早春の仕事と所感

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広島市植物公園にて

Social distancingという言葉を人類で共有しなければならない状況になりました。新型コロナウィルス感染症(Covid-19)の広がりは、人と人が住まいの外でじかに接触することを、いかなる場合にも極力避けなければならない段階に来ています。息苦しく、気持ちの塞ぐ境遇を脱する見通しは当分立ちそうにありませんが、状況をこれ以上悪化させないためには、今はsocial distancingに努めるしかないのは自明でしょう。在宅での生活の支援を含め、その条件を社会で整えなければならないのは、言うまでもありません。

Social distancingという言葉は、一般に「社会的距離」と訳されているようですが、socialという単語には「社交的」という意味もあります。人付き合いを続け、共に生きていくために、互いの立場や境遇に可能な限り配慮しながら、今は感染拡大の防止に必要な物理的距離を保つ、というようにsocial distancingの意味を理解してはいかがでしょう。国家のことを語るのは正直気後れしますが、このことは国と国の関係にも当てはまるでしょう。特定の国を一方的に遠ざけるようなことは、後に禍根を残すだけです。

むしろ国際的な相互理解にもとづいて、国境での人の出入りのコントロールを検疫を含めて強化するとともに、帰国者を含めた入国者の一定期間の隔離が必要ならば、そのための移動と滞在生活の条件を保証することが、まず必要でしょう。そして、新型コロナウィルスへの感染を広げないために今必要なsocial distancingが何かを、国内にいるすべての人に対し、科学的な根拠にもとづいて論理的に説明すると同時に、社会的な行動制限に伴う損失を埋め合わせる枠組みを提示したうえで、国内での感染防止策を徹底することが、政府の第一の責務のはずです。

残念ながら、何ら根拠のない各種学校の休校「要請」が象徴するように、この国の政府は、自分たちの「やってる感」を演出することに血道を上げています。その中枢を占める人々の言動からは、社会的な行動が制限されざるをえないなかで、国内に生きる人々の生活を保障することへの真摯な問題意識が感じられたためしがありません。それが少しでもあるなら、「商品券」を配るなどという発想は出て来ないはずです。にもかかわらず、そのような政府が「緊急事態宣言」すら出せるようになってしまいました。このことこそが生命の危険です。

それもさることながら、新型コロナウィルスの人から人への感染が始まった頃から危惧しているのが、感染症の流行によって人々が分断され、差別が横行するようになることです。すでにそれはさまざまなかたちで現われています。今回のウィルス禍は、人々の心の奥に潜む差別意識を剝き出しにしただけでなく、マスクや食料品を不必要に買い集めようとする行動が示すように、高度に情報化された新自由主義の浸透が、いかに人間の魂を蝕んでいるかを露呈させました。

今は、根拠のない情報にけっして躍らされることなく、それぞれの住まいで知恵を深め、それを身体的接触を介することなく交換し、互いの立場を理解し合いながら、現在の苦境をともに潜り抜ける道を探る時でしょう。Social distancingという言葉は、このことを指し示していると思われます。その際に最も頼りになるのが本でしょう。本は、自分を時空を隔てた他者と結びつけながら、自分の境遇をその歴史的な背景を含めて照らし出してくれます。Social distancingが、そのような良書との出会いの契機になることを願ってやみません。

それにしても、現在の厳しい状況の下で多くの文化的な催しが中止や延期を余儀なくされていることは寂しいことですし、何よりもそのために大きな経済的な損失を負う組織や、フリーランスのアーティストの苦悩を思うと言葉がありません。一日も早く文化を担う組織の存続とアーティストの生活を保障する仕組みが整えられる必要があるはずです。文化に携わる人々が、この社会に生きる人々の魂の陶冶を担い──これが「文化」の原義です──、社会の礎を築いていることを、今こそ省みるべきでしょう。

今からすると、2月の15日と16日に広島で細川俊夫さんの《松風》の公演が無事に行なわれたことは奇跡のようにすら思われます。Hiroshima Happy New Ear Opera IVとして、アステールプラザの能舞台を用いて開催された上演には、両日とも満席に近いお客さまにお越しいただきました。主催組織のひろしまオペラ・音楽推進委員会の一員として、あらためて感謝申し上げます。非常に充実した内容の上演になったと思います。すでにMercure des Artsに能登原由美さんによる公演評が掲載されています。

