皐月に聴く広響

2019_A4_01(0311)_3去る5月17日(金)から、広島交響楽団の新しいディスカバリー・シリーズ「ベートーヴェン生誕250周年交響曲シリーズ:Hosokawa×Beethoven」が始まりました。今シーズンの四回の演奏会では、ベートーヴェンの交響曲とともに細川俊夫さんの四曲の協奏曲的な作品が取り上げられます。下野竜也さんが広島交響楽団とともにどのようなベートーヴェン像を提示するか、非常に興味深く思っています。

第1回の演奏会では、オペラ《フィデリオ》序曲と交響曲第1番が演奏されます。四回の演奏会で、ベートーヴェンがこのオペラのために書いた四曲の序曲をすべて聴けるというのも、このシリーズの魅力の一つでしょう。なお、このシリーズのプログラムに、曲目の解説を寄稿させていただいています。貴重な機会をくださった関係者のみなさまに心より感謝申し上げます。

初回の演奏会では、宮田まゆみさんの笙で細川さんの《雲と光》を聴けるのを、非常に楽しみにしていました。『細川俊夫 音楽を語る』(アルテスパブリッシング)で詳しく論じられているこの作品を、実演で聴いてみたいとずっと願っていたものですから。雲と光の繊細な関係が心の動きとも呼応しながら響く作品です。

実際、深い共感をもって奏でられた細川さんの《雲と光》がとくに素晴らしかったです。下野さんの指揮の下、明確な音楽の運びのなかに、雲間に光が明滅する空間が豊かに広がる演奏でした。嵐の過ぎた後に響いてくる宮田さんの笙の響きは、本当に美しかったです。もちろん、ベートーヴェンの二曲も聴き応えがありました。

《フィデリオ》の序曲の力感に満ちた演奏には高揚させられましたし、交響曲第1番では若い作曲家の並々ならぬ意欲を実感できました。今回の演奏では、第2楽章の演奏を、とくに美しく思いました。作曲家が想定していたであろう、着実な歩みを感じさせるテンポのなかで、弦楽器の旋律が折り重なり、管楽器の充実した響きがどこまでも広がっていく音楽も、ベートーヴェンにしか書きえなかったことでしょう。交響曲第2番が取り上げられる次回がますます楽しみです。

369_A4_表それから、5月25日(金)に開催された第390回定期演奏会では、素晴らしいブルックナーを聴くことができました。音楽の壮大さを実感させる説得的な構築性と、豊かな歌謡性とを兼ね備えた第5交響曲の演奏だったと思います。ブルックナーに特別な愛着を持つ下野竜也さんの緻密な解釈に応えて、オーケストラが豊かな響きを紡ぎ出していたのも印象的でした。

冒頭のバスのピツィカートの音型をしっかりと響かせた上に、下野さんは余裕のあるテンポで声部を重ね、大きな建築物を造り上げていましたが、その過程に自然な流れがあって、けっして物々しくなることがなかったことは、解釈の際立った美点と思われました。また、この点は、第5交響曲に凝縮されるブルックナーの音楽そのものについてあらためて考えさせます。

アダージョの楽章が終わりにさしかかり、テンポがほぼ半分に落ちてから、分散和音的な音型が連綿と歌い込まれるなか、音楽が徐々に高まっていくのを聴きながら、ふと思いました。ブルックナーという作曲家は、人為的な構築と有機的な生成の合致という不可能なことを、音楽によって成し遂げようとしたのではないか、その試みが彼の祈りだったのでは、と。

四つの楽章を貫くかたちでこの神的な対立物の一致を目指す作曲家の姿勢が、最も率直に表われているのが第5交響曲なのかもしれません。そして、その歩みが一つの緊密な音楽のなかに回帰するからこそ、フィナーレのコラールは感動的なのでしょう。昨日は最後にこのことを聴き取ることができました。その意味でも充実した演奏だったと思います。

たしかにブルックナーの音楽には、ゴシックの聖堂を思わせる高さがあります。しかし、その構造体が内からの歌で満たされなければ、何の意味も持たないと彼が考えていたことは、交響曲の随所に書き込まれた豊かな旋律から明らかでしょう。今回の演奏では、緩徐楽章の第二主題がとりわけ美しく響きました。第一楽章の途中で序奏のアダージョが回帰した際に、下野さんがヴァイオリンを艶やかに響かせたのも忘れられません。

演奏会のプログラムには、下野さんが大阪フィルハーモニー交響楽団で研修されていた頃の朝比奈隆さんとの思い出が綴られていました。冒頭からの低音の響かせ方や、フィナーレの第二主題の軽やかさに、彼から受け継いだものを感じました。その一方で、透明感すら感じさせる見通しのよい響きと、自然な流れは、下野さんならではのものと思われました。

広島交響楽団は今回、金管セクションをはじめとして非常に充実した響きを聴かせていました。下野さんの指揮との一体性がいっそう高まった印象です。その一方で、とくに対位法の複雑さが極まるところで、セクション内の、あるいはセクション間のアンサンブルにもう一歩緊密さを求めたい気もしました。また下野さんの指揮でブルックナーの交響曲が聴ける日を楽しみに待ちたいと思います。

広告

早春のヴィーンへの旅より

Exif_JPEG_PICTURE

プラーターの大観覧車

三月の末、およそ五年ぶりにヴィーンを訪れた。到着してしばらくは、小雨交じりの天気で肌寒かったが、やがて春の陽射しに木々の葉が映えるようになった。今回は家族での旅行だったため、プラーターのような独りでは絶対に訪れないであろう場所へも行ったが、その日はちょうど晴れていて、キャロル・リードの映画『第三の男』で知られるようになった観覧車のゴンドラの窓から、ヴィーンの街を望むことができた。やや寂れた雰囲気の遊園地で遊んでいたのは、ほとんどが外国人観光客とその子どもだった。

Exif_JPEG_PICTURE

ハイリゲンシュタットの小道

思うところがあってハイリゲンシュタットにあるベートーヴェンの博物館を訪れた日も、よく晴れていた。リングの東側を通る路面電車のD線を、ベルヴェデーレのあるレンヴェーク方面とは反対方向の終点ヌスドルフまで乗って、ベートーヴェンの散歩道として知られる小道を歩くと、作曲家としてもピアニストとしても忙しくなって、健康を壊すことが多くなり、かつ難聴も進み始めた作曲家が、医師に勧められてしばしば訪れるようになったハイリゲンシュタットの自然を愛した気持ちが、今は少し分かる気がする。

交響曲第2番などの作品と「ハイリゲンシュタットの遺書」が書かれた家を改装して最近造られた博物館の展示は、若いベートーヴェンがボンからヴィーンへやって来た頃からの生涯を、六つの章に分けて描く構成になっていた。どのような環境と人間関係のなかで作曲が行なわれていたかを、同時代のドキュメントを含む豊富な資料によって描き出す展示と言えよう。帰りがけに、自筆稿のファクシミリと日本語訳の付いた「遺書」を買い求めた。これから折々に他の文献とともに参照することになるだろう。

Exif_JPEG_PICTURE

ベートーヴェン博物館の外観

ともあれ、ヴィーンを訪れたのは、家族で演奏会やオペラの上演などに通うためだが、3月29日にヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴くことができたのは幸運だった。楽友協会のホールでの定期演奏会のソワレを指揮したのは、アンドリス・ネルソンス。ベートーヴェンの交響曲第4番変ロ長調と第5番ハ短調というプログラムだった。彼が指揮するもう少し先の演奏会も、交響曲を中心とするベートーヴェンの作品のプログラムと予告されていたので、もしかすると交響曲のツィクルスが計画されているのかもしれない。

ネルソンスのアプローチは、モダン楽器のオーケストラの機能を最大限に生かすなかに、楽譜に書かれた音楽のダイナミズムを響かせようとするものと言えよう。なかでも彼が引き出した響きの強度には圧倒される思いだった。とくに、12人の第一ヴァイオリン奏者をはじめとする全オーケストラが、第4交響曲の最初の楽章の序奏から主部への移行の際に、エネルギーに充ち満ちたフォルティッシモを響かせたのには、瞠目させられた。もちろんその強さは、そこに至る序奏のピアノを基調とした凝縮度の高い歩みがあってこそ生きている。

