神無月の仕事──『ヴァルター・ベンヤミン』刊行から一か月を経て

十月も下旬というのに、ここ広島ではまだ日中の気温が高く、何を着て出かけるか迷う今日この頃です。先月から今月にかけて、二つの巨大な台風が相次いで列島を襲い、ご存知のとおり、痛ましい被害が各地に深い傷を残しています。被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。

473158さて、先月20日に岩波新書の一冊として拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を上梓してから一か月が経ちました。この間すでに、いくつもの温かいお言葉をいただいております。読者のなかには文字通り精読してくださっている方もおられて、著者冥利に尽きると感じております。

拙著『ヴァルター・ベンヤミン』をいち早くお手に取ってくだり、ご感想をお寄せくださった方々に心より感謝申し上げます。おかげさまで、この種の書籍としては比較的多くの読者の手許に届いているようです。拙著は、図書新聞の第3421(2019年11月2日)号の「ポケットブック」のコーナーをはじめ、各種媒体でも紹介され始めています。

今、思わぬかたちで、ベンヤミンが抱いていた問いがアクチュアリティを帯びていると感じています。その一つは、拙著の主に第四章で論じた、今芸術は何でありうるかという問いではないでしょうか。彼は、知覚経験が変容し、従来の意味で「美しい」芸術作品が成り立ちえなくなっている状況のなかで、芸術が、そして作品がどのようにありうるかを、同時代の芸術の動きを見据えながら問うています。

あいちトリエンナーレとその「表現の不自由・その後」展をめぐっては、芸術は民衆に役立つものであるべきだといった、民衆を上から統治の対象としてしか見ていない言説も聞かれました。しかし、ベンヤミンはむしろ、そのような対象とはならない民衆そのものが生じる媒体として、芸術作品が創造される可能性を、新たな、批評を内在させた芸術のうちに見届けようとしていました。

こうして、ベンヤミンの思考が取り組んだ問題がアクチュアリティを帯びて浮上することは、同時に彼が生きた時代よりもその闇が深まったことの徴候でもあるでしょう。とくに、行き交う情報のいっそうの断片化が進むなか、歴史修正主義が精神を蝕むかたちで浸透しつつあることは、排他的ないし排外主義的な暴力としても現われながら、現代の闇を深めていると感じています。

ベンヤミンの著作には、こうした現在の闇の要因を見通しながら、そのなかを歩むことへ向けた思考のきっかけや手がかりが含まれていると考えて、拙著を公にしました。彼の批評的な思考の足跡を、彼の生涯のなかに浮かび上がらせた拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を書店で見かけられたら、お手に取っていただけると幸いです。

71293874_2691610117558010_7584518907336065024_oところで、今月は芸術に関わる仕事をいくつか公にすることができました。機会を与えてくださった方々に感謝申し上げます。まず、10月4日に開催された広島交響楽団のディスカバリー・シリーズHosokawa×Beethovenの第2回演奏会のプログラムに、曲目解説を寄稿させていただきました。

この演奏会では、何よりも細川さんの《月夜の蓮》を望みうる最高の演奏で聴けたのが嬉しかったです。児玉桃さんの明晰でありながら、豊かな歌に貫かれたピアノに、下野竜也さんが指揮するオーケストラが見事に応えて、生気に満ちた流れた生まれていました。

72554808_2726928977359457_3251842159254437888_oまた、10月12日から栃木県の小山市立車屋美術館で始まった呉夏枝さんの個展「手にたくす、糸へたくす」のカタログにも、「記憶の多島海へ──呉夏枝のほぐす芸術によせて」と題する小文を寄稿させていただきました。作家の芸術の歩みを、記憶の越境的な継承の可能性へ向けて論じるものです。

糸を扱う手仕事によって、言葉にならなかった記憶の気配を伝える空間を開き、その継承の回路を紡いできた呉夏枝さんの仕事の多彩さを伝える展示も楽しみなところです。この機会に、多くの方に彼女の芸術に触れていただきたいと思います。

それから、10月15日に発行された芸術批評誌『Mercure des Arts』の第49号には、今年30回目を迎えた武生国際音楽祭にゲスト講師として参加しての報告を寄稿させていただきました。9月の音楽祭で新たな音楽が生まれた様子を伝えると同時に、音楽家が出会い、世界的な音楽創造の芽が育まれる場として続いてきた武生国際音楽祭の意義にも触れました。ご一読いただけると幸いです。

10月22日には、8・6ヒロシマ大行動実行委員会が主催した、拡声器規制問題に関する第2回公開討論会にパネリストの一人として参加しました。その際、毎年8月6日に開催される平和祈念式典のあり方を、市民自身がどのように考えるか、という問いを広く共有することが必要であることや、式典会場周辺での拡声機使用を条例で規制することは、表現の自由に抵触する危険があることなどを論じました。

討論会では、平和祈念式典の成り立ちを歴史的に検証することへの問いを含め、さまざまな視点からの発言があって、多くを学ぶことができました。あいちトリエンナーレに対する文化庁の補助金不交付の問題とも通底するものを含んだ拡声器規制問題については、広島に注目する世界中の人々を失望させることにならないよう、市当局の動きなどを注視していきたいと考えています。

71184137_3005860276108036_4509768596271923200_o来たる11月2日には、勤務先の大学の広島平和研究所の直野章子さんが主催されるシンポジウム「記憶の存在論と歴史の地平」に、ディスカッサントとして参加させていただきます。直野さんはじめ、このテーマをめぐる研究をリードしている学者が顔を揃えるこのシンポジウムにご関心のある方は、広島市立大学のサテライトキャンパスへお越しください。参加は無料です。

11月中旬からは、拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』の合評会や刊行記念のトークなども続きます。12月22日に開催される福岡市の書店&カフェ「本のあるところajiro」でのトークについては、広報も始まっています。これらについては、FacebookTwitterでも情報を発信していきたいと考えております。拙著にご関心のある方とお会いできることを、心から楽しみにしております。

もうしばらくしたら、広島にも紅葉の季節が訪れます。それとともに朝晩は冷え込むことでしょう。台風やその後の大雨のために避難生活を余儀なくされている方々にとっては、寒さがとりわけ厳しくなると思います。どうかみなさまお身体大切にお過ごしください。

小著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を上梓します

473158このたび岩波新書の一冊として、『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を上梓します。19世紀末のベルリンに生を享け、20世紀の前半に文筆家として活動したユダヤ人思想家ヴァルター・ベンヤミン(1892〜1940年)の批評としての思考の歩みを、その生涯とともに描き出そうとする一書です。これを80年を超える伝統のある新書の一冊として世に送る機会をいただいたことを、身に余る光栄と感じております。ベンヤミンという名前が気になる人にとっても、あるいはその名を初めて聞く人にとっても、この思想家が二つの世界大戦とファシズムの時代にどのような現実と向き合っていたのか、またそのなかで何を問うていたのかが伝わるように書いたつもりです。この文字通りの小著をつうじて、ベンヤミンという人物と、言語、芸術、歴史の本質に迫る彼の思考に興味を持っていただけたら幸いです。

副題は「闇を歩く批評」としました。そこに含まれる言葉がどこから来ているかは、本書の前半をお読みいただければお判りになるかと思いますが、基本的にはベンヤミンの思考を、批評として浮き彫りにしようという意図を込めて、そのような副題を付けた次第です。ベンヤミンの思考は、彼が生きた時代の危機を見通しながら、その危機のうちに決定的な岐路を見て取っていました。それは「分かつ」ことを意味するギリシア語の語源(クリネイン)に照らしても、批評(クリティーク)だったと言えます。しかも、こうして言わば存亡の危機のただなかに活路を見いだそうとするなかで、彼の思考は、言語とは、芸術とは、そして歴史とは何かを、これらを生きる可能性へ向けて根底から問うています。本書では、そのような哲学的な思考が、具体的な文学作品などの批評をつうじて展開されていることにも迫ろうとしました。

こうしてベンヤミンの徹底的な思考の足跡を辿るとは、言うまでもなく同時に、彼が生きた時代を、彼をめぐる人間関係とともに浮かび上がらせることでもあります。ベンヤミン自身が戦地へ赴くことはなかったとはいえ、第一次世界大戦は、彼のなかに深い傷を残すと同時に、経験される現実の崩壊を突きつける出来事でもありました。また、ファシズムの台頭は、ユダヤ人の彼に亡命を強いることになりますが、これはやがて第二次世界大戦として現実となる、人間が自分自身の技術によって、みずからの滅亡を可能にしてしまう状況を用意するものと、彼には映っていました。そのような苛酷な時代に生きることを支えたのが、ゲルショム・ショーレムやハンナ・アーレント、あるいはテーオドア・W・アドルノといった友人たちとの交流でした。本書にはこれらの友人に宛てたベンヤミンの書簡も、著作とともに引用されています。

友人からの音信を支えとしながら、ベンヤミンは、時代の闇のなかを歩み抜こうとしました。彼は絶望的にも見える状況の内部に、生存の道筋を見いだそうとしたのです。このことは亡命期の彼の生きざまにも色濃く表われていますが、何よりも彼の抵抗としての思考の姿にはっきりと示されています。ベンヤミンの思考は、絶えず歴史と対峙しながら、そのなかに息を通わせる余地を切り開こうとしたのです。そのことは具体的には、けっして何かの道具として使われることのないかたちで言葉を、芸術を、そして歴史を生きる道筋を探るところに表われていると考えられます。本書では、このような思考の足跡を、アーレントがベンヤミン論を含む人物論集の表題として語った「闇の時代」の生涯のなかに浮き彫りにすることを試みました。「闇を歩く批評」という副題には、そのことも込められています。

さて、このようにして闇を歩いた思考の足跡を辿るとは、いくつもの点でベンヤミンの時代よりも深まった現代の闇を内側から照らし、ますます息苦しい社会を生き抜くための問いを立てる手がかりを、彼が残した言葉のなかに探ることであるはずです。それは、ベンヤミンの批評の書を読むことにほかなりません。本書は、そのための入り口として書かれています。彼の著述の引用を交えた叙述と、巻末に付した読書案内を兼ねた参考文献一覧を手がかりに、ベンヤミンの著作や書簡に触れていただけるとするなら、著者にとってこれ以上の幸いはありません。以下に本書の目次を掲げますので、参考にしていただけたらありがたいです。「インテルメッツォ」としてアーレント、それからパウル・クレーの絵画芸術とベンヤミンの関係に触れたコラムも設けました。写真もできるだけ多く収録しました。

本書は、2014年に上梓した『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』(平凡社)に込められた研究、2018年7月に刊行された『思想』誌(岩波書店)のベンヤミン特集に寄稿した論文に至る、歴史哲学についての研究、さらには並行して続けてきた美学についての研究と各地での調査を基に、今問いを喚起しうるベンヤミン像を描き出そうと試みるものです。ベンヤミンを主題とした新書としては、1991年に刊行された高橋順一さんの『ヴァルター・ベンヤミン──近代の星座』(講談社現代新書)以来の一冊となります。これとは異なったアプローチでベンヤミンの思考の内実に迫ろうとする小著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』を、お手に取っていただけたら嬉しいです。本書は、ベンヤミンの79回目の命日の一週間ほど前に当たる2019年9月20日に発売されます。

