサーシャ・クックの歌は、吹き抜けるような軽やかを求めたいところもあったが、別離の悲しみや死者への哀悼を歌う曲においては、テオフィル・ゴーティエの詩の深みを感じさせる豊かな歌を聴かせてくれた。全体として、この春に東京交響楽団の音楽監督に就任したジョナサン・ノットとこのオーケストラの相性のよさを感じさせ、両者の今後の活動を期待させる内容の演奏会であった。

[追記:6月に聴いた演奏会について]

この6月は、出張などで東京や札幌へ出かけることが多かったおかげで、上記の東京交響楽団の定期演奏会をはじめ、三つのオーケストラの演奏会を週末ごとに聴くことができました。6月22日には、すみだトリフォニーホールで、新日本フィルハーモニー交響楽団の第526回定期演奏会を聴きました。イザベル・ファウストとダニエル・ハーディングによるブラームスのマチネでしたが、この演奏会では何と言っても、ファウストのヴァイオリンが素晴らしかったです。今までに実演で聴いたなかで最高のブラームスの協奏曲であることは、間違いありません。

引き締まったテンポのなかで、ひたすらブラームスの音楽の核心に迫ろうとするアプローチと、それがもたらす演奏の完成度に、深い感銘を受けました。基本的に、音楽そのものに語らせる演奏でしたが、それによって生まれる音楽の内容の充実には、目を見張るものがあります。研ぎ澄まされた音で、恐ろしいまでに寂しさを掘り下げる第一楽章の一節など、鳥肌が立つほどでした。かといってけっして響きが冷たくなってしまうことはなく、第二楽章では、オーケストラの柔らかな響き──とりわけ木管のハーモニーが素晴らしかったです──に乗って、豊かな歌を聴かせてくれました。フィナーレでは様式感と愉悦感を兼ね備えた主題の提示から、次々に湧き立つような音楽の躍動に心を奪われました。管弦楽の伴奏の付いたブゾーニによるカデンツァが聴けたのも収穫でした。アンコールとして演奏されたバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番のラルゴでは、彼女のヴァイオリンの洗練された温かさが、最良のかたちで表われていたのではないでしょうか。

後半に演奏された交響曲第4番ホ短調では、オーケストラの豊かで、そこはかとなく寂寥感を漂わせる響きが感銘深かったです。全体的に、オーケストラの自発的で歌心に満ちた音楽作りが、ハーディングのボウイングを含めたさまざまな試み──第一楽章の第二主題の頂点で下げ弓を繰り返すボウイングで聴いたのは、アーノンクール以来でしょうか──より一歩先に行っていた印象を受けます。第二楽章の弦楽器の柔らかな響きは感動的でした。後半の二つの楽章において、音楽が熱気を増していくとともに響きが充実していくのも、この曲に相応しく、聴き応えがありました。

6月28日の午後には、札幌コンサートホールKitaraで、札幌交響楽団の第570回定期演奏会を聴きました。音楽監督としての最後のシーズンを迎えた尾高忠明の指揮で、ヴェルディのレクイエムが演奏されました。この演奏会では、札幌交響楽団の高い技術に裏打ちされた献身的な演奏もさることながら、礼響合唱団をはじめとする四つの合唱団によって構成された合唱団の素晴らしさに心を奪われました。充実したバスの響きに支えられながら、豊かな声と緻密なアンサンブルで、ヴェルディが作家マンゾーニを追悼するために書いた音楽を、見事に歌い上げていました。各声部のバランスのよさも特筆されるべきで、それがこの曲の随所に見られるフーガで生きていました。

曲の冒頭の、立ち止まりつつ沈潜していくような低弦のモティーフに続いて、悲しみと、死者の魂の安息への祈りに満ちた柔らかな響きが浮かび上がるあたりから、札幌交響楽団のアンサンブルの充実が感じられ、演奏に引き込まれました。「怒りの日」の音楽には、今一歩の荒々しさと推進力を求めたい気もしましたが、ここでの抑制は、この音楽が回帰する最後の「われを解き放ちたまえ(リベラ・メ)」に曲の頂点を築こうとする尾高の設計の表われであることが、後に判ります。表面的な効果に流れることなく、死者のための祈りの内実に迫ることは、この作品において第一に求められるべきことでしょう。「われを解き放ちたまえ」の曲で音楽がじわじわと高まり、充実したクライマックスが築かれるあたりは、実に感動的でした。四人の独唱者(安藤赴美子、加納悦子、吉田浩之、福島明也)の出来も、ほぼ申し分のないもので、とくに四者のアンサンブルには聴き応えがありました。指揮者、オーケストラ、合唱団、独唱が一体となって、ヴェルディが書いたレクイエムの内実を掘り下げ、豊かに響かせた演奏でした。

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緑豊かななかに日が差し込む6月の札幌の風景