Exif_JPEG_PICTURE

ベートーヴェン博物館の内部

それにしても、ネルソンスが第4交響曲の両端楽章でヴィーン・フィルハーモニーから引き出したリズムの躍動は特筆に値しよう。彼はこれらの楽章で、例えばかつてカルロス・クライバーが採っていたような、相当に速いテンポを採用していたが、そのなかでこの曲を特徴づける細かい動機が、時に対話を繰り広げながら生き生きと脈動していた。しかし、そこに独特の劇性が加わるのが、ネルソンスの解釈の特徴かもしれない。第1楽章で二分音符の動機が積み重なるように高まった後、堰を切ったように音楽が溢れ出すところにある喜びは、まさにこの曲でベートーヴェンが伝えようとした喜びではないだろうか。

第4楽章でも、無窮動的な主題が何かを語りかけるように生きていた。その活気が音楽を前に運ぶのみならず、その奥底にある意志の叫びが、流れに抗うように響いたのも、音楽に劇的な減り張りをもたらしていた。ネルソンスは他方で、とくに緩徐楽章では、豊潤な歌を響かせていたが、そこにはヴィーン・フィルハーモニーの魅力がいかんなく発揮されていた。奥深い響きのなかに艶やかな歌が浮かび上がるのは、このオーケストラならではのことだろう。そして、息の長いメロディと、弾むような付点のリズムの相即と相剋は、第2楽章でも一つのドラマを形づくっていた。

このように、音楽そのもののダイナミズムから、ベートーヴェンの音楽に相応しいドラマを説得的に引き出し、力強く響かせた第4交響曲の解釈の大きさに圧倒されたために、後半に演奏された第5交響曲の印象がやや薄くなってしまったが、こちらの解釈も、推進力に充ち満ちた流れを基調にしながら、作品の壮大さを伝える魅力的なものだった。ここでも、「運命の動機」として知られる動機をめぐるドラマが、曲全体にわたって繰り広げられていた。とくに第1楽章におけるそれは、畳みかけるような迫力に満ちていた。

ただし、演奏会の初日だったこともあって、第1楽章ではオーケストラがタイミングを探っているようにも見受けられた。翌日以降は、さらに緊密な動機の受け渡しが聴かれただろう。フィナーレでは、「運命の動機」が生への意志を伝えるものとして要所で力強く響き、音楽の求心力を高めていた。第2楽章では、輝かしい響きが幾度もホールを満たしたが、それがプレスティッシモの全曲のコーダの頂点で、聴き手の心を拉し去るエネルギーとなって回帰したのは忘れがたい。このように、第5交響曲の解釈も説得力に満ちていたが、ネルソンスのアプローチとベートーヴェンの音楽の照応は、やはり第4交響曲で一つの化学反応に結びついていたと思われる。

ヴィーンで聴いたオーケストラの演奏会でもう一つ印象的だったのは、3月27日に同じく楽友協会で聴いた、アラン・アルティノグリュが指揮したフランス国立管弦楽団の演奏会。パスカル・デュサパンのオーケストラのための「ソロ」第7番《アンカット》、ブルッフの二台のピアノのための協奏曲、ビゼーの《アルルの女》第2組曲、そしてルーセルのバレエ音楽《バッカスとアリアーヌ》第2組曲という多彩なプログラムで、ブルッフの協奏曲には、ラベック姉妹が登場した。ヴィーンで学んだアルティノグリュは、当地では人気があるようだ。

デュサパンの《アンカット》は、金管から弦楽器へと受け渡される凝縮度の高い響きの連鎖が印象的な作品。オーケストラをよく鳴らしながら、途切れることのない流れを構成していることが、共感に満ちた演奏から伝わってくる。ブルッフの協奏曲に接するのは初めてだったが、対位法的な序奏を両端楽章に置きながら、対照的な抒情性を示す旋律が熱を帯びて発展していく魅力的な作品と聴いた。ラベック姉妹が、こうした作品の特徴を生かしながら、息の合ったアンサンブルを繰り広げていた。

後半では、まずビゼーの演奏が素晴らしかった。「パストラール」でオーケストラが一つの息遣いで歌うのも、また「ファランドール」が破綻しそうなところまで高揚するのも、このオーケストラならではのことだろう。とはいえ、今夜とくに魅力的だったのはルーセルの《バッカスとアリアーヌ》。この作品に来て、リズムの躍動感と音色の豊かさがぐっと増し、どの動機にも生命が脈打っている。その集合体が築くクライマックスには瞠目させられた。アンコールで、ストラヴィンスキーのバレエ音楽《火の鳥》より「カスチェイ一党の凶暴な踊り」が演奏されたが、その冒頭で響きの色合いがさっと変わったのにも驚かされた。

3月28日にコンツェルトハウスで行なわれたヴィーン交響楽団の演奏会で、アレクサンドル・ガヴリリュクの独奏で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番嬰ヘ短調を聴けたのも嬉しかった。ガヴリリュクは、若い作曲家がこの作品に詰め込み過ぎるまでに込めたものを、余すところなく音楽的に響かせてくれた。このほか、プロコフィエフの《三つのオレンジへの恋》組曲も演奏されたが、これを含め、指揮のユライ・ヴァルチュハは、躍動感に満ちた音楽を作り上げていた。プロコフィエフでは、各楽器の独奏も魅力的だった。

55535197_2357709097614782_1889588595795165184_n

„Im Klang“の「客席」の様子

今回のヴィーン交響楽団の演奏会は、„Im Klang“(響きのなかで)と題されていて、普段は客席の平土間にオーケストラを置いて、奏者の間近でも聴けるという趣向だった。とくに若い人に音響を体感してもらう試みと言えるだろう。そのために、特殊なボール紙の箱の椅子も用意されていたし、チケットも安価に抑えられていた。新たな聴衆層の開拓が、ここヴィーンでも喫緊の課題になっていることを暗示する試みと言えるかもしれない。

3月30日には、ヴィーン国立歌劇場でリヒャルト・シュトラウスの《薔薇の騎士》の公演を観た。多くの人々の《薔薇の騎士》像を規定しているオットー・シェンクの演出による舞台。シェンクの手によるこのオペラの上演は、たしかちょうど二十年前に一度ミュンヒェンで観ているはずだ。人がこのオペラに求めるものを具現させる演出よりも、フェリシティ・ロットが元帥夫人の役を歌ったことのほうが印象に残っている。今回ヴィーンで観た公演では、何よりもアダム・フィッシャーの指揮が素晴らしかった。

フィッシャーは、余裕のあるテンポのなか、個々の動機とその関連を意味深く聴かせながら、オーケストラから繊細で流麗な響きを引き出していた。それによって、とくに歌の美しさが際立った。今にも崩れ落ちかねない繊細なバランスのピアニッシモの響きから、旋律が柔らかに、しかし説得力をもって聞こえてくる。例えばオックス男爵のワルツを彩るポルタメントも、儚く過ぎ去りゆくものとして意義深く響いた。そのようななか、一つひとつの言葉がしっかりと聞こえたのが、上演を感銘深いものにしていたのではないだろうか。

今回の上演で最も印象に残ったのは、アドリアンヌ・ピエチョンカが歌った元帥夫人の第一幕のモノローグだった。この独白で語られるのは、自分が巻き込まれざるをえない、そして老いとして体験される時の移ろいだが、それに耳を傾けながら、時間を生きる者が避けることのできない変化と美の儚さが、結婚によって社会的な身分の変更を含めた変化を経験せざるをえない女性の視点から語られていることを思った。今回の旅で、消え去りゆくものへの哀惜と今を生きようとする情熱の緊張関係が音楽の推移を規定する《薔薇の騎士》の、音楽性豊かな上演に触れることができたのは嬉しかった。

IMG_0479

ノイバウガッセで見つけた躓きの石

ところで、今回のヴィーンへの旅のあいだ興味深く読んでいたのは、ヨーゼフ・ロートの長編小説『ラデツキー行進曲』だった。そこに描かれるのは、シュトラウスのオペラからも感じられる、一つの帝国の文化的な秩序の崩壊と、帝国そのものの滅亡であるが、これをロートは、主人公たちの死に凝縮させている。そして、最も若い主人公は、滅びの過程を自身の経験にできないまま、第一次世界大戦の戦場での無惨な戦死へ追い込まれていく。羽田空港に降り立つなり見せつけられた「改元」をめぐる狂躁を前に、その姿にどこか身につまされるものを感じないわけにはいかなかった。