■『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』目次

プロローグ──批評とその分身

  • 第一節 せむしの小人とともに
  • 第二節 批評の書を生きる
  • 第三節 天使という分身

第一章 青春の形而上学──ベルリンの幼年時代と青年運動期の思想形成

  • 第一節 世紀転換期のベルリンでの幼年時代
  • 第二節 独自の思想の胎動
  • 第三節 「青春の形而上学」が開く思考の原風景
  • 第四節 友人の死を心に刻んで

インテルメッツォⅠ クレーとベンヤミン

第二章 翻訳としての言語──ベンヤミンの言語哲学

  • 第一節 言語は手段ではない
  • 第二節 言語とは名である──「言語一般および人間の言語について」
  • 第三節 翻訳としての言語
  • 第四節 方法としての翻訳──「翻訳者の課題」

第三章 批評の理論とその展開──ロマン主義論からバロック悲劇論へ

  • 第一節 芸術批評の理念へ──『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』
  • 第二節 神話的暴力の批判──「暴力批判論」
  • 第三節 文芸批評の原像──「ゲーテの『親和力』」
  • 第四節 バロック悲劇という根源──『ドイツ悲劇の根源』

第四章 芸術の転換──ベンヤミンの美学

  • 第一節 人間の解体と人類の生成──『一方通行』と「シュルレアリスム」
  • 第二節 アレゴリーの美学──バロック悲劇からボードレールへ
  • 第三節 知覚の変化と芸術の転換──「技術的複製可能性の時代の芸術作品」
  • 第四節 中断の美学──ブレヒトとの交友

インテルメッツォⅡ アーレントとベンヤミン

第五章 歴史の反転──ベンヤミンの歴史哲学

  • 第一節 近代の根源へ──『パサージュ論』の構想
  • 第二節 経験の破産から──「フランツ・カフカ」と「物語作家」
  • 第三節 想起と覚醒──『パサージュ論』の方法
  • 第四節 破壊と救出──「歴史の概念について」

エピローグ──瓦礫を縫う道へ

  • 第一節 ベンヤミンの死
  • 第二節 瓦礫を縫う道を切り開く批評
  • 第三節 哲学としての批評

ヴァルター・ベンヤミン略年譜

主要参考文献一覧

あとがき

※本書はお近くの書店のほか、Amamzon.co.jp楽天ブックスhonto紀伊國屋BookwebHMV&BOOKSセブンネットショッピングe-honなどでご購入いただけます。

シンポジウム「『戦争/暴力』と人間──美術と音楽が伝えるもの」第2回「総力戦体制下の芸術」のお知らせ

51666037_1275443149272437_7188597255643856896_o来たる4月14日(日)の午後、京都の本願寺に併設されている聞法会館にて、「『戦争/暴力』と人間──美術と音楽が伝えるもの」をテーマとするシンポジウムのシリーズの第2回が開催されます。このシリーズは、「ヒロシマと音楽」委員会の委員長で、音筆舎も主宰されている能登原由美さんのコーディネイトによるものです。すでに第1回のシンポジウムが、昨年の9月1日に原爆の図丸木美術館で行なわれています。第2回は「総力戦体制下の芸術」を問うシンポジウムとして、日本音楽学会西日本支部の特別例会としても開催されます。第1回に続いて、司会とコメンテイターの役を務めることになっています。

第1回のシンポジウムでは、戦争とその記憶を美術と音楽がどのように表現しえたか、あるいはしえなかったか、また社会に構造化されたものを含めた暴力の問題に芸術がどのように迫ってきたか、といった問いに、時代的にも広い視野の下で取り組みました。今回は、とくに日本の「総力戦体制」下の美術と音楽に焦点を絞り、1931年の満州事変から15年にわたった日本の戦争に芸術が、そして芸術家がどのように関わったかを、戦後とのつながりも視野に入れながら問うことになります。そのためにまずは、1930年代から40年代にかけての日本の美術と音楽の動向を捉える必要があるはずです。今回のシンポジウムには、これについて重要な歴史的研究を重ねてこられた方々を、パネリストにお迎えすることになっています。

52141248_1275443282605757_7223594556137144320_o美術史家の平瀬礼太さんは、『彫刻と戦争の近代』(吉川弘文館)をはじめとする著書が示すように、日本の戦争の時代に彫刻と絵画の双方が、戦時体制に巻き込まれながらどのように展開してきたかを抉り出してこられました。また、音楽史家の戸ノ下達也さんは、『音楽を動員せよ──統制と娯楽の十五年戦争』(青弓社)などの著書が示すように、戦時下に音楽界が批評家をも巻き込みつつどのように組織化されていったか、それをつうじて音楽がどのように運動として展開したかを掘り起こす研究を繰り広げてこられました。お二人のご発表からは、1930年代からの総力戦体制の形成と浸透に、美術と音楽がどのように関わったか、そしてそこにどのような思考が作用していたのかを掘り下げる視点が示されることでしょう。

最近『亡命者たちの上海楽壇──租界の音楽とバレエ』(音楽之友社)を出された井口淳子さんは、長年民族音楽を含めた近代アジアの音楽を研究されていますが、この著書が示すように、最近は20世紀前半の上海やハルビンにおける音楽文化を発掘する研究に力を入れておられます。井口さんの発表からは、これら「外地」で、戦時下に亡命者らとの交流のなかから展開した芸術が、日本の戦後における芸術の展開にどのように結びついたかを見通す視点が提示されることでしょう。その視点と、「内地」における芸術の戦争との関わりをめぐる戦後も清算されていない問題を摘出する視点とを照らし合わせることによって初めて、「総力戦体制下の芸術」の姿を重層的に、かつ両義性を孕んだものとして捉えることができるはずです。

このように今回1930年代から40年代にかけての「総力戦体制下の芸術」を問うのは、とりもなおさず、新たな総力戦体制が作られつつあるとも見える現在を、歴史的な現在として可能なかぎり鮮明に照らし出すためです。今どこに生きているのか、その地点はどのような歴史の延長線上にあるのか、そこで何が身に起きようとしているのか、そしてその際に芸術ないし美的なものは、どのような役割を果たすのか、といった問いに向き合う契機を、登壇者を含めた参加者それぞれが、議論のなかから取り出すことができるならば、シンポジウムは有意義であったことになるでしょう。入場は無料で、どなたでもご参加いただけるとのことです。テーマにご関心のある方は、ぜひ奮ってご参加ください。心よりお待ち申し上げております。

公開シンポジウム「戦争/暴力」と人間 ──美術と音楽が伝えるもの
第2回「総力戦体制下の芸術」(日本音楽学会西日本支部特別例会)
日時:2019年4月14日(日)13:30~17:00
会場:本願寺聞法会館研修室1
(JR京都駅より徒歩18分、市バス9、28、75番で西本願寺前下車)
パネリスト/発表テーマ:
1. 平瀬礼太(愛知県美術館)「戦時体制と絵画・彫刻 1930~40年代」
2. 戸ノ下達也(洋楽文化史研究会)「1930〜40年代・音楽文化の諸相」
3. 井口淳子(大阪音楽大学)「外地、ハルビン、上海から戦後日本の楽壇とバレエ界への連続性」
司会/コメンテーター:柿木伸之(広島市立大学)
コーディネーター:能登原由美(大阪音楽大学)
*入場無料、非会員歓迎
お問い合わせ:onpitsusya@yahoo.co.jp
シンポジウム・ウェブサイト:https://onpitsusya.jimdofree.com/

Chronicle 2018

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秋の夕暮れ時の大田川放水路

師走を迎えても冬とは思えない生暖かい日が続いていましたが、年の瀬に来て急に冷え込んできました。ここ二、三日広島でも雪がちらついています。お変わりなくお過ごしでしょうか。突然の雪の影響を受けた方もおられることでしょう。お見舞い申し上げます。それにしても、今年の気候、とくに夏の気候は異常でした。そのなかで、200人を超える犠牲者を出した7月の西日本の豪雨災害が起きたわけですが、それは広島の人々の生活にも大きな爪痕を残すことになりました。ここへ来てようやく交通網のほとんどが復旧したとはいえ、多くの被災者が今も生活再建がままならない状況に置かれていますし、何よりも未だに行方の分からない人々がいることが痛ましく思われます。先日被害の大きかった東広島市の黒瀬町から熊野町に至る地域に通りがかりましたが、巨大な土砂崩れの跡を前に愕然としました。

このように、毎年のように起こる大きな災害に曝されて生きるこの列島の人々に対する政権担当者の眼差しは、冷ややかなものと言わざるをえません。ヴォランティアの活躍は目覚ましかったとはいえ、災害の初動的な対応をここまで自発的な協力に頼らざるをえない状況や、最低限のプライヴァシーも守られないような避難所の生活環境などを見るにつけ、憲法に定められているような生活を、いかなる状況においても守ることに対する責任感が、普段の税金の使い方として表われていないと感じます。それどころか、つねに地震や火山の爆発、そして台風などによる豪雨の危険のなかで生きていかざるをえない列島の人々の一人ひとりの命を、とくに政権の中枢にいる人々は尊重していないのではないでしょうか。そのことは、停止していた原子力発電所の再稼働を次々と進める動きに、端的に表われていると思われます。

それどころか、現在の政権担当者は、そもそも人の命を軽んじているとしか思えません。そのことは、12月27日になって、駆け込みのように2名の確定死刑囚に対する死刑を執行したことに、凝縮されたかたちで表われているのではないでしょうか。このやり方は、すべてをなし崩しにして前例を作ろうとする現政権の遣り口の延長線上にあります。この日国家に殺された一人は、再審請求中だったとのことです。そして、今年一年のあいだに死刑になった人々は、15名に及びます。このことは、日本における生゠政治──それは「活躍」させるという意味で生かすことでしょう──が、マイノリティに対する幾重もの差別を孕みながら、死なせる政治と一体になっていることを象徴しています。現在の社会の息苦しさは、すぐに死なせるか、緩慢に死なせるかという二者択一の下にある収容所のそれに重なりつつあります。

こうした問題すべてが、例えば今年その組織の幹部が死刑執行の対象になったオウム真理教の問題のような、比較的近い過去の問題を含め、過去の出来事が今に問いかけるものを受け止めてこなかったことに起因しているように思われてなりません。今や、人を死ぬまで使い尽くそうとする暴力を、それにじかに曝されている者自身が内面化し、それを他者に振り向けている姿すら、しばしば目にします。このような社会に、どのように息を通わせる回路を探りうるのでしょうか。この問いに取り組むためには、まずはほとんど絶望的な状況に目を凝らすほかありません。そのことは、死者のことを忘れないことと表裏一体であると思われます。今夏、こうした問題意識の一端を、8月11日付の中國新聞の「今を読む」欄で、「記憶に刻む『7月26日』」と題してお伝えする機会に恵まれたのは、大変ありがたいことでした。

371906このほか今年は初夏に、岩波書店の雑誌『思想』2018年7月号に、「抑圧された者たちの伝統とは何か──ベンヤミンの歴史哲学における歴史の構成と伝統」と題する論文を発表する機会にも恵まれました。このヴァルター・ベンヤミン特集号には、企画段階から関わっておりましたが、これを世に送ることができたのは、今年最も手応えを感じた仕事でした。これも、力のこもった論文や翻訳を寄稿してくれた研究者の方々と『思想』編集部、そして読者の方々のおかげです。あらためて感謝申し上げます。この7月号は、思想誌としては異例の売れ行きを示したとのことです。ここに示されるベンヤミンの思想に対する関心に、少しでもお応えする仕事を、来たる年も続けたいと考えております。今年は、他に三種類の共著書や雑誌に、哲学と美学にまたがる研究の成果を示す論文を発表させていただきました。

