長月の福岡便り

九月も終わりに近づき、朝夕の風に秋の深まりが感じられるようになってきました。とはいえ福岡では、陽射しの強い昼間には、まだ夏の暑さが感じられます。今年は秋らしい気候の日がどれくらいあるのでしょうか。列島の多くの地域が「緊急事態宣言」や「蔓延防止等重点措置」の下に置かれ、文字通り息苦しかった夏を潜り抜けて、芸術の息づく秋が訪れてほしいものですが、新型コロナウイルスに対する警戒を緩められる状況ではないのも確かです。こうしたなかでも、芸術の営みを安心して続けられるよう、誰もがすぐに検査を受けられる体制が整えられてほしいと思います。

管に留まった夕暮れ時のカモメ

大学でのさまざまな活動を安全に展開するためにも、検査体制の拡充が、ワクチンの普及とともに求められるのではないでしょうか。勤務先の大学では、すでに後期の授業が始まっています。今月中はオンラインで講義せざるをえません。昨年度までは十月から後期が始まっていたので、早くも講義の準備に追われています。こうして授業が早く始まるのにも慣れていかなければなりません。今年は締め切りに追われるうちに、夏休みの宿題と思っていた仕事ができていないことが心残りです。とはいえ、先月から短い論考を公にしたり、研究を広く伝えたりする機会に恵まれたのは幸いでした。

まず、六月末からEnglish Journal Online誌での連載「翻訳を哲学する」の第三回「翻訳の倫理──他者とともに生き延びるために」が八月末に公開されました。今回は、文化をも形成する翻訳の創造性を、文化は複数性でのみ存在しうるというヴェルナー・ハーマッハーの議論に接続したうえで、バルバラ・カッサン、それに先立ってジャック・デリダが論じた、言語自体に刻まれた故郷喪失ないし「母語」の虚構性を踏まえた翻訳の可能性を考えてみました。さらに、エマニュエル・レヴィナスの倫理思想を踏まえてアントワーヌ・ベルマンが論じた「翻訳の倫理」を踏まえながら、今ここにある生存の危機を他者とともに生き抜くことへ向けた翻訳の倫理性を論じようと試みました。

他者の言葉をその肉もろとも受け止めるというベルマンの思想は、ヴァルター・ベンヤミンやフランツ・ローゼンツヴァイクらが翻訳に求めた「逐語性」の内実にも触れていると思います。English Journal Onlineでの連載は、今回が最後になります。読んでくださった方に感謝申し上げます。八月にはこれ以外に、広島の原爆忌の日の朝日新聞に掲載された「ゴジラに見る被爆国の現在地──戦後76年、核を描かない新作」に、山本昭宏さんとともにコメントを寄せる機会にも恵まれました。新しい「ゴジラ」映画における核の不在とキノコ雲のアイコン化、そしてそれに対する反応から、原爆の記憶の現在を見つめる内容の記事です。

記事の後半に含まれるコメントで、「唯一の戦争被爆国」という言葉を含む、記号化された表象が象徴する神話によって多様な原爆の犠牲の記憶が忘却され、犠牲の歴史が継続してしまう危険を指摘しました。映画『ゴジラ』を含む核の表象を読み直しつつ、きめ細かく原爆を想起し、犠牲の歴史に抗うことの重要性が伝わるとすれば幸いです。このコメントのための取材の副産物のようなかたちで、9月18日付の朝日新聞西部版夕刊の「おじゃまします」のコーナーにて、ベンヤミンの歴史哲学の研究を中心に、主に歴史哲学についての研究を、現在の問題意識を含めてご紹介いただきました。

岩波文庫版『パサージュ論』第5巻書影

ベンヤミンの歴史哲学と言えば、それを方法論として近代の根源史を「十九世紀の首都」パリから描き出し、犠牲を重ねながら破滅へ向かって「進歩」を続ける歴史を覆すものとして書き継がれていた彼の『パサージュ論』の岩波文庫での再刊が完結しました。各巻に訳者の一人による示唆に富んだ解説が付されたその五巻を見渡すと、『パサージュ論』の「ミニアチュア・モデル」として計画された一連のボードレール論のみならず、「物語作家──ニコライ・レスコフの作品についての考察」や「技術的複製可能性の時代の芸術作品」などに結びつく思考もそこから発していることが分かります。『パサージュ論』のトルソーとして残されている膨大な引用と覚え書きが記されたパリの国立図書館の閲覧室は、ベンヤミンの思考の培養室でもあったのかもしれません。

今日9月26日は、ベンヤミンが越境を阻まれてみずから命を絶った日です。そのために彼が、『パサージュ論』などを未完のままで遺さざるをえなかったことや、今も彼のように越境を阻まれる人々がいることに思いを致すべき日と思います。ちなみに、ベンヤミンが自死を遂げた場所であるカタルーニャのポルボウには、今年の5月29日に亡くなったダニ・カラヴァンが制作したモニュメント《パサージュ》があることは周知のとおりです。場所の地誌や周囲の環境とも深く結びついたかたちで、その意味で「サイト・スペシフィック」に想起の場を開く作品を造ってきたカラヴァンが、早尾貴紀さんが指摘するように、国会や最高裁判所を含むイスラエル各地に、シオニズムの歴史観とも親和性のある作品を残していることには、複雑な気持ちにさせられます。

