パウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」を観て

宇都宮美術館におけるパウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」flyer

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「愚かさは、カフカのお気に入りのものたち──ドン・キホーテから助手たちを経て動物たちに至るまで──の本質をなすものだ。〔中略〕カフカにとって、次のことだけは疑いもなく確かなことだった──まず第一に、人は誰かを助けるためには愚か者でなければならないということ、第二に、愚か者の助力だけが真に助けであるということ。不確かなのは、ただ、その助けがまだ人間の役に立つのかという点だけだ」。

現在宇都宮美術館で開催されているパウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」の最終章のタイトル「愚か者の助力」は、ここに引いたヴァルター・ベンヤミンが友人のゲルショム・ショーレムに宛てた書簡のなかでフランツ・カフカの文学の核心にあるものを論じる一節から採られている。この最終章の空間に集められているのは、《何が足りないのだろう?》(1930年)という自嘲的とも見える小品に描かれた胴体のない人物=動物像をはじめ、出来損ないの被造物=生きものたちの形象である。クレーが晩年に集中的に描いた天使たちもまた、こうした被造物の仲間なのだ。

クレーの天使たちは、神の使者として地上に真理を啓示する力を未だ手にしていない。同じ空間のなかに展示されている《天使、まだ手探りをする》(1939年)に描かれた天使の姿が示すように、真理から遠ざかり、歪んでしまった世界のなかでもがいている。もしかすると、人に手を差し延べることは、この天使の手探りのような、盲目的でどこか愚かしい身ぶりでしかありえないのかもしれない。しかし、この祈りのような身ぶりがもたらすメタモルフォーズ──たとえそれが、《巣を発明した雌》(1925年)のような異形の生きものを産むものであったとしても──こそが、生あるものたちの息遣いなのだ。

このことを、クレーの開く「遊戯空間」は、いたずらっぽい微笑みとともに示している。「だれにも、ないしょ。」というテーマで開催されている今回のクレー展は、どこか出来損ないのところを含むことで、分類し、飼い馴らす眼差しを逃れていく生きものたちが変貌のなかに息づくこの「遊戯空間」に独特の時空間へ見る者を誘い、形象のさらなる解読を触発する展覧会であると言えよう。これほどまでに豊かな知覚経験のなかで、クレーの絵画の新たな奥行きを、彼の創作過程をも垣間見ながら楽しむことができるクレー展は、少なくとも日本ではこれまでなかったのではないだろうか。そのことは言うまでもなく、クレー独特のテーマの下にさまざまな時期の作品を、互いに響き合うよう配置しうるまでに深められたクレー研究に裏打ちされている。

今回のクレー展において重要と思われたのはまず、彼の絵画についてつとに指摘されてきた音楽性が深められる経験である。クレーの「遊戯空間」に鳴り響く音楽は、《赤のフーガ》(1920年)のような独特のポリフォニーであるが、それは複数の声部の共鳴であるだけにとどまらず、そのなかから第三のものが生まれてくるダイナミズムともなる。本展覧会の第2章「多声楽」は、その響きの振幅の大きさをも存分に味わえる場となっていた。例えば《島》(1932年)では、点描を駆使した色彩のポリフォニーの海のなかから、閉じることのない島の形態が、多次元的な運動とともに浮かび上がってくる。

あるいは、クレーのポリフォニーの響きは、《光にさらされた葉》(1929年)においては、補色という両極の混合によって作られた色彩のグラデーションを形成しながら、一枚の葉を生成させる。ゲーテの言う、植物の生成そのものを象徴する「原現象」としての葉を静かに差し出すようにして。この作品の静謐さは、初期作品《裸体》(1910年)の神秘的な静けさにも通じていよう。この作品には、画面を90度反転させた状態の赤外線写真が添えられていたが、それに浮かび上がる小さな人物が、実際の画面では、身ごもっているとも見える悲しげな裸体の女性の胸の辺りに、微かに浮遊している。

そのことは、小さな人物が生まれ出る前に埋葬されてしまっていることを告げながら、同時にこの人物が、女性の悲しみのなかに懐胎され、甦ろうとしていることをも暗示しているのではないだろうか。塗り重ねによる画面の重層化によっても表わされるクレーのポリフォニーは、生と死のあわいへも、見る者を誘っているのだ。このことは死者の深い哀悼にもとづいていよう。とりわけ、第一次世界大戦でおびただしい死を経験したクレーは、歴史の遺物を自然が侵食する廃墟のなかから、生きものたちが甦り、息づく場を開こうとしているのではないか。このことを暗示しているのが、第3章「デモーニッシュな童話劇」に集められた、緑が印象的な作品群であろう。

なかでも、《女の館》(1921年)は、深い闇のなかから明滅する緑がメルヒェン的な、自然と人工物の境界を不分明にするような形態を浮かび上がらせ、もう一つの世界への玄関へ見る者を誘う。また、《小道具の静物たち》(1923年)では、打ち捨てられた小道具たちが、怪しい光を放ちながら動き始める。その時間が、現実世界のクロノロジカルな時間とは別の時間であることも、クレーの絵画は優れて音楽的に示しているのだ。そのことは、第1章「何のたとえ?」に集められた、音楽のフェルマータやターンの記号をモティーフとした作品が、説得的に示しているのではないだろうか。

時間の転回をもたらす装飾音ターンの記号は、《子ども》(1918年)の顔では、後の《新しい天使》(1920年)を思わせる顔を形づくっているが、《ある音楽家のための楽譜》(1924年)では、矩形の形態が分解して落下する運動の時間を、ぐっと繋ぎ止めているようにも見える。他方、眼を思わせるフェルマータの記号は、《アクセントのある風景》(1934年)では、時の静止をもたらすとともに、風景をたわませ、緑に息を吹き込む。このような、もう一つの時間によって貫かれることによって、生あるものたちが──失われたものも含め──甦り、メタモルフォーズのなかに息づく世界。これをクレーの絵画は構成するわけだが、そこへと誘うのが、本展覧会の第5章の表題にもなっている「中間世界の子どもたち」であろう。

最晩年の《無題[子どもと凧]》(1940年)に登場する、体が手紙と化した子どもは、自分がいる画面の裏側にある楽園、《無題[花と蛇]》の世界──それを見せる展示から、クレーの両面制作の重要性も伝わってくる──へ、見る者を導くかのようだ。その姿は、メタモルフォーズとともに生あるものの形態が浮かび上がってくる源泉へ見る者を招待する、クレーの絵画そのものの象徴でもあるのかもしれない。そして、今回のクレー展「だれにも、ないしょ。」は、その招待に応じてクレーのいたずらっぽい微笑みの足跡を辿ることで、けっして完結することのない彼の世界の内奥へ、豊かな音楽の経験と新たな知見とともに導かれる、希有な機会と言えよう。《プルンのモザイク》(1931年)などの傑作も集まっている。

[2015年7月5日〜9月6日:宇都宮美術館/9月19日〜11月23日:兵庫県立美術館

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