スキャン今年は、1月末の広島でのオペラ《班女》の公演から、細川俊夫さんの芸術に関わって仕事をさせていただく機会が数多くありました。それをつうじて多くを学び、考えることができました。刺激に満ちた機会をいただいたことを心より感謝しております。とくに2月に行なわれた新国立劇場での《松風》の日本初演を、ささやかながらお手伝いさせていただいたことは、とても重要な機会となりました。細川さんは、今年度の国際交流基金賞を、作家で詩人の多和田葉子さんとともに受賞されましたが、これを記念する催しでの対談のモデレーターを務めたことも心に残ります。その時が初めてだったというお二人のコラボレーションが、新たな作品のかたちで、近い将来に実現することを願ってやみません。

omote_osaka27月1日にシュトゥットガルトで、細川さんのオペラ《地震・夢》の世界初演を観たことは、貴重な経験となりました。これやハンブルクでのペーター・ルジツカのオペラ《ベンヤミン》の公演など、今年いくつもの印象深い舞台や演奏会に接することができたのは幸いでした。なかでも、4月15日に大阪で聴いたマリア・ジョアン・ピレシュの公開の場では最後のリサイタルは、忘れがたいものになりました。後半で演奏されたベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタの第2楽章で、透徹した歌が変奏を重ねながら連綿と紡がれる様子は、彼女の芸術の到達点を示すものだったと思われます。先に触れた《班女》の公演をはじめ、私も委員を務めるひろしまオペラ・音楽推進委員会が主催するオペラの公演や演奏会は、いっそう密度の濃いものになりつつあります。来年もお誘い合わせのうえお運びいただけたら幸いです。

maruki_flyer_jp-1-283x400今年は、広島市現代美術館で開催された「交わるいと──『あいだ』をひらく術として」や、「丸木位里・俊──《原爆の図》をよむ」といった、とくに20世紀以後の日本の美術に関する印象深い展覧会を観ることができたのは幸いでした。これと関連して、つい最近福岡アジア美術館で観た「闇に刻む光──アジアの木版画運動1930s–2010s」は、とくに刺激的でした。1930年代に魯迅が火付け役となった木版画の運動が、中国周辺のアジア各地に、そして戦前から戦後にかけての日本にも入ってくる様子が、いくつもの媒体を横断するかたちで描き出されたこの展覧会からは、ベンヤミンの美学と、魯迅の文芸を貫く思想とを、木版画運動を視野に収めたかたちで、媒体の発見ないし創造という観点から照らし合わせるという課題も得られた気がします。来たる年も、今年以上に精進を重ねて、力の及ぶ限りよい仕事をお届けしたいと考えております。変わらぬご指導のほどよろしくお願いいたします。

■Chronicle 2018

  • 1月10日:新国立劇場での細川俊夫《松風》日本初演のプレ・イヴェントとして国立能楽堂で開催された「能とオペラ──『松風』をめぐって」と題する座談会に参加しました。
  • 1月10日:原爆の図丸木美術館の『原爆の図丸木美術館ニュース』に、川口隆行編著『〈原爆〉を読む文化事典』(青弓社、2017年)の書評「〈原爆〉を読み継ぐことへの誘い──川口隆行編著『〈原爆〉を読む文化事典』書評」が掲載されました。
  • 1月13日:カフェ・テアトロ・アビエルトで開催された佐藤満夫、山岡強一監督の映画『山谷 やられたらやりかえせ』と佐藤零郎監督の映画『月夜釜合戦』の上映会における座談会に参加しました。
  • 1月16日:広島市現代美術館で開催された小森はるか+瀬尾夏美「波のした、土のうえ」巡回展のスピンオフ企画として、Social Book Caféハチドリ舎で開催されたトーク・セッション、ナイトトーク「仙台から/広島から」の進行役を務めました。
  • 1月25日:形象論研究会の雑誌『形象』第3号に、「形象の裂傷──ショアーの表象をめぐるフランスの議論が問いかけるもの」と題する論文が掲載されました。クロード・ランズマンの映画『ショアー』とともに提起されたショアー(ホロコースト)の「表象不可能性」の問題に触れたフランスの哲学者、ジャック・ランシエール、ジョルジュ・ディディ゠ユベルマン、ジャン゠リュック・ナンシーの議論を辿り、それがイメージそのものにどのような問いを投げかけているかを検討する内容です。
  • 1月27/28日:Hiroshima Happy New Ear Opera IIIとしてJMSアステールプラザの中ホールの能舞台を用いて行なわれた細川俊夫《班女》の公演のプログラムに、「夢と現、狂気と正気のあわいで──能からのオペラへの転換点としての細川俊夫の《班女》」と題するプログラム・ノートが掲載されました。両日の終演後のトーク・セッションの進行役も務めました。
  • 2月15/16/17日:新国立劇場で開催された細川俊夫《松風》の日本初演のプログラムに「岸辺からの〈うた〉──『松風』への、そして『松風』からの細川俊夫の音楽の歩み」と題するエッセイが掲載されました。中日の公演の終演後に行なわれた、細川さんと、振付師で今回の上演を演出したサシャ・ヴァルツさんを迎えてのトーク・セッションの進行役も務めました。
  • 2月23日:京都工芸繊維大学工繊会館で開催された形象論研究会の特別研究会「イメージの人間学/人類学」において森田團さんの発表「心的装置と幻覚──フロイトにおけるイメージの起源」に対するコメンテイターを務めました。
  • 3月16日:大阪大学美学研究室の雑誌『a+a美学研究』第12号の「シアトロクラシー」特集に「音楽゠劇(ムジーク゠テアーター)の批判的構成のために──ベンヤミンとアドルノの美学を手がかりに」と題する論文が掲載されました。アドルノの『ヴァーグナー試論』の議論を、現在のオペラの文化的現象に当てはまるものとして捉えつつ、そこに含まれる観客支配制の問題にも論及したうえで、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》と細川俊夫の《リアの物語》を、従来のオペラが表象してきた「人間」の像からはみ出す人間の深淵にある力を響かせるオペラとして論じました。
  • 4月〜7月:広島市立大学国際学部の専門科目として、共生の哲学I、社会文化思想史II、専門演習I、卒論演習I、そして多文化共生入門と国際研究入門の一部を担当しました。国際研究入門ではコーディネーターも務めました。全学共通系科目の平和と人権Aの1コマも担当しました。大学院では、全研究科共通科目の人間論A、国際学研究科の現代思想Iを担当しました。広島大学の教養科目である戦争と平和に関する学際的考察でも、2コマの講義を担当しました。
  • 5月18日:JMSアステールプラザのオーケストラ等練習場で開催されたHiroshima Happy New Ear XXV「魔術としての音楽」の終演後のトークの進行役を務めました。
    5月19日:廿日市市文化ホールさくらぴあ小ホールで開催された第17回「五月の風」室内楽合同発表会でモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番変ロ長調「狩」を演奏(ヴィオラ)しました。
  • 7月5日:岩波書店の雑誌『思想』2018年7月号の「ヴァルター・ベンヤミン」特集に、「抑圧された者たちの伝統とは何か──ベンヤミンの歴史哲学における歴史の構成と伝統」と題する論文が掲載されました。ベンヤミンが「歴史の概念について」のなかで提起している「抑圧された者たちの伝統」の概念が、経験の崩壊と、それによる旧来の伝統の破産を踏まえたところから論じられていることを浮き彫りにしたうえで、この来たるべき伝統に対する彼の問題意識とともに、それがどのような歴史の姿を示唆しているかを、歴史叙述における非連続性の意義に触れるかたちで論じる内容です。
  • 8月11日:中國新聞朝刊の「今を読む」というオピニオン欄(6面)に「記憶に刻む『7月26日』」と題する論考が掲載されました2016年7月26日に虐殺された、そして今もその名を知ることができない19名の死者を思うところから、今年の7月26日に重なって起きたオウム真理教の元幹部に対する死刑執行をはじめとする出来事について考えたことを記しました。
  • 9月1日:原爆の図丸木美術館で開催された音筆舎と同美術館の共催によるシンポジウム「『戦争/暴力』と人間──美術と音楽が伝えるもの」の司会とコメンテイターを務めました。
  • 9月14日:第29回武生国際音楽祭の国際作曲ワークショップにて、「〈こだま〉の変容──〈こだま〉としての〈うた〉へ」というテーマのレクチャーを行ないました。「かたる」ことと「うたう」ことのつながりを踏まえつつ、「こだま」の概念を手がかりに、現代において「うたう」余地を探る視点を提示しました。
  • 9月22/23日:JMSアステールプラザ大ホールで開催されたひろしまオペラルネッサンスのモーツァルト《イドメネオ》の公演プログラムに、「戦いの後に生きる人間のオペラの創造──モーツァルトの《イドメネオ》によせて」と題するプログラム・ノートが掲載されました。
  • 9月29日:兵庫県私学会館で開催された神戸・ユダヤ文化研究会の2018年度第2回文化講座で、「天使の変貌──ベンヤミンにおける言語と歴史をめぐる思考の像」と題する講演を行ないました。
  • 10月〜2019年2月:広島市立大学国際学部の専門科目として、共生の哲学II、社会文化思想史I、専門演習II、卒論演習IIを担当しています。全学共通系科目として、哲学Bも担当しています。大学院国際学研究科では、現代思想IIを担当しています。これに加え、広島大学の教養科目哲学Aを担当しました。
  • 10月3日: 東琢磨、仙波希望、川本隆史(編)『忘却の記憶 広島』(月曜社)に、「記憶する言葉へ──忘却と暴力の歴史に抗して」と題する論文が掲載されました。聞く耳を持たないかたちで「ヒロシマ」を「発信」し、「平和」を訴える身ぶりのうちにある権力への同一化を問題にしたうえで、それを内側から乗り越える可能性を、「歴史」による忘却に被われた場所から記憶を細やかに掘り起こす詩的言語のうちに探るものです。
  • 10月16日:ホテルオークラ東京で開催された2018年度国際交流基金賞授賞式にて、受賞者の細川俊夫の音楽と作曲活動を紹介するスピーチをさせていただきました。
  • 10月18日:JTアートホールアフィニスで開催された、2018年度の国際交流基金賞を多和田葉子さんと細川俊夫さんが受賞されたのを記念しての催し「越境する魂の邂逅」の前半で、お二人の公開の場では初めての対談のモデレーターを務めました。
  • 11月3日:フタバ図書MEGA祇園中筋店で開催された『忘却の記憶 広島』の編者東琢磨さんと仙波希望さんを迎えてのトーク・イヴェントの聞き手役を務めました。
  • 12月1日:2016年4月から2018年3月までの二年間の広島における/をめぐる美術の動きがまとめられた『美術ひろしま30』に、昨年春に広島市現代美術館で開催された「殿敷侃:逆流の生まれるところ」の展覧会評が掲載されました。
  • 12月14日:JMSアステールプラザのオーケストラ等練習場で開催されたHiroshima Happy New Ear XXVIの終演後のトークの進行役を務めました。
  • 12月26日:国際交流基金のウェブ・マガジン『をちこち』に、「魂の息吹が交響する場を開く作品の予感 ──2018年度国際交流基金賞受賞記念イベント「越境する魂の邂逅」における文学と音楽の共鳴に接して」と題するエッセイが掲載されました。2018年10月18日にJTアートホールアフィニスで開催された2018年度の国際交流基金賞の受賞記念イヴェント「越境する魂の邂逅」を報告するものです。この催しに先立つ授賞式における今年度の受賞者、作曲家の細川俊夫さんと作家の多和田葉子さんのスピーチに触れながら、それぞれの近作を紹介したうえで、進行役を務めた前半の対談の内容と、後半の音楽と朗読の共鳴の様子を紹介しました。

