細川俊夫のオペラ《海、静かな海》の世界初演に接して

波の打ち寄せる音が微かに聞こえてくるなか、一人また一人と街の人々が灯籠を手に海辺へ集まってくる。やがて響く下から突き上げるような地鳴りの音。それに続く、湧き立ち、押し寄せるような打楽器の前奏とともに、細川俊夫のオペラ《海、静かな海(Stilles Meer)》の世界初演(2016年1月24日、ハンブルク州立歌劇場にて)は始まった。その響きは、東日本大震災の被災地で今も断続的に続いている地震と、5年が経とうとする大震災の衝撃のフラッシュ・バックとを、一つながらに表わしているように感じられてならない。細川のこれまでのオペラには見られない激烈な一撃による開始は、取り返しのつかない出来事の傷痕が残る海辺へ、聴衆を一瞬で惹きつけていた。しばらくして、この打楽器だけの前奏が静まると、そこに留まり、生き続けることの内側にあるものが、歌とともに響いてくる。

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細川俊夫《海、静かな海》の舞台 ©Staatsoper Hamburg

地震が続き、震災の記憶が回帰する場所に留まること。それは何よりもまず、世界の崩壊への恐怖に脅えながら日々を過ごすことである。原発事故がもたらした土壌と水質の放射能汚染によって壊されてしまった日常を。そのことは、視覚的にも表現されていた。舞台上に垂直に吊るされた細長い灯は、今も事故を起こした原子炉に残る燃料棒を思い起こさせずにはおかない。人々の暮らしは、いつでも倒れて、世界をそこに生きる生命もろとも根底から破壊しかねない燃料棒の下にあるのだ。

震災と原発事故によって震撼させられた後の世界に生きることへの不安は、折々に繰り返される合唱の歌によっても表現される。「月のない夜は星に聞け。/星のない夜は波に聞け。波のない夜は雲に聞け……/山は死ぬるか?/海は死ぬるか?/空は死ぬるか?」この詩句を歌う音型は、とくに節の末尾の音の上昇において、細川が6年前にドレスデン空襲と広島への原爆投下の犠牲者に捧げた《星のない夜──四季へのレクイエム》(2010年)の合唱の旋律を思い起こさせずにおかない。世界の崩壊を予感するようなゲオルク・トラークルの詩を響かせるその旋律は、自然の底知れぬ力に慄きながら、生への祈りを響かせていた。《海、静かな海》における合唱は、それを反響させるかのように、世界の終わりの予感に脅えながら、生存への切なる願いを歌っているように聞こえた。その響きは、初めのうち少し生硬だったが、徐々にしなやかさと説得力を増していった。最後の場面の合唱の清澄な響きは、作品の全体を聴衆に深く印象づけたにちがいない。

最初の合唱が静まると、オーケストラの緊張に満ちた響きが、静かに空間に浸透していく。それはこのオペラの基調をなしながら、象徴的な装置とともに一つの舞台を形成するものと言えよう。その舞台の上で、震災と原発事故の後の痛々しい現実と、冥想とが、歌とともに浸透し合う。そして、被災地であるとともに、夢幻の世界でもあるこの舞台を結節点として、震災の津波で夫と息子を失ったバレエ教師クラウディア、その夫の姉ハルコ、そしてクラウディアの元恋人で、彼女を連れ戻しにドイツからやって来たシュテファンの思いが交錯する。平田オリザの原作による台本と彼の演出は、この三人の主人公の人物像を見事に描き分けていたが、細川の音楽は、三者が区別されながら通じ合う──だからこそ、三者は激しく思いをぶつけ合うのだ──ところにも光を当てている。三者が相通じるのは、死者、とりわけクラウディアとシュテファンのあいだに生まれた息子マックスへの哀惜の思いである。これを細川は最終的に、念仏の声に収斂させる。