武生国際音楽祭2017に参加して

Takefu-International-Music-Festival-2017-Leaflet第28回目を迎えた武生国際音楽祭2017に、今年は作曲ワークショップの特別ゲストとして参加させていただきました。9月13日に武生に入ってから17日の音楽祭最終日まで、数多くの演奏会とレクチャーに接することができて、とても言葉では言い尽くせない多くの刺激を受けることができました。この音楽祭の重要な特徴をなすワークショップでは一回レクチャーを持たせていただきましたが、それをつうじて、私のほうが学ぶことが多かったです。このような機会を設けてくださった武生国際音楽祭の音楽監督の細川俊夫さん、コンサート・プロデューサーの伊藤恵さん、そして理事長の笠原章さんをはじめとする武生国際音楽祭推進会議のみなさまに、まずは心から感謝申し上げます。本当にお世話になりました。

5日にわたって聴かせていただいた演奏会は、どれも印象深いものでしたが、とくに9月14日の夜に聴いた「マエストロの調べ──イリヤ・グリンゴルツを迎えて」、15日の夜に聴いた「細川俊夫と仲間たち」、そして最終日の17日に聴いた「ユン・イサンの音楽──100年目の誕生日に寄せて」は、忘れがたい演奏会となりました。まず、細川俊夫さんの作曲の師であった尹伊桑の百回目の誕生日に行なわれた「ユン・イサンの音楽」では、深い吐息とともに発せられた一つの音が、自己自身を拡げながら渦巻くように力強く発展していくこの作曲家の音楽の凝縮された姿を、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラの独奏のうちに聴くことができました。一つの音に潜在する響きを聴き出しながら、書の線として展開する細川さんの音楽の源泉の一つがここにあることがあらためて実感されました。

なかでも、尹が十二音技法を用いながら、この西洋音楽の論理の展開に、朝鮮半島の伝統的な音楽や朗唱の要素によって息を吹き込んだ1963年成立の二つの作品、フルートとピアノのための《ガラク(歌楽)》、ヴァイオリンとピアノのための《ガーザ(歌詞)》の音楽の凝縮度の高さには目を瞠りました。演奏会の冒頭で細川さんが、日本の植民地主義によって言語を奪われた経験を持つ尹は、自身の音楽のうちに自分自身の言葉を求めていたと語られたのを感銘深く聴きましたが、これらの二つの作品で尹は、やがて彼自身にも及ぶことになる軍事政権の圧政のなかで、魂が息づく余地を、作曲の方法を突き詰めながら切り開こうとしているように聴こえます。そして、そのような作曲の基本的な姿勢は、今あらためて顧みられる必要があるのではないでしょうか。とりわけ、張りつめた静けさのなかを一段一段上って、言わば舞台の上で音の舞いを羽ばたかせた後、静かな祈りへ還っていく過程を示す《ガラク》の音楽を、温かさと強さを兼ね備えた音で歌い抜いた上野由恵さんのフルートには心を動かされました。上野さんは、無伴奏フルートのための《エチュード》からの三曲でも見事な演奏を聴かせてくれました。

尹の《ガーザ》で、静かな息遣いが徐々に熱を帯びて、忘我の朗詠にまで高揚していく過程を、美しい音で、かつひたひたと迫り来るような緊張感を持って表現したイリヤ・グリンゴルツさんのヴァイオリンには、今回の音楽祭で最も驚嘆させられました。14日の「マエストロの調べ」で彼は、伊藤恵さんの豊かな歌を持ったピアノのサポートを得ながら、シューベルトのイ短調のソナチネとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「クロイツェル」の完璧と言って過言ではない演奏を披露してくれましたが、連綿と連なっていくかのような旋律線のなかに起こるドラマを、恐ろしいまでの凝縮度を具えた音楽に造形したシューベルトのソナチネの演奏は、とくに感動的でした。ベートーヴェンの「クロイツェル」ソナタでは、それぞれのフレーズの特質を繊細な感覚で生かしながら、音楽の自然な流れを造形する演奏に感銘を受けました。この曲の両端楽章の躍動も実に魅力的でしたが、その途方もない振幅のなかで澄んだ響きが保たれているのにも驚かされます。13日の夜には、グリンゴルツさんは、見事としか言いようのないパガニーニのカプリースの演奏も披露してくれました。

21728941_1630641423654890_8953227198200023061_o

珠寳さんによる、水辺から野への歩みと夏から秋への季節の変化を、儚さを感じさせるかたちに表現した引接寺での作品。

15日から16日にかけては、「細川俊夫と仲間たち」の演奏会と「新しい地平」シリーズで、同時代の数多くの作品を聴くことができましたが、とくに「細川俊夫と仲間たち」では、今まで実演に接することのできなかった細川さんの作品を聴くことができて嬉しかったです。なかでも、メシアンの《世の終わりのための四重奏曲》と同じ楽器編成で書かれた《時の花》では、弦楽器とクラリネットが織りなす柔らかな響きの層のなかにピアノの音が静かに打ち込まれることによって、時の動きが始まり、その動きが、分割不可能な時のなかで過去と現在が絶えず浸透し合うのを象徴しながら、渦巻くように高まっていく一連の動きが実に美しく響きました。また、フルートと弦楽三重奏のために書かれた《綾》における、フルートとヴィオラの深い息遣いをもった歌の掛け合いが、やがてどこか取り憑かれたかのように激しい動きへと高揚していく音楽の推移も、聴き手の心を渦のなかへ巻き込んでいくような強さを示していたと思います。これらの二曲を含む細川さんの作品は、毎年武生国際音楽祭で活躍している音楽家が構成する「タケフ・アンサンブル」によって、今年の10月にヴェネツィア・ビエンナーレでも披露されることになっています。

同じ「細川俊夫と仲間たち」で聴いたイザベル・ムンドリーさんの作品も印象深いものでした。とりわけ器楽アンサンブルのための《リエゾン》において、緊張感に満ちた持続のなかから、とても繊細で、しかも緻密に構成された響きが閃くのが印象的でした。《織る夜》においては、分割された声の構成的でかつニュアンスに富んだ扱いが、詩の壊れやすい世界を生かしていたと思います。この作品では、太田真紀さんの声が、こうした作品の特徴を見事に生かしていました。二日にわたって聴いた「新しい地平」シリーズのなかでは、陰翳に富んだ響きのなかから対がニュアンスを変えつつ生じてくる三浦則子さんの二台のピアノのための《二つの眼》や、笛と鼓を介した密やかな遣り取りが、声を通わせる対話に発展して、また遠ざかっていく金子仁美さんの《歌をうたい…I》などを面白く聴きました。これらの他に、ドイナ・ロタルさんのフルート独奏のための《JYOTIS》を、素晴らしい曲と感じました。東方教会とルーマニアの民俗音楽から得られた魅力的な歌の線に息が吹き込まれ、音楽の強度が増していくのが、マリオ・カローリさんの素晴らしい演奏によって聴衆に届けられました。彼は、尹の《ソリ》でも見事な演奏を聴かせてくれました。

こうした息遣いと深く結びついた音楽の力は、ヨーロッパの音楽の核心にあるものでもあるはずです。それがとても魅力的に発揮されたのが、16日夜の演奏会「珠玉の室内楽と魅惑の歌声」でした。なかでも、毛利文香さんと津田裕也さんが奏でたシューベルトの幻想曲の豊かな歌と感興に満ちた演奏は、敢えて「幻想曲」と銘打たれた作曲家晩年の作品の魅力を見事に伝えていたと思います。コーダの直前の歌の広がりと、そこからの追い込みには心を奪われました。こうして若い演奏家が自身の音楽を深化させている姿に接することができるのも、この音楽祭の魅力の一つでしょう。最終日の「ファイナル・コンサート」でのシューマンのピアノ五重奏曲の闊達な演奏や、先の「マエストロの調べ」におけるシューベルトの弦楽五重奏曲の躍動感と歌に満ちた演奏も、若い音楽家たちの成長を実感させるものでした。