岩波書店『思想』ヴァルター・ベンヤミン特集号刊行のお知らせ

371906岩波書店の雑誌『思想』2018年7月号は、20世紀前半に文筆家として活躍しながら独特の批評的思考を繰り広げたヴァルター・ベンヤミンの特集号です。本号は、6月28日より各書店の店頭に並びます。また、29日からはhontoAmazonなどのインターネット上の書店でも発売になるとのことです。ちなみに月刊誌でのベンヤミン特集は、久しぶりのことになります。1992年のベンヤミン生誕百年の年には、青土社の『現代思想』で、それから二年後には『思想』誌でベンヤミン特集が組まれています。その後、2002年12月には青土社の『ユリイカ』で、ベンヤミンが特集されていますが、今回の『思想』でのベンヤミン特集は、それ以来およそ16年ぶりの月刊誌での特集ということになるはずです。

その間ベンヤミンを読む環境は、その著作を日本語で読むことに限って見ても、大きく変わりました。まず、ちくま学芸文庫の『ベンヤミン・コレクション』(全7巻)などの刊行によって、ベンヤミンの著作の大半が、読みやすい日本語で読めるようになっています。また、現在ズーアカンプ社より手稿の調査にもとづく編集と刊行が進みつつある、著作と遺稿の批判版全集(Werke und Nachlass: Kritische Gesamtausgabe)のテクストにもとづく日本語訳も、少しずつながら現われ始めています。テーオドア・W・アドルノ、その妻グレーテル(・カルプルス)、そして生涯の友人ゲルショム・ショーレムとの往復書簡の日本語訳が揃っていることも忘れられてはなりません。

ベンヤミンの仕事の領域横断的な広がりに見通しを与えた一方で、議論の関心が当時翻訳が刊行された『パサージュ論』(現在は岩波現代文庫)とその周辺に集中する傾向のあった1990年代前半のベンヤミン研究の興隆からおよそ四半世紀を経て、ベンヤミンの著述活動を最初期から跡づけ、彼の思考を貫く軸を浮き彫りにする研究や、アドルノをはじめ同時代の思想家との関係を生産的に吟味し直す研究などが陸続と現われています。このようなベンヤミンをめぐる日本の状況と、海外の研究動向の双方を見据えながら、彼の著作を今読み直す可能性へ向けて、今回の『思想』誌のベンヤミン特集は構想されています。言語、歴史、これらの宗教的背景、芸術と身体を含むその新たなメディアなどをめぐるベンヤミンの思考を検討する議論の布置が、新たなベンヤミン像を浮かび上がらせる特集になっていれば幸いです。

今回の特集には、ベンヤミンのテクストへの新たなアプローチを提示する試みとして、彼の「技術的複製可能性の時代における芸術作品」の第一稿の翻訳が、これを初めて印刷した批判版全集第16巻と同様、原文に残された抹消や挿入なども再現するかたちで、しかも『思想』誌初の横組みで収録されています。竹峰義和さんの労作は、ベンヤミンのテクストの生成過程からその思考の展開を吟味し、これまで読まれてきた芸術作品論のテクストには最終的に取り入れられなかったものを含め、そのモティーフを生産的にすくい取る道を開くものと言えるでしょう。「ダダイズムは、……芸術作品の文書化を促進する」という言葉をはじめとするダダへの立ち入った論評が見られるあたり、個人的に興味を惹かれます。この「第一稿」の訳出が、他の批判版のテクストが検討される契機になることを願っております。

これ以外の翻訳として、今回の特集には、マイケル・ジェニングスの論文「終末論に向けて」とアーヴィング・ウォールファースの論文「救出 対 弁明」の翻訳も収録されています。両者ともベンヤミン研究を牽引してきた代表的な研究者ですが、その仕事はこれまであまり日本では紹介されてきませんでした。山口裕之さんが訳したジェニングスの論文は、ベンヤミンの歴史哲学と神学の結びつきが、どのような思想的な布置から生じたのかを明らかにするきわめて重要なものです。田邊恵子さんの翻訳によるウォールファースの論文は、「夢のキッチュ」という短いテクストの解釈を足がかりに、近代という「時代=時代の夢」の世界の批判をつうじて、そのなかに打ち捨てられた「歴史の屑」を救い出すというベンヤミンの思考を、多層化して救出するもので、これも際立ったかたちでベンヤミンを読む可能性を示しています。

このほかに今回の特集には、ベンヤミンのユダヤ的なものとの対決を、ショーレムとの対照において検討した論文や、第一次世界大戦下のヘルダーリン受容を軸に、「ドイツ」をめぐるベンヤミンの思考の位置を浮き彫りにした論文、彼の言語論を新たな視角から検討した論文、ベルトルト・ブレヒトの叙事演劇から着想を得た「身ぶり」や「中断」のベンヤミンの思考における意義を掘り下げた論文、さらにはベンヤミンが着目した技術と自然のインタープレイのメディアとして、機械と身体の相互浸透を形象化する可能性を検討した論文が収録されています。これらは翻訳論文と併せて、ベンヤミンの思考の歴史的な文脈を捉え直したところから、その可能性を検討する道を切り開くものと言えるでしょう。

今回の特集では、ベンヤミンを論じた二つの重要な著書として、『ベンヤミン解読』(白水社)と『堕ちゆく者たちの反転』(岩波書店)がある道籏泰三さんに、「思想の言葉」と「名著再考」をご執筆いただいています。前者では、石川淳の短篇「焼跡のイエス」を手がかりに、救いのなさを凝視するベンヤミンの思考の基本的なモティーフが、見事に浮き彫りにされています。後者では、とくに『ドイツ悲劇の根源』を取り上げていただきました。このバロック悲劇論の文脈と構成、そこに含まれる基本的なモティーフとその発展が、簡潔ななかに鮮明に描き出されたこの「名著再考」は、悲劇論のみならず、他のベンヤミンの著作を読み直すうえでも踏まえるべき軸を示すものでしょう。

私も今回の特集に、ベンヤミンが「歴史の概念について」のなかで提起している「抑圧された者たちの伝統」の概念に取り組んだ論考を寄稿させていただきました。この「伝統」が、経験の崩壊と、それによる旧来の伝統の破産を踏まえたところから語られていることを浮き彫りにしたうえで、この来たるべき伝統に対する彼の問題意識とともに、それがどのような歴史の姿を示唆しているかを、歴史叙述における非連続性の意義に触れるかたちで論じたものです。批判版全集の『歴史の概念について』の巻に収録されているハンナ・アーレント手稿とともに、年代記の概念をめぐるベンヤミンとアーレントの関係にも少し触れました。

さて、今回のベンヤミン特集には、企画段階から関わってきましたので、特別な思い入れがあります。『思想』の吉川哲士編集長からこの特集のお話をいただいたのが昨春のこと。その後吉川さんとの打ち合わせを経て、執筆者の調整と打診を進め、昨秋には『思想』編集部のご尽力により、京都で執筆者の会議も持つことができました。そこで各執筆者が論文の構想を交換し、収録する翻訳テクストを選定したうえで、論文執筆と翻訳を進めていきました。その結果として、今ベンヤミンを読み直す可能性を、密度の濃い議論によって提示するものに仕上がったかと思います。それは何よりも、吉川編集長をはじめ『思想』編集部の周到な準備のおかげです。心から感謝申し上げます。そして、いずれも力作を寄せてくださった執筆者と翻訳者のみなさまにも、衷心より感謝申し上げます。『思想』の新たなベンヤミン特集が広く読まれ、多くの人にベンヤミンの著作を読んでその思考に取り組むきっかけを与えることを願ってやみません。

■『思想』特集ヴァルター・ベンヤミン(2018年7月号)目次

  • 思想の言葉(道籏泰三)
  • 抑圧された者たちの伝統とは何か──ベンヤミンの歴史哲学における歴史の構成と伝統(柿木伸之)
  • ショーレムとベンヤミン──「修復」のシオニズム,「忘却」への「注意深さ」(小林哲也)
  • ベンヤミンと「秘められたドイツ」をめぐって──『死のミメーシス』補遺(平野嘉彦)
  • 終末論に向けて──1920年代初頭におけるヴァルター・ベンヤミンの神学的政治の展開(マイケル・ジェニングス)
  • 名前、この名づけえぬもの──ベンヤミンの初期言語論(藤井俊之)
  • 非゠伝達可能性の象徴としての言語──ベンヤミンの言語哲学における記号への問い(森田團)
  • 〈名著再考〉ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』を読む(道籏泰三)
  • サンチョ・パンサの歩き方──ベンヤミンの叙事演劇論における自己反省的モティーフ(竹峰義和)
  • 救出 対 弁明──ベンヤミン「夢のキッチュ」について(アーヴィング・ウォールファース)
  • 機械の身体というユートピア──技術メディアとしての映画とアヴァンギャルドの思考(山口裕之)
  • 技術的複製可能性の時代における芸術作品──第一稿(ヴァルター・ベンヤミン)

広島での細川俊夫のオペラ《班女》公演のお知らせなど

59ed522f77a14早いもので、年が明けてからすでに20日が過ぎました。ここ数日は穏やかな気候が続きましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。広島では、Hiroshima Happy New Ear Opera IIIとして開催される細川俊夫さんのオペラ《班女》の公演が一週間後に迫りました。この公演の主催組織であるひろしまオペラ・音楽推進委員会の委員の一人として、まずはこの公演をご案内申し上げます。《班女》の公演は、1月27日(土)と28日(日)の二日にわたり、キャストを替えて開催されます。会場は広島市中区のJMSアステールプラザの中ホールで、そこに備え付けられている能舞台を用いて上演が行なわれます。開演は、両日とも14時からで、およそ90分の上演(休憩はありません)の後にはトークも行なわれます。

広島で細川さんの《班女》が上演されるのは二度目です。2012年に行なわれたHiroshima Happy New Ear Opera Iの公演で取り上げられたのがこの作品で、その際には、先日パリで初演された細川さんの室内オペラ《二人静》の原作と演出を手がけた平田オリザさんによる演出でした。今回の公演で演出を受け持つのは、全国各地で一人ひとりの登場人物を音楽とともに力強く生かすオペラの舞台を作り上げている岩田達宗さんです。昨年のひろしまオペラルネッサンスの公演でもモーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》の素晴らしい舞台を届けてくれた岩田さんが、能に特有の身体性と原作の「近代能」としての特性を生かしながら、どのような現代人のドラマを提示するか、大いに期待されます。

59ed522fc9530指揮を受け持つのは、2012年の《班女》以来、オペラをはじめ細川さんの作品の数々を手がけてきた川瀬賢太郎さん。いっそう深まった解釈によって、夢想と現実が交錯するこのオペラの音楽の美質を研ぎ澄まして届けてくれるにちがいありません。歌手には、前回のプロダクションでも素晴らしい歌を聴かせてくれた半田美和子さんと藤井美雪さんに、2015年の《リアの物語》の公演で活躍した柳清美さん、折河宏治さん、山岸玲音さん、それに2014年のひろしまオペラルネッサンスの公演で素晴らしいカルメンを聴かせてくれた福原寿美枝さんが加わります。キャストの異なる二公演を比べるのも一興でしょう。最近進境著しい広島交響楽団のメンバーによるアンサンブルが加わるのも魅力的です。