「南無阿弥陀仏」の念仏の声は、能の「隅田川」から取られたものであり、その一節を三人が演じてみようとする際に聞かれる。オペラ《海、静かな海》は、「隅田川」を重要な準拠枠とし、その能と同じく、息子の死を受け容れられない母親を軸にドラマを展開させながら、この母親の、能のなかで歌われるように「狂うて」いるかのようですらある死者の許への跳躍を音楽で響かせ、死者とともに生きる魂の姿を浮き彫りにする。このオペラも細川のこれまでのオペラと同様に、能の精神を現代に生かすことで、被災地を舞台とする今回のオペラの舞台にこそ相応しいかたちで、死者と生者のあいだを開き、そこに留まることの核心に迫ろうとしているのだ。そのことは、夢幻の世界への魂の上昇を、歌のかたちで響かせることによってこそ可能なのである。

そのための声の選択は、実に興味深い。クラウディアの役がソプラノの声域に、またハルコの役がメゾ・ソプラノの声域に割り当てられることは容易に想像がつくとしても、シュテファンの役がカウンター・テナーによって歌われるのは、やや意外に思われるだろう。しかし、音楽を聴き続けるうちに、そのことに重要な意味があることが分かってくる。三重唱になる場面では、近接した音域で歌うハルコとシュテファンの声の上に、クラウディアの声が浮き上がり、同時に彼女と残りの二人の立場の違いが浮き彫りになる。他方で、シュテファンが一人で歌う場面では、津波で流された息子へ語りかける言葉に、まさに能が表現してきた、彼岸へ向かう魂の動きが込められるのである。この役を歌ったベジュン・メータは、きわめて完成度の高い歌唱で、シュテファンの哀惜と絶望を切々と響かせていた。

シュテファンとともにクラウディアに息子の死を受け容れさせようとするハルコを歌った、藤村実穂子の存在感も忘れがたい。「マックスは死んだのよ」という突き刺すようなハルコのひと言は、彼女が死者への思いとのあいだに引き裂かれながら、被災地の現実を凝視しようとしているだけに重みがある。そのことを歌う「汚れた子供……」と始まる一節は、原発事故に遭うということを、その奥底から抉り出していたのではないだろうか。切り詰められた伴奏の上で歌われるこの一節は、オペラの舞台の肉眼では見えない現実を、聴き手に鋭く突きつけるものと言えよう。その現実を生きながら、同時に冥想の世界に留まり、息子の魂の傍らに生き続けようとするのがクラウディアであるが、彼女の役を歌ったスザンネ・エルマークは、細やかなニュアンスを湛えた声と振幅の豊かな表現で、彼岸と此岸を媒介する役を見事に演じていた。津波に流された死体のありさまを抉り出す強い歌もさることながら、能舞台の橋掛かりのような通路の上で歌われる、彼岸へ立ち昇るかのような、柔らかな祈りの歌が何よりも印象的であった。その美しさは、死者へ思いを寄せ、死者に応えようとする魂の美しさだったのではないだろうか。

これら三人の主人公をはじめとする役柄のために細川が書いた音楽は、彼のこれまでのオペラに比べると、素直に歌う部分が多いように聞こえるが、それによって言葉が明確に響いたのは、《海、静かな海》のリブレットの性格にも、またオペラ自体の性格にも相応しいのではないだろうか。その一方で、打楽器だけの間奏曲──前奏にはその一部が採られている──がとくに印象的なオーケストラのパートは、非常に表情が豊かである。総奏で、激烈な高まりと、静謐さの双方を表現する一方、自在に楽器編成を変えながら、多彩な響きを聞かせている。それによって、このオペラの舞台における時間の重層性を表現することに成功していた。先に触れたハルコの歌の伴奏の張りつめた静けさとともに、クラウディアの柔らかな歌にエコーのように寄り添うヴィオラの独奏がとくに印象的であった。ケント・ナガノ指揮によるオーケストラの演奏は、すでにして説得力豊かであったが、公演を重ねるごとにさらに精度と表現の振幅を増していくだろう。