1268前後しますが、『週刊金曜日』2020年2月14日号に、旧陸軍被服支廠倉庫の再生へ向けて「戦争と被爆の記憶が刻まれた建物をアジア各地域と連帯する文化拠点に」と題する小論を寄稿させていただきました。「加害と被害、二重の記憶をとどめる戦争遺構」というテーマの下で掲載されています。被服支廠が戦争の時代にどのような場所だったかを切明千恵子さんの証言を基に掘り下げ、解体へ向けた県当局の動きと、それに抗して保存を求める運動を浮き彫りにした宮崎園子さんの「解体計画に揺れる広島・被服支廠」と併せてご笑覧いただければ幸いです。

3月7日に発売された講談社の文芸誌『群像』2020年4月号の「論点」の欄には、「抗う言葉を分かち合う──芸術と批評の関係をめぐって」と題する小論を寄稿させていただきました。この息苦しい時代に芸術が何でありうるかを、ニーチェの『悲劇の誕生』の顰みに倣えばベンヤミンの精神から、批評との緊密な関係のうちに探る内容の論考です。批評的な反省を内在させた創作と、言説としての批評が協働し合うなかに、生命があまりにもないがしろにされる流れに抗い、生きることに踏みとどまる芸術の営みがありうるのではないか、という考えを表題に込めました。

202004表題に掲げた芸術作品を「抗う言葉」と見る視点は、ゲオルク・ビューヒナーの戯曲『ダントンの死』、それに触れた詩人パウル・ツェランのビューヒナー賞受賞講演「子午線」、そしてビューヒナー戯曲の最終部のリュシールの言葉を用いたヴォルフガング・リームの《街路、リュシール》を論じることをつうじて得ました。今年の1月25日に東京交響楽団の定期演奏会でリームの作品を、角田祐子さんの素晴らしい歌唱とともに聴けたことは、拙稿を綴る重要な契機の一つとなりました。

今回の小論では、ベンヤミンの「写真小史」などの議論に接続させるかたちで、佐々木知子さんの写真集『Ground』所収の長崎の写真を、新国立美術館で開催されていた「DOMANI・明日2020」展で見た藤岡亜弥さんの広島の写真とともに取り上げています。佐々木さんの写真と出会えたこと、そして藤岡さんの「川はゆく」シリーズに向き合う機会を得たことも、拙稿の展開の重要な契機となりました。

拙稿の後半では、ファシズムによる「政治の審美主義化」に抗する「芸術の政治化」をめぐるベンヤミンの議論を、「ディセンサス」を鍵語とするジャック・ランシエールの芸術論とも照らし合わせ、複数性を生きる民衆を創造する芸術の可能性にも触れました。その際に、作品の「抗う言葉」を構成し、伝える言説としての批評の役割にも論及しています。美術出版社の『美術手帖』4月号のテーマが「表現の自由」ですが、それをめぐる議論とも緩やかに呼応する内容もあるかと思います。

Ground_展示DM_book obscura_omoteこの間、拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』(岩波新書)をめぐって二つの動きがありました。まず、2月29日に本川町のREADAN DEATにて、写真家の佐々木知子さんと「土地の記憶、闇を歩く批評」と題して対談を行ないました。丁寧に準備してくださったおかげで、選りすぐりの本と器に囲まれながら、佐々木さんの写真集『Ground』に収録された長崎の写真とそれが喚起する記憶について、またある場所に立って写真を撮る行為と言葉を発することの関係について、拙著の内容とも絡めながら密度の濃い議論ができました。

佐々木さんとの対談では、カーテンを引いて視界を遮断することなく、歴史的な現在を凝視する思考と、その媒体としての写真の可能性などについて、多くを考えさせられました。拙著でも論じた言葉そのものの肯定性について、新たな視角から省みる機会ともなりました。今回の対談の場をご準備くださったREADAN DEAT店主の清政さん、『Ground』版元tentoの漆原さんに心から感謝申し上げます。また、当日は約20名の方にお集まりいただきました。大変な状況のなか、足を運んでくださったことに心から感謝しております。

