Chronicle 2017

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ある秋の日の夕暮れの太田川放水路

例年よりもいくぶん寒さの厳しい年の瀬をいかがお過ごしでしょうか。広島はここへ来て曇りがちになってきました。そのぶん冷え込みは、気温のうえでは和らいでいますが、湿気のせいでむしろ寒く感じます。昨年は在外研究で滞在していたベルリンで年の瀬を迎えていたわけですが、たしかその頃は、日中も気温が零度を下回るくらい寒さが厳しかったと思います。しかし、空気が乾燥しているせいか、滲みるような寒さは感じませんでした。そのような気候のなか、ベルリンでは淡々と日々を過ごしていたことが思い出されます。大晦日が半分休日で、元旦が休日になる以外にはとくに休みのないドイツに、日本の年末のような慌ただしさはありません。ただし、当然ながら大晦日の夜だけは別で、元旦にさしかかった夜半過ぎまで、周りじゅうで打ち上げ花火の音が、ほとんど戦場のように轟いていました。

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10月に訪れた三段峡にて

ようやく年内までの仕事に目処をつけて、なかなか読めずにいた本のページを繰っていると、そのようなことが少し懐かしく思い起こされます。今年の2月上旬にベルリンでの10か月ほどの研究滞在を終えて帰国し、広島での仕事に戻ったわけですが、それから10か月以上が経ってもなお、日常生活のペースになかなか適応できずにいます。その要因として、在外研究後の多くの例に漏れず、4月に新しい学期が始まってからというもの、大学でさまざまな仕事を背負うことになって、それが非常に忙しいということも、もちろんあるにはあります。しかし、それ以上に自分が身を置いている環境、さらにはこの国の息苦しさが、今に至る「不適応」の最も大きな原因でしょう。たまに中国山地の峡谷などへ出かけたりすると、今まで感じたことのない解放感を感じることもあります。そうした自然の美しい場所に比較的容易く行けるのが、広島のよいところでしょうか。

それでも何とか日々の仕事をこなしているわけですが、やはり精神的にはストレスが溜まります。とはいえ、息苦しさを醸し出している仕組みにだけは、絶対に適応するまいと思っています。なぜなら、今この列島の人々を──私が身を置いている大学のいわゆる「改革」を含めて──「前へ」動かしている現在の仕組みが、幾重もの不正を覆い隠すことによって仕組まれたものであることは、少し目を開いて気骨あるジャーナリストなどが綴った文章を辿れば、歴然としているからです。何よりも許しがたいのは、権力者が不正を積み重ねて不正義を構造化していく過程で、現在の社会的関係のなかで弱い立場にある人々が被った、各人の尊厳を踏みにじる暴力が、暴力として裁かれていないことです。こうした問題に対して実質的に何もできないことは歯痒いですし、問題を質す言論が不可視の力によって抑圧されているのには、本当に胸が詰まる思いです。

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晩秋に訪れたパリのギャルリ・ヴィヴィエンヌにて

その一方で、選挙の結果などが示すように、不正を重ねた上で不正義を蔓延させる現在の仕組みに、人々がみずから、しかも「みなと同じように」しがみつこうとしているのも確かでしょう。秋にたまたま訪れた東京の美術館のやや混み合った展示室の内部で、観覧者が「自発的に」整然とした行列を作っているのを目の当たりにしたときには、言いようのない気味の悪さを覚えました。このような行動こそが、自分たちとは異質に見える少数者を排除しながら、社会をみずから息苦しいものにしているのではないでしょうか。それにけっして同化することのない自由が、少数者を含めた他者とともに生きることと結びつく回路を、学生を含めた若い人たちが、自分自身の生き方として考えるきっかけを伝えることが、教育に携わる者として課せられた仕事ではないかと考えていますが、その仕事もけっして容易ではありません。

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第28回武生国際音楽祭flyer

このような息詰まる社会生活から一歩離れて息をつき、思考をほぐすひと時を与えてくれたのが、音楽をはじめとする芸術でした。すでにここでもお伝えしてきたように、細川俊夫さんの室内オペラ《二人静》のパリでの世界初演やオラトリオ《星のない夜》のベルリンでの演奏、国内での重要な演奏会の数々、さらには魅力的な展覧会などに接することができたことは、けっして忘れられません。自分が芸術によって生かされていることを、これほど強く感じた一年はなかったと思います。それにどれほどお応えできたかは、はなはだ心許ないものがありますが、今年は芸術に関わる講演や執筆の仕事を、これまでになく多くいただきました。春には詩と美術、秋には詩と音楽について講演させていただく機会を得て、多くを学ぶことができました。初秋に武生国際音楽祭に参加させていただき、アーティストたちと身近に接して話すなかでも、多くの刺激を得ることができました。