16日夜の演奏会の最後に演奏された、イルゼ・エーレンスさんの独唱によるマーラーのリュッケルトの詩による五つの歌曲にも感嘆させられました。第4曲「私はこの世の人ではなくなった」と第5曲「真夜中に」における高揚には神々しいまでの輝きがありました。彼女は、来年2月に細川さんのオペラ《松風》の新国立劇場での日本初演で、タイトル・ロールを歌うことになっています。彼女は、「ファイナル・コンサート」でのブルックナーの《テ・デウム》でも独唱を務めましたが、自身のパートで見事な歌唱を聴かせるのみならず、合唱のパートもほぼすべて歌って、武生の人々の歌唱を支えていました。こうした姿勢に表われるエーレンスさんの人間としての温かさも、実に魅力的でした。彼女のサポートと相俟って、《テ・デウム》は力強く響いたと思います。台風が近づいていたので、最終日の演奏会への影響が心配されましたが、「ファイナル・コンサート」まで無事に盛況のうちに開催されたのは、実に喜ばしいことです。

作曲ワークショップでは、文学研究者にして音楽学者でもあるラインハルト・マイヤー゠カルクスさんと作曲家のイザベル・ムンドリーさんのレクチャーから多くを学ぶことができました。《アヴァンチュール》に代表されるリゲティの声の扱いとその背景にある前世紀の芸術運動について、細川さんの声の扱いの方法とその深化について、さらにムンドリーさんが音楽が生じてくる動きそのものに着目しながら作曲する方法や、その前提となる思想について興味深いお話をうかがいました。今回は、私もワークショップにて、「嘆きの変容──〈うた〉の美学のために」というテーマでお話ししました。困難な世界のなか、他者とのあいだで、そして死者とともに生きることを悲しみとともにわが身に引き受ける嘆きを掘り下げ、その嘆きを響かせるという観点から、〈うたう〉ことを、さらに言えば〈うた〉の出来事を、文学と音楽を往還するかたちで考察する内容のものです。慣れないことでいくつか反省点もありましたが、若い作曲家の方々にとっていくつか刺激になるものが話には含まれていたようで、後でいくつも質問をいただきました。その準備の過程では、学ぶことがとても多かったです。

このように、作曲家と演奏家にとって確かな手応えのあった、そして私にとっても刺激に満ちた今回の武生国際音楽祭に参加させていただいたことに、重ねて心から感謝申し上げます。また次回も、この音楽祭のために武生を訪れるのを、とても楽しみにしております。そして、この音楽祭が、武生の街における日常的な芸術の営み──それは、この街の至るところにある寺院やギャラリー、さらにはカフェのような場所で、美術作品の展示のみならず、詩的な作品の朗読やレクチャー、小さなパフォーマンスなどをつうじて行なわれうることでしょう──をつうじて、より深く人々のあいだに根づくことを願っております。音楽祭が開催された越前市文化センターの周りには、立派な図書館や子どもが遊ぶスペースが整えられていて、さまざまな背景を持った子どもたちの声が夕暮れ時まで響いていました。その声のなかに、武生の街の新たな文化の胎動があるのかもしれません。

ベルリン通信VII/Nachricht aus Berlin VII

img_0257

十月初旬のベルリンの秋空をボーデ美術館の脇より

十月は、こちらの大学では日本で言う新年度の始まる月で、今回の研究滞在に際してお世話になっているベルリン自由大学のダーレムのキャンパスも、ドイツだけでなく、世界各地からの新入学生を迎えてかなりにぎやかになりました。講義が本格的に始まるのは十月中旬からで、この点は、日本に比べるとかなりのんびりとした感じです。とはいえ、こちらでは日本で言う学会シーズンも始まっており、学内外で研究会合などの行事が目白押しで、それに関わっている教員は、かなり忙しそうに見えます。十月は、そうした慌ただしい大学の様子を横目に、ほぼ毎日大学の文献学図書館に通って、文献を見ながらいくつかの原稿を書いていました。

ちなみに、この図書館では、おしゃべりしながら入ってくる学生がいると、吹き抜けの上階からすぐに「シッ」という声が飛んできます。逆に、先日聴きに行った退職教員の最終講義では、いつもの調子なのでしょうが、ぼそぼそと語り始めたその教員に、「もっと大きな声で話してくれませんか!」という声が飛んでいました。大学では、学生のあいだでも、碩学に対しても遠慮というものがありません。そうした大学の気風は、日本でも大学という場所を風通しよくするためにも、もう少し重んじてよい気がします。もちろん、そうした大学の構成員に対する遠慮のない振る舞いは、それぞれの視座から真理を探究する学問の営みに対する敬意と、その自由の尊重に裏打ちされていなければ、傍若無人な横柄さにすぎません。大学とは、自由であることを学び合い、それを他人とのあいだに学問を追求する者自身が実現する場所であることを、学期初めのドイツの大学の風景を眺めながら、あらためて思いました。

ともあれ、十月は文献を読み、論文を書いているうちにあっと言う間に過ぎました。ベルリンでの滞在期間も残り少なくなってきたので、そろそろそのもう一歩先にある自分自身の研究テーマを掘り下げて形にする仕事に取りかかりたいと思っています。なお、雑誌のそのものが公刊されたのは、八月の末なのですが、原爆文学研究会の機関誌『原爆文学研究』の最新号(第15号)に、能登原由美さんの『「ヒロシマ」が鳴り響くとき』(春秋社、2015年)の書評を寄稿させていただきました。長年にわたり能登原さんが取り組んできた「ヒロシマと音楽」委員会の調査活動の経験にもとづく楽曲分析と平和運動史を含んだ現代音楽史の叙述によって、「ヒロシマ」が鳴り響いてきた磁場を、政治的な力学を内包する場として、「ヒロシマ」の物語の陥穽も含めて浮き彫りにするものと本書を捉え、今後もつねに立ち返られるべき参照点と位置づける内容のものです。

先日ようやくベルリンの滞在先に届いたこの『原爆文学研究』第15号には、拙著『パット剝ギトッテシマッタ後の世界へ──ヒロシマを想起する思考』(インパクト出版会、2015年)についての高橋由貴さんによる大変丁寧な書評も掲載されていました。それ以前の著書の内容を踏まえ、それを含めた一貫した問題意識を『パット剝ギトッテシマッタ後の世界』の議論から浮き彫りにして、それと正面から向き合った対話を繰り広げる批評を読んで、そこでテーマとして挙げられている、死者とともに生きることを、人間がみずからの手で引き起こした破局の後に生きること自体と捉えながら、その場を今ここに切り開くような歴史の概念を、ベンヤミンと対話しつつ探っていかなければ、とあらためて思いました。

ところで、10月2日には、ハンブルク・ドイツ劇場で活躍されている俳優の原サチコさんがハノーファーで続けておられる„Hiroshima-Salon“に参加させていただきました。ハノーファー州立劇場のCumberlandsche Galerieで開催された今年の„Salon“では、まず井上ひさしの「少年口伝隊一九四五」の抜粋の朗読に深い感銘を受けました。井上ひさしが、原爆に遭った少年たちの心情の機微に迫るとともに、広島がそれまでどのような街で、そこにどのような人々が暮らしていたかを浮き彫りにしながら、内側から生命を壊す放射能と外から迫る枕崎台風の洪水に呑み込まれていく少年たちの姿を細やかに描いていることが、ドイツ語訳からもひしひしと伝わってきます。考えることに踏みとどまることを、一貫して少年たちに説き続ける「哲学じいさん」の姿も印象深かったです。

