新緑の季節の仕事

[2017年4/5月]

IMG_0087

三滝の公園の新緑

木々の緑に映える陽射しが初夏の眩しさを感じさせるようになりました。よく晴れた日はまだ空気が乾いているので、体感のうえでは気持ちよく過ごすことができます。そうした日は、三滝橋を渡って、大田川放水路の堤の上を、山々の緑と足下の草花を眺めながら歩くようにしています。橋の上からは、海から上ってきた大きな魚が悠々と泳ぐのが見られることもあります。四月からの日々も非常に慌ただしく、かつ暗澹とせざるをえないことばかりが続くので、こうしてようやく勤め先に通えるだけの心身の平衡を保っているところです。とはいえ、折々に講演や寄稿などの機会をいただいて、そのたびに刺激を得ていることには救われています。そのような場をご用意くださった方々に、心から感謝しています。そこで、四月以降の活動を、この間に接した演奏会や映画などの印象を含めてご報告しておきたいと思います。

IMG_0085

晴れた日の大田川放水路

まず4月29日には、広島市現代美術館で特別展「殿敷侃──逆流の生まれるところ」に関連して、「逆流の芸術──ヒロシマ以後のアートとしての殿敷侃の芸術」と題する講演を行ないました。殿敷が晩年に自作について語った「逆流」という語の含意を、彼の制作を貫くモティーフを指し示すものとして掘り下げながら、彼の芸術をヒロシマ以後のアートとして、狭義の美術を越えた広い文脈のなかで捉え直す可能性を探るお話をさせていただきました。幸いにして会場が一杯になるほどの方々にお集まりいただきました。講演会の場をご準備くださった広島市現代美術館の関係者のみなさまとご来聴くださったみなさまに、あらためて感謝申し上げます。

b5884546-s5月21日まで開催されていた「殿敷侃──逆流の生まれるところ」は、原爆によって両親を失い、自身も被爆したことに向き合い続けながら、実にさまざまな作風を試み、平面も、さらにはアトリエをも飛び出していった殿敷侃の活動の全容を、各地から集められた膨大な作品と、それにまつわる貴重なドキュメントによって浮き彫りにしようとする意欲的な回顧展でした。それをつうじて、作品の形態を変えながらも、このちょうど四半世紀前に亡くなったアーティストが、絶えず打ち捨てられ、忘れられたものを拾い上げ、今に甦らせようとしていること、それによって彼の芸術が、現在に介入する一つの行為に結びついていることも、美術館の空間とのせめぎ合いから伝わってきます。この殿敷侃展が、彼の芸術の踏み込んだ研究と、彼の作品の美術館への収蔵の契機になることを願っています。

top_image5月4日には、横川シネマでおよそ一年ぶりに映画を見ました。見たのは空族の新作『バンコクナイツ』。前作の『サウダーヂ』同様、三時間という長さを感じさせないテンポのなかに、今作ではタイの東北部イサーン地方の歌が効果的に差し挟まれて、映画に奥行きを添えていました。タイとラオスでのロケによるスケールの大きなロードムーヴィーであるのも、『バンコクナイツ』の特色でしょう。同時に、植民地主義が形を変えながら人々の内面にまで浸透する現在に対峙するかたちで、イサーン地方の抵抗としての生活の伝統を、さらにはその森林に逃れた抵抗者たちの足跡を掘り下げることによって、時間的にも空間的にも深みのある作品に仕上がっていると感じました。金に目がくらんだ植民者の欲望がいくつもの角度からこれでもかと抉られるのは『サウダーヂ』にも通じますが、『バンコクナイツ』では、それと同時に歴史に翻弄された人々の悲しみが、映像によって深く掘り下げられているのが特徴的でしょう。映画で流れるイサーン地方の歌には、震災と原発事故に遭った東北地方の人々や、米軍基地によって生活が侵食され続けている沖縄の人々の悲しみも反響しているように感じました。