324513今年は、このような芸術の関わりが、哲学するうえでも重要な位置を占めつつあるという感触を深めました。それはすでに公にしたエッセイや、来春にお届けする論文などにも表われていることでしょう。その一方で、2月までの在外研究の成果を含め、歴史哲学に関する研究の成果をまとめるという仕事は、来年に持ち越すことになりました。今年は、ベンヤミンの歴史哲学を検討した論文を、ドイツ語で書かれたものを含めて二篇公刊することができましたが、本当はもう一歩先へ仕事を進めておきたかったところです。それ以外に、事典の大項目というかたちで「哲学者」としてのベンヤミンの姿をお伝えする機会にも恵まれました。年が明けたらすぐに新しい仕事に取り組まなければなりませんし、1月から2月にかけては、細川俊夫さんのオペラ《班女》の広島での再演と、オペラ《松風》の日本初演をほんの少しお手伝いすることにもなっています。再び美術に関わる機会もいただいております。来たる年も、変わらぬご指導のほどよろしくお願いいたします。みなさまがお健やかに幸せに満ちた年を迎えられることを念じております。

■Chronicle 2017

  • 1月10日:原爆の図丸木美術館の『原爆の図丸木美術館ニュース』128号に、「ミュンヒェンの芸術の家に掲げられた《原爆の図》──Haus der KunstのPostwar展における第二部《火》と第六部《原子野》の展示について」と題する記事が掲載されました。ミュンヒェンのHaus der Kunst(芸術の家)におけるPostwar展の第一室に、丸木夫妻の《原爆の図》より第2部《火》と第6部《原子野》が展示されたことを報告し、展覧会の概要を含めて論評したエッセイです。
  • 2月10日:広島市立大学の学外長期研修によるベルリンでの研究滞在を終えて帰国しました。
  • 2月14日〜23日:広島市立大学で、国際学部の専門科目「共生の哲学II」と全学共通系科目「哲学B」の集中講義を行ないました。
  • 3月4日:駿河台のEspace Biblioにて、細川俊夫著『細川俊夫 音楽を語る──静寂と音響、影と光』(柿木伸之訳、アルテスパブリッシング、2016年)の刊行を記念してのトーク・ショーの進行役を務めました。リコーダー奏者の鈴木俊哉さんに、細川俊夫さんの作品などの演奏も披露していただいて、充実した内容の会となりました。
  • 3月10日:形象論研究会の雑誌『形象』第2号に、論文「形象における歴史──ベンヤミンの歴史哲学における構成の理論」、展覧会などの報告「パリでのパウル・クレー展『作品におけるイロニー』と国際コロック『パウル・クレー──新たな視点』に接して」、高安啓介さんの『近代デザインの美学』(みすず書房、2015年)の書評「内発的な構成としてのデザインの美学へ」が掲載されました。拙論「形象における歴史」は、ベンヤミンの歴史哲学が、形象を媒体として構成される歴史を構想していたことに着目し、その理論を検討するとともに、それを「記憶の芸術」の美的経験を組み込んだ歴史の構想に接続させる内容のものです。
  • 3月11日:成蹊大学で同大学のアジア太平洋研究センターの主催で開催されたシンポジウム「カタストロフィと詩──吉増剛造の『仕事』から出発して」のパネリストを務め、「言葉を枯らしてうたえ──吉増剛造の詩作から〈うた〉を問う」という表題の報告を行ないました。『怪物君』を含む最近のものを含めた吉増剛造さんの詩作を、原民喜とパウル・ツェランの詩作との布置において検討し、破局の後の詩ならびに言葉の可能性を、「うた」という観点から問う内容のものです。シンポジウムでは、吉増さんの詩作の初期から『怪物君』にまで貫かれているものを文脈を広げながら掘り下げ、詩とは何か、詩を書くとはどういうことかを突き詰めていく思考が、4時間以上にわたって積み重ねられました。
  • 3月25日:図書新聞の第3297号に、竹峰義和さんの著書『〈救済〉のメーディウム──ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』(東京大学出版会、2016年)の書評「媒体の美学の可能性──ベンヤミン、アドルノ、クルーゲの不実な遺産相続の系譜から浮かび上がるもの」が掲載されました。アドルノによるベンヤミンの思想の継承に内在する破壊的ですらある読み替えが、思想の内実を批評的に生かしていることや、師にあたるアドルノが映画や放送メディアのうちに見ようとした可能性を、師とは異なった方向性において開拓するクルーゲの仕事に光を当てる本書の議論が、「フランクフルト学派」のもう一つの系譜とともに、知覚経験を解放する「救済の媒体(メーディウム)」の美学の可能性を示している点に触れました。