「隅田川」を使ってクラウディアにマックスの死を受け容れさせ、彼女をドイツへ帰そうというハルコとシュテファンの試みは、クラウディアを説得するには至らず、彼女が語るように、それぞれが「それぞれの故郷に」赴くことになる。三人が三様の方向へ歩み始め、彼岸の灯籠流しを終えた人々が防護服を着けて墓地へ向かおうとするなか、音楽は穏やかに静まっていく。震災も原発事故もまったく終熄していない──そのことは、人々を危険な「避難区域」の墓地へ導くロボットがはっきりと表わしている──なかで、死者の傍らに留まりながら、また震災と原発事故のトラウマを抱えながら日々を歩んでいこうとする姿の静けさ。それは、水面が優しく輝く海の静けさと呼応している。その地点まで、震災と原発事故に遭った後に生きること自体を、その可能性において突き詰めていくオペラ《海、静かな海》には、現在への厳しい問いも含まれていよう。

オペラの舞台となった街の灯籠流しには、広島と長崎で今も続けられている灯籠流しとある共通点がある。それは、いずれの灯籠流しも、どこで死んだかも、どこに遺体があるのかも、核のために分からなくなってしまった死者に捧げられているということである。《海、静かな海》というオペラ自体も、これらの場所の灯籠のように、そのような死者に捧げられているにちがいない。それを貫く独特の静けさは、未だ遺体の見つからない死者の存在を忘却し、波間に置き去りにして、ひたすら「前へ」、原発を再び動かしてでも進もうとする国の喧騒を、無言のうちに鋭く問いただしていよう。2016年1月24日、細川俊夫のオペラ《海、静かな海》は、聴衆の盛大な喝采とともに、現在への問いを含みながら、ハンブルクから世に送り出された。この出来事に立ち会った者は、震災も原発事故もまだけっして終わっていないことを、深く心に刻んだはずである。

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細川俊夫《嵐のあとに》世界初演を聴いて

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生きていること、それはきわめて不確かなことではないだろうか。生きているとはそのまま、いつでも自分を消滅させうる力に曝されているということなのだろう。2011年3月11日の東日本大震災は、このことを思い知らせる出来事だった。いや、そればかりか、福島第一原子力発電所の過酷事故に結びついたこの震災は、人間が自分自身の生命をその根幹から破壊する目に見えない力を、自分の手で作り出し、ただでさえ不確かな生存を、さらに危ういものにしてしまっていることを突きつける出来事でもあった。

そのように脆くて儚い生のうちに、まだかろうじて留まっていることを確かめようとするとき、人は身をかがめ、足元を見つめるだろう。すると、みずからの生存そのものが深淵の上に漂っていることを、振り返らせられるかもしれない。しかし、このような地点からこそ、人は地上に生きることを、心の底から願うことができるのではないだろうか。2015年11月2日にサントリーホールで行なわれた東京都交響楽団の第797回定期演奏会で世界初演された細川俊夫の《嵐のあとに》は、生存そのものが曝されている深淵を前にしながら、生きることを切に祈る歌を、まさに嵐の後に響かせるものであった。

二人のソプラノとオーケストラのために書かれたこの曲は、冒頭から不穏な風音やパルス音を持続的に響かせる。それらが重なり合いながら蠕動し、やがてオーケストラの総奏による巨大な音の渦が形成されるが、それは文字通り嵐の表現であると同時に、災害などとともに姿を現わし、生あるものすべてを木の葉のように翻弄しながら消し去っていく、圧倒的な力の隠喩でもあるように思われた。多次元的に旋回し、吹きすさぶ音響の渦に巻き込まれていくような感覚を覚えながら、詩人パウル・ツェランが「迫奏(Engführung)」という詩(詩集『言葉の格子』所収)に書きつけた、「ハリケーン」という語を思い起こさないではいられなかった。

こうした嵐の表現において、打楽器の強い打撃音が繰り返し、聴く者の肺腑に食い込むように発せられたのが、《嵐のあとに》という曲でとくに印象に残ったことの一つである。とりわけ、太鼓の鋭い打撃音は、ソプラノの二重唱が始まった後も、時を刻む重要な役割を果たすことになる。この曲と同じく嵐の音楽を含むオペラ《リアの物語》──その広島での上演が2015 年1月30日と2月1日に行なわれたのは記憶に新しい──などでしばしば用いていた、時を垂直的に断ち切り、そこから新たに音楽を生成させていく表現を、細川は見直しながら、能の舞台に通じる儀式的な持続を、すなわち面を着けた人がシャーマン的な媒体となる時間を到来させるのに、新たに生かしているのかもしれない。