「少年口伝隊」の朗読の後、ハノーファーと広島の青少年の交流をつうじて平和を創る人々を育てようとした林壽彦さんの事績とメッセージが、ヴィデオと当時を知るハノーファーの関係者により紹介されました。Hochschule Hannoverと広島市立大学の学生の交換を含め、ハノーファーと広島の現在の交流の礎になった林さんのお仕事の大きさをあらためて感じました。その後のトーク・セッションに参加させていただき、今ここで原爆を記憶することの意義と課題、そしてギュンター・アンダースの思想について、少しばかりお話させていただきました。学ぶことの多い機会を与えていただいたことに、心から感謝しているところです。ちなみに、お寿司とお茶が振る舞われた休憩の後、「ハノーファー最大」の„Karaoke-Show“では、ハノーファーの人々の日本のポピュラー・カルチャーへの愛着の深さ、そしてドイツと日本双方の「歌手」たちの歌の上手さに圧倒されました。

img_0298

ミュンヒェンのHaus der Kunstの外観

10月20日と21日にはミュンヒェンへ出かけて、Haus der Kunstで開催されている„Postwar: Kunst zwischen Pazifik und Atlantik, 1945-1965“を見ました。第二次世界大戦終結後の20年間の美術の展開ないし変貌を、„Postwar“という視点から、太平洋と大西洋の両方にまたがる世界的な視野を持って捉えようとするこの大規模な展覧会については、見た印象を別稿に記しましたので。ここでは、20日の夜にガスタイクで聴いたマリス・ヤンソンス指揮のバイエルン放送交響楽団によるマーラーの交響曲第9番ニ長調の演奏について記しておきますと、彼が完成した最後の交響曲が、彼の生を愛おしむ歌に充ち満ちていることを、あらためて実感させるものだったと思います。その歌の美しさが芳醇な響きのなかに際立った演奏でした。とくに最終楽章のアダージョは美しかったです。心の底からの歌が響きが飽和するまで高まった直後に聴かれる、慈しむような歌の静謐さには心打たれました。ただその一方で、死に付きまとわれているがゆえに生を愛おしむ、その狂おしさが、深い影のなかから響いてほしかったとも思いました。

もちろん、ベルリンでも演奏会やオペラのシーズンが本格的に始まっており、どれに出かけるか迷う日々です。今月はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に三度通いましたが、三度目にしてようやくこのオーケストラの冴えた響きを聴くことができました。イヴァン・フィッシャー指揮によるバルトークとモーツァルトの作品を軸としたプログラムの演奏会では、一方で後半に演奏されたモーツァルトの「プラハ」交響曲の演奏が、この曲の大きさを意識しながらも、その至るところに見られるリズミックな動きを生き生きと躍動させるもので、深い感銘を受けました。曲の厳しさを鋭い響きで強調しながらも、典雅さをけっして失わない演奏で、とくにアンダンテの楽章を美しく響かせていました。やや早めのテンポを基調としながら、時にはっとさせるようなルバートを聴かせていたのが印象に残ります。

他方で、前半のバルトークの弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽では、まず、問わず語りのように静かに流れるモティーフが次々に折り重なって、やがて一つの力強い歌になり、深いため息のように響く瞬間に、恐ろしいほど深い空間が開かれたのに驚かされました。第2楽章のアレグロのテンポは当初控えめでしたが、それによってバルトークの書いた精緻なテクスチュアが実に生き生きと浮かび上がってきます。ハープとチェレスタによるさざめくようなパッセージの後、弦楽器の絡み合うモティーフが地の底から這い上がるように高揚した後は、フィッシャーはテンポを上げて、書の力強い跳ねのように曲を結んでいました。第3楽章のアダージョは、バルトークの夜の音楽が、深い闇のなかに無数の生命の蠢きを感じさせるように響きました。フィナーレでは、力強い「対の遊び」からバルトークの楽器が響いてきました。これまでの楽章の再現が、哀惜を帯びて美しく響いたのも感動的でした。

オペラでは、ベルリン州立歌劇場で観た、ベートーヴェンの《フィデリオ》の今シーズン最後の公演が感銘深かったです。ダニエル・バレンボイムの指揮の下、音楽的にきわめて充実した公演でした。ベートーヴェンが書いた音の一つひとつに生命を感じました。とくにシュターツカペレ・ベルリンの演奏が素晴らしく、垂直的な深さを感じさせる響きのなかに、リズムを躍動させていました。歌手たちも素晴らしく、とくにアンドレアス・シャーガーが歌ったフロレスタンのアリアは、絶唱と言ってよいほどの出来でした。レオノーレの役を歌ったカミラ・ニュルンドも、伸びのある声と正確な歌唱で人物像を浮き彫りにしていました。

この二人の二重唱から幕切れに至る音楽の内的な高揚は、圧倒的な力強さを崇高に響かせるものだったと思います。このベートーヴェン唯一のオペラのフィナーレに、彼が後にシラーの頌歌に乗せて歌う、人類的な共同性の予感がすでにあることを示した《フィデリオ》の上演でした。もちろん、その共同性から排除される者がいることも、舞台では暗示されていましたが。歌手のなかでは、ロッコ役を歌ったマッティ・サルミネンが非常に重要な位置を占めていました。存在感に満ちた声で、人物を結びつけながら舞台を動かしていました。「黄金の歌」も、台詞回しも説得力がありました。

ハリー・クプファーによる演出は、夫婦関係も含めた社会的な人間関係を超越するユートピアへの魂の跳躍を、ベートーヴェンの唯一のオペラに見ようとするもので、そのコンセプト自体は崇高なものでしょう。ただ、それを実現する手法にはいくらか疑問が残りました。ケルンに残されている、かつてゲシュタポによって拘留された人々が、憧憬と絶望の双方を表現する言葉を刻んだ壁を背景に使うというのは素晴らしい着想で、その前で歌われる囚人の合唱は圧倒的でしたが、ベートーヴェンの胸像の載ったピアノと写真をはじめ、小道具はあまり効果的ではなかったかもしれません。とはいえ、全体として、音楽とマッチした説得的な舞台であったのは確かでしょう。

img_0294

リリエンタール公園の桜の紅葉

このように、友愛の下に「人類」が立ち上がろうとする劇場の外では、差別的な憎悪表現が、まさに他者の自由を奪うかたちで撒き散らされているのも無視できません。それに対するドイツ社会の問題意識が、今年『憎悪に抗して(Gegen den Hass)』をフィッシャー書店から公刊して大きな反響を呼び起こしたカロリン・エームケのドイツ出版・書籍販売業協会の平和賞受賞に結びついたと思われます。このことも、十月に新聞の文化欄をにぎわせた話題の一つでした。彼女はフランクフルト大学などで哲学を修めた──フランクフルトで討議倫理を学んだと語っています──後、ジャーナリストにして著述家として活躍しているようです。エームケは、受賞に際してのインタヴューで、ドイツ社会の差別的な憎悪表現は、それ自体としては以前からずっとあったが、最近ではそれが確信犯的で厚顔無恥に現われるようになっていると述べ、それに対する危機感が『憎悪に抗して』を書いた動機の一つであると語っていました。こうした現象に対する共通の問題意識も、エームケの受賞の背景にあるのではないでしょうか。PEGIDAといった排外主義的な主張を行なうグループのデモは公然と行なわれていますし、とくに難民に対するヘイト・クライム(収容施設への放火など)は後を絶ちません。

フランクフルトでの書籍見本市の期間に当地のパウロ教会で行なわれた授賞式の挨拶でエームケは、人間の根本的な複数性を語ったハンナ・アーレントの『人間の条件』を引用しながら、差別的な憎悪が新たな段階に達しようとしている状況を見据えながら、憎悪に立ち向かう責任を、勇気を持ってともに引き受けようと語りかけていました。挨拶の表題は「始めよう(Anfangen)」でしたが、それは、みずからのアイデンティティを問い直しながら、そうして自分の物語ないし歴史を交換しながら、お互いの唯一性を尊重し合う自由な行為へ一歩を踏み出す「始まり」への呼びかけであったと思います。これは『憎悪に抗して』という本の主張とも重なると思いますが、その議論と彼女のスタンスに対しては、すでに批判的な論評も出ています。憎悪の背景にある社会的な問題への視野を欠いている、哲学的に憎悪を批判するだけでは、憎悪の問題に実質的に取り組むことはできないのではないか、といった──なかにはルサンチマンを背景にしたシニシズムを感じさせるものもある──批判がエームケに向けられていました。

こうした批判があるとはいえ、エームケの著述には、ザヴィニー広場駅の本屋でたまたま前著の『それは語りうるゆえに──証言と正義について(Weil es sagbar ist: Über Zeugenschaft und Gerechtigkeit)』というエッセイ集を手に取り、ドレスデンへの旅のあいだ読んでから、少し関心を持っているところですので、あちこちの本屋に平積みになっている『憎悪に抗して』も読んでみようかと思っています。そこから、公職にある者が人種差別にもとづく憎悪表現を他者の面前で行ない、それを監督責任者の首長が容認するというように、憎悪表現が新たな、そしてきわめて深刻な段階に入っている日本の状況について考える何らかの材料が得られるかもしれません。