  • 4月1日:日本哲学会の欧文機関誌“Tetsugaku: International Journal of the Philosophical Association of Japan, Vol. 1”に、ドイツ語の論文„Geschichte aus dem Eingedenken: Walter Benjamins Geschichtsphilosophie“(「想起からの歴史──ヴァルター・ベンヤミンの歴史哲学」)が掲載されました。拙著『ベンヤミンの言語哲学──翻訳としての言語、想起からの歴史』(平凡社、2014年)の終章に描き出した「想起」から歴史そのものを捉え返すというベンヤミンの着想を、彼の遺稿「歴史の概念について」の批判版(Kritische Ausgabe)の読解を軸にさらに掘り下げながら、彼の歴史哲学とは何か、という問題にあらためて取り組んでみました。想起の経験を検討する際に、「歴史の主体」という問題やその死者との関係にも論及しています。
  • 4月〜7月:広島市立大学で、国際学部の専門科目「共生の哲学I」、「社会文化思想史II」、「発展演習I」、「専門演習I」、「卒論演習I」、「多文化共生入門」の一部、全学共通系科目の「世界の文学」、「平和と人権A」の一部、そして大学院全研究科共通科目「人間論A」を担当しました。広島大学の教養科目「戦争と平和に関する学際的考察」2回の講義も担当しました。
  • 4月29日:広島市現代美術館の特別展「殿敷侃──逆流の生まれるところ」に関連した講演「逆流の芸術──ヒロシマ以後のアートとしての殿敷侃の芸術」を同美術館のスタジオにて行ないました。殿敷侃の芸術を一貫した逆流の芸術として捉えるとともに、同時代の芸術などと照らし合わせることによって、彼の芸術をヒロシマ以後のアートとして見直す可能性を探る内容のものです。
  • 5月15日:松山大学の黒田晴之さんが招聘された現代クレズマーを象徴するミュージシャン、フランク・ロンドンによる特別講義、ロンドンとジンタらムータの共演によるミニ・ライヴを、広島市立大学国際学部の授業の一環として企画しました。両方に多くの一般の方々にお越しいただき、盛況のうちに終えることができました。
  • 5月20日:原爆の図丸木美術館で開催されている本橋成一写真展「ふたりの画家──丸木位里・丸木俊の世界」と関連して原爆文学研究会との共催で開催された、本橋さんの監督による映画『ナージャの村』(1997年)と、この作品の公開から20年後の再訪ドキュメントの上映後のトークの聞き手役を務めました。
  • 5月25日:東京オペラシティ文化財団主催の同時代音楽企画「コンポージアム2017」のプログラムに、「ヘルダーリンの詩と音楽」と題するエッセイが掲載されました。今年のコンポージアムで日本初演されたハインツ・ホリガーの《スカルダネッリ・ツィクルス》の作品解説を補完するかたちでヘルダーリンの生涯と詩作を音楽との関わりにおいて紹介する内容のものです。アドルノのヘルダーリン論「パラタクシス」を参照して、二十世紀以降の音楽とヘルダーリンの詩の親和性に光を当てようと試みました。
  • 6月16日:ひろしまオペラ・音楽推進委員会の主催でJMSアステールプラザのオーケストラ等練習場にて開催されたHiroshima Happy New Earの第23回演奏会「次世代の作曲家V」のアフター・トークの進行役を務めました。この演奏会では、細川俊夫さんの《旅IX──目覚め》が日本初演された他、川上統さんと金井勇さんのヒロシマに寄せた新作が世界初演されました。
  • 7月25日:広島市立大学の「市大から世界へ」グローバル人材育成講演会として開催された、ハンブルク・ドイツ劇場の原サチコさんの講演「ヒロシマを世界に伝えるために──ハノーファーでの『ヒロシマ・サロン』の試みから」の際に、講師の紹介役を務めました。
  • 9月2日:広島市東区民文化センタースタジオにて行なわれた第七劇場のイプセン「人形の家」の公演のポストパフォーマンス・トークにて、同劇団の主宰者鳴海康平さんと対談しました。