このことが示す問題を見据えながら、ベンヤミンがどのような歴史に抗おうとしていたのかをあらためて考える必要があるように思います。そのうえで、死者とともに生き延びる道筋を切り開くような新たな歴史を構想する思考にとって、ベンヤミンの歴史哲学は不可欠の発想を示しています。拙著『断絶からの歴史──ベンヤミンの歴史哲学』(月曜社、2021年)は、このことをベンヤミンの「歴史の概念について」のテーゼや『パサージュ論』のための覚え書きの読解をつうじて示しつつ、「断絶から」歴史を考え直す着想を伝えようとするささやかな試みです。これを多くの方に丁寧に読んでいただいていることに心から感謝しております。年内に二度ほど、この『断絶からの歴史』についてお話する機会を持てるものと考えております。

ベンヤミンが抗おうとしていた歴史。それは生あるものの生命を使い尽くしながら、また絶えず苛酷な暴力に晒される人を生みながら、今も続いています。先日、土本典昭監督の『水俣──患者さんとその世界』(1971年)を見て、そのことをあらためて思いました。同時に、この監督の記録映画の映像の力も感じました。水俣病を抱えて生きる人々の身体を、そこから発せられる声を、深い陰翳とともに立ち上がらせ、幟の「怨」の一字に込められてきたさまざまなものを今に突きつけています。今も続く「水俣」とは何かと問いかけられているように思いました。

土本典昭監督『水俣──患者さんとその世界』ポスター

撮影は主に1970年に行なわれているようです。大阪で万国博覧会が開催された年です。それが寿いだ技術文明の進歩こそが水俣病をもたらしたという告発も映画から聞かれますが、そのような「メガ・イヴェント」が行なわれる陰で見棄てられる命があることは、今まさに起きている棄民と重なります。映画では、苦悩を抱えた者たちが集うことの喜びが描かれる一方で、訴訟や一株運動といった患者とその支援者の運動に亀裂が生じつつあることも照らし出されていました。こうした問題を含めて水俣病を抱えて生きるとはどういうことだったかを考えるうえで、土本監督の『水俣』は、映画のなかに少し登場する石牟礼道子の『苦海浄土』とともに、まず参照されるべき作品と思います。

福岡では今月、このほかに素晴らしい音楽に触れる機会もありました。9月3日に聴いたカーチュン・ウォンの指揮による九州交響楽団の定期演奏会は素晴らしい内容でした。まず、前半に演奏されたブラームスのヴァイオリン協奏曲では、独奏を務めた金川真弓の持ち味が存分に発揮されていました。どこまでも豊潤でありながら、凛とした存在感を貫くヴァイオリンに、カーチュン・ウォンの繊細な音響の造形が寄り添って、作曲家が書いた音のすべてが、見通しよく響いたように感じました。全体としては、ブラームスの音楽にじっくりと真正面から向き合うアプローチだったと思います。決然とした歩みのなかで、すべてのフレーズを歌いきった演奏でした。

九州交響楽団第397回定期演奏会フライヤー

後半では、カーチュン・ウォンが晩年のバルトークの音楽に、これも真っ向から取り組んでいる印象を受けました。何よりも際立ったのが、響きのバランスの絶妙なコントロールで、それによってアクロス福岡よりも残響の少ない福岡サンパレスのホールでも、一つひとつの楽器やセクションが、有機的な響きの地の上に浮き立って聞こえました。このような、「管弦楽のための協奏曲」に相応しい音響の造形が、愉悦感をも感じさせる音楽の光彩に結びついていたのは、今回の演奏の美点だったと思います。これからの九響の演奏会が楽しみになってきました。

音楽に関連しては、八月下旬にサントリーホールで開催されたサマーフェスティバル2021のことも忘れられません。今回は、現代を代表する作曲家の一人であるマティアス・ピンチャーが自作を披露し、音楽監督を務めるアンサンブル・アンテルコンタンポランと東京交響楽団を指揮し、さらに作曲ワークショップを指導すると、まさに八面六臂の活躍を見せました。その初日(8月23日)に、細川俊夫のオペラ《二人静──海から来た少女》の日本初演に立ち会うことができました。世界初演を行なったアーティストが作品の音楽を摑んでいることが伝わる見事な演奏でした。海辺の風景が精細に描かれるなか、逃れ行く者の言葉が聴く者の胸に迫るひと時でした。

サマーフェスティバル2021フライヤー

2017年の冬に行なわれたこのオペラのパリでの世界初演にも接していますが、その頃と同様に、アフガニスタンなどから多くの逃れゆく人々がいる現在に、静御前と難民の少女の声を重ね、時空を越えた両者の魂の邂逅をが浮かび上がらせる作品が響いたことを感慨深く思っているところです。サマーフェスティバルのプログラムに、この《二人静》の作品解説を寄稿しました。作曲家の音楽をその原風景から考える機会をいただいたことに感謝しております。こうした芸術についての評論を少しずつ続けながら、研究を進めていかなければなりません。『断絶からの歴史』の終章で示した歴史哲学の構想と、実存思想協会第37回大会での講演で示した美学のテーマを、局面を変えてさらに展開しなければと考えているところです。