三島由紀夫が世阿弥の「班女」を翻案して『近代能楽集』に収めた能を原作とし、ドナルド・キーンによるその英訳をリブレットに用いた細川さんのオペラ《班女》の音楽は、夢想と現実を往還しながら、人が「狂気」と呼ぶ心境のうちにある深い憧れと鋭い洞察を、書の線を描く歌によって響かせるとともに、夢想と現実の相克を抉り出します。2018年の広島での公演では、その現代のオペラとしての新たな魅力が能舞台の上に照らし出されるに違いありません。この能舞台を使っての稽古も重ねられて、準備にもいっそう熱が入っています。お見逃しのないよう、お誘い合わせのうえお越しください。広島県内はもとより、九州、そして関西や関東からも日帰りで、あるいは旬の広島の牡蠣を楽しむことを込みにした小旅行を兼ねてお越しいただけることでしょう。みなさまのお越しを心よりお待ち申し上げております。なお、今回の《班女》の公演のプログラムにも、作品解説の小文を寄稿させていただきました。

能とオペラちらし(アトレ会員用)さて、2月の16日から18日にかけては、今度は新国立劇場で細川さんのオペラ《松風》の日本初演が行なわれるわけですが、1月10日にはそのプレ・イヴェントとして国立能楽堂で開催された座談会「能とオペラ──『松風』をめぐって」に参加しました。前半には、能の「松風」より「汐汲みの段」と「狂乱の段」が舞囃子形式で上演され、後半には、これらの場面に対応するオペラ《松風》の上演記録映像の上映と、能とオペラ双方の「松風」をめぐる座談が行なわれました。その座談の末席に加わらせていただき、多くの刺激を受けました。前半では、銕仙会主宰の観世銕之丞さんの見事な謡と舞、そして法政大学能楽研究所の宮本圭造さんの解説によって、世阿弥の「松風」において謡うことと謡われる言葉、そして身体的表現が緊密に組み合わさっていることがよく伝わってきました。

また、能の上演を見た後でオペラの《松風》の上演映像を見ることで、細川さんとサシャ・ヴァルツさんが、謡うことと舞うことの結びつきを、独自のアプローチで現代のオペラに生かしていることも、あらためて考えさせられました。座談のなかで細川さんが、歌うことにおける遠く隔たった他者、ないしは死者との交感の可能性に触れておられたことと、どのような演出にも耐える強度に貫かれた音楽を書くという、オペラにおける作曲家の使命を語っておられたことは、噛みしめておかなければと思います。それから、オペラと能の双方を現代の芸術として生かし続けるためには、一見「わからない」ものに敢えて飛び込んで、それを自分のなかで深めていけるような若い人々を育てることと、そのような人々が集う場を作ることの双方が必要であることも、座談のなかで議論されました。議論の概要とダイジェスト版の映像は、すでに新国立劇場のウェブサイトの「公演関連ニュース」にて紹介されております。

今月は、この他にも座談の場に加わる機会が二度ありました。1月13日には、カフェ・テアトロ・アビエルトで佐藤零郎監督の新作映画『月夜釜合戦』をめぐる座談に、行友太郎さん、崔真碩さん、森元斎さんとともに参加しました。この日アビエルトでは、毎年『山谷(やま)やられたらやりかえせ』の上映会が開催されています。この映画の共同監督の一人山岡強一の命日に因んで行なわれるものです。すでにこの上映会で三度『山谷』は見ていますが、見るたびに今と結びつけて新たに考えさせられるものがあります。その問題は、年を追うごとに深刻なものになってきている気もします。

0113今年の上映会では、この『山谷』に加えて『月夜釜合戦』が上映されたわけです。山谷とともに代表的な寄せ場として知られる大阪の釜ヶ崎を舞台にした「釜」をめぐる騒動を通して、そこに生きるさまざまな人々のしたたかにして愛すべき生きざまを、ジェントリフィケーションが進む以前のこの街への哀惜も込めて鋭く浮き彫りにするこの劇映画は、痛快ななかに込み上げてくるものがある作品でした。『山谷、やられたらやりかえせ』と併せて見ることで、『月夜釜合戦』が、この映画の呼びかけにドラマをもって応えているところがよく伝わってきました。手つきをはじめとする身振りへの着目は、これらの作品に通底するところでしょう。歴史の流れを食い止めるような強度を持った人間の身体の躍動を、釜ヶ崎での生活のなかに浮き彫りにするこの作品が、広島で劇場公開されるのが待ち遠しいところです。

Komori&Seo_Postcard1月16日(火)には、Social Book Cafe ハチドリ舎で、広島市現代美術館で開催中の小森はるか+瀬尾夏美「波のした、土のうえ」巡回展のスピンオフ企画のトーク・セッションに、進行役として参加しました。ナイトトーク「仙台から/広島から」と題して開催される今回のセッションには、小森さん、瀬尾さんの他、同じく現代美術館で開催されている特別展「交わるいと──『あいだ』をひらく術として」に興味深い作品を出品されている平野薫さんが座談に加わりました。ともにある場所に生きることのうちに、あるいはそのなかで着古された服に沈澱した記憶の痕跡を辿り、みずからを繰り広げるようにその記憶を解きほぐしていくような創作に取り組まれているアーティストたちの人と人の関係のなかでの活動について、とても刺激的なお話を聴くことができました。

現代美術館での「波のした、土のうえ」巡回展も非常に興味深いです。二人で陸前高田市を訪れたことをきっかけに結成された小森さんと瀬尾さんの「アート・ユニット」が、詩、絵画、ヴィデオ・アートなどいくつものメディアを駆使して、路地や浜辺などで聴き取った被災地に生きる、あるいは生きていた人々の物語を、さらにはその風景を細やかに描き取った作品や、現在進行形の記録などが展示されています。特別展「交わるいと」と併せてぜひご覧ください。ここでご紹介したような、芸術を通してこの世界に、この時代に、死者のことを忘れることなく生き延びることを、さらにはその自由を考える場で、今年もみなさまとご一緒できることを願っております。日曜から週明けにかけて、強い低気圧が日本列島を通過して天気が荒れるとも聞いております。お身体にお気をつけてお過ごしください。

初夏の音楽と美術など

[2017年6/7月]

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世羅高原の薔薇「詩人の妻」

暑中お見舞い申し上げます。うだるような暑さの日が続きますが、お元気でしょうか。広島では、夕凪がいつもにも増して蒸し暑く感じられます。今年は空梅雨の後に、局所的な豪雨が日本列島の各地を襲いましたが、ここ広島も六月の末に、三年前の土砂災害の日を思い出させるような豪雨に見舞われました。それにしても、7月5日から6日にかけての九州北部での豪雨の被害には心が痛みます。と申しますのも、以前に佐賀県の鳥栖市でラ・フォル・ジュルネ(「熱狂の日」音楽祭)が開催されていたのに通っていたとき、今回の豪雨の被害が最も大きかった福岡県朝倉市の杷木温泉を宿泊に使っていたものですから。それにこの朝倉市には、「国際子ども芸術フェスティヴァル」の伝統もありました。被災した方々の一日も早い生活再建を願ってやみません。

六月から七月にかけては、心身の調子があまり良くありませんでした。四月から、まったく新しい講義を含めた大学の仕事が本格的に始まり、二年前よりもかなり多忙だったこともありますが、そのなかで暗然とさせられることがあまりにも多かったのも確かです。昨今、大学のあり方について、大学の内外でさまざまな「改革」の必要性が言われていますが、その多くは、大学を含めた組織の次元の低い自己満足と、子どもとその親にたかる「教育産業」の新たな利権のためのものでしかないと思われてなりません。そして、そのために若い人たちと、その一人ひとりのための教育が食い物にされることは、許しがたいことです。こうした風潮すべての虚妄を見抜けるような批判的思考を培うことも、大学における教育の責務となりつつあることを痛感する昨今です。

七月の上旬には夏風邪を引いてしまったのですが、その症状が治まってきたところで、手足の末端に力が入らなくなってしまいました。一種の虚脱状態になって、何も手につかない日がしばらく続きましたが、おかげさまで今はある程度体調が回復してきました。そのようなわけでなかなか思うように仕事ができず、忸怩たる日々を送っていたわけですが、学ぶことにひたむきな学生の姿とその成長には救われます。今学期の三年生向けのゼミでは、学生の問題意識に応じるかたちで、花崎皋平の『生きる場の哲学──共感からの出発』(岩波新書)を講読しましたが、それをつうじて私も学ぶことが多かったです。その以下の一節は、今あらためて個々人の置かれている状況とともに顧みられるべきかもしれません。「無にひとしいものでありながら、自分とおなじ運命のもとに他人もまたおかれていることを、身につまされて感ずることができたら、そこに生まれる感情は『やさしさ』と名づけられるだろう。つまり、『やさしさ』とは、疎外された社会的個人のありようを、共感という方法でとらえるときに生ずる感情である」。

20170725 原サチコ グローバル人材育成講演会 - コピー

原サチコさん講演会のflyer

7月25日に、大学の「『市大から世界へ』グローバル人材育成講演会」の講師に、ハンブルク・ドイツ劇場の専属俳優として活躍されている原サチコさんをお迎えできたのは、大きな喜びでした。「ヒロシマを世界に伝えるために──ハノーファーでの『ヒロシマ・サロン』の試みから」というテーマでお話しいただきましたが、ハノーファーをはじめとするさまざまな場所でのヒロシマ・サロンを、そのきっかけとなった林壽彦さん(広島とハノーファーが姉妹都市になるきっかけを作った方です)との出会いを含めてご紹介いただいたことによって、ヒロシマがチェルノブイリなど二十世紀の世界的なカタストロフィのあいだにあることが浮き彫りになると同時に、それとの関係のなかで被爆の記憶を継承していくことの課題が照らし出されました。そして、苦難の記憶を分かち合うことにもとづく交流が、まずは相手に対する関心と尊敬にもとづいてこそ、実質的なものになることも、聴衆に伝わったと思います。何よりも、講演会をハノーファーへの留学生を含めた人々の出会いの場にできたことは嬉しかったです。

58dcddff527ebところで、六月と七月にはいくつか感銘深い演奏会に接することができました。まず、6月7日に広島市のアステールプラザのオーケストラ等練習場で行なわれたHiroshima Happy New Ear XXIII「次世代の作曲家たちV」では、川上統さんと金井勇さんが「ヒロシマ」に寄せた新作の誕生の瞬間を多くの聴衆と分かち合うことができました。川上さんの《樟木》と金井さんの《凝視》は、好対照をなしていたので、巧まずして刺激に満ちた演奏会の構成にもなったのではないでしょうか。川上さんの作品では、旋律的なモティーフが折り重なるなかで響きが徐々に熱を帯びていく過程が印象的でしたが、それは「樟木=クスノキ」の生命が、地下へ根を張り、中空に葉を茂らせていく様子とともに、それを見守る人間の魂の存在も感じさせるものでした。川上さんの作品では、歌心を感じさせる時間の連続が特徴的でしたが、金井さんの作品では逆に時を断ち切る衝撃が、ただならぬ緊張感を醸していました。そこにあるのは、時系列的のうえでは72年前に起きたことが未だ過ぎ去っていないことに触れる、いや、むしろ触れられることの衝撃なのかもしれません。この衝撃とともに始まる「凝視」と想起の時間を象徴するソリスティックなパッセージの連なりも、求心力に満ちたものだったと思います。川上さんの作品は、被爆してもなお滅びることのなかった木々の生命力を、金井さんの作品は、被爆の痕跡を目の当たりにする衝撃と、それに続く想起の時の緊張を、魂の奥底から感じさせるものと思います。そのような作品を広島に届けてくださったお二人に、あらためて感謝したいと思います。