  • 9月11日:大阪大学大学院文学研究科の美学研究室の主催で大阪大学中之島センターで開催されたシンポジウム「シアトロクラシー──観客の美学と政治学」にてパネリストを務めました。「演劇の批判と擁護」と題する講演を行なったフランクフルト大学のクリストフ・メンケさんの仕事に応答するかたちで、「音楽゠劇(ムジーク゠テアーター)の批判的構成に向けて──ベンヤミンとアドルノの美学を手がかりに」という報告を行ないました。アドルノの『ヴァーグナー試論』におけるヴァーグナーの「総合芸術作品」が資本主義社会の「幻像(ファンタスマゴリー)」と化してしまうという議論を、現在のオペラの文化的現象に当てはまるものとして捉えつつ、そこに含まれる観客支配制の問題にも論及したうえで、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》と細川俊夫の《リアの物語》を、従来のオペラが表象してきた「人間」の像からはみ出す人間の深淵にある力を響かせるオペラとして論じる内容の報告です。 シンポジウムの内容は、来春刊行の雑誌『a+a美学研究』(大阪大学大学院文学研究科美学研究室編)で紹介される予定です。
  • 9月14日:作曲ワークショップの特別ゲストとして参加させていただいた第28回武生国際音楽祭にて、「嘆きの変容──〈うた〉の美学のために」という表題の講演をさせていただきました。困難な世界のなか、他者とのあいだで、そして死者とともに生きることを悲しみとともにわが身に引き受ける嘆きを掘り下げ、その嘆きを響かせるという観点から、〈うたう〉ことを、さらに言えば〈うた〉の出来事を、文学と音楽を往還するかたちで考察する内容のものです。
  • 9月19日:JMSアステールプラザのオーケストラ等練習場で開催されたHiroshima Happy New Earの第24回演奏会「若き巨匠イェルーン・ベルワルツ──トランペットの世界」にて、アフター・トークの進行役を務めました。今回の演奏会では、細川俊夫さんのトランペット協奏曲にもとづく《霧のなかで》や、ジェルジュ・リゲティの《マカーブルの秘密》などが演奏されました。
  • 9月30日:9月30日と10月1日にJMSアステールプラザの大ホールで開催された、ひろしまオペラルネッサンス2017年度公演《コジ・ファン・トゥッテ》(モーツァルト作曲)のプログラムに、プログラム・ノート「清澄な響きのなかに開かれる人間の内なる深淵──モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》によせて」が掲載されました。モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》が19世紀のブルジョワ社会に評価されなかった背景を、作品の構成やその基盤にある思想から解き明かすとともに、その社会の「人間」像を踏み越える自由を、後期のモーツァルトの音楽が人間の深淵から響かせていることを、作品の特徴を紹介しつつ浮き彫りにする内容のものです。
  • 10月〜2018年2月:広島市立大学で国際学部の専門科目「共生の哲学II」、「社会文化思想史I」、「発展演習II」、「専門演習II」、「卒論演習II」、全学共通系科目「哲学B」を担当しています。
  • 11月24日:広島芸術学会の会報第145号に、同学会第120回例会の報告「ひろしまオペラルネッサンス公演《コジ・ファン・トゥッテ》の鑑賞」が掲載されました。ひろしまオペラルネッサンス公演の鑑賞ならびにその後の感想交換会というかたちで開催された例会について、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》という作品に正面から取り組んでその美質を生かした上演の歴史的な意義を指摘し、上演をめぐる意見交換の概要を伝える内容のものです。
  • 11月24日:大項目「ヴァルター・ベンヤミン」を寄稿させていただいた『メルロ゠ポンティ哲学者事典別巻──現代の哲学・年表・総索引』(加賀野井秀一、伊藤泰雄、本郷均、加國尚志監修、白水社)が刊行されました。私が執筆した項目では、1917年の「来たるべき哲学のプログラムについて」における経験への問いを出発点としつつ、言語哲学、美学、そして歴史哲学から「哲学者」としてのベンヤミン像に迫ろうと試みました。彼の生涯と思想を哲学の視点からコンパクトにまとめた記事としてご笑覧いただければ幸いです。
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広島市現代美術館の「交わるいと──『あいだ』をひらく術として」展を観て

