春のパリへの旅より

IMG_1725締め切りが迫っていた原稿に片が付き、その他の当面の仕事にもおおよその目処が立ったので、休暇を取って2年ぶりにパリへ行ってきました。3泊5日のごく短い滞在でしたが、そのあいだにいくつか興味深い演奏会や舞台に接することができました。まず、3月21日の夕方に到着してすぐ、国立音楽院の近くに最近オープンした Philharmonie de Parisへ、«À Pierre»と題するアンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏会(指揮はマティアス・ピンチャー)を聴きに行きました。今年90歳になるピエール・ブーレーズに捧げられた演奏会です。

ブーレーズに何らかのかたちで師事した比較的若い作曲家4名の作品や、ブーレーズのために書かれたルイジ・ノーノの作品の演奏、さらにはブーレーズの断片的なモティーフによる即興演奏があった後に、ブーレーズの作品«… explosante-fixe …»が演奏されるという実に盛りだくさんなプログラムで、20:30に始まった演奏会が終わったときには、とっくに0時を回っていました。

若い作曲家の作品のなかでは、Benjamin Attahirという作曲家の«Takdima»(2014年)という曲が印象深かったです。舞台と客席後方に配した独奏ヴィオラを呼応させながら、ヴィオラの響きのニュアンスを生かした、独特の歌心に満ちた作品と思われました。ピアノの内部奏法を含めた特殊奏法を生かしつつ、密やかに愛を交わし合うような対話を響かせていました。

「青の沈黙」を表題に含むノーノの作品は、吸い込まれるような、少し恐ろしくもある、深くて静謐な空間を現出させていました。 こうした作品を聴いた後でブーレーズの曲を聴くと、とても古典的に聴こえます(作品そのものは20年ほど前のものですが)。同時に、これまでの作品をつなぐ糸のようなものも感じ取られる気がします。

3月22日の午後には、オペラ座のバスティーユの劇場で、グノーの《ファウスト》の公演を観ました。何よりも素晴らしかったのがミシェル・プラッソンの指揮で、音楽だけを考えるなら──個人的に、グノーの音楽にとくに親しみはないのですが、それでも──最高の出来の公演の一つに数えられると思いました。とりわけ充実していたのがオーケストラの響きで、すみずみまで生気が通った響きから時に香気が漂うあたり、とくにこの作品に相応しかったのではないでしょうか。プラッソンはすでにかなりの高齢と思いますが、彼の指揮は、時に沸き立つような推進力もオーケストラから引き出していました。歌手をしっかりコントロールして、引き締まった全体の運びを示していたのにも好感が持てます。

歌手たちの歌唱も充実していました。マルグリット役のクラシミラ・ストヤノヴァは、最初の声の出が今ひとつでしたが、どんどん調子を上げてきましたし、メフィストフェレス役のイルダール・アブドラザコフは終始力強さと巧さを示していました。ファウスト役のピョートル・ベザーラは、時に声がひっくり返りそうではらはらしましたが、よく伸びる声で、最後まで説得力ある歌を聴かせていたと思います。少々疑問を感じたのは、ジャン=ロマン・ヴェスペリーニの演出で、全体的に舞台空間、とくに装置の使い方に無駄が多い感じがします。

この《ファウスト》というオペラには、かろうじてゲーテの『ファウスト』の痕跡が残っているファウストとメフィストフェレスの関係以外に、戦争と別離、そして死というテーマがあるように思われますし、またそれは今回の演出でも帰還兵に伴われて登場する棺桶で暗示されていましたが、その扱いがやや装飾的で、テーマを掘り下げるのに結びついていないのにもどかしさを覚えました。とはいえ、演出が音楽を邪魔することはなく、プラッソンの指揮を存分に堪能できたのはよかったです。

