ここへ来てようやく春らしい陽射しが注いでくるようになりました。それまで福岡では、気温は平年と変わらないものの、重い雲が垂れ込め、時折雨風が強くなる日が続いていて、気分も体調も落ち込むことが多かったので嬉しく思っています。学期の始まりの慌ただしさもようやくひと段落し、溜め込んだ仕事に少しずつ取り組んでいるところです。美学と哲学の講義にも、またこれらを深めるゼミにも熱心な学生がいて刺激を受けています。ゼミではエドワード・W・サイードの晩年の著作を読み始めました。彼が何を問い続けてきたのかを顧みることをつうじて、現在の厳しい状況を見通す思考の方途を探れればと思います。
さて、3月から4月の仕事についてご報告しておきたいと思います。まず、書評紙『週間読書人』の3月1日号に、郁文堂から昨年末に刊行されたヨアヒム・ゼング編/細見和之訳『アドルノ/ツェラン往復書簡1960–1968』の書評を寄稿しました。手紙の遣り取りをたどると、パウル・ツェランがいかにテーオドア・W・アドルノによる「アウシュヴィッツ以後」の詩学を待望していたかが伝わってきます。詩人にその最期まで重くのしかかったゴル事件に関しても、彼は哲学者の助力を期待していました。しかし、アドルノはそうした思いに応えきれないまま世を去り、その翌年にツェランは自死を遂げることになります。
ツェランが望む「対話」は実現しなかったとはいえ、編者の評注を読むと、彼とアドルノとのあいだに、それぞれの作品に跡を残すほどの交流があったことが伝わってきます。ツェランの詩作について踏み込んだ議論を含む訳者解題を含め、詩とは何か、詩と哲学の関係はどのようにありうるかを強く問いかける一書と思います。その批評に取り組む過程で、ツェランの「死のフーガ」と「迫奏(エングフュールング)」を照らし合わせる必要を感じ、その後ペーター・ソンディのツェラン論などを頼りに、これらの二篇をはじめとする詩に取り組みました。3月16日には、その中間報告を含む研究発表を形象論研究会で行ないました。
新潟大学の駅前のエクステンション・サイト「ときめいと」を会場に開催された第18回の研究会では、「危機のイメージ/イメージの危機──形象のゆくえを危機(Krise)/批判(Kritik)/戦争(Krieg)の3Kから考える」というテーマの下でシンポジウムが行なわれ、その際に竹峰義和さん、石田圭子さん、三木順子さんに続いて、「人間の彼方からうたう──破局からの詩学のために」と題する研究発表を行ないました。シンポジウムをコーディネートしてくださった高安啓介さんと新潟での研究会の場を準備してくださった田邉恵子さんにあらためて感謝申し上げます。他の三名のパネリストの発表からも多くの刺激が得られました。
今回の発表では、「まだ歌をうたうことができる/人間の彼方で」というツェランの「絲の太陽」の詩句に、被爆を体験した原民喜が「鎮魂歌」に記した言葉に呼応するものを見ながら両者の詩作の一端を検討しました。それをつうじてホロコースト、原爆といった20世紀の出来事を経て、人間そのものが根底から問われ続けている危機的な現在にあって「うたう」可能性を問う、〈破局からの詩学〉とも言うべき思考の方向を探ったところです。すでに何年かにわたって取り組んでいるテーマですが、破局の経験として詩を考えることに一定の道筋をつけなければと思っています。発表の内容の一部は、およそ一年後にお届けできるでしょう。
同じ頃に西南学院大学の『国際文化論集』に、「翻訳からの正義と救済──ベンヤミンの『翻訳者の課題』と脱植民地化の文学の可能性」と題する論文が掲載されました。昨年、ワルシャワでの国際ヴァルター・ベンヤミン協会の研究集会で発表した内容に、新たな内容を付け加えながらまとめたものです。ベンヤミンの正義論と翻訳論の相即を辿りつつ、支配関係の解体の実践としての翻訳に論及しています。そこで触れた言葉への愛に貫かれながら支配的な「歴史」に介入し、抑圧されてきた記憶を反響させる翻訳の「微かなメシアの力」。それは、広い意味での聞き書きの文学を視野に入れながら掘り下げられるかもしれません。