それから、3月15日の中國新聞読書面の「著者に聞く」コーナーで、拙著『ヴァルター・ベンヤミン──闇を歩く批評』をご紹介いただきました。インタヴューを丁寧にまとめて、言語、芸術、歴史を問うベンヤミンの危機の時代の思考の足跡を辿る本書の特徴を浮かび上がらせてくれた森田裕美さんに心より感謝申し上げます。拙著が新たな読者と出会うきっかけになることを願っています。

記事の後半は、本書の成り立ちと広島との関わりにも触れています。核分裂が発見された研究所のそばにあるベルリン自由大学の図書館に日々籠もってベンヤミンの著作に取り組むなかから生まれたこの小さな本に込められた思考を、「核の普遍史」に抗する広島からの、そして他の場所とも結びつく想起の営みの意義を考えるのに少しでも生かせればと思います。

IMG_0634その後、勤務先の大学の図書館の司書の方が、この記事を使って私の著書のコーナーを作ってくださいました。来館者が拙著を知る契機を設けてくださったことに感謝申し上げます。ご報告が遅くなりましたが、拙著は、みすず書房の月刊『みすず』2020年1・2月合併号における「2019年読書アンケート」特集で、姜信子さんと成田龍一さんに挙げていただいています。「歴史の反転」へ向かうベンヤミンの思考に着目した本書の趣旨を深く汲んだお二人のご紹介に、心より感謝申し上げます。

時代は先の見えない、そして息苦しい闇と化しつつあります。そのなかを歩むのに、拙著が少しでもお役に立てたらと願っています。早いもので三月もあとわずかです。次の仕事を少しでも先に進めておかなければなりません。厳しい状況が続きますが、適度な緊張感と社交的な距離を保ちながら、お健やかにお過ごしください。

東京交響楽団第652回定期演奏会を聴いて

[2017年7月15日/ミューザ川崎シンフォニーホール]
650_652作曲家細川俊夫がみずからの創作活動の軌跡を、その音楽思想とともに語った対談書『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』(柿木伸之訳、アルテスパブリッシング、2016年)には、2011年3月11日の東日本大震災によって甚大な被害を受け、痛ましい姿を晒すミューザ川崎シンフォニーホールの写真が収められている。その後復旧を遂げたこのホールで、細川が震災の犠牲者、とりわけ地震と津波によって子を失った母親たちに捧げた《嘆き》(2013年)とグスタフ・マーラーの交響曲第2番ハ短調「復活」(1894年)を、東京交響楽団の定期演奏会で聴くことができた。地震によって傷ついたその空間を、死者に思いを馳せ、その魂が地の底から、あるいは水底から甦る場を開く響きがを満たしたことには、特別な感慨を覚える。なお、細川の《嘆き》は、元はソプラノとオーケストラのために書かれているが、今回は独唱を務めたメゾ・ソプラノの藤村実穂子のために改稿された版で演奏された。

オーストリアの詩人ゲオルク・トラークルが死の直前に友人に宛てて書いた手紙の一節と、「嘆き」と題された一篇の詩をテクストに書かれた《嘆き》は、深沈とした打ち込みから始まる。それは細川の言う「書」としての音楽の起筆の打ち込みであるが、同時に海鳴りを思わせながら、出来事の余震を伝えているようにも聴こえる。深淵を開くかのようなその響きは、もしかすると、災厄の死者の沈黙を突きつけているのかもしれない。それに慄くかのように音楽が動き始めると、やがてメゾ・ソプラノが不穏な気配を感じさせる響きに乗ってトラークルの手紙を読み始める。その語りは、友人への語りかけと言うよりも、巨大な破局によって心が引き裂かれてもなお生きることを願う祈りなのかもしれない。オーケストラの激しい総奏が突きつける世界の崩壊を目の当たりにしながら、「狂気に陥るなと言ってくれ」と語りかける言葉には、破局を潜り抜けて未来へ向かうことへの切なる願いが込められていよう。