今回のHiroshima Happy New Earで、ブーレーズの《メモリアル》の演奏と細川俊夫さんのギター協奏曲《旅IX──目覚め》の演奏に接することができたのも大きな喜びでした。ブーレーズの作品では、何と言っても森川公美さんのフルートが素晴らしかったです。音楽の展開をわがものにした読みと繊細な歌心を兼ね備えた演奏によって、魂=言葉の雅な舞いが浮かび上がっていました。亡くなったフルーティストに捧げられたこの作品の凝縮度の高さも伝わってきました。細川さんの《旅IX》における福田進一さんのギターの独奏も、作品への共感に満ちた素晴らしいものでした。自然のなかを歩む人間の魂の開花を象徴したこの作品の音楽においては、大きく螺旋状に発展していくなかで、一つひとつの音が沈黙のなかから立ち上がってくる瞬間がことに印象的でした。その出来事によって、時に空間がたわむかのようにも聞こえました。福田さんのギターと広島交響楽団のアンサンブルが緊密に呼応し合うなかで、実に豊かな響きが生まれていたのも印象的でしたが、その響きがぎらりとした、強烈な生命の輝きをも見せていたのには驚かされました。それにしても、細川さんの作品を聴いていて、川瀬賢太郎さんが指揮する広響の素晴らしさをあらためて実感しました。響きの風景と空気感が実に見事に表現されているのです。それぞれの作品の響きが独特の時間に結びついているのがひしひしと伝わる、素晴らしい解釈と演奏でした。

18301815_1885690948358355_7477246877900166576_n7月14日に広島の流川教会で行なわれた、ザ・ロイヤル・コンソートの演奏会も心に残ります。そこでは、J. S. バッハが未完のまま遺した《フーガの技法》が、寺神戸亮のバロック・ヴァイオリンと三台のヴィオラ・ダ・ガンバにより演奏されました。二曲に“BACH”の名を音列のかたちで織り込み、バッハの作曲技法の自己省察を示すこの巨大なトルソーは、楽譜に楽器編成が記されていないことから、従来管弦楽、弦楽四重奏、あるいはオルガンのような鍵盤楽器で演奏されてきましたが、今回のように当時一般に用いられていた弦楽器のミニマムな編成で演奏されると、三つないし四つの声部が複雑に絡み合うなかから、大バッハとその同時代人の息遣いが響いてくる気がします。透明でありながら、モダン楽器の四重奏などよりも呼吸を感じさせる響きがまず印象的でした。それが、歌うことと一体となった精緻な思考によってフーガやカノンが組み立てられていることを感じさせます。

また、基本主題のリズムを変えたり、その反行型を作ったりすることにもとづいて曲が構成されることが、全体の響きの色合いを変えるのが、直接的に過ぎないかたちで伝わってくるのも好ましかったです。長調の響きのなかで、ヴァイオリンが高い音域を奏でる瞬間など、柔らかな光が上から差してくるように聴こえました。他方で、細かい音型のコンチェルタントな掛け合いが聴かれる曲や、途絶した三つの主題によるフーガの力強さにも欠けていなかったと思われます。ルネサンスの声のポリフォニー音楽との連続性も感じさせるかたちで、《フーガの技法》の魅力を再発見させる素晴らしい演奏会でした。詳細な解説と各曲の作曲技法をスクリーンに投影する工夫も、聴衆の理解を助けてくれました。

細川俊夫さんの《嘆き》がマーラーの交響曲第2番「復活」とともに取り上げられた東京交響楽団のミューザ川崎での定期演奏会(7月15日)については、すでに別稿で触れましたが、それ以外に7月22日には、すみだトリフォニーホールで新日本フィルハーモニー交響楽団のサマーコンサートを聴きました。今回の演奏会のプログラムは、音楽監督の上岡敏之が、聴衆のリクエストにもとづいて選曲して指揮するという趣向でしたが、上岡は「ヴィルトゥオーゾ」という観点から、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調とベルリオーズの幻想交響曲を選んでいました。演奏と作曲双方のヴィルトゥオーゾの作品というところでしょうか。

後者に期待して出かけたのですが、上岡と新日本フィルハーモニーは、よい意味で驚きに満ちた演奏を聴かせてくれました。上岡は、「初心に還って」音楽作りをしたいという旨のことを、プログラムに収められたインタヴューで述べていましたが、「初心に還って」ベルリオーズが書いたスコアを読み直すと、これほどまで豊かな内容が引き出されるのか、という驚きが、音楽を聴く喜びと結びついた演奏だったと思います。幻想交響曲に慣習的に付け加えられていることを排して、ある意味で書かれた音だけでもしっかり響かせるなら、標題音楽的な情景、いや譫妄のなかのおどろおどろしい光景までもおのずと響くことを感得できました。

そうした方向性は、割合さらりとした序奏からも伝わってきましたが、上岡の指揮は、主部に入って音楽が熱を帯びるなかでも、見通しのよい響きを保ちながら、ベルリオーズの持っていた音色の豊かさを存分に生かしていました。全曲を通して、打楽器の音色を実に細かく使い分けていたのが印象的でした。それが音楽の進行に絶妙なアクセントを添えていました。この交響曲では個人的に、ヴァイオリンと木管楽器が一緒に旋律を奏でる響きが好きなのですが、そうした箇所の響きの美しい広がりも、歌の美しさも申し分のないものでした。第二楽章のワルツの旋律を含め、伸びやかな歌に満ちた演奏でもありました。第三楽章のコーラングレやクラリネットの独奏をはじめ、木管楽器の演奏はどれも素晴らしかったです。弦楽セクションのアンサンブルの充実は、上岡との音楽作りの成果を示して余りあります。

前半には戸田弥生の独奏でパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番が演奏されましたが、その演奏も、技巧の誇示に終わることのない音楽の有機的な発展を伝えるものであったと思います。戸田の独奏は、力が入りすぎたと見える箇所もありましたが、豊かな音で歌心を示した、好感の持てるものでした。彼女の最近の充実ぶりは、アンコールで演奏されたJ.S. バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータのサラバンドが雄弁に物語っていたように思います。アンコールと言えば、幻想交響曲の後にリストのハンガリー狂詩曲第2番が取り上げられたのですが、その演奏が圧巻でした。個人的にこの曲を積極的に聴くことはないのですが、今日ばかりは曲の面白さを、そして演奏と作曲の両面におけるリストのヴィルトゥオジティを心から楽しみました。

六月から七月にかけては、いくつか重要な美術の展覧会にも接することができました。まず、6月11日には、ギャラリー交差611でのいさじ章子さんの個展「基町の文化人──いさじ章子の小宇宙」を見ることができました。比較的大きなサイズの油絵に始まり、「ハルコ」の名で繰り広げられた街頭パフォーマンスの記録映像、そしてそれぞれが一篇の詩を感じさせる小さな絵画作品と続く展示は、実に見応えがありました。なかでも小さな絵の数々が、文字通り林立するかたちに掲げられたいさじさんの詩的な言葉と応え合っているところは、非常に感銘深かったです。言葉を読んで、あらためて絵を見ると、いさじさんが一貫して自身の生きざまを身体的な次元まで深く掘り下げ、そこにある生命の蠢きを感じ取るところから作品を創っていることが伝わってきます。最近の絵画作品では、《水のように歩く》や《佇む》といった作品が印象に残ります。ちなみに、いさじさんは、拙著『共生を哲学する──他者と共に生きるために』(ひろしま女性学研究所)の表紙に素晴らしい絵を描いてくださった方です。

また、7月5日には、峠三吉と四國五郎の交流、とくに1950年前後の「辻詩」の共同制作に光を当てた展覧会「駆けぬけた広島の青春」を、広島市の合人社ウェンディひと・まち交流プラザで見ました。四國と峠の合作による「辻詩」の現存するすべてを並べて見られたのが何と言っても印象深かったです。おそらく、この当初から儚さを運命づけられた合作は、往来に貼られる一つの行為によって、街路を辻、すなわち人と人が交差する場に変えていたにちがいありません。それとともにどのような人たちが出会っていたのかと想像しながら見入りました。控えめな画面が詩の言葉を引き立てている一枚もあれば、絵の動きに詩が吸い込まれていくかのような一枚もありました。なかでもインパクトが強かったのはやはり、日本銀行旧広島支店での四國五郎の回顧展にも出品されていた、当時の「パンパン」の姿を突きつける一枚でした。「辻詩」の1985年の原水爆禁止署名活動における復活を示す連作も、ナジム・ヒクメットの詩の受容を含め、興味深かったです。1949年の日鋼争議を描いた四國の絵と、そこで朗読された峠の詩が展示されていたのも、両者の出会いを印づけるものとして貴重だったのではないでしょうか。

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無題I(或いはピゴチャーズI)

7月22日には、東京の祖師谷のGallery Taga2にて、ボローニャとニューヨークを拠点に活動しているアーティスト吉田萠さんの個展「ジェルンディオ」を見ました。浅海の砂泥に棲む半索動物ギボシムシの生態から着想を得ながら人間の記憶、人間の自己形成ないし自己の崩壊を孕んだ変成の過程、さらにはスタニスワフ・レムとアンドレイ・タルコフスキーの「ソラリスの海」を思わせるその時空間を、多層的に、かついくつもの感覚を刺激するかたちで問う創作活動が展開されているのを、萠さんのお話を聴きながらとても興味深く見ることができました。萠さんの作品は、言葉やさまざまなイメージを書き込んだ平面にいくつもの層を重ねたり、層の一部を、それ自体ギボシムシの形を思わせるような言葉の型をくり貫いたりするなどして構成されていましたが、それをつうじて一部が消えて読めなくなっている文字は、それ自身で新たな運動を始めているかのようでもありました。そして、その動きが作品の空間を越えた世界に通じていることも示す、開かれた構成も作品から感じられました。

砂を吸っては吐いて栄養を摂取するギボシムシは、さまざまな観念やイメージを吸収しながら、あるいはそれを忘れながら生きる人間の自己形成の過程を連想させると萠さんは語っておられました。その過程で記憶の襞に、澱のように固着していくものもあることでしょう。作品のなかの石や錆を思わせる細部からは、そうしたものの存在を感じました。作品そのものが、無数の襞を持った人間の不可視の記憶器官をめくり返したようでもあり、同時に器官としての作品が蠕動し始めているようにも思われました。イタリアの古い扉をモティーフにしたという、別の世界へ通じる扉のような作品も、ギボシムシの生態を、記憶の海に生息する半機械的な生物に変成させた立体作品も、非常に魅力的でした。とくに、脆さも感じさせるかたちでゆらめきながら何かを感知している生き物は、見ていて飽きることがありません。その姿は、人間の自己の脆さとともに、その変成の未来をも暗示しているのかもしれません。

ちなみに萠さんは、細川俊夫さんのオペラ《リアの物語》の広島での上演の際に、卓抜な舞台美術を担当された方です。その公演の演出家ルーカ・ヴェッジェッティさんのお連れ合いでもあり、昨夕はルーカさんとも再会できました。広島で日本銀行旧広島支店に強烈な印象を受け、そこに何度も通ったとのお二人のお話を聴きながら、いつかこの被爆建物の空間で萠さんの作品を見てみたいと思いました。