majiwaruito_flyer_j-284x400室内にいるのに、どこまでも広がっていく風景と、そのなかを漂う風が感じられる。風景を描くものを含めた作品を造形することが、しばしば空所を埋め、空気の通う場を塞ぐことに行き着くのに対し、広島市現代美術館で開催されている(2017年12月22日から2018年3月4日まで)「交わるいと──『あいだ』をひらく術として」展の空間には、すみずみまで風が通っている。作品の外へ、さらには展示空間の外部へ訪れる者を誘うその風は、作品の造形そのものが呼び寄せている。繊維を素材とした作品が集められたこの特別展を見てまず強く感じたのは、糸で織ることが、空気の通う回路を、すなわち「あいだ」を開く行為であるということである。

最初の展示室に漂っている上原美智子の「あげずば織」の織物は、きわめて細いと同時に、どこか生きものやその土壌との繋がりを思わせる糸を用いて織られているが、そのテクスチュアはきわめて繊細であると同時に、微かな遊びを醸し出している。その確かでありながら柔らかな存在感が、風を呼び込んでいた。織物の傍らに蚕から吐き出された糸が置かれているのも、どこか風が通うなかに生きものたちが息づく風景を感じさせる。上原の作品とともに、外へ広がる風景を想像させる作品としてまず挙げられるべきは、呉夏枝が亜麻で織った“Floating forest”であろう。

今年の早春に京都で見たこの作家の《仮想の島》(付記参照)が、水中に根を張りながら、島々を繋ぐように造形されていたのに対し、今回の「交わるいと」展の地上と地下の「あいだ」の円筒状の吹き抜けの空間に吊られた「浮遊する森」は、中空で風を通い合わせながら応え合う島々とその森林の奥行きある空間を感じさせる。亜麻で織られた一枚一枚の織物は、波打ち際とそこに広がる岩礁とともに、そこから森が続いていくことを想像させるが、そのような織物が不規則に吊られている空間は、一つの多島海のようでもある。空間に風を孕んで浮遊する織物は、海に浮かぶ島々への、その森に息づく、あるいは眠るものたちへの入り口を開くとともに、別の島へも通じていよう。

「浮遊する森」を紡ぎ出す亜麻の織物において、もう一つ注目されるべきは、その重層的な陰翳を醸す色彩である。この色彩が、織物のなかに深い奥行きとともに、風景を形づくるものたちの存在感をもたらしているわけだが、それは糸を抜くことによって浮かび上がってくるのだという。織ることは同時にほぐすことでもあり、その行為が風景を開いている。その空間は他所へ通じる「閾(しきい)」と言えるかもしれない。その閾の空間において、想像力は島々へ、この多島海の向こうの島々へ、さらにはこれらを深層で結ぶ記憶へと誘われる。

地に足を着けた手仕事としての織りが、別の場所への閾としての「あいだ」を開きうることは、福本潮子の《対馬IX/X》からも見て取ることができよう。印象的な藍の開口部を示すこの織物は、その素材となる糸のみならず、染織の技術なども、島々を人々が行き交うなかから伝えられてきたことを思い起こさせる。また、胡桃の繊維からあたかも生成するように編まれた籠は、内部空間の多次元性を示しながら、別の空間への閾を無数に開いていた。そのような多孔的な籠が、北村武資の化学繊維でありながら繊細に空気を通わせる織物とともに置かれることで、柔らかな運動性も示していたのが印象的だった。

染織が、繊維を布の平面へと織り込み、色を染め込んでいくことであるだけでなく、糸をほぐし、色を抜いていくことでもあることは、今回の展覧会から教えられたことの一つであるが、このことが独特の力強い造形に結びついている作品として、加賀城健の《Manipulation──モツレル、ウンガ、ナガレノ》を挙げることができよう。色を抜き、素材のなかに入り込むように指で描くことによって生み出されたおびただしい管は、無数の管が入り組んだ都市の地下空間を感じさせながら、今も地の底から管が生成するかのようにこちらに迫ってくる。そのモノクロームの色合いが、視角によって変わってくるのも面白い。