ベルリン通信III/Nachricht aus Berlin III

[2016年7月5日]

IMG_0082

ベルリン植物園の睡蓮

六月と聞くとすぐに梅雨のじめじめとした気候が思い浮かびますが、ドイツの六月は、五月に茎を伸ばし、葉を繁らせた植物が、花を咲き誇らせ、果物などの最初の恵みをもたらす時期のようです。六月の初旬に、ダーレムにあるベルリン植物園を訪れましたが、睡蓮や薔薇などの季節の花の豊かさを堪能することができました。また、この時季に市場を訪れれると、実にさまざまな種類の果物が並んでいます。とりわけ桃の種類の豊富さには驚かされました。日本でも蟠桃として知られる平たい形の桃はとくに甘くて、家族のお気に入りとなりました。住まいのある家の庭の木には、今もたくさんの桜桃が生っています。そろそろ夏の暑さも顔を覗かせ始めて、下旬には午後から夕方にかけて気温が30度を超える日もありましたが、それ以外はおおむね15度から25度の範囲で気温は推移していています。

13537646_1174871395898564_5267371139266381960_n

蟠桃と家主さんに採ってもらった桜桃

さて、この六月はとても慌ただしかったです。月末には、こちらでお世話になっているベルリン自由大学哲学科のジュビレ・クレーマー教授のコロキウム(大学院生以上を対象とした定期的な研究会合)での小さな講演を、何とか終えることができました。こちらであらためてその研究に取り組んでいるヴァルター・ベンヤミンの歴史哲学について、研究の初期の成果を「想起からの歴史──ベンヤミンの歴史哲学」と題して発表させていただきました。ドイツ語での講演はまったく慣れないので、当然ながら、プレゼンテーションにもディスカッションにもたくさんの課題を残しましたが、関心を持って聴いてもらえたのは非常にありがたかったです。本質的な質問もいくつか得られて、内容的にはよい場を持てたので、これを理論的な端緒とする研究への弾みになりました。

ベンヤミンの「歴史の概念について」の批判版のテクストに取り組んでいると、彼がそのなかで、けっして恣意的には生じない想起の経験における死者との関わりを重視しながら、青年期以来一貫したモティーフを哲学的にいっそう深めるかたちで、彼自身が直面していた危機に応えうる歴史の概念を探究していることが伝わってきます。そのようなベンヤミンの歴史哲学が、今歴史を生きることへ向けて何を問いかけているのかを明らかにしながら、〈残余からの歴史〉の構想を深められればと考えています。いずれその構想の一端をお伝えする機会もあろうかと思います。こうして研究を進め、その初期の成果をドイツ語でまとめる傍らで、他の仕事も並行して進めておりましたので、六月はあっという間に過ぎていきました。

IMG_0084

ベルリン植物園のキタリス

それから、研究とは関係ありませんが、中旬には、娘がお世話になっているヴァイオリンの先生の教室の発表会の冒頭で、家族の三重奏でヴィオラをほんの少しだけ弾きました。ドヴォジャークのミニアチュールのうち、最初のモデラートの曲だけを露払いのような感じで演奏しました。気分転換にと思って持って行った楽器を、いちおう聴衆のいる場で弾くことになるとは思ってもいませんでした。ちなみに娘は、こちらの公立の小学校に通いながら、放課後はおおむねヴァイオリンを練習しています。ドイツ語でのコミュニケーションはままならないながらも、学校の友達とは仲良く遊んでいるようで、放課後に遊びに誘われたり、誕生日のパーティーに招かれたりすることも増えてきました。最近は、劇場や演奏会場に通うのも楽しみになってきたようで、今度はいつ行くのかとしばしば尋ねられます。この六月は、演奏会やオペラの公演へ家族でかなりの回数足を運びました。

そのなかで最も感動的だったのが、シュターツカペレ・ベルリンの演奏会でした。音楽の生成のダイナミズムを掘り下げたイェルク・ヴィトマンの《コン・ブリオ》の鮮やかな演奏で幕を開けたこの演奏会では、それに続くバルトークのピアノ協奏曲第1番の第二楽章の演奏が、まず素晴らしかったです。この楽章では、アンドラーシュ・シフの独奏が、ピアノの両側に配された打楽器と、密やかなとも形容すべき緊密な対話を繰り広げ、一つの別世界を開いて見せました。そこでさざめく声たちが、徐々に結びついて嘆きにも聞こえる強い歌を響かせるに至る音楽の展開には、心からの感動を覚えました。そして、休憩の後のベートーヴェンの《エロイカ》交響曲の演奏は、フル編成の弦楽器を存分に生かして、葬送行進曲に示されるような峻厳さを含めたこの交響曲の大きさを描ききった、圧倒的な演奏でした。ダニエル・バレンボイムの指揮は、荒々しさを含んだリズムの躍動を、大きなスケールで捉えられた音楽の流れに見事に結びつけていました。

他の演奏会では、協奏曲の素晴らしい演奏に接することができました。まず、ロジャー・ノリントン指揮のベルリン・ドイツ交響楽団の演奏会では、イザベル・ファウストがモーツァルトの第4番のヴァイオリン協奏曲で、ほとんどヴィブラートなしの冴えた音を創意豊かに生かした、それでいて様式感にも富む、見事な独奏を聴かせてくれました。また、イヴァン・フィッシャー指揮のベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の演奏会では、スティーヴン・イッサーリスが、すがすがしく広がる響きとしなやかな歌心に満ちたシューマンのチェロ協奏曲の演奏を披露してくれました。それから、下旬に一人で聴いたヤニク・ネゼ゠セガン指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会では、リザ・バティアシヴィリが、バルトークのヴァイオリン協奏曲第1番の内容豊かな演奏を聴かせてくれました。彼女は、歌が連綿と連なるこの曲の音楽の展開を、完全に手中に収めていました。

IMG_0090

ベルリン植物園の薔薇

ベルリン・フィルハーモニーの演奏会では、バルトークの協奏曲の後に、ショスタコーヴィチの交響曲第13番《バビ・ヤール》が演奏されました。このオーケストラにこそ可能な、仮借のない凄まじさと明晰さを両立させたこの曲の演奏を聴きながら、この曲が今取り上げられる意味も考えざるをえませんでした。ナチス・ドイツとソヴィエト連邦の戦争が始まった翌日の1941年6月23日から、移動特別部隊によるバルト海沿岸から黒海に至る地域での組織的なユダヤ人虐殺──最も大規模な虐殺がバビ・ヤールで起きたのでした──が始まっています。それから75年になるのに合わせた今回の演奏会のプログラムだったようです。そのような暴虐を可能にした問題そのものは、けっして過ぎ去ってはいません。むしろより複雑化しながら広がっていることを、昨今の出来事は示しているのではないでしょうか。9月末からは、テロルのトポグラフィーで、主に旧ソ連におけるユダヤ人虐殺をテーマとする展覧会が始まりますが、それはこの問題を考える機会ともなるでしょう。

オペラでは、いずれもニーナ・ステンメが主役を歌った、ベルリン・ドイツ・オペラにおけるヴァーグナーの《トリスタンとイゾルデ》R・シュトラウスの《エレクトラ》の公演がとくに印象に残りました。前者では、第二幕が素晴らしい密度を示していました。例の長大な愛の二重唱で、主役の二人の役を歌ったステンメとステフェン・グールドがとても繊細な歌唱を聴かせて、息を重ねるのが聞こえるようですらありました。それを支える、ドナルド・ラニクルズの指揮によるオーケストラの響きも充実していながら、透明感を保っていました。精神分析も参照しつつ、夢と覚醒の関係にも光を当てた《トリスタンとイゾルデ》の舞台でもありました。後者の公演は、エレクトラの復讐心と復讐の成就への歓喜も、クリュテムネストラの悪夢も、もはや知性による統制が利かない、人間性と獣性の閾で展開されることにオペラの焦点があることを提示するものとして興味深く観ました。この公演でもステンメが繊細かつ輝かしい歌唱を聴かせていました。