5月5日には、広島市と大邱広域市の姉妹都市提携20周年を記念してのオペラの共同制作公演をアステールプラザへ観に行きました。演目はプッチーニの《ラ・ボエーム》。合唱を含む歌手が大邱オペラハウスから来演し、広島交響楽団や広島ジュニアコーラスなどが広島側から演奏に加わるかたちで公演が開催されました。何よりも大邱を拠点に活躍する歌手たちの声の強さに驚かされました。なかでもイ・ユンギョンという歌手は、ミミの苦悩を振幅の大きな、かつ彫りの深い表現で歌い上げていました。声の美しさも特筆されます。第三幕以降の切々とした歌唱は、とくに印象的でした。また、マルチェッロ役を歌ったキム・スンチョルという歌手の自然な発声と懐の深い歌は、この歌手の並々ならぬ実力を示すものと思われました。プログラムに記されていたプロフィールを見ると、韓国の歌手たちが実に貪欲に、韓国の外に活躍の場を求めていることがうかがえます。演出にはいくつか注文を付けたいところがありましたが、今回の《ラ・ボエーム》の共同制作公演が、大邱のオペラが高水準で活況を呈していることを、素晴らしい歌とともに伝えるものだったのは確かでしょう。

18401940_1500969589955408_2240876196494931709_o5月15日には勤め先の広島市立大学で、クレズマーの1980年代後半におけるアメリカでのリヴァイヴァルと、その後のグローバルな展開を象徴するミュージシャンで、グラミー賞を受賞したバンドKlezmaticsの創立メンバーでもあるフランク・ロンドンさんを迎えての特別講義とささやかなライヴを開催しました。ロンドンさんは、クレズマーをはじめ移民音楽の研究に取り組んでおられる松山大学経済学部の黒田晴之さんのご尽力によりお招きすることができました。午後の特別講義にも、夕方のミニ・ライヴにも、学外から多くのお客さまにお越しいただきました。ご来聴に心から感謝申し上げます。

特別講義は、ワールド・ミュージックのブームに乗ったクレズマーのリヴァイヴァルを見つめてきた音楽批評家東琢磨さんが、ロンドンさんにインタヴューするかたちで行なわれました。東欧ユダヤ人の言語であるイディッシュとクレズマーの結びつきや、アメリカでの他の音楽との混淆による音楽の変化などが、ディアスポラ(世界各地への離散)を生きるユダヤ人の二重の生活とともに語られました。お話のなかでは、世界中のさまざまな音楽と接触しながらグローバルに生成するなかで、東欧ユダヤ人の文化に由来する特殊なものの普遍性を体現していく、ロンドンさんのクレズマーの特徴も示されました。ショアー(ホロコースト)の記憶に向き合い、この言い表わしがたいものを歌う可能性を追求する、みずからの音楽の使命にも触れておられました。

夕方のライヴは、日本でいち早くクレズマーの魅力を発見し、それとストリート・ミュージックとの融合を図ってきたバンド、ジンタらムータとの共演により行なわれました。結婚式の踊りに使われた音楽をはじめ伝統的なクレズマーのほか、実に多彩な曲が披露されましたが、なかでもかつて美空ひばりが唄った《お祭りマンボ》の演奏は、ロンドンさんとジンタらムータの出会いを象徴するものだったと言えるでしょう。心の奥底からの祈りを、驚くほどの振幅で聴かせる曲もあれば、会場を祝祭的な興奮の渦に巻き込む激しいリズムの音楽もありましたが、どの曲からも聴く者の魂を揺さぶる力が感じられました。原曲がイディッシュの平和を祈る歌“Sholem-lid”が日本語の訳詞でプログラムの最後に歌われたことは、非常に意味深いことだったと思われます。