しかし、その願いとは裏腹に、破局はけっして過ぎ去らない。それを体験した後に生きる者は、その記憶から逃れられないのだ。破局の記憶の回帰の予感を奏でる打楽器のリズムは、途方もない出来事が再びひたひたと迫ってくることを、風景のざわめきとともに伝えるものと言えようが、その響きは一方では、《嘆き》に先立って書かれた《星のない夜》(2010年)やオペラ《海、静かな海》の打楽器による間奏が破局の予兆を告げるのと重なる。しかし、《嘆き》における打楽器の音は他方で、破局に遭った人々の内側に、その衝撃の余波が迫ってくることを伝えているようにも思われる。風の音を含んだその高まりが、《星のない夜》の「天使の歌」──そこに聴かれるのは、繰り返される人間の過ちに怒る天使の歌である──の楽章を思わせる猛々しい響きを導くと、トラークルが書いた「嘆き」の詩が歌われ始める。

そのような一節の激しい響きは、時間の水平的な流れに逆らう強さを示すと同時に、出来事の衝撃が寄せては還す、巨大なうねりのような動きも感じさせる。その動きはさらに、無数の渦によって形づくられているようでもある。こうした、破局の生き残りのうちにその記憶が否応なく湧き上がってくるのを暗示する激烈な音響が一瞬断ち切られると、「嘆き」が空間を切り裂くように歌い出される。藤村美穂子の声は、まさに時間を静止させる強度をもってまさに屹立していた。彼女の声の澄んだ強さは、一つひとつの語を際立たせながら、破局の回帰によって引き裂かれる魂の訴えを、オーケストラの響きを突き抜けるかたちで聞き手に届けるものと言えよう。冒頭の語りの部分を含めて貫かれた細やかな表現は、作品への温かい共感を示すものでもあった。「深紅の肉体は砕け散り」という詩句が、凄まじい強さを孕んだ響きで歌い切られるとともに開かれた深い沈黙は忘れがたい。

この沈黙のなかから弦楽器による柔らかな哀悼の歌が響き始めると、音楽も全体として静寂へ回帰していく。《嘆き》という作品において特徴的なのは、それとともに歌が再び語りの様相を帯びることである。《嘆き》の歌唱のパートの結構は、一見するとレチタティーヴォとアリアの組み合わせを思わせるが、それは例えば旧来のコンサート・アリアのように、語りを歌に昇華させるものではない。むしろ歌は訥々とした語りになって、静かな響きのなかへ消え入っていく。破局の衝撃と喪失の悲しみのただなかに再び身を置き、その記憶と一つになることによって心身が砕け散った後に初めて、救済がありうることを暗示するかのように。このような《嘆き》における歌の姿は、途方もない破局を人間が歴史的に経験した後に、歌うことがどのように可能かを問うものかもしれない。

このように、傷ついた魂にみずからを捧げるかたちで、巨大な震災を経た後の歌と詩(うた)双方の可能性を、それらの強度を追求するかたちで問う細川の《嘆き》を、藤村美穂子の独唱で聴けたのは幸運だった。ジョナサン・ノットの指揮も、作品の構成を完全に手中に収めていた。もっと密やかなピアニッシモの響きを求めたい箇所があったものの、東京交響楽団は、全力でノットの指揮に応えて見事な演奏を聴かせていた。このような共感に満ちた《嘆き》の演奏によって、後半に取り上げられたマーラーの「復活」交響曲における死者の魂の救済への祈りが深まったにちがいない。この壮大な交響曲の演奏も総体として、作品の全貌を明確に浮き彫りにする素晴らしいものだった。とりわけ解釈の点で、細部の彫琢と全体の構成を音楽的に結びつけた演奏は、実演では聴いたことがない。

ノットはこの交響曲を暗譜で指揮していたが、そのことは、彼が楽譜──今回は新全集版が用いられた──のみならず、それに込められた音楽そのものダイナミズムをもわがものにしていることを示していることが、演奏から伝わってきた。ノットの解釈は、全体に速めのテンポを基調としながら、きびきびと音楽を運ぶ箇所と、思いを込めて歌う箇所の対照を明確にし、さらに透明度の高い響きで作品の構成を浮かび上がらせるものだった。そのために例えば、細かい音の処理が工夫されていたのは特筆されるべきだろう。三連符や付点音符のリズムにおいて、後の音を軽くすることを徹底させることで、音響の透明性と音楽の運動性の双方を高めていたのは、実に印象的だった。第一楽章の第二主題の柔らかな歌が、たゆたうような響きのなかから聞こえてきた瞬間の美しさも忘れがたい。その主題が再現されたときのヴァイオリンのポルタメントも自然で、歌の美しさを引き立たせていた。木管楽器の一部に、もう少し闊達なフレージングを求めたい箇所もあったが、第二、第三楽章の歌謡的な部分も実に魅力的だった。