あるいは、ほぐすことを徹底させることも、想像力を喚起する造形に結びつきうる。このことを説得的に示していたのが、平野薫の《初着》であろう。初めてのお宮参りの着物をほぐし尽くすことによって作られたこの作品は、その独特の纏わりつくような存在感によって、幼年期から衣類に染みついてきた記憶を辿ることへ誘うが、そのなかでとくに印象的だったのは、がま口のハンドバックがほぐされた姿だった。それは、身体のうちに今も蠢くものへの開口部を示しているようにも見える。

「交わるいと」展の展示において興味深いのは、二人ないし二組の制作者が対をなすかたちで作品が配されていることである。なかでも、きわめて繊細であると同時に、温かさと風を通す柔らかさを感じさせる高木秋子の着物と、知的障害者支援施設しょうぶ園の利用者たちによる、おのずと生えてくるように生成し、既成の型をはみだしながらも、形や色へのしなやかな愛情を感じさせる刺繍作品とが、一つの空間に置かれることによって生じる「対の遊び」には、心温まる面白さがあった。

このように、制作者の対のうちに「あいだ」を開くことも含めて、今回の「交わるいと」展からは、幾重にも折り重なったあいだを感じ取ることができる。もとより、糸を紡ぎ、織ること自体も、さらには言葉を紡ぎ、そのテクスチュアを織りなすことも──間テクスト性の概念を持ち出すまでもなく──、回路ないし通い路としてのあいだを開くことであろう。織物を、テクストを生む者は、人と人の、物と物の、あるいは場所と場所のあいだから自己を生成させている。その出来事によって開かれたあいだに身を置き、現代の社会でともすれば凝り固まってしまう自分を内側からほぐし、あいだの風景とそこを吹き抜ける風に身を委ねる、その深い愉しみがこの「交わるいと」展にはある。

【付記】呉夏枝個展「仮想の島── grandmother island 第1章」(Voice Gallery pfs/w)を見て(2017年3月17日記)

亜麻を素材にグァテマラやインドネシアの織物の技法を参照しながら丹念に織られた地図、ないしは海図としての織物は、けっして平面で完結することなく、中空で螺旋をなしながら、あるいは地下茎を伸ばしながら、別の時空へ連なっていく。その様子は、人が記憶の越境的な連なりを生きていることと同時に、いくつもの記憶が海を越えて遭遇する可能性をも暗示しているように見える。海の上に火山島を思わせる島が浮かび上がる風景は、いくつもの記憶が折り重なり、さらには生の記憶が歴史と痛みとともに交錯することによって織りなされているのかもしれない。

目を変えながら織られた織物の上に黒のなかのさまざまな色が滲み出る──それが、島の像の存在感と遠さを一つながらに醸し出していた──ところには、テクスト、あるいはテクスチュアからこぼれ落ちるものが染み出ているようにも見えた。作品のテーマとなっている地図ないし海図とは、このような過程に人を引き込む一つの閾としての空間に身を置く一人ひとりの記憶のなかに織られていくのかもしれない。そのことは、吉増剛造とパウル・ツェランが詩作を、織ったり、編んだりすることに喩えていたことにも呼応するだろう。ギャラリーの内部に風を感じさせる空間が形づくられていたことも印象的だった。

海辺での魂の邂逅の歌が照らし出すもの──パリでの細川俊夫の室内オペラ《二人静──海から来た少女》の世界初演に接して

2017-12-02 00-36-23

《二人静》初演の演奏会「二つの魂」のプログラム表紙

海辺には波が打ち寄せ、それとともに時空を隔てたものたちが流れ着く。そこに佇む者のなかにもまた、遠く隔たったものが去来する。こうした意味で漂着の場とも言うべき海辺は、オペラ《松風》以来、細川俊夫の舞台作品の一つのエレメントを形成しつつある。いや、ソプラノとオーケストラのための《嘆き》のような彼の声楽作品からも、波打ち際に佇むなか、禍々しくさえある巨大な波濤に魂が呑み込まれていく者の姿が感じられる。そして、《松風》において細川が示していたのは、海辺が漂着の場であるだけでなく──もしこういう言葉を造るならば──、憑着の場でもあるということである。平田オリザとの共作によるオペラ《海、静かな海》でもそうだったが、海辺に佇む者のなかに死者、あるいは行方が分からなくなってしまった者の魂が入り込んで、生者を深く揺さぶるのだ。