7月23日には、国立新美術館でジャコメッティ展を見ました。マルグリット&エメ・マーグ財団のコレクションを中心とした大規模な展覧会で、アルベルト・ジャコメッティの回顧展を見るのは、数年前に兵庫県立美術館で見て以来ということになります。存在感に満ちた一連のディエゴの胸像やおそらくは妻のアネットをモデルとした細い女性の立像から強い眼差しを感じながら、ベンヤミンが「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」に記した、眼差しをめぐる考察を思い出していました。彼はこう述べています。「つまりアウラの経験とは、人間社会にしばしば見られる反応形式を、生命を持たないものや、自然と人間の関係に転用したものである。見つめられている者、あるいは見つめられていると思っている者は、眼差しを開く。ある現象のアウラを経験することは、この現象に眼差しを開く能力を付与することである」。ジャコメッティは、この眼差しの出来事に形を与えようという狂おしい試みを続けていたのかもしれません。

ベンヤミンが描くボードレールにとってこの「アウラの経験」が不可能であったように、ジャコメッティにとって一人の人間が眼差しを放ちながら立ち現われてくることの全体を捉えることは不可能であり続けたでしょう。しかし、彼はその出来事をその精髄において捉えようと苦心を重ねました。その過程をシュルレアリスムの影響下にあった初期から辿ることによって、ジャコメッティの芸術が、以前よりも身近に感じられるようになりました。

今回出品されていた作品のなかで印象に残ったのは、どちらかと言うと後期の作品で、とくに《ヴェネツィアの女たち》の立像群は美しく思われました。一体一体を少し距離を置いて見ると、一人ひとりが独特の顔立ちと眼差しでこちらを見つめ、何かを語りかけてくるように感じられます。それ以外の女性の立像のほかには、歩く男の像が興味深かったです。大きな《歩く男》も《三人の歩く男》の群像も、さまざまな力を背負いながら大いなる一歩を踏み出すという出来事を強く印象づけます。その力を、人間のみならず、《犬》も一身に背負っていることでしょう。これほど哀しい犬の姿は見たことがありませんが、それを形にするところにジャコメッティの生あるものへの愛を感じます。

さて、早いものでもう八月になります。学期の仕事がようやく終わりに近づいてきましたので、九月に二度予定されている講演の準備や、依頼されている原稿の執筆に本腰を入れなければなりません。また、その先に予定されている原稿の執筆の準備にも取りかかる必要があります。この二か月ほどで作業日程にいろいろと遅れが生じていますので、それを可能なかぎり取り戻したいとは思いますが、個人的な事情で思い通りにいかないことがあるかもしれません。それでも、現代世界における芸術の可能性を批判的に省察する、あるいは歴史のなかに生きることを、自分自身の問題として考えるきっかけになるような言葉をお届けできるよう、一ページずつ文献を読み進め、一文一文を書き連ねていきたいと思います。これから暑さがいっそう厳しくなるでしょうが、みなさまどうかお身体に気をつけて、よい夏をお過ごしください。

細川俊夫『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』刊行記念トーク・ショー[2017年3月4日/ESPACE BIBLIO]のお知らせ

51fwl3vou1l昨年12月に拙訳にてアルテスパブリッシングより刊行された、細川俊夫著『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』(聞き手:ヴァルター゠ヴォルフガング・シュパーラー)の刊行を記念して開催されるトーク・ショー「細川俊夫の創作の背景にせまる──尹伊桑、武満徹、そしてオペラへの道」をご案内いたします。来たる3月4日(土)15:00より駿河台のESPACE BIBLIOにて開催されるトーク・ショーでは、著者の細川俊夫さんをお迎えして、本書において初めて語り下ろされた、この世界的な作曲家の創作の軌跡の背景にあるものや、本書では語られなかったエピソードなどを、2012年にドイツで本書の原書が刊行されて以後の作曲活動を含めて詳しくお話しいただきます。また、今回は特別ゲストとして、世界を代表するリコーダー奏者の鈴木俊哉さんをお迎えいたします。細川さんのお話と鈴木さんの演奏によって、本書の内容を具体的に感じ取っていただきながら、細川さんの「空間と時間の書(カリグラフィー)」としての音楽を身近に感じていただけるものと考えております。会場などの情報は、末尾に記しておきます。開催に向けてご尽力くださっているESPACE BIBLIOの関係者のみなさまに、この場を借りて心より感謝申し上げます。

本書『細川俊夫 音楽を語る』の概要はすでに別稿に記しましたし、版元のアルテスパブリッシングのウェブサイト(こちらから直接本をご購入いただくこともできます)にも記されておりますので、ここでは繰り返しません。今回の「細川俊夫×柿木伸之トーク・ショー」では、この「対話による自伝」に語られた半生と作曲の足跡のうち、とくにベルリン留学時代の尹伊桑との師弟関係や、細川さんの広島での少年時代にまで遡る武満徹との関係に焦点を絞りながら、これらの作曲家の音楽との対照において、細川さんの音楽世界を浮き彫りにしたいと考えております。鈴木さんの演奏を交えながら、これらの作曲家と細川さんのあいだにある東洋の伝統楽器へのアプローチの相違などにも光を当てることができるのでは、とも思います。2012年以後の作曲の展開を語っていただく際には、オペラ《班女》、そして《松風》の一部の貴重な映像を見ながら、ちょうど一年前にハンブルクで平田オリザさんの演出により初演された《海、静かな海》を含めたオペラの作曲についても詳しくうかがえるものと考えております。それをつうじて、オペラを含む音楽作品を世界中から委嘱され続けている細川さんの作曲の現在が、本書に語られた創作の源泉から浮かび上がることでしょう。細川さんの音楽世界の展開の軌跡とその今にじかに接することのできる3月4日のトーク・ショーへ、ぜひお誘い合わせのうえお越しください。多くの方のご来場を心よりお待ち申し上げております。

  • 日時:2017年3月4日(土)15:00〜17:00(14:30開場)
  • 会場:ESPACE BIBLIO(エスパス・ビブリオ)※リンク先に地図があります。〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台1-7-10YK駿河台ビルB1F
  • 参加費:1,500円(当日精算)
  • 予約制:Eメール(info@espacebiblio.superstudio.co.jp)または電話(Tel.: 03-6821-5703)にて受付(定員60名)。Eメールでご予約の際には、上記のアドレス宛に件名「3/4細川氏トーク希望」にて、お名前、電話番号、参加人数をお知らせください。追って返信で予約完了が伝えられるそうです。電話による予約は、火曜日から土曜日の11:30〜20:00のあいだ受け付けているとのことです。20170304%e7%b4%b0%e5%b7%9dx%e6%9f%bf%e6%9c%a8%e3%83%88%e3%83%bc%e3%82%af_a6%e7%89%883rd

ベルリン通信VIII/Nachricht aus Berlin VIII

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リリエンタール公園にて

ベルリンでは木々の葉が落ちて冬の気候になってきました。11月はすっきりと晴れる日が何日もあって嬉しかったのですが、そのような日の夜には気温が氷点下5度ほどまで下がります。翌朝は空気が痛いくらいに冷たいですし、池の水も凍っています。しかし、そのような寒い朝に道を歩くのは、けっして嫌いではありません。何よりも気持ちが引き締まりますし、心なしか頭がすっきりするような気もします。とはいえ、しっかり着込むことは欠かせません。マフラーと手袋も手放せなくなってきました。長いドイツの冬の到来です。

さて、11月も論文などを書いているうちにあっという間に過ぎて行きましたが、それにしてもこのひと月は、いろいろなことが起きました。その一つとしてアメリカ合衆国の大統領選挙のことを挙げなければと思いますのは、今から12年前にポツダムで4か月だけ在外研究を行なったときにも、アメリカの大統領選挙の帰趨をドイツのメディアをつうじて見ていたからです。小ブッシュがアル・ゴアに対する怪しげな勝利を収めたあの選挙です。その時は選挙から一夜明けて愕然とさせられましたが、それから12年後の今回は、衝撃を受けるというよりも、このような人物が選ばれる現実を前にして胸苦しい気持ちになりました。

メキシコとの国境に移民の流入を防ぐフェンスを設けようと公言したり、ムスリムの入国禁止方針を打ち出したりした人物がアメリカの次期大統領に当選してしまったことによって、まずは、ドイツ国内ではAfD(ドイツのための選択肢)が代表するような、あるいは周囲の国々ではフランスの国民戦線、ハンガリーやポーランドの現政権などに代表される排外主義的なポピュリズムが勢いづくことが懸念されます。その懸念は、ドイツではすぐに各メディアで次々に表明されていました。それと同時に、オクスフォード辞典が今年の言葉に選んだのが、“post-truth”であったことが示すように、大声で大勢の感情に訴えれば──インターネット上のソーシャル・メディアは、まさにそのことを可能にするメディアでもあるでしょう──、どんな嘘であってもまかり通ってしまうようになることが危惧されます。また、それとともに真理を追求する知の営みに対する冷笑が伝染し、作られた感情でしかない「本音」が、他者への攻撃性を剝き出しにしながら公的空間を喧騒で覆うようになれば──それは、とくにインターネット上ではつとに広がっている問題ですが──、きわめて息苦しい、そして声を持ちえない者たちにとっては生きること自体も非常に困難な時代が訪れることになります。

41cbey-9uml-_sx298_bo1204203200_こうした時期に、みずからの知性をもって知を探究するところに啓蒙を見るカントの議論を戦後のドイツであらためて検討し、ナチズムの問題を掘り下げるところに、「アウシュヴィッツ以後」の「自己陶冶」としての教育と文化の可能性を模索するアドルノの『自律への教育』(原千史他訳、中央公論新社)を学生と読んでいる──ちなみに、ゼミは在外研究中もSkypeを使って続けています──のも、何かの巡り合わせでしょう。本書の冒頭には、「民主主義に抗してファシズム的傾向が生きながらえることより、民主主義の内部に国民社会主義(ナチズム)が生きながらえることのほうが、潜在的にはより脅威だ」という認識の下、「過去の総括」とは、ナチズムを含めた過去の問題を現在の自分自身の問題として正視することであると論じる「過去の総括とは何を意味するのか」という、とりわけ日本で振り返られるべき講演が収録されています。

そして、「過去の出来事の原因が取り除かれた時初めて、過去は総括されたのだと言ってもよい」と結ばれるこの講演に続いては、「哲学と教師」という、これも「教養」と「教育」の概念を考えるうえできわめて重要な──それゆえ、大学の関係者にはぜひ一読してほしい──講演が収められていますが、そのなかには、まさにこの“post-truth”の時代にに語りかけているかに思える一節があります。「『知識人』という表現が国民社会主義によって信用を失墜させられたことは、私にはかえってその表現を肯定的に受け取る理由にしか思えません。自己省察の第一歩とは、蒙昧をより高い徳と見なさないことや啓蒙を馬鹿にしないことではなく、むしろ知識人排斥の扇動──それがどのように偽装されたものであろうとも──に対して抵抗することです」(42頁)。とても残念なことに、アドルノの『自律への教育』の日本語訳は、今年から品切れ状態で、一般の書店での入手が難しくなっているのですが、例えばエドワード・W・サイードの『知識人とは何か』(大橋洋一訳、平凡社ライブラリー)と照らし合わせながら、今あらためて読み直されるべき一書かと思われます。