ノットの解釈でもう一つ印象に残ったのは、音楽の停滞することのない運びを重視する一方で、一瞬差し挟まれるパウゼを、音のエネルギーを瞬間的に溜めて、その強度を開放するのに見事に生かしていたことである。激烈な音響の奔流が一瞬塞き止められる第一楽章の展開部は、それを示す一例と言えよう。とくに弦楽器の総奏において、音響の塊としての強さがもう少しあれば、と思う箇所もあったが、東京交響楽団の演奏は、ノットの首尾一貫した解釈に見事に応えて、マーラーが壮大な音響の強度を、バランスのよい響きと自然な音楽の運びのなかで伝えていた。それによってフォルテないしフォルティッシモの続く箇所も、くどく聴こえなかった点は、とくに好ましく思われた。今回の「復活」交響曲の演奏は、ノットが音楽監督を務めるなかで、オーケストラがアンサンブルを高めてきた成果を示すものでもあったと言えよう。

最終楽章で、ミューザ川崎のホールの構造を生かすかたちで、バンダの音がさまざな場所から聴こえてきたのも、「少年の不思議な角笛」の詩を第四楽章「おおもとの光」──この楽章での藤村美穂子の歌唱も、一語一語のニュアンスを生かした見事なものだった──の歌詞に用い、自然と人間の照応をも意識する「復活」交響曲に相応しいと思われた。そして、暗譜で演奏に臨んだ東響コーラスの入魂の合唱は、死者の魂の再生への願いを力強く歌い上げるものだった。その歌は、六年前の大震災の後も打ち続く災厄の犠牲となった死者たちに思いを馳せながら、細川の作品に聴かれた「嘆き」を強い祈りの歌のうちに掬い取っていたのかもしれない。死者の魂の再生と、その先にある魂そのものの救済への切なる祈りが、音楽の強度のうちに込められた細川の《嘆き》とマーラーの「復活」交響曲を、一度は震災のために傷ついたミューザ川崎の空間に見事に響かせた今回の東京交響楽団の定期演奏会は、忘却の進行する現在に抗いながら、今ここに生きる者が立ち返るべき想起の場を指し示すものだったと思われる。

新国立劇場でのヤナーチェク《イェヌーファ》の公演を観て

image.php2月28日に、研究会への出張から広島へ帰る前に新国立劇場で、ヤナーチェクのオペラ《イェヌーファ》の初日の公演を観ました。《イェヌーファ》は一度、2004/05年のシーズンにベルリンのコーミッシェ・オーパーで観ていますが、その際の歌唱はドイツ語でしたので、オリジナルのチェコ語で歌われる公演を観るのは初めてということになります。今回の公演では、何よりもヤナーチェクの音楽の強さに心を動かされました。彼の音楽が、影を帯びながら忍び寄るような響きから、人を打ちのめすかのように激しく高揚する響きに至るまで、魂の最も繊細でかつ無力な部分に迫り、そこにある動揺を最大限の振幅をもって抉り出していることが、トマーシュ・ハヌスの指揮による演奏によってあらためて伝わってきました。とりわけ聴く者の肺腑を抉るような沈黙の強さが印象に残ります。

ハヌスという指揮者は、2014年の11月にミュンヘンで同じヤナーチェクの《マクロプロス事件》の公演を観たときにも、素晴らしい演奏を聴かせていた記憶があります。彼の指揮に応える東京交響楽団の演奏も、有機的な響きによる間然することのないもので、幕を追うごとに響きの奥行きが増していったのも舞台に相応しく思われました。クリストフ・ロイによる演出は、けっして奇をてらうことなく、静けさに貫かれた舞台のなかで、細かな所作や距離感のなかにそれぞれの人物の複雑な心情を浮き彫りにしようとするものと見受けられましたが、これもヤナーチェクの音楽を生かしていたと思われます。ほとんどつねに非常に低い天井の室内でドラマが進行しますが、そのことが登場人物に絶えず重くのしかかるものを暗示し続けていました。