4月に入って形象論研究会の雑誌『形象』の第6号が公開されました。オンライン・ジャーナル化されて2号目になります。大阪大学学術情報庫OUKAでご覧いただけます。特集「ベンヤミンからのイメージ論」に趣意文と「創造の解放からの救済へ──ベンヤミンのイメージの美学の射程」と題する論考を寄せました。彼が「技術的複製可能性の時代の芸術作品」に語られる「知覚論」としての美学を、青年運動に関わっていた時代から一貫したものとして検討し、知覚の解放としての陶酔とそこからの覚醒をつうじて、仮象批判ないしは神話の破壊を含んで出現するイメージの経験を探究してきたことを描き出そうとする試論です。
前後しますが、2月の末日付けで刊行された原爆文学研究会の機関誌『原爆文学研究』第22号に、「傷からの芸術──ヒロシマからの芸術が問いかけるもの」と題する論考を寄せました。原民喜の作品集の編者解説として書かれた大江健三郎の言葉にある核時代における人間の「赤裸」の姿を、ベンヤミンが「経験と貧困」というエッセイに浮かび上がらせた、「破壊的な奔流と爆発の力の場の真んなかにいる人間の身体」の剝き出しの姿と照らし合わせ、ヒロシマ以後の「傷からの芸術」の展開の意義に迫ろうとするものです。昨年6月4日に広島で開催された藝術学関連学会連合第17回公開シンポジウムでの研究発表の内容をまとめ直しました。
原民喜の詩作と殿敷侃の芸術の一端を、歴史の断絶とも重なる、癒えることのない傷からの芸術の展開として省みたうえで、傷を名づけ続け、それを分かち合う回路を開くところにヒロシマ以後の生存の芸術の可能性を探る方向性は、先に触れた〈破局からの詩学〉のそれとも重なるものです。この『原爆文学研究』第22号には、昨年12月9日に広島大学で開催された研究会のワークショップ「記録からひらく表現」の記録も収められています。それをつうじて小林エリカさんと福田惠さんの素晴らしいプレゼンテーションが文字化されたことは、非常に貴重と思います。それに対するささやかなコメントも収められています。
この春は音楽に関わる仕事もいくつか公にしました。ここまでお伝えしてきた研究を貫く問題意識と共鳴するものを含んでいますが、2024/2025年の新国立劇場のシーズンでの初演(2025年8月11日より)が予定されている細川俊夫さんの音楽、多和田葉子さんの台本による新作オペラ《ナターシャ》に寄せる小文「うめきが反響する言葉が生まれる地獄の底へ」を、同劇場の予告フライヤーとオペラ関連ニュース(ウェブ)に掲載していただきました。この幾重もの意味で新しいオペラについての拙稿は、細川さんから音楽の構想をうかがいながら、またその過程で多和田さんによる台本の内容もお聞きしながらまとめたものです。
拙文が現代世界の底に渦巻くうめきを、新たな愛へ向けて越境的にに交響させる作品への関心が広がる機縁になればと願っております。奇しくもそのウェブ版が公開された3月8日には、「下野竜也音楽総監督ファイナル」と題して広島交響楽団の特別定期演奏会が開催され、そこで細川さんのフルート協奏曲《セレモニー》が取り上げられました。これを上野由恵さんの素晴らしい独奏で聴けたのは幸いでした。また、7年にわたって深められたアンサンブルによって、ブルックナーの交響曲第8番の核心にあるものが響いた演奏会でもありました。この演奏会の批評を3月19日付の中国新聞に寄稿しました。
こうして広響の下野さんの時代が終わることには感慨深いものがあります。2019年から2020年にかけてベートーヴェンの交響曲と細川さんの協奏的作品が演奏されたディスカバリーシリーズで曲目解説を担当させていただいたことは、この二人の作曲家の世界について多くを学ぶ貴重な機会となりました。細川さんのヴァイオリン協奏曲《祈る人》が庄司紗矢香さんの独奏でイギリス初演されたBBC交響楽団の2月9日の演奏会のプログラムに、細川さんのプロフィールを寄稿する機会がありましたが、そこで出発点としたのも、広響のシリーズで細川さんの作品、とくに「Voyage(旅)」シリーズが取り上げられたことでした。