空間を切り裂くような強烈な響きとともに嵐が去った瞬間、恐怖を覚えるほどの深淵が開かれた。深く、また厳しく抉られた響きの洞が、時の流れを止めていた。その闇のなかから、ヘルマン・ヘッセの詩「嵐のあとの花」をテクストとする歌が慄くように響き始めたのである。自分を圧倒する力と生存そのものの不確かさを前に怯え、深く身をかがめたところから──ヘッセの詩は冒頭で、麻痺したように打ちひしがれた者の姿を描く──、徐々に身を起こすように高まっていく祈りの歌。それは、人間の魂の奥底にある、生への切なる願いを響かせる二人の巫女の歌であるが、それは人間の生存そのものにあって対をなす二つの側面──人為と自然、魂と肉体など──を絶えず交差させながら響かせる二重唱ではないだろうか。

この作品において細川は、ヘッセの詩にある、姉妹のようにとでも訳すべきgeschwisterlichという語──それは二度にわたってはっきりと歌われる──に導かれながら、巫女たちの対の歌を構成していたように思われる。一方の歌が他方の歌に影のように寄り添ったり、あるいは影のなかから一方が浮かび上がったりするなかに響く二つの声のハーモニーは、生存そのものの危うさと、そのなかからこそ発せられる切なる祈りとを、時に激しく、また時に繊細に響かせるものであった。

そうした二重唱において、スザンヌ・エルマークとイルゼ・エーレンスの歌唱が、オーケストラの総奏と拮抗する場面もある振幅の大きな表現のなかで、親密さを感じさせるアンサンブルと、声そのものの清澄さを保ち続けたことは感動的ですらあった。作品の組成を見事に捉えた大野和士の指揮の下、東京都交響楽団が実に有機的な響きを聴かせたことも、特筆されるべきであろう。ソプラノの二重唱が続くなかで、弦楽器の各セクションの独奏によって嵐の音楽が回想される場面でも、緊密なアンサンブルが光った。

嵐によって地面に叩きつけられた草花が徐々に頭をもたげるようにして、おずおずと身を起こし、世界へと微笑みかけながら歩み出ようとする声が、柔らかな響きのなかへ消え入ると、空間は深い静けさに包まれた。生存の根本的な危うさを直視し、この危うさもろとも生きることを肯定するところにある、深い、充実した静けさ。《嵐のあとに》という作品は、このような静けさを分かち合うことへ聴き手を導くが、そのことは人間と自然のあいだに、人々のあいだに、さらにはひとりの人間のなかにある、容易には調停しがたい相克を正視することとも切り離せない。そして、このように現代における人間の生存の困難さを見据えながら、対を生きることへの切なる願いを響かせるというモティーフは、来年1月にハンブルク国立歌劇場で初演される予定の新作オペラ《静かな海》にも通じるものでもあろう。

こうして細川の《嵐のあとに》が見事に初演された演奏会では、他にラヴェルの《スペイン狂詩曲》、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番、そしてドビュッシーの交響詩《海》が演奏された。プロコフィエフの作品でヴァイオリン独奏を務めたワディム・レーピンの演奏は、華やかさを抑えて作品の内実に迫ろうとするアプローチが、第1楽章ではやや空回りしている印象を受けたが、徐々に持ち前の闊達さが光ってきた。とくにフィナーレの高揚は見事だった。いずれの作品でも、東京都交響楽団の各セクションの繊細なハーモニーとしなやかな歌が印象的だったが、そのことはオーケストラのアンサンブルの完成度の高さを物語っていよう。曲のテクスチュアを最大限に生かそうとする大野和士の指揮も魅力的だった。今回の演奏会は、細川の作品を含むこの日の演奏曲目を中心としたプログラムで展開される、東京都交響楽団の創立50周年を記念するヨーロッパ・ツアーの成功を予感させる演奏会でもあった。