細川と平田の二度目の共作による新しい室内オペラ《二人静──海から来た少女》は、まさにこの海辺における魂の憑着を強い音楽で描きながら、死者を抱えた孤独な人間が海岸に立ち尽くしている現在を鋭く照らし出す作品と言えよう。この作品は、平田が能の「二人静」を現代の物語に翻案して書いた原作を基に書かれている。舞台は今や吉野の山ではなく、地中海の浜辺。そこに立っているのは、海の向こう側の戦地から逃れてきた難民の少女である。小舟で波間を漂うなかで失った弟を思う彼女の心に、900年前に世を去った静御前の魂が取り憑く。その役を歌うのは能役者。《二人静》は、細川が能の謡いと舞いそのものを初めて舞台に導入した作品でもある。能の精神からオペラを書き継いできた細川の新たな境地を示す作品としても注目される。

2017年12月1日、パリのフェスティヴァル・ドートンヌ(秋季芸術祭)の一環として、フィルハーモニー・ド・パリのコンサート・ホールで行なわれたその世界初演に接することができた。難民の少女ヘレンの役を歌ったのは、ソプラノのケルスティン・アヴェモ(Kerstin Avemo)。2012年のルール・トリエンナーレにおける細川の《班女》の公演で花子の役を歌って、鮮烈な印象を観客に残した歌手である。静御前の魂を演じたのは青木涼子。能の謡いを生かした現代の音楽の世界を越境的に切り開きつつある彼女が、昨年の4月に馬場法子の能オペラ《葵》(Nôpera«Aoi»)の見事な初演を成し遂げたことは、パリの人々の記憶に新しいにちがいない。マティアス・ピンチャー(Matthias Pintscher)指揮のアンサンブル・アンテルコンタンポランが、二人の歌を支えながら作品の世界を現出させていた。

作品は、風の音を含んだ不穏なざわめきから始まる。《班女》や《松風》は、柔らかな風が漂うなかに何者かの気配を感じさせるかたちで始まるが、《二人静》の始まりは、どこか重苦しい空気が支配していて、その流れはやがて渦をなして激しい嵐のように吹きすさぶ。その動きが胸を締めつけるように高まっていった先に訪れる静寂のなかに、難民の少女が一人しゃがみ込んでいるのを目の当たりにするとき、この孤独な少女ヘレンの姿に、戦場と化した故郷での恐怖、生活のすべてが根こそぎに破壊された苦しみ、そして地中海を渡って岸辺に辿り着くまでの苦難が刻み込まれていることに思いを致さないわけにはいかない。むろん、これらの苦悩はけっして彼女だけのものではない。もしかすると、戦地から逃れられなかった者たちや、地中海の波間に沈んでしまった者たちの無念の思いが、ヘレンという人物には凝縮されているのかもしれない。そしてその思いは、今も内海の水底で渦巻いている。

「私はどこから来たの?/私はどこへ行くの?」と自問しながら立ち上がり、海を逃れてくる過程で弟を失った苦しみを歌うヘレンの背後に静御前の霊が出現する。その姿が徐々に近づいてくると、音楽の強度がさらに増してくる。そこにある凄まじいまでに張りつめた響きには、自分だけが生き残ってしまったことへの罪責感に苛まれながら、死者とのあいだに引き裂かれた二つの魂が、900年もの時を越えて重なり合おうとするところにある緊張が凝縮されているように聴こえた。「君がため、春の野に出でて若菜摘む/我が衣手に雪は降りつつ」と、袖を雪に濡らしながら春の七草を探す情景を暗示しつつ歌う静にヘレンが問いかけ、それに静が応じるところでは、まだ二つの魂は並立したままである。しかし、仏教で言う回向(供養)を求める静は、ヘレンの心のなかへ入り込もうとする。そして、それを拒もうとするヘレンの肩に、静の手がそっと乗せられる瞬間には、《二人静》という作品の焦点があると考えられる。

この瞬間に、静御前とヘレンのあいだに一つの回路が切り開かれる。二つの魂は、最も親しい者を奪われた苦悩において一つになるのだ。今や静の苦悩はヘレンのそれであり、ヘレンが抱える死は、静のなかにある死でもある。ヘレンと静が一つの魂となって歌うところには、《二人静》という作品における主題のうえでも、音楽的にも核心的なものが含まれていよう。ソプラノの声と能の謡いの声という、一般的には異質と見られる二つの声が折り重なるところには、たしかに心地よい美しさがあるわけではない。しかし、二つの声が一つの響きを形成するところでは、二つにして一つであることと、そこにある魂の呼応の奇跡が独特の強度で表わされている。ヘレンと静が一緒に歌う瞬間は、《班女》以来細川が決定的な場面で響かせてきた、二つの声が完全には重なり合わないなかで独特の調和を形づくる二重唱の変容と見られる一方で、まさにその変容とともに新しい音楽の地平を切り開いているとも思われる。