それによって、ある閉じた共同体の内部に生きてきたイェヌーファの養母コステルニチカの葛藤と動揺がとくに際立ってきますが、そのような演出に応えて、ジェニファー・ラーモアが非常に工夫された、繊細な歌唱を聴かせていたのに感銘を受けました。それによって、《イェヌーファ》というオペラの焦点の一つと言えるコステルニチカによる乳児殺しのドラマが、さらにはそこにある死の観念の憑依が、迫真性を帯びていました。もちろん、イェヌーファの役を歌ったミミャエラ・カウネの歌唱も申し分のないものでしたが、コステルニチカ役のラーモア、そしてブリヤ家の女主人の役を歌ったハンナ・シュヴァルツの襞を感じさせる歌唱に、ヤナーチェクに相応しいものを感じます。ラツァ役を歌ったヴィル・ハルトマンも、この若い男の一途さを強い声で見事に表現していたのではないでしょうか。ラツァとイェヌーファが、心身に傷を抱えながらもともに新たな人生を歩もうと決意するに至る二重唱は、実に感動的でした。

《イェヌーファ》の主要な登場人物を貫く動揺や葛藤は、閉鎖的な共同体の差別を含んだ因習、さらにはそれがもたらす名誉の観念を抱え込んでしまうことに起因しています。そのことは各人が、すでに因習を内面化しきった共同体の人々の眼差しに曝されたり、あるいはそれとぶつかったりするなかで生じるわけですが、今回の舞台では、こうした場面はそれほど強くは表現されていなかったのではないでしょうか。とくに集団のあまりにも人間的で過剰な演技が、そうした印象を喚起したかもしれません。個人的には、村の人々がどのように共同体に属しているのかも、ある種の冷たさとともに表現されてもよかったのでは、と思います。

とはいえ、全体として今回の《イェヌーファ》の公演は、ヤナーチェクの音楽の強度が、歌手の歌唱によって、またオーケストラの演奏によって舞台上に最大限に引き出された、とても完成度の高いものだったと考えられます。ただし、そのことを手放しで喜ぶことはできません。今回の《イェヌーファ》のプロダクションを、新国立劇場はみずからの「新制作」と称していますが、それは実際には、舞台装置も、主要な歌手のアンサンブルも、そして演出も、ベルリン・ドイツ・オペラですでに出来上がっていたプロダクションです。これが新国立劇場という場所で舞台に掛けられているのを前にしては、それにいったいどれほどの意味があるのか、そのことによってこの劇場は、どのようにオペラを作ろうとしているのか、さらには日本におけるオペラの将来をどのように考えているのか、といった問いを立てざるをえないわけですが、これらの問いを前にしては暗然とせざるをえないところもあります。

ジョナサン・ノットのシューベルトのことなど

「ザ・グレート」の名で知られるシューベルトの最後のハ長調の交響曲(第8番D944)には、これまで誰も、ベートーヴェンさえも達することのできなかった、深く大きな世界を器楽だけで響かせようとする意欲が漲る一方で、次から次へと歌が湧き出てくる空間が、小気味よさを失うことのないリズムの躍動によって開かれるところがある。これらをいかに両立させるかが、この「大ハ長調」交響曲の解釈の鍵となると考えられるが、東京交響楽団の第621回定期演奏会[2014年6月14日/サントリーホール]でのジョナサン・ノット指揮する東京交響楽団による演奏は、その要求にきわめて洗練されたかたちで応えた演奏だった。

冒頭のホルンによるアンダンテの序奏は、ダイナミクスに過度に神経質になることなく、自然なフレージングで奏でられたが、その響きからは奥行きが感じられる。アレグロの主題の提示においては、付点のリズムによる主題の末尾がディミニュエンドするなかから、三連符のリズムが沸き立ってくるのが印象的であったが、それによって長いスパンを持った歌が感じられる点、実にシューベルトに相応しい。