banar_motohashi5月20日には、原爆の図丸木美術館で開催されている本橋成一写真展「ふたりの画家──丸木位里・丸木俊の世界」と関連して原爆文学研究会との共催で開催された、本橋さんの監督による映画『ナージャの村』(1997年)と、この作品の公開から20年後の再訪ドキュメントの上映後のトークの聞き手役を務めました。当時8歳だったナージャを、地に根を張った村人たちの生きざまのなかに浮かび上がらせた映画を、大人になって町で働くナージャが登場する報告映像と併せて見るなかで、チェルノブイリの原発事故によってばらまかれた放射能によって、彼女が帰るはずの場所が失われ、生き物との関わりを含めた風景のなかの生が根こそぎにされつつあることを、原発事故の福島で起きていることと結びつけながら思わざるをえませんでした。それに対する哀しみによって貫かれていることが、『ナージャの村』の映像を今に生かしている気がしてなりません。そして、再訪ドキュメントを見ると、『アレクセイと泉』(2002年)を含めた、チェルノブイリ原発事故後のベラルーシを撮った作品が、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)とも通底するかたちで、人と人の密な関係のなかに一つの出来事を浮き彫りにするものであることも伝わってきます。この人間関係の始まりを含めて興味深いお話を、本橋さんからうかがうことができました。丸木夫妻の写真も含め、本橋さんの映像は、立ち振る舞いや仕草の細部から、既成の人物像をはみ出す人物を浮かび上がらせています。写真展を含め、とても見応えがありました。

18671216_1516927588359608_6340337683729439282_n5月25日には東京オペラシティのコンサートホールで、コンポージアム2017「ハインツ・ホリガーを迎えて」の一環として《スカルダネッリ・ツィクルス》の日本初演が行なわれましたが、そのプログラムに「ヘルダーリンの詩と音楽」と題する小文を寄稿させていただきました。作品解説を補完するかたちでヘルダーリンの生涯と詩作を音楽との関わりにおいて紹介する内容のもので、アドルノのヘルダーリン論「パラタクシス」を参照して、とくに二十世紀以降の音楽とヘルダーリンの詩の親和性に着目しました。今回の記念碑的とも言うべき《スカルダネッリ・ツィクルス》の日本初演の印象は、すでに別稿に記したとおりですが、これに立ち会えたことをとても嬉しく思っています。実演を聴いて、最晩年のヘルダーリンの詩にもとづく無伴奏合唱曲《四季》、小管弦楽のための《スカルダネッリのための練習曲》、フルート独奏のための《(t)air(e)》によってまとめられたこの《ツィクルス》が、「スカルダネッリ」の署名を持つヘルダーリンの詩が生まれる世界を、その崩壊も含めて厳密に構成/作曲したものであることがよく分かりました。ラトヴィア放送合唱団、フェリックス・レングリのフルート、そしてアンサンブル・ノマドの演奏も素晴らしかったです。

18679097_1385938901514262_1156041139_n5月28日には、アステールプラザのオーケストラ等練習場で開催された「安保惠麻 現代への眼差し──20世紀のヴィオラ作品を中心に」を聴きました。現在広島交響楽団と神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席ヴィオラ奏者を兼任されている安保さんの独奏を、初めて間近で聴いたことになります。ショスタコーヴィチの最後の作品であるヴィオラ・ソナタを中心とした演奏会でしたが、とくにその終楽章は素晴らしかったです。中間のカデンツァ風の一節から徐々に静まっていく展開の緊張感には息を呑みました。安保さんのヴィオラの音は豊かでありながら透明性も兼ね備えているので、このソナタの第一楽章の微かなピツィカートもよく響きます。そのことを生かした振幅の大きな表現が魅力的な演奏でした。その前に取り上げられた武満徹の《星が道に降りてきた》も美しかったです。ピアノの響きが道を作るなかに、ヴィオラの闊達な動きが豊かな歌とともに響いていたと思います。リゲティのソナタが聴けたのも収穫でした。どの楽章からもひと筋の線が感じられました。広島を拠点に活躍されている作曲家徳永崇さんの《舟歌If》の初演もありました。音戸の舟歌が変奏されるなかに風景を感じさせる曲、という印象を受けました。