《ファウスト》の公演の前には、シャンゼリゼ劇場で、カフェ・ツィンマーマンの演奏会を聴きました。ヴィヴァルディの協奏曲集《調和の霊感》を中心としたプログラムで、この協奏曲集をこれほど楽しんで聴けたのは初めてのことです。「カフェ・ツィンマーマン」の名に相応しいインティメートな雰囲気を醸すアンサンブルの緊密さのなかで、個々の楽器の繊細な音色の変化を生かしていたのが印象に残ります。ヴァイオリンとチェロの独奏がいずれも素晴らしかったです。

3月23日には、妻の希望もあって、チャイコフスキーの《白鳥の湖》の公演を観に行きました、プティパにもとづくヌレエフの新しい振り付けによる舞台は、音楽も含めかなり高水準だったと思います。バレエの身体的表現も、きわめて洗練されたものでした。この日の公演は、新しいエトワールのデビューの舞台だったようで、終演後は大変な盛り上がりでしたが、その雰囲気には正直付いて行けませんでした。

プティ・パレの展示室に置かれていたユーモラスな現代彫刻

プティ・パレの展示室に置かれていたユーモラスな現代彫刻

3月24日には、これまで行ったことのなかった、パリ市立近代美術館プティ・パレの市立美術館を訪れ、その常設展を見ました。いずれも入場無料にもかかわらず、非常に充実した内容のコレクションで、見ごたえがありました。プティ・パレでは、バルカン半島とロシアのイコンのコレクションを興味深く見ました。17世紀オランダの風景画など、古典的な絵画の展示も充実しています。クールベの《プルードンとその家族の肖像》が何気なく架かっていたのには驚きました。古典的な美術と現代美術の対話も試みられていました。

市立近代美術館は、ロベール・ドローネーのコレクションが有名で、もちろんその大きな画面の色彩は素晴らしいのですが、ルオーのコレクションや、キュビスムやシュルレアリスムの動向をまとめた展示室もきわめて重要と思われます。個人的には、モディリアーニ晩年の《碧い眼の女》に心惹かれました。クリスティアン・ボルタンスキーの展示室が閉まっていたのは非常に残念でした。

パリ市立近代美術館の前で

パリ市立近代美術館の前で

滞在の最終日に、ソルボンヌの近くでクスクスの昼食を取っていたら、ジャーマン・ウイングスの飛行機の墜落のニュースが飛び込んできました。150名近い人々──そのなかには素晴らしいヴァーグナー歌手が二人含まれていたそうです──の痛ましい死を前にすると、言葉もありません。操縦室に閉じこもって故意に機体をアルプスの山中に墜落させた副操縦士が、心の病を抱えてきたことが明らかになりつつありますが、彼がこのような行為に及んだのには、LCCの労働条件を含めた複合的な要因が作用していることでしょうし、その問題はけっして他人事ではないと思われます。

IMG_1727今回の旅の合間に、パリのパサージュを少しだけ見ることができたのは嬉しかったです。その写真を二枚掲載しておきます。グラン・ブールヴァール周辺にあるパサージュを、22日の夕方に歩き回ったわけですが、日曜日だったこともあり、多くの店が閉まっていて、全体的に薄暗かったのも、かえって趣と味わいがありました。現存最古のパサージュ・パノラマなど、ショー・ウィンドーが冥府に連なっているかのようです。かつてのモードが異貌を見せるなかに、過去が顔をのぞかせていました。

広告

バーバラ・ハンニガンの声に触れて

6988_581074725276971_1201714674_nそれはあたかも、血腥い闇を振り払い、抑圧の歴史を断ち切る新しい日の訪れを渇望する若い女性の魂が、声となって立ち現われてきたかのようだった。Hiroshima Happy New Earの第15回の演奏会[2013年9月8日/アステールプラザオーケストラ等練習場にて]で、歌うことの新たな地平を切り開く一つの出来事と言うべき歌唱を聴かせてくれたバーバラ・ハンニガンは、終演後のトーク・セッションのなかで、歌うとき自分は、作曲家が書いた、詩と不可分である音楽そのものになろうとすると語っていたが、この演奏会の冒頭で彼女が歌った、ルイジ・ノーノの《生命と愛の歌》の第2曲「ジャミラ・ブーパシャ」を聴きながら、ノーノの音楽の精神が、ジャミラ・ブーパシャという女性の魂と一つになって響くのに触れている思いがして、身震いを禁じえなかった。この曲でノーノがひとすじの歌に凝縮させた、アルジェリアの解放へ向けた闘いに身を投じ、牢獄に囚われたこの女性が抱く生とその未来への渇望そのものが、深い闇のなかから響き出て、その闇を切り裂くのを目の当たりにするようだった。