ところで、秋が学会シーズンだというのは日本もドイツも同じで、私もいくつかの学会や研究会合に足を運んで講演などを聴きました。初日しか行けなかったのですが、興味深かったのが、ベルリン文学・文化研究センターの研究会として開催された「理論゠歴史を書く──何を目的に、どのように、そして誰のために?」というテーマの学会で、そこでは理論ないし理論形成そのものの歴史化、さらには歴史的な文脈における再検討の可能性ということがテーマになっていました。今日の人文学研究の潮流を反映したテーマかもしれません。なかには、戦後ドイツにおける「哲学」という「学問分野」の形成過程を考察の対象としながら、あらためて理論としての哲学の位置と意義を探る講演もありました。このような問題設定そのものは、こと哲学に関して言えば、思想の内実を離れてエピソード的な事実の集積に流れてしまう危険性も帯びていますが、同時代の状況のなかに浮かび上がる哲学者の歴史意識は、私自身の問題意識からしても興味深いところです。

なかでもアドルノの同時代に対する批判的な問題意識が、一貫して音楽作品に関する批評的な言説をつうじて表明されていることを辿り、アドルノの歴史意識に迫ろうとする講演を興味深く聴きました。この点が、晩年のアドルノにまで当てはまるかどうかに関しては検討の余地があるかもしれませんが、講演のなかで引用された彼の音楽論の言葉を辿ると、彼の歴史意識が、時折ハイデガーが人間存在の歴史性を論じる文脈で用いている概念を批判的に引用しながら表現されているように見えます。思えばハイデガーとの対決は、1930年代初頭以来、アドルノの哲学的思考のテーマの一つでした。ちなみに、こうしたことが気になったのも、ちょどベンヤミンの歴史哲学とハイデガーの歴史論を対照させた以前の論文を見直していたからでした。

51fwl3vou1l11月上旬には、現代を代表する作曲家の一人である細川俊夫さんが、ご自身の半生と作曲活動の軌跡を、創造の核心にある思想とともに語った対談書の日本語版の刊行へ向けた、校正や巻末資料の準備といった作業を終えることができました。すでに別稿に記しましたように、拙訳による日本語版は、『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』の表題で、アルテスパブリッシングより刊行されます。12月12日に各書店で発売されますので、お手に取っていただければ幸いです。音楽を愛好する方々に音楽そのものを深く考えさせる一冊として、あるいは作曲を志す方々に刺激と示唆を与える一冊として、多くの方に読んでいただけることを願ってやみません。人間と自然の関わりを、そこにある生の息吹を響かせる芸術の力を深く考えさせる内容を含んだ一書と考えております。

11月の26日と27日には、広島市のアステールプラザにて、ひろしまオペラルネッサンスの今年の公演が開催され、プッチーニの「三部作」より、《修道女アンジェリカ》と《ジャンニ・スキッキ》が上演されましたが、この公演のプログラムに、「生がその全幅において肯定される場を開くオペラ」と題したプログラム・ノートを寄稿させていただきました。プッチーニが「三部作」の作曲に際してダンテの『神曲』を意識していたことに着目しながら、プッチーニのオペラの独自性に迫ろうとする内容のものです。それから、11月29日には、すでに日本語で書いた論文の原稿をドイツ語に訳して、お世話になっているベルリン自由大学哲学科のジュビレ・クレーマー教授のコロキウムで発表する機会にも恵まれました。やはりディスカッションには多くの課題を残しましたが、論文の趣旨を深く理解して、それを現在の、それこそ”post-truth”的状況に生かすうえで考えるべき問題を指摘したコメントが得られたのは収穫でした。

シーズン真っ盛りの11月は、かなりの数の演奏会やオペラの公演に足を運びました。故パトリス・シェローの演出による州立歌劇場でのリヒャルト・シュトラウスの《エレクトラ》の公演と、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会は、本当に忘れられないものとなりました。また、ベルリン・ドイツ・オペラでのマイアベーアの《ユグノー教徒》の上演は、多くのことを考えさせるものでした。これらについてお伝えするとなると、かなり長くなってしまうので、場を改めてということにさせていただければと思います。これらとともに印象に残ったのが、イヴァン・フィッシャーの指揮によるベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の演奏会でした。11月に二度聴いたその演奏会はいずれも、今ベルリンで聴くべきコンビがここにあることを、音楽を聴く喜びとともに実感させました。なかでもベートーヴェンの交響曲第4番とシューベルトの交響曲第5番の演奏は、楽譜に書かれた音の潜在力を、しなやかな歌心をもって発揮させていました。清新でかつ充実した内容の演奏を繰り広げる両者の協働が長続きしないのが非常に残念ですが、イヴァン・フィッシャーが指揮するコンツェルトハウス管弦楽団の演奏会を聴けることは、今ベルリンに滞在していて最も幸せに思えることの一つです。

今回は最後に、一つ美術の展覧会をご紹介しておきます。ハンブルク駅現代美術館に改装中のNeue Nationalgalerieの作品の一部を展示するために設けられているNeue Galerieでは、現在「ヒエログリフ」と題するエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー展が開催されています。キルヒナーは、好きな画家の一人なので見に行きました。スペースの関係で絵画の出品数は少ないのですが、ダヴォス時代の作品を含めて興味深い作品がいくつか並んでいます。もちろんあの《ポツダム広場》も架かっているのですが、それとともに面白いのは、この大作のために彼が残した、きわめて簡潔に身体像を捉えるスケッチが展示されていることです。「ヒエログリフ(象形文字)」というのは、キルヒナー自身が、身体の動き──彼は一貫して舞踊などの身体表現に強い関心を持っていました──を平面上の輪郭線に翻訳する際に用いていた、彼独特の素描言語を表わす概念とのこと。その広がりが、デッサンのみならず、舞踊の様子を収めた写真などにも見て取られているのが、今回の展覧会の特徴と言えるかもしれません。また、その言語の形成に、カール・アインシュタインのアフリカの彫刻についての書物などに触発されたアフリカの美術への関心も深く関わっていることも、展示から伝わってきます。

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ジェンダルメンマルクトにて

ともあれ、ヒエログリフとしてのデッサンを見ることをつうじて、《ポツダム広場》の画面から、街路を行き交う人の動きがさらに強く感じられるようになった気がします。この傑作が描かれてからすでに一世紀を超える年月を経て、ポツダム広場の様子はすっかり変わってしまいましたが、その一角やコンツェルトハウスの前のジェンダルメンマルクト、それにアレクサンダー広場のような場所には、11月の最後の週末から、クリスマスの市が立ち、多くの人々で賑わうようになっています。日が落ちると、どこからともなく人が集まってきて、市のなかはかなり混み合います。すでに寒いうえ、夕方ともなれば真っ暗になってしまうので、そうでもしないと精神的にも厳しいのかもしれません。例年より少し早い待降節(アドヴェント)の訪れとともに始まったクリスマスの季節、街は色とりどりの灯と人々の賑わいで彩られるようになりますが、私は図書館にさらに深く籠もって研究に勤しまなければと思います。気がつけば、滞在期間があと二か月ほどになってしまいました。どうかみなさま、ご健康でよいクリスマスの時季をお過ごしください。

『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』刊行のお知らせ

51fwl3vou1l広島に生まれ、現代日本を代表する作曲家として世界中で活躍されている細川俊夫さんが、その創造の源泉と思索の軌跡を語った「対話による自伝」とも呼ぶべき対談書、『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』が、アルテスパブリッシングより拙訳にて刊行されます。12月12日には、各書店の店頭に並ぶとのことです。

本書は、ドイツですでに2012年にWolke社より出版されている、Toshio Hosokawa — Stille und Klang, Schatten und Licht: Gespräche mit Walter Wolfgang Sparrerの日本語版ということになります。聞き手を務めているのは、ドイツの音楽学者ヴァルター゠ヴォルフガング・シュパーラーさん。細川さんの作曲の師尹伊桑の音楽の研究者として、東アジアの音楽に深い関心を持ち続けるとともに、細川さんの作曲活動をベルリン留学時代からずっと見守ってこられた方です。序文は、細川さんと深い親交で結ばれているだけでなく、細川さんの音楽に今も刺激を与え続けている作曲家ヘルムート・ラッヘンマンさんによるものです。

原書刊行から4年以上が経過してしまいましたが、こうして日本語版の刊行に漕ぎ着けられたのは、何よりもまずアルテスパブリッシングの木村元代表の深いご理解とお力添えの賜物です。編集の実務は、青土社時代にピエール・ブーレーズの『標柱 音楽思考の道しるべ』や『現代音楽を考える』などを手がけられた水木康文さんにご担当いただきました。水木さんのきわめて綿密で誠意に満ちたお仕事がなかったら、本書をここまで仕上げることはできませんでした。寺井恵司さんに、装幀を含め本書全体を美しくデザインしていただけたのも非常にありがたかったです。

さて、シュパーラーさんの手によってまとめられた原書の最大の特色は、細川さんの作曲活動の全体に見通しを与えながら、細川さんの音楽の核心にあるものを浮かび上がらせる、本格的な細川俊夫論であるということです。一書にまとまった評論としては世界初ということになります。細川さんの作曲活動の出発点や、その新たな展開への転換点となった場所を軸とした章では、細川さんの音楽が、同時代の音楽の文脈から独特の位置において浮かび上がっています。あるいは、「花」のような細川さんの作曲のテーマを焦点とする章では、作曲の基本理念と方法が、音楽を専門としない読者にも分かりやすい言葉で語られています。

そればかりでなく、今音楽とは何か、日本からの音楽は何でありうるか、芸術の社会的位置はどこにあるのか、その源にある自然のなかの、また自然とともにある人間の生は今どうなっているのか、といった問題をめぐって、細川さんの深い思索が繰り広げられていることも、原書の特色として見逃せません。翻訳に際しては、原書のそのような特色を最大限に生かせるよう微力を尽くしました。まずは、ようやく日本での演奏機会が徐々に増えてきた細川さんの作品の原点にあるものを、さらにはその作曲を貫く思想を理解する一助として、本書を役立てていただけることを心から願っております。もし本書が、芸術との関わりを、さらには自然との関係を深いところから見つめ直すきっかけになるとすれば、これに勝る幸いはありません。

日本語版の最大の特色としてまず、細川さんから特別に新たな序文をお寄せいただいていることを挙げなければなりません。また、ショット・ミュージックの多大なご助力により、2016年前半までの年譜、作品目録、ディスコグラフィが収録されているのも、日本語版独自の際立った特色と言えるでしょう。人名と細川さんの作品名の索引も付しました。それゆえ一種の資料集としても、お手許に置いて長くお使いいただけるものと考えております。豊富な写真と譜例、それに図版も、原書から引き継いでいます。これらを眺めるだけでも、かなり見応えがあるのではないでしょうか。

至らぬ点もあろうかとも思いますが、音楽を愛好する方々に、細川さんの音楽の世界を開くとともに音楽そのものを深く考えさせる一冊として、あるいは作曲を志す方々に刺激と示唆を与える一冊として、本書が広く手に取っていただけることを願ってやみません。西洋の音楽と文化に正面から向き合いながら、日本、そしてアジアの音楽の核心にあるものを深い源泉から汲み上げ、世界へ向けて響かせ続けている細川さんの音楽の世界を、その原風景から開く本書は、音楽そのものが生まれる現場へ読者を導き、その音楽観を変えるきっかけになるものと信じております。