IMG_0081

ベルリン植物園の睡蓮

この六月には、演劇の公演へも二つ足を運びました。一つは、シャウビューネでのシラーの『ヴァレンシュタイン』の公演で、シラーが約十年かけて書いた三部作の原作を一晩の舞台に凝縮させた、ミヒャエル・タールハイマーの演出による上演でした。三十年戦争期の傭兵隊長を主人公とするこの戯曲を今取り上げることを強く意識しながら、求心力の強い舞台を提示していました。苦悩するヴァレンシュタインの姿には、自分が仕掛けた戦争の泥沼にはまって身動きが取れなくなっていく現代の政治的指導者の姿と、ベンヤミンがバロック悲劇のうちに見て取った、決断できずに没落していく君主の像とが重ねられているように感じられました。もう一つは、東京の国立劇場で『つく、きえる』の表題で上演されたローラント・シンメルプフェニヒの戯曲„An und Aus“の公演で、ブルクハルト・C・コスミンスキの演出によるマインツの国民劇場の舞台でした。東日本大震災を題材に書かれたこの戯曲のユーモアを巧みに生かしつつ、死者たちのほろ苦い物語によって、震災と原発事故後の傷ついた現在を深いところから照らし出す„An und Aus“の上演として、とても興味深く観ました。

それにしても、この六月には例の“Brexit”を宣するに至ったイギリスの国民投票を含め、社会的にも大きな出来事がいくつもありましたが、イギリスの下院議員ジョー・コックスの暗殺事件、イスタンブール空港での無差別攻撃事件、そして七月に入ってから起きて、20名を超える人々が犠牲になったダッカでの人質事件など、凄惨な事件が相次いだのには胸が痛みます。そして、これらの事件には、通底する問題が潜んでいるようにも思われます。その問題は、日本に住む人々にとってもけっして他人事ではないでしょう。日本では参議院選挙が近づいていますが、こうした事件が起きうる世界のなかで、一人ひとりがみずからの生を、不当な抑圧や差別を受けることなく生きうることへ向けて、同時にその可能性を相互に尊重し合える社会を、問題を一つひとつともに解決しながら築いていくことへ向けて、有権者が一票を投じることを、遠くから念じているところです。

節目の夏の演奏会を聴いて

縮景園の被爆銀杏

縮景園の被爆銀杏

広島と長崎の被爆、そして日本の敗戦から70年の節目を迎えるこの夏、平和への願いをさらに深めながら新たにするきっかけとなる演奏会を聴く機会に恵まれた。まず、挙げなければならないのは、8月5日に広島文化学園HBGホールで開催された広島交響楽団の「平和の夕べ」コンサート。このオーケストラの第1回の定期演奏会でも演奏されたというベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番ハ長調で独奏を務めたマルタ・アルゲリッチが、さらに若々しさと瑞々しさを増した音楽を聴かせてくれたのは忘れられない。

アルゲリッチの音楽の魅力は、最初の一音のなかから止めどなく音楽が湧き出てくる一方で、天衣無縫と呼ぶほかないパッセージの連なりに、おのずと必然性が具わってくることであろう。第1楽章の独奏の始まりから、楽想が溢れ出るのにすっかり引き込まれてしまった。また、彼女の演奏歴を顧みると、自分の音楽に適合した形式を具えた曲を厳選していることが分かる。この日演奏されたベートーヴェンの第1番の協奏曲も、そのような曲の一つであることが非常に説得的に伝わってきたが、そのことを越えて、アルゲリッチは、この協奏曲に横溢する若々しい生命力を、優れて音楽的に発揮させていた。とくに、フィナーレのロンドで彼女のピアノは、時に卑俗になりがちなパッセージでもけっして気品を失わないフレージングを示しながら、驚くべき速度感を示していた。

他方で、研ぎ澄まされた弱音で音楽をどこまでも深めることができるのも、アルゲリッチの演奏の魅力である。それがいかんなく発揮されたのが、緩徐楽章の最終部。恐ろしいまでの緊張感に会場が包まれたが、まさにそのなかから、最終楽章のロンドの主題が走り出したのである。ただ、そこに至る少し手前で、音楽がもう少し高まっていたならば、演奏全体としての弱音の表現に、いっそうの深みが出たのではないだろうか。オーケストラに、もう一歩踏み込んだ演奏の積極性を求めたかった。盛んな拍手に応えてアルゲリッチは、アンコールにシューマンの《幻想小品集》より「夢のもつれ」を、これ以上ない自在さのなかに、微かな翳りを添えながら聴かせてくれた。

休憩の後、ヒンデミットの交響曲《世界の調和》が演奏されたが、どちらかと言うとトゥッティの強奏が耳を引くことの多いこの曲では、全体の響きにもう少し有機的な一体感が欲しかった。それがないと、この曲が作曲された困難な時代に抗う音楽の抵抗力が伝わってこない。むしろ印象的だったのは静かな箇所で、とくに第2楽章の後半で、打楽器によるほの暗い、ヒンデミット独特の響きが聴かれた後、二本のヴィオラが奏でるパッセージは、静謐な美しさを示していた。独奏ヴァイオリンの優しく、どこか物悲しい歌も存在感を示していたし、第2楽章とフィナーレにおける木管楽器の独奏も素晴らしかった。これらのなかから響く、時代に抗う生命の息遣いと共振するところからこそ、平和への願いが深められるにちがいない。

7月11日には、すみだトリフォニーホールで、新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴くことができた。ダニエル・ハーディングの指揮で、マーラーの交響曲第2番ハ短調《復活》が演奏されたが、その演奏は、これまでのハーディングによるマーラーの演奏をはるかに凌駕しているように思われた。宇宙に満ちる魂の響きが深い沈黙から生成することを教えてくれる《復活》交響曲の演奏だった。

今回の演奏で非常に興味深く思われたのは、ハーディングが、一つひとつのフレーズを充分に時間を取って響かせながら、生命の蠕動とも言うべき細かいモティーフの一つひとつを、またその絡み合いを実に意味深く聴かせていたこと。これらの発展の末にこそ、強烈なエネルギーが、苦悩の叫びや切なる祈りとなって放射されることを、非常に説得的に示した解釈だった。

死への恐怖に苛まれた孤独な魂が、万物に満ちるアニマと共鳴し始める過程を彩る、「少年の魔法の角笛」の世界の歌の豊かさも特筆されるべきだろう。自然に流れる歌の潤いは実に魅力的で、アンダンテの楽章のフレージングは、これしかないと思うほど素晴らしいものだった。その一方で、肺腑を抉るような激しい表現にも欠けることのない演奏だった。とくに管楽器の各奏者の独奏や、各セクションのアンサンブルは、全曲にわたって高い完成度を示していた。

アルトのクリスティアーネ・ストーティンは、もしかしたら声質のうえでマーラー向きではなかったかもしれないが、「原光」の歌そのものは充分に説得的。ベルリンで何度かその声を聴いたことのあるドロテア・レシュマンは、期待どおりの豊かな声を聴かせていた。栗友会合唱団の振幅の大きな歌唱も印象深かった。宇宙の深淵の前に立たせるかのような深い沈黙からの発展の末に、「死して成る」生命への深い願いを高らかに歌い上げるフィナーレは、今まで聴いたなかで最も感動的だった。

7月27日には、JMSアステールプラザの大ホールで、バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏会を聴くことができたが、そこでのバッハのロ短調ミサ曲の演奏の素晴らしさについては、もはや多言を要しないだろう。ホールの音響がいささか残響に乏しいため、各声部の対位法的な絡み合いが明瞭に聞こえる一方で、管楽器の演奏がいささか苦しそうであったが、全体の響きの清澄さは申し分ない。澄んだ響きのなかで掘り下げられる悲しみと、魂の奥底からどこまでも広がっていく平和への祈りに深く心を揺さぶられた。 そのような平和への祈りを、舞台上の演奏家と聴衆が共にできることの喜びを噛みしめるところから、70年の節目からの一歩を踏み出すべきではないだろうか。