このようにして新緑の時季は慌ただしく過ぎ、早くも六月に入りました。忙しさにかまけ、肝心の研究に関わる仕事を進められていないのには忸怩たる思いです。今月からは研究とその成果の執筆に力を傾注しなければなりません。その際、今ここで哲学することの意義があらためて問われることになるでしょう。このことを思うとき、5月20日に訪れた原爆の図丸木美術館に展示されていた丸木夫妻の共作《大逆事件》(1989年)が目に浮かびます。1910年に明治天皇の暗殺を共謀したとの理由で官憲に摘発された人々のうち、死刑となった12名の姿が絞首のためのロープとともに浮かび上がるその画面は、内心の自由を根底から脅かす「共謀罪」が制定されようとしている現在を、静かに問いただしています。異論を封じ、自発的隷従──これが「忖度」の意味するところでしょう──を強いる法律の制定を、許しがたい不正と暴力を重ねながら急ぐ政権の欺瞞は食い止めたいと思いますし、同時にそれによって圧殺されることのない精神の在り処を、思考によって他者たちのあいだに切り開きたいとも考えているところです。

小著『パット剝ギトッテシマッタ後の世界へ──ヒロシマを想起する思考』を上梓しました

9784755402562このたび『パット剝ギトッテシマッタ後の世界へ──ヒロシマを想起する思考』と題する小著を、インパクト出版会から上梓しました。よく知られた原民喜の詩句を表題に用いた本書を、広島と長崎が被爆から70年の節目を迎えようとしている時期に世に送り出すことに、身の引き締まる思いです。本書には、2007年から今年までのあいだに、ちょうど一年前に上梓した『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』(平凡社)に組み込まれた論文を書き継ぐ傍らで、広島の地での文化に関わる活動のさまざまな機会に応じて書かれた論文や評論、そしていくつかの講演録が収録されています。論考を最初に発表する機会を与えてくださった方々や講演の機会を設けてくださった方々に、この場を借りて心から感謝申し上げます。靉光の《眼のある風景》を生かすかたちで美しく装幀していただいたのも大きな喜びです。

本書に収録された論考や講演録を貫いているのは、原民喜が「パット剝ギトッテシマッタ アトノセカイ」と呼んだ広島の焦土の光景や、そこにいた人々のことを今ここで想起する可能性を、芸術のうちに、さらには言葉そのもののうちに探りながら、「平和」を、死者を含む他者とともに生きることのうちに取り戻そうとする思考のもがきです。ここ広島でも「平和」が、権力者とそれにすり寄った大勢順応主義者の手に落ちつつあるなか、生存そのものの危機が迫っていますが、そのような今こそ、このもがきの跡を敢えてお示ししたいと考えて、本書をお届けする次第です。本書の焦点は「ヒロシマ/広島/廣島」にありますが、そこには近代、そして現代の日本の問題が凝縮されているとも考えております。さまざまな角度からお読みいただけたらと願っております。以下、本書の内容をごく簡単にご紹介しておきます。

序として掲げたのは、広島が帝国の軍都であったことを省みながら、70年前の出来事を、今も続く暴力の歴史の中断とともに開かれる来たるべき東アジアへ向けて想起しようという本書の基本的な問題意識を示すものです。第1部には、想起の媒体としての芸術作品のあり方を掘り下げながら、死者とともに生きる場を切り開く芸術の力に迫ろうとする評論や講演を収めました。第2部の中心をなすのは、ヒロシマ平和映画祭やそれに関連する催しの際に行なわれた講演です。その基調をなすのは、広島の抵抗としての文化の遺産を、生の肯定へ向けて継承する可能性を模索する思考です。第3部には、合評会などの機会に発表された書評を中心とする批評を集めました。作曲家詐称問題に触れた評論も収録しています。第4部に収められているのは、今ここで被爆の記憶を継承すること自体へ思考を差し向け、被爆の記憶を世界的なものとして受け継ぐことにもとづいて追求されるべき平和の可能性を、他者とともに生きることのうちに探った論考です。ヒロシマを想起することを主題とする書き下ろしの論考が含まれています。付録として、広島の文化を培っていくために致命的に欠けている施設の建設の提案も収録しました。