二人の声が強度を孕んだ一つの層を成すなかで、生まれたばかりの子どもを殺された静の苦悩が他者によって深く受け止められる。すると静の魂はヘレンのなかから脱け去って、静かに舞い始める。その時間は、絶えず垂直的に区切られては始まる一つの間として、時の水平的な進行を宙吊りにしていた。鼓の音を思わせる打楽器の音を中心としたその時間の簡潔な響きは、能役者の舞いを生かすものと言えよう。青木涼子の舞いは、静御前の魂の深く静かな喜びを感じさせるかたちで様式化されたものであったし、また彼女の声は、全体の響きの底から聞こえてくる強さを示してもいた。ケルスティン・アヴェモの途方もない振幅を持った表現にも瞠目させられた。静が息子を殺されるに至った骨肉の戦いと、故郷での「兄弟たち」の戦いとを重ねて、二つにして一つの苦しみを歌う彼女の声には、空間を切り裂くような強さがあった。

絶えず水底を暗示しつつ重い緊張を湛えながら持続する響き──そのなかで、他の舞台作品にも増して低音が強調されていたと思われる──の上で、二人の魂が最終的に一つの歌を響かせるところにある音楽と、必要最小限に切り詰められた舞台演出──それはほぼ身ぶりと舞いだけであったと言ってよい──は、まさにその表現の強度において、遙かな時を越えた魂の邂逅を浮かび上がらせながら、次のヘレンと静が生まれ続けている現在を鋭く照らし出していると言えよう。シリアなどでの殺し合いは止まず、戦地から逃れようとする人々も、途上で次々と命を落としている。その傷を背負って、今も少女が波打ち際にうずくまっているにちがいない。その孤独な魂に誰が語りかけるのだろう。彼女の許に静は来るのだろうか。

北へ向かうヘレンの足跡を、これから降る雪は隠してくれるかもしれないが、彼女の傷が癒えることはないだろう。とはいえ、静の魂に出会うことのできた彼女は、苦しみが他者に受け止められうることへの希望を胸に、他者たちのあいだを歩み続けることができることができるかもしれない。歌うようなマリンバの響きを含んだ柔らかな響きが漂うなかにヘレンの姿が徐々に消え入って、曲が閉じられる瞬間は、どこかこのような未来を微かに暗示しているように思われた。難民となって漂流する人々が抱えるものを、魂の呼応のなかから問いかけるとともに、彷徨う二つの魂が交差し、苦悩を通い合わせる可能性を響かせる作品が、今ここに生まれたことの意義は計り知れない。それに接する者は漂着にして憑着の場である海辺へ誘われて、今どのような歴史的世界に、どのような人々のあいだに生きているかを、深いところから省みることができるだろう。そのような潜在力を含む室内オペラ《二人静──海から来た少女》が、ピンチャーが指揮するアンサンブル・アンテルコンタンポランの精緻な演奏によって、明確な姿で世に送り出されたことは実に喜ばしい。

なお、細川と平田の《二人静》が初演された演奏会には、「二つの魂」というタイトルが付されていた。「二つの魂」という言葉は、ヘレンと静、細川と平田と同時に、細川と武満徹の二人の作曲家を象徴するものである。《二人静》の上演に先立っては、細川のバス・フルートのための《息の歌》、武満の室内アンサンブルのための《群島S》、そして同じ武満のフルート、ハープ、ヴィオラのための《そして、それが風だったことを知った》が演奏された。なかでも《息の歌》は、《二人静》を貫く音楽の息遣いを暗示させるとともに、作品の終盤における見事なバス・クラリネットの独奏を予感させるものであった。武満の《群島S》は、この室内オペラの世界を柔らかな響きのなかに垣間見せてくれた。なお《二人静》は、12月3日にはケルンのフィルハーモニーで、パリと同じ二人の歌い手、そしてピンチャー指揮のアンサンブル・アンテルコンタンポランによって上演される。受け容れた難民たちとともに歩もうとしていると同時に、それをめぐって数々の軋轢を抱えているドイツの地で、この新しい作品はどのように受け止められるのだろうか。