3月下旬から4月初旬にかけては、家族の用事もあって間を置かずに東京へ出かけることになりましたが、その際にいくつか演奏会を聴けたのは幸いでした。とくに3月22日にゲーテ・インスティトゥート東京で開催されたアウレウス三重奏団と青木涼子さんによる「WELTENTRAUM~世界をつなぐ音楽」は興趣に富んでいました。一つの流れのなかで多様な夢の世界を巡り、夢見ること自体を掘り下げる演奏会でした。クラリネット独奏のための《エディ》をはじめ、細川俊夫さんの作品を二曲聴けたのも貴重でした。青木さんのパフォーマンスをつうじて、言葉と音楽が身ぶりとともに結びつくなかから生じる出来事を、その気配から感じることができました。この演奏会の批評がMercure des Arts Vol. 103に掲載されました。
その翌日に新国立劇場でヴァーグナーの《トリスタンとイゾルデ》の上演に接したことになります。それについて思ったことは別稿に記したとおりです。4月6日に聴いた読売日本交響楽団の定期演奏会では、ボフスラフ・マルティヌーの《リディツェへの追悼》の実演に接することができました。ナチスによるリジツェ村虐殺の犠牲者の魂を揺り起こそうとするかのような強い響きのなかから、その救済への祈りがふつふつと湧き上がるのが伝わってくる演奏でした。これと通底するかたちで、音楽の強烈な躍動のなかから魂の救済への祈りがとめどなく湧き上がる出来事は、オリヴィエ・メシアンの《昇天》からも感じられました。
マルティヌーの《追悼》、メシアンの《昇天》、そしてこれらのあいだに演奏されたベーラ・バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番のいずれにおいても旋法にもとづく音楽の展開が特徴的でした。これらの作品を、シルヴァン・カンブルランの指揮で聴けたのは幸いでした。バルトークの作品における金川真弓の独奏は、その言葉を明確に響かせていました。フィナーレの堰を切ったようにほとばしり出る歌には惹きつけられました。緩徐楽章の後半の歌の深い息遣いも印象的でした。闇が深まっていく時代に、古い歌の記憶に耳を澄ましながら、自由への渇望を新たに響かせようとする作曲家の試行に思いを馳せながら聴きました。
こうした東京の演奏会などへ出かけたいのはやまやまなのですが、学期が始まり、大学の仕事も忙しくなってきているので、まずは研究と執筆などの時間を作ることを優先せざるをえません。大学で、また福岡では、初夏にかけて関係する催しがあります。冒頭で触れたサイードの批評、そして原民喜が体験した広島の被爆の記憶が関わるものです。これらについては、また折を見てお伝えいたします。ついでながらお伝えしておきたいのは、4月11日付の西日本新聞の文化面に、クリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』についての談話を掲載していただいたことです。
この映画の文脈を解き明かしたロバート・キャンベルさんの談話と併せてお読みいただければと思いますが、映画がセンセーショナルな現象になっていることを、ベンヤミンの芸術論やアドルノの文化産業論などの意義を考え、被爆の記憶の表現をたどってきた視点から批判的に考察しました。林京子の「トリニティからトリニティへ」と小田実の『HIROSHIMA』にも触れました。これらの表現を顧みながら話題の映画を吟味し、核の表象について議論を深める契機の一つになる談話であるとすれば幸いです。核の危機は深刻さを増しています。その現在を地の底から照らしながら、生への渇望をうたう回路を探っていきたいと思います。
冒頭で触れたようにだいぶ暖かくなりましたが、昼間の陽気にはすでに初夏の兆しが感じられます。近所の池の周りには、菖蒲が咲いていました。木々や草の葉も夏の色に変わりつつあります。これから休日が続きますので、仕事の合間を縫って、福岡で花を眺める時間も少し持てたらと思うところです。昨年見に行った黒木の大藤は見事でした。二年ぶりに柳川を訪れるのも一興かもしれないとも考えましたが、今はどこも観光客が多いかもしれません。ともあれ、夏にかけていろいろと慌ただしくなるうえ、さすがに息切れしかかっているので、連休は体調を整えながら仕事に取り組みたいと思います。夏の暑さになる地域もあると聞いています。旅行先を含め、さまざまな場所で、まずはお身体に気をつけながらお過ごしください。