第一楽章の提示部の終わりには、三度にわたって風が吹き寄せるように、フォルティティッシモの頂点に至る響きが打ち寄せてきた。軽やかなリズムの対の戯れから、高さを感じさせる壮大な響きが生まれてくる展開部の構築も見事。コーダは、けっして居丈高になることなく、しかし高揚感に満ちたかたちで序奏のモティーフを回帰させ、ここに一つの大きなアーチが築かれていることを感じさせてくれた。

第二楽章は、静かな歩みを感じさせるテンポのなかから、連綿と歌い継がれていく旋律が美しい。なかでも、ヴィブラートを抑えた響きによる第二主題は、これまで聴いたどの実演よりも清冽であった。木管が哀愁に満ちた歌を響かせたのに続いて、フォルティッシモで決然と歩みを進めようとする際に、ピリオド楽器の奏法を取り入れた鋭い響きが、新鮮なアクセントとなっていたのも印象に残る。凝縮度の高いクライマックスの後の密やかなチェロの歌は、感動的ですらあった。

第三楽章においては、軽やかさと有機性を失わないスケルツォのリズムの躍動が素晴らしかったが、とくにその主題の上昇音型が上り詰めたところで一瞬の間を取るのは、シューベルトがベートーヴェンたちと共有していたドイツ語圏の音楽の語法を示す表現として重要と思われるし、それによってリズムに息が吹き込まれているように感じられる。シューベルトがピアノのための作品で先鞭をつけた、そして後に豊かに展開していくワルツを予感させる旋律も、簡素さを感じさせながら小気味よく踊る。

フィナーレでは、ノットがテンポとフレージングを絶妙にコントロールしながら、リズムの躍動と旋律美を見事に両立させていた。この楽章においては、第一楽章同様に付点のリズムと三連符が目まぐるしく交錯するなかに、いかに間と静けさを確保するかが重要と考えられるが、ノットと東京交響楽団は、その要求に見事に応えて、とくに第二主題においては、密やかな歌の転調の妙を見事に響かせていた。シューベルトに相応しく、微笑みが歌われるなかに悲しみが染み込む瞬間がを聴くことができた。沸き立つリズムとともに、高揚感に漲った、しかし歯切れよさを失うことのないコーダのクライマックスの後、最後の音は、最も熱くて強い音がふっと消え去るように奏でられた。

シューベルトという作曲家は、歌が息遣いのなかで、儚く消え去る音によって織りなされることを、誰よりもよく心得ていた。おそらくそのことが、彼がしばしば楽譜に書き込んだ、他の作曲家よりも横に長いアクセントの記号に表われているのかもしれないが、ノットと東京交響楽団による「大ハ長調」交響曲の演奏は、こうしたシューベルトの特徴を、現代的な感覚と緻密な解釈で生かしたものと言える。とりわけノットによるこの曲の解釈は、これまで実演で聴いたなかで最も説得的であった。

この定期演奏会では、シューベルトの交響曲の他に、ブーレーズの《ノタシオン》の管弦楽版からの四曲とベルリオーズの歌曲集《夏の夜》が演奏された。ブーレーズの演奏は、当初少しもたつきが感じられたものの、徐々に響きが充実して、一つの流れが楽器間で受け渡されていくのが、また厳密に構成された蠢きが感じられる演奏となった。現代音楽の構成を響かせるノットの手腕を感じさせる演奏で、それがシューベルトなどの解釈にも生きているのだろう。

《夏の夜》において独唱を担当したメゾソプラノのサーシャ・クックの歌は、吹き抜けるような軽やかを求めたいところもあったが、別離の悲しみや死者への哀悼を歌う曲においては、テオフィル・ゴーティエの詩の深みを感じさせる豊かな歌を聴かせてくれた。全体として、この春に東京交響楽団の音楽監督に就任したジョナサン・ノットとこのオーケストラの相性のよさを感じさせ、両者の今後の活動を期待させる内容の演奏会であった。

[追記:6月に聴いた演奏会について]