チューリヒへの旅より

前アルプスを望むチューリヒ湖の風景

前アルプスを望むチューリヒ湖の風景

広島では初夏のような蒸し暑い日が続いています。みなさまお元気でお過ごしでしょうか。去る5月8日から11日にかけて、ごく短期間ではありますが、スイスのチューリヒへ出かけました。クリストフ・フォン・ドホナーニが指揮するチューリヒのトーンハレ管弦楽団の演奏会を聴くのが主たる目的でしたが、それ以外にもオペラを観たり、美術館を訪れたり、旧知の友人と、前アルプスを望むチューリヒ湖畔でゆっくり語らったりすることができました。音楽に身を浸す喜びだけでなく、今後の研究へ向けた刺激も得ることもできました。この時季の緑はとても鮮やかで、眩いばかり。チューリヒ湖畔から前アルプスを望むと、冠雪の残る山並みと多彩な緑のコントラストも楽しめました。

5月9日と10日の2日間、トーンハレでこの響きの豊かな「楽堂」の名を冠したオーケストラの演奏会を聴きました。曲目は、ルドルフ・ブッフビンダーの独奏によるモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調K. 466とブルックナーの交響曲第7番ホ長調。いずれもクラシック音楽を聴き始めた頃からとても好きな曲で、実演で繰り返し聴きたいと思っているものですから、このタイミングでチューリヒまで行くことにしたわけです。いろいろな意味で、わざわざ出かけた甲斐がありました。

1929年生まれのクリストフ・フォン・ドホナーニは、今年で86歳になるわけですが、その指揮には若々しささえ感じられます。明確で緊密な造型の下で、楽譜に書かれている音を生かしきろうとする彼の音楽の特徴が、いずれの曲にもよく表われていましたが、いささかの緩みもない音楽の運びのなかから、時に爽やかささえ感じさせる歌も聴かれたのが印象に残ります。とりわけブルックナーの第7交響曲では、淀みないテンポの移行のなかにさりげないアゴーギグを加えながら、雄渾な響きも聴かせていました。

古書店などが並ぶ教会通り

古書店などが並ぶ教会通り

ルドルフ・ブッフビンダーのピアノは、どちらかというと朴訥とした語り口ながら、フレージングに独特の軽みがあって、そのあたりがモーツァルトの演奏に生きていたと思います。彼の音楽にも独特の造形美があって、ドホナーニと息の合った演奏を繰り広げていました。ドホナーニ、ブッフビンダーとトーンハレ管弦楽団は、毎年共演を重ねていて、チューリヒの聴衆に好評をもって迎えられているようです。それでもとくにブルックナーの交響曲を演奏するのは、けっして容易なことではなく、今回は2日にわたって演奏会を聴いて──そういうことはめったにないのですが──定期演奏会を2回以上行なうことの大きな意義を感じました。ドホナーニが指揮したトーンハレ管弦楽団の演奏会について、これ以上のことは稿を改めて書くことにいたします。

10日の夜には、チューリヒ歌劇場でベートーヴェンの《フィデリオ》の公演を観ました。マルクス・ポシュナーの指揮の下での演奏は、歌手の声の弱さやオーケストラのアンサンブルの粗さが少々気になるところもありましたが、ほぼ申し分のないものでした。レオノーレの役を歌ったアーニャ・カンペも、フロレスタンの役を歌ったブランドン・ヨヴァノヴィチも、好みの方向の歌唱と演技ではなかったとはいえ、なかなかの好演だったと聴こえました。しかし、ベートーヴェンの音楽がなかなか胸に迫ってきません。それは、アンドレアス・ホモキの演出による舞台に入っていけなかったからでした。

彼の演出による《フィデリオ》は、よく知られた序曲ではなく、このオペラのクライマックスとも言える第2幕の四重唱から始まります。そして、実際のドラマにはない悲劇的な結末──銃の暴発によってレオノーレが斃れてしまいます──が演じられるなか、ドン・フェルナンドの到着を告げるラッパが響くと、音楽がレオノーレ序曲第3番へと移行するのです。その後で《フィデリオ》のドラマがあらためて始まるのですが、そうするとドラマが最初から普遍化されてしまって、個々の登場人物をめぐるドラマが、どうしても空々しく映るのです。

たしかに、ホモキは敢えてそのことを狙ったのかもしれません。登場人物の名前やそれが発する言葉の一節が、場面ごとに、何ひとつ装置の置かれていない舞台に投射されるのですが、そのことは舞台空間をアレゴリー化するものだったと考えられます。また、登場人物自身に台詞を語らせるのではなく、その断片化されたテクストを匿名の声としてスピーカーで響かせるやり方も、《フィデリオ》の状況をアレゴリー化し、観客を思考に誘うものと言えるでしょう。こうした手法自体の可能性は、ポストドラマ的な舞台を呈示するものとして評価できます。

ステンドグラスが美しい聖母教会

ステンドグラスが美しい聖母教会

しかしながら、今回の《フィデリオ》の上演の場合、このような手法によって、場面どうしの関連が伝わらなくなり、ドラマの緊張感が薄れるとともに、音楽も生きなくなってしまっていたように思えてなりません。それぞれのアリアや重唱がばらばらに聴こえてしまうことによって、このオペラに特徴的とも言える、言葉が歌に移行する瞬間の感動が失われ、音楽の展開とドラマの緊密な関係が見えなくなっていたのではないでしょうか。いくつもの疑問を抱えながら舞台を眺めておりました。《フィデリオ》という作品の上演の難しさをあらためて感じさせる公演でした。

さて、今回のチューリヒ滞在のあいだ、マレク・シャガールとアルベルト・ジャコメッティによるステンドグラスが美しい聖母教会の他、街から少し外れた静かな住宅地のなかにあるリートベルク美術館も訪れました。ヴァーグナーがマティルデ・ヴェーゼンドンクと恋に落ち、その後楽劇《トリスタンとイゾルデ》の第1幕を書いたヴィラ・ヴェーゼンドンクを中心とする、非西欧の美術作品のための美術館です。そこで現在行なわれている「コスモス(宇宙)」をテーマとする特別展が面白いと聞いたので、出かけてみました。

何よりもまず、美術館の建物とそれを取り囲む緑の美しさに引き込まれました。 世界の各地域の──死者の世界を含めた──宇宙観を象徴する作品を集めた「コスモス」展では、ミクロコスモスとマクロコスモスの照応が、人体の表現を焦点としながら、世界中で実に多彩に表現されていることが示されていて、とても興味深かったです。一人ひとりがそれぞれに宇宙を宿すということから、詩人たちが「万物照応」と表現してきた感性の在り処とともに、自然ないしその生きものたちと結びついた人間像が捉え直されうるかもしれません。また、古代エジプト以来のさまざまなコスモスの表現からは、人がどこから来て、どこへ向かうのか、という根本的な問いについてのさまざまな取り組みも垣間見えるようにも思われました。

リートベルク美術館となっているヴィラ・ヴェーゼンドンク

リートベルク美術館となっているヴィラ・ヴェーゼンドンク

リートベルク美術館では、同時に20世紀初頭の最初期のカラー写真の展覧会「色彩のなかの世界」も行なわれていて、とりわけその撮影者が、当時のヨーロッパ世界にとって辺境の地に目を向けていたのが印象に残ります。そして、この美術館において何よりも驚かされたのが、そのコレクションの充実ぶりです。日本の絵画や仏像を含め、非西欧の世界のほぼあらゆる地域の美術工芸品が、相当に網羅的に集められているうえ、そのどれもがきわめて質の高い作品なのです。とくにアジアの宗教美術のコレクションは素晴らしいもので、この美術館がアジアの多彩な宗教文化に、非常に深い関心を寄せていることがうかがえます。

この美術館では、午前中にパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー映画『光へのノスタルジー』の上映も行なわれていました。チリのアタカマ砂漠に設置された天体望遠鏡で、遠い過去からの光を捉えることを、ピノチェトの恐怖政治の下で消された人々の死を悼んで砂漠のなかで遺骨を探すのに重ねる、映像的にも美しい瞬間の多い作品です。この映画も非常に感銘深いものでした。とりわけ、砂漠の厳しい日差しと風のなかで、虐殺された肉親の遺骨を一心に掘り起こそうとする女性たちの言葉が胸を打ちます。この映画に出会えたことも、今回の滞在の収穫の一つでした。チューリヒへ来たのは、2003年に当地の大学でアドルノ生誕百周年の学会が行なわれたとき以来二度目でしたが、今回もダダ生誕の地、キャバレー・ヴォルテールへ足を運ぶ時間がなくなってしまいました。次回の楽しみに取っておこうと思います。