次に演奏されたクロード・ヴィヴィエの《夜への讃歌》は、ノヴァーリスの同名の長編詩の一部を詩に用いた作品だが、この曲でハンニガンは、無限に広がりゆく世界をその起源から詩のかたちで浮かび上がらせようとするノヴァーリスの想像力に呼応しようとするヴィヴィエの瑞々しい感性が結晶した歌を、しっとりと、かつ非常に細やかに──実際、楽譜には細かい歌唱法の指定がある──響かせていた。そのような彼女の歌は、切り詰められた音の配置から奥行きある空間を現出させる中川賢一のピアノと相俟って、夜の深淵の上を静かに歩むように聴こえた。

ヴィヴィエの後に演奏された、アーノルト・シェーンベルクの作品2の《四つの歌》も、休憩を挟んで演奏されたアルバン・ベルクの《初期の七つの歌曲》も、ロマン主義的な歌曲芸術を、それが自己崩壊する極点まで突き詰めながら、次の時代の歌の世界を開こうとするものと言えようが、ハンニガンはいずれの作品においても、詩に込められた感情の揺れ動きや、詩の言葉が一つの風景を開く動きと一体となった音楽を、きわめて自然な、いやおのずと響いてくる──すなわち、優れた意味で自然な──歌として聴かせていた。そのなかから言葉が明晰に、かつ意味深く響いてくる。詩と音楽が一つになる歌曲の精髄が、きわめて高い完成度において具現された希有な瞬間だった。そして、詩と音楽の一体性を追求したとき、音楽が──従来の視点からすれば──断片にならざるをえないことも、深い余韻とともに示した演奏だったように思う。

ハンニガンは、シェーンベルクの初期作品においてはどちらかと言うと、「高揚」のような曲に聴かれるその音楽の若さを強調していたように思えたが、ベルクの歌曲においては、「夜鳴き鶯」や「室内にて」のような曲に聴かれる恋心の瑞々しい発露のみならず、夜のなかへ沈み込んでいこうとする音楽の動きも、非常に大きな、それでいて自然さを失うことのない表現の振幅をもって聴かせていた。静かな箇所など闇のなかにたゆたうかのような彼女の歌に耳を傾けながら、一つの歌の世界が、若さのなかで翳りつつあることとともに、その翳りのなかから『ヴォツェック』などへ連なるベルクの世界が開かれつつあることに思いを馳せていた。

もしかすると、そのようなベルクの世界は、「星の間に間に見捨てられ」のような曲に聴かれるクルト・ヴァイルの世界に通じているのかもしれない。最後にヴァイルが亡命後に書いた三つの歌が演奏されたが、ハンニガンの演奏は、恋人に、そして神に見捨てられた一人の人間の悲哀を、酒の臭いが漂うなかに腹の底から吐き出すものではなく、むしろベルクらにも通じる、優れて音楽的な歌に昇華させるものだった。「シャンソン」や「ソング」として聴こうとする向きには物足りないものがあるかもしれないが、これはこれで、ヴァイルの音楽性を発揮させた演奏と思われる。ここでも詩と歌の自然な結びつきが印象的で、「あなたを愛してないのよ」など、自分を捨てた恋人へのやるせない思いそのものを聴くようでもあった。音楽と言葉を一つにする声を響かせ、何かがおのずと現れてくる場を開くバーバラ・ハンニガンは、一つの媒体、ないしは一人のシャーマンと化しながら、歌の可能性を指し示している。これからも彼女は、世界中の舞台に立ちながら、媒体としての歌をいっそう研ぎ澄ませていくにちがいない。