この6月は、出張などで東京や札幌へ出かけることが多かったおかげで、上記の東京交響楽団の定期演奏会をはじめ、三つのオーケストラの演奏会を週末ごとに聴くことができました。6月22日には、すみだトリフォニーホールで、新日本フィルハーモニー交響楽団の第526回定期演奏会を聴きました。イザベル・ファウストとダニエル・ハーディングによるブラームスのマチネでしたが、この演奏会では何と言っても、ファウストのヴァイオリンが素晴らしかったです。今までに実演で聴いたなかで最高のブラームスの協奏曲であることは、間違いありません。

引き締まったテンポのなかで、ひたすらブラームスの音楽の核心に迫ろうとするアプローチと、それがもたらす演奏の完成度に、深い感銘を受けました。基本的に、音楽そのものに語らせる演奏でしたが、それによって生まれる音楽の内容の充実には、目を見張るものがあります。研ぎ澄まされた音で、恐ろしいまでに寂しさを掘り下げる第一楽章の一節など、鳥肌が立つほどでした。かといってけっして響きが冷たくなってしまうことはなく、第二楽章では、オーケストラの柔らかな響き──とりわけ木管のハーモニーが素晴らしかったです──に乗って、豊かな歌を聴かせてくれました。フィナーレでは様式感と愉悦感を兼ね備えた主題の提示から、次々に湧き立つような音楽の躍動に心を奪われました。管弦楽の伴奏の付いたブゾーニによるカデンツァが聴けたのも収穫でした。アンコールとして演奏されたバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番のラルゴでは、彼女のヴァイオリンの洗練された温かさが、最良のかたちで表われていたのではないでしょうか。

後半に演奏された交響曲第4番ホ短調では、オーケストラの豊かで、そこはかとなく寂寥感を漂わせる響きが感銘深かったです。全体的に、オーケストラの自発的で歌心に満ちた音楽作りが、ハーディングのボウイングを含めたさまざまな試み──第一楽章の第二主題の頂点で下げ弓を繰り返すボウイングで聴いたのは、アーノンクール以来でしょうか──より一歩先に行っていた印象を受けます。第二楽章の弦楽器の柔らかな響きは感動的でした。後半の二つの楽章において、音楽が熱気を増していくとともに響きが充実していくのも、この曲に相応しく、聴き応えがありました。

6月28日の午後には、札幌コンサートホールKitaraで、札幌交響楽団の第570回定期演奏会を聴きました。音楽監督としての最後のシーズンを迎えた尾高忠明の指揮で、ヴェルディのレクイエムが演奏されました。この演奏会では、札幌交響楽団の高い技術に裏打ちされた献身的な演奏もさることながら、礼響合唱団をはじめとする四つの合唱団によって構成された合唱団の素晴らしさに心を奪われました。充実したバスの響きに支えられながら、豊かな声と緻密なアンサンブルで、ヴェルディが作家マンゾーニを追悼するために書いた音楽を、見事に歌い上げていました。各声部のバランスのよさも特筆されるべきで、それがこの曲の随所に見られるフーガで生きていました。

曲の冒頭の、立ち止まりつつ沈潜していくような低弦のモティーフに続いて、悲しみと、死者の魂の安息への祈りに満ちた柔らかな響きが浮かび上がるあたりから、札幌交響楽団のアンサンブルの充実が感じられ、演奏に引き込まれました。「怒りの日」の音楽には、今一歩の荒々しさと推進力を求めたい気もしましたが、ここでの抑制は、この音楽が回帰する最後の「われを解き放ちたまえ(リベラ・メ)」に曲の頂点を築こうとする尾高の設計の表われであることが、後に判ります。表面的な効果に流れることなく、死者のための祈りの内実に迫ることは、この作品において第一に求められるべきことでしょう。「われを解き放ちたまえ」の曲で音楽がじわじわと高まり、充実したクライマックスが築かれるあたりは、実に感動的でした。四人の独唱者(安藤赴美子、加納悦子、吉田浩之、福島明也)の出来も、ほぼ申し分のないもので、とくに四者のアンサンブルには聴き応えがありました。指揮者、オーケストラ、合唱団、独唱が一体となって、ヴェルディが書いたレクイエムの内実を掘り下げ、豊かに響かせた演奏でした。

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緑豊かななかに日が差し込む6月の札幌の風景