広島での細川俊夫のオペラ《松風》の上演へのお誘い

EHZb3NYUUAIgu_g早いもので1月が終わろうとしています。ここ広島では真冬とは思えない暖かな日が続いています。みなさまいかがお過ごしでしょうか。来たる2月15日(土)と16日(日)に、ひろしまオペラ・音楽推進委員会が主催するHiroshima Happy New Ear Opera IVとして、細川俊夫のオペラ《松風》の公演が、広島市のJMSアステールプラザの中ホールで開催されます。主催組織の委員の一人として、多くの方々にご覧いただきたいと願っています。

細川俊夫さんを音楽監督に迎え、その作品をはじめとする現代の音楽を軸とする演奏会シリーズ、Hiroshima Happy New Earでは、2012年からHiroshima Happy New Ear Operaとして、2012年から細川さんのオペラを上演しています。最初に取り上げられたのは《班女》(平田オリザ演出)で、2015年には《リアの物語》(ルーカ・ヴェッジェッティ演出)、2018年には再び《班女》(岩田達宗演出)を、いずれも能舞台を使って上演してきました。

第4回を迎える今回、満を持して《松風》を取り上げます。この作品に関しては、好評を博した2018年2月の新国立劇場での日本初演をご記憶の方も多いことでしょう。サシャ・ヴァルツさんの振り付けと塩田千春さんの美術による2011年の世界初演以来の舞台は、細川さんの音楽とともにオペラの新しい姿を、日本の観客に鮮烈に印象づけました。それによって《松風》のイメージが決定づけられている面もありますが、広島の《松風》のプロダクションは、初演のそれとはまったく異なった作品像を提示するものです。

今回も上演に能舞台が用いられます。演出を担当するのは、前回の《班女》に続いて岩田達宗さんです。昨日(1月29日)行なわれた公開リハーサルの際に岩田さんは、オペラ《松風》の台本がドイツの女性作家ハンナ・デュブゲンによって書かれたことを重視しておられました。原作を生かしながらも、男性の原作者とは異なった感性によって作られたリブレットを介することで、およそ600年前に世阿弥が能曲として書き記した内実が、現代の身体に甦ることを、岩田さんの演出は示してくれるにちがいありません。

須磨の浦の海女、松風と村雨の姉妹は、そこで出会った在原行平への恋情を募らせながらこの世を去ったわけですが、その魂のなかで、思慕の念は狂おしいまでに高まっていきます。そして、恋慕の情の高まりは、魂がこの世に回帰することによって、すなわち身体の現象において表現されうるのです。このことを、能舞台を用いた今回の演出は、オペラの第二場の姉妹の美しい二重唱から証明してくれるはずです。そして、それを可能にする音楽家も、広島でのプロダクションには集まっています。

EHZb3NkUUAAEFuZ指揮を担当するのは、2012年からずっと広島での細川さんのオペラを指揮してきた川瀬賢太郎さんです。細川さんの音楽の息遣いを一貫した流れに生かし、歌とともに豊かに響かせる川瀬さんの音楽作りは、高い評価を得てきました。そのいっそうの深まりが示されることでしょう。松風と村雨の役を歌うのも、Hiroshima Happy New Ear Operaの第1回公演から見事な歌唱を聴かせてきた半田美和子さんと藤井美雪さん。第二場の二重唱と第三場の松風のアリアは本当に楽しみです。

《松風》というオペラは、手の届かないところに他者がいるからこそ、一体となろうとするまでに思い焦がれるという人間の逆説と、そこにある懊悩からの救済の可能性もまた、他者との邂逅のうちにあるという洞察とを、風が吹き、波が打ち寄せる岸辺を感じさせる音楽によって伝えています。能舞台を用いてその魅力を凝縮されたかたちで表現する上演をぜひご覧ください。今回の公演は、キャストを含めて日本人による最初の《松風》の上演ということになります。広島からの、そして日本からの《松風》の誕生の瞬間を、多くの方とともに見届けたいと願っております。

公開リハーサルを見て、舞台が順調に仕上がってきていることを確信しました。お見逃しのないよう、お誘い合わせのうえ、チケットをお早めにお求めください。2月15日(土)、16日(日)とも、開演は14:00です。両日とも、終演後にトークが計画されています。広島県内はもとより、九州、そして関西や関東からも日帰りで、あるいは旬の牡蠣を楽しむことを込みに小旅行を兼ねてお越しいただけることでしょう。みなさまのお越しを心よりお待ち申し上げております。今回の《松風》の公演のプログラムにも、作品解説の小文を寄稿させていただきました。ご観覧の際にご笑覧いただけたら幸いです。