このような構成で送り出される本書の議論には、言うまでもなく、尽くされていない点が多々あるでしょうし、哲学と美学からのアプローチの限界が露呈しているところもあることでしょう。これらについてはみなさまから忌憚のないご指摘をいただけたら幸いです。何よりも、本書の問題提起を契機に、軍都廣島と戦後の広島の歴史を、現在を照らし出すものとして捉え直すことや、被爆の記憶の証言を深く受け止め、その記憶を、他者の苦難の記憶にも呼応するかたちで継承することについて、そして広島の芸術と文化のあり方について議論が深まることを心から願っております。

『パット剝ギトッテシマッタ後の世界へ──ヒロシマを想起する思考』目次

はしがき

序 広島の鎮まることなき魂のために

第一部 記憶する芸術の可能性へ向けて

  • 未聞の記憶へ──記憶の痕跡としての、想起の媒体としての芸術作品の経験、その広島における可能性
  • 記憶する身体と時間──ヒロシマ・アート・ドキュメント2008によせて
  • 耳を澄ます言葉へ──今、ヒロシマを語り、歌う可能性へ向けて
  • 芸術の力で死者の魂と応え合う時空間を──被爆七十周年の広島における表現者の課題

第二部 映画から問う平和と文化

  • 「平和」の摩滅に抗する映画の経験へ──ヒロシマ平和映画祭2007へ向けて
  • アメリカ、オキナワ、ヒロシマの現在へ──ヒロシマ平和映画祭2009への導入
  • 生の肯定としての文化を想起し、想像し、創造するために──「表現の臨界点(クリティカル・ポイント)──広島の現在と赤狩り、安保、沖縄」プロジェクトを振り返って
  • 抵抗としての文化を継承し、生の肯定を分かち合う──ヒロシマ平和映画祭2011における「抵抗としての文化」プロジェクトによせて

第三部 ヒロシマ批評草紙

  • 「ゲン」体験と「正典」の解体──吉村和真、福間良明編著『「はだしのゲン」がいた風景──マンガ・戦争・記憶』書評
  • 「ひろしまの子」たちの声に耳を開く──東琢磨『ヒロシマ独立論』書評
  • 封印の歴史を逆撫でする──高橋博子『封印されたヒロシマ・ナガサキ──米核実験と民間防衛計画』書評
  • 「受忍」の論理を越えるために──直野章子『被ばくと補償──広島、長崎、そして福島』書評
  • 作品批評の在り方検証を──作曲家詐称問題に関する中国新聞への寄稿記事
  • 「多数」としての「ひと(サラム)」を生きることを呼びかける言葉の創造──崔真碩『朝鮮人はあなたに呼びかけている──ヘイトスピーチを越えて』書評

第四部 記憶の継承から他者とのあいだにある平和へ

  • 広島から平和を再考するために──記憶の継承から他者とのあいだにある平和へ
  • 歓待と応答からの共生──他者との来たるべき共生へ向けた試論
  • 残傷の分有としての継承──今ここで被爆の記憶を受け継ぐために

付録 [不採択]被爆七十周年記念事業案

あとがき

[本書は、お近くの比較的大型の書店のほか、Amamzon.co.jp楽天ブックスhonto紀伊國屋BookwebMARUZEN & JUNKUDOエルパカBOOKSセブンネットショッピングHonya Clubなどでご購入いただけます。]